遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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3:三年生・前期
第55話 宝玉


 

 新学期へと繋がる休み期間もついに終わりを告げ、今日からまた新しい日々が始まろうとしている。

 一年生は二年生に、二年生は三年生に。三年生は既に卒業してしまったが、代わりに新入生が入ってきている。新しい生徒を迎えたことで、これからアカデミアもしばらくは浮つきつつも楽しい空気が流れそうだ。

 そういえば、てっきり卒業するかと思っていた吹雪さんはアカデミアに残っている。忘れがちだが、吹雪さんが行方不明になっていた期間は二年にも及んでいたのだ。

 吹雪さんは一年生の頃に行方不明になった……それはつまり、一年生の課程を当時まだ修了していなかったことを意味する。

 そんな吹雪さんが復帰したのは俺たちが一年生の頃。吹雪さんが残っていた一年生の課程を終えるのと、俺たちが一年生の課程を終えるのがそれによって一致することになり、図らずも俺たちと吹雪さんは同級生という扱いになっているというわけらしかった。

 当然世間的には留年となるわけだが、吹雪さんは「明日香や皆と卒業できるなら、そのほうがいいさ」と言って笑っていた。

 そして今日から、晴れて吹雪さんは三年生となるわけだ。それはもちろん俺たちも同じこと。そして、その始まりとなる始業式までもう残り一時間もない。

 なのだが、俺と十代は購買部に来てカードパックを買っていた。まぁ、三年生になるからといって俺たちが急に変わるわけもないということである。

 

「お、これ見ろよハネクリボー! お前のサポートカードが出たぜ!」

『クリー!』

 

 カードパックを開き、カードを確かめた十代が横に浮かぶハネクリボーにカードを見せる。それを、ハネクリボーは嬉しそうに丸っこい身体を揺らして応えていた。

 それを微笑ましく見つつ、俺もパックを開く。

 

「なんでも遊戯さんがクリボーを使うのを見て、ペガサスさんはクリボーやワイトなんかのサポートをよく作るようになったらしい。弱小と呼ばれてしまうモンスターにも、ちゃんと生かす道があるんだってことでさ。それは今でも続いてるってわけだ。……さて、何が出るかなっと」

「へぇ、そうなのか。で、それが行き着いた先がお前が使うシンクロ召喚ってわけか」

「まぁ、それはちょっと違うんだけどな。……ふーむ、《強欲な壺》か。禁止カードが出てもなぁ」

『もともと遠也は使ってなかったけどね』

 

 まぁ、それでなくても買ったカードを使うつもりはないわけだが。マナの言葉に小さく頷きつつ、出たカードを十代に見せる。

 十代は、そこに含まれる強欲な壺を見て、残念そうな表情になった。

 

「それなぁ、なんで禁止になったんだろうな。昔は「強欲な壺が入っていないデッキはデッキじゃない」とまで言われた必須カードだったのにさ」

「いや、こいつは禁止で正解だろ」

 

 コストも条件もなしに手札が1枚増えるとか、OCGを知っている身からすれば壊れといってもいいほどの性能だぞ。手札増強、デッキ圧縮がノーコストで出来るカードだったんだからな。

 この世界では長く制限に留まっていたのだが、この間の制限改定でついに禁止行きになっていた。その新制限が施行される日の朝は、アカデミアの随所で泣く泣く《強欲な壺》をデッキから抜く姿が見られた。

 それほどまでに、デュエルモンスターズにとっては重要なカードだったということだ。

 ちなみに、強欲な壺と並んで二大ドローソースと呼ばれる《天使の施し》は制限で踏みとどまっている。とはいえ、これも近々規制されるだろうともっぱらの噂である。

 そんなことを十代と二人で話していると、ハネクリボーが何かに気付いたのか購買部の入口の方へとふわふわ飛んでいく。

 それを見て、俺と十代はどうしたのかと顔を見合わせる。その間もハネクリボーは外に向かっていき、俺たちは放っておくわけにもいかずハネクリボーの後を追いかけた。

 

「おーい、どうしたんだよ相棒!」

 

 十代が追いかけながらハネクリボーに声をかける。始業式が近いからか人気のない廊下を行きつつ、ハネクリボーはしかし飛行を止めなかった。

 そしてその時、俺はハネクリボーの先に光る何かに気が付いたのだった。

 

「十代。ハネクリボーの前、何か光るものが走ってる。ハネクリボーはあれを追いかけてるんじゃないか?」

「ん? ……ホントだ、赤く光る宝石みたいな……って、あれ精霊じゃないか?」

『そうみたい。間違いなく精霊だよ』

 

 十代の推測にマナがそう答えを返したその時、その赤い宝石のような何かが角を曲がる。ハネクリボーがそれを追い、俺達もその角を曲がった。

 途端。

 

「うわっ!?」

「なんだ!?」

「おわ、止まるな十代ぶっ!?」

 

 十代が誰かとぶつかり、そして十代の背中に俺がぶつかる。

 結果、三人仲良く廊下に倒れることとあいなった。

 

『うわぁ……遠也、大丈夫?』

『クリー……』

「ああ、なんとかな」

「いつつ、心配すんな相棒」

 

 言いつつ俺たちは起き上がり、そして十代がいまだ座り込んだままのもう一人に手を差し出した。

 

「悪かったな、ぶつかっちまって。大丈夫か?」

 

 そうして手を差し出した先にいたのは、ダークグリーンの髪をところどころ跳ねさせた少年だった。

 袖にフリルがついた特徴的なシャツの上に、どこかアカデミアの制服を思い起こさせるデザインの藍色のベストを羽織っている。

 その少年は、差し出された手を暫し見ていたが、やがてその手を取った。

 

「いや、こっちも悪かった。気にすんなよ」

 

 十代の手を借りて立ち上がった彼は、ぱんぱんとズボンについた汚れを払うと、快活さを感じさせる明るい笑みを浮かべた。

 本人が言うように気にしていないようだったが、こちらの前方不注意だったのは明白だ。俺も十代に続いて頭を下げるが、それにも彼は「だからいいって。真面目だな」と清々しく笑うだけだった。

 と、その時。その彼の足元から身体を伝って肩に乗っかる精霊が一体。柔らかそうな紫の毛に覆われた小さな身体を揺らし、その尻尾の先には赤く光る宝石がくっついている。

 ハネクリボーが追っていたのはこいつだろう。俺と十代は揃ってその精霊に目を向けた。

 すると、その視線の先に気付いた彼が口を開く。

 

「ああ、こいつはルビーっていうんだ。カーバンクルっていう伝説の生き物さ」

 

 ルビーでカーバンクル……ってことは、こいつはデュエルモンスターズのカード《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》の精霊だろうか。

 興味深くルビーを見ていると、横でカーバンクルという聞き慣れない名称に十代が首を傾げていた。

 

「カーバンクル? その伝説って?」

「ああ! ……って、それハネクリボー? それにこっちにはブラック・マジシャン・ガールまでいるじゃないか!」

『クリクリー』

『あはは、どうもー』

 

 十代の肩の上、そして俺の背後に目をやった後に、歓声にも似た声を上げる。

 それによって彼もまた俺たちのように精霊が見えることがわかり、そうそう見られない共通点を見つけた俺たちは一気にお互いの会話にのめりこんでいった。

 

「ほー、子供のころから精霊が見えてたのか」

「ああ。けど、普通の奴には見えないからな。周りにはたまに変な目で見られたよ」

「俺も子供のころから……ん? いや、いつからだったかな……」

「ちなみに、俺は最近になって見えるようになったクチだ」

「へぇ! それにしても、ここであの有名な二人に出会えるなんて、俺も運がいいぜ」

「ん?」

「へ?」

 

 突然、有名な二人、とひとかたまりに俺と十代のことを呼ばれ、俺たちは揃って訝しげな顔になる。

 そんな俺たちを前にして、彼は俺たち二人の精霊にそれぞれ目を向けた。

 

