死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった   作:かわうそ☆ゆう

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37.最高の夏休み 1

朝。

まだ完全には目を覚ましていない住宅街に、やけに元気な音が響いた。

 

「おっはよーございまーす!!」

 

玄関のドアが勢いよく開き、ほぼ同時に翔の家の静寂が吹き飛ぶ。

 

「声でかっ!」

 

リビングのソファでスマホをいじっていた翔が、反射的に叫んだ。

 

「朝なんだから元気出さなきゃでしょ!」

 

靴を脱ぎながら言い返す結衣の声も、十分うるさい。

 

「いや、元気なのは分かるけど限度ってもんがあるだろ……」

 

「翔くん、まだ寝起きの顔してるね」

 

後ろから顔を出した夏樹が、くすっと笑った。

 

「そりゃ起きて五分だし」

 

「五分でこの騒がしさ耐えてるの、逆に偉くない?」

 

「それ褒めてる?」

 

玄関からは、さらに足音。

 

「お邪魔しまーす!」

 

響の声が響き、その後ろで柊が静かに頭を下げた。

 

「……毎回思うけど、ここ来ると一日が始まった感あるな」

 

「分かる。なんか基地みたいだよな」

 

「おい、勝手に拠点扱いすんな」

 

翔が言い返すが、否定しきれない自分もいる。

そんなやり取りを、少し離れた位置から菜々が見ていた。

 

今日は私服。

柔らかい色合いのトップスに、動きやすそうなスカート。

派手ではないが、ちゃんと“遊びに行く日”の服装だった。

 

「皆さん、おはようございます」

 

その一言で、空気が少しだけ落ち着く。

 

「おはよー、菜々ちゃん!」

 

「今日も安定の可愛さだな!」

 

「ありがとうございます」

 

控えめな笑顔。

でも、その場に自然と馴染んでいる。

翔は一瞬、その光景を見て思った。

 

(……もう、当たり前なんだよな)

 

菜々がここにいることも。

この家が、みんなの集合場所になっていることも。

 

 

キッチンから、翔の母が顔を出した。

 

「……修学旅行?」

 

「修学旅行じゃありません!」

 

結衣が即座に否定する。

 

「ただの夏休みです!」

 

「一番騒がしいタイプのやつね」

 

苦笑しながらも、母はどこか楽しそうだった。

 

「怪我しないでね。あと、翔」

 

「なに」

 

「ちゃんとみんなに合わせて歩きなさい」

 

「……俺子どもか」

 

「迷子常習犯でしょ」

 

「否定できねぇ……」

 

菜々が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。

 

「いってきます、お母様」

 

「いってらっしゃい。翔のこと、お願いね」

 

「はい」

 

その返事には、迷いも、照れもなかった。

 

 

大型ショッピングモール。

駅を降りた瞬間、人の多さに圧倒される。

 

「うわ、人多っ」

 

翔が言う。

 

「夏休みだもんね」

 

夏樹が周囲を見渡しながら答える。

 

「家族連れも多いし、学生も多い」

 

「この空気だけでテンション上がるわ」

 

結衣が伸びをする。

 

「まずどこ行く?」

 

翔が聞くと、ほぼ全員が同時に言った。

 

「ゲーセン!」

 

「即決かよ」

 

 

ゲームセンター。

電子音、歓声、クレーンの作動音。

 

どこを見ても人、人、人。

 

「うわ、久しぶりだわゲーセン!」

 

結衣が走り出す。

 

「走るなって!」

 

翔の制止は間に合わない。

 

「翔さん、これ!」

 

菜々がぬいぐるみの筐体を指差す。

中には、やたらと存在感のあるクマ。

 

「……でかくね?」

 

「可愛いです」

 

「それ基準か」

 

「取ってほしいです」

 

即答。

 

「……一回だけな」

 

「はい!」

 

クレーンを操作する翔。

自然と全員が後ろに集まる。

 

「角度、もうちょい左」

 

「アーム弱そうだな」

 

