軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
三番街へ向かう道中、アンナは軽やかな足取りでアスファルトを叩き、鼻歌まじりにスキップしていた。対照的に、俺の心境は、煮え切らない出汁のように複雑で重い。親父がアホとまで断じた男、出門スミス。そして、その娘であり俺と同じくハートピースを求める決闘者、ラクリ。親父の旧友への義理と、WDC予選突破への執念が、胸の中でいびつに絡み合っていた。
「ねぇ師匠、そのラクリって子、どんなデッキを使うのかな? 菓子屋の娘なんだから、やっぱり可愛い感じか?」
アンナが身を乗り出して尋ねてくる。彼女の瞳には、まだ見ぬ強敵への純粋な好奇心が溢れていた。
「さあな。だが、あの親父が腕を認めるほどの職人の娘だ。可愛いだけで済む相手じゃないだろうよ。甘い香りの奥に、鋭い針を隠している……そんな予感がするぜ」
商店街の喧騒を抜け、角を曲がった瞬間に、その迷宮は唐突に姿を現した。パステルピンクの可愛らしい屋根。本来なら、通りかかる子供たちの目を輝かせ、甘い幸福を予感させるはずのその店先は、まさに無残な惨状を呈していた。段ボールが歩道の隅に追いやられ、開店祝いの花輪が力なく壁に立てかけられている。
「おい、そっちの棚は右だと言っただろ! 違う、それは板材の予備パーツだ! ああもう、どこに何を置いたか分からねぇ!」
半開きの自動ドアの隙間から、店内の空気を物理的に震わせるような怒号が漏れ聞こえてくる。親父の言っていた通りだ。いや、言葉で聞いていた以上の地獄がそこには広がっていた。俺は一度だけ深く息を吐き、覚悟を決めてその混沌の深淵へと足を踏み入れた。
「……失礼。赤司厳造の息子、寿だ。親父の代わりに手伝いに来た」
俺の声が店内に響くと同時に、奥から凄まじい勢いで原色の塊が突進してきた。赤い髪を炎のように逆立て、派手な黒と赤のジャケットをはためかせた大男が、目の前で急停止する。
「おぉっ! 来てくれたか厳造の息子! 待ってたぜ、このスミス様が地獄の淵でな! 見ろこの有様を、開店まであと三時間だっていうのに、冷蔵庫の配置すら決まってねぇんだ!」
スミスさんは俺の肩を砕かんばかりの豪腕で掴み、額に汗を滲ませながら豪快に笑った。その瞳には、親としての焦りと、旧友の息子に対する無邪気な期待が同居している。嵐が具現化したようなそのエネルギーに、俺は気圧されそうになりながらも、即座に職人としての視点に切り替えた。
「……事情は察した。スミスさん、設営は俺とアンナがやる。あんたは大将だろ、道路にある段ボールとかを運搬してくれ。ここは、俺らが整えてやる」
「おう!頼もしいじゃねぇか、流石は厳造の倅だ! 恩に着るぜ!」
俺はアンナと共同作業するための指示を出すべく、店内の動線を頭の中で構築し始める。
「アンナ、まずはその机を左列に3つ大体でいいから等間隔で置いてくれ。俺は奥をやる。そのあと、大机の運搬を手伝ってくれ」
「分かった師匠。よっしゃ、始めるぜ!」
「大丈夫そうだな、重畳重畳!これで安心できるぜ!」
どこからそんな自信が湧いてくるのか、不安材料しかない太鼓判を頂くのを聞き流しながら、机を持ち上げようとする。その時だった。厨房の奥、鈍い銀色に輝く大型冷蔵庫の陰から、一人の少女が音もなく姿を現した。
「お父様、あまり大きな声を出さないでください。せっかく安定させたクリームが分離してしまいますよ?」
凛とした、それでいてどこか冷たさを孕んだ甘い声。薄ピンクのドレスに清潔なエプロンを締め、一糸乱れぬ手際で髪を纏めた少女――出門ラクリ。彼女は手に持っていたホイッパーとボウルを静かに置き、俺を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、親父が語ったような無邪気な輝きなど微塵もなかった。そこにあるのは、獲物の動きを冷静に分析し、一撃で仕留める機会を伺う、研ぎ澄まされた決闘者の光だ。