「この本校でハネクリボーを持つのは、ネオスを擁するHEROデッキの使い手、遊城十代! そしてブラック・マジシャン・ガールを持つのは、スターダスト・ドラゴンを擁するシンクロデッキの使い手、皆本遠也! その名前は、俺の学校にも伝わってきていたぜ」

「そうなのか?」

「まぁ……不思議ではない、か」

 

 俺はシンクロの実演、学園対抗デュエルなどでテレビに出たことがあり。十代は一度エドがテレビでアカデミアのHERO使いとして対戦を申し込んだことがあったため、名前は売れやすかっただろう。

 それに、《スターダスト・ドラゴン》と《E・HERO ネオス》。ともに世界に一枚しか存在しないカードだけに、その所有者である俺達の名前が知られるのはそう不思議なことでもなかった。

 加えて俺の場合、遊戯さんしか使わないブラマジガールの使い手ということでも名が知られている可能性がある。

 実際その考えは正しかったようで、彼は俺が話した予想にその通りだと頷いた。

 

 ――ちなみに後で知ったことだが、ともにデッキにシナジーがあまりないカードを愛用していることでも有名だったとか。具体的には、ハネクリボーとブラック・マジシャン・ガールのことらしいが。大きなお世話である。

 

 ともあれ、そうして暫く三人で話していると、ちょいちょいとマナに袖を引かれた。どうしたのかと振り返ると、ルビーを胸に抱えてハネクリボーを帽子の上に乗せたマナが廊下の端の方を指さした。

 それを見て、俺と十代と彼は揃ってその指の先に顔を向ける。すると、そこにはこちらに走ってくる翔と剣山の姿があった。

 まだ折り目正しいブルーの制服の翔が腕時計を指さし、こちらは変わらない袖を切り取ったイエローの制服を着た剣山が大教室のほうを指さす。

 それだけで、俺と十代は二人が言いたいことを悟った。

 

「いっけねぇ! もうすぐ始業式だった!」

「つい話し込んじゃったからな。悪い、そっちにも都合があったろうに」

 

 俺が謝ると、彼はいいやと首を振った。

 

「こうして、気が合う二人に会えたんだ。むしろ感謝したいところさ」

「へへ、それは俺もだぜ。お前とは、いい友達になれそうだ」

「俺も十代と同意見だ。っと、十代。そろそろまずいぞ!」

 

 時間を改めて確認して十代に伝え、俺たちは彼に手を振りつつその場を後にした。

 さすがに初日から遅刻なんてするわけにはいかない。俺たちは既に誰の姿も見えない廊下を慌ただしく走っていくのだった。

 

 

 

 

 そして辿り着いた大教室。滑り込むように教室に入った俺たちは、それぞれの席へと向かった。

 レッドのほうに戻っていった十代は、同じくレッドの万丈目に小言を言われているようだ。相変わらずイエローのくせに剣山はレッドのほうに座っているようで、その姿も近くにある。

 ちなみにブルー所属である俺は、当然ブルーのスペースへ。所属が同じとなる翔と明日香の姿を見つけると、翔の隣へと向かう。

「よ」と声をかけると、二人は揃って溜め息をついた。失礼な奴らである。

 

『余裕を持って出たはずなのに、結局ギリギリ……』

「うぐ。ま、まぁそのおかげであの精霊が見える奴に会えたんじゃないか」

 

 マナの声に小声でそう返して、あのルビー・カーバンクルを連れた彼のことを思い出す。

 ルビー・カーバンクルといえば、宝玉獣の一体として元の世界で聞いたことがある。残念ながら、俺は持っていなかったが……。

 と、そこまで考えて俺はようやく気が付いた。

 

「そうか。宝玉獣ってことは、あいつが……」

『え?』

 

 俺の呟きにマナが反応を返したその時。同時に壇上に立つ校長が一つ咳払いをした。

 いよいよ始業式が始まるということだろう。それを受けて、生徒たちの視線が鮫島校長へと注がれた。

 それを満足げに受け止めてから、校長は「新しい学年となったが、それぞれ悔いのないように過ごしてほしい」と厳かに告げる。

 それを背筋を伸ばして聞く生徒たち。特に俺たち三年生はこの一年でアカデミアを卒業することになる。悔いのない一年にすること、その言葉は重みをもって俺たちの心に響いた気がした。

 そうして校長の話が終わると、続いてナポレオン教頭が僅かに前に出た。

 

「オッホン。では次に、新入生代表としてオベリスクブルーの早乙女レイ君に宣誓をしてもらうのでアール」

 

 レイは正確には中等部からの飛び級であるが、高等部一年生からのスタートという意味では新入生と同じだ。もしここにレインがいれば、宣誓は恐らくレインに任されていただろう。レインの成績はレイよりも上だったようだから。

 しかしそうなると、あの無口なレインが声を張って宣誓をすることになるわけで。物静かなレインのことを思えば、こういう役はレイのほうが適役なのかもしれなかった。

 そのレイはというと、名前を呼ばれると大きく返事をして、自分の席からゆっくりと校長たちが立つ壇の前へと歩み出ていた。

 そして、右手を真っ直ぐ上に伸ばすと、ピンと背を張った。

 

「宣誓! 我々新入生は、デュエルアカデミアの規律を守り、デュエリストとしての誇りと相手へのリスペクトを重んじ、日々精進する事を誓います! 新入生代表、早乙女レイ!」

 

 毅然と、淀みなく言い切り、一礼。

 そして壇の前から歩き去って行くレイに、会場中からの拍手が送られる。俺も当然それにならって手を叩いていると、歩きながらレイがこっちを見た。

 何だろう。そう思った瞬間、レイは俺に向かってぱちりと片目をつぶった。いわゆるウィンク。俺は苦笑いするしかなかった。

 

「……ねぇ、遠也くん」

 

 そして、俺の隣にいるため当然ながらそれを見ていた翔。こっそり小声で話しかけてきたので、俺もうるさくならないように小声で応える。

 

「どうした、翔」

「殴っていいすか?」

「ダメだ」

『あはは……』

 

 と、俺たちがそんなやり取りをしている間にも始業式は進行していく。

 鮫島校長いわく、この本校生徒の能力の向上を図るという狙いで外部からの留学生を受け入れることとしたらしい。

 世界中に存在する分校の首席たち。その彼らを一時的ではあるが本校の生徒として受け入れ、新たな刺激によって一層デュエルに励むことを期待していると校長は言った。

 それにしても、主席を揃って分校から本校に移すとは校長も思い切ったことをする。これで、分校でトップの実力者が軒並み消えてしまったことになるわけだ。

 とはいえ、分校にメリットがないわけではない。本校にとってのメリットが新たな刺激による成長の促進なら、分校のそれはトップを一時的に空席にすることで下剋上を匂わせ、個々の実力の向上を促すというメリットがあるようだ。

 トップとして君臨していた実力者がいなくなることで、その間にその座を我がものにするべく生徒たちが切磋琢磨することが狙いなのだとか。もっとも、これは後で鮫島校長から聞いた話だが。

 さて、そういうわけでこれからしばらく分校のデュエルチャンピオンたちが本校で過ごすこととなるわけだ。まさに、吹雪さんが言っていた情報の通り。俺たちは期待に満ちた目で校長に視線を向けた。

 その視線を一身に受け、校長は早速とばかりに壇上の奥へと続く扉に手を向けた。

 

「では、留学生の諸君を紹介しよう! まずはデュエルアカデミア・イースト校代表、アモン・ガラム君!」

 

 その校長の言葉と同時、扉が両側にスライドしてその奥から一人の男が歩いてくる。

 赤い髪を逆立て、眼鏡をかけた理知的な相貌の男性。その服装はどこか東南アジアを思い起こさせる衣装で、ゆったりとした歩き方から泰然とした雰囲気を感じる。

 口元に僅かな笑みを浮かべた彼が校長の横に立つ。それを俺たちは拍手で迎えた。

 

