軍貫使いはZEXALで寿司を握る   作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ

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閑話です。短め。


ドロワの羽休め

ハートランドシティ。

天を衝くようなハートランド・タワーの威容は、この街の繁栄と平和の象徴だ。当然、私はそれが欺瞞に満ちていることを知っているが。その照らされる光が強ければ強いほど、街の隅々には濃い影が落ちる。ここはハートランドの商店街の一角。使い込まれた『軍艦処・赤司』と書かれた暖簾が、初夏の微風に揺れていた。

 

「……ここか」

 

カチリ、と硬い音を立ててヒールが止まる。長い髪をなびかせ、サングラス越しに店の外観を見つめる女性がいた。

他でもない私、ドロワである。 私は今、私的な調査の最中にあった。というのは建前である。

本音としては、先日のことだ。私とゴーシュがカイトのお目付け役として来た寿司屋。高いツケを払わされたその会計時に、板前の少年――赤司寿は私に興味深い事実を教えてくれた。

 

なんでも、彼が言うには昼であれば安いランチセットがあるとのことだった。

 

正直に白状すれば、あの時の味は感嘆に及ぶものがあった。私が単純に寿司をそれほど多く食べた経験がないのも影響しているのだろうが、それでもあの美味は私の舌に強く、抗いようのない衝撃を与えたのは間違いなく事実としてあるのだ。ここまで言ったなら分かるだろう。そう、私はお昼休みに、純粋に寿司を食べに来たのだ。たまにはこうして自分を労う時間があっても罰は当たらないはずだ。

 

店の前で立ち尽くしているのも野暮だ、暖簾を潜るとしよう。 暖簾の隙間から響いてくるのは、トントンと小気味よく響く包丁の音。そして、微かに鼻腔をくすぐる、爽やかでいてどこか背筋が伸びるような酢の香。

 

(……当然、殺気はない。けれど、この空気……)

 

私はデュエリストの端くれとして、数多の死線をゴーシュと共に潜り抜けてきた。その経験が、本能が告げている。この扉の向こうには、何か一つの道を極めた者がいると。期待は高まり、鼓動がわずかに速まる。私は迷いなく暖簾を押し分け、年季の入った引き戸を開けた。

 

「……いらっしゃい」

 

カウンターの奥から響いたのは、古い地層を削り出したような、低く無骨な声だった。 そこにいたのは、あの時の少年ではない。白衣を纏い、筋骨逞しい腕を晒した、中年の男。おそらく、赤司寿の父親というものであろう。カイトの赤司寿の調査の一環で報告書に書かれていた、確か厳造と言う男だ。彼は入ってきた客を凝視することもなく、ただ手元でガリを切り分けていた。その一太刀一太刀が、驚くほど正確で速い。

 

「一人か」

「ええ、一人です。……ランチをお願いしたいのだけれど、構わないかしら?」

「ああ。奥から二番目に座んな。そこが一番冷房の通りがいい」

 

私は言われるままに腰を下ろす。店内は変わらず清潔そのものだ。余計な装飾はないが、使い込まれた檜のカウンターは鏡のように磨き抜かれ、職人の矜持を無言で主張している。

 

(……息子が学校へ行っている間は、この男が一人で切り盛りしているか。……隙がないな。座っているだけで、この空間の支配権を握られているのがわかる)

 

私はサングラスを外し、品書きを一瞥した。厳造は絶妙な間を置いて、湯呑みに熱い茶を注ぎ、私の前に差し出してきた。立ち上る湯気と共に、茶葉の香りが鼻を抜ける。

 

「改めまして、ランチセット。……それと、ワカメを付けてもらえる?」

「……あいよ」

 

大将が動く。それは、私が知るトップクラスのデュエリストたちの挙動に酷似していた。無駄のない手の動き。指先一つ一つが、コンマ数秒先の完成を逆算して動き、思考の迷いは塵ほども見当たらない。厳造はまず、小鉢に盛り付けられたワカメを差し出した。それは何の変哲もない、ただの酢の物に見えた。だが、それを一箸口にした瞬間、私は目を見開いた。

