SAL研究所の最下層。仄暗い中にぼうっと淡い光を放つ巨大なガラス管、その中に浮かぶオレンジの気泡を背景に、鋭い打撃音が響き渡る。
「はぁッ!」
「ふんッ!」
共に上半身には何も纏っておらず、発達した筋肉を惜しげもなく曝け出している。
対峙する二人の名は、アモン・ガラムとプロフェッサー・コブラだ。彼らは相手の一挙手一投足すら見逃すまいと互いを睨みあい、そしていま再び地を蹴って敵の間合いへと踏み込んだ。
アモンの広背筋が盛り上がる。その筋肉の蠕動は徐々に腕へと伝わっていき、やがて渾身の力を込めたショートフックがコブラめがけて突き出された。
「甘いわァ!」
高速で迫る拳を、しかしコブラは避けることなく迎え撃つ。アモンに負けず劣らず鍛え上げられた筋肉は、ただそれだけで何物にも勝る鎧となる。脇腹へと狙い撃たれた拳が直撃するが、しかしその拳はコブラの眉一つ動かすことはなかった。
「くっ……!」
すぐさま拳をひっこめ、アモンは反対の腕で牽制の拳打を見舞いつつステップで後ろに下がる。クリーンヒットした攻撃が通じていない。それは、アモンの自尊心をいささか傷つけるものだった。
しかし、そんなことを考えている余裕はないとアモンは知る。下がったアモンめがけて、コブラはさらに踏み込んできたのだ。
両拳を頭上で組み合わせ、全力で振り下ろす凶悪な一撃。コブラの長身から放たれるそれを受けては、いくら何でもひとたまりもないだろう。
瞬時に判断を下したアモンは、飛び込むようにして右へとかわす。直後、アモンがいたところに下ろされる鉄槌。風を切る音が耳に届き、アモンの額にジワリと汗が浮かんだ。
攻撃をかわされたコブラが、ゆっくりとアモンへと向き直る。その顔に避けられたことへの焦りはなく、ただ余裕を湛える笑みだけがあった。
「ふふ、なかなかやる」
「それはどうも。これでも、僕は現役なのでね」
言外にアンタのようなロートルとは違うと言って挑発するアモンに、コブラはしかし笑みを崩さない。
「しかし、失策だったなアモン。デュエルでの工作を警戒してのこととはいえ、この私に格闘を挑むとは」
「………………」
「噂には聞いていた、ガラム財閥に所属するという優秀なスパイ。それがまさかガラム家長男である貴様だったとは驚いたが、幾多の戦場を生き抜いてきた戦士である私に肉弾戦で勝とうなど……笑止ッ!」
「ぐッ……!」
振りかぶられた腕から砲弾のように発射された拳がアモンを捉える。両腕で防御こそ間に合ったものの、あまりの威力にアモンの身体は地面を滑るようにして壁際まで追いやられた。
壁に背を預け、コブラを睨みつけるアモンの顔には、お坊ちゃんといった様子はまるでない。強靭な意志を宿す瞳は、確かな決意に揺れていた。
アモン・ガラムは、ガラム家の実子ではない。
かつて万丈目とのデュエルで言及されていたが、彼は元々両親に捨てられた孤児であったのだ。
生に希望を見出せず、ただ荒野の中で座し、雲を見つめて死を待つのみで会った少年の人生は、ただ一つの偶然から劇的な変化を遂げる。
世界有数の大富豪である、ガラム財閥。その当主が死に瀕した彼の近くを通り、その身を保護したのである。
そして、子宝に恵まれなかった当主夫妻に養子として引き取られ、孤児から一転、彼は大富豪の後を継ぐ長男として生きることとなったのだ。
彼はその幸運に感謝し、己を救ってくれたガラム家にその身を捧げることを誓う。勉学に励み、経験を積み、幼馴染みの少女と共に、彼はひたすら自らを磨き上げることに精を出した。
そして、その努力は報われる。その知恵は同年代でも頭一つ抜きんでたものとなり、スポーツにおいても類稀な実力を発揮したのだ。それはアモンにとって目に見える成果であり、ガラム家に恩を返す道が順調に築かれている証でもあった。
そして何より、努力を実らせた自分を両親が褒めてくれることが嬉しかった。愛情をこめて撫でられた頭を、その時の温もりを、アモンは決して忘れることはない。
――しかし、そんな幸福もやがて終わる時が訪れる。
ガラム夫妻に実子が生まれたのだ。それも長男。アモンにとっては弟にあたるが、アモンは養子であるのに対してあちらは実子。シドと名付けられたその男子は直系にあたる。
どちらが後継ぎとなるのかなど、火を見るよりも明らかであった。
更に、ガラム夫妻は次第に生まれたばかりの我が子にばかり関心を向けるようになり、アモンと接する時間は目に見えて減っていった。
夫妻からの愛情がなくなったアモンは、それを悲しんだ。そしてやがて、己への愛情を全て奪って行ったシドに憎しみを抱くようになったのである。
一時はシドを殺そうとまで思うほどに思い詰めたアモン。しかし、結局アモンはシドを殺せなかった。
自分が弟を殺そうとしていることを知りながらも、「そんな事をする人ではない」とアモンを信じて止めなかったエコー。そして、ベッドの中から小さな手を自分に伸ばし、あどけなく自分を見つめる瞳。その瞳に映る、醜い顔をした自分。アモンは、自分がどうしようもなく情けなく思えた。涙が出るほどに。
アモンは、その時に誓った。自分は弟のために生きよう。ガラム財閥の発展と、弟の幸せのために自分はこの生涯を捧げるのだ、と。
その決意の下、己の研鑽を欠かさなかった結果が今のアモンだ。たとえ何があろうと、アモンは弟とガラム財閥のために身を捧げると決めている。
自分がどうなろうと構わない。まして、他人ならば容赦なく切り捨てる。
アモンはズボンに素早く手を入れると、そこに忍ばせていた小さなリモコンのボタンを押した。ピ、と二人しかいない静かな部屋に異音が混じる。
当然コブラはそれに気づき、じろりとアモンを睨めつけた。
「……貴様、いま何をした」
「すぐにわかるさ」
アモンがにやりと笑ってそう言った直後、研究所内に緊急のアラートが響き渡った。
「これは!?」
「ここに来るまでに、細工をさせてもらったのさ。これでこの研究所はもう使い物にならない。十代や遠也たち、彼らには僕がこの準備を終えるまでの囮になってもらったというわけだ」
「貴様ッ!」
コブラが一層厳しい顔で睨むが、アモンはどこ吹く風である。
固い決意によって動くアモンは、その程度の怒りでは揺るがない。たとえ同級生を囮としようと、所詮は他人。心が痛むこともない。
――これでやるべきことは全てやった。ならば、あとは最後の仕上げを行うだけだ。
アモンはそう心の中で呟くと、ぐっと腰を落としてコブラに向き合う。
「さぁ、あのカードを渡してもらおうか……!」
今回のアモンの狙いは、コブラが持つというとあるカードだ。何やら不思議な力を持つと聞くが、アモンはそれ自体に興味はなかった。
しかし。
――ガラム財閥に必要であるならば、手に入れてくるのみ!
