死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった   作:かわうそ☆ゆう

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34.夏樹との平和?なデート〜表〜

期末テストが終わり、いよいよ待ちに待った夏休み。

 

初日。

 

朝、目を覚ました瞬間。

隣にあるはずの気配が、なかった。

 

一秒だけ、脳が状況を理解できなくて止まる。

隣のベットに手を伸ばす。空気だけを掴む。

 

布団の中に残っているはずの体温も、もう薄い。

 

(……先に起きた、だけか)

 

そう思おうとして、失敗した。

 

だって、菜々は「先に起きる」だけなら、物音をほぼ立てないくせに、いつも最後に俺を起こす前提で動く。

 

起こし方が優しいとかそういう話じゃない。そこに「管理」みたいな規則性がある。毎朝、同じ順番で、同じタイミングで。

 

それが、ない。

 

妙に静かな部屋で、俺はゆっくり起き上がった。

カーテン越しの光は白くて、朝なのにどこか現実味が薄い。

 

こういう時、寝坊したのかと思って時計を見る。まだ早い。

枕元に置いたスマホを手に取る。

画面を点けると、通知が一件だけあった。

 

『先に出ますね』

 

それだけ。

理由も、行き先も、余計な言葉もない。

 

いつも通りっちゃいつも通りの文面なのに、胸の奥がちくりと痛んだ。痛いというより、引っかかる感じ。指先のささくれみたいな違和感。

 

(……先に出るって、どこに)

 

聞けば済む。返事を打てば済む。

なのに、指が動かない。

 

たぶん俺は、今「余計なこと」を知りたくないんだと思う。知ったら、どうすべきか考えなきゃいけなくなる。考えたら、答えが出るかもしれない。出たら、どこかが壊れるかもしれない。

だから、スマホを伏せた。

 

顔を洗う。

 

冷たい水が頬を刺して、目が覚める。

鏡の中の自分は、いつもと変わらない。変わらないのが腹立つ。俺だけが落ち着いてないみたいで。

 

歯を磨きながら、昨夜のことを思い出しそうになってやめた。

 

夏樹の「約束、覚えてるよね」

結衣の舌打ち

菜々の視線の落ち方

陽菜の「逃げないで」

 

思い出しても、答えは出ない。

 

「……今日は、夏樹とのデートだろ」

 

声に出すと、現実味が増す。

俺はそれが怖くて、もう一度だけ水を飲んだ。

着替えて、髪を整えて、財布とスマホを確認して。

準備が終わると、家を出るまでの時間が余る。

 

余る時間が嫌だ。考えてしまうから。

 

玄関に立って、靴を履く。

 

扉を開ける。

朝の空気が少しだけひんやりして、肺が綺麗になる気がした。

 

そして、門の前に――夏樹がいた。

 

(……え)

 

最初、言葉が出なかった。

 

待ち合わせ場所を「駅」にする案もあったけど、夏樹の家は近い。だから不自然だって話になって、結局「翔の家を出たところで合流」にした。理屈は合ってる。だけど、目の前にいると、やっぱり驚く。

 

夏樹は、軽く手を振った。

 

「おはよ。翔くん」

 

声はいつも通り。

 

でも、いつもより少しだけ柔らかい。

 

「……おはよう」

 

やっと返す。

夏樹は、俺の顔をじっと見た。

 

「寝れた?」

 

「寝れた、と思う」

 

「思うって何。寝れたか寝れてないかは自分で分かるでしょ」

 

「……途中で何回か起きた」

 

「そっか」

 

それだけで、夏樹はそれ以上追及しない。

追及しないのに、分かってる感じがする。

俺が「落ち着いてない」のを、見抜いてる。

 

夏樹の今日の服は、いつもの学校の空気じゃない。

勝負服、って言葉が頭に浮かぶのが嫌だった。勝負とか言うから、変に意識する。けど、意識してしまうのも事実で。

 

派手じゃない。

でも、ちゃんと可愛い。

“誰かの隣に立つための服”って感じがする。

その「誰か」が俺だと思うと、胸が変な音を立てた。

 

「……似合ってる」

 

