遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第35話 予兆

 

 カードの表側のみが真っ白に見える。そんな症状に陥った十代から次第に元気がなくなっていくのは、ごく自然なことだった。

 十代にとって、デュエルとは人生の楽しみといっても過言ではなかったはずだ。それほどまでに十代はデュエルモンスターズを好きだったし、それによって生まれる楽しみや絆といったものを心から大切にしていた。

 なのに、そのデュエルモンスターズがもう出来ない。カードが見えなくなるということは、そういうことだ。特に、精霊が見えていた十代にとって、それはどれほどの衝撃だったのか。

 何度呼びかけても、どれだけ姿を見せてくれと願っても、十代のHEROやハネクリボーが十代の前に姿を現すことはない。少なくとも、十代にとってはそう見えている。そのショックは俺達には計り知れないものがある。

 元気がない十代、それを見ている俺たちも正直つらい。しかし、カードが見えなくなるなんて症例はこれまでになく、俺達にはどうすれば現状を解決できるのか皆目見当がつかない。

 ゆえに、俺たちは十代のために何かしてやりたくても何をすればいいのかわからない。そんなジレンマに陥っているのだった。

 

 

 

 

「十代くん……つらそうだったね」

「ああ。ハネクリボーも、もう見えないらしい」

 

 明日香と吹雪さんのアイドル養成コースに入るかどうかを賭けたデュエルを見届けた翌日。俺達はレッド寮に向かう途中で、十代の様子を思い返していた。

 最初に目を覚ました時、ずっと十代の隣にいたハネクリボーを十代は認識できていなかった。どれだけハネクリボーが声を上げても、反応するのは俺やマナに万丈目だけ。肝心の十代にハネクリボーは見えていなかったのだ。

 さすがにショックだったのか、ハネクリボーも同じく元気がない。それでも十代の傍を離れないのは、やはりハネクリボーにとって十代が唯一無二の存在だからなのだろう。

 

「ただデュエルしただけなのに、なんでこうなったんだろうな」

「エドくんも、知らないって言ってたんでしょ?」

「ああ」

 

 十代が目を覚まし、この異状が発覚したことを受け、俺はすぐにエドに連絡を入れた。

 十代が目を覚ましたと聞いた時には、僅かに安堵の息を漏らしたエドだったが、その後に続く話を聞くと、電話口でもわかるほど声に動揺が見えていた。

 心底心当たりがないという感じだったエドは、やがてしばらく沈黙する。そして、こちらでも原因を探ってみるが期待はするな、とだけ告げて電話を切った。

 以後、連絡はない。それはつまり、エドのほうでも原因は分かっていないということなのだろう。

 ただデュエルをしただけで、どうしてこうなるのか。こういったトラブルが過去も未来も本当に絶えないあたり、この世界のカード関連の事象は本当に謎である。

 なにせ、まだ2年と少ししかこの世界にいない俺が何度もカードの不思議に遭遇しているほどだ。明らかに頻度がおかしい。カードに関する不思議に関して、本当にこの世界では枚挙に暇がないのだ。

 三幻魔しかり、トラゴエディアしかり、闇のデュエルしかり……。

 ……そういえば、遊戯さんと初めてデュエルした時。感情のままに召喚した俺の切り札が、そのまま突如フィールドから消滅したなんてこともあった。

 あのカードに、エンドフェイズに自壊する効果なんてない。だというのに、なぜ1ターンで消えてしまったのか。

 そのカードを召喚しようとすらしていない今では、その理由は分からない。そもそも俺はこの世界でアクセルシンクロをしておらず、それ以上のこともその一度のみだ。その検証のためだけに召喚する気もないため、俺の中では今でもトップクラスに謎な出来事のままうやむやになっている。

 ちなみにそのデュエル、それによって空になった俺のフィールドを攻撃され、俺は負けました。ま、今思えば負けてよかったと思えるデュエルだけどな、あれは。

 ……っと、それは今関係ないことだった。

 とにかく、十代をどうにかして元気づけてやりたい。

 俺とマナはそんな理由からレッド寮の方へと足を運んでいた。

 だが、何か案があるわけではない。俺もマナも、ただじっとしてはいられないからこうして動いているだけだ。

 どうすれば落ち込む十代を励ますことが出来るのか。全く糸口すら見えてこないその問いに、俺達はずっと悩まされていた。

 

「……あれ?」

 

 その時、ふとマナが疑問符つきの声を上げた。

 俺は思索にふけっていた頭を覚醒させ、隣を歩くマナに問いかける。

 

「どうした?」

「なんだか、レッド寮の近くから声が……」

 

 マナはレッド寮ではなく、その傍にある崖の方に耳を向けているようだった。俺もそれにならって耳を澄ます。

 ……と、確かに声が聞こえてくる。これは怒声、か?

 しかも、この声には聞き覚えがある。これは――。

 

「万丈目の声?」

「……なんだか、かなり怒ってるみたいだけど……」

 

 万丈目が、何に対して怒っているのか。

 俺とマナは顔を見合わせると、疑問もそこそこに走り出した。万丈目が本気で怒りをあらわにするなんて、そうあることじゃない。

 なら、何か起こっていると考えてしかるべきだ。

 俺たちはそんな考えのもとに崖傍まで駆けつけ、そこで目にした光景に、思わず目を見開く。

 そこには、十代の胸ぐらをつかむ万丈目の姿があった。

 

「――貴様! その目はなんだ! その覇気のない目は! 俺をナメているのか!?」

 

 激昂している万丈目に対して、しかし十代に大きな反応はない。そのことがまた万丈目をイラつかせているようで、一層万丈目の顔が険しくなるのがわかった。

 俺たちは慌てて二人の近くに駆けより、割って入る。

 

「おいよせ、万丈目! いったいどうしたんだ!」

「とりあえず、二人とも離れて!」

 

 俺が万丈目の身体を掴んで引き剥がし、マナが十代の身を後ろに下がらせる。

 それでも大した反応を示さない十代に、やはり万丈目は怒りを隠さない。

 

