軍貫使いはZEXALで寿司を握る   作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ

25 / 38
今回三人称視点です。





絢爛で勇猛たる英雄

ハートランドタワー最上階、監視モニターが壁一面を埋め尽くすコンピュータ室。

 

そこは、情報の奔流と無機質な電子光が支配する、冷徹な聖域。室内には、巨大なサーバー群が吐き出す唸るような重低音が絶え間なく響き、空気を震わせている。冷却ファンが排気する、熱を帯びた乾燥した機械の匂いと、オゾンの微かな香りが混じり合い、訪れる者の鼻腔を鋭く突いた。

 

ゴーシュは、コバルトブルーに染まったモニターの光を真正面から浴びながら、窓の外に広がる不夜城を睨みつけていた。視界の先では、極彩色のネオンが毒々しい光の海となって街を焼き、網膜を直接針で刺すかのようにチカチカと不規則な刺激を繰り返している。その瞳に宿る苛立ちは、物理的な眩しさ以上に、内側から燃え上がる燻りによるものだった。

 

「……《No.39 希望皇ホープ》……だったか。あいつの攻撃、今思い出しただけでも、魂の端っこがヒリヒリしやがるぜ……」

 

彼の喉の奥から、乾いた唸り声が漏れた。それは言葉というより、行き場のない熱を孕んだ残響に近い。ナンバーズという呪われた力に侵食されながらも、自己犠牲すら厭わず前へ進もうとする九十九遊馬の、無謀なまでの精神。かつて自分とドロワを相手にした二対一という絶望的な包囲網を、力任せに抉じ開けたあの黄金をも超えた烈火の輝き――。その鮮烈な残光は、今もゴーシュの瞳の裏側に、拭い去れない火傷のような痕として深く焼き付いていた。

 

「九十九遊馬のことか。確かに、あのような一般人がナンバーズを所持していたことは計算外だった。けれど、それ以上に……」

「ああ、分かってる。それ以上に……九十九遊馬は俺にとっちゃ『ノリ』が良すぎたんだ。改めて思い知ったぜ。あんなに血が沸騰するようなデュエルは、ここしばらくお目にかかってなかったからな」

 

ドロワの声は、氷の刃のように冷徹で、無機質な空間を鋭く切り裂く。彼女の薄い唇から漏れる言葉に感情の起伏はない。しかし、背後に組んだ指先はわずかにデッキの縁をなぞり、何かを確かめるように微かに震えていた。

 

「……そうね。あの真っ直ぐすぎる威勢が、この街に蔓延る澱んだ空気を、乱暴に掻き回しているのは事実だわ」

 

表向きは華やかなWDC運営実行委員。だがその裏の顔は、Mr.ハートランドの意志を遂行する操り人形――ナンバーズを狩り集めるための掃除屋だ。精神を蝕む禁断のカードに触れ続け、心まで凍りつきそうになっていた彼らにとって、遊馬が放つ混じりけのない「熱」は、無視することのできない、あまりにも眩しすぎる毒であり、同時に救いでもあった。その時、静寂を切り裂いて、コンソールの警告音が耳を突く高音で鳴り響いた。モニター一面に血のような赤光が走り、緊急事態を告げる。

 

「ナンバーズの反応……! ハートランドB地区の地下通路よ。強力な波動、間違いなくナンバーズ同士の衝突ね。けれど、あそこは進入制限区域のはず……なぜこの時間に?」

「そんなこと、俺らには知ったことじゃねぇよ。……カイトはどうした?」

「……調整中よ。フォトン・モードによる肉体の消耗が限界を超えているわ。今は指一本、満足に動かせないはず」

 

ゴーシュは鼻で笑うと、腰のデッキケースを、厚手の革が不気味に軋む音を立てるほど力強く叩いた。そこに収められているのは、観客を喜ばせるための、運営から支給されたデッキではない。かつてプロデュエリストとして、己の魂を削り、泥を啜りながら戦場を駆けていた頃の、鋼の重みと血の匂いを纏った真の相棒――『H-C(ヒロイック・チャンピオン)』だ。

 