「……初めまして。出門ラクリです。あなたが、赤司寿さんですね」
「……ああ。初めまして、でいいのか。親父から、色々と伝説を聞かされたよ」
彼女がゆっくりと歩み寄ると、その胸元で金色のハートピースが、外の陽光を反射して淡く、しかし力強く発光した。呼応するように、俺のポケットにあるピースが、肌を焼くような熱を帯びる。ビンゴ、彼女が最後の一片を持っているということか。
「お父様の不始末で、あなたのような実力者を煩わせてしまうこと、心苦しく思います。……ですが、作業の手際は素晴らしいですね。まるで、すべてを見据えているよう」
ラクリは俺が動かした什器の配置を見て、僅かに口角を上げた。その仕草には、敵対心よりも先に、同じ領域で生きる者への奇妙な敬意が混じっているように見えた。
「板前だからな。段取りが全てだ。……話は後だ、ラクリさん。まずはこの店を形にする。あんたの菓子を、最高に美味く食べれるような舞台を作ってやるよ」
「ふふ、頼もしい助っ人さんですわね。では、お任せします……私たちの呼吸がどこまで合うか、試してみましょうか?」
交流、などという生温いものではない。これは、競争だ。
####
そこからの三時間は、まさに戦場だった。
店舗の設営が終わった俺たちはアンナに机回りや床の掃除を任せ、俺はラクリとスミスがいる戦場に飛び込んだ。熱を孕んだ厨房は、舞い上がる小麦粉と甘いバターの香りが混じり合う濃密な空間へと変貌している。俺はしがない板前としてではなく、これまでの人生の経験をフル回転させ、無造作に置かれた機材を、一秒のロスも許さない機能的な陣形へと再配置していく。ラクリの動きは、まるで精緻な時計仕掛けの人形のように一切の無駄がなく、流れるような所作でお菓子を次々と仕上げていった。俺は彼女の指先の動き一つから次に必要とする道具を察し、ボウルを差し出し、オーブンの温度をコンマ数度単位で微調整し、戦場と化した厨房の動線をミリ単位で整え続けた。
「……驚きましたわ。指示も出していないのに、私のリズムを完璧に理解していらっしゃる。まるで、私の思考が読まれているかのようですわね」
ラクリは、額に薄っすらと汗を滲ませながらも、感嘆の入り混じった声を漏らした。彼女の手元では、繊細な飴細工がまた一つ、命を吹き込まれたかのように形を成していく。俺は次の作業に必要な冷却用のパレットを用意しながら、短く言葉を返した。
「いいネタといいシャリがあっても、握るタイミングがズレれば台無しだ。菓子も同じだろ。あんたが最高の『味』を求めているなら、俺はそのための最高の『間』を作るだけだ」
交わす言葉は少なくとも、作業を通じて俺たちは互いの腕に刻まれた自負を認め合っていった。フロアの方では、アンナとスミスさんが爆走に近い勢いで装飾を終わらせ、店内は開店を祝う華やかな空気に包まれていく。アンナの天真爛漫な笑い声とスミスさんの豪快な指示が厨房まで響き、混沌としていた空間に秩序ある活気が満ちていった。仕事を終えたスミスさんが加わると同時に、俺とラクリの間には静かで、しかし熱い奇妙な連帯感が生まれていた。
午前十一時。静寂を切り裂くようなチャイムと共に、店先には「Open」の札が力強く掲げられた。その瞬間、焼きたてのタルトの香ばしさと、煮詰められたベリーの甘美な香りが、堰を切ったように表の通りへと溢れ出していった。開店を待ちわびていた客たちが吸い寄せられるように次々と店内に運び込まれ、パステルカラーの店内は一瞬にして幸福な喧騒に包まれた。
「ふぅ……。なんとか、なったな……」
押し寄せる注文の第一波を捌ききり、俺は腰に巻いていたエプロンを脱いで額の汗を拭った。緊張から解き放たれた筋肉が心地よい悲鳴を上げ、達成感と共に、僅かな空腹が腹の底で疼くのを感じる。ショーケースに並んだ彩り豊かな菓子たちは、まるで先ほどまでの激闘を象徴する勲章のように、温かな照明の下で誇らしげに輝いていた。
