死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった   作:かわうそ☆ゆう

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27.告白

陽菜に腕を掴まれたまま、俺は夕暮れの道を引きずられていた。

抵抗はした。声も上げた。

でも相手が悪い。

 

副部長――桜 陽菜。

 

いつも淡々としていて、無駄がなくて、距離感が正確な人。

そんな人が、今日に限っては距離感をぶん投げていた。

 

「……副部長、あの、すみません」

 

歩きながら俺は言う。

 

「今の流れ、俺だけ連行っていうか……その……」

 

「連行じゃない」

 

即答。

 

「優勝祝い。私がしたいだけ」

 

「俺の意思は……」

 

「あるでしょ。ちゃんと歩いてる」

 

理屈が強い。

ぐうの音も出ないやつだ。

 

気づけばファミレスの看板が見えてきた。

俺の頭の中では、さっきの場面が何度も再生されていた。

 

部活終わり。

陽菜が俺を呼んで。

ファミレス行こ、って言って。

菜々、結衣、夏樹、響、柊が固まって。

 

そして――

 

(あいつら、絶対何かする)

 

その予感は、外れない。そんな確信があった。

 

 

店に入ると、冷房の風が肌を撫でた。

夕飯どきには早い時間帯なのに、思ったより客は多い。

部活帰りっぽい制服の集団もいる。

 

案内された席は、窓際の二人席。

 

「……あの」

 

椅子に座る前に俺は改めて言った。

 

「本当に、いいんですか。俺なんかに優勝祝いって」

 

「いいよ」

 

メニューを開きながら陽菜が言う。

 

「優勝はすごい。部としても嬉しい」

 

「ありがとうございます……」

 

敬語が抜けない。

俺の中で、陽菜は“部活の上の人”で、簡単に崩せない壁がある。

 

陽菜は俺をちらっと見た。

 

「固いね」

 

「すみません」

 

「謝るのも固い」

 

「……すみません」

 

「謝るな」

 

(詰んだ)

 

妙に会話がかみ合わない。

でも、それが不快かと言われると違う。

陽菜は無表情に見えるけど、目はちゃんと俺を見ていた。

 

距離を取りたい俺と、距離を詰めたい陽菜。

その綱引きの真ん中に、メニューがある。

 

「何食べる?」

 

「えっと……」

 

俺がメニューを見ていると、陽菜がさらっと言った。

 

「今日は奢る」

 

「え、いや、それは……」

 

「優勝祝い」

 

「……ありがとうございます。でも……」

 

「でも?」

 

「……奢られるの、慣れてなくて」

 

「慣れたらいい」

 

(強い)

 

反論を封じる圧がある。

淡々としているのに、強制力が高い。

俺が迷っている間に、陽菜は店員を呼んだ。

 

「ドリンクバー二つ」

 

「えっ」

 

「優勝祝い。乾杯しよ」

 

「いや、ドリンクバーで乾杯って……」

 

「いいでしょ」

 

(副部長、意外と可愛いとこあるな)

 

そんなことを考えた瞬間。

 

ガラス越しに――見覚えのある影が動いた。

 

(……いる)

 

俺は窓の外を見ないようにして、目線だけを泳がせた。

店内の奥、観葉植物の陰。仕切りの向こう。

そこに、なぜか“妙に不自然な五人”が見えた気がした。

 

いや、見えた。

 

(やっぱりか……)

 

 

五人は、少し遅れて同じ店に入っていた。

 

結衣が先頭。

顔が笑ってない。

夏樹は平静を装っているけど、目が鋭い。

菜々は静かで、表情が読みづらい。

響はワクワクしてる。

柊は眠そうで、でも興味はある顔をしている。

 

「……どこ座る?」

 

結衣が小声で言う。

視線だけで店内をスキャンしている。狙いが怖い。

 

夏樹が即答した。

 

「二つ離れた席。仕切り越しで声が拾えるとこ」

 

「そんな席あるの?」

 

柊が素直に聞く。

 

「ある。今ある」

 

結衣が指先でそこを示した。

 

「ここなら“見えない”のに“聞こえる”」

 

「怖っ……」

 

柊が引いた。

 

「スパイ映画みたいだな」

 

響が目を輝かせる。

 

「映画じゃない。尾行の続き」

 

夏樹が淡々と言う。

 

菜々は一言も言わずに頷き、席に座った。

逃げない。

ただ、呼吸が少し浅い。

 

観葉植物と仕切りで視線は切れる。

けれど――声は、注意すれば届く距離。

 

「……聞こえる?」

 

小声で響が言う。

 

「全部は無理。でも断片なら」

 

夏樹がドリンクバーのグラスを手にして答える。

 

「副部長ってどんな人?」

 

柊が素直に聞いた。

 

「知らないの?」

 

結衣が低い声で返す。

 

「いや、ほぼ喋ったことない。クールで近寄りがたい人、くらい」

 

