死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった 作:かわうそ☆ゆう
陽菜に腕を掴まれたまま、俺は夕暮れの道を引きずられていた。
抵抗はした。声も上げた。
でも相手が悪い。
副部長――桜 陽菜。
いつも淡々としていて、無駄がなくて、距離感が正確な人。
そんな人が、今日に限っては距離感をぶん投げていた。
「……副部長、あの、すみません」
歩きながら俺は言う。
「今の流れ、俺だけ連行っていうか……その……」
「連行じゃない」
即答。
「優勝祝い。私がしたいだけ」
「俺の意思は……」
「あるでしょ。ちゃんと歩いてる」
理屈が強い。
ぐうの音も出ないやつだ。
気づけばファミレスの看板が見えてきた。
俺の頭の中では、さっきの場面が何度も再生されていた。
部活終わり。
陽菜が俺を呼んで。
ファミレス行こ、って言って。
菜々、結衣、夏樹、響、柊が固まって。
そして――
(あいつら、絶対何かする)
その予感は、外れない。そんな確信があった。
◆
店に入ると、冷房の風が肌を撫でた。
夕飯どきには早い時間帯なのに、思ったより客は多い。
部活帰りっぽい制服の集団もいる。
案内された席は、窓際の二人席。
「……あの」
椅子に座る前に俺は改めて言った。
「本当に、いいんですか。俺なんかに優勝祝いって」
「いいよ」
メニューを開きながら陽菜が言う。
「優勝はすごい。部としても嬉しい」
「ありがとうございます……」
敬語が抜けない。
俺の中で、陽菜は“部活の上の人”で、簡単に崩せない壁がある。
陽菜は俺をちらっと見た。
「固いね」
「すみません」
「謝るのも固い」
「……すみません」
「謝るな」
(詰んだ)
妙に会話がかみ合わない。
でも、それが不快かと言われると違う。
陽菜は無表情に見えるけど、目はちゃんと俺を見ていた。
距離を取りたい俺と、距離を詰めたい陽菜。
その綱引きの真ん中に、メニューがある。
「何食べる?」
「えっと……」
俺がメニューを見ていると、陽菜がさらっと言った。
「今日は奢る」
「え、いや、それは……」
「優勝祝い」
「……ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「……奢られるの、慣れてなくて」
「慣れたらいい」
(強い)
反論を封じる圧がある。
淡々としているのに、強制力が高い。
俺が迷っている間に、陽菜は店員を呼んだ。
「ドリンクバー二つ」
「えっ」
「優勝祝い。乾杯しよ」
「いや、ドリンクバーで乾杯って……」
「いいでしょ」
(副部長、意外と可愛いとこあるな)
そんなことを考えた瞬間。
ガラス越しに――見覚えのある影が動いた。
(……いる)
俺は窓の外を見ないようにして、目線だけを泳がせた。
店内の奥、観葉植物の陰。仕切りの向こう。
そこに、なぜか“妙に不自然な五人”が見えた気がした。
いや、見えた。
(やっぱりか……)
◆
五人は、少し遅れて同じ店に入っていた。
結衣が先頭。
顔が笑ってない。
夏樹は平静を装っているけど、目が鋭い。
菜々は静かで、表情が読みづらい。
響はワクワクしてる。
柊は眠そうで、でも興味はある顔をしている。
「……どこ座る?」
結衣が小声で言う。
視線だけで店内をスキャンしている。狙いが怖い。
夏樹が即答した。
「二つ離れた席。仕切り越しで声が拾えるとこ」
「そんな席あるの?」
柊が素直に聞く。
「ある。今ある」
結衣が指先でそこを示した。
「ここなら“見えない”のに“聞こえる”」
「怖っ……」
柊が引いた。
「スパイ映画みたいだな」
響が目を輝かせる。
「映画じゃない。尾行の続き」
夏樹が淡々と言う。