####
開店から二時間が過ぎ、怒涛のような客足がようやく落ち着きを見せ始めた。正午過ぎの柔らかな陽光がパステルカラーの店内に差し込み、空中に舞う微かな小麦粉の粒子をキラキラと照らしている。厨房の熱気もいくぶん和らぎ、代わりに淹れたてのコーヒーの芳醇な香りが、疲弊した俺たちの鼻腔を優しくくすぐった。
「よし、一回休憩だ!」
スミスさんの豪快な声が店内に響き渡り、彼は大皿に乗った特製のカツサンドをカウンターに置いた。その隣には、ラクリが焼いたのであろう、宝石のように色鮮やかなフルーツタルトが美しく並べられている。
「寿さん、アンナさん。本当に助かりましたわ。これは私からの、ささやかなお礼です」
ラクリが差し出したタルトを、俺は指でつまんで一口食べた。サクッとした生地の歯応えの直後、果実の瑞々しい甘さと、それを引き立てる僅かな酸味が口いっぱいに広がる。それは単なる菓子の味というより、彼女が昨日からこの店に込めてきた、折れない強い意志が結晶化したような、重みのある味わいだった。
「……タルトは旨い。だが、あえて一言言わせてもらうなら、カツサンドにはもう少し和辛子を利かせた方がいいと思う。昼辺りは特に集中力が切れやすい時間帯だからな」
「あら、案外厳しい評価。……でも、その妥協を許さない厳しさが、あなたの魅力だったり……するのかもしれませんね?」
ラクリは俺の指摘に気分を害するどころか、どこか楽しげに、挑戦的な笑みを浮かべた。彼女の瞳の奥で、先ほどまでの菓子職人の穏やかな光が消え、冷徹な勝負師の火が灯る。彼女の手が、カウンターに置いてあった装飾の美しいデュエルディスクへと伸びた。
「……どういう意味だ?」
俺の問いに答える代わりに、ラクリは静かに席を立ち、流れるような動作でディスクを起動した。カチリ、という硬質な機械音が静かな店内に響き、ARビジョンの光が彼女の周囲を青白く縁取っていく。彼女の胸元で、最後の一片であるハートピースが、獲物を前にした獣の眼光のように鋭く明滅した。
「寿さん。休憩時間はあと三十分……。デザートの前に、とっておきのメインディッシュを嗜みませんか? あなたがこの一片を渡すに相応しいかどうか、私の甘い罠でおもてなしさせていただきますわ」
「……なるほど、上等だ。親父が言っていた腕、その中身を確かめさせてもらうぜ。あんたの甘美な迷宮、俺が一粒残さず握ってやるよ」
俺もまた、腰のデッキケースからカードの束を引き抜いた。店内の空気は一瞬にして張り詰め、甘い香りは戦場特有の焦燥感へと塗り替えられていく。開店祝いの華やかな装飾に彩られた空間は、今、二人の決闘者が全てを賭けて激突するコロシアムへと変貌を遂げようとしていた。
「「デュエル!!」」
ラクリ LP 4000 / 寿 LP 4000
####
店の中心に据えられたデュエルディスクが鋭い電子音を奏で、ARビジョンが起動する。瞬く間に、先ほどまでパステルカラーだった壁面が色とりどりの砂糖菓子で塗り固められた城壁へと変貌し、フロア全体が甘美なるお菓子の王国へと塗り替えられた。
「先攻は私。ドロー!私は《マドルチェ・エンジェリー》を召喚!」
ラクリのフィールドに、背中に翼を持った可憐な少女が現れる。寿はそれを見据え、自らのデッキに手を添えながら、相手の戦術を冷静に分析し始めた。なるほど、寿司といえば軍貫、お菓子といえばそのテーマだ。
「自身をリリースして、デッキから《マドルチェ・ホーットケーキ》を守備表示で特殊召喚です!」
エンジェリーが光の粒子となって消えると、代わりに香ばしい香りと共に、巨大なパンケーキを背負った愛くるしい人形が姿を現した。マドルチェは花々しい結果を出し切ったとはいえないが、かつてのZEXAL期の環境の一角を担った確かな実力を持つテーマである。
「さらに今特殊召喚した《ホーットケーキ》の効果発動、デッキから《マドルチェ・メッセンジェラート》を守備表示で特殊召喚!」