「ふざけるなよ、十代! 俺は、俺は……そんな貴様に勝ちたいわけじゃない! この万丈目サンダーが、こんな腑抜けに負けたなど認められるか!」

「万丈目……」

 

 拳を震わせ、思いの丈をぶつける万丈目の言葉には真摯な響きがあった。

 怒りを纏いながらも、そのじつ十代のことを対等なライバルと見るからこその熱い心が感じられた。

 ライバルと認めているからこそ、万丈目のような感情家にとって今の十代は許せないのだろう。その気持ちは、俺にも少なからずわかる気がした。

 しかし、そんな言葉を受けても、十代はただ一言「悪い……」と小さく答えるだけだ。

 それがまた、万丈目の神経を逆撫でする。

 

「貴様……ッ!」

「悪い、万丈目……。今は、一人になりたいんだ」

 

 ふらり、と十代が身体を揺らしたかと思うと、そのまま踵を返して俺たちに背を向ける。

 

「おいッ! まだ話は――ッ!」

 

 万丈目が呼び止めるが、しかし十代は足を止めることなくそのままアカデミアの校舎がある方へと歩いていってしまった。

 それを見送った俺は、抑えていた万丈目の身体を離す。

 途端に、万丈目は勢いよく地面を蹴った。

 

「くそッ! あの馬鹿が……! 貴様から能天気さを取ったら、何が残るというんだ!」

 

 憤懣やるかたない様子の万丈目の言葉。隣のマナは「それはちょっとひどいかも……」とあまりといえばあまりな言い様に、小さな苦笑と共にちょっぴり反論していた。

 そしてその言葉の後、万丈目はぐっと拳を握りこんだ。

 

「この俺を……この万丈目サンダーを! あんな根性なしに負けた間抜けだと思わせてくれるな……あの、馬鹿がッ!」

 

 ぎりぎりと歯を噛みしめて言うその言葉には、隠しきれない落胆と失望。そして、対抗心からくる十代の強さへの信頼が見て取れた。

 万丈目は、十代のことを口では何と言っていても認めているのだ。だからこそ、今の十代の姿を見るのが、万丈目にとっても苦痛なのだろう。

 それを察し、俺は万丈目の肩を小さく叩いた。

 

「遠也か……。貴様なら、俺の気持ちがわかるだろう」

「ああ、まぁな。けど、俺もお前も、あいつとはライバルで仲間だろ。だったら、こんなところで終わる奴じゃないって信じられるだろ?」

 

 俺がそう言うと、万丈目はフンと鼻を鳴らした。

 

「あんな馬鹿、仲間ではない! そう、アイツは……この万丈目サンダーにみっともなく倒されるやられ役でしかないのだ!」

「素直じゃないねぇ、万丈目くん」

「うるさい! 俺は素直に本当のことを言っているだけだ!」

「本当は十代のことが心配で仕方ないクセにな」

「貴様ら……! ええい、黙れ! よしんばそうだったとしても、それはあいつを慮ってのことじゃない! あくまで、この俺を倒したクセに醜態をさらすのが見るに堪えんからだ!」

 

 半ば言い訳じみた発言を繰り返す万丈目に、俺とマナは苦笑する。

 その姿はどこからどう見ても友人を心配する男にしか見えないというのに、知らぬは本人ばかりなり、かな。

 そんなことを思いながら、俺は肩に置いていた手を離し、万丈目の横に並んで十代が去っていった方を見つめる。

 既に十代の姿はないが、俺の視線は十代の寂しげな背中を追っていた。

 

「……だけど、本当に早く立ち直ってもらいたいな。俺達に何ができるかは、わからないけどさ」

「達をつけるな、達を。……フン。あの馬鹿め、這い上がってこなければ許さんぞ」

 

 万丈目もまた、十代が去っていった方を見つめながら毒づいた。

 しかし、その呟きには、やはりライバルの苦難を思う心配の響きが籠っているのが俺とマナにもよくわかった。

 その言葉に俺達も頷きを返し、ただただいつもの十代に戻ってくれるよう、祈るばかりだった。

 

 

 

 

 その後万丈目と別れた俺たちは、ブルーの自室に戻ろうとしていた。十代が万丈目の激昂にもあまり反応を示さなかったことから、今はこれ以上何かを言っても右から左に素通りするだけだと思ったからだ。

 もう少し落ち着いたら、一度しっかり話をしよう。そう決めて歩く道すがら、ふと俺のPDAにメールが入った。

 

「メール?」

「ああ。いったい誰から……」

 

 俺はPDAを取り出し、送信者の名前を確認する。そして、俺は驚きと共に急いでメールを開いた。

 無感情に表示されるごく短い文章。そこには、こう書かれていた。

 

『ちょっと、あのデュエルの場所に来れないか?』

 

 送信者の名前は、十代だった。

 

 

 

 

 十代からのメールを受けた俺は、マナに部屋に戻るように言ってから一人で目的地に向かった。

 あのデュエルの場所、というのはさすがに特定が難しい。俺達は色々な場所で何度もデュエルをしているからだ。

 だが、とりわけ俺と十代に共通して残っている思い出の場所。そう考えれば、ある程度の憶測は出来る。

 そういうわけで、俺は真っ先に思い付いた場所に足を運んでいた。

 それは、あのカイザーの卒業デュエルの日……その後、俺たち三人でデュエルをした、最初で最後の場所。

 ブルー寮から程よく離れ、人目につかない平原。そこに足を踏み入れると、案の定というべきか、その中で十代は空を見上げてぼうっと佇んでいた。

 

「よう」

 

 俺が声をかけると、十代もこちらに気付く。

 そして、申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「わりぃな。わざわざ呼び出して」

「いや、いいさ。……話があるんだろ?」

「ああ……」

 

 俺が促すと、十代は躊躇いがちに頷いた。

 そして口を開こうとするが……そこから言葉が出てこない。

 いまだに何を言えばいいのか定まらないまま、俺を呼んだのだろうか。だとしたら、本当に十代に心の余裕はないということになる。とはいえ、その状態で真っ先に俺に声をかけたことは……この状況で不謹慎とは思うがちょっと嬉しかったりもした。