「カイトがいねぇなら丁度いい。……借り物のデッキだけで腕がなまってたところだ。俺一人で片付けてくる」

「待て、ゴーシュ!」

 

背後で響くドロワの鋭い制止を、コンクリートを叩きつけるような重い足音で踏み消しながら、ゴーシュは夜の闇へと、飢えた獣のように飛び出した。その背中には、組織の駒としてではない、一人のデュエリストとしての剥き出しの闘志が、黒い炎となって揺らめいていた。

 

 

 

####

 

 

 

現場となった地下通路は、再開発という名の狂騒から切り捨てられ、ただ緩やかな腐敗を待つだけの都市の死体そのものだった。一歩足を踏み入れるたびに、湿り気を帯びた重苦しい空気が肺の奥まで侵入してくる。鼻腔を抜けるのは、濡れたコンクリートが放つ生命を拒絶するような苔蒸した臭いと、過電流で焼き切れた精密回路が発する、刺すようなオゾンの異臭。それらが混じり合い、まるで巨大な怪物の胃袋の中にいるかのような錯覚を呼び起こした。

 

「本当にここにナンバーズが居やがるのか……何ッ!?」

 

通路の最奥、断末魔の呻きのように不規則に点滅を繰り返す裸電球の下。そこには、一人の男が魂を抜かれたように壁へ凭れかかり、もう一人は汚泥の混じった不衛生な地面にうつ伏せとなって、物言わぬ肉の塊のように転がっていた。

 

「!?」

 

彼らの周囲には、重油のような粘り気を持ったどろりとした黒い霧が、意志を持つ生き物のように蠢き、渦巻いている。その中心、闇の密度が最も濃い場所から、鼓膜を濡れた指でなぞるような、悍ましく不気味な笑い声が漏れ出した。

 

「ヒヒッ……ヒヒヒヒッ……!」

 

 

「あ、ああ……違う……俺じゃない……。あいつが……あいつらが勝手に……みんながああ言ってたんだ……!」

 

 

 

壁に凭れる男の指先は血がにじむほどコンクリートを掻きむしり、その瞳は恐怖で焦点が定まらずに泳いでいる。

 

 

 

『違ウ?何故否定スルンダ?』

 

 

 

闇の奥から響く声は、もはや人間の発音ではない。幾重にも重なったノイズが、直接脳髄を掻き乱すような不協和音。

 

「俺は……そんなことなど……して……っ」

 

 

『シテイルジャネェカ……。オ前ノ心ノ奥底デ、オ前ガ最モ望ンダ通リニナ……』

 

 

「やめろ……う……うぁ、ぁぁあぁっっ……!!」

 

壁に身を預ける男の唇は、制御を失った機械のように激しく痙攣し、口角からは不純な白い泡が溢れて足元に滴り落ちた。見開かれた瞳から理性の光は完全に潰え、代わりに底なしの深淵――泥のように淀んだ純粋な悪意が溜まっていく。男の頭上には、実体を持たぬ人々の噂や中傷を煮凝りにしたような、歪な影の幻影がゆらゆらと鎌首をもたげていた。

 

「おい、しっかりしろ! ナンバーズに魂を叩き売ったか!」

 

ゴーシュの怒声が、湿った通路の壁に乱反射しながら重く響き渡る。その熱量に弾かれたように、男は糸の切れた操り人形のごとき不自然な動作で首を揺らした。濁り、光を反射しなくなった眼球が、ゆっくりとゴーシュの姿を捉える。

 

「次ハ……お前ダ……。お前ノ『運営委員』ト言ウ皮を剥イダ裏ニアル……醜イ本性ヲ……コノ街中ノ耳ニ、ブチ撒ケテヤル……!」

 

狂気に塗り潰された叫びと共に、男のデュエルディスクが展開された。その駆動音は不気味なほどに低く、闇の中から漏れるすすり泣き、あるいは断罪を待つ者の悲鳴のように聞こえた。ゴーシュは怯むことなく、使い込まれた金属の確かな重みと、幾千の戦いを共にした熱を感じさせるディスクを力強く構える。機械が噛み合うガキィィッという重厚な音が、地下通路の陰惨な静寂を真っ向から打ち砕いた。

