軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
健三郎との一戦を終えた俺は、夕日が忍び寄り始めた街を、再びママチャリで全力疾走する。心地よく吹く風に混じる熱気が、白い調理服をじっとりと肌に貼りつかせる。ふと脇目を振ると、やはりそこら中にデュエリストが獲物を探し回っている様子が分かる。初日というのもあってか、暮れに差し掛かってきたのにも関わらずかなりのデュエルの喧騒が聞こえる。
俺は健三郎のように立ち塞がれないことを心底祈りながら道路を駆ける。背中の出前箱の中では、予備のチラシがカサカサと虚しい音を立てていた。
(……急がねえと。最悪、カピカピのを渡すことになっちまう)
「おいそこのお前!俺と─」
「そういうのは他の奴にしてくれ!」
誓って俺はデュエルなんか申し込まれてないし、俺はそれを聞いてもいない。いいね?
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数分後。
俺はDゲイザーのマップを頼りに、ハートランドシティの華やかな開発エリアから切り離された、静寂の支配する古い洋館へと辿り着いた。手入れの行き届いた庭園とは裏腹に、そこには人の気配を拒絶するような、ひんやりとした重たい空気が淀んでいる。
「……注文の住所はここか。ホントにここであってるのか?」
しかし確かにマップはここを指示しているし、辺りに住居は見当たらない。
自転車を止めて荷台から出前箱から丁寧に移し替えた、重箱が入る風呂敷包みを手に取る。門を叩こうとしたその時、重厚な扉が音もなく内側から開いた。
(えっ?)
そこに佇んでいたのは、透き通るような白い肌に、比較的重力に従った形の赤みのかかった色の髪型。どこかこの世の果てを見つめているような静かな瞳を持つ少年だった。
Ⅲ――その名が脳裏をよぎる。
まさかこんなところで会うだなんて思いもしなかった。
(……間違いない。トロン一家の三男坊だ。ということは、ここはまさかトロン一家の根城か。よりによって、ここに出前を届ける羽目になるとはな……)
俺は心の内で盛大に舌打ちをした。 決して言葉には出さないが、前世の記憶から俺はこの家の雑事情を、ある種の既知の事実として感情までは理解しきれずとも概要を知っている。
彼は爽やかそうな雰囲気を感じさせようとさせる素振りを露骨なまでにしているが、それでも分かる。この少年の瞳に宿っているのは、平穏な日常を生きる者への慈しみではなく目的のためにすべてをなぎ倒そうとする修羅の静寂だ。
「……『軍艦処・赤司』さんですね? お待ちしていました」
Ⅲは、俺の調理服や前掛けを見ても眉一つ動かさず、ただ静かに、そして深々と頭を下げた。
「お待たせしました、こちら特上軍艦セット三人前です。……道中で少しトラブルに遭いましてね。予定より遅れました。申し訳ない」
まさか注文主はⅢだったのか。客であることを認知した俺は遅くなったことを謝罪し、俺は風呂敷を両手で抱えてチラシと共に渡す。
「ありがとうございます、でもそんな急いでいる訳じゃありませんから。気にすることないですよ?」
彼は不敵に笑って見せるが、やはりその雰囲気は途切れない。
「そうですか。一応中身、確認されます?」
俺はあえて、目の前の少年が纏う異様なプレッシャーに気づかないふりをする。板前としての事務的な態度でそつなくやりすごす。それこそが彼の狙いだろうし、この異質な空間で俺が正気を保つための唯一の錨だ。一応品質チェックする旨の確認を聞くが、Ⅲは中身を見るまでも無く答える。
「いいえ。鮮度は保たれているようです。問題ありません、受け取らせていただきます」
Ⅲは俺が差し出した風呂敷包みを、まるで神聖なアーティファクトでも扱うように恭しく受け取った。
瞬間、指先が触れ合う。その刹那、俺の右目に装着したDゲイザーが、物理的なノイズを拾って激しく明滅した。 Ⅲから溢れ出す『紋章』の余波。それは魂を直接削り取るような重苦しい振動だった。
(……ピリピリしやがる。分かっちゃいたが、只者じゃねえ)
背筋を不気味な寒気が駆け抜ける。本来ならソソクサと逃げ出したいところだが、まだ代金をもらってないのでそうすることは許されない。今の俺は業務中の板前の身分。このピリついた空気すら、ワサビの刺激程度に変換しなけりゃやってられない。
「では代金を…」
早く代金を領収書と引き換えたい俺はそう言いかけるが、その先にⅢは俺にこう言ってくる。
「なるほど……参加者だったのですね?しかも、あなたは普通の参加者ではない。もっと特殊な何か──!」
気づかれたか?まさかこいつ、俺がナンバーズを持っていることを──!?
