軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
デュエル内容に不備はもはやつきものと思い始めてきてしまったこの頃。
WDC二日目の朝、ハートランド・シティは昨日までの狂騒が嘘のように静まり返っていた。ビルの合間を吹き抜ける風は、まだ眠りから醒めやらぬ街の温度を奪うかのように鋭く冷たい。高くそびえ立つ摩天楼の窓ガラスは、地平線から顔を出したばかりの赤みを帯びた陽光を鏡のように反射し、無機質な都市の輪郭をまるで巨大な回路図のように鈍く、幻想的に光り輝かせている。歩道では、深夜の清掃作業を終えた清掃用ロボットが小さな駆動音を立てながら、規則正しくタイルを磨き上げていた。公園のベンチには、すでに数人の少年たちが集まっており、かじかむ指先を温めるように息を吹きかけながら、真剣な眼差しで自慢のデッキを調整している。
俺とアンナは早めの朝食を済ませ、戦術の最終確認を兼ねてデッキの枚数を数え直した後、慣れ親しんだ商店街から大通りへと足を踏み出した。ちなみに、店の方の仕入れは当分親父がまとめて発注してくれるという話だ。正直助かる。そんな静謐な空気の中、俺は自販機で購入したばかりの缶コーヒーを啜り、熱い液体が喉を通る感覚を確かめながら歩を進めた。
「しかし、夏とはいえ涼しいのは助かるな。」
少し肌寒い程度ではあるが、太陽が高く昇ればすぐに心地よい暖かさに包まれるはずだ。このハートランドはDr.フェイカーの高度な環境制御技術の賜物か、日本という地理条件にありながら、適度に乾燥しているために非常に過ごしやすい気候らしい。実際、原作の記憶を辿ってみても、キャラクターたちが不快な湿気や暑さでヘバっているような描写は確かに皆無だった。
不意に、隣を歩くアンナが大きく伸びをした。彼女の背には、成人男性でも持ち上げに苦労しそうなほど巨大なフライングランチャーが背負われているが、彼女はその重みを微塵も感じさせないほど軽快な足取りで、アスファルトの上を弾むように進んでいく。朝露をたっぷり含んだ風が吹くたび、彼女の鮮やかなピンク色の髪がさらさらと揺れ、朝日に透けて輝いた。彼女自身は今回のWDCに正式なエントリーはしていないが、遊馬に会いたいという一途な想いだけで、この大会の真っ只中まで飛び込んできたのだ。その破天荒な行動力と、愚直なまでに真っすぐな信念を改めて目の当たりにすると、それは単に感嘆という言葉で片付けてはいけないほどの、圧倒的な精神的タフさを物語っているように思えた。
「……ふはぁー。朝の特訓の後のコーヒーは、五臓六腑に染み渡るぜ。なぁ、師匠!」
アンナは手にした缶を掲げ、満足げに笑みを浮かべた。対照的に、俺は温かい缶を少し赤くなった頬に押し当て、重い溜息を吐き出す。まだ日も登っていない、空が白み始めたばかりの時間に無理やり叩き起こされた俺は、一時間半みっちりと彼女に俺なりのデュエル哲学と流儀を叩き込む羽目になった。その特訓の成果が覿面に出るかどうかは、これからの実戦の中でしか確認できないことだが、教える側の俺の精神力は、朝の時点でですでに本番一試合終えた後のように枯渇しきっていた。
「お前、参加してないのになんで俺より元気なんだよ……。ハートピースをこの後集めなきゃいけねぇんだ、少しは体力を温存させろ」
俺の情けないぼやきに対し、アンナは足を止め、誇らしげに胸を張った。彼女の瞳には、一切の迷いも疲れも、そして妥協も存在しない。
「何言ってんだよ! 師匠が出るってんなら、俺は一番近くでそれを見届ける義務があるんだよ!」