特殊召喚が連鎖する。ホーットケーキが杖を振ると、空中に魔法のゲートが開き、郵便配達員の姿をした人形が滑り込むように現れた。ラクリのプレイングには迷いがなく、その手際は先ほど厨房で見せた菓子の仕上げ作業と同じように、極めて精緻で無駄がない。
「《マドルチェ・メッセンジェラート》の特殊召喚時効果発動!自分のフィールドに獣族の《ホーットケーキ》がいるので、罠か魔法カードをサーチできます!私はフィールド魔法、《マドルチェ・シャトー》を手札に加え、そのまま発動します!効果で私たちのモンスターの攻撃力と守備力は500アップしますわ!」
彼女がカードを掲げると、周囲の砂糖菓子の城壁が一層輝きを増し、豪華な宮殿としての威容を整えた。その魔力に呼応するように、フィールドに並ぶ可愛らしい人形たちのステータスが、戦士としての鋭さを帯びて上昇していく。
《マドルチェ・ホーットケーキ》 DEF 1100 → 1600
《マドルチェ・メッセンジェラート》 DEF 1000 → 1500
「私はカードを2枚伏せ、これでターンエンド!さぁ、あなたの実力を見せてください?寿さん?」
「無論だ。俺のターン、ドロー!」
俺は力強くカードを引き抜き、眼前の甘い要塞を見据える。相手は最初から出し惜しみ無し。どこかの爆走列車娘のような猪突猛進とは違い、盤面の基礎を固める流れるような展開だ。腕は確か、ということか。
「《予想GUY》発動、デッキよりレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚できる。俺は《しゃりの軍貫》を特殊召喚!」
しかし、俺の心に焦りはない。俺は俺なりに、しっかり目の前に向き合うだけだ。
「手札にある《うにの軍貫》の効果発動、手札にある《軍貫処『海せん』》を見せ、山札の下に戻すことで特殊召喚できる!」
お菓子の国の真ん中に、突如として巨大な酢飯の塊が鎮座する。その異様な光景にスミスさんとラクリが目を丸くする。流石に、お菓子の空間に寿司はミスマッチだったか。
「流れるように特殊召喚しますね……ひょっとしてそれは私に対する意趣返し?」
「さて、どうだか。《うにの軍貫》の効果発動!フィールドにある《しゃりの軍貫》のレベルを4から5に変更し、山札から追加で《しゃりの軍貫》を手札に加える」
だが、これはただの寿司ではない。それは鋼鉄の重厚さと、職人の執念を宿した決戦兵器へと姿を変えていく。
「俺はレベル5の二体でオーバーレイ!来い、《超弩級軍貫-うに型二番艦》!」
暗雲を切り裂き、海を割って現れたのは、巨大なウニのトゲを甲板に備えた黒鉄の戦艦だった。その威圧感は、パステルカラーの風景を真っ向から拒絶し、戦場に重苦しい現実を突きつける。
「《うに型二番艦》の効果発動、1ドローと直接攻撃が可能になる!」
「それは危ないですね。罠発動、《魔導人形の夜》!その効果は無効です!」
ラクリが伏せ札を開くと、影から無数の人形の手が伸び、戦艦の主砲をがんじがらめに縛り上げた。しかし、寿は不敵な笑みを崩さない。
「ここで無効か。俺は《うに型二番艦》のもう一つの効果で《マドルチェ・シャトー》の効果を無効にしてから《メッセンジェラート》を攻撃!」
戦艦の副砲が唸りを上げ、城の加護を一時的に打ち消すと、そのまま配達員の人形に向けて突き進んだ。圧倒的な質量兵器が、華奢な人形を粉砕しようとしたその瞬間、ラクリの瞳が鋭く光る。
「甘い……甘いです!罠発動、《次元幽閉》!《超弩級軍貫-うに型二番艦》を除外します!」
「なっ!?マジか!」
空中に開いた異次元の裂け目が、巨大な二番艦を丸ごと飲み込んで消し去った。流石にそれは想定外だった。寿は思わず舌打ちを漏らし、空になった自陣を見て冷静さを取り戻そうと努める。
「……俺はこのターン通常召喚を行っていないので《ゴブリンドバーグ》を召喚。さらに手札を2枚伏せ、ターンエンドだ」
「ふふふ……残念でしたね。ですが、ご心配なく!この私がその伏せ札さえも洗い流してみせます!私のターン、ドロー!」