 そして十代は口を開こうとしては閉じ、考えを整理するかのように頭をかき、そしてまた何か言おうとしてやめる、ということを繰り返している。

 やはり、今の状況は十代にとってもかなりキツイものがあるんだろうと、実感してしまう。

 だが、こちらから先を促すことはしない。それで焦った末に出てきた言葉が十代の本心とは思えないからだ。

 ゆえに、俺はただじっとこの場で待つ。

 十代が言いたい言葉を、絶対に聞き逃さないように。それに対して、しっかり答えを返せるように。俺は、じっと待ち続けた。

 そうして過ごすこと、一分、二分。そして、五分が過ぎたところで、十代はいきなり大口を開けた。

 

「――あーっ、もう! やっぱり、難しいこと言おうとするのはダメだ! 言葉が全然出てこねぇ!」

 

 がしがしと頭をかき、十代が苦し紛れにそんな叫びをあげた。

 突然の大声、しかもその内容が内容だけに、俺は俺でなんだか可笑しくなって小さく笑う。

 そして、次に十代が言う言葉を待った。それこそが、きっと十代が俺に言いたいこと、聞いてほしい言葉だろうから。

 

「よし……なぁ、遠也」

「ああ」

「俺さ、どうしたらいいと思う?」

 

 十代の口から出てきた問いは、ひどく抽象的なものだった。

 それに対する俺の答えは、一応すぐに浮かんできた。だが、果たしてそれは十代にとって良いものとなるのか。そう考えると、躊躇する気持ちが生まれてくる。

 これは、ひょっとしたら十代が今後もデュエルモンスターズに関わるうえでの、大きな転機になってしまうかもしれないのだから。

 じっとこちらを見てくる十代。その瞳は困惑と不安が見え隠れしており、今の自分の状態に十代自身かなり不安定になっていることが見て取れる。

 そんな十代に、俺が思ったことをそのまま言っていいものか。

 言いよどみ、悩んでいると、不意に十代の肩の上に浮かぶものが見えた。

 

『クリー……』

 

 それは、悲しげな瞳で十代を見るハネクリボーの姿。

 相棒であり、友であり、常に一緒にいる十代に、姿を認識すらしてもらえない今のハネクリボーの悲哀が、その大きな瞳に表れていた。

 それを見て、俺は躊躇っていた気持ちに活を入れた。

 そうだ、たとえ俺の言葉がいい影響にならなくても、いい。それでもきっと、今よりは良くなるはずだ。こうして十代とハネクリボーが苦しむままでいるより、可能性があるなら、言った方がいいに決まってるじゃないか。

 俺はそう決心すると、口を開いた。

 

「そうだな……俺はお前じゃないから、どうすれば一番いいかなんてわからない」

「ッ……そ、そうだよな」

「けど」

 

 一瞬、期待とは違った答えに十代の表情に陰りが差したが、俺は間を置かずに言葉を続ける。

 

「俺には、ハネクリボーが泣きそうな顔でお前を見ていることは、わかる」

「……え?」

「だから、そこからはお前が考えて、お前がやりたいようにすればいいんじゃないか。俺は、そう思う」

 

 できれば、ハネクリボーを笑顔にしてやって欲しいとは思う。だが、それは俺の気持ちであって十代の気持ちじゃない。

 十代がそうはっきりと自分で思うまで、判断材料として俺の願望を織り交ぜちゃいけない。だから、俺はそれ以上何も言わずに一歩下がった。

 すると、十代はゆっくりと顔を上げ、さっきまで俺が見ていた肩の上あたりの空間に、視線をさまよわせた。

 

「……そこにいるのか、相棒?」

 

 十代の目にはまだハネクリボーが見えていないのだろう。その視線は定まらず、そのあたりの空間を行ったり来たりしている。

 だが、俺から見えるハネクリボーはそうして自分を認識し、名前を呼んでもらえるだけでも満足だったのか、その顔には僅かな笑みが戻っていた。

 それが十代には見えていない。だからわかるはずはないのだが、十代は少しだけ表情を和らげると、「そうか、そこにいるんだな……」と呟いたのだった。

 そして、そのまま何事かを考え込み始め、十代は押し黙った。

 それを見た俺は、そっとその場を後にする。

 あとはきっと、十代が自分で答えを出してくれることだろう。さっきまではなかった強い意志が、その表情から感じ取ることが出来た。

 だから、あと俺に出来ることといえば、十代が出す答えが良いものであると信じて待つことだけだ。

 俺はその平原から抜け出し、そして最後に一度振り返る。

 そこには真剣な顔で悩む十代と、それに寄り添い心配そうに十代を見ているハネクリボーの姿がある。

 あのコンビなら、大丈夫。そう信じて、俺はブルー寮へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 で、その二時間後。

 十代が行方をくらませたという一報が俺たちに入ってくる。

 翔が大騒ぎで俺たちに知らせてくれ、一同一斉にレッド寮へと赴き、十代の部屋に集まる。少々手狭だが、文句を言っている場合ではない。

 そして十代の机、その上にある置手紙を手にとって読んだ。

 

『じっとしてても始まらねぇや! 相棒ともう一回話せるように頑張ってくるぜ!』

 

 と、そんなことが気合の入った走り書きで書かれていた。

 まったくもって意味不明で、一体どこで何をしているのか皆目見当もつかない書き置きだ。だがしかし、それでも俺たちの顔に浮かぶのは一様に笑顔だった。

 

「……よかった。十代、いつもの調子に戻ったみたいね」

「うん。ちょっと向こう見ずだけど、それでこそ兄貴だ!」

「だドン!」

 

 明日香と翔、剣山の喜びを滲ませた言葉を皮切りに、俺たちは安堵の息をついてそれぞれ口々に十代の調子が戻ったことに対して、笑みと共に声を上げる。

 そんなにわかに騒がしくなった十代の部屋の中で、万丈目もまた誰にも聞こえないような小さな声でその復調を喜んでいた。

 

「フン、這い上がってきたか。あの馬鹿が……」

 