軸足に力を入れ、アモンはコブラに向けて一気に踏み込む。腋を締め、コンパクトに腕を畳み、上半身を回して一気に右拳へと力を集約していく。
そしてついにそれがコブラに向けて突き出されようとした、その瞬間。
部屋の中央に座するオレンジ色の気泡が浮かぶ巨大なガラス管が、強い輝きを放った。
「な、なんだ!? ――ぐッ!?」
アモンが疑問の声を上げるのと同時に、その身体は突然背後の壁へと叩きつけられる。壁のほうに罅が走る程の衝撃。思わず肺の中の空気を吐き出すが、アモンはすぐに身体を動かそうと試みる。
が、身体は一向に動かない。まるで重力が正面から向かってきているかのようだった。
大の字になって壁に貼り付けられたアモン。それを見て、コブラはにやりと笑う。
「ふふ、これがこの方の力よ。貴様らはこの力を狙っていたようだがな」
言いつつコブラが輝くその表面を撫でると、その右手が黒い鱗のようなもので覆われる。
人間の物ではありえないその右手を見て、コブラは現実の人体にまで影響を及ぼすこの方の巨大な力に感嘆した。
対してアモンは、その変容していく右手を驚愕の眼差しで見ていた。
「馬鹿な、これがカードの力だと!?」
「ふふ、この方のお力は我々には計り知れない……!」
アモンに背を向け、コブラはアモンとの戦闘時に脱ぎ捨てた上着を手早く着込み、その盛り上がった筋肉を覆い隠していく。
そして、ちらりとモニターに目を向けた。
そこに映るのは、十代、翔、剣山、明日香、ジム、ヨハン、そして、オブライエン。思った以上に同行者の数が多いが、しかし皆本遠也の姿が見えないことから察するに一人は削ることが出来たようだと笑みを浮かべる。
オブライエンまでついて来ているとは予想外だったが、しかし計画に支障をきたすほどではない。アモンの妨害の中もどうにかこの地下研究室の手前まで来てくれたことに満足げに頷き、コブラは通路に繋がる扉に向かって歩き始める。
背中で磔になっているアモンには、振り返らない。
「貴様の処分はこの方にお任せしよう。そこで我らのデュエルを見ているといい! ハハハハ!」
「く……!」
去って行く背中に、しかしアモンは何もすることが出来ない。
悔しげに唇を噛み、ただ見送る。
扉が閉まった後、アモンは必死に体を動かそうとするも、びくともしない。カードに宿るという精霊の力。そんな噂は知っていたものの、体験してみると凄まじい。まったく自由がきかない自身の身体に舌打ちしつつ、心の中でそんなことを思う。
と、その時。
『アモン・ガラム……』
自分を呼ぶ声が聞こえ、アモンは顔を上げた。そして、視線の先にあるガラス管へと視線を向ける。声は、そこから聞こえた気がしたのだ。
「なんだ……?」
疑問の声。それに応えるように、視線の先で葉脈のような血管に囲まれた眼球が、ぎょろりとアモンを見た。
* *
パラドックスを保健室に届け、俺自身の治療をひとまず終え、俺は一目散にSAL研究所を目指して走る。
とにもかくにも、今は先に行った十代たちに合流することが先決。既にだいぶ先まで進んでいると思われるし、ひょっとすると既にコブラにまで辿り着いているかもしれないが、それは急がない理由にはならなかった。
今この時も、友が戦っているかもしれない。急ぐ理由など、それだけで十分だった。
「けど……ッ、やっぱっ、ゼェ、空をっ、ハァッ、飛べるのはっ、羨ましいなチクショウ!」
『あ、あはは。ごめんね、遠也』
全力疾走中なため、息を切らしながら本音をぶっちゃける。横でスーッとお手軽に飛んで移動できる精霊の何と羨ましいことか。滴る汗を手で拭いつつ、俺はじとりとマナを見た。
そんな俺の視線に乾いた笑みを浮かべつつ、マナが『でも』と反論する。
『遠也を抱えて飛んでも、スピードは上がらないよ?』
「わかってるっ、ハァ、だから、走ってるんだし、な!」
そうなのである。
俺を抱えると、そのぶん重さが増す。重さが増した以上、スピードは遅くなる。マナだけならある程度の高速移動も可能だが、大の男一人の重さが加わってはそうもいかないというわけだ。
結局スピードに変化はなく、もしかしたら遅くなるかもしれない。しかもマナは余計な力を消耗することになる。
結果としてデメリットしかないため、俺はこうして地上を駆けているというわけである。
しかし、飛んで移動できれば楽なことに変わりはない。その思いが、俺に横を飛ぶマナを羨ましく思わせるのだった。
そんなこんなで走り続けた俺は、やがて研究所へとたどり着く。足を止め、しばし息を整え、そしてマナと頷き合う。
十代たちから遅れること数時間。ようやく俺も研究所へと足を踏み入れることになった。
そしてSAL研究所の第一印象はというと。
「暗いな……」
『うん。通路の奥まで真っ暗。電気が通ってないのかな?』
入口に立ち内部を見渡してみるも、全く明かりというものが見当たらない。遮るものがない通路はかなり奥まで見渡せるのだが、十メートルも離れればそこに何かあったとしても分かるまい。それほどまでに中は暗かった。
いかに廃棄された施設といえど、コブラが潜んでいる以上は電気が通っているはずなのだが……。
何かあったのかもしれない、警戒しなければ。改めて内心でそう意識し、俺は入り口の短い階段を下りて本格的に内部に足をつける。
瞬間、
「――へ?」
『え?』
ガコン、という音と同時に俺の身を包む浮遊感。
地に足を着けた感覚は無くなり、風のように空気が下から上へと吹き上げる。
どうやら俺が立った床には何か仕掛けがあったようだ。つまりどういうことかというと、落とし穴に引っかかったらしい。
いや、だが慌てることはない。落とし穴ということは、底があるということだ。しっかり着地すれば怪我を負うこともあるまい。
そう一瞬で気持ちを切り替えると、俺は足元へと視線を下げた。
しかし、そこに待っていたものは希望ではなく、絶望であったのだ。
「そ、底がないだとぉぉおお!?」
『れ、レンガ造りの床が砕けちゃってる!?』
下に広がっていたのは、暗い密林だった。
なぜ室内にジャングルが広がっているのかは置いておいて、問題はそこまでの距離だった。
俺の現在地からそのジャングルまでの距離は、どう見たって数十メートルは超えている。このまま落ちれば即死は免れない高さである。
この落とし穴、凶悪すぎるだろ!
「遠也!」
洒落にならない事態に、何とかできないかと考える俺。そこで、マナが実体化して俺を支えてくれる。
俺はすぐさまマナの手を取り、その身体に掴まった。本当ならもしもの時のために力は温存しておくべきなのだろうが、命の危機なのだから仕方がない。
「助かった……サンキュー、マナ」
「うん、どうも。ただちょっと、掴むところは変えてね」
落ち着いた声で指摘され、俺は自身の右手が掴む先を見る。その手は、マナの腰を経由してお尻をしっかり捉えていた。
咄嗟のことで、わざとではない。なので、すぐさま「これは失礼」と一言断って手を移動させる。
さて、マナのおかげで命の危機を脱することが出来たのは僥倖だ。しかし、あんなところに即死級の落とし穴とか、コブラは容赦がないな。十代たちは大丈夫だろうかと心配になる。
空中から地上へと足を降ろした俺は、すぐに周囲を見渡す。もし十代たちも今の落とし穴にかかっているとしたら、飛ぶ手段がない皆がどうなったのかは想像に難くないからだ。
そんな最悪の予想に焦りつつ確認するが、十代たちの姿はない。どうやら、あの落とし穴には引っかからずに先に進んだようである。
ひょっとすると、コブラは十代たちが進む時は今の罠を解除し、進み終わったのを確認してから復活させたのかもしれない。その後の侵入者を排除するために。十代に用がある向こうにしてみれば、それぐらいはしそうである。
一応の皆の無事を確認した俺はひとまず安堵の息を吐く。しかし、同時に意外なもの……というか人も見つけてしまっていた。
『この人……確か、オブライエンくん?』
「ああ。なんでこんなところに」
再び精霊化したマナの疑問に、俺は頷く。
そう、そこには木の葉や小枝をかぶり、擦り傷まみれの男が倒れていたのだ。浅黒い肌、筋肉質な体躯、そして黒い髪に、特徴的な大きな鼻。始業式で見たオブライエンの姿に間違いなかった。
コブラの手下という印象を皆は持っている、この男。しかし、俺はオブライエンが味方であることを知っていた。確か最後のほうで十代に協力していたのを薄ら覚えているからである。
そのオブライエンが、何故こんな所に倒れているのか。それも傷だらけで。
不思議に思うが、しかしオブライエンがその手に持つものに気付いた時、俺はその理由に思い当たった。
「そうか。オブライエンも俺と同じだ。あの落とし穴に落ちたんだ、たぶん」
その手に握られている、ワイヤーが伸びきったアンカー付きのリール。それは、あの落とし穴に落ちた時に壁のどこかにひっかけた物ではないだろうかと思ったのだ。
だとすれば、ここで気絶していることにも説明がつく。彼の手に握られているワイヤーは、現在地と落とし穴のある上を繋ぐには長さが足りていない。恐らく、一度はこれによって落下を止めるも、そのまま何かの拍子で落ちてしまったのだろう。
アンカーの刺さりが甘かったのか、コブラの妨害にあったのかまでは判らないが……。
ともあれ、まずはオブライエンを助けることにしよう。後に味方となることは分かっているし、何よりここで助けないのも後味が悪い。それに、俺より先に突入していたらしいオブライエンなら、俺が知らない現況もいくらか知っているだろう。