 

「抜かせ。明日、俺は運営から抜けるんだよ。……まだ上に許可は取ってねぇが、そんなの関係ねぇ。今の俺の魂は、このデュエルにのみある……!」

 

ゴーシュは、己の内に宿る戦士の鼓動を確かめるように、拳を固く握りしめた。

 

「来い、ナンバーズ! 精々、俺の血が逆流するような、ノリの良いデュエルにしやがれ!」

「ノリ……カ。ソンナ、一時ノ安ッポイ熱ナド……惑乱ノ絶対的ナ力ノ前デハ、塵ニ等シイ無意味ダ……!」

 

男の周囲の闇が脈打つように膨張し、まるで地下通路全体が生き物のように呼吸を始め、対してゴーシュは不敵に口角を釣り上げ、全身の筋肉を戦闘態勢へと移行させる。今まさに二人の闘志が、火花を散らすように地下の冷気と激突しようとしていた。

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

####

 

 

 

ゴーシュ LP 4000 / 影の決闘者 LP 4000

 

先攻はゴーシュ。

 

「俺の先攻だ! ドローッ!」

 

引き抜いたカードの風切り音が、静まり返った通路に鋭く響く。剥き出しの闘志を乗せた指先は、僅かにも震えてはいない。

 

「俺は《H・C エクストラ・ソード》を召喚! さらに魔法カード《ヒロイック・コール》発動。手札から《H・C ソード・シールド》を守備表示で叩き出す!」

 

重厚な鋼鉄が擦れ合う、鈍く重い音が反響した。現れた二体の戦士たちは、地下通路の僅かな光をその傷だらけの装甲に反射させ、鈍色の輝きを放っている。

 

「俺はカードを1枚伏せる。……ターンエンドだ!」

 

ゴーシュは鋭い眼光を崩さず、伏せられたカードを指差すと、そのまま挑発するように顎を引く。

 

「俺ノターン……ドロー……ヒヒッ!」

 

対峙する男の指が、デッキからカードを引き剥がすように動く。その指先からは、墨汁を垂らしたようなどす黒い霧が滴り、足元の汚泥に溶けていった。

 

「俺ハ《二重召喚》ヲ発動……。現レロ、《カードガンナー》!」

 

機械の軋む不快な音と共に、錆びついた砲身を持つ小型モンスターが現れる。男は歪んだ笑みを浮かべ、その顔は狂気に引きつっていた。

 

「レベル3ノ召喚ガ成功シタ時、手札カラコイツヲ呼ビダセル……! 来イ、《影無茶ナイト》! 更二速攻魔法《地獄の暴走召喚》ヲ発動! デッキカラ二体の《影無茶ナイト》ヲ……闇ノ底カラ引キズリ出ス!」

 

男が魔法カードを掲げると、足元の汚泥から三体の黒い騎士が這い出してきた。それらは光を一切反射せず、ただそこにある空間を虚無に変えている。

 

「チッ、一気に並べやがったか。だが……その代償は重いぜ! 《地獄の暴走召喚》の効果で、俺もデッキから二体の《H・C エクストラ・ソード》を特殊召喚させてもらう!」

 

地下通路の空間が狭く感じられるほどの圧迫感。ゴーシュの場には三体の重装歩兵が並び立ち、対する男の場には不気味な影の騎士たちが蠢く。

 

「……五月蝿イハエ共ダ。《カードガンナー》ノ効果発動。デッキノ上カラ3枚ヲ墓地へ送リ……ソノ分ダケ攻撃力500上昇!」

 

《カードガンナー》ATK 400 → 1900

 

男の指先から闇の飛沫がカードへと注ぎ込まれ、ガトリング砲の回転音が高まると共に、周囲の空気さえも削り取るような爆風が巻き起こる。

 

「《カードガンナー》ヨ、攻撃表示ノ《H・C エクストラ・ソード》ヲ粉砕シロ!攻撃!」

 