言った瞬間、自分でも驚いた。

こういうの、俺は言えるタイプじゃない。

言える時は、だいたい勢いか、逃げかだ。

夏樹は、少しだけ目を見開いて、それから笑った。

 

「ありがと。今日の私、ちゃんとしてるでしょ」

 

「ちゃんとしすぎてる」

 

「じゃあ、ちゃんとデートしよ」

 

軽い言い方。

でも、軽くない。

 

俺たちは歩き出す。

行き先を決めないデート。

 

それが逆に怖い気もした。予定がないと、変に空白ができる。空白ができると、言葉が落ちる。その言葉が、決定打になるかもしれない。

 

でも、夏樹は平気そうだった。

歩きながら、空を見たり、道路の端の花を見たりする。

 

俺は、それを横目で見て、なんとなく呼吸が楽になった。

 

(……あれ)

 

会話が続いてないのに、気まずくない。

沈黙が、刺さらない。

 

夏樹が言った。

 

「ねえ。こういうの、久しぶりだね」

 

「こういうの?」

 

「目的地なく歩くやつ。文化祭準備の買い出しとか、そういうのはあったけど。今日は、何も背負ってない」

 

(何も背負ってない、か)

 

背負ってないわけがない。

 

点数で勝った夏樹。

告白した陽菜。

同居してる菜々。

距離が近い結衣。

全部背中に乗ってる。

 

でも夏樹が「背負ってない」って言ったのは、たぶん別の意味だ。

 

「今日だけは、逃げなくていい」って意味。

俺はそれに甘えたくなった。

 

近くの小さなカフェの前で、夏樹が足を止める。

 

「ここ、入ってみない?」

 

ガラス越しに見える店内は、静かで、落ち着いてる。

学生が騒ぐ場所じゃない。

大人の場所って感じがする。

 

「……俺、浮かない?」

 

「浮かないようにしてあげる」

 

「どうやって」

 

「私が堂々としてれば、翔くんも堂々として見える」

 

理屈が強い。陽菜みたいだ。

でも夏樹の理屈は、圧じゃなくて支えだ。

 

店に入る。

冷房が少しだけ効いていて、夏の外気との落差で肌が粟立つ。

 

店員の「いらっしゃいませ」が静かで、逆に緊張した。

 

席に座る。

二人席。向かい合わせ。

逃げ場がない形なのに、不思議と落ち着く。

メニューを見て、夏樹が言う。

 

「翔くん、甘いのいける?」

 

「普通に」

 

「じゃあさ。今日は甘いの食べよ。テスト終わったご褒美で」

 

ご褒美。

 

その言葉に、少しだけ救われる。

俺はずっと、誰かの気持ちに対して「ご褒美」なんて言葉を使うのが怖かった。対価みたいで。でも夏樹が言うと、それはただの休日の合図になる。

 

俺たちはアイスコーヒーと、甘いものを頼んだ。

運ばれてくるまでの時間が、静かに伸びる。

 

夏樹がテーブルの上で指を組む。

爪は綺麗に整えられていて、細い指が、いつもより少し緊張しているように見えた。

 

「……ねえ」

 

夏樹が言う。

 

「翔くん、昨日の夜、誰かと話した?」

 

誰か。

菜々か、結衣か、陽菜か。

もしくは、誰でもいいから。

 

「……話してない」

 

「そっか」

 

夏樹はそれ以上聞かない。

聞かないけど、目が言ってる。

“じゃあ、今ここで話してもいいよ”って。

 

でも俺は、口を開くのが怖かった。

言葉にした瞬間、形になる。形になった瞬間、戻れない。

 

料理が来る。

甘い匂いがして、脳が少しだけ緩む。

夏樹が笑う。

 

「おいしい」

 

その顔を見て、俺も笑ってしまう。

“ちゃんと笑えてる”って自分で分かるくらい、自然に。

 

「翔くんさ」

 

「ん」

 

「笑うと、ちょっと安心する」

 

「……何が?」

 

「翔くんが、翔くんのままってこと」

 

その言葉が、胸に落ちる。

俺はずっと、誰かに“変わった”って思われるのが怖かった。

 

変わったって言われたら、理由を説明しなきゃいけない。

 

