軍貫使いはZEXALで寿司を握る   作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ

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ミスにミスを重ねる大ポカをやらかしたので出直しました。
削除前の投稿を読んでいただいた方、申し訳ございません。





ならば裏返せば妄言である。

「飛行船から、煙が出てきた!」

 

アンナが喉を引き裂くような悲鳴を上げる。その言葉に俺の心臓が跳ね上がった。早すぎる。原作の記憶を辿れば、トラブルが発生するのはもう少し後の段階のはずだ。

 

「なんだって?」

 

(……まさか、未来の確定性が崩れているのか?)

 

ありえない、そう否定したい自分がいる一方で、脳の冷徹な一角が反例を出す。カオス理論における初期値鋭敏性——ほんの僅かな微風が、地球の裏側で嵐を呼ぶバタフライ効果。俺という、この世界には本来存在しない異物が介在したことで、運命の歯車が狂い、予測不能な非線形な事態を招いているのだとしたら。

 

背筋に氷を流し込まれたような嫌な汗が全身を伝う。俺がここにいるせいで、親父の命を奪う結末をたぐり寄せているのか? 不安が黒い霧となって視界を覆いかけた、その時。

 

「フフフ……やはり予言は絶対だ。我が計算、我が宣告は一秒の狂いもなく世界を崩壊へと導く。さぁ、赤司寿……どうする? 命よりも重いそのデッキを私に差し出し、父親を救う慈悲を乞うか? それとも、つまらぬ板前の矜持と共に、あの空の鉄塊が肉片に変わるのを眺めるか?」

 

目の前の男が、歪んだ唇の端から愉悦を滴らせて問いかけてくる。その瞳には、他者の人生が瓦解していく瞬間を何よりも美味な馳走として味わう、悍ましい飢えが宿っていた。

 

「選べないか? そうか、そうだ! その懊悩、その絶望! 二者択一という名の針の筵に立たされ、苦渋の選択を迫られた人間の魂が上げる悲鳴こそ、我が至高の快楽……!!」

 

下劣な。その薄汚い笑いを見た瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが、澄んだ音を立てて断ち切れた。 こいつは、人の命を、魂を、まるで安物の食材のように弄んでいる。運命がどうだ、予言がどうだと抜かしてはいるが、結局のところ、こいつは自分の劣等感を他者の不幸で埋め合わせているだけの、矮小で低俗な野郎だ。

 

不安が、青白い怒りの炎に変わる。 親父を助けるための道は、この下衆の足元に跪くことじゃない。運命の不確かさに怯えることでもない。そんな不確かなものを全て力でねじ伏せ、俺自身の未来を切り分けることだ。

 

覚悟は、すでに研ぎ澄まされていた。

 

「……なら、俺からも提案だ」 「何だ?」

 

俺は自分の中の恐怖を笑い飛ばした。未来が決まっているだと? 冗談じゃねぇ、すっかり忘れていた。

 

未来とは決まった形があるものじゃねぇ。自分の手で切り開いていくものだ。

 

あいつだって今頃自分の信じる未来を掴もうとしているだろう。なら、俺が成すべきことも自ずと決まる。俺は震えを力に変え、デッキホルダーを力強く引き抜いた。この70cmにも満たないカードの束には、俺の魂が詰まっている。それをこんな安物の快楽に売り渡すつもりは毛頭ない。俺の目が、調理場で限界まで研ぎ澄ませた鋼の包丁を構える時のように、冷徹で鋭い光を宿す。

 

「俺とデュエルしろ。俺が負けたらその提案、無条件で乗ってやる。だが、もし俺が勝ったら……その胸糞悪い魔導書。後で灰になるまで燃やしてやるよ。お前の予言ごと、な」

 

「師匠!」

 

アンナの制止の声が遠くに聞こえる。だが、今の俺の意識は、ただ一点——予言者を自称する男の、濁った瞳だけを射抜いていた。これは親父の救出劇であると同時に、俺の存在そのものを懸けた戦いだ。一歩も引かず、戦場となる広場の中心へと足を踏み出す。