「デュエルアカデミア・ウエスト校代表、オースチン・オブライエン君!」

 

 再び校長の紹介。それを受け奥から現れるのは、浅黒い肌に筋肉質な腕を剥き出しにした男。顔については、大きな鼻と厚い唇が特徴といえば特徴だろう。

 彼が歩くたびに鳴るカツカツという音はその足に履かれたゴツい軍靴が原因に違いない。その出で立ちは細かなポケットが目立つ機能的な黒い袖なしジャケットに、黒いズボン。さながら冒険家か傭兵のようである。腰に巻かれた太いベルトについたホルダー、そこに収められている機械が気になるところだ。

 そのオブライエンは、先に紹介されたアモンの隣まで来ると、両足を肩幅まで開いて手を腰の後ろで組んだ状態で静止する。……まんま、休めの体勢だ。兵士か、お前は。

 

「デュエルアカデミア・サウス校代表、ジム・クロコダイル・クック君!」

「イエーイ!」

 

 続いて紹介されたのは、サウス校代表のジム。

 こちらはだいぶ取っつきやすい性格のようで、明るい声と共に自身の身の丈ほどもあるワニを両手で頭上に掲げながらの登場という実に目立ったものになった。

 そのジムの格好はというと、ウェスタンハットにウェスタンシャツ、ウェスタンベストにウェスタンブーツ。そこにジーンズとベルト、首に巻いたスカーフ……と、実にわかりやすいウェスタンスタイルだ。

 出身地はアメリカで間違いないだろう。テキサスかどうかまではわからないが。

 しかし、そんなファッションよりも目立ってしまっているのが包帯に覆われた右目だった。少し気になりはしたが、わざわざ聞くようなことでもないだろう。俺はただ拍手で新しい仲間を歓迎した。

 そのジムが、オブライエンの横に並ぶ。それを見届け、校長がその手を勢いよく扉に向けて振った。

 

「そして、デュエルアカデミア・アークティック校代表、ヨハン・アンデルセン君!」

 

 校長が高らかにその名前を宣言するが……扉の奥からは誰も現れる気配がない。

 そのことに、他ならぬ校長自身を始め、同じく壇上に立っていたクロノス先生やナポレオン教頭たち教師陣もどういうことかと動揺し始めている。

 その動揺は、当然生徒たちも同じだ。名前を呼ばれた生徒が出てこない。その不測の事態に、ざわめきは瞬く間に会場中に広がっていった。

 

「……どういうことかしら?」

「遅刻っすかね?」

 

 明日香と翔も周囲の生徒と同じように首を傾げている。

 しかし、一番首を傾げているのは俺だった。

 

「おかしいな……さっき、そのヨハンらしき奴に会ったのに」

「え?」

「どういうことっすか?」

 

 俺の呟きに、明日香と翔が反応を返してくる。

 それを受けて、俺はついさっき十代と一緒に会った見慣れない制服を着た生徒のことを二人に話した。俺たちと気が合いそうな男だったこと。そして、恐らくは《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》の精霊を連れていて、自身も精霊が見えているようだったこと。

 それらの話を聞いた二人は、それぞれなるほどと頷いた。

 

「確かに、見慣れない制服ってことは、その人がヨハンって留学生の可能性は高そうっすね」

「だろ」

 

 俺の言葉に同意を示す翔に、俺もそうだろうと相槌を返す。まぁ、俺の場合はうっすらとヨハンの存在が知識として残っていたからでもあるのだが。

 

「ヨハン・アンデルセン……そういえば、聞いたことがあるわ」

 

 その時、唐突に明日香が口を開き、俺と翔は揃って明日香を見る。

 すると、明日香はその細い指で顎を支えながら、記憶をたどるようにしてゆっくりと話し始めた。

 

「確か、数年前にヨーロッパの大会で優勝したのが、そのヨハンという人だったはずよ。あの《宝玉獣》の持ち主とは知らなかったけれど……」

「《宝玉獣》っすか?」

「世界にそれぞれ1枚しか存在しない、7枚の特別なカードのことだよ」

 

 不思議そうにしている翔に俺がそう教えてやると、翔は「世界に1枚のカードが、7枚も!?」と驚いていた。

 とはいえ、翔が知らないのも無理はない。宝玉獣のカードはそれほど名前が知られているわけではないからだ。

 もともと流通させる目的のカードではないうえ、そのカードを扱うに足る主がいないため表舞台で使用されることもなくほぼ死蔵されていたのが現実なのだ。知らないのはある意味当然だ。

 尤も、調べればわかる程度に情報は世の中に出ていたので、明日香のように知っていてもおかしくはない。俺の場合は元の世界での知識とペガサスさんに聞いたから知っていただけだ。

 

 さて、その件のヨハンと思しき先程の彼だが、一向に姿を現さない。教室内を見渡してもその姿がないことから、この場にいない彼こそがヨハンで間違いないと思うのだが……。

 確実とは思いつつもやはり推測の域を出ない以上、判然としないこの状況には一体どういうことなのかという思いを抱かずにはいられない。

 教室の生徒たちもまさにその思いでざわめきは収まる気配がない。

 このまま収拾がつかなくなるのも、それはそれでまずい。同じくそう思ったのか、クロノス先生たちはこの状況に何らかの対応をしようと一歩踏み出した。

 その時、教室後方の出入り口が突然開く。そして、扉の向こうから現れた生徒が一人、乱れた息を整えながら教室に入ってきた。

 

「――いやー、まいった! こんな時に俺の方向音痴が出るとはなぁ!」

 

 快活に笑いながら姿を現したのは、俺と十代がさっき廊下で出会った男。紫のジャケットがどこかアカデミアの制服の意匠に似ていたのは勘違いではなかったらしい。

 この場に現れた以上、やはり彼が留学生残りの一人ということで間違いなさそうだ。

 俺が一人納得して頷いていると、彼に気付いた十代が「あれ、お前さっきの!」と立ち上がって、そのまま話しかけた。彼もそれに立ち止まって応えている姿を見ていると、不意に十代が俺のほうを指さす。

 それにつられて、彼もまたこちらを振り向く。そして俺と目が合うと手を振ってきたので、俺は苦笑しつつも手を振り返すのだった。

 

「おお、待っていたよヨハン君! さぁ、こっちへ!」

「はい!」

 

 鮫島校長の呼びかけに応え、俺に向かって振っていた手を止めて彼――ヨハンが壇上へと駆けだす。それを驚きの表情で見送った十代を見つつ、俺は自分の推測が当たっていたことに一人満足げに頷いた。

 そして、壇上に立ったヨハンがジムと握手を交わしつつその横に並ぶ。その際、ジムと共に現れた等身大のワニが生きている本物のワニであることがわかったりしたが……まぁ、そういうものなんだと思っておこう。そんなことにいちいち突っ込んでいたら、この世界ではやっていけない。

 俺が半ば投げやりにジムが何時の間にやら背中に背負っていたワニを見ていると、再びカツカツとブーツが床を叩く独特の音が聞こえてきた。

 音の発生源はやはり壇上。ただし、先程同じ音を響かせたオブライエンではなく、その音を出しているのはクロノス先生たちの奥から歩いてくる大男によるものであった。

 生徒たちの視線が余すことなくその歩いてくる男に向かう。そこで、再び校長が口を開いた。

 

「――そしてもう一人ご紹介しよう。今年、特別講師としてウェスト校より招いた、プロフェッサー・コブラ!」

 

 紹介を受けた大男――コブラが軽く校長に向かって一礼をする。

 二メートルは超えるだろう背丈。アカデミア教師指定の制服の上からでもわかる、盛り上がった筋肉。濃い紫で統一された制服の布が、まるではちきれんばかりである。その上、日焼けした肌と強面が相まって、その威圧感が尋常じゃない。