菜々は一言も言わずに頷き、席に座った。
逃げない。
ただ、呼吸が少し浅い。
観葉植物と仕切りで視線は切れる。
けれど――声は、注意すれば届く距離。
「……聞こえる?」
小声で響が言う。
「全部は無理。でも断片なら」
夏樹がドリンクバーのグラスを手にして答える。
「副部長ってどんな人?」
柊が素直に聞いた。
「知らないの?」
結衣が低い声で返す。
「いや、ほぼ喋ったことない。クールで近寄りがたい人、くらい」
「私も深くは知らない」
夏樹も言う。
「でも、今の感じは……“近寄りがたい”で済まないかも」
菜々は、黙って席に座っていた。
逃げない。
ただ、呼吸が少し浅い。
◆
俺は席を立ってドリンクバーに向かった。
陽菜が先に行っていて、氷を入れたグラスを二つ持って戻ってくる。
「はい」
渡されたグラスには、透明な炭酸が入っていた。
多分ジンジャーエール。
「ありがとうございます……」
「乾杯」
陽菜がグラスを軽く持ち上げる。
「……乾杯」
カツン、と小さな音。
その瞬間、少し離れた席で――
「今、乾杯って言った?」
響の声が聞こえた気がした。
「静かに」
結衣が即座に叱る声。
(聞こえてるじゃん……)
最悪だ。
「……副部長、あの」
「陽菜でいい」
「……いえ、すみません。癖で」
「癖なら直せる」
「すみません」
「謝らない」
(会話のループ)
陽菜は一口飲んで、少しだけ目を細めた。
美味いとか不味いとかの顔じゃない。
考えてる顔。
「大会、見てたよ」
「え?」
「決勝。ちゃんと」
俺は思わず姿勢が正しくなる。
「……ありがとうございます」
「叫んでた」
「……はい。すみません」
「すごく良かった」
短く、でもはっきり言った。
「走り終わった後の顔、嘘がなかった」
(嘘がない、か)
胸の奥が少しだけ熱くなる。
部活の上の人に褒められるのって、単純に嬉しい。
「……ありがとうございます」
「その顔、今もできる?」
「え」
「文化祭終わってから、少し変わった」
陽菜の視線が、俺を正面から捉える。
「笑ってるのに、どこか固い」
(……見られてたのか)
俺は言葉に詰まった。
「……すみません。自分でもよく分からなくて」
「分からないなら、分かるまで付き合う」
淡々と言われて、背筋がぞくっとした。
(……危ない言い回し)
◆
仕切り越しの五人は、必死だった。
「今の、何?」
結衣が小さく呟く。
「付き合うって……付き合う?」
響が目を輝かせる。
「付き合うの“付き合う”!?」
「バカ、声」
柊が慌てて制する。
「でもさ」
夏樹が静かに言った。
「副部長って、あんな人の事褒めたりする人だったっけ」
「知らねぇよ」
柊が困惑しながら返す。
「俺、怖い」
響は怖いって言いながら楽しそうだった。
菜々は、何も言わない。
ただ、テーブルの端を指先でそっと押していた。
押して、離して、また押して。
自分の心を落ち着かせる癖みたいに。
◆
「……副部長」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「今日は、ありがとうございます。奢ってもらって」
「いい」
「ただ……」
「ただ?」
「……俺、正直、こういうの慣れてなくて」
「慣れたらいい」
「それ、さっきも言いました」
「同じ答えしか出ない」
陽菜が少しだけ口元を緩めた。
笑った――と言うほどじゃないけど、確実に柔らかくなった。
「翔は、面白い」
「……俺ですか」
「真面目なところが」
「それは、褒めてます?」
「褒めてる」
即答。
「誰かのために走るとか言いながら、誰かを置いていかない走り方する」
「……それ、どういう」
「私、そういうの好き」
言葉が、胸に落ちた。
(好き……?)
