死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった 作:かわうそ☆ゆう
「よっしゃ、着いたな。頑張るか〜」
校門を見上げながら、俺は一つ息を吐いた。
二度目の高校生活――いや、二度目の人生と言ってもいい。
俺の行動次第で、未来は変えられる。
借金に追われる人生とも、うまくいけばおさらばだ。
それどころか、欲を言えばもっとマシな暮らしだって目指せる。
(こんなチャンス、もう二度と来ねぇ)
気合を入れ直す。
学校は、記憶とまったく同じだった。
朝日ケ丘高校。偏差値50の、どこにでもある普通の高校。
校門前には先生が二人立っていて、登校してくる生徒たちに声をかけている。
律儀に挨拶する生徒もいれば、完全無視する生徒。
中にはなぜか一発芸を披露して、周囲から冷たい視線を浴びている謎の生徒もいた。
……平和だな。
生徒玄関で靴を上履きに履き替え、夏樹と一緒に校内へ入る。
教室は四階。階段側から一組、二組、三組、四組。
俺は三組。
そして、夏樹も三組。
「翔くん、今日吹奏楽の部活、一緒に見に行かない?」
「いいよ。放課後な」
「やった!」
そんな会話をしながら、教室後ろのドアを開ける。
すでに中には六人ほど来ていた。
朝が異様に早いやつって、どの時代にもいるよな。
……それより。
(席、どこだっけ)
教卓の上に置かれている座席表を確認する。
六列構成で、一クラス二十八人。
俺の席は――窓際の、一番後ろ。
席に向かい、鞄を下ろす。
隣は夏樹。
知ってる人が隣なのは安心……なんだけど、
朝の一件を思い出すと、ちょっと怖い。
まぁ、可愛ければオッケーです。
◆
時刻は八時二十分。
生徒が次々と入ってきて、教室は一気に賑やかになる。
懐かしいなぁ、と思いながら一人で黄昏ていた。
……いや、違う。
俺、誰が誰だかわかんねぇだけだ。
「お、翔〜!おはよう!」
前の席に鞄を置いた男子が振り返る。
短髪で、いかにも運動部って感じ。
……誰?
「お、おはよう」
「今日も夏樹と一緒に登校か?リア充め」
「……お、おう」
やめてくれ。
楽しそうに話しかけられるほど怖い。
夏樹を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。
「……ところで誰だっけ?」
本日二度目のこのセリフ。
正直、言いたくなかった。
「は?俺は
「いや、そのゴミを見る目やめろ」
「……冗談、だよな?」
なんとか誤魔化せたが、心臓に悪い。
記憶と違うことが多すぎる。
「おはよう、翔」
その声に、救われた。
「お、おはよう柊」
中学からの同級生、
知ってる人だ。
それだけで泣きそうになる。
柊は俺の斜め前――夏樹の前の席に座った。
(……よし、周りは知ってる人ばっかだ)
二人ほど知らないけどな。
◆
八時四十分。
SHRが始まる。
教室に入ってきた先生を見て、俺は固まった。
……誰だ。
俺の記憶にある担任とは違う。
背が高く、無駄にイケメン。
「なぁ柊、あれ誰だっけ」
「藤井先生だけど?」
「あー……そうか」
「今日どうしたんだよ」
「一時的な記憶障害」
冗談に聞こえるが、割と本気だ。
俺の知ってる高校生活と、確実にズレている。
◆
授業は順調に進み、昼休み。
知識をなぞる感覚は悪くなかった。
前の人生で何も考えずに生きていた時間より、何倍もマシだ。
ただ一つ、気になることがある。
(……夏樹、ノート書きすぎじゃね?)