 

「フフフ……やはりこうでなくてはなぁ! 抗えば抗うほど、滅びの味は深まる……。交渉は成立だ。貴様のその命、美味しく調理してやろう」

 

パーカーのフードを跳ね除ける。そこには褐色の肌に浮かぶ狂気に満ちた赤き瞳。左目には既にDゲイザーが不気味な光を放っていた。男の周囲に渦巻くナンバーズの力が、物理的な突風となって俺の頬を鋭く叩いた。

 

こいつは真っ黒だ。救う価値のない闇だ。ならば、俺の軍艦で、その全てを海の藻屑にしてやる。

 

「冥土の土産に教えてやる。私の名はアヴァブ・メドゥーI世。滅亡の予言者であり、貴様という名の希望を地に伏せる者だ」

「自己紹介どうも。俺は赤司寿。お前をこれからぶっ潰す……ただの板前だ」

 

俺は力強く左腕を突き出し、デュエルディスクを起動させた。機械的な駆動音が重厚に響き、ARビジョンの青い光が戦場を支配する。どんな不吉な予言も、この盤上の戦いまでは支配できはしない。

 

俺たちの運命を、この最初の一手で引き寄せる。

 

「ARビジョン、リンク完了」

 

システム音が戦いの幕開けを告げる。

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

####

 

 

 

寿 LP 4000 / メドゥー LP 4000

 

先行は俺だ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

なんとしても墜落はさせない。原作だとカイトとオービタルが飛行船の墜落を止めた。

しかし、カイトが来てくれるのか保証はない。そもそも知らない可能性すらある。一寸先すら分からないこの状況、一刻も早く倒す必要がある。だが、それに反して手札は俺の熱意に応えてはくれなかった。

 

「……俺は《ゴブリンドバーグ》を召喚、効果で《ゴブリンドバーグ》を攻撃表示で特殊召喚だ。この時、通常召喚したほうの《ゴブリンドバーグ》は守備表示になる。カードを2枚伏せてターンエンド。」

 

どちらも守備力は0。あえてここはエクシーズモンスターを出さないことにする。今の俺の盤面は、二体の無骨なパイロットが身を屈めて守りを固めているだけの、心もとないものだ。相手の動きが分からないこの状況、守りで固めて虚勢であっても強気に出るべき。そう判断したがメドゥーは俺の煮え切らない初動を見て、鼻で笑う。

 

「ふむ……、肩透かしもいいところ。まさかエクシーズモンスターを一体も出さないとはな。もしや恐怖しているのか?怯えているのか?」

 

メドゥーが嘲笑を浮かべながら煽ってくる。男の手札から溢れるナンバーズの圧力が、さらに強まった。俺は無言のまま、ただじっと相手の動きを見据える。獲物が網にかかるのを待つ、その瞬間まで俺は動かない。

 

「黙れ。俺はターンエンドと言ったはずだが?」

「師匠……」

 

アンナの儚げな声には答えない。いや、答えられないと言ったほうが正しいか。この一戦、この守りが破られれば後はない。俺は内心で、自分自身のデッキに応えてくれと祈るような思いでいた。

 

盤面は静まり返り、火花が散る直前の静寂が支配する。

 

「私のターン、ドロー!」

 

メドゥーの宣言と共に、彼の手札が大きく翻った。明らかに喜んでいる顔だ。相当に手札の質が良かったのだろうか。男の瞳が怪しく光り、不吉な笑いが漏れる。その背後で、魔導書がページをめくる音が、死へのカウントダウンのように響く。

 

「私は手札から《古代の歯車》を召喚!効果でもう一体の《古代の歯車》を特殊召喚!」

 

《古代の歯車》?クロノス先生……まさかアンティークギアか!?現れたのは、錆びついた歯車が組み合わさったような、奇妙で不気味なモンスターたち。それは機械でありながら、呪術的な何かを感じさせる異形のものだ。

