軍貫使いはZEXALで寿司を握る   作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ

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みなさんご存じのあの人(?)の登場です。
評判悪かったら消すかもしれませんが。





紅一刻の苦情悪魔

「ふぅ……。ようやく片付いたか」

 

俺──赤司寿は、使い込まれた布巾を絞り、檜のカウンターを木目に沿って丁寧に拭き上げる。

昼のランチ営業を終えた店内は、外の喧騒が嘘のような静謐に包まれていた。鼻腔をくすぐるのは、微かな酢の香りと、磨き抜かれた檜が放つ芳香。この凛とした空気の中に身を置く時間は、板前として、そして一人の転生者として、至福のひと時と言っても過言ではない。

 

さて、先日の神代凌牙…失礼、シャークさんとの共闘。あのアシッド・ゴーレムの一件以来、彼と妙な縁ができたのはいいのだが、副作用も小さくなかった。俺のナンバーズに対する異常な精神耐性を目の当たりにした彼は、俺をもはやただの寿司屋とは見ていない。何かどす黒い裏があるのではないかと、その鋭い眼光で探ってくるのだ。

 

実際、自分でも説明がつかない。精々根性で耐え抜いた、なんて言っても、この世界の住人には冗談にすら聞こえないだろう。

 

(本来なら、ただのモブとして……。寿司職人の息子として、生きるつもりだったんだが)

 

カイトや遊馬、シャークといった主人公らの連中に関わると、平穏という文は向こう側から全力で逃げていく。俺には前世の知識というアドバンテージがあるが、それは同時に、知らなくていい世界の裏側を覗き見てしまうディスアドバンテージでもあるのだ。……じゃあ、なんであの時、危険を承知でデュエルに乱入したのかって?無論、それには理由がある。だが、それを語るにはまだ、仕込みの時間が足りない。

 

(ぶっちゃけもう諦めたまであるがな、とはいえ気持ち半分だ。まだ50%は諦めてねぇ)

 

そんな益体のない思考を巡らせている間に、ようやく清掃が完了した。

 

「……よし、これで完璧。あとは夕方の仕込みまで、少し仮眠でも──」

 

そこまで言いかけて、俺は自分の言葉を喉の奥に押し込んだ。視線の先、カウンターの端。

俺が先ほどまで、指紋一つ残さぬよう入念に磨き上げたはずのその場所に、「それ」はあったのだ。

 

 

 

####

 

 

 

場違いな、一枚のカード。裏返しの状態でポツンと置かれている。

 

(……は? 忘れ物か? いや、ありえない)

 

この店の客層は、食事中にカードを広げるような無作法な輩ではない。何より、数秒前までそこには何もなかった。

しかし、手を伸ばした瞬間それは只者ならぬものということを理解した。身体全身から薄寒いものが這い上がる。湿り気を帯びた、澱んだ魔力。

不気味な気配を放つそれを放置するわけにもいかず、俺は意を決して恐る恐る指をかけた。

カードを、表に返す。

 

『No.60 刻不知のデュガレス』。

 

「……ゲッ。ナンバーズじゃねえか、これ」

 

嫌な予感が見事に的中し、反射的に手を離そうとしたが、既に遅い。カードから漆黒の霧が噴き出し、瞬く間に店内の照明を飲み込んでいく。

 

(我は刻を司る者……。失われた過去、見えざる未来。全ての欲望を今、ここに……!)

 

霧の中から現れたのは、奇怪な形状の杖を持ち、享楽的な笑みを浮かべる老人風の魔人。

その姿は、この清潔な寿司屋の風景にはあまりにも不釣り合いで、邪悪だった。その面倒な野郎は俺に口を開く。

 

「さあ、貴様は我の器となれ! お前の魂を対価に、我は現世を謳歌しようぞ!」

 

デュガレスが咆哮し、俺の胸元へと猛然と飛び込んでくる。

 

「……へ!? ……あ、おい……」

 

ぐらりと視界が歪む。脳内を直接掻き回されるような、凄まじい精神的プレッシャー。

普通なら、この瞬間に理性が焼き切られ、自我をナンバーズに明け渡すのだろう。

 

だが、俺の魂は――

 

(……重い。肩が漬物石を乗せたみたいに重いな、これ。……でも、それだけか?)