そう思って、助け起こそうと身をかがめる。
その時、背後からバシュッ、と何かを発射したような音が耳に届き、俺はすぐに後ろを振り返った。
『きゃあっ!?』
「っ、マナ!?」
振り返った先にあったのは、半透明の大きな卵形のカプセル。それに捕えられた俺の相棒の姿だった。
そしてそのカプセルはくくりつけられたロープによって、引き寄せられるように俺の側から離れていく。
それを目で追っていくと、やがてジャングルの奥から保護色である枯草色の戦闘服――単色仕様の迷彩服のような出で立ちの男が現れ、鋭い目を俺に向けてきた。
そして、にぃ、と思わせぶりな笑みを見せる。
「よぉ、待ってたぜ。皆本遠也」
「誰だ、お前は! いや、そんなことよりマナを返してもらおうか……!」
俺がそう言えば、そいつは怪訝な顔になる。
「マナ? ああ、この《ブラック・マジシャン・ガール》の精霊のことか。クク、名前なんてあったのか。人型なら、そういうこともあるのかね?」
精霊であるマナのことを、当たり前のように認識している口調。
そのことに、俺は僅かに驚いて目の前の男を見た。
「お前、精霊が?」
「ああ、見えるとも。俺はギース・ハント。この力には助かってるぜぇ、こいつのおかげで金がごろごろ転がりこんできやがる。精霊つきのカードを欲しがる好事家は枚挙に暇がないからなぁ……クククク!」
ギースはひとしきり笑うと、「裏じゃ結構有名なんだぜ、精霊狩りのギースってな」と言ってマナが囚われたカプセルをコンコンと拳で叩く。
その姿を見て、俺は怒りのままに声を上げた。
「ふざけるな! 精霊は金儲けの道具じゃない! それに、これを言うのは二度目だぞ……マナを離せ……!」
歯を噛み、ギースを睨みつける。
しかし、奴はどこ吹く風で飄々とした態度を崩さなかった。
「クク、しかし今回の依頼は最高だ。《ブラック・マジシャン・ガール》に《スターダスト・ドラゴン》! 合わせて数億は下らないカードが飛び込んできやがるんだからなぁ! しかも、お前の後にはヨハン・アンデルセンの《宝玉獣》まで控えてやがる! ククク、笑いが止まらねぇぜ!」
カプセルの中で、マナはどうにか脱出しようと試みているようだが成果は上がらない。どうやら理屈は分からないが、魔術を使うことができないようだった。
そして、そんなマナの姿を確認したギースが得意げに口を開いた。
「何かしようとしているようだが、無駄なこと。このカプセルは外気を完全に遮断していてなぁ。精霊界の空気は入ってこない。つまり、この中では精霊は長く生きられず、その力を使うことも出来ないってわけだ」
言って、またしてもギースはカプセルを軽く叩く。
マナの魔術には魔力が必要だ。今までは大気の中に魔力はあるものと思っていたが、どうやら精霊界にこそ魔力は存在しているらしい。そういえば宇宙でも魔術は使えていたようだが、真空中でも外部である以上精霊界とは繋がっていたということなのだろう。
しかし、このカプセルは外部とは完全に関係を断ち切る密閉空間だ。宇宙のように自然な真空状態と、今のような人工的な真空状態。後者の場合は精霊界との繋がりは絶たれてしまうようだった。
つまり、今マナは何もできない状態にあるというわけだ。それも、あのままではやがて弱っていってしまう。
「お前……!」
「クク、怒ったか? だが、怒ったところで意味はないな。この俺にデュエルで勝たなければ、こいつは戻ってこないぞ?」
ニヤニヤとしたその表情は、こちらの気持ちを逆撫でして余りある。
俺はカプセルの中にいるマナを見る。そこには、俺を心配そうに見つめる瞳があった。それに、俺は知らず硬くなっていた表情を意識的に崩して笑みを見せる。大丈夫、任せろ、そんな意志が伝わるように。
そしてその後、すぐに表情を引き締めてギースを睨みつけた。
「ギースだったか。これで最後だ……マナを離せ! そいつはな……」
言いつつ、デュエルディスクを展開。それを構え、カードを5枚引き抜いた。
「――そいつは、俺のなんだよ!」
その俺の宣言に、ギースは一瞬言葉を失う。
そして、次の瞬間。豪快な笑い声を上げて天を仰いだ。
「プ、ハハハハハ! こいつはいい! なんだお前、精霊なんかに気を寄せているのか? ハハハ、面白い! 傑作だぜ、こりゃあ!」
これ以上可笑しなことはないとばかりに、ギースは笑う。
しかし、俺はそれに特別大きな反応は返さなかった。
……俺とマナの関係のことなんて、他の誰より俺たちが一番よく知っている。人間と精霊、どれだけ姿かたちが似通っていようとも、決して越えられない違いがそこにあることも重々承知の上だ。
しかし、それでも。俺にとってマナは特別なのだ。自分の気持ちがそうである以上、嘘はつけない。好きなんだから、仕方ないだろう。
それを受け入れて、俺は今も立っている。ギースが言うことは、既に通り過ぎた道なのだ。今更何を言われようと痛くも痒くもない。
だが、それでも少しは気にしてしまうのが普通なのだろう。種族が違うということは、それだけで色々と考えてしまうものなのだとマナは自嘲するように言っていた。そんなマナだからか、今もギースの言葉に少しだけ目を伏せている。
そんな顔をさせてしまったことが、少し悔しい。だが、だからといってそんな顔をさせたままではいられない。
マナがどうしても気になるというのなら。そんなことは気にならないぐらいに、俺が真剣にマナを想えばいい。ただそれだけのことだ。
そしてそれを実行するためにも、必ずマナを助け出す。改めてその思いを強くし、俺は手札のカードに視線を落とした。
「クハハ、笑わせてくれるぜ遠也さんよぉ! なら、お前の愛しのこの精霊は、俺がありがたくもらっていってやるぜ! ブラック・マジシャン・ガールの精霊だ……色々と使い道はあるだろうよ。イロイロとなぁ……! ハハハハ!」
その間も俺の怒りを煽るような言葉、言い方でギースが笑い声を上げる。
大方、俺を怒らせてプレイングの邪魔をしようという魂胆なのだろう。なるほど、確かに今の俺の心理状態は常の物とは違うだろう。そういう意味では、いつものようなデュエルは出来そうにない。
だがな……ギース、これはお前のミスだ。
「――お前は潰す」
マナへの仕打ち、そしてあんな顔をさせる原因を作ったギースを、俺は許せそうになかった。
ゆえに、叩き潰す。俺自身だけならまだしも、よりにもよってマナに手を出したこと、後悔させてやる。
しかしそんな風に心が燃えるほど、頭は反比例するように冷えていく。そんなどこか不思議な感覚を覚えつつ、俺は口を開き、ギースもまた同時に開始の宣言をした。
「「デュエルッ!」」
皆本遠也 LP:4000
ギース・ハント LP:4000
「俺のターン!」
先攻は俺。カードを引いた俺は、手札の中に視線を巡らせると、2枚を選択してディスクにセットする。
「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せ、ターンエンド」
始まりとしては堅実で、オーソドックスなスタイル。
しかし、ギースはニヤニヤとこちらを嘲る態度を改めずに煽り立ててくる。
「大きな口を叩いておいて、やることは守備固めか! なら、そのままやられちまいな! 俺のターン、ドロー!」
ギースは手札を見て不敵に笑うと、そこからまずは1枚のカードをディスクに置いた。
「俺は《ルアー・ファントム》を召喚! 更に《
《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000 DEF/500
黒く大きなブルドッグのようなモンスター。脇には大砲の砲身が備わり、その身からは鋭いトゲが幾本も飛び出た、見た目的にもなかなかの威圧感があるモンスターだった。
「更に手札から《メテオ・ストライク》を装備だ! ヘル・ガンドッグに貫通効果を与える! そしてヘル・ガンドッグには戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚破壊する効果がある! クク、さぁいけヘル・ガンドッグ!」
かしましく吠え、ヘル・ガンドッグが口から火を吐きながらこちらに迫る。そして近くまで来ると、口から漏れていた火の粉が勢いを増し、火炎放射となってセットモンスターに襲い掛かった。
それによってカードが反転。三つ目で毛むくじゃらのモンスターが姿を現した。
《クリッター》 ATK/1000 DEF/600
「なるほど、伏せていたのは《クリッター》か。ならこの瞬間に速攻魔法《突進》を発動! ヘル・ガンドッグの攻撃力をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる!」
《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000→1700
「さぁ、1100ポイントの戦闘ダメージを受けてもらおうか! 更にヘル・ガンドッグの効果により、お前の手札1枚を破壊する!」
遠也 LP:4000→2900
「ならその効果にチェーンして手札のモンスター効果を発動させる。このモンスターは戦闘ダメージを受けた時に特殊召喚できる。現れろ、《トラゴエディア》!」
《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?