 一応笑みを浮かべているのだが……。その外見のせいで、良く言えば不敵。悪く言えば脅しているようにしか見えなかった。

 それにしても、あのリーゼントを伸長させて尖らせたような髪型は何なんだ。色々と突っ込みどころが多い人である。

 そのコブラ先生は、校長の紹介の後そのまま留学生たちの前に立ち、アカデミア本校生たちをぐるりと睥睨した。

 

「こんにちは、諸君」

 

 とんでもなく低い声で放たれた第一声が教室中に広がっていく。

 タイタンと同じかそれ以上に低い。腹に響くような、なんとも重さを感じる声だった。

 そしてコブラ先生は続けて、その鋭い目でじっと生徒たちを見つめて一度目を閉じる。そして、ゆっくりと開くと再び話し始めた。

 

「まずは、私の方針を諸君に話しておこう。私の方針、それは“実戦あるのみ”! ゆえに、長々とした話はしない! そしてその方針に則り、これからエキシビジョンマッチを執り行う!」

「なっ」

「そんな話、聞いてないノーネ!」

「でアール!」

 

 コブラ先生の口から飛び出たエキシビジョンマッチ。それについて事前に何も知らされていなかったらしく、校長、クロノス先生、ナポレオン教頭がそれぞれ驚きの声を上げた。

 無論、驚いているのは俺達も同じだ。まさか始業式でそんなサプライズが待っているとは誰も思っていなかったに違いない。

 ざわざわと、さっきのヨハンの姿が見えなかった時以上の動揺が教室に広がる。しかし、そんな俺たちの反応を無視するように、コブラ先生は更に言葉を続けた。

 

「対戦者は私の独断で決める! まずは留学生の中から、ヨハン・アンデルセン!」

「え?」

 

 突然の指名にヨハンが困惑した声を出す。

 しかし、それすら取り合わず、コブラ先生は本校生たちへと目を向けた……って、なんか俺のほう見てないか?

 ぎょっとして背筋を伸ばすと、その時にはもうコブラ先生の目は違う方へと向いていた。思わず力を抜き、何だったんだと心の中で呟いた。

 そしてついに、もう一人の対戦者がコブラ先生の口から告げられる。

 

「諸君からは……遊城十代!」

「よっしゃあ! 新学期早々伝説のカードが相手なんてついてるぜ!」

 

 指名を受けた十代が、勢いよく立ち上がってガッツポーズを作る。その姿を見て、どこか困惑気味だったヨハンもデュエル意欲を刺激されたようだ。不敵に笑って十代を見ている。

 本当なら俺がデュエルしたいところだったんだが、指名では仕方がない。わがままで先生に逆らうわけにもいかないし、ここは大人しくその決定に従うしかないだろう。

 

「では、ヨハン・アンデルセン。遊城十代。私の前に」

 

 コブラ先生が指示を出すと、十代が壇上へと向かい、そしてヨハンと並んでコブラ先生の前に立つ。

 続けてコブラ先生が「右手を前に」と告げ、二人はその腕を差し出す。すると、コブラ先生は二人の手首に何やら腕輪のようなものをつけたようだった。

 光の反射から察するに金属製で、腕時計に近い外観をしているようだ。遠目だから、細かいところまでは確認できないが……。

 

「ふふ、新学期を祝して私からの贈り物だ」

 

 ニヤリ。そんな擬音がぴたりと当てはまる顔でコブラ先生は二人に笑いかける。どう見ても悪役くさいが、そう見せかけて強面なだけのいい人な可能性もある。タイタンみたいに。

 だが、何となく油断ならない先生だと漠然と感じる。それはうろ覚えの知識がそう感じさせるのかもしれない。……だとすれば、警戒心は忘れない方がいいか。俺は、じっとコブラ先生を見つめた。

 

「それでは一時間後に、デュエルを開始する!」

 

 やはり低く響く声でコブラ先生が宣言する。

 それが、新学期の始まりを告げる始業式の終了を告げる声となるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そして、始業式から一時間後。

 生徒や教師たちの姿は、いつものデュエルステージが置かれたホールにあった。全員が席に着き、ステージの上で向かい合う十代とヨハンを見つめる。

 俺も皆と共に席に着き、多くの視線に晒される中、ついに二人のデュエルが始まった。

 

「「デュエル!」」

 

遊城十代 LP:4000

ヨハン・アンデルセン LP:4000

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 先攻はヨハンか。カードを引いたヨハンが、そのカードをそのままディスクへと置いた。

 

「出ろ! 《宝玉獣 エメラルド・タートル》!」

 

 ヨハンがそう叫んだ瞬間、緑色の光がフィールドを染め上げる。その美しい輝きに、思わず目を細めて陶酔する女子も多く見受けられた。

 

《宝玉獣 エメラルド・タートル》 ATK/600 DEF/2000

 

 守備力2000の典型的な守備モンスター。

 大きな亀の甲羅の上にはエメラルドと思しき宝石が、まだ綺麗に形を整えられていない状態で所狭しと乗っかっている。甲羅の中に身を隠しているのは、守備表示のためだろう。

 ここから更にどう行動するかな。そう思って興味深く二人を見ていると、何やらヨハンが一人で喋っている姿が続く。周囲はそれを疑問に思っているが……俺は予想がついていた。

 

「マナ」

『うん。あの亀のおじいちゃんも精霊みたい。ヨハンくんと話してるよ』

「やっぱりか」

 

 エメラルド・タートルがおじいちゃんだったことは置いておいて、やはりヨハンは精霊と話していたのか。

 ルビーが精霊だったことを考えれば、ああして一人で喋っているように見えるということは精霊と話しているに違いない。その予想は間違っていなかったようだ。

 

「ねぇ、遠也さん。マナさんがどうしたの?」

 

 すると、俺の横にいたレイが俺に尋ねてくる。今のマナは精霊化しているので、俺との会話が周囲には聞こえていなかったのだろう。見れば、万丈目を除く明日香や剣山、翔も俺を見ていた。

 

「いや、さっきからヨハンが一人で喋ってるように見えるだろ? だから、あの宝玉獣が精霊なんじゃないかと思ってマナに確認してもらったのさ」

「やっぱりってことは、精霊だったのね」

「ああ」

 

 明日香の声に頷いて応えると、ヨハンが精霊と話していることに気付いた十代が興奮した様子でヨハンに話しかけていた。

 

「すげえ! 亀のモンスターなのに、お前の精霊は話せるのか!」

 

 十代がそう言うのは話せる精霊で身近にいるのがネオスやネオスペーシアン、マナだからだろう。それに、万丈目のおジャマもどちらかといえば人型をしている。人型モンスターの精霊しか言葉を話せる者はいないと十代は思っていたのかもしれない。

 実際、十代のハネクリボーは話せない。同じく人型ではないブラック・パンサーなんかはどうだったか……あまり覚えがないが。

 そして、そんな十代にヨハンは笑顔を浮かべ、「こいつは……こいつらは俺の友達であり、家族なのさ!」と明るく断言した。

 十代はその言い分に大きく頷いて笑う。俺も、精霊と心を通わせる人間の一人としてその発言は嬉しく感じられた。とはいえ、その一連の様子は精霊が見えない人間には何を言っているのかさっぱりわからなかったに違いない。

 多くの者が首を傾げる中、俺たちは全員マナという実体化できる存在のおかげで精霊を知っている。万丈目は自身も精霊を持つ者だけに、この場の皆に限っては混乱した様子は見られなかった。が。

 

「……兄貴、遠也先輩、万丈目先輩、それにあのヨハン。正直、羨ましいザウルス。俺も恐竜さんの精霊を見てみたいドン」

 

 剣山が溜め息交じりにそう言うと、明日香、レイ、翔といった精霊を見ることが出来ない面々が揃ってうんうんと頷いた。

 近くにこれだけ精霊を感じることが出来る人間がいると、やはり少しは気にしてしまうものなのかもしれない。そう思ったが、俺にはどうしようも出来ない。ゆえに、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 しかし、俺とは違って万丈目はむしろ嫌そうな顔になっていた。