 

「な……!? なぜだ! なぜ我の憑依を撥ね除ける! どうなっているのだ!」

 

──よく分からんがレアだぜ。俺の体内で、デュガレスの困惑に満ちた声が反響する。

憑依自体はされているらしい。背後にスタンドのように浮かぶ濃密な殺気を感じるが、俺の意識は皮肉なほどにはっきりとしていた。

 

「あのさ……。勝手に人の体に入るのはやめてくれないか。不法侵入だぞ」

 

俺は重い肩を回してコリをほぐしながら、目の前の魔人を睨み据えた。

 

「な、ななな……。貴様、我を前にして正気を保つというのか! アストラルの使者か? それともバリアンの……!」

「ただの板前見習いだ。……ったく、肩こりが酷くなりそうだ。用がないならさっさとカードに戻れよ。もうすぐ親父も帰ってくるんだ」

「お、おのれ……! 我を侮るな! ならば強硬手段だ! 刻を飛ばし、お前の空腹を極限まで引き上げ……我の望む『捧げ物』を出させるまで居座ってやるわ!」

 

「捧げ物?」

 

デュガレスは、震える指でカウンターの一点を指差して吠えた。

 

「そうだ! 我は知っているぞ! この国の民が愛してやまない、あの橙色の……脂が滴り、とろけるような至高のネタを! さあ、今すぐ出せ! 『サーモン』を握るのだ!!」

 

「…………は?」

 

あまりにも、あまりにも俗世的で低俗な要求に、俺は呆れて言葉を失った。

 

「サーモン? お前、いまサーモンって言ったか?」

 

「いかにも! アストラル世界から放出された時に情報を得たわ! あの『テレビ』という魔法の箱では、誰もがそれを求めていた! さあ、我の能力で何を望む!富か?力か?それとも過去の遺物か? だからサーモンを出せ!」

 

俺は、本日何度目か分からない深い溜息をついた。

 

「……断る」

「な……何だとぉ!?」

「いいか、デュガレスとやら。うちは『軍艦処・赤司』。少し変わっているとはいえ、基本的には寿司屋の伝統を重んじる店なんだ。……サーモンなんて邪道なネタ、置いてあるわけないだろ。あと、効果を使った後の次ターンにメインフェイズを飛ばされるのも非常に困る。営業時間が終わっちまう」

 

「邪、邪道だと!? あれほど人気なものを!」

 

「少し歴史の勉強だ。本来、鮭ってのは寄生虫の関係で生食には向かなかったんだ。ノルウェー産の養殖サーモンが普及したのは、ここ数十年のマーケティングの結果だ。つまりな、お前の知識は底が浅いんだよ。伝統ある寿司屋ってのは、今でもサーモンを置かない店が多い。特に、うちの親父のような頑固板前なら、注文された瞬間に塩を撒いて追い出すだろうな」

「知るか! 我は食いたいのだ! 刻を操る我にとって、鮮度など関係ない! 未来から取り寄せろ! さもなくば、この店の時計を全て十年後に進めて、魚を全部腐らせてやるぞ!」

「十年後どころか、三日放置するだけで全廃棄だわ! 営業妨害も甚だしいな、この魔神……!」

 

俺が実体のない魔神と不毛な言い争いを繰り広げていた、その時。

 

 ガシャァァァン!!

 

店の引き戸が、乱暴に蹴破らんばかりの勢いで開け放たれた。

 

「いたぞ、ナンバーズの気配だ!」

 

「赤司! 無事か!?」

 

「…………最悪だ。役者が揃いやがった」

 

俺は顔を覆った。

そこに立っていたのは、青い閃光のような殺気を全身から放つ天城カイト。

そして、今にも転びそうな勢いで飛び込んできた九十九遊馬。

その隣には……俺には見えないが、当然のようにアストラルが浮かんでいるのだろう。

 

カイトは俺の背後に蠢くデュガレスを一瞥するなり、容赦なくデュエルディスクを展開した。あ、それ見えてるんですか?