今はダメージステップにおける、戦闘の結果発動するモンスターの誘ダメージ効果タイミングだ。そしてこのモンスターは戦闘ダメージを受けた時に特殊召喚できる誘発効果。よってこのタイミングでの特殊召喚となる。
「トラゴエディアのステータスは手札の枚数×600ポイント。ヘル・ガンドッグの効果で手札が1枚減って俺の手札は今2枚。よってその攻守は1200だ」
《トラゴエディア》 ATK/?→1200 DEF/?→1200
そして次に、破壊が確定したモンスターを墓地に移動させるタイミング。つまり、クリッターが墓地に置かれる時が訪れる。
「フィールドから墓地に送られたクリッターの効果発動! このカードがフィールドから墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。俺はデッキから攻撃力700の《クイック・シンクロン》を手札に加える」
デッキが自動的にシャッフルされ、その中から宣言したとおりに《クイック・シンクロン》がせり出される。それを手に取ってギースに見せると、俺はそのまま手札に加えた。
『遠也……』
カプセルの中から、くぐもったマナの声が届く。それに安心しろとばかりに大きく頷きを返し、俺は再びギースと向き合った。
「ふん、味な真似をしやがる。だが……クク」
これでギースの手札は残り1枚。手札をほぼ使い切った状態にありながら、しかしギースは笑みを深める。
そして、余裕の表情のまま手札最後の1枚を発動させた。
「魔法カード《命削りの宝札》を発動ぉ! 手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に手札を全て捨てる! クク、今回の雇い主は豪気だぜ。確実に侵入者を排除しろというお達しに合わせ、これほどのレアカードまで提供してくれたんだからなぁ!」
命削りの宝札は、強欲な壺が禁止となった現在においても制限カードに留まっているドローソース。強欲な壺以上に強力でありながら制限である理由の一つに、希少なため手に入らず、使用するデュエリストが少ないことが挙げられる。
手に入れるには、よほどの運か莫大な金銭が必要になる。強力ではあるが、その極端な使用率の低さから命削りの宝札は禁止行きを免れているのだ。
つまり、本来ならば即禁止級のカード。ギースの雇い主、恐らくはコブラだろうが……よほど自分の計画を邪魔されたくないと見える。これほどのレアカードまで用意しているとは。
「ドロー! よしよし……俺は魔法カード《命の水》を発動! 自分の墓地のモンスター1体を選択し、自分の場に特殊召喚する! 戻ってこい、《ルアー・ファントム》!」
《ルアー・ファントム》 ATK/0 DEF/0
弾力がある半液体といえる身体を揺らし、丸い空洞を当てはめただけのような虚ろな目でこちらを見つめてくる。さながらスライムを手で伸ばして作り上げたかのような外見は、辛うじて人型を保っているといえるような、不気味なモンスターだ。
白と黒の手袋を左右別々にはめた腕をだらりと下げた不気味な姿。レベル1かつ攻守0というあたりから、厄介な効果を持っているだろうことは想像できる。
こいつには気をつけたほうがいいかもしれないな。あくまでデュエルに関しては冷静に考え、俺は警戒を強くした。
「更にカードを4枚伏せ、ターンエンドだ!」
「そのエンドフェイズにリバースカードオープン! 永続罠《リビングデッドの呼び声》! その効果により、墓地から《クリッター》を特殊召喚する!」
《クリッター》 ATK/1000 DEF/600
再び俺の場に現れるクリッター。そのサーチ効果は誰もが知る強力なものだ。だからだろう、ギースも一瞬眉を顰めて舌打ちをした。
「俺のターン! 手札から《マッシブ・ウォリアー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
ガンマンの風体をした二等身の機械族モンスター。このデッキには欠かすことのできないチューナーモンスターだ。
その効果は、「シンクロン」と名のつくあらゆるチューナーの代わりとなることが出来るというもの。シンクロンのチューナーを指定したシンクロモンスターが多い俺のデッキにおいて、これほどありがたい効果もない。
そして、今回クイック・シンクロンが代わりを務めるのは《ジャンク・シンクロン》だ。腰に差した銃を抜き、クイック・シンクロンは空中に現れた各種シンクロンのルーレットから、ジャンク・シンクロンの絵を撃ち抜いた。
「レベル3のクリッターに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」
《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500
地響きとともに雄々しく聳え立つ鋼鉄の巨神。
シンクロ召喚の光の中から悠然と歩み出てきたその迫力は、圧巻の一言に尽きる。そしてその目に光が灯ると、やがてその胸部へと光が集まっていくのが確認できた。
それこそ、ジャンク・デストロイヤーの真骨頂である能力。俺はデストロイヤーの巨体を見上げ、フィールドに手をかざした。
「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材としたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる! 今回破壊可能な枚数は1枚! 俺は4枚の伏せカードの一番右を選択する! 《タイダル・エナジー》!」
俺の言葉を引き金に、集束した光の波動が一気に外側に向けて解放され、さながら鉄砲水のように俺が指定したカードを押し流す。
破壊したのはカウンター罠カード《ハンティング・ネット》か。フィールド上のモンスターが手札に戻る時、そのモンスターを自分の魔法・罠ゾーンに置き、さらにそのモンスターに「獲物カウンター」を乗せ、モンスター効果を無効にするというカード。
極めて限定的なカードだが、コンボに成功すれば厄介なカードではありそうだ。カウンター罠ということもあるし、破壊しておいて損ではなかったはずである。
そう判断し、俺は更に行動を続けていく。
「シンクロ素材としてフィールドから墓地に送られたクリッターの効果発動! デッキから攻撃力0の《シンクロン・エクスプローラー》を手札に加える!」
これで、手札は3枚。更に。
「魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺のフィールドに存在する永続罠1枚を墓地に送り、デッキから2枚ドローする! 残ったリビングデッドの呼び声を墓地に送り、2枚ドロー!」
クリッターを蘇生し、シンクロ素材となって蘇生対象が場を離れたことで、リビングデッドの呼び声は無意味にフィールドに残り続ける。
マジック・プランターはそうしてフィールドを圧迫する原因を取り除き、更に2枚のドローも行えるカードだ。バウンスで再利用するギミックがないこのデッキでは、なかなか使いどころがある。永続罠には他に《強制終了》や《リミット・リバース》もあるからな。
それら永続罠をフル投入することこそ少ないが、蘇生系の永続罠は割と使用度が高い。そのため、いざという時のドローソースとしては優秀である。
「そして《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! その効果により、墓地から「シンクロン」と名のつくチューナーを効果を無効にして特殊召喚する! 来い、《スチーム・シンクロン》!」
《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700
小柄で赤い輪っか型の胴体を持つシンクロン・エクスプローラー。その輪の中を潜り抜け、墓地から汽笛を鳴らしながら機関車のフロント部分からそのまま手足が生えたようなモンスターが姿を現した。
《スチーム・シンクロン》 ATK/600 DEF/800
このカードはヘル・ガンドッグのハンデスで墓地に落ちたカードである。レベル3のシンクロンが落ちてくれていたからこそ、俺はクリッターのサーチでシンクロン・エクスプローラーを選択したのである。
「レベル2のシンクロン・エクスプローラーにレベル3のスチーム・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《
《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800
青いバイザーで目を覆い、白い外套のような司書服がたなびく。ディスプレイが空中に浮かぶ未来的な電子ブックを手に持ち、ライブラリアンはそのバイザーを人差し指で押し上げた。
頼りになるこのデッキのドローソース。ライブラリアンの背を見ながら、俺は更に1枚のカードを手に取った。
「手札から《シンクロキャンセル》を発動! ジャンク・デストロイヤーをエクストラデッキに戻し、墓地から《クイック・シンクロン》と《クリッター》を復活!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《クリッター》 ATK/1000 DEF/600
「そしてクリッターとクイック・シンクロンで再び《ジャンク・デストロイヤー》をシンクロ召喚し、その効果が発動! 3枚のうち真ん中の伏せカードを破壊する!」
《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500
破壊したカードは罠カード《生け捕りの罠》、獲物カウンターが乗っているモンスターが自分の魔法・罠ゾーンにいる時、攻撃を無効にして攻撃モンスターも自分の魔法・罠ゾーンに置くというカード。
明らかに《ハンティング・ネット》とのコンボ専用だ。ということは、ハンティング・ネットの発動条件であるバウンスには注意が必要だろうと意識にとどめておく。
「ライブラリアンの効果で1枚ドロー! そして墓地に送られたクリッターの効果が発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を手札に加える! 更に!」
デッキから選び出されたカードを手札に加え、それと入れ替えるように1枚のカードをディスクに差し込む。
「魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターを墓地に送り、デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する! 《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、デッキからチューナーモンスター《モノ・シンクロン》を特殊召喚!」
デッキから自動的に選び出されたカードを手に取り、フィールドへと召喚する。モンスターゾーンに灯った光から、小さなロボットが勢いよく飛び出してくる。
《モノ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0
イエローとグリーンを基本カラーにした、子供受けしそうなモンスター。その両手はスタンプになっており、そこには数字の「1」が刻まれていた。
「フィールドにチューナーが存在するため、墓地からボルト・ヘッジホッグを特殊召喚する!」
《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800
更に墓地からボルト・ヘッジホッグも蘇生され、モノ・シンクロンの隣に並ぶ。
これで準備は整った。
「モノ・シンクロンの効果発動! このカードを使ったシンクロ召喚時、他のシンクロ素材モンスターのレベルを1として扱う! ただしそのモンスターはレベル4以下の戦士族か機械族でなければならない! 俺はレベル2の機械族であるボルト・ヘッジホッグを選択し、そのレベルはこの時のみ1となる!」
モノ・シンクロンが飛び上がり、ボルト・ヘッジホッグの頭にスタンプになっている手をポンと押し付ける。
すると、ボルト・ヘッジホッグの額に赤く1という文字が表示されるようになった。これでレベルが1になったということだろう。
《ボルト・ヘッジホッグ》 Level/2→1
場には共にレベル1のチューナーと素材モンスター。ならば、召喚するモンスターは1体しかいない。
「レベル1となったボルト・ヘッジホッグに、レベル1のモノ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」
一つの星と一つの輪。それらが合わさり、やがて二つの星を持つシンクロチューナーが光の中から走り出てくる。
F1カーを模した身体から生えた手足が力強く躍動する。そして胴体についた車輪が火花を散らしながら回り、フォーミュラ・シンクロンはライブラリアンの横に降り立った。
《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500
「フォーミュラ・シンクロンの効果、シンクロ召喚に成功した時デッキから1枚ドローできる! 更にハイパー・ライブラリアンの効果も発動! このカードが存在する時にシンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローする! 合計で2枚ドロー!」
これで手札は4枚へ。これで俺の場には、ジャンク・デストロイヤー、ライブラリアン、フォーミュラ・シンクロン、そしてトラゴエディアが並んでいることになる。
トラゴエディアの攻撃力は現在2400ポイント。アタッカーとしても運用可能な値になったが、しかし今回トラゴエディアが担う役割はそこではない。
トラゴエディアにはいくつかの効果がある。追撃を防ぐ特殊召喚、少々条件が厳しいコントロール奪取、そして非常に容易なレベル調整。そして今回は、その最後の効果にこそこのカードの役割は存在している。
「《トラゴエディア》の効果発動! 墓地のモンスターを選択し、このターンのみトラゴエディアのレベルを選択したモンスターと同じにする! 俺はクイック・シンクロンを選択し、トラゴエディアのレベルを5に変更!」
《トラゴエディア》 Level/10→5
唸り声を上げるトラゴエディアのレベルが、一気に半分へと下がる。そして更に、俺は1枚のカードをディスクに差した。
「魔法カード《下降潮流》を発動! 俺の場のモンスター1体を選択し、そのレベルを1から3の任意の数値に変更する! 俺はフォーミュラ・シンクロンのレベルを3に変更!」
《フォーミュラ・シンクロン》 Level/2→3
これでトラゴエディアと合わせれば、その合計のレベルは8となる。
マナが今こちらにいない以上、今回は精霊のドロー補助は期待できない。だというのに、今回はいつも以上に回っている気がしてならなかった。ここで下降潮流が来たのも、それを感じさせる。
素材指定のないレベル8となれば、このデッキでもその数は限られる。代表的なのは俺のエースである《スターダスト・ドラゴン》だが、まるで自分を出せと呼んでいるようにすら思わせる。
俺の気持ちにカードたちが応えてくれているだけじゃない。カードたちもまた、積極的に動いているように俺には感じられた。
しかし、考えてみればそれも当然なのかもしれない。俺にとってマナが大切であるように、こいつらにとってもマナは既に大切な仲間。そのマナを奪おうという輩に、何も感じないはずがないのだから。
これはマナを取り戻す戦いだ。ならばこそ、デッキもその気持ちを俺に預けてくれているのだろう。
俺はエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。全ての思いを込めて、俺はフィールドへと手を向けた。
「レベル5となったトラゴエディアに、レベル3となったフォーミュラ・シンクロンをチューニング! ――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》ッ!」
2体のモンスターが光の中で8つの星となり、それはやがて1体の白き竜へと姿を変える。
光り輝く星の輝きを身に纏い、常よりもどこか闘志に溢れた雄叫びを轟かせ、スターダスト・ドラゴンはフィールドに舞い降りた。
《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000
「シンクロ召喚に成功したため、ライブラリアンの効果で1枚ドロー! そして俺の墓地には今、《クリッター》《モノ・シンクロン》《トラゴエディア》がいる」
この3体の共通点、それは全て闇属性であるということ。そして、墓地に存在する闇属性モンスターは現在、この3体だけだ。
「墓地に闇属性モンスターが3体のみ存在する時、このカードは手札から特殊召喚できる。現れろ、《ダーク・アームド・ドラゴン》!」
耳をつんざく咆哮と共に、漆黒のドラゴンが立ち上がる。全身が武器と化したその姿は、尻尾を振るうだけでも絶大な破壊をもたらす。
闇に染め上げられた巨躯を揺らし、ダーク・アームド・ドラゴンの視線はギースを鋭く貫いた。
《ダーク・アームド・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/1000
さしものギースもこの威容の前には泰然としてもいられなかったらしい。一歩身体を引き、こわばった表情を浮かべていた。
しかし、ダーク・アームド・ドラゴンの本領はここからだ。外見だけで驚いていてもらっては困る。
元の世界では制限カードにまで上り詰めたその力、とくと見てもらおう。
「ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外し、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する! そしてこの効果に、1ターンでの回数制限は存在しない!」
「な、なんだと!?」
俺の言葉に、ギースも思わずといった様子で驚きの声を上げる。
この効果ゆえに、ダーク・アームド・ドラゴンは強力だ。召喚に成功した時点で、妨害がない場合3枚の破壊が確定されるからである。
圧倒的なまでのボードアドバンテージ。その効果は、いかんなく発揮される。
「まずは《クリッター》を除外し、右の伏せカードを破壊! 《モノ・シンクロン》を除外し、最後の伏せカードを。《トラゴエディア》を除外し、ヘル・ガンドッグを破壊する! 《ダーク・ジェノサイド・カッター》!」
ダーク・アームド・ドラゴンが僅かに身体を丸め、すぐにぐっと身体を大きく反る。すると、その反動か身体中に備わっていた無数の刃物が相手フィールド目がけて飛んでいき、それらは縦横無尽に破壊の限りを尽くしていく。
伏せカードは《次元幽閉》と2枚目の《ハンティング・ネット》、それに加えてヘル・ガンドッグが墓地へと送られる。ヘル・ガンドッグが破壊されたことで装備されていたメテオ・ストライクも墓地へ行き、ギースのフィールドはルアー・ファントム1体を残すのみとなった。
「だがこの瞬間、ヘル・ガンドッグのもう一つの効果が発動だ! このカードが破壊された時、デッキから同名カード1体を特殊召喚できる! 守備表示で来い、ヘル・ガンドッグ!」
《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000 DEF/500
再び現れるトゲつきの巨大犬。なるほど、同名カード限定のリクルート効果も持っていたのか。
だが、ヘル・ガンドッグはこれで2体目。デッキに収められる同名カードは3枚までという制約がある以上、その効果はあと1度しか意味がない。
なら、警戒すべきはルアー・ファントムの効果のほうだろう。低レベルで低ステータスということは、反比例して効果は強力なものであると予想できる。警戒しておいて損はない。
しかし、恐れて攻めあぐねるような真似はしない。マナを奪い、そして精霊という存在そのものを軽んじる態度には、正直に言って俺も頭に来ているのだ。
カプセルに囚われたマナに目を移す。捕まってしまったことを悔いるかのような、弱々しい瞳と視線が交わった。
俺はぐっと拳を握ってマナに向ける。そして、親指を立てて笑顔を見せた。
「待ってろよ、いま助ける!」
端的に、確信を込めた言葉を告げれば、マナは伏せがちだった目を開き、少しだけ笑みを見せた。
それが見れただけで、充分だ。俺はその笑顔に頷きを返して、ギースに向き直る。恐れず攻め、そして勝つ!