 

「私は二体の《古代の歯車》をオーバーレイ・ユニットに変換!二体でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!」

 

だが、予想は一瞬で消え去ることとなる。渦巻くエネルギーの中心から、ケンタウロスを模したような巨体が姿を現す。その体中から滾らせる不快なオーラが、フィールド全体に絶望を振りまく。それが、ナンバーズ。この世界の理を歪める力の結晶。現れたのは、人々の未来を封殺する、非情なる審判者だった。

 

「滅びゆく世界の宣告、変えられぬ未来。未知なる世界をその身が指し示す!現れよ、《No.45 滅亡の予言者 クランブル・ロゴス》!」

「そして私はカードを一枚伏せ、ターンエンド……」

 

メドゥーがそこで言葉を切り、こちらを挑発するように見つめる。しかし、彼の本番はここからだった。

男は狂気に満ちた叫びと共に、フィールドから一枚のカードを突きつけた。フィールドが歪み、異次元からの扉が開かれる。

 

「などとでも言うと思ったか!馬鹿め、伏せカード発動!《融合》!」

 

は?俺は耳を疑った。エクシーズ召喚の後に融合を行うだと?珍しいなんてものじゃない。原作ではただ一人しかしていない戦術だ。その戦術の異質さに、背筋が凍るような思いがした。メドゥーの狂気が加速し、二体の生贄が闇へと消える。

 

「私は手札から《魔力吸収球体》と《ダーク・ヒーロー ゾンバイア》をリリース、融合召喚!」

 

光が渦を巻き、二つの影が溶け合っていく。そこから生まれるのは、エクシーズモンスターをも凌駕するほどの色濃い闇。メドゥーの背後で、魔導書が恐ろしい音を立てて開き、未知の呪文を吐き出す。

そして、その最凶の戦士が降臨した。

 

「滅び去る星、変えられぬ運命!吾身をこそ誇れ、終にして絶望の戦士よ!現れよ、《異星の最終戦士》!」

 

こいつ、融合まで使えるのか……ただものじゃない。しかも現れたのは、あらゆる召喚を禁ずる最凶の封鎖モンスターだ。その全てに絶望したような無機質な瞳に見つめられただけで、俺のモンスターたちは凍りついたように動けなくなる。メドゥーの笑い声が、崩壊していく空にこだましていた。

 

「《異星の最終戦士》の登場時効果発動!自分のモンスターはすべて破壊される!」

 

身体中からあふれ出るボルテージがメドゥーのフィールドを壊滅せんとする熱へと変換され、炎で包む。

 

「師匠!こいつ、初心者だぜ!ワザワザエクシーズモンスターを出したのにそれを破壊したぞ!」

 

《異星の最終戦士》は出たときに全体破壊するデメリットがある。たしかにアンナの言う通りなのだが、決して奴はそんな無意味な行為のためにエクシーズモンスターを召喚した訳ではないだろう。

 

「馬鹿め、私が愚者と言うか!速攻魔法発動、《禁じられた聖衣》!対象は《No.45 滅亡の予言者 クランブル・ロゴス》だ!対象のモンスターは効果により破壊されない!」

 

だが、奴にはとってはそれすらも戦術内。ロゴスの体表を光の薄衣が覆い、最終戦士の破壊衝動を弾き飛ばした。《禁じられた聖衣》で効果を耐え、そのデメリットを帳消しにする。あまりにも完璧なコンボだ。たとえ罠や魔法を使ったとしても、《グランブル・ロゴス》の効果で一度無効にされてしまう。メドゥーの盤面には、すなわち最強の盾と矛が揃い踏みしていた。

 

「ただし、攻撃力は600ダウンするがな!貴様の足掻きを、このターンで終わらせてやろう!」

 

まさか、ここまで凶悪な盤面を作ってくるとは思ってもいなかった。

 

