軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
月が沈み、太陽が昇る。それに同期するように、時計の針が円弧をなぞって下りてゆく。
ピピピ……
電子音が無機質に、しかし執拗に早朝の静寂を切り裂いた。まどろみの淵で沈みかけていた意識を、泥の中から引き剥がすように強制的に覚醒させる。重い腕を伸ばしてアラームを沈黙させると、俺は遮光カーテンを一気に引き開けた。その瞬間、ハートランドの巨大なビル群の隙間から、鋭い槍のような朝日が真っ直ぐに射し込み、視界を暴力的なまでの白一色に染め上げる。滞留していた部屋の空気が一気に熱を帯び、光の柱の中で微細な塵が、金色の星屑のように不規則な舞を踊っていた。
「……眠ぃ」
掠れた独白が、余韻を残して寝室の床に落ちる。喉の奥に張り付いた眠気を吐き出すように深く息を吐くが、瞼の裏にはまだ微かな夢の残滓がこびりついている。
だが決して寝てはならぬ、二度寝は禁物だ。
晴れやかな日光を全身に浴びながら、俺、赤司寿は凝り固まった背筋を大きく伸ばす。日光を浴びることでセロトニンが分泌され、脳の覚醒を促し、体内時計の調整を助けてくれるのだとか。そんな豆知識を脳内で反芻し、太陽の熱を直接肌に感じることで、泡沫として消えてしまいそうな意識を無理やり現実の重力へと繋ぎ止める。
「さて、WDC予選会も三日目になっちまったか……」
その声は、冷えた空気の中に微かな波紋を作った。窓の向こうに広がる近未来的で歪な街並みを眺め、俺は自身の胸元で鈍く光るハートピースに指を触れる。残りはあと1つ。最終日の今日、何としてでも一致するピースを得なければ、これまでの決闘はすべて無為に帰し、予選突破の道は閉ざされる。しかも、一致するピースはおそらく唯一無二。もしもどこかの路地裏に捨てられていたり、既に突破した者の手に渡っていれば、その時点で俺の予選落ちは確定する。そんな、胃の奥が冷えるような焦燥を抱えながら、俺は階段を降りた。
「おはよう、アンナ」
一日の始め、挨拶は大事だ。俺の声に、キッチンの方から聞き慣れた快活な気配が返ってくる。厨房へ足を踏み入れようとしたその時、視線の先に一人の少女の背中を捉える。神月アンナ。既に起きていた彼女は、机に向かって昨日の練習の反省をノートに書き殴っていた。
「お!今日は早いんだな、師匠!おはよう!」
顔を上げたアンナの瞳には、寝不足を微塵も感じさせない野性的な光が宿っていた。静寂の中に響くのは、ペン先が紙を削り取る執拗な摩擦音だけだ。その音は、彼女の内に秘められた真剣さと、どこか焦りにも似た剥き出しの情熱を、何よりも雄弁に物語っていた。
「……アンナ、ちょっといいか」
やる気に満ち溢れている若者ほど眩しい存在は無い。その熱に当てられないよう、俺は手に持っていたマグカップを無垢材のテーブルに置く。コン、という乾いた硬質な音が、彼女の張り詰めた集中力を物理的に現実へと引き戻した。
「ん?なんだ、師匠?」
改めて向き合うと、彼女の真っ直ぐな視線が俺の思考を射抜く。迷いのないその瞳を見つめながら、俺は今日という一日の過ごし方について提案を切り出した。
「今日一日、俺のデュエルばかり見てても面白くねぇだろ。デッキ改造に挑戦してみないか?」
突拍子もない提案だったのか、彼女は持っていたペンを止めてポカンと口を開けた。
「デッキ……改…造……?なんじゃそりゃ?」
アンナが眉を寄せ、不可解な呪文でも聞いたかのように俺を見据える。よく考えれば俺の言う意味の「改造」という言葉はTCG特有の専門用語だったなと、俺は内心で苦笑した。
「言い方が悪かった。分かりやすく言えば構成するカードを入れ替えて、デッキを強化するってことだな」
「強化」という言葉を聞いた途端、彼女の表情が一変する。眠気も疲れも吹き飛ばすような、子供じみた純粋な期待がその顔いっぱいに広がった。
「デッキ強化!?それって、俺の《グスタフ・マックス》が強くなるってことだよな?!」