放たれた砲撃が空気を焼く。そのエネルギーの塊は一直線に戦士へと突き進み、装甲が粉々に砕け散る。

 

「……っ、罠の発動はねぇ。通してやるよ!」

 

凄まじい爆発音が地下通路を震わせた。衝撃波がゴーシュの髪を乱し、火薬の焦げた臭いと、鉄が融解する鼻を突く異臭が周囲に充満する。実体化したダメージが、ゴーシュの肉体を壁へと押しつけた。

 

ゴーシュ LP 4000 → 3100

 

「……くっ、……ヘッ、いいパンチじゃねぇか。少しはノらせてくれるらしい」

 

ゴーシュは口内に広がった鉄錆の味を噛み殺し、凶悪な笑みを返す。

 

「更二俺ハモンスターヲ裏守備デセットシ、カードヲ一枚伏セル。ターンエンドダ……」

 

《カードガンナー》ATK 1900 → 400

 

「……ああ、そうだ。それでいい。俺のターン、ドロー!!」

 

彼が吠えると共に、三体の戦士たちが咆哮を上げる。

 

「俺はレベル4、二体の《H・C エクストラ・ソード》と、レベル4《H・C ソード・シールド》でオーバーレイ! 三体の戦士でオーバーレイ・ネットワークを構築し、エクシーズ召喚!」

 

地下通路の闇が弾け、黄金の光が渦巻く。

 

「現れろ――《H-C クサナギ》!!」

 

空間を断ち切るように現れたのは、巨大な太刀を携えた勇壮な巨躯を持つ戦士。二体の《エクストラ・ソード》を素材としたことで、その刀身には凄まじい闘気が宿り、攻撃力は4500という暴力的なまでの数値に達した。その威圧感だけで、対面の男の背後に漂う黒い霧が微かに揺らぐ。

 

「……ソレガ、テメエノ魂カ?」

 

男の声は、湿った蛇が這うような、生理的な嫌悪感を伴って響く。しかし、その瞳には恐怖はなく、ただ嘲弄の色だけが濃く漂っていた。

 

「さて、どうだろうな!行くぞ、《H-C クサナギ》で《カードガンナー》を両断しろ! ――ヒロイック・スラッシュ!」

 

クサナギが大太刀を振り下ろす。その一閃で勝負が決まる――そう確信させた瞬間。

 

「――甘イ、甘イ! 速攻魔法発動、《皆既日蝕の書》! スベテノ表側表示モンスターヲ、闇ノ底ヘ引ズレ!」

「……っ!? クソ、罠ならクサナギで斬り捨てられたが、魔法は無理だ……!」

 

突如として吹き荒れた冷たい風が通路を駆け抜け、絶対的な輝きを放っていたクサナギの姿を強引に遮蔽する。黄金の輝きは霧散し、戦場は再び不気味な静寂に包まれた。

 

「……攻撃中止だ。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

「エンドフェイズ、《クサナギ》ハ再ビ表側ニ……。礼トシテ一枚ドローサセテヤロウ。死ニユク者ヘノ慈悲ダ」

 

男の嘲笑と共に、暗闇が僅かに晴れるが、そこに現れたのは希望ではなく、さらなる絶望の予兆だった。

 

「……勝負を急ぎすぎたか」

 

ゴーシュの額から一筋の汗が流れ落ち、汚泥の浮いた水たまりに波紋を作った。静寂の中、天井の配管から滴る水の音だけが、「ポチャン……ポチャン……」と、処刑までのカウントダウンのように冷たく響く。

 

「言い訳ハ欺瞞ダ……俺のターン! ドローッ! 俺ハ伏セテオイタモンスターヲ表側攻撃表示ニ変更……。現レロ、《カオスポッド》!」

 

男が手を振りかざすと、そこから数多の亡霊の叫び声が鳴り響き、地下通路の壁面に無数の苦悶に満ちた顔が浮かび上がった。

 

「リバースモンスターだと……!?」

 

現れたのは、無数の顔が苦悶に歪みながら癒着した、悍ましい壺。そこから溢れ出すのは、死者の腐臭にも似た、不快な冷気。

 