説明したら、誰かが傷つくかもしれない。

でも夏樹は“変わった”じゃなくて“そのまま”って言った。

 

優しい逃げ道。

なのに、甘えすぎたらダメな気もする。

 

カフェを出る。

太陽が少し高くなっていて、影が短い。

 

「次どうする?」

 

夏樹が聞く。

予定がないのに、予定を作らされてない。

この問い方が、夏樹の強さだ。

 

俺は少し考えてから言う。

 

「本屋、寄っていい?」

 

「いいよ。私も見たい」

 

本屋に入る。

紙の匂いがする。

 

静かな空気がカフェよりも「普通」で、少し安心した。

 

夏樹は恋愛小説の棚の前で止まって、背表紙を眺める。

俺はスポーツ雑誌を手に取って、でも内容は頭に入らない。

 

隣で夏樹がページをめくる音だけが、妙に大きく聞こえる。

 

「翔くん」

 

「ん?」

 

「これ、面白そう」

 

差し出された本のタイトルを見て、俺は思わず苦笑した。

 

“選べない男”みたいな内容のラブコメ。

偶然なのに、刺さる。

 

「今の俺に見せるの、性格悪くない?」

 

「偶然だよ。たぶん」

 

夏樹は笑う。

 

でも、その目は少しだけ鋭い。

冗談に見せて、ちゃんと核心に触れる。夏樹はそういう子だ。

 

俺は別の棚から、ペアの小物が置いてあるコーナーを見つける。

 

キーホルダー。ブレスレット。小さなアクセ。

いかにも“お揃い”ができそうな場所。

 

(……買うのか)

 

脳が勝手に逃げる。

買ったら意味が増える。意味が増えたら責任が増える。

 

でも夏樹は、そこに自然に入っていった。

迷いなく。

 

“欲しいから見る”って顔で。

 

「これ、かわいい」

 

小さなキーホルダーを指先で持ち上げる。

二つで一組になるタイプ。

 

「……お揃い、みたいな?」

 

俺が聞くと、夏樹は首を傾げる。

 

「嫌?」

 

嫌じゃない。

嫌じゃないから困る。

 

「嫌じゃない」

 

夏樹は、少しだけ息を吐いて笑った。

 

「じゃあ買お」

 

さらっと言う。

重くしない。

でも、逃がさない。

 

会計を済ませる。

紙袋を手に持つ夏樹の横顔が、妙に嬉しそうで、俺の胸が締まった。

 

(……これ、俺はどういう顔して持てばいい)

 

“恋人っぽい顔”はできない。

“友達っぽい顔”も、嘘になる。

だから俺は、ただ普通の顔をした。

 

普通の顔をして、普通に歩く。

それが今の俺の精一杯。

 

 

昼を過ぎて、街が少し騒がしくなる。

 

家族連れ。カップル。学生。

夏休みの空気があちこちに漂っている。

 

俺たちは適当に歩いて、適当に寄り道して、適当に笑った。

 

その“適当”が、ちゃんと幸せだった。

 

夕方が近づく。

 

夏樹が言う。

 

「ねえ。夜ご飯、行こ」

 

「……どこいく?」

 

「ちょっとおしゃれなとこ。今日くらい、そういうのしてみたい」

 

そう言われると断れない。

断りたいわけじゃない。

 

むしろ、今日の俺は、断る理由を探すのが疲れた。

 

 

店に入る。

照明が柔らかくて、音楽が静かで、カフェよりもさらに“大人”だ。

 

俺は一瞬だけ身構える。

夏樹は堂々としていた。

 

「ほら、大丈夫」

 

小声で言われて、また胸が熱くなる。

夏樹は、俺の不安を見つけるのがうまい。

 

見つけた上で、責めない。

料理を頼んで、待つ。

 

テーブルの上の水滴がゆっくり落ちていくのを眺める。

 

夏樹がナプキンを膝に置いて、言った。

 

「ねえ。今日さ」

 

「ん」

 

「私、めちゃくちゃ楽しんでる」

 

「……俺も」

 

それは嘘じゃない。

でも本音はもう少し複雑だ。

 