 それを偶然にも聞いてしまった俺だったが、聞かなかった振りをすることにした。

 さて、十代がどこに行ったかは知らないが、この書き置きを見るに調子を取り戻したと見て間違いないだろう。

 なら、大っぴらに心配せずとも、きっちり自分で答えを見つけて意気揚々と帰ってきてくれるに違いない。

 元気のいい走り書きがされたメモ用紙に目を落とし、俺はふっと笑みをこぼすのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その夜、万丈目はここ数日の鬱屈した気分が嘘のように、上機嫌でレッド寮傍の崖の上に立っていた。

 

「フン、あの馬鹿め。さんざん振り回しやがって。ま、馬鹿が難しく考えたって、所詮いつもと違う答えが出てくるわけもないってことだ」

『そんなこと言っちゃって~』

『表情が緩んでるよー』

『素直じゃないなー』

 

 誰が見ても機嫌がよさそうな万丈目を、おジャマ三体の精霊がそれぞれからかう。

 そして、素直じゃない万丈目がそんな言葉を受け入れるはずもなかった。

 

「うるさい、貴様らッ! 俺が十代の復調を喜ぶわけがなかろう! 余計なことを言うんじゃない!」

『あーん、兄貴のイケズ~』

 

 怒鳴られ、わっと散る三体だが、しかしまたすぐに万丈目に寄ってくる。

 それに対して舌打ちしつつも避けない万丈目。それが、彼の彼らに対する気持ちを表していると言えた。

 万丈目はなおもワイワイと騒ぐ三体を無視し、心の中に自らのライバルの姿を思い描く。

 遊城十代。皆本遠也。

 ともになかなか勝ちを拾うことのできない手強い相手。勝ったことがないわけではない。遠也に勝ったことはまだないが、十代から勝ちをもぎ取ったことはある。

 だが、しかし勝率はよくない。万丈目の負け越しだ。だからこそ、十代や遠也とのデュエルには常にプレッシャーが付き纏う。勝ちたい、という気持ちが強く出すぎるためだ。

 それを万丈目は自覚していたが、しかし直そうとは思っていない。

 気負い過ぎ結構。それはつまり、自分の中にある彼らへの対抗心や敵対心が鈍っていない証拠だからだ。

 ……百歩譲り、いや千歩譲って、自分が彼らと仲間だとしよう。だとしても、あの二人と心底馴れ合うつもりはない。

 あくまで、ライバルでいたい。それこそが本心である万丈目にとって、二人への敵対心とは絶対に無くしてはならないものだった。

 またそれと同時に、ライバルであるからには、強く在ってもらわねばならない。万丈目が十代の腑抜けた態度に苛立ちを覚えたのは、そう考えるからだ。十代の不調は、万丈目としても決して歓迎できない事態だったのだ。

 だが、そのライバルはついに調子を取り戻しつつある。

 歯ごたえのない相手程、つまらないものはない。倒すならば、強い相手だ。

 そう思うからこそ、万丈目は不敵に笑う。それでこそ、俺が認めた相手だと。

 そして、今度こそそいつに勝ってみせる。そう意志を新たにし、万丈目は十代の帰還を口に出さずとも待ちわびるのだった。

 

「――……おや」

「ん?」

 

 ふと、そんな気分に浸っていた万丈目の耳に第三者の声が届く。

 反射的にそちらに振り返れば、そこには白に青のラインが入ったブルー寮の制服を着た男……いや。

 そこまで考えたところで、万丈目は否定する。制服のディティールが微妙に異なっていることに気付いたからだ。更に言えば、万丈目はその男に見覚えがなかった。

 夜闇で漆黒にも見える紺色の長髪は特徴的であり、額の上部分に入った白いメッシュは一度見れば強く印象に残るに違いない。

 だというのに、全く記憶の中に合致する姿がない。それゆえ、万丈目は自然と警戒を強めた。

 

「……貴様、誰だ」

 

 威嚇するような声。しかし長髪の男は全く意に介した様子もなく、慇懃に腰を折った。

 

「これは失礼。どうも話し声がすると思って来てみたら、お一人でしたので驚きました」

「誰だ、と俺は訊いているんだが?」

「おっと、そうでしたね。私は斎王琢磨。エド・フェニックスのマネージメントをしている者です」

「エド・フェニックスのマネージャーだと? 何故そんな男がここにいる」

 

 万丈目の当然と言えば当然な問いに、斎王は温和な態度で答えた。

 

「いえ、エドはここに籍を置くことになりますから。下見、と思ってもらえればいいですよ。それより……」

 

 斎王は言葉を区切ると、万丈目の方を見る。まるで探るような目だと、万丈目を訝しむ。

 

「やはり、あなたはお一人。とすると、カードの精霊の声を聴いていたのでしょうか?」

「貴様、見えるのか?」

 

 万丈目は自分の横に浮かぶおジャマを一瞥しながら問うと、斎王が口の端を持ち上げて笑った。

 

「いえ……残念ながら。――そうだ、ひとつ私とデュエルをしませんか?」

「デュエルだと?」

 

 突然の申し出、加えてその胡散臭さに、万丈目が鼻白む。

 しかし、そんな態度をとられても、斎王は温和な表情を違えず、ゆっくりとした口調で諭すように語りかけた。

 

「ええ、そうです。ここで私に勝てば、あなたをプロに推薦してもいい」

「プロに……」

 

 本来、プロのデュエリストとは狭き門。才能に加え、試験を突破する実力、知識、更に多くのライバルたちを蹴落としてその席を掴むだけの幸運も必要となってくる。

 そんな憧れと言っても過言ではない場所に、目の前の男はプロデュースしてくれるという。それも、この一戦に勝てば、それだけで。

 これほど美味しい話はない。誰だってそう思うだろう話に、万丈目もまた同じくそう思った。

 だが……。

 

「フン、興味ないな」

「ほう……」

「プロになりたくなったら、己の力のみでなってみせる。貴様の手など借りずともな」

 

 自信を持ち、万丈目はそう断言する。しかしその後に、「だが、それとは別にだ」と続けてデュエルディスクを腕に着けた。

 

「餌をチラつかせれば俺が食いつくと思われたのは、不愉快だ! この万丈目準を軽く見たその報い、受けてもらおうか!」

『よっ、兄貴カッコいい~ん』

『色男ー』

『惚れちゃう~』

「黙っていろ、貴様らッ!」

 

