軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
夕闇が支配する海上道路に、潮騒さえも沈黙させるほどの重圧が降り注いでいた。遊馬の瞳からは一切の光彩が剥落し、泥沼のような虚無がそこに居座っている。かつて彼の世界を彩った不屈の精神、かっとビングは紋章の波動によって魂の深淵へと封殺されていた。
「遊馬……遊馬!おい、遊馬!」
「怖い……僕、どうしてこんなデュエル……」
遊馬の震える肩は、湿り気を帯びた海風にさらされて痛々しく丸まっている。その意識は、目の前のデュエル盤から完全に切り離され、ただ出口のない恐怖の檻に閉じ込められていた。アストラルは、かつてない絶望感にその半透明な顔を歪ませ、相棒の魂を呼び戻そうと必死に手を伸ばす。
「どうしたのだ?遊馬!」
だが、その目は虚ろなまま。
遊馬の視線は己の足元の無機質なコンクリートに固定され、瞬きさえも忘れたかのように停止している。背後では、遊馬を庇って崩れ落ちた寿を囲み、仲間たちが悲鳴に近い声を上げていた。
「寿!おい、起きろ寿!」
鉄男がその肩を激しく揺さぶり、冷たくなり始めた彼の体を必死に現実へと呼び戻そうとする。小鳥は震える指先で寿の袖を握りしめ、溢れ出しそうな涙をこらえながらその青ざめた顔を見つめていた。
「大丈夫!?赤司くん!」
小鳥の声は焦燥と不安に震え、その拳は強く握りしめられていた。友の危機に彼は己の無力さを呪うが、寿の体はまるで糸の切れた人形のように沈黙を続けている。周囲の空気は、彼らから希望を奪い去るかのように急速に冷え切っていった。
「ダメだ、反応がねぇ……」
委員長が冷静さを欠いた手つきで寿の腕を取り、微かな脈動を探り当てる。状況は最悪の一途を辿り、彼らの心には暗雲が立ち込めていた。
「……脈はあります。トドのつまり、死んだわけではないでしょうが……」
小鳥は身を呈して遊馬を守った寿の献身を思い、胸を鋭く締め付けられた。冷酷な表情で立ち尽くすⅢに対し、彼女の瞳には激しい拒絶と怒りの光が宿り始める。しかし、その怒りさえも、眼前の圧倒的な闇の前ではあまりに無力だった。
「ああ、寿はあいつを守ろうとして……!」
「遊馬も、何か変ウラ……」
徳之助の呟きに応えるように、遊馬の口から絶望の独白が力なく零れ落ちる。その瞳には、自分たちが信じてきた無敵の勇気は微塵も残っていなかった。彼はただ、迫りくる見えない恐怖に怯える、幼い子供のような表情を浮かべている。
「無理に決まってる……僕が勝てるわけない……」
弱音を吐き続ける遊馬の変貌を、アストラルは戦慄と共に凝視した。これがトロンから与えられた紋章の力、人間の魂の核を削り取り、恐怖という毒を流し込む呪いなのか。相棒の精神が崩壊していく様を目の当たりにし、アストラルは己の存在が揺らぐほどの衝撃を受ける。
「ッ!まさか、紋章の力で……」
Ⅲの額で脈動する紋章が邪悪な紫の光を放ち、周囲の空間を物理的な重みを伴って歪ませていく。Ⅲの瞳には、かつての純粋さを塗りつぶすほどの昏い執念が宿っていた。彼は自らの掌を誇示するように掲げ、アストラルに死の宣告を突きつける。
「そうだ、アストラル。遊馬の心の支え、根幹。彼の心からかっとビングは消えたんだ。遊馬には、もう君の姿は見えない」
Ⅲの宣告は、辺りの潮風よりも冷たく鋭利な刃物のようにアストラルの胸を射抜いた。遊馬はただ足元の闇に吸い込まれるように立ち尽くし、隣にいるはずの相棒さえ認識できない。精霊と人間の絆は、紋章の魔力によって無残にも断ち切られていた。
「なに!?遊馬……邪悪な力に飲み込まれるな、遊馬!!」
Ⅲは紋章を空高く掲げ、地底から呪われた石の塔を轟音と共に突き出させた。それは不気味な文字が刻まれた異形の檻であり、逃げ場を奪うようにアストラルを包囲していく。実体を持たないはずの精霊の体が、物理的な拘束力を持つ光の鎖によって縛り上げられた。
「無駄だよ、アストラル!既に彼の心はポッカリ空いてしまった!決して君に邪魔などさせない!」
「この紋章には、君を封印する力もあるんだよ!」
鎖が肉体を締め上げるような激痛が走り、アストラルは苦悶の表情を浮かべた。自らの実存がノイズとなって溶けていくような感覚に、精霊は抗う術を持たない。Ⅲの瞳には、復讐を完遂せんとする冷徹な意志だけがぎらついていた。
「なに……!?」
Ⅲの声は感情を削ぎ落とした氷のつぶてのように響き、さらなる闇の力を呼び覚ます。彼は自らの右手を塔に向けて突き出し、冷酷な命令を紡ぎ出した。
「アストラル……消えろ!」
「う……うわぁーっ!」
アストラルは、塔に紋章の力により縛り付けられてしまった。
「遊馬……君の記憶から、かっとビングは消えた。心の要が戻らないかぎり、君にはアストラルも皇の鍵も見えない。つまり、もはや僕の敵じゃないのさ!」