「リバース効果発動! 互イノフィールドのモンスターヲスベテデッキニ戻シ、ソノ数ダケレベル4以下ノモンスターガ出デルデッキヲメクル……。アア、不憫ダナ?」

 

男は自らの顔を歪な壺に近づけ、鏡合わせのように醜い笑みを浮かべながら、デッキに手をかけた。

 

「……エクシーズはどうなんだ?」

「エクストラデッキニ戻ルカラ、数ニハ含メネェ! 二度ト戻レヌ底ヘ沈メ!!」

 

壺から噴き出したどす黒い濁流が、ゴーシュのフィールドへと押し寄せる。英雄の矜持を嘲笑うような、卑劣で圧倒的な排除の力が、クサナギを飲み込もうとする。

 

「……ハッ、ハハハ! 面白ぇ……。ノリが良くなって来やがったじゃねぇか……!!」

 

ゴーシュは、己を飲み込もうとする闇を真っ向から睨み据えた。その瞳の奥には、まだ一点の曇りもない、灼熱の闘志が燃え盛っていた。ゴーシュの魂の叫びも虚しく、黄金の輝きを放っていたその巨体は、冷酷な法則の前に砕け、無数の光の粒子となって闇に溶けていった。

 

「クサナギが……!」

 

英雄を喪失した喪失感が、冷たい地下の空気と共にゴーシュの胸をえぐる。静寂を取り戻した通路には、機械的にカードが弾かれる「シュッ、シュッ」という無機質な音だけが、処刑台のギロチンが擦れる音のように不気味に反響した。捲る、捲る、捲る――。カードがめくられるたび、男の背後の闇が肥大化していく。

 

「《覚星師 ライズベルト》、《イーグル・アイ》、《三段腹ナイト》、《格闘戦士 アルティメーター》、《インヴェルズの歩哨》ヲ裏側守備表示デ特殊召喚! 俺ハコレデターンエンド……」

 

再び、無機質な裏守備モンスターの背中が盤面を不気味に埋め尽くす。そこには一切の殺意も、熱量もない。ただ、次なる惨劇を待つ墓標のように静まり返っている。

攻撃はない。だが、地下通路の芯から凍えるような冷気の中、ゴーシュの額からは、じっとりとした、脂の浮いた冷や汗が流れ落ちていた。

 

「俺のターン、ドロー……ッ!」

 

引き抜いたカードを睨みつけ、ゴーシュは奥歯を噛みしめる。相手は守りを固めているだけのはずなのに、なぜかこちらが不利なような雰囲気が漂ってくるのはなぜか。

 

「ノリが高ぶってきたぜ……。だが、済まねぇな。今の俺は、そんなに器用にモンスターを並べられるほど余裕がねぇんだ。モンスターを一枚セット、ターンエンド!」

「……チッ」

 

男ははっきりと聞こえる大きさで舌打ちする。その音は、乾燥した骨が折れるような、不吉な響きを伴っていた。

 

「クソガ……。テメェ、コノ期ニ及ンデ舐メテイルノカ? 『戦士』ノ面ヲシタカードヲ使イナガラ、中身ハタダノ臆病者カ?」

「ああ、そうかもしれねぇな。だがな、プロの戦士ってのは、最後に勝つために泥を啜ってでも、無様に這いずり回ってでも生き残る。……そうだろ?」

「不快ダ……。俺ノ裏守備モンスターヲスベテ表側表示に変更!」

 

その瞬間、地下通路の澱んだ空気を切り裂くように、禍々しい突風が吹き抜けた。伏せられていた五体の影が、一斉にその正体を現す。

 

「《覚星師 ライズベルト》ノ効果発動! 《格闘戦士 アルティメーター》ノレベルヲ1ツ上ゲ、《ライズベルト》、《アルティメーター》、《三段腹ナイト》ノ三体デ オーバーレイ!」

「現レロ、天雷ヲ纏イシ飛翔スル電気竜! 《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》!」

 

激越な落雷が地下通路を真っ白な閃光で染め上げた。激しい衝撃波が壁を砕き、オゾンの焦げた、鼻を突く異臭が充満する。

 