取り合えず壁は設置しておいたが……あまり信用はできない。ラクリの指が、優雅に、しかし力強くデッキのトップを弾いた。彼女の背後には、お菓子の女王の影が揺らめいている。
「私は《マドルチェ・マジョレーヌ》を召喚し、2枚目の《マドルチェ・エンジェリー》をデッキから手札に加えます!そしてレベル4の《マドルチェ・メッセンジェラート》と《マジョレーヌ》でオーバーレイ!現れなさい、《クイーンマドルチェ・ティアラミス》!」
空間が甘く渦巻き、ティアラを戴いた気高き女王が、豪華な玉座と共に君臨した。その優雅な微笑みとは裏腹に、彼女の纏う魔力は寿のフィールドを蹂躙せんとする鋭利な刃のようだった。
《クイーンマドルチェ・ティアラミス》 ATK 2200 → 2700
再び城の力が加わり、女王の攻撃力が増大する。ラクリは勝利を確信したような気品ある所作で、女王の錫杖を向ける。
「《ティアラミス》のオーバーレイ・ユニットを1つ使い、効果発動!墓地にある《マドルチェ・マジョレーヌ》と《魔導人形の夜》をデッキに戻し、その数だけあなたのフィールドにあるカードをデッキに戻せます!」
「……まずいな、それは」
「私は伏せカード2枚を戻します!」
ティアラミスが魔法を唱えると、寿が伏せていた対抗手段が光に包まれ、そのままデッキへと強制送還されていく。この対象を取らないバウンスこそが女王の真骨頂。クイーンの名は伊達じゃない。
「私は《ホーットケーキ》を攻撃表示に変更!もう守るカードは何もありませんね、寿さん?」
「はっ、全くその通りだ。来い、このターンで決着はつかないんだろ?」
「ええ、そうです。ではお言葉通り、攻撃します!行きなさい、《クイーンマドルチェ・ティアラミス》!《ゴブリンドバーグ》を攻撃!」
《クイーンマドルチェ・ティアラミス》 ATK 2700 vs 《ゴブリンドバーグ》 ATK 1400
女王の放つ魔法の奔流が、ゴブリンが駆る小型航空機を一瞬で塵に帰した。爆風が俺の頬を掠め、ライフカウンターが減衰していく。
寿 LP 4000 → 2700
「くっ……本当、厄介なモンスターたちだな……」
「さらに《マドルチェ・ホーットケーキ》で直接攻撃!」
《マドルチェ・ホーットケーキ》 ATK 2000
人形が投げつけた巨大なホットケーキが直撃し、俺の体が一歩後退する。早々に形勢逆転か。だがデュエルはまだ始まったばかり。一瞬膝をつきそうになりながらも、その瞳から闘志を消すことはない。
寿 LP 2700 → 700
「早々に盤面崩壊か……やるじゃねぇか、ラクリ!」
取り合えずこのターンはライフポイントが持ってくれた……が、残りはわずか700。ラクリは余裕の表情を崩さず、優雅に次の手を打った。
「ふふふ、そう褒めないでください、寿さん。あなたに私の盤面が崩せますか?私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです」
「できるできないじゃねぇ、勝つために崩すんだ!俺のターン、ドロー!……よし!」
引き当てたカードを確認した表情に、静かな集中力が宿る。残されたチャンスを掴み取るため、再び展開を開始する。
「俺は《しゃりの軍貫》を召喚し、追加で《いくらの軍貫》を特殊召喚!《いくらの軍貫》の効果で3枚捲り、その中に《しゃりの軍貫》があれば特殊召喚できるが……当然無いか」
デッキのトップを捲るが、当然その姿は現れなかった。しかし、俺の指先は震えていない。既に勝利へのレシピは頭の中で完成している。
「これで終わり……何てことはないですよね?」
「当然!俺はレベル4の《しゃりの軍貫》と《いくらの軍貫》でオーバーレイ!現れろ、《弩級軍貫-いくら型一番艦》!」
漆黒の船体に赤い宝石のようないくらを敷き詰めた、一番艦が戦場に現れる。その重厚なエンジン音が、お菓子の国の静寂を切り裂いて響き渡る。
「うにの次はいくらですか……!」
「効果で1ドロー、さらに二回攻撃が可能になる。行くぞ!《いくら型一番艦》で《マドルチェ・ホーットケーキ》を攻撃!」