冷酷な命令と共に《マシュ=マック》が重厚な歯車を軋ませて再起動した。その黄金の装甲は不気味な光を反射し、遊馬のフィールドを守る魔術師へと無慈悲に砲口を向ける。逃げ場のない爆圧が、少年の細い体を粉砕せんと渦巻いた。
「行け、《マシュ=マック》!《ガガガマジシャン》を攻撃!」
《マシュ=マック》ATK 2400 vs《ガガガマジシャン》ATK 1500
凄まじい爆炎が海上を染め上げ、遊馬の体は容赦なくコンクリートの路面へと叩きつけられた。
「ぐはあああーっ……!」
遊馬 LP 2600 → 1700
衝撃で地面を転がる遊馬の横顔に、もはや戦士の矜持は微塵も残されていない。痛みさえも恐怖を増幅させる材料に過ぎず、彼はただ地面を這い、縮こまることしかできなかった。砂埃にまみれたその姿は、あまりにも無力で、痛々しい。
「遊馬!目を覚ませ、遊馬!」
アストラルの叫びは絶え間なく続くが、それを遮るように紋章の力が再び鎖を介して放電された。
「黙れ、アストラル!」
Ⅲの一喝と共に、アストラルの全身を凄まじい紫の稲妻が駆け巡り、その形を歪ませる。
「うっ……ぐあーっ!!遊馬……遊馬!」
アストラルを縛り付ける塔の鎖から、紋章の力により電流が流される。悶絶する相棒の絶叫さえ、今の遊馬の視界には虚無としてしか映ることはなかった。ただ、耳の奥で誰かが苦しんでいるような不快な雑音が響き、それが彼の精神をさらに磨耗させていく。
「遊馬……絶望の中で、君には消えてもらうよ」
遊馬は地面に顔を伏せたまま、震えが止まらない己の指先を呆然と凝視していた。
「うっ……ぐあ……っ」
Ⅲはその無力な姿を見下ろし、かつて自分を圧倒したデュエリストの成れの果てを嘲笑う。その瞳からは、人間としての情愛が完全に失われ、冷たい復讐の炎だけが燃え盛っていた。
「しかし、かっとビングを失った君がこんなにも臆病だったとはね……」
遊馬の唇は青ざめ、意味をなさない呻きだけが喉の奥から漏れ出す。
「あ……あ……」
Ⅲは興味を失ったかのように、デュエルディスクを操作してカードをセットした。
「フン、もはや戦う気力も失せたか?僕はカードを一枚伏せて、ターンエンド」
静寂が戻った海上道路に、Ⅲの冷ややかな挑発が氷の刃のように突き刺さる。だが、遊馬の返答は、仲間たちの心を砕くには十分すぎるほど絶望的なものだった。
「さぁ、立てよ遊馬!さっきまでの威勢は消えたのかい!?」
遊馬はゆっくりと上体を起こしたが、その動作には生きる意志さえ宿っていない。かつて太陽のように輝いていた瞳は、今はただ濁った灰色に染まり、目の前の敵を見据えることさえ拒んでいた。
「い……いやだ……どうして僕があんなモンスターたちと戦わなきゃいけないんだ……」
小鳥は、自分たちが知っている遊馬が完全に消えてしまったことに戦慄し、その名を震える声で呼んだ。
「遊馬、どうしたの?」
「やっぱり、何か変ウラ……」
委員長は、横たわる寿と遊馬を交互に見つめ、この異変の元凶がⅢの紋章にあることを確信した。眼鏡の奥の瞳は不安に揺れ、科学的な論理では説明できない事態に立ち尽くす。
「遊馬君……寿君と同様に、彼に何かやられたのでしょうか?」
鉄男は我慢できず、怒鳴りつけるようにして遊馬を鼓舞しようと拳を振り上げた。その声は、かつて共に戦った戦友としての最後の叫びであり、遊馬の心に届くことを願う祈りでもあった。
「なにやってんだ、お前のターンだぞ!」
仲間の怒声に、遊馬はビクンと肩を揺らして、怯えた小動物のように周囲を見渡した。
「え?」
鉄男はデッキを指差し、無理やりにでも遊馬にドローを促そうとする。遊馬の指は氷のように冷たくなり、デッキの一枚がまるで奈落への招待状であるかのように重く感じられた。
「おい遊馬、ドローだ。ドローするんだ!」
震える指先がデッキの最上段に触れ、微かな摩擦音が静寂に響く。かつては運命を切り開くために力強く引き抜かれたその一枚が、今は死刑宣告の紙片であるかのように恐ろしい。
「ぼ……僕のターン……」
遊馬の指先には、もはやカードを引き抜く瞬間の鋭い風さえも宿っていない。
「ドロー……」
それは、弱弱しく覇気など全く感じさせないドローだった。引き抜かれたカードを見つめることさえできず、遊馬の腕は重力に負けるようにだらりと垂れ下がった。
「僕は……」
Ⅲは催促するように、冷たい視線で遊馬の精神をさらに追い詰めていく。
「どうした!遊馬!ここで終わりかい!?」
遊馬は、震える唇から信じられない言葉をこぼし、全ての誇りを自ら捨て去った。
「僕は……僕はデュエルを……」
死んだような静寂が、海上道路を支配する。
「デュエルをサレンダーする……」
「「「「「えっ!?」」」」」