「私も深くは知らない」

 

夏樹も言う。

 

「でも、今の感じは……“近寄りがたい”で済まないかも」

 

菜々は、黙って席に座っていた。

 

逃げない。

ただ、呼吸が少し浅い。

 

 

俺は席を立ってドリンクバーに向かった。

陽菜が先に行っていて、氷を入れたグラスを二つ持って戻ってくる。

 

「はい」

 

渡されたグラスには、透明な炭酸が入っていた。

多分ジンジャーエール。

 

「ありがとうございます……」

 

「乾杯」

 

陽菜がグラスを軽く持ち上げる。

 

「……乾杯」

 

カツン、と小さな音。

 

その瞬間、少し離れた席で――

 

「今、乾杯って言った?」

 

響の声が聞こえた気がした。

 

「静かに」

 

結衣が即座に叱る声。

 

(聞こえてるじゃん……)

 

最悪だ。

 

「……副部長、あの」

 

「陽菜でいい」

 

「……いえ、すみません。癖で」

 

「癖なら直せる」

 

「すみません」

 

「謝らない」

 

(会話のループ)

 

陽菜は一口飲んで、少しだけ目を細めた。

美味いとか不味いとかの顔じゃない。

考えてる顔。

 

「大会、見てたよ」

 

「え?」

 

「決勝。ちゃんと」

 

俺は思わず姿勢が正しくなる。

 

「……ありがとうございます」

 

「叫んでた」

 

「……はい。すみません」

 

「すごく良かった」

 

短く、でもはっきり言った。

 

「走り終わった後の顔、嘘がなかった」

 

(嘘がない、か)

 

胸の奥が少しだけ熱くなる。

部活の上の人に褒められるのって、単純に嬉しい。

 

「……ありがとうございます」

 

「その顔、今もできる?」

 

「え」

 

「文化祭終わってから、少し変わった」

 

陽菜の視線が、俺を正面から捉える。

 

「笑ってるのに、どこか固い」

 

(……見られてたのか)

 

俺は言葉に詰まった。

 

「……すみません。自分でもよく分からなくて」

 

「分からないなら、分かるまで付き合う」

 

淡々と言われて、背筋がぞくっとした。

 

(……危ない言い回し)

 

 

仕切り越しの五人は、必死だった。

 

「今の、何?」

 

結衣が小さく呟く。

 

「付き合うって……付き合う?」

 

響が目を輝かせる。

 

「付き合うの“付き合う”!?」

 

「バカ、声」

 

柊が慌てて制する。

 

「でもさ」

 

夏樹が静かに言った。

 

「副部長って、あんな人の事褒めたりする人だったっけ」

 

「知らねぇよ」

 

柊が困惑しながら返す。

 

「俺、怖い」

 

響は怖いって言いながら楽しそうだった。

 

菜々は、何も言わない。

ただ、テーブルの端を指先でそっと押していた。

押して、離して、また押して。

自分の心を落ち着かせる癖みたいに。

 

 

「……副部長」

 

俺は慎重に言葉を選んだ。

 

「今日は、ありがとうございます。奢ってもらって」

 

「いい」

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「……俺、正直、こういうの慣れてなくて」

 

「慣れたらいい」

 

「それ、さっきも言いました」

 

「同じ答えしか出ない」

 

陽菜が少しだけ口元を緩めた。

笑った――と言うほどじゃないけど、確実に柔らかくなった。

 

「翔は、面白い」

 

「……俺ですか」

 

「真面目なところが」

 

「それは、褒めてます?」

 

「褒めてる」

 

即答。

 

「誰かのために走るとか言いながら、誰かを置いていかない走り方する」

 

「……それ、どういう」

 

「私、そういうの好き」

 

言葉が、胸に落ちた。

 

(好き……?)

 

まだ確定じゃない。

でも、その匂いがした瞬間、胃がきゅっとなる。

 

「……副部長」

 

「陽菜」

 

「……陽菜先輩」

 

呼び方を変えるのが、精一杯だった。

陽菜は小さく頷く。

 

「言いやすいならそれでいい」

 

俺は息を吸う。

 

「俺、今……」

 

「うん」

 

「……ちょっと、複雑で」

 

陽菜は急かさない。

ただ聞いている。

 

「俺の周り、色々あって」

 

「知ってる」

 

「え」

 

「全部は知らない。でも、見てたら分かる」

 

陽菜の視線がぶれない。

 

そして、陽菜は――珍しく一拍、黙った。

グラスの氷を、指先で小さく揺らす。

カラ、と音が鳴る。

その一瞬だけ、迷いが混ざった気がした。

 

次の瞬間。

 

「だから言う」

 

陽菜は真っ直ぐに言った。

 

「私、翔が好き」

 

(……来た)

 

心臓が一瞬止まった。

背中に冷たい汗が出る。

言葉が、喉に引っかかる。

 