 

「ふん、あまりいいものでもないぞ。四六時中、相手をしてやらねばならんのだからな」

『あらぁん、兄貴ったら照れちゃってぇ~ん』

 

 くねくねと腰をくねらせ、おジャマ・イエローが万丈目の顔の近くで踊り出す。無論、沸点の低い万丈目がそれを無視できるはずもなかった。

 

「ええい、引っ込んでいろ!」

『うわぁ~ん! ひどいのね、万丈目の兄貴~!』

『おー、よしよし』

 

 拳でぞんざいに振り払われたおジャマ・イエローが涙を流しながらマナへと縋り付く。万丈目とおジャマの見慣れたやり取りに少しだけ笑みを浮かべつつ、マナはおジャマ・イエローをあやすのだった。

 その様子をやはり見ることが出来ない皆には、万丈目のそれは奇行にしか見えなかっただろう。だが、「やっぱり羨ましいドン」と言った剣山の言葉に皆は再度頷くのだった。

 

 そうこうしている間に、ヨハンと十代のデュエルは進行していた。ヨハンはその後カードを1枚伏せてターンを終了し、十代は返しのターンで《N・アクア・ドルフィン》を召喚。効果によりヨハンに500のダメージを与え、更に墓地に送っていたネオスを《O-オーバーソウル》で特殊召喚した。

 しかしその特殊召喚によって、ヨハンの伏せカードが発動。相手が特殊召喚した時に互いに手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚できる罠カード《誘発召喚》により、ヨハンは《宝玉獣 コバルト・イーグル》を。十代は《N・グラン・モール》を特殊召喚した。

 その時、十代は「いきなりネオスを破壊されるかと思った」と心配していたが、それにヨハンはこう返す。「俺のデッキにはカウンター以外、相手のカードを破壊するカードは入っていない」と。

 効果で破壊するのは簡単だが、それでは相手が全力を出す可能性を潰すことになる。いかなる場合でも、互いの持てる力全てでぶつかり合いたいというヨハンの考えの表れらしい。

 

 まぁ、実際問題この世界ではトッププレイヤーですら伏せカードを警戒しないことがままあるので、除去カードがなくてもブラフという意味ではそこまで影響がないとも考えられる。なら、そういうデッキがあっても不思議ではないだろう。珍しいのは間違いないが。

 十代も初めて見るタイプのデュエリストを相手に、楽しそうである。ネオスの攻撃、グラン・モールの攻撃、そしてアクア・ドルフィンの攻撃。それらによって一気に相手のモンスターを全滅させてヨハンにダメージを与えるが、しかしそれはヨハンのフィールドを空にしたことと同義ではなかった。

 なぜなら、ヨハンの魔法・罠ゾーンに2つの宝石が置かれていたからである。

 さっきのターン、ヨハンが伏せたカードは1枚だけ。だというのに魔法・罠カードが増えたことに十代は驚きの声を上げた。

 

「なに!? どういうことだ!?」

「これが、宝玉獣の能力さ! 宝玉獣は破壊されたとき墓地にはいかずに、永続魔法扱いとして魔法・罠ゾーンに移動させることが出来るんだ!」

「な、なんだって!? ……すげぇ、そんなモンスター今まで見たことがないぜ!」

 

 数あるカードの中でも宝玉獣だけが持つ特殊な能力。それを目の当たりにし、十代の顔に未知の相手とのデュエルを楽しむ喜びの色が広がっていく。

 ましてこの世界では真実、わずか7枚のカードのみが持つ唯一の効果である。目に出来る機会はあまりに少なく、十代の興奮も当然と言えた。

 

『ふふ、十代くんが羨ましい? 遠也』

「ああ。出来れば俺も後でデュエルしたいところだな」

 

 マナの言葉に、正直に返す。ただ珍しいからではなく、宝玉獣たちと強い絆で結ばれていると感じられるヨハンと、俺は戦ってみたかった。

 このデュエルが終わったら、デュエルを申し込んでみよう。そう心に決める俺だった。

 そして、二人のデュエルは更に進行していく。

 ヨハンは《宝玉獣 アメジスト・キャット》を召喚、更に魔法カードにより《宝玉獣 トパーズ・タイガー》を召喚。それぞれの効果により十代のライフを半分にまで削り、場のアクア・ドルフィンも破壊された。

 対して十代は《N・フレア・スカラベ》を召喚。ネオスとのコンタクト融合により《E・HERO フレア・ネオス》を召喚し、《ネオスペース》を発動。それらの効果によって攻撃力を大幅にアップさせてヨハンに迫るが、ヨハンは罠カード《ラスト・リゾート》を発動させる。

 それによって新たなフィールド魔法《虹の古代都市-レインボー・ルイン》が発動。ネオスペースは破壊され、フレア・ネオスの攻撃力はダウン。更にレインボー・ルインの効果で被ダメージを半減させてヨハンはこの場を凌いだ。そして、ネオスペースがないのでフレア・ネオスはデッキに戻る。

 何もしなければこの攻撃で十代の勝ちが決まっていたのだが、まさに一進一退の攻防。さすがはアークティック校のチャンピオンといったところだった。

 

十代 LP:2000

ヨハン LP:1650

 

「魔法発動、《レア・ヴァリュー》! 場に宝玉獣が2枚以上ある時、魔法・罠ゾーンの宝玉獣1体を墓地に送ることでデッキから2枚ドロー!」

 

 ヨハンの場から墓地に送られたのは、エメラルド・タートルか。そして、ヨハンは2枚のカードをドローした。

 

「来い、《宝玉獣 アンバー・マンモス》!」

 

《宝玉獣 アンバー・マンモス》 ATK/1700 DEF/1600

 

 額に大きな琥珀が埋め込まれたマンモス。まさに名前の通りのモンスターだった。

 

「まずはトパーズ・タイガーでグラン・モールを攻撃!」

「くッ、グラン・モールの効果発動! このカードが戦闘した時、ダメージ計算を行わずにこのカードと戦闘した相手モンスター両方をそれぞれの手札に戻す!」

「上手くかわしたな。だが、まだだ! アンバー・マンモスで直接攻撃!」

『うぉおおッ!』

 

 雄々しい雄叫びを上げ、アンバー・マンモスが十代へと迫る。そして、その巨体から繰り出された踏みつけ攻撃によって、十代のライフは一気に削り取られることとなった。

 

十代 LP:2000→300

 

「十代……!」

 

 残りライフは僅かに300。それを見て、明日香が心配そうな声を出した。

 対してヨハンのライフは1650もあり、更にフィールド魔法レインボー・ルイン、アンバー・マンモス、永続魔法となった2体の宝玉獣、と場も悪くない。十代の劣勢は明らかだった。

 手に汗握る展開。それを見守る俺たちに、ふと聞き慣れた声がかけられた。

 

「苦戦しているな、十代は。やはり、ヨハンの実力は並ではないようだ」

 

 その声に、俺たちは一斉に後ろを振り返る。誰も座っていなかったその席には、いつの間にかグレーのスーツがよく似合う友人が腰を下ろしていた。

 

「お前、エド! プロツアーの真っ最中じゃなかったのか?」

「宝玉獣を持つデュエリストがアカデミアに来ると聞いてね。少し時間を作ったのさ」

 

 俺の問いに、エドは肩をすくめてそう答えた。そしてエドは、じっと十代とヨハンの場を見つめ始めた。

 

「ヨハン・アンデルセン。彼と宝玉獣の間には、ある意味で最も強い絆がある。十代でも容易に勝てないのは当然だろう」

「最も強い絆だと?」

 

 万丈目が訝しげに問えば、エドは頷いた。

 

「彼と宝玉獣は、家族という絆で繋がっている。たとえ倒れても、場に留まる彼らはヨハンの心の支えとなる。常に共にいるという安心感が、ヨハンの実力を十二分に引き出しているんだ」