衝撃が周囲を包み込み、全員の叫びが響き渡る。誇り高きデュエリストが自ら剣を折ったという事実は、仲間たちの心に癒えない傷を刻みつける。
「まさか、かっとビングを失った君はサレンダーまで宣言するとはね!とんだ腰抜けデュエリストだな、遊馬!」
「えっ……かっとビングを失ったって……」
「どういうこと?」
Ⅲは満足げに、遊馬の変わり果てた姿を歪んだ笑みを浮かべて指し示した。
「分からないのかい、今の彼の弱弱しさを!」
鉄男は怒りに顔を真っ赤にし、Ⅲに向かって力強く一歩踏み出した。その目には、友を弄ぶ外道への激しい殺意さえもが滲み始めていた。
「テメェ……遊馬に何かしやがったのか!?」
Ⅲは高笑いを上げ、自らの計略が完璧に完遂されたことを海に向かって誇った。その笑い声は、かつて彼が持っていた優しさを完全に拭い去り、トロンの傀儡としての冷酷さを際立たせていた。
「ハハハ!そうさ、僕は遊馬のかっとビングとアストラルを封印したのさ!」
徳之助の目からも涙が溢れ出し、やり場のない怒りが全身を激しく震わせる。
「許せないウラ……」
小鳥は、神聖なデュエルを汚し、友の魂を蹂躙するⅢの振る舞いに、激しい憤りを爆発させた。その瞳は涙で潤みながらも、決して消えない抗議の光を放っている。
「どうしてそんな酷いことをするの?!デュエリストなら、デュエルだけで決着をつけなさいよ!」
Ⅲの鋭い一喝が小鳥を射抜き、彼女の言葉を物理的な質量を持って封じ込めた。
「黙れ!」
小鳥はその威圧感に思わず息を呑み、金縛りにあったようにその場に立ちすくむ。
「えっ!?」
「かっとビングとアストラルを失った遊馬にあるのは恐怖心だけ。君たちのような友情など、一つも覚えていないだろうね……もっとも、赤司寿は予想外だったけどね……!何としてでも、僕は彼を壊しつくす!」
小鳥は、横たわる寿の静かな寝顔を思い、さらに胸が張り裂けるような悲しみに包まれた。
「そんな……!そんなことのために……赤司くんや遊馬を……!」
鉄男が激昂し、己の拳をⅢに向かって突きつけるようにして睨みつけた。
「汚ねぇぞ!テメェ!!」
委員長も、ルールを超えた卑劣な手段を激しく非難し、その指先をⅢに向ける。
「ひど過ぎます!」
だがⅢは、もはや他者の声に耳を貸す段階を遠に過ぎ去り、独善的な勝利へと邁進していた。
「何とでも言うがいいさ、僕は勝たなければいけないんだ!」
Ⅲは、サレンダーを無情にも拒否し、遊馬の全存在を否定するための最終攻撃を開始した。
「遊馬、残念だが君のサレンダーは認められない!君は僕に敗北し友情、名誉、精神。君の持ちうるすべてを奪われるんだ!」
遊馬はただ、その言葉の暴力に晒され、小さな子供のように身体を丸めて喘いだ。
「そ……そんなの……」
Ⅲは再び冷酷な所作でドローを行い、遊馬の盤面を完全に粉砕するための死神の一枚を手にする。
「大丈夫、僕がすぐに楽にしてやる。覚悟しろ、九十九遊馬!君はここで敗れ去るんだ!」
「僕のターン、ドロー!」
Ⅲのドローしたカードが鋭い音を立て、鉄男が顔を歪ませ眼前に迫る絶望的な結末を察知して歯噛みする。
「やばい……」
「大丈夫だ、遊馬のフィールドにはまだ《ゴゴゴゴーレム》が……」
「僕はそんなに甘くはない!僕は《先史遺産マッドゴーレム・シャコウキ》を召喚!確かに、守備表示の《ゴゴゴゴーレム》はバトルで破壊されないね。でも、僕には無意味さ!」
Ⅲはもはや狂気に取りつかれていた。不気味な土偶の眼窩から、不気味な紫色に輝く殺戮のレーザーが照射された。
「行け、《マッドゴーレム・シャコウキ》!ジョーモンレーザー!」
《先史遺産マッドゴーレム・シャコウキ》ATK 1700 vs 《ゴゴゴゴーレム》DEF 1500
不気味な熱線が岩石の盾を容易く貫通し、遊馬の心臓を直接射抜くような衝撃を与えた。
「このモンスターは守備モンスターを攻撃しても、超えた分だけダメージが入る!」
遊馬 LP 1700 → 1500
Ⅲの攻撃は止まることなく、速攻魔法の輝きがさらなる追撃を可能にする。
「さらに速攻魔法《石の心臓》を発動、《先史遺産》モンスターがバトルで相手のモンスターを破壊できなかったおとき、そのモンスターはもう一度攻撃できる!」
再起動する土偶の兵器が、無防備な遊馬へとその砲口を再び向け、無機質な機械音を立てた。
「《マッドゴーレム・シャコウキ》!《ゴゴゴゴーレム》を粉砕しろ、ジョーモンレーザー!」
遊馬 LP 1500 → 1300
爆圧が遊馬の痩せた体を弾き飛ばし、無機質な路面に何度も叩きつけられた。
「ぐっ……うあっ……」
「遊馬!」
Ⅲは勝利を完全に確信し、マシュ=マックに命じてとどめの攻撃を宣告した。巨大な黄金の超兵器が、沈まぬ太陽の如き熱を帯びて、天を揺るがす咆哮を上げる。