 万丈目の一喝に、騒いでいたおジャマ三兄弟は『わーっ、サンダーが怒ったー!』と叫びながら逃げ惑う。

 その姿は見えていないだろうが、斎王は隠しきれない笑みをその顔に貼り付かせ、万丈目の前にテーブルを取り出した。そして、その上にデッキを置く。

 それに万丈目は怪訝な目を向けるが、デュエルディスクがないならテーブルデュエルでも仕方がないと思ったのか、何を言うこともなかった。

 

「「デュエル!」」

 

万丈目準 LP:4000

斎王琢磨 LP:4000

 

 始まった途端、斎王はカードを見ずに5枚の手札をテーブルに裏側で並べる。

 これには、万丈目も思わず意見した。

 

「貴様! カードを見ないのか!?」

「フフ、見なくとも、私には見通せるのですよ。運命が……そしてこのデュエルの未来がね」

 

 その確信に満ちた言葉に、万丈目は僅かなりとも不気味なものを感じる。しかし、それを振り払うかのように舌打ちし、デッキのカードに手をかけた。

 

「俺の先攻! ドロー! ……俺は《V-タイガー・ジェット》を召喚! 更に永続魔法《前線基地》を発動! メインフェイズに1度、手札からレベル4以下のユニオンモンスターを特殊召喚できる! 《W-ウィング・カタパルト》を特殊召喚! そして、2体を合体! エクストラデッキから《VW-タイガー・カタパルト》を融合召喚する!」

 

《VW-タイガー・カタパルト》 ATK/2000 DEF/2100

 

 ウィング・カタパルトの上にタイガー・ジェットがそのままくっついたような姿のモンスター。

 攻撃力は2000であり、初手としては十分だと万丈目は一つ頷いた。

 

「ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー」

 

 デッキからカードを引いた斎王は、それをテーブルに並べる。

 無論手札は全てが裏側になっているのだが、斎王は迷う様子もなくその中から1枚を選択して手に取った。

 

「私は魔法カード《幻視》を発動。この効果により私はデッキのカードを1枚めくる。そしてそのカードがプレイされた時、相手は1000ポイントのダメージを受ける」

 

 宣言したカードと、手札から選んだカードが同じ。その事実に、万丈目は目を見開いた。

 

「貴様、なぜカードがわかる!?」

「言ったでしょう。見通しているのですよ、私は」

 

 微笑み交じりに斎王が言う。

 それを聞き、万丈目は「不気味な奴め……」と小さくこぼした。

 

「続けましょう。私がめくったカードは《アルカナフォースXII(トゥエルブ)THE HANGED MAN(ザ・ハングドマン)》です。そしてこのカードをデッキに戻し、シャッフルする。さぁ、万丈目さん。テーブルにいらしてください」

「なに?」

「あなたの手でシャッフルするのです。あなた自身の運命を……」

「……ちっ」

 

 シャッフルは基本的に自分ですれば事足りるが、公平を期す場合は不正が無いように対戦者も行う場合がある。

 ゆえに斎王の言葉はより公平を期すためだとも取れるため、万丈目は正々堂々と戦うという意味も込めて斎王の下に行き、そのデッキをシャッフルした。そして、それをテーブルに戻すと即座に踵を返す。

 

「フフ……続いて私は《スート・オブ・ソード X(テン)》を発動。正位置なら相手のモンスターを全て破壊し、逆位置なら自分のモンスターを破壊する。さぁ、ストップと宣言してください」

 

 カードが時計回りに回転を始める。それを暫し見つめていた万丈目は、半回転ほどしたところで口を開いた。

 

「ストップだ!」

 

 万丈目の宣告により、カードの回転が弱まっていく。そして最終的にカードは、カード名欄が上を向いた状態で止まった。

 

「正位置……では、万丈目さん。あなたの場のVW-タイガー・カタパルトを破壊します」

 

 斎王がそう言った瞬間《スート・オブ・ソード X》のカードが輝き、VW-タイガー・カタパルトが爆発と共に万丈目のフィールドから消える。

 万丈目が小さく呻いた。

 

「そして私は《ナイト・オブ・ペンタクルス》を守備表示で召喚。このカードは、正位置なら戦闘で破壊されない。逆位置なら、攻撃対象に選択された時、破壊される。さぁ、ストップを」

 

《ナイト・オブ・ペンタクルス》 ATK/1000 DEF/1000

 

 小柄で機械的な虫を、無理やり二足歩行にしたかのようなモンスター。

 その頭上で、カードが回転を始める。

 

「……ストップ!」

 

 万丈目の宣言。そして、ナイト・オブ・ペンタクルスのカードが止まった位置は、逆位置だった。

 つまりそれは、デメリット効果が選択されたということである。

 

「ふっ、どうやら俺にとって有利な効果になったようだな」

「フフ、私はこれでターンエンド」

 

 デメリット効果だったというのに、斎王に動揺はない。

 訝しみながらも、万丈目は己がするべきことをこなしていく。

 

「俺のターン、ドロー! ……魔法カード《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、2枚捨てる! 更に《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドロー!」

 

 これで手札は5枚。

 それらを端から端まで見渡して、万丈目は口角を上げた。

 

「貴様、このデュエルの未来を見通したと言ったな」

「ええ、確かにそう言いましたよ」

「どうやら、その未来とは貴様の負けで幕が閉じる未来のようだな!」

 

 万丈目はにやりと笑うと、手札からまず1枚のカードをディスクに差し込んだ。

 

「俺は手札から《死者転生》を発動! 手札から《おジャマ・グリーン》を捨て、墓地から《アームド・ドラゴン LV5》を手札に加える! 更に《おろかな埋葬》! デッキから《おジャマ・イエロー》を墓地に送る! 《死者蘇生》を発動! 墓地から《VW-タイガー・カタパルト》を特殊召喚し、タイガー・カタパルトをリリース! 現れろ、《アームド・ドラゴン LV5》!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 少々体格が丸いが、厳つい顔と強力な拳が武器のレベルアップモンスター。通常召喚が可能なうえに攻撃力と効果も及第点なため、万丈目のデッキにおいても中核を担うモンスターの1体である。