身を乗り出す彼女の勢いに、テーブルの上に置いていたマグカップのコーヒーが僅かに揺れる。溢れんばかりの闘志がリビングの空気を一変させ、俺の眠気も完全にどこかへ消し飛んだ。
「その通りだ。ああ、カードに関しては俺が持っているのを貸してやるから安心しろ」
俺はそう言い、二階の押し入れへとアンナを誘導する。重い襖を横に滑らせると、そこには俺がこれまでこの世界で収集し眠っているカードたちが沈黙して眠っていた。
「な、なんだこれ……! これ全部、俺に使えってのか!?」
そこには、数多のカードが整然と、あるいは混沌と詰め込まれた箱があった。アンナの声が、驚きと興奮で高く弾ける。彼女の指先が、吸い寄せられるように、無限の可能性の集合体へと震えながら触れた。俺は何も言わず、箱の中から幾枚かのカードを選び出し、一枚ずつ丁寧にテーブルに並べていく。カードの角が木目に触れるたび、パチッ、パチッという小さな、だが確かな重みを持った音が響く。それは、新しい戦略が産声を上げる鼓動のようにも聞こえた。
「いいか、アンナ。重要なことを言う。デッキってのは、戦術の塊なんだ」
並べられたカード一枚一枚が、朝日の光を反射して不気味に、かつ誇らしく輝く。俺は彼女の目を見据え、デュエルの根源に関わる問いを投げかけた。
「戦術の……カタマリ……?」
静かな俺の声が、朝の湿った空気を通してお前の鼓膜を叩く。アンナは俺が並べたカードたちと、自分のデッキケースを交互に見つめ、困惑したように小首を傾げた。
「ただ強いカードを詰め込めばいいってもんじゃねぇ。40枚のカードすべてが、一つの目的のために連動して動かなきゃならないんだ。お前が『どうやって勝つか』、その設計図がお前のデッキそのものになる」
俺の言葉を反芻するように、彼女はテーブルをじっと見つめ直す。その思考のプロセスを邪魔しないよう、俺はあえて短い沈黙を置いた。
「……設計図?勝つことに、そんな難しいことを考えるのかよ」
アンナの呟きには、力で押し通すことこそが正義だという彼女らしい信念が混ざっていた。だが、その限界を彼女自身も薄々感じているはずだと確信し、俺は話を先へ進める。
「ああ。お前のエースモンスターの《グスタフ・マックス》を例に出そうか。あのモンスターの強所といえば何が浮かびつく?」
俺はあえて、彼女が最も信頼し、愛着を持っている相棒の名を挙げた。案の定、お前の瞳がその名を聞いた瞬間に、獲物を狙う猛獣のような鋭さを取り戻す。
「直感でいい。お前がそのカードに惚れた理由、その力の本質を言ってみろ」
俺が促すと、彼女は胸を張り、迷いなくその答えを咆哮のように放った。
「そりゃ、2000ダメージをぶっ放せるところだろ! それに攻撃力も3000もあるしな!」
アンナの声には、一切の疑いも迷いもなかった。鋼鉄の巨神が見せる圧倒的な暴力性、それこそが彼女を惹きつけてやまない魅力なのだ。
「あのデカい大砲で相手を木っ端微塵にする。それが爽快なんだよ!」
「そうだ。それだ、戦術というのは!」
俺が短く、断定するように強く頷くと、アンナは拍子抜けしたように目を丸くした。自分の当たり前の感覚が、理論としての戦術と呼ばれたことに驚いたのだろう。
「え?!」
彼女の戸惑いを置き去りにするように、俺はさらに言葉を畳み掛ける。
「今言ったことが、ただの感性で終わるか、戦術に昇華されるかの瀬戸際だ。いいか、アンナ。お前は今凄く重要なことを言ったぞ。改めて聞く、ダメージを与えられるということは?」
問いかけと共に、俺はテーブルの一点を強く指し示した。まるでそこが、勝利へと続く唯一の入り口であるかのように、彼女の意識を集中させる。
「当然、勝てるってことだ!」
一寸の迷いもない回答。その純粋さが、彼女の最大の武器であり、最大の魅力だ。俺はそのシンプルで強力な答えを肯定し、彼女の脳内に具体的なイメージを描かせていく。
「そうだ、相手のライフは4000。効果を二回通せば、それだけで終わる」
その一言がトリガーとなり、彼女の中で点と点が結びついた。
