死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった   作:かわうそ☆ゆう

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25.地区大会 終幕

翔の走りが終わっても、競技場の空気はまだ落ち着かなかった。

 

歓声と拍手、どよめきが混じり合い、トラックの上に余韻として漂っている。

 

その中で、次のアナウンスが流れる。

 

「続いて、女子200メートル予選——」

 

その声に、結衣が小さく息を吐いた。

 

「……次は、私たちの番だね」

 

隣でシューズの紐を締め直していた菜々が、静かに頷く。

 

「はい。行きましょう」

 

二人とも、特別な言葉は交わさなかった。

でも、翔の走りを見た直後だからこそ、胸の奥で何かが燃えているのが分かった。

 

 

スタート地点。

 

結衣は、いつもより深く呼吸をしていた。

肩の力を抜き、前だけを見る。

 

(……負けたくない、じゃない)

 

勝ちたい。

走りたい。

今は、それだけだった。

 

一方の菜々は、静かだった。

緊張はある。でも、それを隠すように背筋を伸ばしている。

 

(逃げない)

 

そう決めた目をしていた。

 

「On your marks」

 

二人が腰を落とす。

 

「Set」

 

空気が張り詰める。

 

——パンッ!

 

音と同時に、二人は飛び出した。

 

結衣は鋭かった。

スタートで前に出る。

カーブで身体を倒し込み、リズムを崩さない。

 

(このまま——)

 

だが、直線に入った瞬間、横から別の選手が伸びてくる。

 

脚が止まるわけじゃない。

でも、あと一歩が届かない。

 

ゴール。

 

結衣は歯を食いしばった。

 

一方、菜々。

フォームは崩れていない。

無駄のない走り。

 

でも——

 

勝負の一歩が、足りなかった。

 

結果は、二人とも予選敗退。

タイムは悪くない。

 

だからこそ、悔しかった。

 

結衣はトラックを睨みつける。

泣かない。

でも、唇が強く結ばれていた。

 

菜々は一瞬俯いたあと、ゆっくり顔を上げる。

 

「……お疲れ様」

 

結衣がそう言うと、菜々は小さく笑った。

 

「はい。結衣さんも」

 

翔は、その様子を少し離れた場所から見ていた。

 

二人とも、逃げなかった。

それが、胸に残った。

 

続いてアナウンスが流れる。

 

「次は、男女混合4×100メートルリレー——」

 

その言葉に、陸上部の空気が一段引き締まった。

個人種目とは違う。

“部”として走る種目だ。

 

「順番、もう一回確認するぞ」

 

氏原が声を出す。

 

「俺、小和、山岸、陽菜。この順だ」

 

「はい!」

 

小和は少し緊張した面持ちで、でもしっかりと返事をした。

 

今回、小和は個人種目の補欠。

だからこそ、このリレーにかける想いは強い。

 

(ここで、置いていかれたくない)

 

スタート位置に立つ氏原は、いつも通り落ち着いていた。

部長としての背中。

 

「行くぞ」

 

短く言って、前を見る。

 

——パンッ!

 

スタート。

 

氏原の走りは安定していた。

爆発的ではないが、無駄がない。

確実に、次へ繋ぐ走り。

 

バトンが小和に渡る。

 

「……っ!」

 

小和は一瞬、息を呑んだ。

でも、足は止まらない。

 

(走れる!)

 

自分でも驚くくらい、脚が前に出た。

練習の積み重ねが、身体を動かす。

観客席から声が飛ぶ。

 

「行けー!」 「ナイス!」

 

バトンを山岸へ。

 

「っしゃ来た!!」

 

山岸は勢いの塊だった。

多少荒い。

でも、その分、気迫で前に出る。

 

「うおおおおお!!」

 

叫びながら走る姿に、思わず笑いが起こる。

 

最後のバトンが、陽菜に渡る。

 

アンカー、桜陽菜。

表情は変わらない。

呼吸も乱れていない。

前との差は、わずか。

 

だが——

 

詰めきれない。

 

ゴール。

 

結果は、2位。

 

一瞬、静寂。

 

「……っくそ」

 

山岸が膝に手をついた。

 

「でも、悪くなかった」

 

氏原がそう言って、軽く息を吐く。

小和は胸に手を当てていた。

 

(届かなかった……でも)

 

走れた。

確かに、ここにいた。

 

陽菜は振り返って言う。

 

「次は、もっと詰める」

 

淡々とした一言。

それが、次への合図だった。

 

結果は2位だったが部としての走りは、確かに前に進んでいた。

 

 

そして。

 

競技場の空気が、再び集まり始める。

 

「男子100メートル、決勝——」

 

翔の名前が呼ばれる。

 

(……来た)

 

女子は敗退。

リレーも優勝は逃した。

だからこそ、集まる視線。

期待も、緊張も、全部。

 

結衣は黙って見ている。

菜々は、手を握りしめている。

夏樹は、表情を崩さず、ただ真っ直ぐに。

 

翔は、スタートラインに立った。

 

(誰かのためじゃない)

 

でも——

 

この想いを、無かったことにはしない。

 

「On your marks」

 

腰を落とす。

 

「Set」

 

世界が静止する。

 

——パンッ!

 

身体が弾けた。

 

(勝つ!)

 

一歩目。

地面を蹴る感触が、はっきり伝わる。

 

二歩、三歩。

加速。

 

(前に出てる)

 

中盤。

隣の気配が薄れる。

 

(……完全に)

 

脚が回る。

フォームは崩れない。

 

(止まるな)

 

後半。

肺が焼ける。

でも、止めない。

 

(全部だ!)

 

ゴール。

 

最後の一歩で、身体を前に投げ出す。

 

そして——

 

「っしゃあああああああ!!!!」

 

抑えない。

隠さない。

全部、吐き出す。

歓声が、遅れて押し寄せる。

 

スコアボード。

1位

10.59

 

山岸が絶叫する。

 

「翔ぅうううう!!!!!」

 

小和が跳ねる。

 

「すごい!すごいです!!」

 

氏原が笑った。

 

「やりやがったな」

 

陽菜が、珍しく小さく息を吐く。

 

「……流石」

 

翔は、膝に手をつき、荒い息を整えながら、視線を上げる。

 

結衣は、目を見開いたまま動けなかった。

 

(……ほんと、ズルい)

 

どんどん、好きになっていく。

 

菜々は、胸を押さえる。

 

(翔さん……)

 

強い。

怖いくらい。

 

夏樹は、苦笑する。

 

「……惚れ直すに決まってるでしょ」

 

翔は、ただ、立っていた。

勝った実感と、走り切った実感。

全部が、胸に広がる。

 

(……俺、進んだな)

 

走り切ったあと、胸に残ったのは高揚じゃない。

「やれる」という、静かな確信だった。

 

俺はもう、振り返らない。

 

次に進む理由は——

 

ちゃんと、ここにある。

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