死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった   作:かわうそ☆ゆう

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39.最高の夏休み 3

フードコートを出た瞬間、空気が少し軽くなった気がした。

 

油の匂いと人いきれの熱が背中に残っているのに、通路を歩く足取りだけは妙に弾む。

 

「映画、映画ー!」

 

先頭を走る結衣が、まるで遠足の小学生みたいに腕を振り上げる。

 

「走るなって言っただろ!」

 

翔が言いながら追いかけるが、もう遅い。

響がケラケラ笑って、柊が半歩遅れて淡々とついていく。

 

「結衣、迷子になんなよ」

 

「私が迷子になるわけないでしょ!」

 

「その自信どっから来るんだよ……」

 

翔のぼやきに、菜々が隣で小さく笑った。

 

「翔さんは迷子常習犯ですもんね」

 

「お前まで言うのかよ……」

 

「否定できないのが、翔くんのすごいところ」

 

夏樹がさらっと刺してくる。

その言い方が柔らかいから、刺されても痛くない。むしろ、笑ってしまう。

 

(……こういうの、いいな)

 

誰か一人といるのもいい。

でも、こうやって全員でわちゃわちゃして、どうでもいいことで笑って、時間を溶かしていくのは――夏休みって感じがする。

 

 

映画館のフロアに着くと、思った以上に人がいた。

チケット売り場の前に列ができていて、ポップコーンの甘い匂いが漂っている。

 

「うわ、混んでる」

 

翔が言うと、響が肩をすくめた。

 

「夏休みなめんなよ。モール=戦場だ」

 

「戦場の比喩が物騒すぎ」

 

柊が淡々とツッコミを入れる。

結衣は一番前に立って、上映スケジュールを見上げた。

 

「で、何見る?」

 

「ホラーはやめてください」

 

菜々が即答する。

 

「わかる。ホラーはやめよ」

 

夏樹も同調した。

 

「え、なんで?面白いじゃん」

 

結衣が不満そうに言うと、菜々がまっすぐ返す。

 

「夜にトイレ行けなくなります」

 

「それ、菜々ちゃんが可愛すぎる理由になってるんだけど」

 

響が笑うと、菜々は少しだけ頬を赤くして視線を逸らした。

 

「……普通に困るので」

 

「じゃあアクションでよくない?」

 

翔が言う。

 

「爆発多い系」

 

「アクション……これ、面白そう」

 

夏樹が指差したのは、王道の派手なやつだった。

菜々も、こくりと頷く。

 

「それなら、安心して見られそうです」

 

「決まり!」

 

結衣が即断し、響が親指を立てる。

 

「じゃあチケット、俺買ってくるわ」

 

「お、珍しく仕事する」

 

結衣が言うと、響は胸を張った。

 

「俺だってやる時はやるんだよ。あと、さっき負けたから点数稼ぎ」

 

「点数制じゃねぇよ」

 

翔が突っ込む。

チケット購入は響と柊が担当、飲み物とポップコーンは結衣が「私が選ぶ」と謎の主導権を握り、菜々と夏樹は「席どうする?」と小声で相談している。

 

「真ん中の方が見やすいよね」

 

「はい。でも……端の方が落ち着きます」

 

「菜々ちゃん、意外と慎重派だ」

 

「……はい。人の後ろが苦手で」

 

「わかる。じゃあ中寄りの端にしよ。いい感じの」

 

二人の会話は柔らかくて、聞いているだけで不思議と落ち着く。

翔はその横で、何となく、自分が「中心」から少し外れている気がしていた。

 

(俺は、どこに立ってんだろ)

 

それを考え始めると、途端に息苦しくなる。

だから翔は、わざと結衣の方を見た。

結衣はポップコーンの味で真剣に揉めていた。

 

「絶対キャラメル!」

 

「いや塩!」

 

「両方いけよ」

 

「うるさい!決めるのは私!」

 

「なんでだよ!」

 