「……あ、そうか。二回撃つまで、俺が止まらなきゃいいんだな!」
「そうだ、その通りだ。結局、デュエルに勝つにはライフを0にできりゃそれでいい。で、だ。その二回を確実に撃ち込むために、お前ならどうする?」
俺が最後のピースを埋めるための問いを投げると、彼女は腕を組んで唸り始めた。これまでの猪突猛進なスタイルでは届かなかった確実性について、彼女は初めて思考を巡らせる。
「うーん……結局俺のデッキだと1ターンでとどめを刺すことはできねぇんだよな……」
答えに近づきつつある彼女を導くように、俺は静かに、かつ力強くその戦法を提示した。
「───ってことはだよ、守って守って相手のリソースが切れたところにお前の列車をぶち込めば勝てるってことじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、アンナの顔に不敵で凶悪な笑みが浮かんだ。それは守りに入る消極的な姿勢ではなく、獲物を確実に仕留めるための冷徹なハンターの笑みだった。
「おお! なんか楽しそうだな!相手が必死に攻めてきたのを耐えきって、最後に特大の一発をお見舞いしてやる……ヘッ、最高じゃねえか!早速やってみようぜ!」
アンナの声は、闘志という名の石炭を、赤々と燃える炉へ焚べる音のようだった。彼女は既に、新しく生まれ変わった自らのデッキが、鋼鉄の咆哮を上げながら戦場で無敵の進軍を開始する姿を確信しているようだった。
「よし、始めるか!デッキ改造!」
窓の外、動き始めた街の喧騒を掻き消すように、熱気が部屋中に満ちていった。
####
「まず俺のおすすめはこいつだな。《バトルフェーダー》だ、バトルフェイズをスキップできる」
「え、強くねぇか?3枚入れよ……」
「3枚は入れる必要もないだろうがな。しかしモンスターだから伏せておく必要も無い、だから相手にとっちゃ溜まったもんじゃない。こいつで確実にターンを稼げ」
「師匠、この《ご隠居の猛毒薬》ってカード中々に強くねぇか?」
「いいカードを持ってくるな。速攻魔法だから相手ターンにも唱えられるし、回復にもバーンにも使える。粘りを支える、地味だが確実な一枚になるはずだ」
「アンナ、《ハッスルラッセル》にこのカード併せてみないか?」
「ええと……ああ!選んでそいつで破壊することでコンボできるのか!」
「しかもダメージも与えられる。それに普通に使っても強いぞ。攻防一体、お前の気性に合ってるだろ」
「よっしゃ、3枚入れちゃお……あ、さっき1枚見かけたけどどこ置いたっけ……」
「《貪欲な壺》?俺のデッキはそんなに墓地が増えねぇぞ?」
「いや、そうとも言えねぇぞ。防御に固めるだろ、だから必然的に戦いは長引き、墓地にモンスターが多くなるだろ?」
「うーん……まぁ《グスタフ・マックス》をエクストラデッキに戻せるのは強いし1枚くらい入れるか!」
「あれもこれも入れてぇなぁ……師匠、デッキって40枚以上でもいいんだよな?」
「60枚以下40枚以上だ。だが、基本は40枚。多くても1枚から2枚加える程度だな」
「何でなんだ?」
「
「???」
####
時計の針が刻む音さえ忘れるほど、俺たちは情報の海に没頭する。理論と直感、そしてアンナという決闘者の個性を一枚の絵に落とし込んでいく作業。数時間をかけ、デッキの不純物と判断したものを冷徹にふるい落かしながら、新たな動力源を組み込んでいく。テーブルの上には古くから親しんできた古豪と新たに選ばれた精鋭たちが混在し、カードたちの魂の交代劇が厳かに繰り広げられていた。かつてアンナが「ただ強そうだから」と積んでいたカードを抜き去るたび、彼女の迷いが削ぎ落とされ、その眼差しに静かな知性が宿っていくのが分かった。
「よし、これでいいだろ。残り一枚は……アンナ、これを渡しておく」
俺は更に襖の最奥にあるカードファイルを取り出し、その中にあった1枚のカードを、慎重な手つきで抜き取る。これまでのカードとは一線を画す、圧倒的な質量を感じさせる一枚。そのカードが姿を現した瞬間、アンナの目の色が、驚愕と興奮によって一変した。彼女の喉が小さく鳴り、反射的に身を乗り出す。その瞳には、かつてないほどの敬意と、震えるような喜びが混じり合っていた。