「これで君を守るものは何もなくなった。終わりだ、遊馬!行け、《マシュ=マック》!ヴリルの火!!」
委員長はその一撃がもたらす破壊の規模を予見し、絶望に大きく目を見開いた。
「まずいです!あれをまともに食らったら……トドのつまり、遊馬君の負けです!」
アストラルは、消え入りそうな自らの存在を賭して、遊馬の深層意識へ最後の光を送ろうとした。その半透明の体は、鎖に焼かれながらも、黄金の光を放って最後の力を振り絞る。
「遊馬……やはり、今の君ではⅢに太刀打ちできない……!これが私の最後の力……!!」
封じられた記憶の蓋を力ずくで抉じ開けるように、アストラルの魂が叫びを上げた。
「思い出せ、遊馬!かっとビングを!」
その瞬間、遊馬の脳裏に濁流のような記憶の断片が、鮮烈な色彩を伴って流れ込んだ。アストラルとの出会い、数々の死線を越えたデュエル、そして共に笑い合った日々の欠片が、彼を呼んでいる。
(何だ、何だこれ)
遊馬の手は、反射的に手札の一枚を掴んでいた。それは、彼自身の「生存本能」としての無意識のドローであり、逆転への微かな糸口だった。
「このカード……!僕は、《ガガガガードナー》を特殊召喚!」
委員長の顔に、驚愕と、そしてわずかながらの安堵が混ざり合った。
「ナイスです、遊馬君!」
遊馬は荒い息を吐きながら、モンスターの能力を掠れた声で口にした。それは、彼自身の意志が、一瞬だけ紋章の恐怖を上回った貴重な証だった。
「《ガガガガードナー》は直接攻撃を受けるとき、手札から特殊召喚できる!」
《No.33 先史遺産-超兵器マシュ=マック》ATK 2400 vs《ガガガガードナー》ATK 1500
凄まじい爆風が海上を赤く染め上げ、遊馬のライフはついに風前の灯火となった。
「ゆ、遊馬!」
遊馬 LP 1300 → 400
Ⅲは自らの完璧な支配に微かな亀裂が入ったことに、激しい不快感を露わにした。その冷たい視線は、封印の塔の中で最期の光を放つアストラルへと向けられる。
「バカな、なぜ!?彼はすでに戦えないはず……そうか。アストラル!」
塔を管理する紋章が、Ⅲの怒りに呼応して禍々しく、そして眩く発光した。
「君が余計な事をしたんだな!?よくも邪魔をしてくれたな!」
その力を直に浴びたアストラルの体は、もはや輪郭を保てなくなり、光の粒子へと還りつつあった。
「うっ……うーっ!うわあああああーっ!」
増幅された紋章の力を直に食らったアストラルは、そのまま光り輝きはじめる。Ⅲは完全に精霊を消滅させるべく、最後にして最大の呪縛の力を解き放った。
「消えろ、アストラル!」
消えゆく意識の中、アストラルは遊馬の心の最奥へと、遺言とも取れる叫びを刻みつけた。
「遊馬!絶対に、絶対に諦めるな!」
遊馬は、耳元で響いた懐かしい声の主を思い出そうとするが、紋章の霧がそれを執拗に妨げる。
(誰なんだ……さっき聞こえた、知らないはずなのに、なぜか知っているような声は……)
やがて、アストラルはその場から跡形もなく消滅してしまう。最後の意志を、今の遊馬に見えない皇の鍵へと静かに託しながら。
Ⅲは邪魔者が消えたことに満足し、残った遊馬を物理的に抹殺しようと紋章を再び振るった。
「ふぅ……。これでもう誰も、君を手助けするものはいない!吹っ飛べ、遊馬!」
衝撃波が遊馬を突き飛ばし、彼は海上道路の端、奈落へと繋がる鉄筋の隙間へと無様に投げ出された。
「キャーッ!」
「遊馬!」
遊馬はコンクリートの縁にかろうじて指を掛け、海面へと落ちるのを必死に踏みとどまった。眼下には荒れ狂う波が、彼を飲み込まんと大きな口を開けて待っている。
「落ち着いてください、ここはAR空間。遊馬君が万が一落ちたとしても……」
鉄男がその甘い予測を一喝した。
「何言ってんだよ、現実のこの場所を忘れたのかよ!」
「そうでした……ここは……海上にある建設中の道路。ってことは……」
鉄男は身を乗り出し、遊馬の細い手を掴むべく必死に腕を伸ばした。
「落ちたら沈むってことだ!遊馬、捕まれ!」
鉄男たちは必死の形相で、宙吊りになった遊馬へと駆け寄った。
「遊馬、しっかりしろ!」
遊馬は朦朧とする意識の中で、自分を引き上げようとする少年たちの顔を、不思議なものを見るように見上げた。
「どうして君たちが……」
鉄男は当たり前だと言わんばかりに、浮き出た血管がその決意を語るほどの力を込めて遊馬の手首を握る。
「当たり前だ、俺たちは仲間だろ!」
遊馬の記憶の中で、「仲間」という言葉が空しく響くが、その手の熱さだけは本物だった。
「僕が、君たちと仲間?」
小鳥は泣きそうな顔で、力一杯、何度も何度も頷いた。
「そうよ!」
委員長も眼鏡を直しつつ、懸命に遊馬に呼びかける。
「遊馬」
徳之助も、彼の手を支えるべく這い寄り、小さな手で精一杯遊馬を支えた。