 これで万丈目の手札は2枚。だが、墓地を一度見て万丈目は己の勝利を一層確信する。

 天使の施しで墓地に送られた2枚のカード。1枚は《アームド・ドラゴン LV5》、もう1枚は……《おジャマ・ブラック》だった。

 

「更に魔法カード《おジャマンダラ》! ライフポイントを1000払い、墓地の「おジャマ・イエロー」「おジャマ・グリーン」「おジャマ・ブラック」を特殊召喚する! 来い、クズども!」

 

万丈目 LP:4000→3000

 

 1000のライフを犠牲に、万丈目の場に現れる3体の小柄なモンスター。

 おジャマ・イエロー、おジャマ・グリーン、おジャマ・ブラックからなる、おジャマ三兄弟である。

 

『いや~ん』

『ばか~ん』

『うふ~ん』

 

 なぜかしなを作ったポーズを決めながら現れた3体に、万丈目のこめかみに青筋が浮かんだ。

 

「お前たち! 真面目にやらんか!」

『ちょっとした冗談じゃないの、兄貴~』

 

 賑やかに騒ぐ万丈目だが、それは斎王の目から見れば一人での奇行にしか見えない。ここで万丈目が不自然な行動をとる理由は一つ。

 斎王は、あのおジャマ3体こそが万丈目が心を通わせる精霊なのだと確信する。

 そんな斎王の心内を知る由もない万丈目は、ようやくおジャマたちとの騒ぎを収めると、改めて手札から1枚のカードを手に取った。

 

「そして俺は《おジャマ・デルタサンダー!!》を発動! 俺の場に「おジャマ・イエロー」「おジャマ・グリーン」「おジャマ・ブラック」が存在する時、相手フィールド上と手札のカードの枚数×500ポイントのダメージを相手に与える!」

 

 斎王の場にはモンスターが1体。そして手札は3枚。つまり、合計して2000ポイントのダメージが与えられることになる。

 

『くらえぃ!』

『俺たちの!』

『秘奥義!』

 

 バッと空中に飛び上がったおジャマたちが、逆三角形の形となって滞空すると同時にその身体に紫電を纏い始める。

 そしてそれが最大級に高まった時。強烈な閃光が3体から放たれた。

 

『『『おジャマ・デルタサンダー!!』』』

 

 迸った雷光が斎王のフィールドを蹂躙する。また、それだけにとどまらずその被害は手札にまで飛び火し、斎王のライフを大幅に削り取っていった。

 

「ぐぅ……!」

 

斎王 LP:4000→2000

 

「《おジャマ・デルタサンダー!!》の効果はまだ続く! デッキから《おジャマ・デルタハリケーン!!》を墓地に送り、お前の場のカードを全て破壊する!」

 

 これにより、ナイト・オブ・ペンタクルスが破壊。結果、斎王の場はがら空きとなった。ナイト・オブ・ペンタクルスは攻撃対象に選択した時点で自壊していたが、このターンで決着をつけるつもりなら、どちらでも同じことだ。

 斎王のライフポイントは残り2000。そして万丈目の場には攻撃力2400のアームド・ドラゴン LV5がいる。

 

「フン、これで貴様は丸裸だ。この万丈目サンダーを舐めてかかったことを後悔するんだな」

「く、ククク……」

 

 自信を込めて言った言葉に、返ってきたのは微かな含み笑い。自然、万丈目の眉が寄る。

 

「……貴様、なにを笑っている」

「ああ、これは失礼。ついつい嬉しくなってしまってね……」

「嬉しいだと?」

 

 場違いな台詞に、万丈目が片眉を上げる。それに対して、斎王は頷いた。

 

「私が見通した未来では、今とは異なる方法であなたは私を追い詰めるはずでした。しかし、あなたは運命に沿わない方法で以って私に迫った。それが、嬉しいのですよ」

「フン、わけのわからないことを。どのみち、貴様はこれで終わりだ。そんな胡散臭い占いに揺らぐ万丈目さんではない! いけ、アームド・ドラゴン LV5! 《アームド・バスター》!」

 

 万丈目の攻撃宣言により、アームド・ドラゴン LV5が拳を振り上げながら突進していく。

 

「……万丈目さん。確かにあなたは私の見通した未来を僅かなりとはいえ覆した。ですが――」

 

 自身に迫る暴力の拳。己のライフポイントにとどめを刺すそれを前にして、斎王は不敵に笑い口の端を持ち上げた。

 

「変えようがないからこそ、運命というのです! 私は手札から《アルカナフォースXIV(フォーティーン)TEMPERANCE(テンパランス)》の効果発動! このカードを墓地に送ることで、自分が受ける戦闘ダメージを一度だけ0にする!」

 

 カードが墓地に送られ、効果が処理される。

 アームド・ドラゴン LV5の攻撃は止められ、当然ながら斎王にダメージを与えることもなかった。

 

「な、なんだと!?」

「フフ、惜しかったですね万丈目さん。だが、運命はあなたに味方しなかったようだ」

 

 これが運命だと言わんばかりの上からの物言いに、万丈目の中に苛立ちが募っていく。

 

「運命運命と、いい加減耳障りだ! ターンエンド!」

「私のターン、ドロー」

 

 カードを引き、やはりまたテーブルに裏側で並べる。そして、その中から1枚を表側に向けた。

 

「魔法カード発動、《運命の選択》。私の手札からあなたはカードを1枚ランダムに選ぶ。そしてそのカードがモンスターカードだった場合、私のフィールドに特殊召喚する。……さぁ、私のテーブルに……」

「またか、懲りない奴だ」

 

 若干呆れ混じりにそう言って、万丈目が斎王のテーブルに近づいていく。

 と、その途中で万丈目の目の前に1体の精霊が姿を現した。心配そうに表情を歪めたその正体は、万丈目の精霊であるおジャマ・イエローだ。

 

『兄貴、行っちゃダメよ~! なんだか、嫌な予感が……』

 