「であれば話は別、代金はデュエルで支払──」
まずい!完全に気づかれた!
Ⅲの言葉が、低く、重く、庭園の静寂を切り裂く。彼の手が、自身のディスクへと伸びようとする。その瞳に冷たい光が宿り、デュエルという名の清算が始まろうとしたその瞬間、俺とⅢは思いもよらぬ声を聴くこととなる。
「おい!」
屋敷の奥から、粗々しいようでかつ有無を言わせぬ圧を伴った声が響いた。現れたのは、整った顔立ちに、どこか貴族的な気品を漂わせた青年。トロン一家の次男――Ⅳだ。それに気づいたⅢは一転、その臨戦態勢を一瞬で解き、Ⅳに向かう。
(……Ⅳか、Ⅲならまだしもさらに危険人物が来やがった……!)
「おい、遅いぞⅢ! 飯なんて何でもいいと言ったが、まさかこんな出前寿司を注文していたとはな!」
まさか人がいると思っていなかったのか、素の荒くれモードのⅣさんが扉の奥から出てくる。それを見ると同時に俺の心臓が、本日最大級の警報を鳴らす。
「……兄様ですか。ちょうど今、注文していたお寿司が届いたところなんです」
「おや客人か、これは失礼。すまなかったねご客人。ほう、寿司屋か。Ⅲ、君のチョイスはいつも感心するよ。日本文化の粋を味わうのは、精神の修練にもなるからね」
すばやく彼は、表向きの顔――すなわち紳士的で慈愛に満ちた極東チャンピオンとして猫を被る。その驚異的なまでの態度の変化は感嘆に及ぶものだろうが、その猫の皮がどれほど薄く、その下にどれほど凶暴な本性が隠されているか。あちらにとっちゃ不都合だろうが、俺はその事実を既知のものとしている。
Ⅳは優雅な足取りで俺の前に立つと、穏やかな微笑を浮かべた。その瞳の奥には、獲物を値踏みするような悦楽の光が微かに混ざっている。
「わざわざこんな場所まで、ご苦労様。君がこの店の……ええと、『軍艦処・赤司』の板前さんかな? 誠実そうな顔立ちだ。きっと素晴らしい仕事をするんだろうね」
おい、絶対今俺の腰掛け見ただろ。お世辞を言われても誤魔化せないぞ。
(……しかし、いざ目の当たりにすると、とにかく怖いな。その演技と知らないと分からないまでの爽やかすぎる笑顔が逆に怖い。口角が上がっているだけで肝心の目が全然笑ってねぇんだよ……!)
俺は冷や汗を拭いながら、代金を改めて支払うよう促す。
「あ、ああ……どうも。すみませんお客様、お代は現金かキャッシュレス、どちらで?」
「現金でお願いします。兄様、これ持っててくれないかな?」
そう言ってⅢはⅣに包みを持たせ、懐から金を取り出して領収書と手渡しで交換する。
「いや、まさか極東チャンピオンがここに住んでいるなんて。知りませんでした、驚きですよ。」
「そう思ってくれて光栄だよ、もちろんだとも。これ、チップだ。少ないが受け取ってくれるかい?」
俺はⅣの異名である極東チャンピオンの敬称で彼をそう呼び、機嫌を取らせてみるとまさかチップをくれた。それは想定外だ。
彼の手のひらから数枚のコインが現れ、手渡される。
「ど、どうも。ありがたく受け取らせていただきます。まさか極東チャンピオンから貰えるなんて、本当ですか。」
「当然。君のような熱心な労働者に、正当な報酬を支払うのは私の喜びだからね」
俺はⅣの突然のサービスに驚かなければいけないかと思い、わざとらしく言って見せる。いや普通に嬉しい気持ちもあるが。彼は比較的まともな返答をすると、ふと俺の左腕に視線を落とした。
「……おや。君もWDCの参加者なのかい? 驚いた、奇遇にも私もなんだ。」
「板前として包丁を扱うだけでなく、デュエルディスクまで使いこなすとは。まさに素晴らしいじゃないか。どうかな、もし時間があるなら……君のその情熱を、私のディスクで受け止めてあげてもいいんだよ?」
機嫌に乗ったらしい彼がそう話題を転換すると途端にピリッ、と空気が凍りつく。一見紳士的な口調の裏側に、相手を徹底的に叩きのめしてハートピースを奪い取りたいという、剥き出しの飢餓感が透けて見える。
(俺はデュエルしに来たんじゃなくて、ただの配達員なんだよ! 巻き込まないでくれ!)
