軍貫使いはZEXALで寿司を握る   作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ

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ああ!それってモブ人生の終了?

寿司職人の朝は、刺すような冷気と静寂から始まる。

 

午前5時。まだ夜の帳が落ちきっていない薄暗い厨房で、俺は一人、砥石で研ぎ澄まされた柳刃包丁を握っていた。まな板の上には、早朝の市場から届いたばかりの銀色に輝くアジ。 シュッ、という小気味よい音と共に、包丁が身を滑る。前世で満員電車に揺られていた頃には想像もできなかった、職人の手触りだ。

 

「……おい、寿。いつまで包丁を握っている。さっさと着替えろ」

 

いつものように眠い目をこすりながらアジを捌こうとしていた俺に、親父が厨房の奥からやってきて、ぶっきらぼうにそう言った。 その手には、見慣れない……というか、このハイテク都市に似つかわしくないほどカチッとしたデザインで、赤を基調とした学生服が握られている。

 

「……は? 着替えろって、何を」

 

「学校だ。今日からお前は『ハートランド学園』の生徒だ。手続きは済ませてある」

 

「………………はい?」

 

包丁を握ったまま、俺の思考がフリーズした。

学校? 俺が?

いや、確かに俺は13歳で、引っ越してきたばかりだから以前の学校から転校する。それに加えて、義務教育の真っ只中だ。

道理としては分かる。道理としては。

 

だが、この街に引っ越してきてからというもの、親父に「修行だ修行だ」と叩き込まれていたから、てっきり中卒で即板前ルートだと思い込んでいた。俺としては主人公勢と関わらなくていいのかと都合が良く、嬉しかったのだが...

 

「いや、親父。店はどうすんだよ。俺がいなきゃ出前も仕込みも……」

「ガタガタぬかすな。板前なら無学でもいいという考えは無い。職人としての腕前も、学問も修めろ。それに……」

 

親父はフイと目を逸らし、カウンターに置かれた俺のデッキに顎をしゃくった。

 

「……同世代の決闘者(デュエリスト)と揉まれるのも、いいネタ仕入れになるだろ」

 

(はーっ……。息子を学校に行かせる理由がネタの仕入れかよ。どこまで職人基準なんだ、この親父……!)

 

抗議する間もなく、俺は脱衣所に放り込まれた。 鏡の中には、重力に逆らうこともなく、至って真面目な髪型をした自分が、真新しい制服に包まれている姿があった。

 

「……あーあ。俺の平穏なモブ人生が……」

 

俺は床下からデュエルディスクを引っ張り出すと、逃げるように店を飛び出した。

 

ハートランド学園。 近未来的なデザインの校舎、飛び交うARビジョンの光、そして……。

 

(……やべえな。登校している生徒はまだ少ないが、あっちを見てもこっちを見ても、髪型が物理法則を無視してる奴らばっかりだ。……これが『遊☆戯☆王』の世界の学校か。GXやらAVのアカデミアでないだけましだが、それでも一般人の俺には眩しすぎるぜ)

 

前世では満員電車に揺られる社畜だった俺が、今世では中学生。 メタ知識として、ここが物語のメインステージであることは知っている。 だからこそ、俺のプランは一つだ。

 

「目立たず、騒がず、放課後は即座に帰宅して寿司を握り、万が一主人公勢がつっかかってきたらそつなく対応する。……完璧な作戦だ」

 

そう自分に言い聞かせながら、俺はハートランド学園へ地図を見ながら向かう。

途中スケボーで登校していたガタイの良い生徒が俺の隣を通っていったような気がするが、気にしないことにした。

 

 

 

####

 

 

 

 

右京先生から廊下に待機するようにと言われたのでおとなしく待つことにする。

担任が右京先生ってことは...つまりそういうことだ。

 

「えー、今日からこのクラスに編入することになった、赤司寿くんだ。みんな、仲良くするように」

 

担任の適当な紹介。 俺は教壇に立ち、できるだけ影の薄い転校生を装って頭を下げた。

遊馬のデュエルを通して推測はしていたが、やはり真月の姿が見当たらないことを考えるとまだこの世界は序盤なのだろう。

 

「赤司寿です。実家は近所で寿司屋をやってます。……これからよろしくお願いします」

 

よし。短く、事務的。これなら誰も俺に興味を持たないはずだ。 ……が、その淡い期待は、教室の後ろから響いた爆音によって粉々に粉砕された。

 

「お、おい!! お前、昨日の寿司屋の寿じゃねーか!!」

 

ガタンッ! と机を跳ね飛ばす勢いで立ち上がったのは、逆立った赤髪が特徴的な、あの「かっとビング」の権化だった。

 

(……詰んだ)

 

「遊馬! ちょっと、静かにしなさいよ!」 「だってよ小鳥! 寿、すげーんだぜ! デュエルもめちゃくちゃ強えし、握る寿司も最高なんだ!」

 

遊馬のキラキラした瞳が俺を射抜く。 クラス中の視線が、一気に俺へと集まった。 「寿司屋」で「デュエルが強い」。……中学生にとって、これ以上の格好のターゲットはない。

 

(九十九遊馬……! お前、機密保持とかそういう概念ねえのかよ! 俺は何も知らんぞ! 朝からのドタバタで胃に穴が空きそうなのに、転校初日の1分で計画が崩壊したじゃねえか!)