「僕たちは……」
全員の想いが一つの力となり、遊馬を引き上げる原動力となる。
「遊馬の仲間ウラ!」
鉄男たちは力を振り絞り、遊馬を何とか無機質な路面へと引き上げた。遊馬は息を切らしながら座り込み、未だ回復しない記憶の空白に怯え、周囲を見渡した。
「お前、本当に何もかも忘れちまったのか!?」
遊馬は視線を彷徨わせ、傍らで微動だにせず眠り続ける寿に目を留めた。
「僕は……その……壁に寄りかかっている人は……?」
「寿のことも忘れちまったのか?お前、いつもいつも寿の寿司屋に行ってたじゃねぇか!あいつは、お前を守ろうとしたんだぜ!?」
遊馬は寿の静かな寝顔を見て、胸の奥がチクリと痛む、言いようのない感覚を覚えた。
「僕の……僕のせいで……」
鉄男は遊馬の肩を強く掴み、その濁った目を真っ直ぐに、射抜くように見つめた。
「違ぇ!遊馬、いいか。お前はいつだって諦めねぇ奴だったろ。寿だって、そんなお前のことを信じて身を投げ出したんだ!」
遊馬は困惑し、鉄男の強すぎる熱量から逃れるように手を振り払おうとした。
「君は……」
鉄男はさらに声を張り上げ、遊馬自身の本質を、その魂の底から呼び覚まそうとした。
「いつまでもショゲてんじゃねぇ!どんなピンチにだって、勇敢に立ち向かう。俺が知ってる遊馬、九十九遊馬はそういう奴だ!」
「僕が勇敢……?君たちと仲間?くッ……」
遊馬が何か頭を抱える。Ⅲは、その尊い友情の光景さえも不快なノイズとして、一瞬のうちに一掃しようとした。その手の甲の紋章が、邪悪な紫の光を再び激しく明滅させる。
「おしゃべりは終わりだ。まだ、まだ君たちがいることを忘れていたよ。ハッ!」
放たれた衝撃が仲間たちを無慈悲に襲う。
「キャーッ!」
「うわーっ!」
その時、遊馬の胸元から零れ落ちた皇の鍵が、放り出された小鳥の手のひらへと吸い込まれるように収まった。Ⅲは冷酷に、死神のような声で宣告する。
「遊馬、言ったよね。僕は、君のすべてを奪ってやるって!」
吹き飛ばされた遊馬以外の周囲に、邪悪な紫の光を帯びた電子檻が轟音と共に生成された。鉄男が檻を叩き、遊馬に向かって必死に叫ぶ。その声はエネルギーの壁に阻まれ、微かに歪んで遊馬に届く。
「遊馬!そんな奴の言葉なんて気にするな!」
徳之助も、檻の隙間から必死に顔を出し、声を届けようとした。
「そうウラ!あんなやつ、さっさと倒すウラ!」
「無駄だ!その中にいる限り、君たちの声は聞こえない!」
鉄男は己の拳を檻に叩きつけ、やり場のない苛立ちを爆発させて叫ぶ。
「クソっ!俺たちの声も届かねぇし、助けもねぇ!」
「遊馬……あっ!」
祈るように手を合わせていた彼女は、自分の掌にある鍵が生き物のような温かな熱を帯び始めていることに気づいた。
####
その時、世界の境界線を越え、遥かかなたの空――雲を裂いて駆動する一隻の飛行船があった。そこに、九十九一馬が静かに佇んでいた。彼は地上の惨劇を、そして最愛の息子の窮地を、揺るぎない確信を込めた瞳で見つめていた。高度数千メートルを突き進む機体の振動さえ、今の彼の集中を乱すことはない。かつて未知の世界を共に歩んだ相棒への複雑な想いと、息子への無償の愛が、その静かな横顔に深い陰影を落としていた。
「ここまで汚い手を使ってくるか。トロン……!」
「厳造の息子もやられちまった……今回はお前の力だけじゃどうにもならないようだ……」
一馬は息子の名を静かに呼び、その心へ直接語りかけるように瞳をゆっくりと閉じた。その手には冒険者としての誇りと、父としての揺るぎない意志が握られている。閉ざされた視界の向こう側で、彼は次元の壁を越えて遊馬の絶望を感じ取っていた。強靭な精神力によって練り上げられたエネルギーが、彼の肉体を通じて周囲の大気を共鳴させ始める。
「遊馬!」
その言葉には、父としての深い愛と、未知を切り拓く者としての確信が込められていた。誰の声も届かない孤独な深淵にいた遊馬の耳底に、その力強い言霊が重低音となって響き渡る。一馬の瞳が開かれた瞬間、飛行船の甲板には物理的な衝撃波が走り、天候さえも変えんとする熱量が溢れ出した。
「一番大事なことを、忘れてんじゃねぇぞ!」
その思いが発せられると同時に、飛行船の主砲からはるか天空へと、一筋の光が放たれた。それは闇を切り裂く黄金の槍となり、遊馬のもとへと超次元を越えて降り注ぐ。光の軌跡は雲を焼き切り、星々さえも霞ませるほどの輝きを放ちながら地表へと突き進んでいった。それは単なる物理的な光ではなく、九十九一馬という存在の力が凝縮された、奇跡の奔流であった。
####
そのとき、黄金の光が海上道路を垂直に射抜き、辺り一面を真昼のような輝きで満たした。重苦しく立ち込めていた紋章の闇が、一瞬にして清浄な熱量によって霧散していく。吹き荒れる潮風さえもが黄金の色に染まり、絶望に沈んでいた戦場に神聖なまでの静寂が訪れた。