異様な集中力で、何かを書き続けていた。
◆
そして、重大なミスに気づく。
「……弁当、忘れた」
オカンの弁当を机に置きっぱなしだ。
「翔くん、私の食べる?」
「いや、いいよ」
「ほら、あーん」
……待て。
「……あーん」
美味い。
めちゃくちゃ美味い。
「手作り?」
「そだよ」
「天才じゃん」
「えへへ」
……これ以上はダメだ。
「柊と響は?」
「どっかで食べてると思う」
一瞬、夏樹の目が冷えた。
「……私といるの、嫌?」
「違う違う」
「そっか」
空気が重い。
◆
トイレで一人、頭を整理する。
俺と夏樹は、
“元から仲が良かった”ことになっている。
響という新しい友人。
担任の変更。
(……まだ、何かあるな)
でも、今は考えすぎない。
二度目の人生は、まだ始まったばかりだ。
◆
考えをまとめ終えた俺は、トイレから出て廊下を歩き、教室へ戻ろうとした。
「あ、翔じゃん」
不意に、女の子の声がした。
声のした方を見ると、三組の教室の前からこちらへ歩いてくる女子生徒が一人。 長い髪を揺らしながら、当たり前みたいな顔で立ち止まる。
……誰だ。
心の中でそう叫んだ瞬間、嫌な予感がした。
「……ごめん、誰だっけ?」
できるだけ軽く、冗談っぽく言った。 これで怒られたら今日はもう終わりだ。
「なにそれ。私は
少しだけ眉をひそめて、でも笑いながら名乗る。
──ああ、思い出した。
前の人生でも、確かにいた。 幼なじみで、よく一緒に帰って、よく喧嘩して、よく笑ってた。
……でも。
(なんか、違う)
その違和感を言語化する前に、結衣の空気が変わった。
「翔さ」
声が、少し低くなる。
「なんで、夏樹とばっかり一緒にいるの?」
一歩、距離を詰められる。
「私とは? 一緒に食べてくれないの?」
問いかけなのに、答えは最初から決まっているような目だった。
「嫌いなの?」
──来た。
背中に冷たいものが走る。
「いや、今日は弁当忘れててさ……」
「じゃあ私の食べればよかったじゃない」
被せるように言われる。
「そんなに、夏樹の方がいいの?」
……言葉の選択肢、全部地雷だ。
「翔」
じっと、目を覗き込まれる。
「明日は一緒に食べるよね?」
疑問形なのに、断れる気がしなかった。
「……うん」
それだけで、結衣は満足そうに微笑った。
「じゃあいいや。今日は許してあげる」
そう言い残して、何事もなかったかのように去っていく。
俺は、しばらくその場から動けなかった。
(……人って、あんな目できるんだな)
蛇に睨まれたカエル、ってこういう感じか。
◆
教室に戻ると、案の定、夏樹に捕まった。
「遅かったね?」
距離が近い。 笑顔だけど、圧がある。
適当に誤魔化し、なだめ、ようやく席に着いたころには、精神的にヘトヘトだった。
──薄々、分かってきた。
この世界の人間関係、俺の知ってるそれと違う。
◆
放課後。
約束通り、夏樹と吹奏楽部の見学に向かう。
「今日一日、これ楽しみにしてたんだよ?」
重い。 いや、嬉しいけど、重い。
吹奏楽部は別棟。 体験入部歓迎の張り紙。
夏樹はトランペット、俺はパーカッション。
夏樹は経験者らしく、音が綺麗だった。 素人目でも分かるくらい。
一方、俺は鍵盤系が壊滅的。 「カエルの歌」のはずが、よく分からない儀式音楽になった。
泣きたい。
◆
下校時間。
「楽しかったね」
「夏樹、上手すぎだろ」
ドヤ顔される。
可愛い。 ……可愛いけど。
校門を出たところで、夏樹が言った。
「ねぇ、翔君。今日、うち寄ってかない?」
脳が一瞬、停止した。
断る理由が、浮かばない。
「……いいよ」
自分で言ってから、後悔した。
◆
夏樹の家は、俺の家から徒歩四分程の激近物件だった。
女の子の部屋に入るなんて久しぶりすぎてドキドキするなぁ。
そんなことを考えながら菜月の部屋に入った瞬間、押し倒された。
「──っ!?」
「えへへ……翔君、大好き」
距離ゼロ。 笑ってるのに、目が笑ってない。
力が、強い。
「夏樹、落ち着け……」
必死に離す。
一瞬、我に返ったように目を瞬かせて、
「……ごめん」
俯いた。
「抑えられなかった」
それだけで、全部察した。
(……これは、普通じゃない)
◆
その日は軽い会話をして早めに帰った。
頭を撫でると、少しだけ安心した顔をしたのが、逆に怖かった。
布団に倒れ込み、今日を振り返る。
記憶と違う人間関係。 距離の近さ。 視線の重さ。
未来を変えられると思っていた。
でも── 変えようと動けば動くほど、何かが絡みついてくる。
「……流石に簡単じゃないな」
呟いて、目を閉じた。