「待て、俺は罠を発動する!《一族の掟》発動、俺はアンデッド族を宣言!宣言した種族と同じ種族は攻撃できない!」

 

「馬鹿め、早まったな!《クランブル・ロゴス》の効果発動、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、その罠を無効にする!行け、《No.45 滅亡の予言者 クランブル・ロゴス》!守備表示の《ゴブリンドバーグ》に攻撃だ!」

 

ロゴスの石の蹄が地を蹴り、俺のパイロットへと迫る。しかし。

 

「この時を待っていた、俺は《赤酢の踏切》を発動!同じ縦列にある《No.45 滅亡の予言者 クランブル・ロゴス》を持ち主の手札に戻す!」

 

線路が瞬間、引かれたと思ったらロゴスの巨体を真っ二つに列車が引き裂いた。予言者の断末魔が響き、石の破片が四散する。メドゥーの余裕が初めて崩れ、その顔に驚愕が走った。だが、奴はまだ自前の牙が残っている。

 

「ぐ……おのれ!だが《異星の最終戦士》は攻撃可能だ!私は《異星の最終戦士》で攻撃表示の《ゴブリンドバーグ》を攻撃!」

 

《異星の最終戦士》ATK 2350 vs 《ゴブリンドバーグ》ATK 1400

 

戦士の冷徹な一撃が機体を両断し、爆炎が俺の顔を焼く。

 

寿 LP 4000 → 3050

 

「私はこれでターンエンド……ナンバーズを容易く突破されるとは想定外だったが、依然問題は無い!さぁ、赤司寿よ。貴様はこの絶望に立ち向かえるか?」

 

何とか耐えてから、ターンが回ってくる。

 

「絶望……か。」

 

まさにその通りだ。通常召喚、特殊召喚、反転召喚のいずれもできないのだから。フィールドには《異星の最終戦士》が君臨し、俺の全ての展開を物理的に断ち切っている。メドゥーは勝利を確信し、その不気味な顔を歪めて笑い続けている。

 

「ターン開始時、俺は《一族の掟》を破壊する。そして……」

 

俺の指が震える。このドローに全てが懸かっている。もし有効なカードを引かなければ、その瞬間に俺の敗北が決まる。そして、親父と飛行船の乗客全員の命が、闇へと消えることになる。このままでは勝てない。何か、何か必殺のカードを……!

 

「……ドロー!」

 

俺は裏向きのカードを翻す。

 

「来た!悪いな、お前の未来はどうやら、ここで潰えるらしいぜ?」

 

それは、俺が板前として常に研ぎ澄ませてきた、隠し味。引いたカードを強く叩きつけ、俺の逆転劇が幕を開ける。

 

「何を根拠にそんな虚勢を……!《異星の最終戦士》が私のフィールドにある時点で……貴様の命運は尽きているのだ!」

「本当にそうかな?《ゴブリンドバーグ》を攻撃表示に変更。運命は、自分の手で変えられるからな。」

 

「ひょ?」

 

俺の反撃が開始する。メインディッシュの仕上げは、これからだ。

 

「俺は手札から《強制転移》発動!俺は《ゴブリンドバーグ》を選択!さぁ、あんたにも一体モンスターを選んでもらおうか!」

 

この世界の住人は基本的に発動するまでテキストを読まない癖がある。だからか、まだ目の前に崖っぷちが迫ってきていることに気づいていないメドゥーは未だに飄々としている。

 

「ふむ、私は《異星の最終戦士》を選択する。」

 

男はまだ、自分の敗北を理解していないようだった。《異星の最終戦士》さえ自分のフィールドにあれば、奴は何もできないと信じている。だが、俺の調理はすでに仕上げの段階に入っていた。

コントロールが入れ替わった瞬間、この戦いの主導権も入れ替わる。

 

「それらのモンスターのコントロールを、入れ替える!」

「!?な、なんだってぇ……!」

 