「……いや、嬉しい申し入れですけどお断りします。見ての通り、俺は一介の板前。あなたのようなスターの相手をするには、まだまだデュエルの修行が足りません。それに……」
俺は勇気を振り絞り、Ⅳが持つ寿司の容器を指差した。
「あなたみたいな『ファンサービス』を信条にする方なら、分かるはず。いま、この瞬間……一番優先されるべきは、デュエルじゃない。」
「その寿司が美味しい状態であなたがたの口に入ること。時間を食って、ネタが乾いたら……それは一介の寿司屋として、最大の失礼と比類ありません」
「…………」
Ⅳの微笑が、一瞬だけピキリと固まった。
「……言うじゃないか」
一瞬、素の刺々しい声が漏れ出したが、彼はすぐにまた柔和な仮面を貼り直した。
「……ハハハ! 参ったな。確かにその通りだ。いや、すまないな。全く本当だ。食の芸術を損なうことは、私にとっても本意ではない。君の職人としての誇り、しかと受け取ったよ」
「ハァ、兄様……。すみません、お引き止めしてしまって」
Ⅲが溜息をつき、どこか申し訳なさそうにフォローを入れる。 Ⅳは渡したチラシを指先で弄びながら、優雅に身を翻した。
「行きなさい、板前。君の店……『軍艦処・赤司』、覚えておこう。いつか、最高の舞台への招待状を送るかもしれないからね」
「……それでは、失礼させてもらいます。また御贔屓に」
俺は心底お断りだと思いつつビビり散らかした足に喝を入れ、颯爽と自転車に跨った。もう一秒だってここにいたくない。背後では、Ⅳが「Ⅲ、では頂くとしようか。まさかとは思うがワサビが効きすぎている……なんてことはないだろうね?」と、穏やかな声で、しかしどこか脅迫めいた調子で話しているのが聞こえてくる。
夕闇が迫る中、俺は逃げ帰るように疾走する。WDC開幕初日にして俺は限界を迎えようとしていた。
(……死ぬかと思った。マジで死ぬかと思った。トロン一家の兄弟の間に寿司を置くなんて思ってもなかった)
つとめて平静に対応したつもりだが、俺の首元には冷や汗が出ているのが感覚から分かる。
俺は全力でペダルを回し、呪われた洋館から離脱する。すっかり夜に差し掛かろうとしている夕闇の方から吹き付ける風が、じっとりと濡れた調理服の襟元を冷やしてくれる。
「……くそ、これじゃ幾らあっても心臓が持たねえ。初っ端からどうして特級の化け物に2人も遭遇するんだよ……」
俺は二度と行きたくないという気持ちと、そうは言っても原作キャラにリピートしてもらいたいという二つの衝突しあう感情を抱えながら、夜の帳が下り始めた街を、思考を投げ捨てるようにランプで道を照らすママチャリで全力疾走した。
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洋館の重厚な扉が静かに閉まり、外の世界の喧騒と、あの板前が持ち込んでいた場違いなほど真っ当な熱気が遮断された。廊下には、微かに酢飯の香りと、磯の香りが漂っている。
「……変わった男だ。僕の紋章の波動に当てられながら、代金の請求と寿司の鮮度の心配しかしないなんて」
Ⅲは手にした風呂敷包みの重みを感じながら、ポツリと独り言を漏らした。 さっきまでディスクに手をかけ、男を狩るべき強者として見定めていた鋭い眼差しは、今はどこか困惑したような、年相応の少年のものに戻っている。
「フン、ただの無知な馬鹿か、あるいはよほどの胆力があるのか……。どちらにせよ、あそこまで言い切られては、私の『ファンサービス』も形無しだ」
隣でⅣが鼻を鳴らす。彼は紳士的な笑みを浮かべたまま、その実は苛立たしげに、赤司から受け取ったチラシを指先で弄んでいた。
「……行きましょう、兄様。Ⅴ兄様も待っています」