響の叫びが、映画館フロアに響く。

周りの視線が一瞬集まって、結衣が「はっ」として口を塞ぐ。

 

「……静かにしろよ」

 

「お前が言うな!」

 

小声の喧嘩が始まって、柊が無言で二つ買う手続きをしていた。

 

(……平和だな)

 

翔は思う。

平和すぎて、逆に怖いくらいだ。

 

 

上映が始まる直前。

暗いシアターに入ると、空気が一段冷たく感じた。

 

席は――

左から菜々、翔、夏樹、柊、響、結衣。

 

「なんとなく」でこうなった配置だったけど、翔の胸はちょっとだけ落ち着かなかった。

 

「翔くん、ポップコーン取る?」

 

夏樹が小声で聞く。

 

「うん、ありがと」

 

指先が触れないように受け取る。

その気遣いが、自分でも分かるくらい露骨で、余計に落ち着かない。

 

反対側。

菜々は静かに映画を待っている。膝の上で手を組んで、視線はスクリーンへ。

でも、翔が横にいることを意識していないわけがない。

ほんの少しだけ、肩の力が抜けていない。

 

暗転。

予告が終わり、本編が始まる。

 

爆音、追跡、銃撃。

ド派手な展開に、響が最初だけ「おお……」と声を漏らして、結衣に肘を入れられて黙った。

 

菜々は驚く場面で小さく肩を揺らす。

夏樹は、驚くのではなく、面白いところでふっと笑う。

柊は、最後まで微動だにしない。たまにポップコーンを一粒だけ口に入れる。

 

翔は――集中しようとして、集中できない。

左右の存在感が、どうしても意識に入ってくる。

菜々の控えめな呼吸、夏樹の気配、ふとスクリーンに反射する横顔。

 

(……何やってんだ、俺)

 

映画の中の主人公は迷わない。

迷わず走って、迷わず撃って、迷わず守る。

俺は――たった隣に座ってるだけで迷っている。

 

その時、アクションの大音量に紛れて、菜々が小さく呟いた。

 

「……すごいですね」

 

翔が反射的に菜々を見る。

 

「怖いか?」

 

「怖い、というより……圧が強いです」

 

菜々らしい表現で、翔は少し笑いそうになった。

 

「圧ってなんだよ」

 

「爆発の圧です」

 

「……なるほどね」

 

小声で笑うと、菜々も少しだけ笑った。

 

その瞬間――

 

「……今、笑った?」

 

夏樹の声が、同じくらい小さく入ってきた。

翔は視線を戻す。

 

「うん、菜々が……爆発の圧って」

 

夏樹はふっと笑う。

 

「菜々ちゃん、言い方が可愛いよね」

 

「……だな」

 

言葉に出した瞬間、翔は胸の奥が少し温かくなった。

こうやって、全員で同じ空気を共有してるのが――嬉しい。

 

(こういうの、守りたい)

 

奪い合いじゃなくて。

壊し合いじゃなくて。

ただ、同じ時間を続けたい。

 

そう思うのに、

その「続けたい」が何かを選ばせる形に変わっていく予感が、どこかにずっと残っている。

 

 

映画が終わると、外の明るさに目が痛かった。

通路に出た瞬間、響が伸びをして声を上げる。

 

「くっっっそ面白かった!爆発最高!」

 

「お前だけ感想雑すぎ」

 

結衣が呆れた。

 

「でもまあ、楽しかった」

 

「だろ?夏休みの映画ってこういうのだよな」

 

翔は笑いながら、みんなの顔を見る。

菜々は「思ったより怖くなかったです」と安心した顔をして、夏樹は「映像綺麗だったね」と穏やかに言う。

柊は「……音がでかい」とだけ。

 

「次、ショッピングだな!」

 

結衣が即決する。

 

「え、まだ行くの?」

 

響が驚く。

 

「当たり前でしょ。モール来て映画だけで終わるわけないじゃん」

 