ARビジョンの光が交差し、二体のモンスターが持ち主を入れ替わる。俺のフィールドに降り立ったのは、世界を終わらせる戦士。メドゥーのフィールドには、ただの非力な飛行機乗りが取り残された。戦士の刃が、今度はその創造主に向けられる。

 

奴には伏せカードは当然、手札など無い。

 

「返せ!それは私のモンスターだ!」

「もちろん返すさ、デュエルが終わった後でな!」

 

その言葉を聞くと、彼は手持ちの魔導書を怒りのあまり、地面に叩きつける。

 

「この……卑怯者が!」

 

卑怯とは心外な、コントロール奪取も立派な戦術だ。

 

「……人が傷つくことで笑えるお前には、お似合いだろうよ!俺は《異星の最終戦士》で《ゴブリンドバーグ》を攻撃!」

 

《異星の最終戦士》ATK 2350 vs《ゴブリンドバーグ》ATK 1400

 

メドゥー LP 4000 → 3050

 

「ぐはぁぁっ!」

 

強烈な爆風がメドゥーを襲う。男は吹き飛ばされながらも、必死に自分の水晶玉を掴もうとしていた。しかし、運命の天秤はすでに大きく傾いていた。一度崩れた予言は、もはや価値のない戯言に成り下がったのだ。

 

「俺はこれで、ターンエンド!」

「未来が……見えんぞ……この、ガキがぁ……っ!」

 

メドゥーが地面を叩き、憎しみを込めた声を絞り出す。ナンバーズに魅入られた男の目は、もはや狂気ですらなく、ただの虚無に支配されていた。俺は冷ややかに、敗者に引導を渡す時を待った。未来が見えない? 当たり前だ、未来は過去の自分自身が導いた結果そのものなんだよ。

 

「私のターン……ドロー……モンスターカードは意味が無い…クソがッ……ターン……エンドぉ!!!」

 

男はもはや、カードを引き抜く力すら失っていた。手札からこぼれ落ちたカードが、乾いた音を立てて地面を滑る。その姿には、かつて絶対を語った予言者の威厳など微塵もなかった。絶望が支配する盤面で、俺は最後の一手を指し示す。

 

「確かに未来はテメェの手の平にあるかもしれねぇな。だけどどんな形か、そんなのは誰も分かりゃしない!俺は《異星の最終戦士》、直接攻撃だ!」

 

メドゥー LP 3050 → 700

 

「俺はこれで、ターンエンド。」

 

もはや哀れみさえ覚える。だが、俺はこいつに妥協することなど柔い性格をしていない。

 

「いいぞー!師匠!やっちまえ!」

 

男は力なく二度目のドローを行うが、それも無事にモンスターカード。もはや戦意は消えているようだ。

 

「ああ、アンナ!このデュエル、勝負ありだ!トドメだ、《異星の最終戦士》!直接攻撃!」

 

肥大した右手を、元の主の身体へと向け、手のひらからエネルギー弾を発射する。そこには憐みや怒りなどといった、心は全く感じられない。

 

メドゥー LP 700 → 0

 

「滅亡……滅亡するのは、私の方だったのかぁぁぁ!!」

 

メドゥーは衝撃波でゴミ箱の中へと真っ逆さまに突っ込んでいった。轟音と共に、デュエルフィールドから全ての光が消え去った。ゴミ箱の蓋が閉まる音が、この茶番劇の終演を告げていた。

 

 

 

####

 

 

 

「……ふぅ。ごちそうさまでした。」

 

俺がそういうと同時に、ひらひらと紙が落ちてくる。

 

「なんだこりゃ?名刺?」

 

アンナがそれを拾って見ると、そこには奴の名前が。

 

『上ノ原 承リ之介』

 

「全然違う名前じゃねえか!」

 

上ノ原……アヴァブ・メドゥー……ああ、なるほど。

 

「aboveで上、meadowで原っぱという意味だ。つまりこいつは苗字を英語にして勝手に名乗っていたんだろうな。」

「ああ、なるほど!流石だな、レッド・ツカーサ師匠!」

 