「……ナンバーズが来やがったか……だが、それはお前の気配とは違う奴!お前、そのカードをどこで手にいれた!?」

「サァナ! ソコノ地ベタヲ這イズリ回ッテイル死ニ損ナイニデモ聞クンナダナ! サラニ俺ハ残ル二体デオーバーレイ!現レロ、白ノ嘘ト影ニ塗レシ虚栄、黒ニ塗レル人デナシ! 《No.75 惑乱のゴシップ・シャドー》!!」

 

蠢く黒い霧が、地下通路の湿った重気を吸い込み、一気に凝集した。現れたのは、複数の口が歪に癒着した影の怪物。その姿からは、腐敗した生ゴミと焼き切れた金属を混ぜ合わせたような、悍ましい悪意の臭いが漂い、周囲の酸素を奪っていく。

 

「《ゴシップ・シャドー》ノ効果発動! 今ノお前ハ、お前自身ノ成リ損ナイダ! 英雄ナドトイウ甘美ナ幻想 ヲ、スベテ否定シテヤル! お前ノ『英雄』ハ、ココデタダノ『臆病者』ニ成リ下ガルン ダヨ!」

 

その瞬間、ゴーシュの脳髄を、氷のように冷たい泥が直接流し込まれるような、耐え難い吐き気を催す感覚が貫いた。

 

『ゴーシュ、お前はハートランドの操り人形に過ぎない』

『ナンバーズハンター? 笑わせるな。お前はただの、人殺しだ』

 

視界が真っ暗に染まり、実体のない無数の怨嗟の声が耳元で重なり合う。かつて自分が踏みにじってきた者たちの、泥濘のような記憶。それが細い針となって、ゴーシュの精神の防壁を容赦なく抉り出していく。

 

「ぐ、あぁ……っ! ま、惑わされるか、よ……!! 俺は、俺の……!!」

 

意識が遠のき、視界が汚泥のように歪む。冷や汗が滝のように背中を伝って滴り、カードを握りしめる指先は、もはや感覚を失うほどに氷ついていた。耳元で囁く怨嗟の声を振り払おうと、自らの頭を強く振り、現実に留まるために爪が食い込むほど拳を握った。

 

「ドウシタ、サッキマデノ威勢ハ嘘偽リカ! 手ガ震エテイルゾ!! 効果デ 《ゴシップ・シャドー》 ヲ《サンダー・スパーク・ドラゴン》 ノオーバーレイ・ユニットニ変換!」

「《サンダー・スパーク・ドラゴン》ノ効果発動!オーバーレイ・ユニット五ツ、スベテ取リ除イテ効果発動!テメェノフィールドノ『誇リ』ヲスベテ破壊シ尽クス!」

 

男が最後の一押しと言わんばかりにディスクを突き出すと、地下通路全体が雷撃の檻へと変貌した。

 

「がぁ、ぁぁあぁっ……!!」

 

フィールドが猛烈な、白熱する雷光に飲み込まれた。伏せられていた三枚のカードが悲鳴を上げて砕け散り、その強烈な余波がゴーシュの肉体を容赦なく焼き焦がす。物理的な衝撃によって、彼は背後のコンクリート壁へと乱暴に叩きつけられた。

 

「オーバーレイユニットトシテ取リ除カレタ《三段腹ナイト》ノ効果発動! 手札カラ 《デス・ラクーダ》ヲ特殊召喚!」

「死ニ晒セ! 《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》 デ直接攻撃!」

 

逃げ場のない地下通路を、巨大な雷撃が龍の如く疾走し、ゴーシュの全身を貫いた。視界が白銀に染まり、全身の神経が焼き切れるような激痛が走る。口の中に、どろりとした鉄錆の味が広がった。

 

「がっ……!」

 

ゴーシュ LP 3100 → 700

 

「サラニ 《デス・ラクーダ》 デ直接攻撃ダ!」

 

不気味な獣が、喉元に直接喰らいついてくるような生々しい幻覚。肉が裂ける幻痛と共に、魂の燈火が掻き消えそうになる。

 