柊と響がそれぞれ口を出す。

 

「うるさい!」

 

翔が言いながらも、言われた通り微調整。

 

一回目、失敗。

 

「惜しい!」

 

「大丈夫です」

 

菜々の声は落ち着いている。

二回目、途中まで持ち上がるが落下。

 

「……もう一回」

 

三回目。

クマがしっかり掴まれ、ゆっくりと運ばれる。

 

「来た……!」

 

ガコン。

 

「取れた!」

 

「やったぁ……!」

 

菜々はクマを抱きしめ、小さく笑った。

 

「ありがとうございます」

 

その一言が、妙に胸に残る。

 

 

ゲーセンの奥。

電子音と歓声が入り混じる一角で、

ひときわ目立つ赤い機械があった。

 

パンチングマシーン。

 

「……あっ」

 

それを見つけたのは結衣だった。

 

「ねえ響」

 

「ん?」

 

「これ、やってよ」

 

有無を言わさない口調。

 

「は?」

 

響はマシーンを見上げる。

 

「なんで俺」

 

「ボクシング部でしょ」

 

「いや、だからって——」

 

「パンチ力あるんでしょ?」

 

結衣がニヤリと笑う。

 

「見せてみてよ」

 

「煽ってんなぁ……」

 

響は肩を回す。

 

「言っとくけど、壊れても知らねぇぞ?」

 

「壊すなよ?そんなことは無いだろうけど」

 

翔が即座に釘を刺す。

 

「ちっ」

 

響はコインを入れ、グローブをはめる。

 

「よし……」

 

構える姿は、さすがに様になっていた。

 

「……意外と本気じゃん」

 

柊が呟く。

 

カウントダウン。

 

3、2、1——

 

ドンッ!!

 

重い音が響く。

数字が跳ね上がる。

 

「おおおお!?」

 

結衣が身を乗り出す。

 

「すごっ!」

 

「まぁまぁだな」

 

響は余裕ぶるが、口元が緩んでいる。

 

「はい次!」

 

結衣が即座に言う。

 

「は?」

 

「私もやる」

 

「お前やったら指折れるぞ」

 

「失礼すぎ!」

 

結衣はグローブを受け取る。

 

「女だからって舐めないで」

 

構えは完全に素人。

でも、目だけは本気。

 

「……せーの!」

 

ドン。

 

音は軽い。

数字も低い。

 

「……」

 

一瞬の沈黙。

 

「ほら!だから言ったじゃん!」

 

響が爆笑する。

 

「ちょ、うるさい!」

 

結衣は真っ赤になった。

 

「もう一回!」

 

「金もったいねぇ!」

 

「翔!」

 

「え、俺!?」

 

突然振られる。

 

「やって!」

 

「いや、俺は——」

 

「逃げるな!」

 

半ば強引にグローブを渡される。

翔は苦笑しながら構える。

 

「…勝手がわからん」

 

ドン。

 

数字は、結衣より少し上。

 

「微妙!」

 

「平均的すぎ!」

 

「普通代表だな」

 

散々言われる。

その横で。

 

「……私も、やってみたいです」

 

小さく言ったのは菜々だった。

 

全員が一斉に見る。

 

「菜々?」

 

「え、いいの?」

 

「……はい」

 

グローブをつける菜々。

構えはぎこちない。

でも、目は真剣。

 

(……力じゃない)

 

そう言うように、一歩踏み込んで——

 

コツン。

 

小さな音。

数字は、最低だった。

 

「……」

 

「菜々!」

 

結衣が慌てる。

 

「気にしなくていいからな!?」

 

菜々は、少しだけ笑った。

 

「大丈夫です。予想通りなので」

 

翔が、少し慌てて言った。

 

「……でもさ、菜々の方がちゃんとフォーム綺麗だったぞ」

 

「え……?」

 

「ほら、なんか……真面目に打ってる感あった」

 

菜々は一瞬きょとんとしてから、

小さく笑った。

 