「マナは返してもらうぜ、ギース! このバトルフェイズでお前を倒す! ――バトル! ハイパー・ライブラリアンでヘル・ガンドッグに攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」
「ぐッ……再びヘル・ガンドッグを守備表示で特殊召喚!」
《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000 DEF/500
ライブラリアンから放たれた光がヘル・ガンドッグを倒すも、すぐに同じヘル・ガンドッグがデッキから特殊召喚されてしまう。
しかし。
「これでヘル・ガンドッグは3枚目! もうリクルート効果は使えない! いけ、ジャンク・デストロイヤー! 《デストロイ・ナックル》!」
鋼鉄の剛腕が唸り、垂直にヘル・ガンドッグへと振り下ろされる。
地を揺るがす轟音が響き渡り、その標的となったヘル・ガンドッグは跡形もなく爆散して墓地に送られた。
「く……!」
「これでお前の場には攻撃力0のルアー・ファントムのみだ! ダーク・アームド・ドラゴンでルアー・ファントムに攻撃! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」
ダーク・アームド・ドラゴンがその巨体からは想像もできない速さでルアー・ファントムへと迫り、その勢いをそのままに拳を突き出す。
攻撃力0のルアー・ファントムに防ぐ手はない。が、ギースは口の端を持ち上げて凶悪に笑った。
「馬鹿が、かかったな! ルアー・ファントムの効果発動! 相手モンスターが攻撃してきた時に発動し、このカードと攻撃モンスターを手札に戻す!」
攻撃反応型のバウンス効果か!
なるほど、どんな強力モンスターが相手でも確実に除去が出来るというわけだ。加えて苦労して出した上級や融合、シンクロモンスターなら、相手は大きなアドバンテージの損失となる。
そして、この効果でダーク・アームド・ドラゴンが手札に戻された場合、俺はギースのライフを削り切ることが出来なくなる。残るモンスターはスターダスト・ドラゴンしかいないからだ。
ルアー・ファントムの手首から上が切り離され、ロープで繋がったそれがダーク・アームド・ドラゴンを捕らえようと迫る。
しかし。
「速攻魔法発動!」
俺は手札から1枚のカードを手に取り、それをディスクに差し込んだ。
《ハンティング・ネット》などの存在から、バウンス効果がどこかで出てくることはわかっていた。更に、その効果はルアー・ファントムのものである可能性が高いことも当然予想できていた。
だからこそ、その対策は既に手の中にある。効果モンスターに対しての強力なメタカードとなる速攻魔法が。
「《禁じられた聖杯》! このカードは、フィールド上のモンスター1体を選択して発動する! エンドフェイズまでその効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップさせる! 当然その対象はルアー・ファントム!」
《ルアー・ファントム》 ATK/0→400
ルアー・ファントムの動きが鈍り、その腕についた相手を捕らえる機構は作動しなくなっていた。攻撃力こそ上昇したものの、既にその脅威は失われている。
「ば、馬鹿な……ッ!」
伏せカードもなく、場に唯一存在するモンスターであるルアー・ファントムの効果は無効化。そしてその攻撃力は僅かに400ポイント。
追い詰められた現状に、ギースは目を見開いて言葉を失くしていた。
「言っただろ、このバトルフェイズで終わりだってな! ルアー・ファントムへの攻撃は続行! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」
「く、ぐぁあああッ!」
巨腕が振るわれ、ルアー・ファントムの身体を根こそぎ吹き飛ばす。スライム状の身体はその攻撃の前に為す術なく破壊され、同時に攻撃の余波がギースに襲い掛かった。
ギース LP:4000→1600
そして今、ギースの前に立つのは白銀のドラゴン。今か今かと俺の指示を待つスターダスト・ドラゴンが嘶くと、ギースは焦燥に支配された顔で後ずさり、何やら胸のポケットを探り始めた。
「これで終わりだ! いけ、スターダスト・ドラゴン! プレイヤーに
「ま、待て! こ、これを見ろ!」
スターダスト・ドラゴンの攻撃宣言の瞬間。ギースは胸のポケットから1枚のカードを取り出すと、両の手でそれを引っ張るように持った。
何の真似かと疑問に思うも、すぐにそのカードの正体はわかった。ギースの横に沈んだ顔をしたカードの精霊が浮いていたのだから。
「《ジェリービーンズマン》のカードに、その精霊だと?」
「く、クク……そうだ。本当はヨハン・アンデルセンへの奥の手だったんだが、お前も精霊が見えるみたいだからな。コイツの苦しむ姿も見えるだろう、よ!」
言いつつ、ギースはカードを千切ろうとするかのように手に力を込めはじめる。それにジェリービーンズマンの精霊は鳴き声を上げて抵抗しているが、物理干渉できるほどの力はないのか効果がない。
「やめろ!」
カードが破られては、それを依り代とする精霊はこの世界では消滅するしかない。それを避けるため俺が制止の声をかければ、ギースはぴたりとその動きを止めた。
「なら、攻撃を中止しろ。そうすればこのカードを傷つけないでいてやる」
「なに……!」
「そうそう、このカードはヨハンの知り合いの子供が持っていたカードでなぁ。このカードが破れちまうと、その子供も、ヨハンも! 悲しむかもしれないぜぇ?」
「おまえ……ッ!」
どこまでも卑劣な行いに、冷静さを保っていた頭にも熱がこもっていく。スターダスト・ドラゴンも唸り声を上げて、まるでギースを責めているかのようだった。
しかし、そんな中でもギースは己が優位に立ったと確信したのか流暢に話し続ける。
「わかんねぇなあ、俺には。精霊なんてもんは、俺たちとは別の生き物だぜ。そんな奴になんで一生懸命になれるのかねぇ。おっと、少し力が入っちまった」
軽くカードを曲げるギース。修正不可能なほどの痛手ではないが、しかしカードを蔑ろにし、精霊を消す危険を伴う行為に俺は自分でも表情が厳しくなっていくのがわかった。
「ギース……!」
「クク、おっと精霊に恋しちゃった奇特なお方にはお耳汚しだったかな? ククク、ハーッハッハッハ!」
こいつ……!
