死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった 作:かわうそ☆ゆう
家に帰ってから、翔は一度もスマホを触らなかった。
布団に横になって、天井を見上げる。 昼間の騒がしさが嘘みたいに、部屋は静かだった。
――陽菜の言葉。 ――三人の視線。
頭の中で何度も再生されるのに、 どれ一つとして、答えに辿り着けない。
(……誰か一人に返事をしたら)
きっと、全部壊れる。 そんな予感だけが、やけに確信めいていた。
だから翔は、何もしない。 考えることも、連絡することも、やめた。
ただ、眠るしかなかった。
◆
――side夏樹
家に帰って、シャワーを浴びて、髪を乾かして。 それでも頭は、ずっと一つの場面に引っかかっていた。
――ファミレス。 ――仕切り越し。 ――「私、翔が好き」。
(……そりゃ、来るよね)
布団に座り、スマホを見下ろす。 翔とのトーク画面は、最後に送ったスタンプのまま止まっている。
既読も未読も、ついていない。
(逃げてるわけじゃない)
夏樹は分かっていた。 翔は、ちゃんと全部を受け止めようとしている。 だからこそ、動けない。
それが分かるから――余計に苦しい。
(陽菜先輩、正しかった)
告白は、真正面からだった。 言葉も、態度も、逃げがなかった。
(私、できてた?)
脳裏に浮かぶのは、自分の立ち位置。
マネージャー。 一番近くて、一番安全な場所。 気遣って、冗談で包んで、曖昧にして。
(ズルかったかも)
好きだって気持ちは本物なのに、 壊れるのが怖くて、言わなかった。
言えなかったんじゃない。 言わなかった。
「……」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
(負けた、って思った)
正直、そう感じた。 先に言われた。 一歩、出遅れた。
でも――
「……違う」
夏樹は、小さく呟いた。
(先に言われたからって、終わりじゃない)
順番で決まるなら、 気持ちなんて、そんな軽いものじゃない。
(私は、ずっと好きだった)
文化祭も。 大会も。 日常も。
全部、翔を中心に回っていたわけじゃない。 でも、気づけば、視線の先にはいつも翔がいた。
(私の好きは、逃げじゃない)
布団に倒れ込み、天井を見る。
(……次は、動く)
今すぐじゃない。 でも、もう“何もしない”ままではいない。
(待つだけは、終わり)
それだけ決めて、夏樹は目を閉じた。
◆
――side結衣
部屋のドアを閉めた瞬間、結衣はベッドに倒れ込んだ。
「……はぁ」
深く、長いため息。
(なんであんな人が、あんな言い方するの)
陽菜の顔が浮かぶ。 淡々として、揺れなくて、強かった。
(ムカつく)
正直、それが一番だった。
(私の方が近かったはずじゃん)
一緒に笑って。 一緒に走って。 隣に立って。
なのに。
(……言ってない)
結衣は、ぐっと唇を噛む。
言えなかった。 振られるのが怖かった。 今の距離が壊れるのが怖かった。
(ダサ……)
自分で思って、さらに腹が立つ。
(言いに行けばいいじゃん)
今すぐ。 「好き」って言えばいい。
立ち上がろうとして――止まった。
(……違う)
胸の奥で、何かが引っかかる。
(今言うのは、逃げだ)
陽菜に追われて、 焦って、 奪い返すみたいに言うのは、
(それ、私の好きじゃない)
結衣は、天井を睨む。
(私は、ちゃんと向き合いたい)
逃げない。 ごまかさない。 冗談にもしない。
(だから……待つ)
待つ、って言葉は嫌いだ。 でもこれは、逃げじゃない。
(言うなら、正面から)
その時は、全部をぶつける。 覚悟を決めて。
結衣は、スマホを手に取る。 翔の名前を見て、少し迷ってから――画面を伏せた。
(今じゃない)
その代わり、静かに拳を握った。
◆
――side菜々
夜。
リビングの灯りを落とし、菜々は静かに寝室へ戻った。
ベッドの片側。 そこには、もう翔が眠っている。
規則正しい寝息。 無防備な横顔。
(……)
そっと、距離を詰める。 触れない。 触れないけど、近い。
(今日、他の人が)
「好き」って言った。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
(……私だけが)
この距離にいる。 同じ屋根の下。 同じ空気。
でも。
(この距離にいるからこそ)
言えなかった。
寝顔を見つめながら、菜々は思う。
(誰にも渡したくない)
はっきりとした感情。 否定しようもない。
(でも、縛りたくもない)
矛盾している。 自分でも分かる。
だから、今まで言えなかった。
(……でも)
菜々は、そっと布団の端を握る。
(待つだけは、終わり)
陽菜は言った。 正面から。
結衣も、夏樹も、 きっと同じことを考えている。
(私だけ、何もしないのは……)
それは違う。
菜々は、静かに決めた。
(この距離を、使う)
同居。 日常。 朝も夜も。
誰よりも近くで、 誰よりも丁寧に。
(逃げない)
寝返りを打った翔が、少しだけ眉を動かす。 菜々は息を潜める。
(……大丈夫)
心の中で、そっと呟いた。
◆
夜は、静かに過ぎていく。
誰も告白していない。 誰も、答えをもらっていない。
それでも――
全員が気づいてしまった。
ここで立ち止まるのは、違う。 ここから動かないのは、もっと違う。
それぞれの夜。 それぞれの決意。
翔が眠るその裏側で、 三つの想いが、確かに動き始めていた。
もう、“何も起きない日常”には戻れない。
でも――
それでいい。
次に進む準備は、 もう、整っていた。