「これは……!!いいのか!?」
「俺は使えねぇから構わないさ。そのカードは、逆転の一手として入れておけ」
俺の言葉を噛みしめるように、彼女は大切にそのカードを受け取った。アンナが最後の一枚をデッキに混ぜ、丁寧にシャッフルを繰り返す。カシュ、カシュとカードが重なる音が、チューンナップの終わりを告げる足音のように響く。今ここに、40枚の努力の結晶が完成した。
「よっしゃ!デュエルだ、師匠!」
気合の入った彼女の声がリビングに響き渡り、空気がピリリと緊張を帯びる。先ほどまでの師弟としての穏やかな空気は霧散し、一人の決闘者としての闘争心が爆ぜる。
「無論だ。下手こくなよ?」
新しくなった彼女の牙がどれほど鋭いのか、俺自身の体で確かめる時が来た。俺が教えた戦術を、彼女がどう血肉に変えたのか。それを知るためには、言葉よりも剣を交えるのが一番だ。当然、試運転は全力だ。
「「デュエル!!」」
####
「うぉぉぉ!俺は《超弩級砲塔列車グスタフ・マックス》の効果発動!2000ダメージを師匠に与える!罠は?」
咆哮と共にフィールドに顕現した鉄の巨神が、その巨大な砲身を俺へと向ける。アンナの指示は的確だった。俺が仕掛けた幾多の罠を、彼女は強引に突き破るのではなく、最小限の被害で受け流し、この決定的な一撃へと繋げてみせたのだ。轟音と共に放たれたエネルギーの塊が、俺のフィールドを焼き払った。
「受ける、俺の負けだ」
寿 LP 0
目の前の数値がゼロへと転がり落ちる。俺は潔くデュエルディスクを閉じ、心地よい敗北感に浸った。
「よっしゃあ!師匠に勝てるようになったし格段に動きやすくなったぜ、これ!」
確かな手ごたえをアンナが得て、天高くガッツポーズを決める。やはり出力が強い分、その動力源を強化すればおのずとデッキは強くなるものだ。人は興味関心があるものに関してはかなり早い速度で知識技能を習得できるものだと、彼女を見て改めて実感する。俺との数回のデュエルを通してアンナはスポンジのように経験値を吸い、それを瞬時に自分なりのデュエルタクティクスに変換していった。まだまだ見逃しているコンボがあったりするが、それを加味しても驚異的な伸び。やはり自分のデッキが強くなったと確信したときほど、決闘者として清々しい気持ちが得られるものはない。アンナの顔には、朝日のような眩しい自信が満ち溢れていた。
「今の時間は……7時くらいか」
外に目を向けると、街は完全に目を覚まし、WDCの熱気を含んだ空気が窓を揺らしていた。熱狂の予感に心が逸る反面、ある違和感が。
「もうそんな時間!?早いなぁ、やっぱ師匠の教え方がいいから時間を忘れられるぜ!」
「お世辞は素直に受け取る。さてもう朝食を普段だったら作り始めるんだが……」
周りを見渡すが、やはり居るべきはずの人物の姿がない。いつもなら、この時間には厨房で何かしらの作業音が聞こえ、朝食の準備が進んでいるはずなのだ。静まり返った家の空気に、俺は微かな胸騒ぎを覚えた。
「うん、親父さんが帰ってきてないな……一体どうしたんだろうな?」
俺の呟きに、アンナも首を傾げて玄関の方を不安そうに見つめた。先ほどまでの勝利の余韻が、不穏な静寂にじわじわと塗り替えられていく。
「うーむ……親父は野暮用がらみで外に出ているらしいが……朝には帰ってくると言ってたはずなんだがな」
「帰ってこねぇな……」
「ああ……」
しかし、時間は無情に過ぎ去っていく。親父の身を案じつつも、腹の虫が鳴り、空腹という現実が俺たちの体を動かした。腹が減っては戦はできぬ――それはデュエリストにとっても鉄則だ。
「仕方ねぇ、今日は俺たちで作るか。アンナ、お前も手伝え」
「あいよ、師匠!」
親父がいないとき、飯は俺らが作って食べていいのが俺の家の決まり。不安を振り払うように、俺たちは肩を並べてキッチンに立った。共に悩み、デッキを組み上げた後だからか、その連携は思いのほかスムーズだった。