 たどたどしく万丈目を止めようとするイエローだが、さっきからの斎王による度重なる不快な言い草にイラついていた万丈目は、それを軽くあしらった。

 

「うるさい! 俺はいつだって、自分の選択は自分の意思で決めてきた。いいことも、悪いことも、楽しいことも、苦しいこともだ! それを運命なんて一言で片づけられて、黙っていられるか!」

 

 おジャマ・イエローの声に、万丈目は苛立たしげにそう叫ぶと、追い払うように宙に浮かぶイエローに向かってデュエルディスクを振るった。

 それによってイエローの姿が消えたことを確認すると、改めて万丈目は斎王のテーブルの前に立つ。

 

「さぁ……」

「……こいつだ」

 

 万丈目はさして悩まずに1枚のカードを指さす。

 それを受けた斎王は、万丈目が指定したカードを手に取ると、それをゆっくりと持ち上げていき、一気にその表側を万丈目に見えるようにひっくり返す。

 そこに書かれていたカード名は――《アルカナフォースXII-THE HANGED MAN》。

 

「なっ……!」

「やはり、あなたも大きな運命に逆らうことは出来なかった……。このカードは私が《幻視》によって選んだカード。このカードがプレイされたことにより、あなたは1000ポイントのダメージを受ける」

 

 斎王は片目からだけ涙を流しながら笑う、という奇妙な表情で淡々と告げた。

 同時に、HANGED MANが斎王のフィールドに現れた。

 

《アルカナフォースXII-THE HANGED MAN》 ATK/2200 DEF/2200

 

 まるで形のない液体がろっ骨のような形に固定され、刃状になったかのような風体のモンスター。その不気味な姿がフィールドに根を下ろし、それによって万丈目は1000ポイントのダメージを受ける。

 

「ぐッ……!」

 

万丈目 LP:3000→2000

 

「更に《アルカナフォースXII-THE HANGED MAN》の効果。正位置なら、私の場のモンスター1体を破壊してその攻撃力分のダメージを受ける。逆位置なら、相手の場のモンスター1体を破壊してその攻撃力分のダメージを与える。……さぁ、ストップを」

 

 召喚されたHANGED MANが、万丈目の身体を包むようにその鋭利な刃のような腕を広げる。

 ソリッドビジョンとわかっていても、その迫力にはやはり感じるものがある。万丈目の頬を、一筋の汗が伝った。

 

「ストップだ!」

 

 HANGED MANの頭上に掲げられたカードの回転が、徐々に収まっていく。

 カチリ、カチリ、と時計の秒針のように刻まれていく時の中、ついにその回転がある位置で止まる。

 カードは上下が反転した状態……すなわち、逆位置。

 

「くッ、馬鹿な!」

「この瞬間、HANGED MANの効果により、万丈目さん、あなたの場のモンスターを破壊! そしてその攻撃力分のダメージを与えます!」

 

 万丈目の場にいるモンスターは攻撃力2400のアームド・ドラゴン LV5が1体のみ。

 しかしそれでも、万丈目の残りライフを削り切るには十分すぎた。

 アームド・ドラゴン LV5が効果によって破壊され、フィールドから墓地へ送られる。そして、破壊の際に発生した爆発の余波が万丈目に襲い掛かってライフを容赦なく奪い取っていった。

 

「ぐぁああッ!」

 

万丈目 LP:2000→0

 

 それによってライフポイントがゼロになり、万丈目の負けが確定する。

 しかし、斎王は勝敗には興味がないかのように愉悦を覗かせた顔で万丈目を見ていた。

 

「――『吊るされた男』、このカードで読み取れるあなたの運命は……そう、“停滞”です」

「くっ……なにが言いたい!?」

「あなたには乗り越えたいと思っているライバルがいる。だが同時に、心のどこかで諦めてしまってもいる」

 

 人の心に土足で踏み込むその言葉と、それに対して罪悪感すら感じられない態度に、万丈目は思わずカッとなる。

 

「貴様ッ! 俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ……!」

 

 射殺さんばかりに睨みつけるが、しかし斎王に意に介した様子はなく、黙々と言葉を続けていく。

 

「それどころか、友好的な態度で媚を売る。勝てないゆえの停滞……ですが、あなたが引いたのは逆位置の『吊るされた男』。これは停滞から前に進む兆し。そう、あなたは今までの自分を脱却し、新たな運命を選べるのです!」

「………………」

 

 黙り込む万丈目を前に、斎王はテーブルに置かれていた自身のデッキを持つと、それをゆっくりとシャッフルし始めた。

 

「このデッキは、これまでのあなただ。だが、こうして私が手を入れることで、デッキは……運命は、生まれ変わることが出来る」

 

 反応を示さない万丈目。しかし気にせず、斎王はシャッフルを続ける。

 

「力をあげるよ、私が。あなたの新たな運命に見合う、新しいデッキを構築してあげよう。勝ちたいんじゃないのかい? 自分の心に正直に。さぁ……さぁ……」

 

 まるでメトロノームのように機械的かつ小刻みにシャッフルを続けながら、斎王は穏やかな笑顔と口調で万丈目に迫る。

 その言葉を受け、万丈目は顔を上げる。そして、斎王を正面から見据えた。

 その瞳に浮かぶのは、憤怒。

 

「ほう……」

「大概にしろよ、貴様……! 確かに、俺は十代や遠也に負け続きだ。勝率も一割あるかどうかだろう。――だからこそ、確かに俺は勝ちたい。しかし、それが他人の力によるものであって、いいはずがない!」

 

 拳を握り、万丈目は斎王に強い言葉を叩きつけた。

 

「これは、万丈目準が一人で達成してこそ意味がある! そして、そんな俺だからこそ奴らは俺をライバルと呼び、俺もそう言えるんだ!」

 

 脳裏によぎる二人の男。そうだ、俺とて奴らのことを認めている。だからこそ、俺たちはライバルなのだ。そして、ライバルとは対等であり、競い合うもの。

 それは正々堂々、後腐れなしの勝負である。1対1の真剣なバトル。ならば、そこに他人の手を挟んでいい道理がどこにある。

 それだけじゃない。万丈目は、かつて遠也と初めて対戦した時を思い出す。まだエリート意識に凝り固まって、デュエルの本質が見えていなかったあの頃を。

 