カードも、精霊も、そして俺たち自身をも貶めるギースに、握った拳が怒りで震える。しかし、ここで衝動に任せて攻撃すれば、ジェリービーンズマンは消滅してしまうだろう。
だが、こうしていてもマナを助けることは出来ない。しかも、あのカプセルの中では精霊は長く生きられない。あまり悠長にしていることも出来ないということだ。
高笑いするギースに、何も行動を起こせないことを悟って俺はもどかしさに歯噛みする。今の俺に出来ることといえば、少しでも時間を引き伸ばし、解決策を導き出すための時間を捻出することぐらいだ。
悔しいが、しかし今はそんなことにこだわっている場合ではない。取れる手があるなら、今はそれに賭けて耐えるしかない。必ず逆転の目があると信じて。
それぐらいしか出来ない自分を内心で責めつつもそう決心した、その時。
「――目障りだ。お前の戦闘には矜持がない」
俺の真後ろから聞こえた言葉。
それと同時に、俺の身体を隠れ蓑にするかのようにして細いワイヤーがギースに向かって伸びていた。
「ぐぁッ!?」
気づけば、ギースは呻き声を上げてジェリービーンズマンのカードを取り落していた。はっとして見れば、ギースの手に直撃した何かが勢いよくこちらに巻き戻ってきているのがわかった。
それは、ワイヤーと繋がったアンカー付きのリール。これを持っており、そして俺の後ろにいた人物といえばただ一人だ。
俺は後ろを振り返る。そこには、浅黒い腕を伸ばして放った方と対を為すもう一方のリールを握るウエスト校のチャンピオンの姿があった。
「オブライエン!」
「話は後だ! 今はまず奴を片付けろ!」
「ああ! ――スターダスト・ドラゴンッ!」
俺が呼び掛けると、スターダスト・ドラゴンは既に準備は出来ているとばかりに嘶いてその長い首をしならせる。
そして口腔に集束していく不可視の砲弾。そのエネルギーの高まりを感じつつ、俺は手の甲を抑えて悶絶しているギースに指を突きつけた。
「これで終わりだ! カードたちの怒りと共に鳴り響け! 《シューティング・ソニック》ッ!」
限界まで高められた波動が一筋の光線となってスターダスト・ドラゴンの口から放たれる。
それは高速でもってギースへと迫り、瞬く間にギースの身体ごと無色の輝きの中へと飲み込んでいった。
「ぐぁぁああああッ!」
ギース LP:1600→0
ライフポイントが0を刻み、デュエルに敗北したギースが膝をつく。
そして今の衝撃によって発生した風が、ギースの元に落ちていた《ジェリービーンズマン》のカードを俺の足元へと運んできた。それを拾い上げてポケットにしまうと、俺は片膝をついて俯くギースに近づこうとする。
が、ギースの周囲に突如光に包まれた精霊たちが姿を現す。《キーメイス》《プチテンシ》《ワタポン》……無論ギースもそれに気づいて、俯いていた顔をハッと上げた。
「お前らは……俺が今まで狩ってきた……」
つまり、ギースの犠牲になった精霊たちということだろう。ならば、相当な恨みがあるに違いない。ひょっとすると、ギースに復讐するためにこの場に出てきたのかもしれなかった。
それに気づき俺が慌てて歩を進めると、まるで俺が来ることを拒むように、精霊たちが道を遮る。そして、揃って首を横に振るのだった。
「――俺にも昔、心を通わせた精霊がいた。だが、その精霊の宿ったカードを他人に奪われ、俺は歪んでしまったのさ」
彼ら精霊に囲まれる中、突然ギースは言う。彼らがギースに対して何か働きかけたのだろうか。ギースの目には先ほどまでの欲望の光は見えない。どこか茫洋とした瞳のまま、ギースは口を動かしていた。
精霊のカードを奪われたギースは、最初は失意に沈んでいたという。しかし徐々に立ち直っていくと、今度は精霊のことをすっぱり忘れようと一時は精霊から離れて暮らしてもいたようだ。
しかし、ギースにとって精霊とは半身のようなものだったのだろう。それを奪われ、心のバランスを崩し、それでも精霊が忘れられないギースは、やがて精霊を奪う側となって精霊に関わり続ける道を選んだ。
かつて己が被害に遭ったことを他人に行うことで得られるささやかな満足感。それだけが、ギースの精霊を求める心を満たしてくれたのだと。
そこまで話すと、ギースは不意に小さなリモコンを取り出してそのスイッチを押す。すると、マナを閉じ込めていたカプセルが開き、そこからマナが飛び出してきた。
『遠也!』
ギースの行いに驚く俺の胸に飛び込んできたマナ。それを、俺も少し遅れて抱きしめ返す。喜びの笑みを浮かべているだろう俺を見て、ギースはふっと笑った。
「この精霊たちは、俺に罰を与えに来たのだろう。だが、不思議だ。この光に包まれていると、まるで昔に戻ったような感覚に陥る……精霊と共にいた、あの頃に……」
「ギース……」
突然の心変わりのように思えた変化は、それでか。当時の心を取り戻したからこそ、ギースはマナを自ら解放したのだろう。
しかし、そうなるとこの精霊たちの真意がわからない。ギースにかつての心を取り戻させて、何の意味があるというのだろうか?
俺が疑問に思っていると、不意にギースを囲んでいた精霊の1体である《キーメイス》が寄ってきて、マナにこっそり耳打ちをする。
『え?』
疑問の声を上げるマナに、くすくすと楽しそうにキーメイスは笑い、再びギースの下へと去って行く。そして次の瞬間、ギースの身体は精霊たちと共に強烈な光に包まれていく。
あまりの光量に俺たちは目を瞑る。そして、再び瞼を開けた時には既にギースの姿は見えなくなっていた。
「なん、だったんだ……? ――ぐぅああッ!」
『遠也!?』
「どうした、皆本遠也!」
腕に着けたデス・ベルト。そこから身体中の力が吸い取られるように抜けていき、俺は思わずその場に膝をつく。
心配する声を上げるマナと、駆け寄ってくるオブライエン。
大丈夫だと示すために立ち上がろうとするが、しかし膝が笑ってしまい言うことを聞かない。そんな俺にオブライエンは肩を回し、無理をするなと言って木に寄りかからせてくれた。
「わ、悪い……オブライエン……」
「気にするな。既に計画の終わりが近いだろう今、恐らくプロフェッサー・コブラはデス・ベルトの機能を最大にしているはずだ。倒れるのも無理はない」
「コブラの、計画……?」
そう俺がオウム返しに問うと、オブライエンは首を横に振った。
「俺も詳しくは知らない。それを探るためにコブラに迫ったが、罠に嵌って隔離されてしまったからな」
その後オブライエンはなんとか脱出を試みて落とし穴の床を破壊したものの、予想以上に脆かった床はその全てが崩壊。あわやというところでアンカーを突き刺したものの、やがて外れてここに落ちてきたということらしかった。
ジャングルに隙間なく生い茂った植物がクッションとなり、オブライエンは助かったのだろう。しかし、気絶しただけで、意識を取り戻してすぐに動き回れるほどの軽傷で済んだことは奇跡に近い。
それを言えば、オブライエンは戦士と一般人では鍛え方が違うと断言した。すげぇな、戦士。素直にそんなことを思う俺だった。
そして、オブライエンは続ける。
「コブラはその計画で、多くの犠牲を生み出そうとしている。俺は奴に一度とはいえ従った部下として、奴を止める義務がある」
「オブライエン……ああ」
固い決意を込めた瞳を見て、俺は同意するように頷きを返す。
しかし、いま俺の身体は全く言うことを聞いてくれない。残念だが、オブライエンについていくことは出来ないだろう。
「オブライエン……お前は今から十代たちに合流するつもりだろう」
「十代たちが来ているのか? ……そうか。なら、コブラに近づくにはそのほうがいいだろう。それがどうした?」
「伝言を頼んで、いいか? ちょっとドジったけど命に別状はないから安心しろってのと、頑張れってさ」
俺の口から伝えられた言葉に、オブライエンは小さく笑みを見せる。そして、力強く頷いた。
「わかった。必ず伝えよう、遠也」
「頼む、オブライエン」
俺がゆっくり手を差し出すと、オブライエンはその意図を察して固く俺の手を握る。
そして、オブライエンは「だが」と言葉を続けた。
「さすがにこのジャングルの中に置いていくわけにはいかない。安全な場所に出るまでは共に行こう」
「いや、それなら――」
「私がいるから、大丈夫だよ」
精霊状態から実体化したマナが俺の横に立つ。
すると、突然現れたマナに一瞬でオブライエンが構えを見せたが、俺が大丈夫だと言えばオブライエンも数瞬の後に警戒を解いた。
そして、得心がいったとばかりに首肯する。
「なるほど、精霊か。さっきのギースとの会話は、こういうことか」
「信じるのか?」
「目の前で見たというのに信じない奴は、早死にするだけだ」
戦士であるオブライエンらしい物言いに、俺は苦笑する。
そして、マナがいればとりあえずの危険はないから大丈夫だとオブライエンを説得する。上級魔術師であるマナは、魔力さえ扱えるなら猛獣だろうと普通に勝てる。
トラゴエディアや幻魔といったそもそもの地力が異なる存在や、さっきのように魔力と切り離されてはその限りではないが、今はそのどちらの脅威もない。そのため、十分な力があると言える。