そう褒めてくれるな、ゴッド・ムーン。……なんか仰々しい名前になったな。

閑話休題。

 

「……さて、飛行船の方はどうなった?」

 

俺がディスクを閉じると、不気味な霧は嘘のように消え去った。遠くの空を見上げると、飛行船はまだ黒煙を上げ続けている。静寂が戻った公園の中で、その絶望的な光景だけが不変の現実として残っていた。

俺の心臓は、まだ激しい鼓動を刻み続けている。

 

「まだ墜落するってほどじゃねぇけど…でも明らかに高度が下がってきてる!やっぱり無理なんじゃ……!」

「いや、これでいいんだ。その予言した未来はまだ訪れていない。間に合ったんだ。」

 

俺は自分の決断が正しかったと信じるために、拳を強く握りしめた。メドゥーを倒し、ナンバーズの力を封じたことで、何かが変わったはずだ。運命はまだ、俺たちの手の中にある。あとは、この事態を収束させるための力を動かすだけだ。ゴミ箱に突っ込んだ男の胸元から剥がれ落ちた一枚のカードを拾い上げる。

 

「『No.45 滅亡の予言者 クランブル・ロゴス』……か。バグースカと一緒に、俺が預かっておくとしよう」

 

こいつはデュガレスやバグースカと違い、ランク2だから相当なことが無い限り使うことはないだろうが。スプライトで一瞬注目された時期が今となっては懐かしいものだ。カードから放たれる微かな冷気が、指先を通じて伝わってくる。俺はこの重荷を背負いながら、次の脅威に備えなければならなかった。背後でアンナが、何かを聞きつけたのか耳をそばだてている。

 

「師匠……」

 

 

####

 

 

 

「到着したか?オービタル?」

「カイト様、もう少しでアリマス……」

 

向こうから、機械音と人の声が聞こえる。

ゲッ。

ナンバーズの反応を嗅ぎつけ、冷徹にそれを刈り取る狩人とその従者の足音だ。俺は素早く周囲を見渡し、最善の隠れ場所を探した。ここで捕まれば、説明する時間などないだろう。

 

「アンナ、茂みの中に入って隠れろ!」

「えっ、ああ!」

 

アンナを促し、俺たちは公園の隅に生い茂る木々の中へと身を潜めた。枝葉の隙間から、銀色の光を反射させながら飛来する何者かの影が見える。緊張で呼吸が浅くなるのを、必死に抑え込む。

今、この場所で彼と戦う余裕は、俺たちにもこの街にもない。

 

「ハッ!カイト様、たった今ナンバーズの反応が消失シマシタ!」

「……なに?」

 

ラグ酷いな。

 

「ただ、もう一つのナンバーズの反応は未だにある状況でアリマス!カイト様、どうするでアリマス?」

 

その機械的な声は、オービタル7のものだ。そして、それに答える冷徹な声の主は、間違いなく天城カイトだった。空中で静止する彼らの威圧感が、茂みの外からでも肌を刺すように伝わってくる。

彼らはナンバーズという獲物を求めて、貪欲にこの空間をサーチしている。

 

「決まっている、消失したナンバーズを追うぞ!オービタル、位置情報を教えろ!」

「そこのベンチ付近でアリマス!」

「そういうことは早く言え!九十九遊馬か赤司寿か知らんが、ナンバーズを奪わせてもらうぞ……!」

 

当然、その姿は見えない。だが、反応が消えたのはたった今。距離を大きくとれる訳がないのは分かっているのか。カイトの鋭い眼光が、公園の隅々をサーチするように動いているのが分かった。

俺とアンナは一ミリも動かず、気配を殺し続けた。

 

「どこに隠れている!往生して出てこい!」

「出てこいでアリマスヨー!」

 