「じゃあ何買うんだよ」

 

「見てから決める」

 

無敵の答え。

翔は苦笑して、みんなについて行く。

 

 

ショッピングエリアは、さらに人が多かった。

服屋、雑貨、アクセサリー、夏のセールの赤い文字。

 

「うわ、ここ地獄だ」

 

響が本音を漏らす。

 

「黙れ、ここは天国だ」

 

結衣が即座に否定する。

 

「男が入ったら負けるだけで、女には勝ち確の場所」

 

「勝ち確ってなんだよ」

 

翔が突っ込む。

結衣は服屋に突撃し、響が「待てって!」と追いかける。

柊は後ろで「……帰りたい」と小声で言いながらも、ちゃんとついていく。

 

翔は――その中で、ふと足が止まった。

雑貨屋の前。

ガラスケースに並ぶ小さなキーホルダー。

二つで一組になるタイプ。

昨日、夏樹と買ったものと似ている。

 

(……やめろ、思い出すな)

 

思い出したくないわけじゃない。

思い出すと、胸が揺れてしまう。

 

「翔さん?」

 

菜々の声。

気づけば、菜々が隣に立っていた。

 

「どうしました?」

 

「……いや、なんでもない」

 

菜々はケースを覗き込んで、首を傾げる。

 

「可愛いですね」

 

「……こういうの、好き?」

 

「好き、というか……」

 

菜々は少しだけ言葉を探す。

 

「“二つで一つ”って、分かりやすくて」

 

翔は息を飲みそうになった。

 

(それ、今言う?)

 

菜々は気づかず、続ける。

 

「一つだと意味が薄いけど、二つ並ぶと意味が生まれる。……そういうの、分かりやすいです」

 

真面目な声。

でも、それが逆に刺さる。

翔が何か言おうとした、その時。

 

「翔くん」

 

夏樹の声が、背後から入った。

振り向くと、夏樹が立っていた。

手には、結衣に押し付けられたらしい服のハンガーが二本。

 

表情はいつも通りなのに、目だけが少しだけ揺れている気がした。

 

「これ、どう思う?」

 

「え、なにそれ」

 

「結衣が“男目線の意見必要”って」

 

「俺、男代表になった覚えない」

 

「でも、翔くんは……ちゃんと見るでしょ」

 

その言い方が、少しだけずるい。

菜々が一歩引く。

引いたのは、譲ったからじゃない。

距離感を守るためだ。

その判断ができる菜々が、逆に怖い。

 

翔はハンガーを見る。

 

「……こっちの方がいいんじゃない?」

 

無難に答える。

夏樹が笑う。

 

「だよね。私もそう思った」

 

二人の会話は、短いのに空気が濃い。

菜々は黙ってそれを見て、すぐに視線を逸らした。

 

(……こういうの、良くない)

 

翔は分かっている。

でも、どうすればいいかは分からない。

 

 

その後も、みんなはあちこちの店に入っては出て、笑って、くだらないことで揉めて、また笑った。

 

響は「これ似合うだろ!」とサングラスをかけて、結衣に「似合わない」と即死判定されていた。

柊は「……お前ら元気だな」と呆れながらも、なぜか一番荷物を持っていた。

 

菜々は雑貨屋で小さなヘアピンを見つけて、手に取っては戻して、悩んでいる。

夏樹はその様子を横目で見て、さりげなく店員に「それ、在庫もう一個ありますか?」と聞いていた。

 

翔はその“さりげなさ”に、胸が少し痛んだ。

夏樹は、そういう優しさを持っている。

持っているのに、押し付けない。

 

(追い詰めない)

 

いつだったか、柊が言ってた言葉が頭に浮かぶ。

 

「……ずるいな」

 

翔が小さく漏らすと、隣にいた柊が「何が」とだけ返した。

 

「……なんでもない」

 

柊はそれ以上聞かない。

ただ、少しだけ翔の横顔を見て、すぐ前に視線を戻した。

 