二人がダイニングへ向かうと、そこには既に長男のⅤが待っていた。 彼は数枚のモニターに映し出された複雑な幾何学データや宇宙のスペクトル図を凝視しており、二人が戻ったことさえ気づいていない様子だった。
「兄様、食事を持ってきました。……兄様?」
Ⅲの呼びかけに、Ⅴは数秒遅れて視線を向けた。その瞳は極めて冷徹で、知識の深淵だけを追い求めている学者のそれだ。
「……戻ったか、Ⅲ。……それは何だ? 新種のエネルギー源のサンプルか、あるいは発掘されたアーティファクトか」
「いえ、夕食ですよ。……お寿司です」
Ⅲが風呂敷を解き、中から現れた三段重ねの重箱。 蓋を開けた瞬間、彩り豊かなネタが照明の下で宝石のように輝いた。Ⅳの口から、思わず「おぉ…」という感嘆の声が漏れる。
しかし、Ⅴはその光景を前にしても、未知の生命体を観察するかのように眉をひそめる。
「……スシ?以前、文献で目にした記憶があるな。東洋の古い保存食の一種だったか。しかし、実物は初めて見た。この色彩の配置……幾何学的な合理性を欠いている。なぜ魚介類をこれほどまでに高く積み上げる必要があるんだ?」
「……兄様、それは『軍艦巻き』という種類なんです。あの板前さんが、鮮度には絶対の自信があると言っていました」
「板前? ……その個体は、この有機物の集合体を『最高の状態』で提供するために、私に研究の中断を強いたというのか。……非効率的だな。栄養摂取なら、カプセル一つで済むものを」
Ⅴはそう言いながらも、赤司が置いていった醤油差しを一本、指先でつまみ上げた。
「……不可解だ。なぜ醤油を保存する容器に意匠を施す必要がある? 液体の表面張力を利用するなら、もっと単純な多面体で事足りるはずだが……。この造形に、何か古の知恵でも隠されているとでもいうのか?」
真剣な顔でプラスチックの醤油差しを分析し始めるⅤ。 その姿は、オーパーツを解析する高潔な賢者のようだが、言っていることはただの食わず嫌いの理屈屋である。
「いいからⅤ兄様、食べてみてください。……Ⅳ兄様も、どうぞ」
「……フン、毒味は私がしてやろう」
Ⅳが真っ先にウニの軍艦を口に運び、その眉間をわずかに寄せた。
「……ッ。このワサビの刺激、そして鼻に抜ける香りとネタの甘み。……完璧だ。あの男、口先だけではなかったようだな」
「…………」
Ⅴは、Ⅳの反応を見て、意を決したように箸を持った。彼はまるで未知の遺跡に足を踏み入れるような慎重さで、マグロの軍艦を口に運ぶ。
「……。…………信じがたい」
Ⅴの動きが止まった。
「……脳内のドーパミンが異常な数値で活性化している。この、米と魚の融合……。単なる栄養補給ではないな。口腔内における化学反応が、完璧な調和を成している。……軍艦処・赤司、と言ったか。その個体は……とんでもない『演算』をやってのけているようだ」
「……つまり、美味しいでしょう、兄様?」
Ⅲはイクラを噛み締めながら、ふっと思い出した。 赤司の手が触れた時に感じた、あの異常なまでの明滅。 彼はおそらくして単なる一般人ではない。けれど、彼はその力を振るうよりも、この美味しい瞬間を重要視し、届けることを選んだのだ。
「……Ⅲ。明日も、この個体を呼びなさい。この『スシ』には、まだ解析しきれないデータが含まれている可能性がある」
「ふん、兄様も気に入ったんじゃないか」
Ⅳがニヤリと笑う。殺風景で重苦しい空気の漂う洋館の中で、その一角だけが、醤油の香りとわずかな笑みで満たされていた。 板前の思惑通りに鮮度は、復讐者たちの頑なな心を、ほんのひと時だけ解きほぐしていた。
Vはそういうこと多分するし言う。
なんか毎週投稿って宣言したはずなのにモチベーションが勝手に向上し始めた件。
しっかし時間が…時間が足りぬ…