 

「『刻不知のデュガレス』……。持ち主の欲望を肥大化させ、対価として時間を喰らう悪魔か。……おい、赤司寿。貴様、またナンバーズに取りつかれたか。救いようのない男だな」

「取り憑かれてるっていうか、勝手に居座られてるんだよ。おい遊馬、こいつを回収してくれ。サーモン出せサーモン出せって、さっきからうるさくて仕込みが進まないんだ」

「ええっ!? サーモン!?」

 

遊馬が拍子抜けしたような声を出し、視線の定まらない虚空――アストラルがいるであろう場所へ顔を向けた。

 

「そんなこと言ったってよ、アストラル! カイトが今にもフォトン・チェンジしそうだぜ!」

「待て、カイト!」

 

俺はカウンターを叩き、鋭い声を上げた。

 

「店内でデュエルは禁止だ! あのフォトン・チェンジの眩しい光は魚の身の色を悪くするし、何よりこの店は狭い。衝撃波なんて出されたら、今夜の営業ができなくなる。看板を汚す気か?」

 

カイトは、氷の楔のような冷徹な瞳で俺を射抜いた。

 

「……貴様、ナンバーズに精神を蝕まれている自覚がないのか。その怪物を放置すれば、ハートランドの時間は歪み、崩壊する。貴様の店など知ったことではない」

 

「知ったことなんだよ、こっちは! ……いいか、こいつは納得すればカードに戻る。そういう性質の奴なんだろ?」

 

俺は自分に憑依し、カイトの気圧されて震えているデュガレスに向き直った。

 

「デュガレス。お前、本当に『サーモン』がいいのか?」

「何……?」

「お前が見たのは、おそらくだが、ただの脂の塊だ。安価な回転寿司で流れている、均一化されたエサだよ。刻を司る魔神を自称する男が、そんなどこにでもある味で満足して、歴史の一部になったつもりか?」

 

俺は無言で、調理場の下にある小型の急速冷凍庫を開けた。

そこには、厳造が「特別な客」のために仕込み、極限まで状態を管理していた秘蔵のネタが眠っている。

 

「……サーモンはない。だが、鮭ならある」

「鮭? 同じではないか!」

「全然違う。これは『銀鮭のルイベ』だ」

 

俺は凍りついた銀鮭のブロックをまな板に置いた。

柳刃包丁を抜き、その刃先を一度、水で濡らす。

カイトも遊馬も、そして見えないアストラルも、突如始まった調理という名の儀式に、息を呑んで見守っている。

 

「ルイベはアイヌ語で『溶ける食べ物』という意味だ。その名の通り、一度冷凍することで、生の鮭の弱点である寄生虫を死滅させ、同時に細胞を壊して旨味を極限まで引き出す。……刻を止め、冷気によって味を熟成させる、冷凍という名の魔法だよ」

 

サク、サク、と心地よい音が静かな店内に響く。

俺は微かに凍ったままの鮭を、紙のように薄く、それでいて存在感を失わない絶妙な厚さで切り出した。包丁の重みだけで、凍った細胞が解けていく。

 

「いいか、デュガレス。お前の能力は『二倍』にするものが多いよな。だが、このルイベは違う。口の中の温度によって『溶ける』ことで、味の密度を何倍にも、何十倍にも膨らませるんだ。お前のまどろっこしい時間の操作なんて必要ない。この一貫が、お前の刻を支配する」

 

俺は桶から人肌に温めたシャリを取り出し、掌の中で小さく、優しくまとめる。

その上に、凍った銀鮭の薄片を乗せた。

 

「醤油はいらない。……これは、岩塩と、微かにスダチの皮を振ってある。……食え」

 

カウンターに置かれたのは、デュガレスが求めていた「派手な橙色」ではない。

深く、落ち着いた秋の色を湛えた、宝石のような一巻。

 

「………………」

 

デュガレスは俺の体から這い出すようにして、その寿司を凝視した。彼は迷うことなく、霊体の一部を使ってその一巻を吸い込んだ。

 

一瞬の静寂。

 

「………………っ!!」

 

デュガレスの姿が、激しく明滅し、歪む。

 