《弩級軍貫-いくら型一番艦》 ATK 2200 vs 《マドルチェ・ホーットケーキ》 ATK 2000
ラクリ LP 4000 → 3800
「この時、《ホーットケーキ》はデッキに戻ります。しかし、《ティアラミス》の攻撃力は2700!折角の二回攻撃は無駄だったようですね?」
「いいや、違うさ。この時、ライフポイントを削ったので《いくら型一番艦》の効果発動!効果で《クイーンマドルチェ・ティアラミス》を破壊だ!」
「えっ!?そ、そんな効果まで……!?」
一番艦から放たれた無数のいくらの弾丸が、女王の玉座を木端微塵に砕き散らした。誇り高き女王が崩れ落ち、ラクリの盤面に大きな穴が開く。
「《弩級軍貫-いくら型一番艦》で直接攻撃だ!二回目ぇ!」
ラクリ LP 3800 → 1600
「きゃあッ!くぅ……やってくれましたね……!?」
爆煙の中からラクリが顔を出し、唇を噛んで寿を睨みつける。その表情はもはや淑女のものではなく、敗北を拒む一人の決闘者のものだった。
「まだまだライフは残っているのに、何を言っているんだか。俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「私のターン、ドロー!私は《マドルチェ・シューバリエ》を召喚、攻撃対象は必ずこのモンスターでなくてはなりません!」
極論ライフポイントさえあれば、ほぼ負けることはない。ラクリが新たに呼び出したのは、騎士の鎧を纏ったチョコレートの人形だった。彼女も同様にまだ諦めておらず、すぐさま魔法の連携で戦況を立て直しにかかる。
「さらに伏せておいた罠、《マドルチェ・マナー》発動!効果で墓地にある《クイーンマドルチェ・ティアラミス》はエクストラデッキ、《メッセンジェラート》は手札に戻します!この時、場にある《マドルチェ・シューバリエ》の攻撃力と守備力は800上がります!」
《マドルチェ・シューバリエ》 ATK 2200 → 3000
騎士の剣がまばゆい光を放ち、一番艦を凌駕する打点へと到達した。ラクリは迷うことなく、一気呵成に勝負を決めにかかる。
「《マドルチェ・シューバリエ》で《いくら型一番艦》を攻撃……」
「罠発動、《一族の掟》!宣言は戦士族だ、宣言と同じ種族のモンスターは攻撃宣言できない!」
そう簡単に通してたまるか。伏せ札から放たれた戒律の光が、シューバリエの動きを完全に封じ込めた。騎士は剣を振り上げたまま石像のように固まり、攻撃は未遂に終わる。
「くっ……そう簡単にはいきませんか……私はカードを一枚伏せてターンエンド」
ラクリは悔しげにターンを譲る。このターンをしのげたか。
「俺のターン。《一族の掟》を破壊してから、ドロー!俺は《ゴブリンドバーグ》を召喚、効果で《火炎木人18》を特殊召喚!この時、《ゴブリンドバーグ》は守備表示になる」
──ならば、俺の勝利は目前。最後の一撃を叩き込むため、新たな戦力をフィールドに並べる。場には異質なモンスターたちが集い、新たな力の奔流へと昇華されていく。
「俺は2体でオーバーレイ!現れろ、《No.60 刻不知のデュガレス》!」
現れたのは、時を操る悪魔。ラクリはその不気味な姿に警戒の色を強めるが、俺は止まらない。
「実体は出てこねぇか……まぁいい、俺は《デュガレス》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを2つ取り除き、俺のモンスターの攻撃力を倍にできる。俺が選ぶのは、当然《いくら型一番艦》だ!」
《弩級軍貫-いくら型一番艦》 ATK 2200 → 4400
戦艦の機関が限界を超えて咆哮し、エネルギーが砲身に集束していく。その攻撃力はもはや、どんな甘い壁も、誇り高き騎士も、一撃で消し飛ばす破壊の権化と化していた。
「なっ……罠発動、《マドルチェ・ハッピーフェスタ》!手札から《マドルチェ・クロワンサン》、《マドルチェ・マーマメイド》を守備表示で特殊召喚……でも、あなたには意味がありませんね?」
よし来た!