楽しいのに、怖い。

嬉しいのに、苦しい。

夏樹が好きじゃないわけじゃない。

 

むしろ、好きだと思う。

 

ただその“好き”が、誰かを傷つける形で出てくるのが怖い。

 

夏樹は、俺の顔を見て、少しだけ目を細めた。

 

「翔くんってさ」

 

「うん」

 

「優しいよね」

 

その言葉が一番怖い。

 

優しいって言われると、正しさを求められる気がする。

優しいって言われると、誰かを選べって言われてる気がする。

 

「優しいって、逃げでもあるよ」

 

口から出てしまった。

言ってから後悔した。

 

こんなこと言ったら、夏樹を傷つけるかもしれない。

でも夏樹は、驚かなかった。

 

「うん。知ってる」

 

「……知ってるのかよ」

 

「知ってるよ。だから今日、来た」

 

料理が運ばれてくる。

 

湯気が立って、香りが広がって、会話が一旦切れる。

それが助かった。

 

食べながら、夏樹が笑う。

俺も笑う。

 

その繰り返しで、少しずつ胸の緊張がほどけていく。

 

食べ終わって、店を出る。

 

外の空気は昼より少し冷たくて、肌が現実に戻る。

 

帰り道。

 

分かれ道の前で、自然と足が止まった。

 

夕方の空は、もう昼の色じゃない。

オレンジと青が混ざって、どっちつかずで、やけに落ち着かない。

 

夏樹が、先に口を開いた。

 

「……ねえ、翔くん」

 

「ん?」

 

夏樹は一度、視線を外した。

地面を見て、指先を軽く握って、ゆっくり息を吸う。

さっきまでの軽さがない。

 

でも、重すぎるわけでもない。

 

「今日さ。デートだったけど――」

 

そこで一瞬、言葉を切る。

俺は何も言えなかった。

続きを待つしかない。

 

夏樹は顔を上げて、まっすぐ俺を見た。

逃がさない目。

でも、追い詰める目でもない。

 

「私はね」

 

一拍。

 

「翔くんが、大好きだよ」

 

その言葉は、静かだった。

叫ぶでもなく、勢いでもなく、

ただ“そこにある感情”を置くみたいに。

 

胸の奥が、ぎゅっと縮む。

 

「冗談じゃないし、勢いでもない」

 

夏樹は続ける。

 

「勝負に勝ったから言ってるわけでもないし、今日楽しかったから言ってるだけでもない」

 

一つずつ、逃げ道を塞ぐみたいに、でも責めない。

 

「たぶん、ずっと前から」

 

俺は、何も言えない。

喉が詰まる。

言葉を選ぼうとすると、全部が重くなる。

 

夏樹は、そんな俺を見て、ほんの少しだけ笑った。

 

「……今、答えなくていい」

 

その言葉に、救われてしまう自分がいる。

 

「でもね」

 

夏樹は一歩、近づいた。

 

「私が本気だってことだけは、覚えてて」

 

そう言って、軽く腕を伸ばす。

 

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ。

軽いハグ。

 

抱きしめるほど強くない。

でも、確かに“離さない”距離。

夏樹の体温が、はっきり伝わる。

 

「……じゃあね」

 

離れて、夏樹はいつもの笑顔を作る。

 

「帰って、ちゃんと休んで」

 

「……うん」

 

夏樹は背を向けて歩き出す。

数歩進んだところで、ふと立ち止まる。

振り返らずに、小さく言った。

 

「……やっぱり、皆居たんだね」

 

その声には、確信があった。

何に気づいたのか。

誰を感じたのか。

分からない。

 

分からないけど、嫌な予感だけが、確かに胸に残る。

夏樹はそれ以上何も言わず、歩いていった。

 

街灯の下を通る背中は、さっきより少しだけ大人に見えた。

 

俺は、その場から動けなかった。

夏休みは、始まったばかりだ。

でももう分かっている。

 

ここから先は、

誰かの「好き」をなかったことにできる日常じゃない。

 

俺はまだ、答えを持っていない。

 

それでも――

 

夏樹の「大好きだよ」という言葉だけは、

間違いなく本物だった。

 

その重さを、俺はもう、知らなかったふりができない。

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