ゴーシュ LP 700 → 200

 

「ぐはっ……! はぁ……、はぁ、はぁ……!!」

 

壁に激突した衝撃で肺の空気がすべて押し出され、ゴーシュは汚泥の上に膝をついた。視界は霞み、肩で荒い息を繰り返す。

 

「……俺ハ 《デス・ラクーダ》 ヲ裏側守備表示ニ変更シ、ターンエンド……。不様ダナ。自分ノ死体ヲ待ツダケノ気分ハドウダ?」

 

男は、死に体のゴーシュを一瞥し、これ以上の抵抗は無意味であると告げるように冷笑した。だが、それに反してゴーシュの心は、一切折れる様子は無い。

 

「はあっ……はぁっ……クソ、最高だぜ……!!こういう時、九十九遊馬ならこう言うんだろうな、『かっとビングだ、俺!』ってな! 」

 

寧ろ、その方が滾る。力が漲る。その感覚を感じながらゴーシュは、口内に溜まった熱い血を混じった唾を、嘲笑うように吐き捨てた。そして、震える腕で壁を掴み、剥き出しの闘志を支えにして、ゆっくりと、だが確実に大地を踏みしめて立ち上がった。その瞳の奥には、絶望の闇を焼き尽くすような、黄金の闘志が猛烈に再燃していた。

 

「俺の、ターン……! ドローッ!!」

 

引き抜かれたカードが、闇を切り裂く一筋の黄金の光となって閃いた。引き抜いた運命の一枚を指先で豪快に翻すと、ゴーシュの顔には戦鬼のような、凶悪で、それでいて清々しいまでの笑みが浮かんだ。逆境であればあるほど、絶望が深ければ深いほど、彼の魂という名のエンジンは、より苛烈な爆鳴を上げて回転する。

 

「良いノリには、最高のノリで返さねぇとなぁ! 俺は《H・C ダブル・ランス》を召喚! こいつは一体で二体分のユニットとして扱える! 俺は一体の《ダブル・ランス》でオーバーレイ・ネットワークを再構築! 出てこい、俺の魂! 《H-C エクスカリバー》!!」

 

地下通路の汚濁に満ちた闇を切り裂き、黄金の鎧を纏った勇者が再びその地に降臨した。その背から放たれる眩いばかりの輝きは、通路を埋め尽くしていたどす黒い霧を暴力的なまでに押し返し、腐敗した空気さえも一瞬で焼き払う。

 

「フン……ダガ、ソイツノ攻撃力ハ2000!サンダー・スパークニハ届カヌゾ!」

 

男の叫びは、もはやゴーシュにはそよ風当然だ。

 

「本当にそうか? 今のお前の盤面には、俺の英雄を止める伏せカードなど一枚もねぇ。……つまり、小細工抜きで真っ向から叩き潰せるってことだ!」

 

ゴーシュは、エクスカリバーの剣先に同期するように指さし、勝利への揺るぎない確信をその鋭い視線に込めた。

 

「ナニ……ガ言イテェ……!」

「すべてエクスカリバーで叩き割っちまえば、俺の勝ちだってことだ! 行くぞ、速攻魔法発動、《ヒロイック・チャンス》! このターン、《エクスカリバー》の攻撃力を倍にする!」

 

《H-C エクスカリバー》ATK 2000 → 4000

 

ゴーシュが魔法カードを突き出すと、勇者の大剣が雷鳴を上げて巨大化し、地下の空気が膨大な魔力によって歪み始めた。

 

「……ダガ、ソレデハ俺ノライフハ削リ切レヌ! 耐エレバ、次ハ無イゾ!」

「抜かせ! さらなる装備魔法発動、《ヒロイック・グロース》! 自分のライフが相手より低ければ低いほど、装備モンスターの力はさらに膨れ上がる! 当然、装備するのは《H-C エクスカリバー》だ!」

 

自らの瀕死の状況を力へと変換し、全身から黄金の闘気を噴出させながら装備カードを装填する。エクスカリバーに力が集まり、それに呼応するかのように剣が熱く、大きくなる。