「その通り。易々と隙を見逃すものか、俺は《いくら型一番艦》で《マドルチェ・シューバリエ》を攻撃だ!」
攻撃の宣言と共に、一番艦から最大火力の斉射が放たれた。
《弩級軍貫-いくら型一番艦》 ATK 4400 vs 《マドルチェ・シューバリエ》 ATK 3000
轟音と共にチョコの騎士が霧散し、その衝撃波がラクリのライフを根こそぎ奪い去る。
ラクリ LP 600 → 0
圧倒的な鋼鉄の衝撃が、お菓子の城を粉砕した。崩れ去る砂糖細工の破片がキラキラと舞い、静寂が訪れた店内には、ただ勝利した軍貫の重厚な余韻だけが残っていた。
####
「私の甘い罠を、これほど力強く握り潰してしまうなんて……負けました……悔しいです……」
ラクリは膝をつき、肩を落としながらも、その瞳にはどこか憑き物が落ちたような清々しさが宿っていた。ARビジョンの消えゆく光の中で、砂糖菓子の城壁は元の清潔なパステルカラーの壁へと戻っていく。寿はデュエルディスクを解除し、痺れた指先を軽く振った。
「いや、それは俺もだ。久々に、本気でギリギリの綱渡りをさせられたぜ……」
「え、本当……ですか?」
「嘘はつかねぇさ。楽しいデュエルができた。感謝だな、ラクリ」
言葉を交わすうち、寿は胸の中に不思議な充足感が広がっていくのを感じた。職人としての共鳴、決闘者としての激突。その二つが混ざり合い、相手への深い敬意へと変わる。いや……こういう時こそ、あの言葉を言うべきなのかもしれない。
「いや、伝え方が悪いな。言い直させてくれ」
「?」
ラクリが不思議そうに小首を傾げたその瞬間、寿はいつもの冷静な職人の顔から、一人の少年のような真っ直ぐな笑みを浮かべた。
「ガッチャ! ラクリ、あそこまでひりつくデュエルは久しぶりだった!ありがとう!」
人差し指と中指を立てて、額から弾くポーズ。それは彼なりの、最大級の賛辞だった。
「あはは……。そこまで急に明るく感謝されると、リアクションに困りますよ……。でも、私こそ。ありがとうございました!」
ラクリの頬に、ようやく年相応の無邪気な笑みが戻る。その背後で、作業の手を休めて見守っていたスミスが、大きな手を叩いて割れんばかりの声で笑った。
「ガハハ! 流石は厳造の息子だ! 腕も良けりゃあ、引き際も鮮やかじゃねぇか!」
スミスは豪快にラクリの肩を叩き、親子で向き合う。その光景を眺めながら、寿は戦いの中にあった確執が溶けていくのを感じた。ラクリは、大切そうに握っていた手のひらをゆっくりと開いた。
「寿さん。……これ、受け取ってください」
差し出されたのは、彼女が大切に持っていた一片。寿がそれを、自らの欠けたハートピースへと近づける。磁石のように吸い寄せられた欠片は、一点の曇りもなく噛み合い、眩い光と共に完璧なハートの形を完成させた。
「おっ、綺麗に嵌まったな」
「やったな師匠! これで本戦進出確定だぜ!」
アンナが自分のことのように飛び跳ね、寿の背中をバシバシと叩いて喜ぶ。寿は完成したピースの確かな重みを確かめるようにポケットに仕舞い、再び汚れた軍手を手に取った。
「……スミスさん、ラクリ。改めて感謝する。このピースも、この時間も、全部な」
「いえいえ……それほどでもありませんよ」
「次はまた、本戦の会場で見守っててくれよな?」
「ええ、当然。楽しみにしていますよ、寿さん。……あ、最後に一つ質問なのですが」
「何だ?」
ラクリは、寿が先ほど見せたポーズをぎこちなく真似しながら、首を傾げた。
「その……『ガッチャ』というは、どういう意味なんでしょう?」
「そうだな……。ま、込められた意味は人それぞれ、その時の心境次第だな。今度自分で調べてみるのがいいんじゃないか?」
寿は含み笑いを見せると、まだ片付けの残る店内へと視線を戻した。窓から差し込む日の光は、明日から始まる本当の戦いを祝うかのように、店の看板を温かく黄金色に照らし出していた。本戦への切符と、新しい絆。甘い香りの漂うこの店で得たものは、今の寿にとって、どんなものよりも価値のあるものだった。
お菓子を作ったこともGXをちゃんと見たことも無い人間なので、不自然な描写あったらごめんなさい。