 

(……っ⁉)

 

磯の香りが、爆発するように喉の奥で弾けたのだ。ワカメは驚くほど肉厚で、噛みしめるたびに弾力のある繊維が心地よく弾ける。そこから溢れ出すのは、海の滋味そのもの。それを纏める三杯酢の加減がまた絶妙だ。酸味は決して尖らず、むしろワカメの奥底にある甘みを引き立てるように、背後から優しく支えている。

 

「……見事なワカメね。本当に美味しい」 「当たり前のことだ。付け合わせが死んでちゃ、役者は活きねえからな。」

 

厳造は短く答えつつ、桶からシャリを手に取る。ここからが、私にとっての対局だった。

 

最初の一貫。本マグロの赤身。カイトが最初に口にし、そのあまりの美味さに表情を変えていたのを覚えている。厳造の手の中で、米と魚が刹那の間に一体化する。その速度、わずか数秒。差し出されたそれは、流れるような曲線を描く芸術品のようだった。

 

(……これは)

 

それを摘み、口へ運ぶ。───先日、あの少年から受けたものとは一味違う、いや、それよりもさらに深い地層から湧き上がるような衝撃が訪れた。 舌に乗せた瞬間、体温でマグロの脂が静かに溶け出し、同時にシャリがパラリとほどける。濃厚な赤身の旨みが、適度な酸味のシャリと混ざり合い、口の中で一つの完成された小宇宙を構築する。それはデュエルで例えるならば、強者が放つ「一手目」。洗練されたスタンダードな初動。相手の出方を伺いつつも、圧倒的な地力差で主導権を根こそぎ奪い去るような一打だ。

 

(素晴らしいとしか言えない……。まるで、計算し尽くされたデッキから引き出された、理想的な初動カード……。この一貫だけで、この男がどれほどの職人か理解できる)

 

厳造は私の驚きなど露ほども気にせず、次の一巻を握る。二貫目は真イカ。 刺身を取り出し、目に見えぬほどの速さで包丁を薄く入れる。シャリの上に大葉とワサビを忍ばせ、同様に丁寧ながら、目にも留まらぬ速さで握られた。

 

(……二手目。こちらの防御を潜り抜ける、搦め手ね)

 

イカの表面には、髪の毛ほどの細さで幾筋もの隠し包丁が入れられている。口に入れると、その切り込みによって増した表面積から、イカ特有の甘みがネットリと舌に絡みつく。そこに大葉の清涼感が吹き抜け、後からワサビの鋭い刺激が追いつき、味の輪郭を鮮明に浮き彫りにする。

 

私の脳内に、蝶が舞う。幻蝶の刺客が、音もなく相手の懐へ滑り込み、急所を射抜くような……そんな鋭利な切れ味。

 

(……ただ旨いだけじゃない。この職人、こちらの期待を常に一歩先取りして、鮮やかに裏切ってくる……)

 

三貫目は、生サバ。光り物だ。職人の腕と仕入れのセンスが最も問われる領域。厳造のサバは、浅すぎず深すぎず、絶妙なタイミングで酢から引き揚げられたことがわかる、美しい銀色の光沢を保っていた。

 

(……三手目。リソースの管理と、盤面の維持。長期戦を見据えた、確かな構築眼だわ)

 

私は心の中で唸った。脂の乗ったサバを酢がキリリと引き締め、その上にはちょこんと生姜が乗っている。それはまるで、厳格な父親の体躯に甘える子供の様相を想起させ、何とも言えない安心感を与える。この調和は、一分の狂いもないデュエルタクティクスをまじまじと感じさせてくる。

 

気づけば私は目の前の「食」という名の決闘に、一人の挑戦者として没頭していた。

 