「それに、遠也とは楽しいデュエルをするという約束もある! 他人に頼ったデッキでデュエルして、楽しいはずがあるか! 俺は……ライバルとの約束を反故にするような、そんな男には断じてならん!」

 

 そうだ。楽しいデュエルをしようと遠也は言った。最初こそ馬鹿にしていたが、その言葉の意味を理解した今では、少なくとも自分で満足できるデュエルをしようと心がけている。

 そんなデュエルを楽しいと思い、受け入れた万丈目にとって、斎王の言葉は我慢ならないものだった。

 万丈目の心の叫びを聞き、笑みを浮かべていた斎王の顔から表情が消える。

 そして、万丈目が声に出した名前を口の中で呟いた。

 

「遠也……皆本遠也か。私が見通せぬ運命を持つ男……やはり、影響はあったか……」

 

 その表情はどこか苛立たしげでもあったが、しかし次の瞬間には元の笑みが再び斎王の顔に戻っていた。

 視線の先には、大きな啖呵を切った万丈目の姿。自身を睨むその瞳を前にして、斎王はやはり笑んだままだ。

 どうやら、万丈目の心を折ることは不可能なようだと斎王は早々に見切りをつける。心まで折り、完全なる下僕と化すのが最も都合よくはあったが……この際、贅沢は言うまい。

 そう判断した斎王は、指をパチンと鳴らす。

 すると、HANGED MANの細く鋭い身体の部位がそれぞれ蠢き合い、それはまるで鞭のようにしなって万丈目の両足を拘束した。

 

「な、なに!? ぐぁあッ!?」

 

 不意を突かれた万丈目は大した抵抗も出来ず、そのまま足を掲げられ、倒立したような状態で空中に吊るされてしまう。

 その様は、まさにタロットカードの『吊るされた男』と瓜二つであった。

 

『兄貴~!』

 

 おジャマたちが万丈目の窮地に、精霊状態で飛び出す。そしてそのまま万丈目の足を縛るHANGED MANの下へ向かおうとするが、気配でそれを察した斎王が俄かに瞳に怪しげな光を宿すと、それを浴びたおジャマたちは何もできずに消し去られてしまった。

 それを終えると、斎王は吊るされている万丈目に目を向ける。

 

「あなたの答えは、どちらでもよかったんですよ。あなたは私に負けた。その時点で、全ては運命の通りだったのですから……」

 

 言いつつ、斎王は手を掲げて万丈目の頭へと近づけていく。

 それに若干の恐怖を感じながらも、万丈目は最後まで斎王を睨み続ける。

 

「……くッ……」

 

 ぐっと噛みしめた唇から呻き声が漏れる。

 直後、それは声にならない悲鳴へと変わり、やがてその場は完全なる静寂に包まれていったのだった……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……さて。昨日はようやく十代に復調の様子が見え、俺たちは僅かながらに肩の荷が下りた心持ちだった。

 まぁ、入れ替わりに行方不明にもなっているので心配は心配だが。まぁ、いつもの調子に戻っているんなら、そのうちひょっこり帰ってきそうではある。もちろん、ハネクリボーと一緒に。

 そんなわけで、俺とマナは些かの安堵と共にいつものようにレッド寮へと足を運んだ。

 そして、今や集会場と化している明日香が使うレッド寮最大の部屋を訪ねるが、誰もいない。

 

「んー、おかしいね?」

「ああ。食堂にでもいるのか?」

 

 俺とマナは顔を見合わせ、今度は食堂の方へと足を向ける。

 すると、そちらから聞き覚えのある声が聞こえてくる。翔と剣山、それに三沢……明日香もいるか? ともあれ、どうやらみんなこっちにいたようだ。俺達は安心して近づいていく。

 そして食堂の扉を開くと、ガラガラという立てつけの悪い音と共に真ん前にいた馴染みの面々に声をかけた。

 

「よ、みんな。どうしたんだよ、入り口で固まって」

「あ、ああ。遠也か。いや、実は……」

 

 俺の声に一番に反応した三沢だが、すぐに言いづらそうに口ごもった。

 どうしたのかと訝しみながら、俺とマナは三沢たちの背中ら奥を覗き込んでみた。

 

「ハーハッハ! やはり時代は白! やはり俺は、何色を着ても似合うな……フッフッフ」

 

 そこには、上から下まで真っ白の制服に身を包んだ万丈目が、得意げに笑っていた。

 なんだあれ。そう思うと同時に、頭で何かが引っかかっている気持ちの悪い感触を覚える。

 何かを忘れているような……。

 

「斎王の染める白い世界、光の結社か。フフフ、まぁ俺が協力するのだ。その野望もすぐに達成されるだろう、ハッハッハ!」

 

 高笑いする万丈目から聞こえてきた人名。斎王。

 それが、エド・フェニックスのマネージャーの名前だと気が付いた時、ようやく全てが一つに繋がった。

 

 ――そうか! 十代のあれは斎王の企みで、取り込もうとした策。でも無理だったから、代わりに万丈目を引き入れた……とかだったはず! 全部終わってから思い出しても意味ねー!

 

 俺は思わずがっくり肩を落として頭を抱えた。もはやほとんど記憶にない知識が恨めしい。本来、こういう作品への転移って原作知識を武器にするものじゃなかったっけ? と自分の在り方に疑問を覚えてしまうほどだ。

 まぁ、同時に現在の十代がいる場所も思い出したからよかったと言えばよかった。たぶん今頃木星の衛星……だったかな? とにかく、そこらへんにいるんだろう。

 

 

 そう、これは十代が新たな力を手に入れる時であると同時に、黒幕が動きを見せ始めた時期。

 つまるところ。

 また今年も、騒動の種が芽を出し始めたということなのだろう。

 去年に続く事件の予兆を噛みしめる。そして、俺はこれから起こっていくだろう様々な出来事を前に、気持ちを引き締めるのだった。

 万丈目の高笑いが響く、食堂の中で。

 

 

 

 

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