「えっ!?」
小鳥の掌で、皇の鍵が爆発的な輝きを放ち、彼女の腕を優しく包み込んだ。鍵から溢れ出すエネルギーは彼女の指先を通じて全身を駆け巡り、凍りついていた恐怖を温かな希望へと書き換えていく。それはまるで鍵自身が意志を持ち、持ち主の帰還を祝福しているかのような脈動だった。
「なに?!くっ!」
Ⅲは目を細め、その光の正体を探ろうとするが、強烈な輝きに視界を奪われる。トロンから授かった邪悪な紋章が、この正体不明の聖なる光に反応して激しく軋み、彼の手の甲に焼けるような痛みを与えた。彼が築き上げた完璧な支配の領域が、外部からの圧倒的な干渉によって無残に引き裂かれていく。
「うわっ!」
その光は瞬く間に電子檻を霧散させ、Ⅲと遊馬を等しく眩い輝きの中に飲み込んだ。光の中で、懐かしい父の声が、遊馬の心の奥底で響き渡った。檻を構成していた禍々しい粒子は光の粒へと分解され、空気へ静かに溶け落ちていく。遊馬の意識は白光の渦に包まれ、現実世界の苦痛から一瞬だけ解き放たれて、魂の原風景へと立ち戻っていた。
(思い出せ、遊馬。俺が教えたことを。)
遊馬の瞳が、黄金の光に呼応して力強く明滅し始めた。泥のように濁っていた彼の虹彩に、再び生命の輝きが火を灯し、意志の力が宿っていく。血管を流れる血液が沸騰するかのような感覚に襲われ、彼は己の内に眠る巨大な可能性の目覚めを確信した。
「かっ……」
視界が明滅し、泥の底に沈んでいた魂の核が、かつてない熱量で脈動を再開した。心臓の鼓動が激しく打ち鳴らされ、全身の細胞一つ一つが眠りから覚醒して歓喜の産声を上げる。恐怖という名の呪縛は、内側から溢れ出す爆発的な情熱によって、木っ端微塵に粉砕されていった。
「かっと……」
遊馬の唇が、震えながらも確かな希望の形を結んでいく。青ざめていた顔には赤みが差し、地を這っていた指先には、再び運命を掴み取るための力が満ち溢れた。周囲を覆っていた絶望の霧は、彼の口から漏れる決意の言葉を前にして、恐れをなすように引いていく。
「かっとビン……」
小鳥は、その復活を本能で確信し、全幅の信頼を込めて鍵を遊馬へと投げた。放り出された皇の鍵は、光の尾を引きながら空を舞い、一点の迷いもなく少年のもとへと向かっていく。彼女の瞳にはもはや涙はなく、ただ親友が再び立ち上がる瞬間を、その目に焼き付けようとする強い意志があった。
「遊馬!これを!」
「あっ!うっ……! 」
父の声が、今度ははっきりと脳裏を駆け巡った。それは遥か遠くから届く幻聴ではなく、彼自身の血の中に刻まれた、消えることのない真実の叫びだった。霧の向こう側にいた父の背中が、今、これまでになく間近に感じられ、遊馬の心に無敵の勇気を与えていく。
(思い出せ。遊馬、俺が教えたのは……!)
魂の最奥から、かつてない熱い衝撃が全身を突き抜けた。凍りついていた記憶が、爆発的なエネルギーを伴って一気に氷解し、彼を力強く立ち上がらせた。コンクリートを掴む手の甲に力がこもり、彼は自らの足でしっかりと大地を踏みしめて、天を仰いだ。崩れかけていた精神の骨組みが瞬時に再構築され、以前よりもさらに強固な不屈の魂が完成していく。
「そうだ!俺が、俺が忘れていたのは……!!」
「かっとビングだぁぁぁぁ!!!」
皇の鍵を握りしめて突き上げると同時に、黄金の輝きが世界の果てまで照らすように最高潮に達した。彼の叫びは大気を震わせ、沈みかける太陽の光さえ圧倒するほどの威光を放った。それは運命の呪縛に対する宣戦布告であり、少年の魂が放つ至高の咆哮であった。恐怖に震えていた彼の体はいつの間にか静まり、目の前の光景に魂を奪われたように立ち尽くしている。どんな闇に飲み込まれても必ず戻ってくると信じていた、あの太陽のような笑顔がそこにはあった。
「ゆ……遊馬が!」
鉄男も、親友の誇り高き帰還に、喜びで拳を固く握りしめた。全身を巡る戦慄は恐怖ではなく、歓喜と興奮による武者震いへと変わっていた。親友の背中が放つ圧倒的な存在感に、彼は勝利への確信を抱き、その名を力の限り叫びたい衝動に駆られた。
「ああ!」
眩しいはずなのに、その光は見ていても不思議と痛くならず、むしろ温かみに満ちていた。希望という名の光が、彼らの心を再び一つに繋ぎ合わせていく。分断されていた仲間たちの想いは、遊馬が放つ光の糸によって手繰り寄せられ、強固な結束となって再び結ばれる。Ⅲはその熱に焼かれ、信じがたい現実に顔を歪ませて後ずさりした。完璧だったはずの紋章の支配が、一人の少年の精神力によって覆されたという事実が、彼のプライドを鋭く抉った。トロンの力が及ばない未知の領域が存在することに、彼は初めて底知れぬ恐怖を感じていた。