 

気づけば、外は夕方だった。

モールのガラス越しに、オレンジ色の光が落ちている。

昼の熱が少し引いて、空気がやわらかい。

 

「そろそろ帰る?」

 

夏樹が言う。

その声は軽いのに、どこかだけ固い。

 

結衣が頷く。

 

「まあ、今日はだいぶ遊んだしね」

 

響は「腹減った」と言い、結衣に「さっき食っただろ」と叩かれる。

菜々は袋を抱えて「楽しかったです」と小さく言って、翔はその言葉に救われた気がした。

 

出口付近。

人の流れが、帰宅モードに変わっている。

 

「じゃ、駅行くか」

 

翔が言った、その時――

夏樹が、ふっと足を止めた。

そして、スマホを一瞬だけ見た。

 

画面を伏せる。

指先が、ほんの少しだけ強く握られている。

 

「……あ、ごめん」

 

夏樹が言う。

みんなが振り向く。

 

「私、先帰るね」

 

一瞬、空気が止まった。

 

「え、なんで?」

 

結衣が眉をひそめる。

 

「一緒に帰ろうぜ」

 

響も言う。

夏樹は、いつもの笑顔を作る。

 

「ちょっと、家の用事」

 

それ以上は言わない。

言わないのに、言えない感じがする。

菜々が、ほんのわずかに表情を変えた。

 

「……夏樹さん?」

 

「大丈夫だよ」

 

夏樹は優しく言う。

優しいのに、どこか線を引く声だ。

そして、翔を見る。

 

「翔くんも、ありがとね」

 

その言葉の間に、ほんの一拍だけ“飲み込む間”があった。

翔はそれを見逃せなかった。

 

「……うん。今日は、ありがと」

 

夏樹は、笑った。

 

「じゃ」

 

それだけ言って、夏樹は背を向ける。

結衣が「えー」と不満そうに声を漏らし、響が「まあ仕方ねぇか」と言う。

でも、誰も追いかけない。追いかける理由が見つからない。

 

柊だけが、夏樹の背中をじっと見ていた。

その視線が妙に鋭くて、翔は胸の奥がざわついた。

 

 

少し離れた場所。

モールの裏手――人通りが減る通路。

 

夕焼けとネオンの境目。

夏樹は一人で歩く。

足音が、やけに静かに響く。

 

「……夏樹」

 

低い男の声がした。

 

夏樹の肩が、一瞬だけ跳ねる。

止まる。

振り向く。

 

フードを深く被った男が、壁にもたれていた。

顔は影になって見えない。

けれど、声だけははっきりと耳に残る。

 

“慣れた声”――そう感じてしまうほどに。

 

「……こんなところで呼び止めないでください」

 

夏樹の声は、さっきまでの明るさが消えていた。

低く、冷えている。

男が一歩近づく。

 

「時間、もらえたか」

 

「少しだけです」

 

男は、笑っていないのに笑っているみたいな声で言った。

 

「……あの男のこと、話す気は?」

 

夏樹の指先が、ぎゅっと握られる。

 

「……あなたには、関係ない」

 

「そうか?」

 

その言い方が、やけに含みを持っている。

 

夏樹は、モールの出口の方向――翔たちがいるはずの方を、ほんの一瞬だけ振り返った。

夕焼けの中、みんなの笑い声がまだ残っている気がした。

それを振り払うみたいに、夏樹は静かに言う。

 

「……もう、巻き込ませない」

 

男が、少しだけ首を傾げた。

 

「守るつもりか」

 

「……守ります」

 

言い切った声は震えていない。

震えていないからこそ、怖い。

男は何も言わず、歩き出す。

夏樹も並んで、ネオンの影へと入っていく。

 

夕焼けが届かない場所。

光と闇の境目を越えていく背中。

最高の夏休みは、まだ終わらない。

 

でも――静かに“歪み”は始まっていた。

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