そして最後。四貫目。 厳造が海苔を手に取り、パリリと小気味よい音を立てる。彼が握ったのは、この店の看板である、いくらの軍艦巻き。

 

「お待ち。……軍艦だ」

 

差し出されたそれは、漆黒の海苔の壁に囲まれた、宝石のように紅く輝く一皿だった。私は居住まいを正し、目の前の軍艦に向き合い、覚悟を決めて口に含む。

刹那。私の脳裏に、最先端のARビジョンすら凌駕する鮮烈な光景が広がった。 海苔の香ばしさが重厚な装甲のように舌を包み込み、次の瞬間、いくらの一粒一粒が弾けて濃厚な旨みの砲火を放つ。それは、単なる「いくらの味」という言葉では到底片付けられない。濃密な旨味と、それに付随する圧倒的なカタルシス……!

瞬間、私の意識は広大な海原へと飛んだ。 海苔の香ばしさが波のように押し寄せ、濃厚な旨味の奔流が怒涛の勢いで心まで飲み込んでいく。全ての要素が「軍艦」という一つの枠組みの中で、爆発的なシナジーを生んでいる。

 

「……っ!」

 

絶妙な塩梅で醤油に漬け込まれたいくらのコクが、凛と立ったシャリの一粒一粒と混ざり合い、一つの完璧な勝利の方程式を完成させていた。飲み込むのが惜しい。だが、喉を通った後の余韻さえも、計算された戦術の一部であるかのように心地よく、私の魂を震わせる。

私は深く、長く息を吐き、残った茶を啜った。

 

「……負けたな、これは」

 

思わず、独り言が漏れた。厳造は、その言葉の意味を問うことはしない。ただ、使い込まれた布巾で、再び鏡のようなカウンターを拭うだけだ。

 

「……ランチ、八百円だ」

「安すぎるわ。このクオリティなら、この数倍を支払っても惜しくないのだけれど」

「うちは本当の寿司が食べてぇ奴らが、腹を空かせて来る店だ。高級店ごっこがしたきゃ、タワーの上のレストランにでも行きな。」

 

その言葉に、私は微かに微笑んだ。誇り。この男には、自分が何者であり、誰のためにその腕を振るうのかという、揺るぎないアイデンティティがある。それは、戦う理由を失わずに過酷な戦場に立ち続ける、一流のデュエリストの瞳と同じものだ。

 

「……ごちそうさま。本当に、いい戦いだったわ」 「……お粗末様。口に合ったなら何よりだ」

 

私は代金を置き、再びサングラスをかけた。店を出る際、私はふと立ち止まり、背後の厳造に問いかけた。

 

「……一つ、聞いていいかしら。あなたのような人が育てた息子……。彼は、どんな風に育ったの?」

 

厳造は初めて、わずかに目尻を緩めた。それは、親としての苦笑か、あるいは一人の男としての信頼か。

 

「……馬鹿野郎だよ。寿司を握るより先に、カードを握りやがった。今は経験を積ませているが、やるからには極めろとだけ言ってある。あいつなりに、シャリの重さを、その一粒に込める責任というものを知ろうとしているようだ」

 

私は、満足げに頷いた。調査は終了だ。カイトが気にする少年。そのルーツは、この鋼のような意志を持つ職人にあった。敵か味方かはまだ分からないが、少なくとも、卑怯な真似をするような輩ではないことは確信できた。

 

「また来るわ」 「ああ、いつでも来い。腹を空かせてな」

 

暖簾を潜り、外へ出る。 先ほどまで不快に感じていた街の喧騒が、今は不思議と耳に優しく響いた。私は大きく一つ、深呼吸をした。肺いっぱいに、清涼な空気を吸い込む。

 

蝶は、再びハートランドの空へと羽ばたいていく。その心は、先ほどまでの重圧から解放され、不思議と軽やかだった。




ナンバーズハンターに昼休みってあるんですかね?
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