もちろん、俺の知る限りでは彼女にそんな義務など一ミリも存在しない。だが、その言葉に乗せられた揺るぎない確信は、朝の冷たい空気を少しだけ熱くしたような気がした。アンナは自慢のフライングランチャーのストラップをぐいと締め直すと、朝日を反射してキラキラと輝く瞳を俺に向けた。彼女の歩幅は先ほどよりも広く、まるで目に見えない線路の上を加速していく機関車のような力強さに満ちている。
「それに、朝デッキを改造したんだ、登録してなくたって強い奴と戦えるチャンスがあるなら逃せねぇだろ? つまるとこ、今日の俺は昨日までの各駅停車じゃねぇ、特訓と改造を終えて超特急にアップデートされたんだ!」
意気揚々と語る彼女の例え話を聞きながら、俺は内心で首を捻る。比喩対象が少々マニアックすぎて反応に困るというのが本音だ。俺は手元の空になった缶コーヒーをゴミ箱へ放り込み、彼女の熱量に絆されないよう、あえて冷静なトーンで言葉を返した。
「例えが鉄道で伝わりにくいな。……まぁ、いい。その意気込みだけは買ってやる。だがな、アンナ。デュエルは勢いだけじゃない。再三言うが『仕込み』と『わさび』……つまり事前の準備と、ここぞという時の閃きだ。それを忘れるなよ」
俺が人差し指を立てて説くと、アンナは待ってましたと言わんばかりにニカッと歯を見せて笑った。彼女にとっての「わさび」の解釈は、どうやら独自の進化を遂げているらしい。
「分かってるって! 相手の鼻にツーンとくる一撃だろ? へへっ、早く師匠がWDCの連中をなぎ倒すところが見てぇぜ!」
全く、随分と調子がいいな。俺は彼女の底抜けのポジティブさに呆れつつも、どこか頼もしさを感じている自分に気づき、小さく苦笑した。
「ご期待に添えられるよう精一杯がんばりますよっと……」
気の抜けた返事をしながら、俺たちはデュエリストたちが腕を競い合っているはずの広場へと足を向ける。アンナが武者震いするようにランチャーのグリップを強く握りしめた、その時だった。広大な交差点に差し掛かった瞬間、俺たちの足がピタリと止まった。そこには、爽やかな朝の風景を台無しにするような、異様な澱みが広がっていた。建物の影から滲み出したその気配は、物理的な重さを持って俺たちの肌を刺す。
「……なんだありゃ。事件か?」
アンナが顔を顰め、指差した。その視線の先、交差点のど真ん中。あと数十分もしたら通勤の車が列をなすだろうその大通りの車道に、一人の女性が大の字になって転がっていた。二十代半ばだろうか。仕立ての良い紺色のスーツはあちこちが着崩れ、タイトスカートには無惨なシワが寄っている。栗色の長い髪はアスファルトの上に無造作に散らばり、彼女の傍らには一升瓶が数本、中身を空にして無造作に転がっていた。一升瓶のラベルには「純米██醸」と書いているのが見える。
「……寝酒だろ、多分。」
周囲に漂う強烈なアルコールの臭いからして、事件というよりは自業自得の泥酔である可能性が高い。おそらくは昨晩の宴の果てに、ここを高級ホテルのベッドか何かと勘違いして力尽きたのだろう。WDCというお祭り騒ぎの最中、羽目を外しすぎる人間が出るのは何ら不自然ではない。だが、それを差し置いても何より異常なのは彼女の周囲に立ち込める霧だった。毒々しい紫色の煙のようなものが、彼女を侵食するかのように滞留し、どろりとした澱みとなって路面に広がっている。その霧の触手が、ふわりと歩道の植え込みを撫でた。その瞬間、瑞々しかった葉がみるみるうちにどす黒く変色し、一瞬で茶色く枯れ落ちていく。
「……うぅーん。お兄さん……もう一杯。……あと、そこの明かり、眩しいから消して……」
俺に太陽を消せとでも言うのか。呆れる俺の視線が、寝返りを打つ彼女の胸元で止まった。そこに、心臓の鼓動に合わせるかのように不気味な紫の光を放つカードがあった。