 

「……あ、ああ。九十九くん、また会ったな。……奇遇だな」

 

「なんだよ水臭いな! 同じクラスじゃねーか。これからは毎日一緒にデュエルしようぜ!」

 

遊馬が駆け寄ってきて、俺の肩をガシガシと叩く。 その瞬間、ふっと首筋に冷気が走ったような気がした。

 

(……なんだ? 急に寒気が……。気のせいか?)

 

前世の知識では、遊馬の隣には常にアストラルがいるはずだ。 だが、俺の目には何も見えない。耳をすませても、高尚なデュエル論なんて聞こえてこない。

 

ただ、遊馬が時折、何もない空間に向かって「分かってるよ!」とか「黙ってろよ!」と必死に独り言を言っているのが見えるだけだ。

 

(……怖っ。生で見ると、主人公の独り言、想像以上にシュールだな……。地味にカードゲームアニメってそういう主人公多いよな...?

あそこに誰かがいるって知ってなきゃ、ただの不審者にしか見えねえぞ)

 

「ほら、遊馬、赤司くんが困ってるじゃない。ごめんなさいね、赤司くん。このバカ、あなたのこと凄く気に入っちゃったみたいで」

 

苦笑いしながらフォローを入れてくれる小鳥ちゃん。 確かに天使だ。癒やされる。だが、彼女が隣にいるということは、ここが紛れもない「物語の激戦区」であることを意味していた。

 

「……いいよ。慣れてる。」

 

俺はフラフラと、指定された空席に座った。 よりによって遊馬とは通路を挟んだ隣の席だ。

 

遊馬が何もない空間を睨みながら、「今のは俺のミスじゃねえって!」と小声で言い合っている。 その「何もない空間」から、時折ピリッとしたプレッシャーを感じるような気がするが……板前修業で鍛えた俺の直感は、それを「ただの冷房の風」だと処理することに決めた。

 

(見えない、聞こえない。なら、いないのと同じだ。……俺は、俺の信じた方針を貫く……)

 

窓の外には、巨大なハートランドタワーがそびえ立っている。 俺は小さくため息をつき、タブレット型の教科書を起動する。

ちなみに俺は不慣れなのでノートで板書もする。

 

「かっとビングだぜ、寿!」 「……うるせえよ。今は数学の時間だろ」

 

俺のハートランド学園生活。 その幕開けは、(ほぼ特定の人のせいで)初日から胃もたれしそうな予感しかしていなかった。

 

 

 

####

 

 

 

「……ふぅ」

 

休み時間を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、俺は深い溜息を吐いた。 タブレットを片付けようとする俺の視界に、さっそく「それ」が飛び込んでくる。

 

「なあなあ、寿! お前のデッキ、見せてくれよ! 昨日あんなに凄かったんだ、きっととんでもねえエースモンスターがいるんだろ!?」

 

机に身を乗り出さんばかりの勢いで迫る遊馬。 その背後には、好奇心の塊のようなクラスメイトたちが、遠巻きにこちらを伺っている。……終わった。俺の「影の薄い転校生」プランが、例えるならば特上から並に、いや、ガリ好きの人には申し訳ないがガリ以下の存在感にまで格下げされた瞬間だ。

 

「……九十九くん。さっきも言ったけど、俺はただの実家の手伝いなんだ。デュエルは嗜む程度だよ」

 

「嘘つけ! あのプレイング、ただの『たしなみ』なわけねーだろ! なあ、アストラルもそう思うだろ?」

 

遊馬が、俺の右斜め上……何もない空間に向かって同意を求める。 もちろん、そこには誰もいない。ただの空気だ。だが、遊馬の視線は確かに「何か」を捉えている。

 

(……やめろ。その見えない相棒に話しかけるスタイル、実物を見ると精神にくる。俺には見えないんだ、頼むから俺を巻き込まないでくれ)

 

「遊馬、あんまりしつこくしちゃダメよ。赤司くん、困ってるじゃない」

 

小鳥ちゃんが救いの手を差し伸べてくれる。……天使だ。彼女だけが、この狂った物理法則の髪型が跋扈する世界での良心に見える。

 

「あ、赤司くん。私は観月小鳥。こっちのうるさいのは、気にしなくていいから」

 