「家族っすか……」

 

 翔は、再度ヨハンの場に目を向ける。確かに、家族の絆はある意味で最も強いと言っても間違いではあるまい。絶対ではないが、しかしヨハンと宝玉獣には確かにそれ程の強さを感じることが出来るのは間違いなかった。

 そして、エドは更に言葉を続けた。

 

「ヨハンの実力は、あのペガサス会長も認めるほどだ。少し前に僕が優勝したI2社主催の大会、その後のパーティーのことだ。そこで会った会長が、次世代のデュエリストでは五本の指に入るとして、一目置いていた」

「五本の指……当然、一人はこの万丈目サンダーか」

「僕、遠也、十代、カイザー……そして、ヨハン」

 

 瞬間、万丈目が椅子から転げ落ちた。まるでギャグのようにすっ転んだ万丈目に、剣山が大丈夫ザウルス? と声をかけつつ手を貸していた。

 

「ヨハンが宝玉獣を選んだんじゃない。宝玉獣がヨハンを選んだんだ。そして、ヨハンはそれに応えようと全力を尽くしている。ゆえに、ヨハンは強い」

 

 エド曰く、かつてペガサスさんが観戦していた大会でヨハンを見かけた時。持参していた宝玉獣のカードがヨハンに反応するかのように輝き出したのだとか。それによってペガサスさんは宝玉獣のデッキをヨハンに渡したのだという。

 カードがデュエリストを選ぶ。それほどまでにカードから信頼されるデュエリストか。

 俺のデッキも俺のことをそう思ってくれていたら、きっと最高に嬉しいだろうな。そう思いつつ、俺は腰のデッキケースに手を添えた。

 

「とはいえ、十代もまた天分のデュエリスト……勝負がどうなるかは、わからないがね」

 

 そう言って、エドは締めくくった。

 そして、十代とヨハンのデュエルへと俺たちは再び意識を戻す。このデュエル、原作でどうだったのか俺は覚えていない。だが、今の十代のデッキにはエアーマンを筆頭に本来なら入っていないカードも入っている。

 それゆえ、勝敗はいっそう読めない。

 更に言えば、ヨハンはまだ宝玉獣デッキの切り札を出していない。レインボー・ドラゴン。マナによると、俺たちがエドの話を聞いている間に、十代はヨハンに「まだエースカードを出していないんじゃ」と尋ねたらしい。

 ヨハンはそれに頷き、真のエースであるレインボー・ドラゴンの存在を明かしたというわけだ。確かに、OCGでも宝玉獣デッキにおいては切り札と呼ぶに相応しいカードであったと記憶している。

 その存在がある以上、安易にどちらが勝つとは言えない状況である。

 

「いくぜ、ヨハン! 俺のターン、ドロー!」

 

 このドローで、果たして十代が何を引いたのか。俺たちはじっとその行動を見つめる。

 

「俺は手札から魔法カード《コクーン・パーティ》を発動! 墓地のネオスペーシアンの数だけ「C(コクーン)」を呼ぶ! 墓地のネオスペーシアンは3体! よって3体のコクーンを特殊召喚!」

 

 十代の場に現れるのは、《C・パンテール》《C・ピニー》《C・チッキー》の3体。そして、更に十代の行動は続く。

 

「更に魔法カード発動、《コンタクト》! フィールドの「C(コクーン)」を「N(ネオスペーシアン)」へと進化させる! 来い、3体のネオスペーシアンたち!」

 

 それぞれのコクーンが進化し、それぞれ《N・ブラック・パンサー》《N・グロー・モス》《N・エア・ハミングバード》へと進化する。ブラック・パンサー以外は全員守備表示での特殊召喚である。

 

「更に《スペーシア・ギフト》を発動! 場の「ネオスペーシアン」1種類につき1枚カードをドロー出来る! 俺の場には3種類のネオスペーシアンがいる。よって3枚ドロー!」

 

 ここで更に手札増強か。コクーン、ネオスペーシアン、E・HERO、それらを同時にデッキに投入しながら、この回転率。さすがと言う他ないな、もう。

 

「まずはエア・ハミングバードの効果発動! 相手の手札の数×500ポイントライフを回復する!」

 

 今、ヨハンの手札は2枚ある。よって、十代のライフは合計で1000ポイント回復した。

 

十代 LP:300→1300

 

「ブラック・パンサーに《ネオス・エナジー》を装備し、攻撃力を800ポイントアップ! いくぜ! 攻撃力1800になったブラック・パンサーでアンバー・マンモスに攻撃だ!」

「くっ……! だが、レインボー・ルインの効果で俺が受けるダメージは半減する!」

 

ヨハン LP:1650→1600

 

 アンバー・マンモスは破壊されたことで魔法・罠ゾーンに移動する。ダメージも微々たるもの。

 しかし、それでも十代の表情は変わらない。楽しそうに1枚のカードを手に取ると、それをディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 ヨハンにターンが移り、ヨハンは引いたカードをそのままディスクへと移動させる。

 

「《宝玉獣 サファイア・ペガサス》を召喚!」

『おぉッ!』

 

 青く輝くサファイアで形成された一角。サファイア・ペガサスは白い体躯に映えるそれを首を回して一振りし、翼を広げて大きく咆哮を上げた。

 

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800 DEF/1200

 

「サファイア・ペガサスの効果を発動! 墓地の宝玉獣1体を魔法・罠ゾーンに置くことが出来る! ルビー・カーバンクルを魔法・罠ゾーンに!」

 

 最初にアクア・ドルフィンの効果で墓地に送られていたカードか。その効果によって、墓地から現れた光がヨハンの魔法・罠ゾーンにて、赤い宝玉となって形を成した。

 

「更にルビーの効果、このカードが魔法・罠ゾーンにある時、特殊召喚できる! 更に特殊召喚に成功した時、魔法・罠ゾーンの宝玉獣を可能な限り特殊召喚できる! 《ルビー・ハピネス》!」

 

 宝玉を砕き、その中から現れたルビー・カーバンクル。その尻尾の先にあるルビーが光り輝くと、その光を浴びた他の宝玉もまた砕かれてその中からそれぞれの宝玉獣が姿を現した。

 

《宝玉獣 コバルト・イーグル》 ATK/1400 DEF/800

《宝玉獣 アメジスト・キャット》 ATK/1200 DEF/400

《宝玉獣 アンバー・マンモス》 ATK/1700 DEF/1600

《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》 ATK/300 DEF/300

 

 モンスターゼロから一気に5体という限界まで展開した宝玉獣たち。宝玉獣はデッキに7枚しか入っていないはずだというのに、この展開力。

 プロとしてトップに近い位置にいるエドもこれには「これが宝玉獣の底力か……」と感嘆の言葉を漏らしていた。

 

「いくぜ! サファイア・ペガサスでブラック・パンサーを攻撃! 更にアメジスト・キャットの効果で攻撃力を半分にして直接攻撃! 続けてコバルト・イーグルでエア・ハミングバードを、アンバー・マンモスでグロー・モスを攻撃だ!」

 

 サファイア・ペガサスと攻撃力を強化されたブラック・パンサーの攻撃力は1800で同等のため相打ち。更にアメジスト・キャットにより十代は600ポイントのダメージ。そしてイーグルとマンモスによってエア・ハミングバードとグロー・モスは破壊された。

 

十代 LP:1300→700

 

 破壊されたサファイア・ペガサスは宝玉となって魔法・罠ゾーンへ。そして、ヨハンは残ったルビーへと指示を出す。

 

「最後にルビーで直接攻撃!」

「ちょっと待った! リバースカードオープン! 速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! デッキから《ハネクリボー》を守備表示で特殊召喚!」

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 威勢よく『クリー!』と声を上げて姿を現すハネクリボー。新たなモンスターの出現により攻撃が巻き戻り、ヨハンは再度ルビーに指示を与えた。