 

《H-C エクスカリバー》ATK 4000 → 8000

 

「8000……!? バ、バカナ……!」

 

男の顔が戦慄に引きつり、背後の影が小さく震える。だが、ゴーシュの昂ぶりはまだ天元を突破していなかった。

 

「バトルだ! 《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》に攻撃! その瞬間、《エクスカリバー》の真の力を解放する! オーバーレイ・ユニットをすべて取り除き、攻撃力は……さらに倍になるッ!!」

 

《H-C エクスカリバー》ATK 8000 → 16000

 

主の一撃に全魂を込めてエクスカリバーに突撃の号令を下す咆哮に呼応し、勇者の剣が太陽のごとき烈光を放つ。

 

「攻撃力16000ダト……!? ソンナ……ソンナ馬鹿ゲタ数値ガ、存在シテタマルカ……!!」

 

男は、理解を越えた数値の前にただ立ち尽くし、迫り来る黄金の死を、絶望の瞳で見つめることしかできなかった。

 

「ノリが悪ぃ奴だな、一撃ぐらい付き合えよ!気合入れて行くぜ、《H-C エクスカリバー》!」

 

エクスカリバーがゴーシュの声に頷き、呼応するかのように今や大剣と化した剣に力を全力で込める。その勢いは刃が黄金を超えて赤々しくなるまでに変化するほどだ。

 

「行くぞ、一刀両断!必殺――烈火真剣!!」

 

火炎の太刀が唸りを上げ、空間そのものを断ち切るように振り下ろされた。闇を真っ向から両断し、地下通路には鼓膜を震わせる爆音と、衝撃波で巻き上がったコンクリートの塵が猛烈な勢いで立ち込める。

 

「ギ、ギャアァァァァァッ!!」

 

男の悲鳴と共に黒い霧が霧散し、そのライフは文字通り一瞬で、無へと叩き落とされた。

 

影の決闘者 LP 4000 → 0

 

 

 

####

 

 

 

「……はぁ、はぁ。……ナンバーズ、回収完了だ」

 

ゴーシュは膝をつき、激しい呼吸を繰り返した。肺に吸い込む空気は、ひどく冷たく、そして強烈な鉄錆の味がした。

泥の中に転がったナンバーズのカードを2枚、荒っぽく拾い上げる。指先に触れた瞬間、カードは皮膚を焼き切るような冷徹な波動を放つ。勝利の安堵が喉元までせり上がったその時、倒れた男の背中から、消えたはずの影が蛇のように細長く首をもたげた。本体を失ってもなお、その場に色濃く残留した悪意の残滓――それが、ゴーシュの勝利による一瞬の充足という、精神の僅かな隙を逃さず、足元から彼の影へと溶け込もうと、音もなく這い上がる。

 

「……? 何だ、この異常な冷気は……」

 

ゴーシュがカードを懐に収めようとしたその刹那、背筋を凍らせるような、湿った冷たい指が首元を愛撫した。

 

『……オ前モ……本当ハ……全テヲ壊シタインダロウ……?』

 

耳元で、自分の声に限りなく近い「何か」が、粘り気のある声で囁く。振り返れば、そこには実体のない闇が、獲物を待つ巨大な顎のように、静かに、だが確実に広がっていた。

 

「……チッ、しつけぇ野郎だ。……俺を呑み込みてぇなら、もっと俺のノリに勝てるデカい絶望でも持ってきやがれ」

 

ゴーシュは口内に溜まった血を乱暴に吐き捨て、震える足で立ち上がり、目前の闇を鋭い眼光で射抜いた。しかし、その影のさらに深淵の奥に潜んでいる、底知れない悪意の正体――ゴシップ・シャドーの計略に彼が気づくことはできなかった。地下通路の奥へと消えていくゴーシュの背中。その後ろにある実体のない影はまるで彼を嘲笑うように、いつまでも揺らめき続けている。







時系列的にはカイトと遊馬がⅣとⅢを倒して寝た後くらいをイメージしています。
あと、勘の良い方もいると思いますがどうかその思いは意中に留めてください……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。