死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった   作:かわうそ☆ゆう

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22.花火の余熱

陽華祭が終わって、最初の登校日。

 

玄関を出る時間も、駅までの道も、

全部いつも通りなのに——

どこかだけ、微妙に噛み合っていない感じがした。

 

「……眠いですね」

 

隣を歩く菜々が、少し小さな声で言う。

 

「そりゃ三日分動いた反動だろ」

 

「ですね。身体が一日遅れて抗議してます」

 

笑いながら言うけど、

俺の方を見る時間が、ほんの一瞬だけ短い。

 

それが気になって、でも聞けなくて。

校門前で、菜々は一歩先に出た。

 

「先行きますね」

 

「おう」

 

それだけの会話。

なのに、胸の奥に小さな違和感が残った。

 

 

教室は、すっかり「日常」に戻っていた。

 

「翔〜!まだチャイナ着る夢見てるわ!」

 

「お前だけだろ」

 

「俺、夢の中でも会計してた」

 

「それは可哀想すぎる」

 

柊と響のバカ騒ぎ。

この空気に、少しだけ安心する。

 

俺が席に座ると、すぐ横の席に結衣が来た。

 

「おはよ、翔」

 

「ああ、おはよ」

 

それだけの会話。

なのに、やけに距離が近い。

昨日までと何が変わったわけでもないのに、無意識に肩が触れそうな距離に立っていることに気づいて、俺は少しだけ居心地の悪さを覚えた。

 

……いや、悪くはない。

 

ただ、慣れてないだけだ。

少し遅れて、菜々が教室に入ってくる。

 

「おはようございます」

 

いつもと変わらない笑顔。

いつもと変わらない声。

 

でも――

 

俺は気づいてしまった。

結衣と俺を一瞬見てから、ほんの一拍だけ視線を逸らしたことに。

 

「おはよ、菜々」

 

声をかけると、すぐにこちらを見て微笑んだ。

 

「おはようございます、翔さん」

 

完璧な笑顔だった。

だからこそ、胸の奥に小さな引っかかりが残った。

 

 

放課後。

 

久々の陸上部再開。

文化祭準備で数日止まっていたグラウンドは、いつもの土の匂いを取り戻していた。

 

「よし、集まれー!」

 

三年の部長、氏原海斗が手を叩く。

 

「文化祭お疲れ。今日は軽めな。身体戻すの優先な」

 

「了解です」

 

副部長の桜陽菜が淡々と頷く。

 

準備運動が始まり、自然といつもの配置に落ち着く。

翔、結衣、菜々は同じレーン。

少し後ろで木村小和が跳ねながら準備していて、

その横で山岸剛がやたら声を張り上げている。

 

「いやー!久々の部活って感じするな!!」

 

「うるさい、山岸」

 

「それ褒めてる?」

 

部の空気は相変わらずだ。

けど――

 

(やっぱ、ちょっと違うな)

 

結衣は、走る前に俺の方を一度見た。

 

「翔、今日は無理すんなよ」

 

「そっちこそな」

 

短い会話。

それだけなのに、やけに自然で、やけに近い。

スタートの合図。

俺たちは同時に走り出した。

 

足音、呼吸、風を切る感覚。

身体が思い出す。

 

(ああ、これだ)

 

文化祭の喧騒とは違う、

“自分の場所”に戻ってきた感じ。

走り終えて、息を整えていると、菜々がボトルを差し出してきた。

 

「翔さん、どうぞ」

 

「ありがとな」

 

指が一瞬触れる。

菜々は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 

「……楽しかったですね、文化祭」

 

「ああ」

 

「翔さん、ずっと忙しそうでしたけど……楽しめました?」

 

その問いかけに、少しだけ言葉に詰まる。

 

「……楽しかったよ。正直、めちゃくちゃ」

 

それは嘘じゃない。

菜々は、少しだけ安心したように微笑んだ。

 

「なら、良かったです」

 

でもその笑顔は、どこか“頑張っている”ようにも見えた。

 

その様子を、少し離れた場所から夏樹が見ていた。

 

「翔くーん、ちょっと来て」

 

マネージャーの仕事をしながら、夏樹が軽く手を振る。

 

「はいはい」

 

近づくと、タイム計測の紙を見せてくる。

 

「ほら、文化祭前よりタイム落ちてない。意外とちゃんとしてる」

 

「意外は余計だろ」

 

「いや、正直もう少し燃え尽きてるかと思ってた」

 

そう言って、ちらりと結衣と菜々を見る。

 

「……でもまぁ、色々あった割には、ね」

 

「何が言いたいんだよ」

 

「別に?」

 

にやっと笑って、ストップウォッチを止める。

 

「たださ」

 

声を少し落として続ける。

 

「人の気持ちって、走り終わった後に一気に来ることあるじゃん」

 

「……は?」

 

「ゴールした瞬間に、どっと疲れたりさ」

 

意味深すぎる。

 

「翔は今、どのへん?」

 

「さあな」

 

俺が肩をすくめると、夏樹は楽しそうに笑った。

 

「じゃあ、まだスタートラインかもね」

 

その言葉の意味を考える前に、

氏原の声がグラウンドに響いた。

 

「クールダウン入るぞー!」

 

 

部活が終わり、夕焼けの中で片付けをしていると、

菜々が一人、少し離れたところでストレッチをしていた。

 

「菜々」

 

声をかけると、少し驚いたようにこちらを見る。

 

「はい?」

 

「無理してないか?」

 

唐突な問いだったかもしれない。

菜々は一瞬きょとんとしてから、ゆっくり微笑んだ。

 

「……大丈夫です。ちゃんと、楽しいですから」

 

その言葉に、俺はそれ以上踏み込めなかった。

 

(……俺、何か見落としてるか?)

 

でも答えは出ない。

結衣が呼ぶ声がして、

夏樹が軽く手を振り、

部活終わりの響と柊がくだらない話で盛り上がる。

 

いつもの放課後。

なのに、胸の奥に小さな違和感だけが残る。

 

 

家に着くまで、菜々と並ぶ。

 

「……翔さん」

 

「ん?」

 

「部活、お疲れ様でした」

 

「菜々もな」

 

沈黙。

少しだけ、間を置いて。

 

「陽華祭、楽しかったですね」

 

「ああ」

 

「……私も、楽しかったです」

 

それだけ言って、

菜々はそれ以上何も言わなかった。

玄関の前で、ほんの一瞬だけ立ち止まる。

 

「お先にどうぞ」

 

「いや、一緒に——」

 

言いかけて、止めた。

 

「……ああ」

 

ドアが閉まる音が、

やけに大きく聞こえた。

 

 

夜。

 

ベッドに横になって、天井を見る。

陽華祭は終わった。

でも、終わりきっていない。

 

結衣との距離は近づいた。

菜々の距離は、少しだけ遠くなった。

夏樹は、笑いながら一歩引いた。

全員が、何かを抱えたまま日常に戻っている。

 

(……これ、どうなるんだ)

 

答えは出ない。

でも一つだけ分かる。

 

陽華祭の花火は消えたけど、

余熱は、まだ全然冷めていない。

 

それはきっと——

 

次の一歩を、否応なく動かす熱だ。

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