「……ナンバーズ?」
俺の呟きに、アンナの表情が強張った。それはナンバーズという不穏な単語に反応したからではない。彼女の鋭い聴覚が、徐々に大きくなる重低音の轟きを捉えたからだ。アスファルトを通じて伝わる振動。遠くの角を曲がってきたのは、大型の配送トラックだった。寝っ転がる女性に気が付いていないのか、霧の影響で視覚を奪われているのか。運転手はブレーキをかける気配もなく、平然とした速度で獲物へと突っ込んできている。
「あぶねぇ! おい、アンナ! 助けるぞ!」
俺の叫び声に、アンナは一瞬の躊躇もなく応じた。彼女は瞬時にランチャーを肩に担ぎ、複雑な機構が重々しい金属音を立てて展開される。
「あいよ! 発射ァァァ!」
弾丸が空気を引き裂き、紅蓮のエネルギー弾が女性の横たわる路面のすぐ横で炸裂した。強烈な爆圧が爆風の壁となり、彼女の体をふわりと浮かせると、そのまま路肩の安全な位置まで吹き飛ばす。派手に宙を舞ったが、ハートランドの住人は基本頑丈だ。アスファルトとの摩擦でスーツはさらにボロボロになっただろうが、命を落とすよりはマシだろう。
「ん……?何……?」
「お、起きたぞ!おい危ないだ……」
アンナが駆け寄ろうとしたが、俺はそれを鋭い声で制した。噴水の水しぶきを浴びた女性の体から、先ほどの紫の霧が猛烈な勢いで溢れ出したからだ。それはもはや単なる霧ではなく、明確な殺意を宿した触手のようにうねりながら伸び、周囲のガードレールをドロドロの液体へと溶かし始めた。ジリジリと金属が焼ける異音と強烈な酒気が混ざり合い、現場は異様な緊張感に包まれていく。
「待て、不用意に近づくな! 」
溶け落ちる鉄柵を目の当たりにし、俺はアンナの肩を強く掴んで引き止めた。霧がアスファルトを舐めるたび、無機質なグレーの路面がどす黒く変色していく。その不気味な音に、ようやく彼女はうっすらと焦点の定まらない重い目蓋を持ち上げた。瞳は完全に座っており、奥底には彼女の意志を塗りつぶすような、ナンバーズ特有の不気味な光が宿っている。
「……んぅ? 誰……? うち、もう営業、終了……。あしたに……来て……」
彼女は千鳥足で立ち上がると、空を掴むような仕草を見せた。胸元で脈打つ紫のカードが、周囲の重力を重く変えている。このまま彼女を放置すれば、街のインフラがこの霧で壊滅するのは時間の問題だ。
「悪いが、あんたが休んでる間にも世界は回り続けるんでね。お姉さん、悪いがそのナンバーズ、危ないな。預からせてもらうぞ」
俺がディスクを構えると、彼女は少しだけ意識をこちらに向け、薄笑いを浮かべた。いつの間にか彼女の顔にはDゲイザーが、そして手には青いデュエルディスクが装着されている。そのディスクは、周囲の霧を吸い込むかのように淡く発光し始めていた。
「えぇ……じゃあ、デュエルで……。もし、私が勝ったら……もう一本、奢って……もらう……からね……」
彼女が震える指で空を薙ぐと、青い光のフィールドが展開され、一瞬にして周囲の風景が仮想世界へと上書きされていく。俺もまたDゲイザーとディスクを展開し、システム音が空間に鳴り響く。
「ARビジョン、リンク完了。」
「「デュエル!!」」
朝の静寂を暴力的に切り裂く宣言が響き、交差点を舞台にした奇妙な決闘の幕が開いた。
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寿 LP 4000 / お姉さん LP 4000
「……先行……私。……ふぁぁ。ドロー……」
彼女は指先を震わせ、今にも眠り落ちそうな仕草を見せながら力なくカードを引き抜いた。その動作一つ一つに、ナンバーズの影響か重苦しいプレッシャーが伴っている。