それよりも、コブラという難敵に挑もうとしている十代のほうについてやってくれ。俺がそう要請すると、オブライエンは僅かに渋ったものの、やがて了解したと頷いた。
そして、オブライエンは俺に背を向け、森の奥を目指して駆けていく。それを見送った俺は、全身を木に預けるようにして身体から力を抜いた。
よくよく考えてみれば、一昨日にデス・デュエルをし、その影響も抜けないまま今日はパラドックスと生死を賭けたデュエル。これもデス・ベルトを着けていたので、当然エナジーは抜き取られている。
そして今、少しは休んだとはいえ色濃くパラドックス戦の疲れや消耗を残したまま再びデス・デュエルを行ったのだ。一日に二度、それもかなり高出力でのエナジー簒奪。
いくらなんでも、無茶のしすぎだったようである。
思わず苦笑すると、不意にマナが俺の横に座り込み、同時に俺の肩に手を回してくる。
何のつもりかと思えば、マナはそのまま俺の身体を横倒しにし、そして俺の頭を揃えられた自身の膝へと招き寄せた。
どこからどう見ても膝枕の体勢。俺が視線だけでどういうことかと問いかければ、マナはその細い指で俺の髪を撫でながら口を開いた。
「ちゃんと魔力で障壁は張ったから、しばらく危険はないよ。だから、こうしていても大丈夫」
笑ってそんなことを言われ、成程なら安心だと納得する。が、その直後に「いや、そうじゃなくて」と口を開いた。
しかし、続くはずだった言葉は人差し指で唇を抑えられたことで止まってしまう。そして上から俺を見下ろすマナは、この危機的な状況には似つかわしくないほどに穏やかな声で語りかけてくる。
「……いいから、このまま休んで。遠也は十分頑張ったから。ね?」
ゆっくりと、言い聞かせるようなその言葉が、心地よい音色となって俺の鼓膜を刺激する。
元々かなり無理をしていたこともあるだろう、徐々に意識が遠のいていくのを俺はどこか他人事のように感じていた。
まだ問題は片付いていない。そう心は訴えるのだが、いかんせん身体の方がついてきていない。
更にマナと共にいるという安心感が、俺の身体から力を奪い取っていく。次第に脱力していく身体と、俺の意思とは裏腹に閉じようとしている瞼。昔はこの膝枕を嫌がっていたとは思えないほど、今この状態は俺をリラックスさせていた。
抗いがたい疲れ果てた身体からのSOSとマナの優しげな声。既に腹に力を入れる余力もない俺は、やがて抵抗もままならないままに瞼が閉じていくのを受け入れるしかなかった。
「――おやすみ、遠也」
囁かれた言葉に返事をすることも出来ず。俺は心地よい感触の中で意識を落とすのだった。
*
遠也が眠ったことを確認し、マナは小さく息を吐いた。
その吐息には、隠しがたい安堵が含まれており、どれだけマナが気を揉んでいたかを如実に現している。
それというのも、今日の遠也といえばデス・デュエルの最中だというのに、死の危険を伴うデュエルを行い、気力と体力ともに消費した後に、全力疾走。そして再びデス・デュエルである。
常人であれば最初のデュエルだけで倒れていたっておかしくはない、それほどの死闘だった。だというのに、遠也は自分の身体に鞭を打って走り回っていたのだ。傍にいたマナは、表面上は普通に振る舞ってはいても、ずっと遠也の身体のことを気にかけていたのである。
自身の膝の上で寝息を立てているのは、そんな悩みの種である。しかしながら、そんな悩みの種を受け入れてしまっている時点で、結局この人はこういう人なんだと受け入れている自分に気づきマナは苦笑いを浮かべた。
起きないように指先でそんな厄介な人物の髪を弄りつつ、つい先ほどのデュエルを思い起こす。
自分を捕らえて害そうとしたことに、本気で怒ってくれていた遠也。自分が油断していたせいでああなってしまったことは、悔いても悔やみきれない。遠也に余計な負担をかけてしまったことは、マナにとって痛恨の事実であった。
しかし同時に、全力で遠也が自分を助けてくれたことは、嬉しかった。不謹慎だとわかっている。だがそれでも、必ず助けるという意思をあけすけなほどに表に出して戦ってくれた姿に、何も感じないわけがなかった。
膝の上で眠る遠也の顔に、ゆっくりと自身のそれを近づけていく。数秒の間、隙間なく一つになった二人の姿。そして徐々に顔を離していったマナは、微笑みと共に遠也の頬をそっと撫でた。
「――ありがとう、遠也」
嬉しさや申し訳なさ、全てをひっくるめての心からの感謝。
その言葉を遠也に捧げ、マナは暗闇に包まれたジャングルの中から天井を見上げた。
そして、ふとついさっき《キーメイス》の精霊から聞いた言葉を思い出す。
(『この人は王様に任せて。王様は優しいから、大丈夫』かぁ。誰なんだろう、王様って)
悪戯混じりの言葉だったのは、小さく笑っていたことから予想がつく。
一体何のことだかはわからないが、あの精霊たちは少なくとも幸せそうに笑っていた。そこに復讐などといった暗いイメージは当てはまらないほどに。
なら、ギースという男も悪いようにはなっていないだろう。無論これまでの罪は償うべきだろうが、一度は虐げられた精霊をあれだけ幸せにしてみせる王様なら、きっといい結果にしてくれる。
マナはそんな思いを抱き、視線を上から下へと戻す。そこには、穏やかに眠る恋人の姿。
くすりと笑みをこぼし、マナもまた束の間の休息に気持ちを緩めるのであった。
* *
マナの膝枕の上で眠りに落ちて幾ばくか。
ドン、と突然響き渡った轟音と震動に、俺はたまらず目を覚ました。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
周囲を見渡せば、ジャングルは全てなぜか白い光に包まれており、更に言えばその光は下から吹き上げる風を伴って周囲の景色を異様なものに変えていた。
振動も変わらず続いている。そして、視界に入るのは天にまで伸びた巨大な鉄柱のような物。一体なにがどうなったっていうんだ?
「遠也! とりあえずここは危険だよ! すぐに私に掴まって! 一気に飛んで地上に出るよ!」
「あ、ああ!」
事態は呑み込めていないが、しかし今の状況がかなりマズいものだってことはさすがにわかる。
マナの言葉に素直に頷き、俺はマナと共に下から吹き上がる風に乗るようにして地上を目指した。
カーテンのようにたなびく白い光が、目の届く範囲全てを覆っている。それが、異常な事態であることを否が応にも認識させた。地上に出てわかった巨大なネジのようなものが研究所から出ていることといい、どうなっているのか。
俺は空中で互いの身体を支え合っているマナに視線を向けた。
「……一体、何があったんだよ」
「遠也が寝て、少ししてからのことだよ。あの鉄柱……大きなヘリポートが地下からせり上がってきたのは。たぶん、あの上で十代君達が戦っているんだと思う」
「そうか……決着は?」
「ごめんね、わからない。あのジャングルからだと、ヘリポートの部分は高すぎて見えなかったから……」
マナは申し訳なさそうに言う。だが、それを責めるつもりは最初からない。そもそも俺が疲れ切ってダウンしてしまったのが悪いのだ。起きていれば状況は自分で把握できていたはずなのだから。
「この研究所を……いや、アカデミアの島を覆っている光については?」
「それもわからない。今の振動と一緒に突然光も現れて――」
その瞬間。マナの言葉を遮るように、光が一気に膨れ上がって爆発的な輝きを放つ。
「マナ!」
「遠也!」
俺とマナは瞬時に互いの体を守り合うようにかき抱き、そして目が焼けるほどの光にギュッと瞼を閉じた。
それでもなお明るさを主張するように、瞼の裏で視界が赤く染まる。あまりにも外の輝きが強すぎるのだろう。目を開けてしまえば、失明すらしてしまうだろうほどのそれは、もはや光の暴力とでも称した方が正しく思える。
しかし、そんな強烈な光が長続きするはずもない。光はやがて勢いが衰え、結局は一分も経たないうちに収まっていった。
それを瞼の裏から感じ取りながら、俺は恐る恐る目を開く。いまだ僅かにぼやける視界の中、同じように目を開いたマナと目が合う。
そして、俺たちは同時に自分の周囲へと目を向け――……言葉を失った。
「……なんだよ、これ……」
そこにはアカデミアの校舎があり、そしてその裏山もまた変わらず立っていた。
しかし、その周囲の景色がまるで違う。
更に裏山の背後に聳えていた火山はなくなり、草木が生い茂っていた森も消滅。ただただ砂の大地だけが広がるそこは、まぎれもない砂漠だった。
慣れ親しんだアカデミア島の景色では、断じてない。そこには、全く異なる世界が広がっていた。
「……異世界……」
一応、原作においてそういった境遇に一時立たされることは知っていた。さすがに異世界に行く、という点は忘れようがないほどに印象的だったからだ。
しかし、実際にこの世界に来て、この島で皆と一緒に過ごしてきて。その場所が全てごっそり消し飛んだと思うと、考えていた以上に衝撃があった。
渇いた口の中を潤すべく絞り出した唾液を飲み込む。ごくり、と嚥下する音が異様に響き渡ったように感じた。
ざらりと頬を撫でる砂混じりの風。その慣れない感覚に戸惑う中、俺とマナはしばし無言で広大な砂漠の中ぽつりと砂風に晒されるアカデミアを眺めるのであった。