「……ありがとう、観月さん。助かるよ」

 

「なんだよ小鳥! 俺はただ、寿と早くデュエルしたいだけで……」

 

「はいはい、それは放課後にしなさい!」

 

小鳥ちゃんにたしなめられ、遊馬がむう、と頬を膨らませる。 その時だった。

 

「……フン。寿司屋のデュエリストか。珍しいネタもあったものだね」

 

不意に、斜め後ろの席から冷ややかな声がした。 眼鏡をクイと押し上げ、ノートPCのような端末を叩いているのは……等々力委員長。

 

「九十九君がそこまで言うのなら、相応のタクティクスを持っているはずです。……もっとも、僕の計算によれば、板前修業に時間を割いている人間が、最新のデュエル・ロジックについてこれる確率は……15%以下ですがね」

 

(……出た。キャラが濃い奴が次から次へと……!)

 

「委員長、お前も寿の凄さを知らないからそんなことが言えるんだぜ! 寿の『一丁上がり!』って感じのコンボ、マジでビビるんだからな!」

 

「一丁上がりって……。九十九くん、それはただの職人の掛け声だ」

 

俺の否定も虚しく、クラスの一部では「寿司屋のデュエリスト」という新ジャンルへの期待が高まっていく。 すると、今度は教室の隅から「……キャット」という鳴き声と共に、誰かの視線を感じた。 ……キャッシーか。彼女まで興味を持ったら、いよいよ俺の日常はナンバーズクラブという名の荒波に揉まれることになる。

 

「(……まずい。このままだと放課後、強制的にどこかに連行される……!)」

 

俺はマッハの速さで小鳥ちゃんと遊馬に軽く会釈した。

 

「……悪い、親父に『昼休みもイメージトレーニングを怠るな』って言われてるんだ。屋上で精神統一してくる」

 

もちろん嘘だ。

 

「えっ、イメージトレーニング!? すっげえ、やっぱりプロは違うな!」

 

遊馬の純粋すぎる(あるいはバカすぎる)感心を背中に受けながら、俺は教室を脱出した。

俺は間違ってもプロじゃない。

廊下を早足で歩きながら、俺は胃のあたりを押さえる。 前世のプレゼン前でも、こんなに胃は痛まなかった。

 

「……あぶねえ。あいつらのペースに巻き込まれたら、いつの間にかナンバーズ回収に同行させられかねん。俺はあくまで、背景のモブとして……」

 

そう呟き、階段を上ろうとした時。

 

ピリッ。

 

背筋に、冷たい電気のような感覚が走った。 板前として、そして前世で培った「嫌な予感」に対する察知能力が、警報を鳴らす。

 

階段の踊り場。 そこには、緑を基調とした学園の制服を崩して着こなした、鋭い眼光の男が立っていた。 紫色の髪、そして……手に持った独特な形のデュエルディスク。

 

(……嘘だろ。神代凌牙……シャーク!?)

 

ストーリー序盤のシャークさんだとしたら、今の彼は相当尖っているはずだ。 俺は即座に目を伏せ、存在感を消した。

しかし。

 

「……おい。お前が、遊馬の言っていた転校生か」

 

低く、威圧感のある声が俺を止めた。

 

「……。……人違い、じゃないですかね。俺はただの、一般人です」

 

「フン。一般人が、俺とすれ違う瞬間に間合いを測るような真似をするか」

 

(……しまった。反射的に無意識に立ち位置を調整しちまった……!)

 

シャークさんは階段の手すりに寄りかかり、獲物を定めるような目で俺を見た。

 

「奴が、珍しく自分以外のデュエリストを褒めていた。……珍しくな」

 

「…………」

 

奴というのは当然、遊馬のことだろう。遊馬と縁があるということは、おそらく今はタッグデュエル後とかそこらへんか...?

 

兎も角、だ。

 

(遊馬ぁぁぁ!!あいつなんでシャークさんにまで俺の話を広めてるんだ!!!)

 

「今は興味ねえが……。せいぜい、その威勢が腐らねえうちに、俺を楽しませてくれよ。……赤司寿」

 

シャークさんはそれだけ言うと、俺の横を通り過ぎていった。 去り際に感じたプレッシャーは、間違いなく「本物」のそれだった。

 

俺は、誰もいなくなった踊り場でガックリと膝をついた。

 

「……終わった。完全に目を付けられた。……俺の平穏なモブ人生、終了だ」

 

こんなことなら昨日あんなことしなければよかったと後悔するがもう時すでに遅し。

空腹のはずなのに、食欲なんて1ミリも湧かない。

俺は重い足取りで、親父が持たせてくれた弁当を食べるべく、屋上へと向かった。




筆者は転校した経験がないので、完全に想像です。
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