死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった 作:かわうそ☆ゆう
地区大会が終わった、その翌日。
まだ身体の奥に、昨日の余熱が残っている朝だった。
目覚ましが鳴るよりも早く、
玄関のインターホンが、やけに元気よく鳴り響いた。
「翔ー!起きてるー!!」
喧しい声。
聞き覚えしかない。
反射的に布団を被る。
(……無視しよ)
そんな淡い希望は、秒で打ち砕かれた。
「無駄だぞー!もう優勝者の家ってバレてるからなー!」
追撃が早い。
しかも声がデカい。
「静かにしろ!近所迷惑だ!」
布団の中から叫ぶが、当然届かない。
ドアの向こうで、複数の笑い声が重なった。
完全に包囲されている。
観念して起き上がり、パーカーを羽織って玄関へ向かう。
ドアノブに手をかけた瞬間、嫌な予感しかしなかった。
意を決し扉を開ける。
「おはよー優勝者!!」
視界いっぱいに、結衣の笑顔。
両手を広げて、やたら距離が近い。
「朝からテンション高すぎだろ」
眠気混じりに言うと、即座に返ってくる。
「そりゃ高くなるでしょ。地区大会優勝だよ?」
その横で、響が腕を組んでうんうんと頷いていた。
「俺、昨日から三回その話してる」
「少なっ」
即ツッコミ。
柊は少し離れた位置でスマホを操作している。
「SNSも割と回ってるな。陸上部界隈で」
「まーたSNSだよ」
どこからどこまで情報が回ってるんだ。
そんなやり取りをしていると、背後から足音がした。
「おはようございます」
控えめな声。
振り向くと、菜々がそっと顔を出していた。
その瞬間、空気が一拍止まる。
「……」
全員の視線が集まる。
「菜々も優勝者の関係者だからな」
響が、何かを納得したように言う。
「関係者って何だ」
「同居人だろ?」
「言い方!!」
即座に結衣のツッコミが飛んだ。
そのやり取りを横目に、少し遅れて夏樹が現れる。
「はいはい、朝からうるさい。翔、遅刻するよ」
強引すぎる一言。
結局、流れに逆らえず、
翔・菜々・結衣・夏樹・響・柊の六人で登校することになった。
◆
通学路は、朝から騒がしかった。
「なぁ翔」
響が肩を叩いてくる。
「決勝の時、最後叫んでたよな」
「あれは……思わず感情全部出た」
「いや、あれは叫ぶわ」
柊が思い出したように口を挟む。
「競技場全体が一瞬そっち見たぞ」
「マジで?」
「マジで」
結衣が横から言う。
「しかもタイム表示出る前に」
「感情先行型だな」
「うるさい」
軽口を叩き合いながら歩く。
少し後ろを、菜々が歩いていた。
皆の会話を聞きながら、柔らかく微笑んでいる。
けれど、その表情はどこか控えめだった。
完全に輪に入っているのに、半歩だけ距離がある。
それに気づいたのは、夏樹だった。
「菜々」
名前を呼ばれ、菜々が顔を上げる。
「ちゃんと寝れた?」
「はい。少し興奮してましたけど」
「でしょーね」
夏樹は軽く笑う。
「大会の翌日って、ちゃんと疲れ来るからね」
「……そうですね」
短い会話。
でも、夏樹は見逃さなかった。
菜々が、大会の話題になるたび、
ほんの少しだけ視線を逸らすことを。
◆
教室に入った瞬間、空気が変わった。
「おー!来た!」
「優勝者だ!」
「写真見たぞ!」
あちこちから声が飛ぶ。
席に着く前に囲まれる。
「マジで速かったな!」
「100mであのタイムはえぐい」
「次、県大会狙えるだろ」
「いやいやいや」
両手を振って否定する。
結衣が横から口を出す。
「次はチャイナ服で走れば?」
「文化祭引きずるな!」
「スタート前に『謝謝』言え」
笑いが起きる。
――悪くない。
こういう日常の雑音が、妙に落ち着く。
やがて戸が開く音と共に先生が入ってきて、
ようやく教室は静けさを取り戻した。
朝のホームルーム。
担任が咳払いをする。
「えー、連絡事項の前に一つ」
教室がざわつく。
「先日の地区大会で、本校から優勝者が出ました」
拍手が起きる。
「木下」
名前を呼ばれ、立ち上がる。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
座ると、後ろから小声が聞こえた。
「ヒーローじゃん」
「チャイナヒーローな」
……よし、誰かは知らんがあとでしばく。
◆
昼。
いつもの六人で、空き教室に机をくっつけて昼食。
「で、次の休みどうする?」
響が唐突に切り出した。
「カラオケ行きたい」
結衣が即答。
「映画も捨てがたい」
柊がスマホを見せる。
「ゲーセンもいいよね」
夏樹が頷く。
「全部行けば?」
「時間足りねぇよ」
そんな中、菜々が少し控えめに言う。
「……みんなで行けるところがいいです」
その一言で、空気が柔らぐ。
「じゃあカラオケ、ゲーセン、ご飯で」
「フルコースだな」
自然に決まる、この感じ。
これが、俺たちの日常だ。
◆
放課後。
翔、菜々、結衣、夏樹は部活へ。
大会の話をしながらアップをして、
いつもの練習メニューに戻る。
「でもさ」
結衣が走り終えた後に言う。
「翔、決勝のフォーム安定しすぎ」
「自分でも分からん」
「ズルい」
少し遅れて、菜々が給水に来た。
「お疲れ様です」
「菜々もな」
短い会話。
それだけ。
でも、どこか間が空いた。
大会の結果が、満足いかなかったのだろう。
菜々は完璧主義だ。
しばらくは、あの距離感が続きそうだった。
◆
部活終わり。
グラウンドを出ると、
部活終わりの響と、暇潰し終わりの柊が合流した。
「今日の部活どうだった?」
「別に、いつも通りだったよ」
そんな会話をしていると。
「翔」
落ち着いた声がした。
振り向くと、そこにいたのは陽菜だった。
副部長。
いつも冷静で、距離感のある人。
「少し、時間ある?」
一瞬、全員が固まる。
「……え?」
結衣の声が裏返る。
「話、したい」
淡々とした口調。
「ファミレス行こ」
沈黙。
菜々、結衣、夏樹、響、柊。
全員、声が出ない。
「決まりね」
そう言いながら、
陽菜はすでに翔の腕を掴んでいた。
「行くよ。副部長様からの優勝祝い」
「ちょ、ちょっと待って!副部長!」
抵抗虚しく、引きずられる。
「……え?」
菜々はその場に固まる。
結衣が呆然と呟いた。
「今、何が起きた?」
夏樹が深呼吸する。
「……来たね」
響が目を輝かせる。
「これはアレだな」
柊が即答。
「翔のデート見守り隊、再結成」
菜々が小さく息を吸った。
「……私も、行きます」
全員が頷いた。
夕暮れの帰り道。
知らないところで、また一つ火種が落ちた。
日常は戻った。
でも、平穏とは限らない。
——また、あの作戦が始まる。