陽菜は続けた。

 

「異性として」

 

(……終わった)

 

いや、終わってない。

終わってないのに、終わった気がする。

 

「……」

 

俺は、何も言えなかった。

 

 

仕切りの向こう。

 

「……今、聞こえた?」

 

結衣の声が震えていた。

 

「好きって……言った」

 

響が目を見開く。

 

「異性として、も言った」

 

夏樹は笑ってない。

 

「あ〜…終わった」

 

柊は青ざめていた。

 

「副部長さん、とんでもない爆弾だな」

 

菜々は、息を吸ったまま止まっていた。

指先が、テーブルの端を掴んでいる。

爪が白くなるほど。

 

 

「……陽菜先輩」

 

ようやく俺は声を出した。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけるのは……」

 

言葉が硬い。

でも、ふざけられない。

 

「ただ……俺、今すぐ返事は……」

 

「うん」

 

陽菜は、それを当たり前みたいに受け止めた。

 

「今すぐじゃなくていい」

 

「……すみません」

 

「謝らないで」

 

「……はい」

 

俺は視線を落として言った。

 

「軽く答えたくないです」

 

「それがいい」

 

陽菜は、炭酸を一口飲んでから言った。

 

「私は、ちゃんと欲しい」

 

「……ちゃんと?」

 

「翔の本音」

 

胸が苦しくなる。

正しいことを言われているのに、逃げ道が消えていく感じ。

 

「今の翔は、まだ整理できてない」

 

「……はい」

 

「だから待つ」

 

陽菜は淡々と言う。

 

「でも、引かない」

 

「……」

 

「優勝した翔、かっこよかった」

 

その言葉が、妙に刺さった。

 

「私は、あれを見た」

 

「……」

 

「だから、好きになった」

 

直球すぎて、息が詰まる。

 

「……陽菜先輩」

 

俺は、頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいらない」

 

「でも……」

 

「私は言いたかっただけ」

 

陽菜は机の上の伝票を軽く指で押した。

 

「今日はここまで。話せて良かった」

 

終わり方まで淡々としている。

でも、内容が内容すぎて、俺の頭は全然追いついていない。

 

(これ、どうなるんだ……)

 

 

会計を済ませて、店を出る。

外の空気は少し冷えていた。

陽菜は歩き出しながら言う。

 

「送らなくていい」

 

「……いえ。せめて、駅まで」

 

「じゃあ駅まで」

 

それだけ。

 

俺は横を歩きながら、背中に視線を感じた。

店の方から。

 

絶対あいつらだ。

 

(……帰ったら地獄だな)

 

駅前で陽菜が立ち止まる。

 

「また、部活で」

 

「……はい」

 

「今日の返事は、急がない」

 

「……ありがとうございます」

 

陽菜は小さく頷いて、踵を返した。

去り際、振り返りもせずに言う。

 

「翔」

 

「はい」

 

「逃げないで」

 

「……逃げません」

 

自分でも驚くほど、はっきり言えた。

陽菜はそれだけで満足したみたいに、ふふと笑うと歩いていった。

 

 

その瞬間、背後から足音の大群。

 

「……翔」

 

結衣の声。

低い。

 

「翔くん」

 

夏樹の声。

笑ってない。

 

「翔さん」

 

菜々の声。

静かすぎて怖い。

 

「翔ー!」

 

響の声。

なぜか楽しそう。

 

「おーい翔ー」

 

柊の声。

諦め混じり。

 

俺はゆっくり振り返った。

五人が、並んでいた。

顔が全員、違う意味で怖い。

 

「……えっと」

 

まずい。

言い訳が浮かばない。

 

結衣が一歩近づく。

 

「聞こえた」

 

短く言った。

 

「……はい」

 

夏樹も一歩。

 

「全部じゃないけど、致命的なところは」

 

「……はい」

 

菜々は、俺の目を見たまま言う。

 

「異性として、って」

 

(やめてください)

 

声に出したら死ぬ。

響が口を挟む。

 

「三角関係が四角になったな」

 

「お前黙れ」

 

柊が即座に押さえる。

俺は覚悟を決めて言った。

 

「……その、誤解は……」

 

結衣が即答。

 

「誤解できる要素ある?」

 

「ないです」

 

菜々が静かに追撃。

 

夏樹が息を吐いた。

 

「……ねえ翔くん」

 

「はい」

 

「私副部長に取られるのだけは無理」

 

「私も無理」

 

結衣が言い切った。

 

菜々が小さく頷く。

 

「……私も」

 

夕焼けの下。

俺の周りの“日常”は戻ったはずだった。

 

でも――

 

戻ったのは、平穏じゃない。

火が消えないまま、場所だけ変えて燃え続ける。

そんな感覚がした。

 

そして俺は悟った。

この先、もっと面倒になる。

 

――たぶん、もう逃げ場はない。

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