まだ確定じゃない。
でも、その匂いがした瞬間、胃がきゅっとなる。
「……副部長」
「陽菜」
「……陽菜先輩」
呼び方を変えるのが、精一杯だった。
陽菜は小さく頷く。
「言いやすいならそれでいい」
俺は息を吸う。
「俺、今……」
「うん」
「……ちょっと、複雑で」
陽菜は急かさない。
ただ聞いている。
「俺の周り、色々あって」
「知ってる」
「え」
「全部は知らない。でも、見てたら分かる」
陽菜の視線がぶれない。
そして、陽菜は――珍しく一拍、黙った。
グラスの氷を、指先で小さく揺らす。
カラ、と音が鳴る。
その一瞬だけ、迷いが混ざった気がした。
次の瞬間。
「だから言う」
陽菜は真っ直ぐに言った。
「私、翔が好き」
(……来た)
心臓が一瞬止まった。
背中に冷たい汗が出る。
言葉が、喉に引っかかる。
陽菜は続けた。
「異性として」
(……終わった)
いや、終わってない。
終わってないのに、終わった気がする。
「……」
俺は、何も言えなかった。
◆
仕切りの向こう。
「……今、聞こえた?」
結衣の声が震えていた。
「好きって……言った」
響が目を見開く。
「異性として、も言った」
夏樹は笑ってない。
「あ〜…終わった」
柊は青ざめていた。
「副部長さん、とんでもない爆弾だな」
菜々は、息を吸ったまま止まっていた。
指先が、テーブルの端を掴んでいる。
爪が白くなるほど。
◆
「……陽菜先輩」
ようやく俺は声を出した。
「ありがとうございます。そう言っていただけるのは……」
言葉が硬い。
でも、ふざけられない。
「ただ……俺、今すぐ返事は……」
「うん」
陽菜は、それを当たり前みたいに受け止めた。
「今すぐじゃなくていい」
「……すみません」
「謝らないで」
「……はい」
俺は視線を落として言った。
「軽く答えたくないです」
「それがいい」
陽菜は、炭酸を一口飲んでから言った。
「私は、ちゃんと欲しい」
「……ちゃんと?」
「翔の本音」
胸が苦しくなる。
正しいことを言われているのに、逃げ道が消えていく感じ。
「今の翔は、まだ整理できてない」
「……はい」
「だから待つ」
陽菜は淡々と言う。
「でも、引かない」
「……」
「優勝した翔、かっこよかった」
その言葉が、妙に刺さった。
「私は、あれを見た」
「……」
「だから、好きになった」
直球すぎて、息が詰まる。
「……陽菜先輩」
俺は、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「でも……」
「私は言いたかっただけ」
陽菜は机の上の伝票を軽く指で押した。
「今日はここまで。話せて良かった」
終わり方まで淡々としている。
でも、内容が内容すぎて、俺の頭は全然追いついていない。
(これ、どうなるんだ……)
◆
会計を済ませて、店を出る。
外の空気は少し冷えていた。
陽菜は歩き出しながら言う。
「送らなくていい」
「……いえ。せめて、駅まで」
「じゃあ駅まで」
それだけ。
俺は横を歩きながら、背中に視線を感じた。
店の方から。
絶対あいつらだ。
(……帰ったら地獄だな)
駅前で陽菜が立ち止まる。
「また、部活で」
「……はい」
「今日の返事は、急がない」
「……ありがとうございます」
陽菜は小さく頷いて、踵を返した。
去り際、振り返りもせずに言う。
「翔」
「はい」
「逃げないで」
「……逃げません」
自分でも驚くほど、はっきり言えた。
陽菜はそれだけで満足したみたいに、ふふと笑うと歩いていった。
◆
その瞬間、背後から足音の大群。
「……翔」
結衣の声。
低い。
「翔くん」
夏樹の声。
笑ってない。
「翔さん」
菜々の声。
静かすぎて怖い。
「翔ー!」
響の声。
なぜか楽しそう。
「おーい翔ー」
柊の声。
諦め混じり。
俺はゆっくり振り返った。
五人が、並んでいた。
顔が全員、違う意味で怖い。
「……えっと」
まずい。
言い訳が浮かばない。
結衣が一歩近づく。
「聞こえた」
短く言った。
「……はい」
夏樹も一歩。
「全部じゃないけど、致命的なところは」
「……はい」
菜々は、俺の目を見たまま言う。
「異性として、って」
(やめてください)
声に出したら死ぬ。
響が口を挟む。
「三角関係が四角になったな」
「お前黙れ」
柊が即座に押さえる。
俺は覚悟を決めて言った。
「……その、誤解は……」
結衣が即答。
「誤解できる要素ある?」
「ないです」
菜々が静かに追撃。
夏樹が息を吐いた。
「……ねえ翔くん」
「はい」
「私副部長に取られるのだけは無理」
「私も無理」
結衣が言い切った。
菜々が小さく頷く。
「……私も」
夕焼けの下。
俺の周りの“日常”は戻ったはずだった。
でも――
戻ったのは、平穏じゃない。
火が消えないまま、場所だけ変えて燃え続ける。
そんな感覚がした。
そして俺は悟った。
この先、もっと面倒になる。
――たぶん、もう逃げ場はない。