「そんな……バカな!トロンの紋章の力を破るだなんて……」
遊馬は真っ直ぐにⅢを見据え、その言葉にはもはや迷いも、一点の曇りもなかった。失われたはずの勇気が、以前よりもさらに力強く、その全身を巡っている。彼の瞳の奥では黄金の炎が静かに揺らめき、対峙する敵を圧倒するほどの威圧感を放ち始めていた。泥にまみれた体から立ち昇るオーラは、彼が真のデュエリストとして再誕したことを告げていた。
「Ⅲ!思い出したぜ、全て!お前は紋章の力でそこまで……!」
Ⅲは苛立ちと共に、冷酷な決別を、自らへの言い聞せるように告げた。彼は乱れる呼吸を整え、復讐の果てに自分たちが失ったものを守るために、再び心を鋼鉄の檻へと封印した。かつての友情が入り込む隙間を自ら断ち切り、彼は修羅の如き表情を浮かべてデュエルディスクを握り直す。
「うるさい!君も、アストラルのところへ送ってやる!」
遊馬は周囲を見渡し、相棒の気配を探すが、そこには空虚な風が吹き抜けるだけだった。かつてそこにいたはずの存在を求め、彼の心は激しく揺さぶられる。隣に立つはずの半透明の姿が見えないという事実は、彼に冷たい喪失感を突きつけた。しかし、皇の鍵から伝わる微かな震えが、まだ全ての繋がりが絶たれたわけではないことを彼に示唆していた。
「アストラル…?……アストラル!Ⅲ!アストラルをどうした!」
Ⅲは、遊馬に絶望を与えるべく、相棒の死という残酷な事実を突きつけた。彼の声には一切の迷いがなく、ただ冷酷な事実を突きつけることによって、遊馬の心を再びへし折ろうとする悪意が滲んでいる。それは最愛の家族のために心を殺した、悲しき復讐者の最後の抵抗でもあった。
「残念だけど、アストラルはもういないよ」
遊馬の顔から、一瞬だけ全ての色彩が失われ、衝撃に立ち尽くした。激しい動悸が彼の胸を叩き、思考が一瞬だけ深い空白の中に放り出される。相棒の消滅という言葉は、彼がようやく取り戻した希望の土台を、根底から揺さぶるほどの破壊力を持っていた。
「どういうことだよ!」
「言葉の通りだ。アストラルは消滅した。僕の手によってね」
遊馬は激しく頭を振り、その受け入れがたい言葉を全身全霊で拒絶した。耳を塞ぎたくなるような残酷な現実に対し、彼の魂は猛烈な勢いで反旗を翻し、否定の叫びを上げる。どれほど論理的に説明されようと、共に戦い抜いたあの相棒が、自分に何も言わずに消えるはずがないと確信していた。
「なんだと!?う……嘘だ!」
Ⅲは遊馬を嘲笑い、孤独の中で朽ち果て、敗北することを強要した。彼の言葉は、もはやかつての友人に対するものではなく、ただの障害物を排除するための呪詛となっていた。一刻も早くこのデュエルを終わらせ、自らの心の痛みを鎮めたいという焦りが、その醜い挑発の裏側には張り付いていた。彼は自らの掌にある紋章を誇示し、絶対的な優位性をあらためて遊馬に突きつける。
「そうだね、君は見ていないもんね!アストラルの消滅の瞬間を、君の相棒が消え去るその時を!」
遊馬の瞳に涙が溜まるが、それは絶望の涙ではなく、怒りと、固い絆の証明としての熱い輝きだった。零れ落ちそうになる雫を、彼は自らの意志の力で熱に変え、瞳の奥へと押し戻した。奪われた者としての悲しみは、今、理不尽な運命に抗うための猛烈な闘志へと昇華されていく。
「う……嘘だ。嘘だ!嘘だーっ!」
遊馬は己の魂に刻まれた不滅の絆を信じていた。その叫びは闇の向こう側で眠る精霊の魂にまで届けと言わんばかりに、一点の曇りもなく放たれた。たとえ世界中の人間がアストラルを死んだと言おうとも、自分だけは彼の存在を否定しないという不屈の信頼がそこにはあった。
「アイツは俺を置いてどこにも行かねぇ!」
Ⅲはさらに追い打ちをかけ、アストラルの最後の意志さえも邪悪に歪めて伝えた。皮肉めいた笑みを浮かべながら、彼はアストラルの無念を語ることで、遊馬の自責の念を煽り立てる。友を救えなかったという後悔を植え付け、彼の精神を再び内側から崩壊させようと執拗に言葉を重ねた。
「彼の最後の言葉を教えてあげようか……絶対に、諦めるなと言っていたよ!滑稽だね!彼の言葉の裏腹、君は諦めてようとした!いや、諦めた!」
遊馬は歯を食いしばり、自分の弱さを噛み締めつつも、それを糧に越えていく決意を固めた。父から授かった、そしてアストラルと共に育んできた「かっとビング」の精神が、彼を支え続けている。折れそうになる心を踏みとどまらせたのは、相棒が遺した最期の願いと、その言葉を信じ抜こうとする自分自身の誇りだった。彼は深く息を吸い込み、肺の中に冷気を取り込みながら、精神を極限まで研ぎ澄ませた。
「嫌だ……俺は……信じねぇ!」