オービタルの耳障りな声が周囲に響き渡る。アンナのランチャーが俺の体に当たり、冷たい金属の感触がした。

彼女もまた、かつてない強敵の出現に、息を呑んでじっとしている。カイトの気迫は、先程のメドゥーとは比較にならないほど鋭かった。

 

「おい師匠、あいつら師匠のことを狙っているらしいぜ……」

「そうだろうな……」

 

俺は小声でアンナに答える。彼女は知らないが、カイトの執念深さは俺がよく知っている。ここで見つかれば、親父の救出どころか、俺たち自身の魂を狩られることになる。だが、隠れ通せるほど甘い相手でもない。

 

「不味いぜ、連戦するのか……?」

「いや、間に合わねぇ。その間にも飛行船が墜落しちまうだろうな。」

「師匠が倒したやつが言ってた墜落の未来は変わらねぇっ……てことか?」

 

小さくとも重々しいアンナのその言葉に、俺は唇を噛んだ。メドゥーを倒しても、飛行船の機械的な故障までは止まらなかった。今の俺たちにできることは、あまりにも少なすぎる。

だが、目の前の狩人なら、その状況を打破できる。

 

「オービタル、何とかならんのか!?この役立たずめ!」

「カイト様……!アッ!」

「何だ!」

 

だが、俺はまだあいつらの前に飛び出す勇気が出せていなかった。

焦りを覚えてくると同時に、カイトの苛立ちが、空気を通じて伝わってくる。オービタルが何かに気づいたように、レンズを赤く発光させた。その光が、俺たちがいる付近の茂みの方向へと向けられる。それは逃げ場を失う、絶望的な探知能力だった。

 

「熱反応を使用するでアリマス!熱探知モード!」

「そういうのは最初から使っておけ!」

 

「「えっ」」

 

俺とアンナは目を見開いた。そんな高度な探知機能まで積んでいるのか。それは予想外だ。

人間の体温は茂みと同じぐらい……そんな訳はない。もはや、逃げ隠れするのは不可能。俺は覚悟を決め、茂みの中で筋肉を緊張させる。

 

「ゲッ、じゃあバレちまうじゃねぇか……」

 

俺の嘆きに答えるように、オービタルの電子音が勝利の合図を告げた。熱探知によって、俺とアンナの輪郭が彼らのモニターに鮮明に映し出されているはずだ。カイトの冷たい笑みが、空中で形作られるのが見えたような気がした。もはや、姿を現すしか道はない。

 

「ムッ、熱反応あり!形状より人間二人と判別、捕まるでアリマスヨー!」

 

オービタルが伸縮する腕を的確に俺たちがいる茂みに伸ばしてくる。それは鋼鉄の鞭のように、枝葉をなぎ倒しながら迫ってきた。逃げる間もなく、その冷たい金属の掌が俺たちの胴を締め付ける。抵抗する隙すら与えない、無慈悲な速度だった。

 

「物体反応あり!確保でアリマス!」

 

その腕を俺たちの胴に巻き付けてくる。そして茂みの外へと引っ張り出してきて。

俺たちはまるでゴミのように、あっさりと光の下へと引きずり出された。

カイトが俺たちの姿を確認し、忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「ゲッ!赤司寿!……と誰でアリマスカ?」

 

空中に軽々と浮かばせてくる。オービタルのアームは見た目以上に強力で、一度掴まれれば人力で振りほどくのは到底不可能だった。俺は不格好に手足を動かすアンナを横目に、冷静にカイトの出方を待った。

彼の目は、すでに俺の手の中にあるナンバーズを捉えている。

 

「うおおおお!放せやぁぁ!」

 

捕まった胴から腕を引きはがそうと必死に抵抗するアンナ。俺は逃げられないと知っているので大人しく捕まっている。目の前にはコートを翻したカイトが、なんとも言えない顔で俺たちを見ている。

 

「よ、よう。カイトさん、また会いましたね?」

 

一応社交辞令をしておくが、そんなことなど聞く素振りもせずにカイトがため息をつく。

 