「ちゃっちゃと作るぞ。冷蔵庫からピーマンとキャベツ、あとモヤシと玉ねぎと豚バラ肉をとってくれ」
材料を指示すると、アンナは少し嫌そうな顔をして野菜室を覗き込んだ。そのあからさまに子供っぽい拒絶反応に、俺はつい口元が綻ぶ。
「うげ。ピーマンは……無しってことはダメか?」
「何言ってんだ、炒めるんだから苦味も少ないだろ。食わず嫌いは損だぞ」
俺の言葉に口を尖らせながらも、彼女は言われた通りに野菜をカウンターへと並べた。
「二つに割って、その中から種をほぐれ。で、そこから千切りだ」
慣れない手つきで包丁を握る彼女の隣で、俺は手際よく肉の下準備を進める。
「痛ぇ……指切った」
「猫の手だ、猫の手。包丁の腹を当てるようにしろと言っただろ」
俺が呆れ半分に指導すると、彼女は指を咥えながら不器用な構えをとった。痛みに顔を顰めつつも、すぐに包丁を持ち直すその根性は、まさにアンナそのものだ。
「こうか、師匠?」
「いや、それは握り拳だな。もっと緩めろ」
そんな軽口を叩き合いながらも、材料が切り終わるとフライパンの上で食材が調味料と混ざり合いながら踊り始める。ジュッという小気味よい音が響き、香ばしい醤油の香りがキッチンを満たし、次第に料理としての形を成していく。二人で作り上げた朝食は、不器用ながらも温かな湯気を立てていた。
「炊飯器は……よし、炊いてあるな。アンナ、どれぐらい欲しい?」
「大盛りで!」
出来上がった料理を大皿に移し、机に置くと芳醇な匂いが鼻を劈く。空腹の限界だった俺たちは、揃って手を合わせた。親父がいない食卓は少し寂しいが、目の前の料理がその隙間を埋めてくれる。
「「いただきます!」」
ちなみに、今日の朝食は野菜炒めなのだった。
####
食器を自動食洗機に入れて、一息つく。ハートランドの住宅に自動洗浄機などの家電用品は標準的な備え付けらしい。ARビジョンから、家庭用品まで。Dr.フェイカーは何て家庭的な人なんだ……。そんな下らないことを考えて不安を紛らわせていたら、裏口の鍵の開く音が静かなリビングに響く。金属質の重い音。待ちわびた帰還だが、どこか足取りが重いように感じられる。
「……遅くなってすまない」
急いで駆けつけると、そこには引き戸の奥から、申し訳なさそうな表情の親父がようやく姿を現した。服には少し皺が寄り、徹夜明け特有の疲労がその瞳に色濃く影を落としている。その肩の落とし方に、俺はただならぬ面倒ごとの予感を感じ取った。
「事故とかに巻き込まれた訳じゃないのなら、別に構わねぇさ」
俺がそう声をかけると、アンナも元気よく親父に駆け寄った。彼女の明るさが、親父の沈んだ空気を幾分か救ってくれることを期待しながら。
「ああ!親父さん、俺らは朝飯を食ったし、これからWDCに行くんだ!もう最終日だぜ、師匠のハートピース集めも頑張らないとな!」
そんな彼女の無邪気な言葉を聞くたび、ますます親父の目尻が下へ下へと下がってゆく。困惑と決意、そして多大なる申し訳なさが入り混じった、言葉に詰まるような表情。その表情には、単なる疲労以上の何か重苦しい後ろめたさが滲み出ていた。
「……」
「親父もしや……それ。どうやら俺らも関わることだったりするのか?」
俺の問いに、親父は一瞬肩を震わせ、力なく視線を逸らした。その反応だけで十分だった。俺の背筋に、嫌な汗がひとすじ流れる。
「不本意だが……その通りだ。昨日の野暮用が足を引っ張ってな……申し訳ない」
「親父。謝るのは説明してからだろ。何なんだ、その野暮用と俺らに関する件っつうのは?」
予感は的中。リビングに気まずい沈黙が流れる。アンナも異変を察したのか、さっきまでの勢いを潜め、俺の横で息を呑んでいる。親父は深く溜息をつき、覚悟を決めたように俺たちを見た。頭で言葉を反芻させながら、ようやく親父は俺らに声を絞り出す。
「……俺の旧友とその娘に……お前を会わせることになったんだ」
正直ここまで野暮用を引き延ばすとは思っていませんでした。サクサク進めないと……