 

「へぇ、君の精霊か! なら、ルビーでハネクリボーを攻撃だ!」

「くッ、相棒……!」

 

 ルビーの口から放たれた赤い一条の光線に身を貫かれ、ハネクリボーが墓地へと消えていく。

 だが、これで十代はルビーからの直接攻撃を防ぐことが出来た。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

「まだまだ……勝負は最後までわからないぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 たった今引いたカードを見た十代の表情が、わずかに驚きに染まる。しかし、それはやがて笑みへと変わり、十代はそのままカードをディスクに差し込んだ。

 

「へへ、いくぜ! 俺は《死者転生》を発動! 手札のモンスター《E・HERO ネオス》を捨て、墓地のモンスターを手札に加える。俺が手札に加えるのは、《ハネクリボー》だ!」

「なに、ネオスを捨てるだって!?」

 

 せっかく手札に加わったネオスを墓地に捨てるという行為に、ヨハンが驚きを露わにする。ちなみに十代は既に通常HERO専用の蘇生カードである《O-オーバーソウル》を使用済みである。あのカードを十代は1枚しか入れていないので、ネオスの蘇生手段は限られている。

 だが、十代は問題ないとばかりに笑うだけだ。

 

「これでいいのさ! 更に《ハネクリボー》を攻撃表示で召喚!」

『クリクリー!』

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 力強くやる気に満ちた声と共にハネクリボーが十代の場に復活する。だがしかし、その攻撃力ではルビーと相打ちになるのがやっとである。

 そのため、会場には困惑する生徒が多く見受けられた。それは、俺たちの中であっても例外ではない。

 

「あの馬鹿……どうするつもりだ? ハネクリボーを攻撃表示ということは、思いつくコンボは《進化する翼》だが……」

「ええ。でも、あのカードの効果を発動するには2枚の手札コストが必要だわ。今の十代の手札は2枚。1枚が進化する翼だったとしても、コストが足りなくなる」

 

 万丈目と明日香がそれぞれ十代がかつて使ったコンボを思い起こしつつ、予想する。しかし、明日香が言うように進化する翼だとしたら手札コストが足りず発動できない。

 ならば、いったいどうするのか。俺たちが視線を向ける先で、十代はぐっと拳を握りこんだ。

 

「俺の相棒はネオスだけじゃない! このハネクリボーだって、立派に俺のデッキのエースだぜ! 手札から速攻魔法、《バーサーカークラッシュ》を発動!」

「バーサーカークラッシュ!?」

「ああ! こいつは「ハネクリボー」専用のサポートカード! 自分の墓地のモンスター1体をゲームから除外し、エンドフェイズまでハネクリボーの攻撃力と守備力をその除外したモンスターと同じにする!」

「なんだって!?」

 

 十代の奴、バーサーカークラッシュなんて持ってたのか? そういえばさっき、新しいパックを買った時に十代が「ハネクリボーのサポートが出た」と言っていたが、それはこのカードだったのか。

 あのカードは元の世界で生まれたカードだが、シンクロを始めとした新しいカードを次々と製造している現在、その流れに乗ってこのカードもまたこの世界で生まれることとなったのだろう。

 それが早速ハネクリボーを使う十代の手に渡るとは……。これもハネクリボーと十代の絆がなせる業、ということなのかもしれない。

 

「俺は墓地から《E・HERO ネオス》を除外する! これによって、ネオスの力がハネクリボーへと宿る!」

 

《ハネクリボー》 ATK/300→2500 DEF/200→2000

 

 ハネクリボーの背後に現れたネオスが、その両手から自身の持つエネルギーをハネクリボーへと注いでいく。

 それによって身体を包む大きな光を纏ったハネクリボーが、ヨハンのフィールドを見据えた。

 

「これで終わりだ、ヨハン! いけ、ハネクリボー! ルビー・カーバンクルを攻撃! 《バーサーカークラッシュ》!」

 

 先程はルビーにやられたハネクリボーが、今度は脅威となってルビーに襲い掛かる。ハネクリボーとルビー・カーバンクルの攻撃力の差は2200ポイント。そしてヨハンの残りライフは1600。

 レインボー・ルインの攻撃力半減効果は、魔法・罠ゾーンに宝玉獣が2体以上いる時のみ。だが、現在のヨハンの魔法・罠ゾーンに存在する宝玉獣はサファイア・ペガサス1体のみ。つまり受けるダメージを半減させることは出来ず、伏せカードもない。

 十代の言う通り、これで決まりだ。誰もがそう思ったが、しかし当のヨハンは不敵に笑った。

 

「それはどうかな!」

「なに!?」

「忘れてるぜ、俺がまだエースモンスターを出していないってことを!」

 

 そのヨハンの言葉に、会場がざわりと揺れた。伏せカードもなく、既にバトルステップに入っている。だというのに。

 

「まさか、この状況で召喚できるというのか!? レインボー・ドラゴンは!」

 

 エドが驚愕を隠さずに叫ぶ。

 そしてヨハンはその腕を真っ直ぐ上に伸ばし、その動きに導かれるように場、墓地、手札の宝玉獣が光となって空へと昇っていく。

 七色に輝く光の道が、やがて虹を作り出す。それを見上げる誰もがその先に生まれるであろう究極の姿を想像して胸を躍らせた。

 

「――出でよ! 《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》!」

 

 ヨハンの呼び声に応え、七つの宝玉が目も眩むほどの光へと姿を変える。その光によって思わず目を瞑り、フィールドから目を離してしまう。

 しかし、皆すぐにその目を薄く開いてフィールドへと視線を戻した。宝玉獣たちが力を合わせた先にある、究極のエース。その姿を見逃してはたまらないと光が収まったフィールドへと目を向けると――。

 そこには、さっきまでと変わらない宝玉獣たちが並んだフィールドがあるだけだった。

 

「――なんちって」

「へ?」

 

 種を明かすように肩をすくめたヨハンに、十代が気の抜けた声を漏らした時。

 ハネクリボーの攻撃がルビーを直撃し、ヨハンのライフポイントは一気に0をカウントしたのだった。

 

ヨハン LP:1600→0

 

「お、おいおい! どういうことだよ、レインボー・ドラゴンは?」

「ははは、いやーその。実は――」

 

 居心地の悪そうな笑いと共に、ヨハンは言った。なんでも、レインボー・ドラゴンのカードはまだ手に入っておらず、そのカードを作るには七つの宝玉を収める古代ローマの石板が必要であるとのこと。

 宝玉獣とは元々、古代ローマの皇帝カエサルが自身の権力の象徴として世界から集めた宝石に由来し、その宝石の成分を使って生み出されたカードのことを言う。

 ゆえに、それらを収める石板こそが宝玉獣を束ねる存在としてカードになる予定なのだが……残念ながら、その石板の所在はまだわかっていないのだそうだ。

 それゆえヨハンの手にレインボー・ドラゴンのカードはまだなく、ヨハンやペガサスさんはそれを探している最中だという。俺たちにももし見つけたら教えてくれ、とヨハンは呼びかけていたが、生徒たちは拍子抜けしたようで話半分に聞いている。

 デュエル自体にはしっかり決着がついたが……どこか締まらない結末に生徒たちの気が抜けるのも、仕方ないと言えば仕方なかった。

 

 その時、手を叩きながらコブラ先生がデュエルフィールドへと降りていく。その中で、「二人の素晴らしいデュエルに拍手を!」と言ったので、俺達も思い出したかのように拍手をし始める。

 そんな中、コブラ先生の前に集まった十代とヨハンは互いの健闘をたたえ合って握手を交わす。その時、うっすらと二人がつけた腕輪が光った気がしたが……気のせいだろうか?