「私はフィールドにモンスターをセット……さらにカードを一枚伏せてターンエンド……」
あまりに淡々とした、覇気のないプレイング。閉じかけた瞼の裏で彼女が何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか判断がつかない。俺はその背後に潜むナンバーズの気配を警戒しつつ、一気に攻勢をかけるべく手札を叩きつけた。
「俺のターン、俺は《予想GUY》発動、デッキから《しゃりの軍貫》を特殊召喚。」
ホログラムの粒子が収束し、巨大なシャリの塊が出現する。続けて、その「ネタ」となるカードを提示する。
「さらに俺はフィールドに《しゃりの軍貫》がいるため、手札より《いくらの軍貫》を特殊召喚。二体でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚! 現れろ、《弩級軍貫-いくら型一番艦》!」
アスファルトの上に威風堂々と鎮座した巨大な軍艦。砲塔には大粒のいくらが満載され、朝日に照らされてルビーのように輝いている。
「うへへ……いくらだぁ……」
緊迫した場面だというのに、彼女はおいしそうに鼻先をひくつかせた。俺は容赦なく追撃の指示を下す。
「効果で1ドロー、さらに二回攻撃を可能にする。俺はその伏せカードを攻撃!」
一番艦から発射された魚雷がセットモンスターを捉え、爆炎が上がる。だが、煙の中から現れたのは軽やかな剣戟の音だった。
「リバースカード……オープン、《翻弄するエルフの剣士》。バトルは受けるけど破壊されないよ。」
《弩級軍貫-いくら型一番艦》 ATK 2200 vs 《翻弄するエルフの剣士》 DEF 1200
数値の上では俺が圧倒しているが、一定以上の攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されないというその特性が、俺の速攻を真っ向から拒絶する。地味ながらも最適な壁だ。
「仕方ない、俺はカードを二枚伏せてターンエンド。」
俺がターンを譲ると、彼女は太陽の光を浴びて少しだけ正気を取り戻したのか、不気味な笑みを深くした。
「私のターン、ドロー。うーん……、私は《サイバー・ジムナティクス》を召喚、効果でカードを一枚捨てることによって《弩級軍貫-いくら型一番艦》を破壊するよ。」
青い光を纏った女性格闘家が放った蹴りの衝撃波が、一番艦の装甲を容易く粉砕する。看板メニューを解体されたことに、俺は奥歯を噛みしめながら唇を歪めた。
「そんなに容易く破壊されるとはな……」
俺の苦い独り言を耳にしたのか、お姉さんは千鳥足でふらつきながら大きく欠伸を漏らした。霧は一段と濃さを増し、足元のアスファルトからは不気味な泡が吹き出している。だが、カードを掴むその指先の動きだけは、冒涜的なまでに淀みがなかった。
「………はっ! ううう、眠い……。でも、お仕事、しなきゃ……。私はレベル4の《翻弄するエルフの剣士》と《サイバー・ジムナティクス》でオーバーレイ。二体のモンスターで……オーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚。」
彼女の背後の空間が歪み、深淵から這い出るようにして、その巨躯が姿を現した。
「宇宙をも飲み込む微睡みの渦を……おいで、《No.41 泥睡魔獣バグースカ》……。私はこれでターンエンド……おやすみ……」
出現したのは、巨大な酒瓶を抱えて眠りこける醜悪な獣。現代デュエルにおいて幾多の決闘者を絶望させた、文字通りの禁止モンスターだった。
ちなみに現時点で登場していない禁止ナンバーズはショックルーラーを除いて後3枚です。
興味があったら調べてみてください。