「な、な、な……っ! なんという……! 最初は冷たく、牙を剥くような氷の刺激。だが、舌の上で刻が動き出した瞬間……脂が、旨味が、雪解けの水のように溢れ出してくる……!」

「それがルイベだ。冷凍されることで凝縮された旨味が、お前の言う『刻』をスキップして、ダイレクトに脳に届くんだよ」

「……素晴らしい。我の知るどの未来、どの過去にも、これほどの『調和』はなかった。……橙色の派手な脂など、この深みに比べれば薄っぺらな幻に過ぎぬ……」

 

デュガレスの体が、眩い光の粒子へと変わっていく。

彼は満足げに、そしてどこか晴れやかに微笑み、俺の目を見た。

 

「……赤司寿と言ったか。貴様、刻を司る我に『今、この瞬間』の尊さを教えるとはな。……いいだろう。我の存在、お前に預ける。次に我が目覚める時は……マヨネーズというやつも、検討しておけ」

「……グルメな爺さんだ。検討だけしといてやるよ」

 

デュガレスは一筋の光となり、カードの中に吸い込まれた。店内に満ちていた重苦しいプレッシャーが霧散し、柔らかな午後の陽光が戻ってくる。

 

カウンターに残されたのは、静かに眠る一枚のナンバーズ。

 

「…………はぁぁぁぁぁぁ」

 

俺はその場に、糸が切れたように崩れ落ちた。

 

「おい遊馬、ナンバーズっていうのはいつもこいつみたいなやつだらけなのか?「いやーっ、分かんね…え?何だって?ああ、ナンバーズの種類によるって?ああ、なるほど。」

「まぁいいか、疲れた……。もう、本当に出前以外でデュエルに関わりたくない……」

「…………おい」

 

頭上から冷徹な声。カイトだ。

彼はいつの間にかデュエルディスクを解除し、サングラスをかけ直していた。

 

「回収は不要だ。……貴様が持っていれば、悪用される心配はないだろう。少なくとも、あの馬鹿よりは、カードの『扱い』を理解している」

 

「ええっ!? 俺より上かよ、カイト!」

 

遊馬が叫んでいるが、俺はそれどころではない。

 

「カイト、お前も何か食べていくか? もう鮭はないけどな」

「……不要だ。ハルトが待っている」

 

カイトは背を向け、去り際に一度だけ、俺の背後――正確には俺が握った寿司があった場所を盗み見た。

 

「……ルイベか。気が向いたら、次は夜に訪れよう。……その時まで、店を潰さないことだ」

「はいはい、努力しますよ」

 

嵐のようなナンバーズハンターが去っていく。残されたのは、遊馬と、おそらくその頭上に浮かび、俺を「未知の生物」を見るような目で見つめているであろうアストラル。

 

「なあなあ、赤司! 俺にも食わせてくれよ、そのルイベ! お腹減っちゃってさ!」

 

「ダメだ。あれは親父の貰い物なんだよ。さっきの一貫だって、後でなんて言い訳するか考えてる最中なんだからな」

 

「いいだろー! ケチくさいこと言うなよ! な、アストラルも食いたがってるぜ、多分!」

 

(アストラルの分って……どうやって食わせる気だよ。供え物か?)

 

当然、そんな声は聞こえない。

だが、遊馬が虚空と会話しているのを見て、アストラルが何か理屈っぽいことを言ったのは察しがついた。

 

「……仕方ない。遊馬、残ったガリとコメなら食わせてやる。座れ」

 

「ガリかよ! ……まあいいや、かっとビングだ、俺!」

 

元気よくカウンターに飛び乗る遊馬を見ながら、俺は柳刃包丁を鞘に収めた。

 

時計の針が、刻々と夕食の準備時間を告げている。

ナンバーズが何だろうと、世界がどうなろうと。

板前にとって一番大切な刻は、これからやってくる客のためにネタを研ぎ澄ませる「今」なのだ。

 

(……さて、親父が帰ってくる前に、ルイベの在庫をごまかさないとな……)

 

モブとしての俺の本当の戦いは、これから始まるのだった。









個人的には背反の料理人がいいと思ってたのは裏の話。
戦術が一発ネタすぎて見栄え悪いんじゃ
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