 そのことに気を取られていると、いつの間にかコブラ先生が何かとんでもないことを言い出していた。

 

「ここに全学年参加の、『デスクロージャー・デュエル』の開催を宣言する!」

「え? なぁ、エド。コブラ先生は一体何の話をしてるんだ?」

「聞いていなかったのか? なんでも、実戦あるのみという彼の方針を実践するらしい。この一年はデュエルに明け暮れろ、だとさ」

「なるほど……わからん」

 

 あまりに情報が少なくてどういう制度なのか全然わからない。となると、詳細は後日ということだろうか。なら、今はそれほど気にしなくてもいいか。詳細を見て判断すればいい。

 

「うぅ……デスなんて、なんか不吉な予感っす」

「おいおい、翔。『デスクロージャー』は“情報開示”って意味で、死を表す『デス』とは関係ないぞ」

「そうなんザウルス?」

「もっと言えば、株式用語で『企業の経営状況などの内部情報を開示すること』でもあるわ」

「つまり、ボクたちの情報を開示するデュエルってこと?」

「さっぱりわからんな」

 

 明日香のわかりやすい説明を受けて頭を捻らせるが、しかしやっぱり意味がわからない。うーん、と考え込んでいる面々を前に俺の生徒手帳もといPDAに着信が入る。

 メールの着信だが……呼び出し人は、十代? メールを開いてその中を見た俺は、悩む皆を尻目にその場を後にした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「――でさぁ、さっきのデュエルはこうすればよかっただろ?」

「それはわかるけど、俺としてはこっちを狙ってたんだよ」

「なるほど、そういうことか……」

 

 呼び出されて十代が指定した場所に来てみれば、そこには西日が差す屋上でカードを広げて話し込む十代とヨハンの姿があった。

 どうもついさっきのデュエルの反省会を行っているようだ。いや、というよりは意見交換会だろうか。

 俺が呼ばれたのも、その関係らしい。

 

「よ、二人とも」

「お、来たか遠也!」

「待ってたぜ、君の意見も聞かせてくれよ」

 

 声をかけて返ってきた言葉を聞くに、やはりと言うべきかそういう用件だったらしい。こっち来いと手招きしてくる二人に応え、俺は二人の近くに腰を下ろした。

 

「さっきのデュエル、見ていて楽しかったぜ。ところでヨハン、今度は俺とデュエルしてくれよ」

「もちろんOKだ! その代わり、俺も君のことを遠也と呼ばせてもらうぜ」

「ああ、いくらでも呼んでくれ」

 

 にっと笑みを浮かべたヨハンを握手を交わす。そして、俺はおもむろに自分のデッキを取り出した。

 

「おいおい、いくらなんでも今からはキツイぜ遠也」

「ん? ああ、違う違う。どうせならデッキの調整をしながら付き合おうと思ってな」

 

 苦笑いで俺に忠告してきたヨハンに、俺は軽く手を振ってそういう意味でデッキを取り出したんじゃないと答える。

 そして、俺は自分のデッキを広げ始めた。

 

「へぇ……これが遠也のデッキか。すげぇ、レベルが高いモンスターがほとんどいないな」

「まぁ、そういうデッキだからな。っていうか、宝玉獣デッキならヨハンだって似たようなもんだろ」

「へへ、まぁな」

「でもさ、遠也。お前、いつもデッキ調整はしてるじゃん。どうしたんだよ急に?」

 

 十代が当然と言えば当然の疑問を俺に投げかける。

 確かに、俺は頻繁にデッキを触るほうだ。それを知っているから、いきなりこの場で調整をし始めることに十代は違和感を覚えたのだろう。

 だが、二年生になって暫くしてから、俺はあるカードについて悩んでいたりしたのだった。

 

「いや、抜こうかどうか迷っているカードがあってさ」

 

 俺はそう言って1枚のカードを二人に見せた。

 

「《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》?」

「これ、一年生の頃に遠也が使ってたカードだよな。デッキに入ってたのか」

 

 十代の言葉に、俺は頷く。そして、十代が言ったその言葉にこそ、俺がこのカードを抜くかどうか迷っている理由があるのだった。

 

「十代がそう言うぐらい、このカードを使うことがなくってな。このカードをデッキに入れることも結構あるのに、そのたびに一回も手札に来たことがないんだよ」

「一回も!?」

「ああ」

 

 ワン・フォー・ワンなどでピンポイントにサーチすれば別なのだろうが、そのカードを使う時には他のレベル1を持ってくることが多く、そこでも全く使うことがない。

 無理やり使おうと思えば使えるのだろうが……どれだけやっても手札に来ないことから、どうもセイヴァー・スターを使うことに躊躇いを感じているのが現実なのだ。今では救世竜とセットで抜くことも珍しくない。

 一年生の時、トラゴエディア戦では本当にここぞという時に来てくれたのだが……。あの時と普段では違っていることがあるのだろうか。

 三幻魔の時にも、まるで導かれるようにこのカードを俺は選んで特殊召喚していた。しかし、今ではそんな感じは全くない。赤き竜っぽい背中に感じた熱も、あれ以来音沙汰がないし、どうなっているのやら。

 それでも思い入れがあるのでわりとデッキには投入しているのだが、引けた試しがないのだ。それだけではなく、実を言うとそもそも引ける気が全くしなかったりもするのであった。

 そう伝えると、二人はうーんと揃って唸り声を上げた。

 

「難しいなぁ。でも、全く引ける気がしないってのも珍しいな」

「だな。けどまぁ、決めるのは遠也だからな。好きなように組むのが一番だぜ」

 

 ヨハンと十代がそれぞれ悩みつつ言った言葉。それを受けて、俺もまた悩む。

 そして、とりあえずは気が向いた時に投入するということでいいかと自己解決。俺はひとまず《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》をデッキから抜いた。

 またいずれ、デッキに入れている時に力を借りることがあるかもしれない。その時には、手札に来てくれますように。そう願いを込めておくのを忘れない。

 そして、俺はエクストラデッキに入っていた《セイヴァー・スター・ドラゴン》とセットにして、大切にその2枚のカードをデッキケースの奥にしまう。

 

 その時、ふと思った。手札に来ないのは、赤き竜の不思議な力が関係しているのかもしれない。俺が、レベル1をサーチ出来る状況でこのカードを選択しないことも……。

 一瞬そんな考えがよぎるが、俺はシグナーではない。そんな馬鹿なと首を振り、その考えを打ち消した。

 そして、「よし」と口に出して気持ちを切り替えると、二人が広げていたさっきのデュエルを再現したフィールドに目を向けた。

 

「んじゃ、ここからは俺も参加するぞ」

「お、ようやくか! それじゃ、さっき十代がこうしていたところなんだけど、遠也はどう思う?」

「そこか。残りの手札はその時……なるほどな。それなら、こうでもいいんじゃないか?」

「だよな。十代、俺も同じことを思うぜ」

「なんだよ、二人して。けど、俺はやっぱりこのカードを使いたかったんだよな」

「なるほど。それに、楽しめないと意味がないのも道理か」

「確かにな。そういう意味じゃ、十代が大正解だ」

「だろ?」

 

 そうして俺たちは笑い合い、一層さっきのデュエルについて意見を交わしていく。

 その会話がやがてさっきのデュエルから離れていき、単なるカード談義に変わっていても、俺たちは飽きることなく三人で会話に花を咲かせていくのであった。

 

 

 

 余談だが、その夜に聞いた話によると、そんな俺たちを皆はいつの間にか見ていたらしい。そして、エドが笑い交じりに「デュエル馬鹿が一人増えたな」と言ったことに、誰も否定しなかったという。

 ……まぁ、それについて今更反論する気もない。ただ、それを伝えてきたマナの顔が笑いをこらえているそれだったので、とりあえず頬を引っ張ってやった。反撃にあってベッドの上で互いの頬を引っ張り合う実に微妙な争いに発展したが、後悔はしていない。

 ともあれ、三年生となって最初の一日は、そんな感じで幾分平和に過ぎていったのであった。

 

 

 

 

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