「ハーッ……また貴様か、赤司寿!救えない奴だ!ナンバーズは貴様が奪ったのか?」

 

奪ったとは人聞きの悪い。俺は捕まったまま、視線だけでカイトを睨みつけた。職業ナンバーズハンターの男にしてみれば、俺の行為は獲物の横取りに見えるのだろう。だが、今の俺にはそれを弁解している時間などない。

 

「ああ、会いたくなかったがな。そう、俺が回収しましたよ。」

「ならいい。そのナンバーズをオレに渡せ。」

 

前にもこんなことを言われたような気がするが。カイトの言葉には、拒絶を許さない絶対的な強制力がある。だが、今の俺にはそれ以上に優先すべき事柄がある。ナンバーズを渡す前に、彼を現場へ向かわせなければならない。

 

「いや、断る。」

「嫌だねー!ベロベロバー!」

 

おい、アンナ。お前まで遊馬のようになるな。緊迫した空気が、彼女のふざけた一言で一瞬だけ弛緩する。しかし、カイトの逆鱗に触れたことは間違いなかった。彼の表情が、より一層険しくなり、殺気が増大する。

 

「一度目のみならず二度目までも……!もはや、話は無益。デュエルだ……!」

 

カイトの手が、フォトン・チェンジの準備を始める。この場でデュエルが始まれば、墜落まで数分もない飛行船は確実に地を打つことになる。俺は全身の力を込めて叫んだ。それは、目の前のライバルに送る、精一杯のSOSだった。

 

「いや、今回ばかりは理由がある、待ってくれ!カイト!」

「なんだ?」

 

「あの飛行船を見ろ!」

 

カイトの動きが止まる。俺は自由な方の腕で、遥か彼方、黒煙を引いて街へと迫る飛行船を指差した。その光景は、誰の目から見ても手遅れに近い惨状だった。カイトもまた、その異常事態に気づき、眉をひそめる。

 

「なんだ、飛行船など……!?」

 

カイトが視線を向け、初めてその深刻さに表情を険しくした。ビル群に衝突寸前の鉄の塊。

そこには、ナンバーズの力とは無縁の、純粋な物理的な死が迫っていた。

カイトの目にも、そこに迫る惨劇の予感が映っていたはずだ。

 

「飛行船が墜落すれば、犠牲者が大勢出る!そうすればWDCも中止になっちまうだろ!」

「何!?そんなことは……!」

 

しかし、その通りだろう。世界中から人が集まる祭典といえど、死亡者が出ておいそれと続けられる訳がない。

カイトの狩りの舞台すら、あの大事故によって失われることになるのだ。俺の言葉は、カイトの計算高い理性を揺さぶっていた。

 

「あの飛行船には親父も乗っているんだ!だから、頼みたい。飛行船の墜落を止めてくれないか!」

 

俺が力強く空中からそう叫ぶ。彼が逡巡する顔を一瞬見せ、俺に向き返す。

 

「チッ。止むを得ん、放してやれオービタル!」

「ハッ、カイト様!」

 

オービタルの腕が緩み、俺とアンナは芝生の上に無造作に放り出された。カイトは一度だけ俺を鋭く睨みつけた後、背後の飛行船へと向き直る。その背中には、冷徹さの中にも、救うべき命を見捨てない彼なりの優しさと信念が見え隠れしていた。ナンバーズよりも優先すべきものが、彼の中には存在したのだ。

 

「貸し一つだ。念のため釘を刺しておくが……この件、努々忘れるなよ。赤司寿……!」

 

カイトはそう言うと、オービタルを背負って翼を展開して軽やかに空へと舞って行き、堕ちていく飛行船へと突っ込んでいく。俺はその背中に向かって、これ以上ないほどの皮肉と感謝、そして原作通りとなったことに対する安堵を込めて叫んだ。

親父を、そしてこの街の未来を、彼に託して。

 

「がんばれよー、カイトー!オービタルー!!」







流石にもうミスは無い……はず。
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