「……そう言われると、嬉しいです」

 

その一言が、逆に場を和ませた。

 

「じゃあ」

 

夏樹が一歩前に出る。

 

「私、見本見せよっか」

 

「え」

 

「夏樹?」

 

軽く構えて、軽く打つ。

 

ドン。

 

数字は——翔と同じくらい。

 

「おお、安定!」

 

「狙った?」

 

夏樹は肩をすくめた。

 

「さあ?」

 

その笑顔を見て、柊が呟く。

 

「……全員、キャラ通りだな」

 

「じゃあ次、柊な」

 

響がニヤニヤしながら場所を譲る。

柊は一瞬だけ機械を見上げて、軽く肩を回した。

 

「……別に期待しないでくれ」

 

そう言って、構えも作らず、力を溜める素振りもなく――

 

ただ、コン、と地面を蹴る音の直後。

 

ドンッ!!

 

鈍くて重い衝撃音が響く。

表示パネルの数字が跳ね上がり、止まる。

 

《987》

 

「…………は?」

 

一拍遅れて、全員が同時に声を漏らした。

 

「え、ちょ、待て待て待て!?」

 

「響の記録、普通に超えてんだけど!?」

 

「なんでそんな感じでそんな数字出るの!?」

 

柊はグローブを外しながら、少しだけ首を傾げる。

 

「……昔、ちょっと空手やってただけだ」

 

夏樹は笑いながら拍手していたが、

その目だけ、ほんの一瞬だけ柊の拳を見ていた。

 

(……あれ、本気じゃない)

 

「“ちょっと”のレベルじゃねぇからな!?」

 

響のツッコミが、ゲーセンに虚しく響いた。

 

パンチングマシーンの前は、

笑い声で満ちていた。

 

菜々は拍手しながら、

なぜか胸の奥が少しだけざわついた。

 

(……この人、なんでこんなに色々隠してるんだろう)

 

 

ゲーセンの空気は、まだまだザワついている。

 

「……マジで意味わからん」

 

響がパネルを見上げたまま、頭を抱える。

 

「俺、ボクシング部だぞ?なんで素人みたいな顔してる柊に負けてんだよ……」

 

「いや、顔は関係ないだろ」

 

結衣が即座にツッコむ。

 

「でもあれはズルいって!なんかこう……才能の暴力じゃん!」

 

柊は少しだけ困った顔をして、視線を逸らした。

 

「……悪い」

 

「謝るな!余計ムカつくわ!」

 

響は大きくため息をついてから、急にパン、と手を叩いた。

 

「よし、切り替え!」

 

「お?」

 

翔が眉を上げる。

 

「力勝負はもういい。完全に俺の負けだ。だから次は――運と頭使う勝負しようぜ」

 

その瞬間、結衣の目が光った。

 

「……なにそれ」

 

「クレーンゲーム対決だ!」

 

響がビシッとアームコーナーを指差す。

 

「男チームと女チームで分かれてさ、一時間でどんだけ景品取れるか勝負!」

 

「負けたチームは?」

 

夏樹が興味ありげに聞く。

 

「勝ったチームの荷物持ちな!」

 

「うわ、雑用押し付けルール来た」

 

結衣が笑いながら言う。

 

「でもまあ……面白そうじゃん」

 

菜々が、ぬいぐるみが並ぶ棚を見つめながら、小さく頷いた。

 

「……やります」

 

その声が、やけに真剣で。

 

「絶対、負けたくないです」

 

夏樹が、小さく笑った。

 

「……じゃあ、今日は“遊び”じゃなくて“戦い”だね。

負けたくないの、私も一緒」

 

その瞬間。

 

「よっしゃ決まりな!」

 

響が両手を上げて叫ぶ。

 

「じゃあ、チームは男チーム対女チームな!」

 

「ちょ、勝手に決めんな!」

 

「いいじゃん、ここらで男の威厳見せたらあ!」

 

笑い声が広がって、

ゲーセンの一角が、完全に“戦場”になった。

 

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