Ⅲは不快感を剥き出しにし、容赦ない攻撃の再開を冷酷に告げた。その背後では、超兵器マシュ=マックが再びその巨躯を震わせ、沈黙を守っている。黄金の装甲が月光を反射して不気味に輝き、獲物を仕留めるその瞬間を今か今かと待ち構えていた。Ⅲの指先が命じるままに、空間は再び殺戮の予感に満ち、逃げ場のない圧力が遊馬を包囲する。
「往生際が悪いぞ!アストラルは僕の紋章の力で消滅したんだ、君がいくら喚こうが、彼は還ってこない!」
遊馬は、もう聞こえないはずの相棒の名前を、そっと、だが力強く胸の中で呟いた。その一言に込められた重みは、彼らがこれまで積み重ねてきた数え切れないほどの勝利と敗北の記憶そのものだった。空虚な空間に語りかけるのではなく、自分自身の心の一部となった彼に向けて、彼は静かなる宣戦布告を行った。
「アストラル……」
Ⅲは再びデュエル盤を冷徹な手つきで操作し、盤面を完全に支配するための布石を打った。その指先はもはや感情を介さず、ただ相手を殲滅するためだけの機械的な精密さを持って動き続けている。彼は自らの家族の幸福という唯一の聖域を守るために、目の前の少年を無残に粉砕する覚悟を固めていた。
「僕は自分の家族を守る。そのためなら、手段は選ばない!さぁ、デュエルを再開だ!」
フィールドに古代都市の遺構が甦り、遊馬を逃げ場のない完全な包囲網の中に置く。砂塵を巻き上げながら聳え立つ巨大な石柱は、この戦場がもはや現世の理を超えた聖域であることを物語っていた。古代の呪いと現代のデュエルが混ざり合い、遊馬を呑み込もうとする強大な圧力が周囲のコンクリートを軋ませる。
「僕はフィールド魔法、《先史遺産都市バビロン》の効果発動!墓地の《アステカ・マスク・ゴーレム》を除外し、同じレベルの《カブレラの投石機》を守備表示で特殊召喚する!僕はこれでターンエンド!」
Ⅲは、瀕死の遊馬に対し、無慈悲な計算に基づいた勝率の低さを突きつけた。彼の声には勝利を確信した者の傲慢さと、それゆえに生じる微かな焦燥が入り混じっていた。盤面は完璧であり、遊馬に残されたわずかなライフは、次の一撃で容易く霧散してしまうほどに頼りない。
「遊馬……君のライフはすでに400!対して僕のフィールドには《カブレラの投石機》と《No.33 先史遺産-超兵器マシュ=マック》がいる!君が勝つチャンスは既に、残されていない」
遊馬の瞳には、かつてないほど激しい、静かな怒りの炎が青白く燃え上がっていた。その姿は、もはやただの少年ではなく、運命を切り拓く一人の戦士のそれであった。肩で荒い息をつきながらも、その立ち姿には一分の隙もなく、全身から放たれる覇気が周囲の闇を威圧していく。彼は自らの敗北を語るⅢの言葉を、静かに、そして力強く踏みにじる準備を整えていた。
「許さねぇ!Ⅲ……絶対に許さねぇ!かっとビングだ、俺!ドロー!」
ドローされた一枚のカードに、遊馬は魂を削り取ったかのような、ずしりとした重みを感じた。引き抜かれたカードから放たれる微かな熱量が、彼の掌を痺れさせ、失われていた全ての記憶と闘志を完璧に繋ぎ合わせる。それは偶然の産物ではなく、彼が今日まで「かっとビング」を信じ続けてきたことへの、運命からの正当な回答であった。
(考えるのだ、遊馬。今何をすべきかを)
脳裏に、かつてアストラルと静かな闇の中で交わした対話が、鮮明な映像として蘇る。それは冷たい夜の屋上で、あるいは夕暮れ時の誰もいない教室で、二人が魂をぶつけ合って育んできた絆の証だった。言葉を超えた戦術の極致が、今、遊馬の意識下で幾千もの思考の枝葉となって広がっていく。
(そうだ、アイツは俺の心の中にいる。思い出せ、思い出すんだ!アイツに言われた、一言一言を!)
アストラルの透き通った声が、静かに遊馬の思考を導き、霧を晴らしていく。その声はかつてのように淡々としていながらも、今の遊馬には何よりも力強く、暖かな灯火のように感じられた。混沌としていた戦況のパズルが、その言葉一つで劇的に組み上がり、勝利への唯一の道筋を照らし出す。
「遊馬……君にデュエルの心得を教えてやる」
遊馬は、当時の自分の青臭い、無邪気な返答さえも愛おしく感じた。自分一人では何もできなかったあの頃の未熟さが、今となってはアストラルと共に歩んだ輝かしい時間の象徴として胸に去来する。記憶の中の自分が恥ずかしそうに笑うのを見て、彼は今の孤独を乗り越えるための新たな力を得た。
「はぁ?なんで、俺がお前に……」
アストラルは、未来を予見していたかのように、厳格な口調で言葉を続けた。その瞳には冷徹な計算だけでなく、不器用な少年を真の英雄へと導こうとする、精霊なりの深い愛が宿っていた。言葉の端々に込められた真意が、時を越えて今の遊馬の心を鋭く叩き、覚醒を促していく。
「いつか、君が一人で戦う時のために」
遊馬の目が、現実の過酷な戦場を、猛禽類のように鋭く捉え直した。過去の回想から引き戻された彼の視界は、もはや恐怖に曇ることはなく、敵の布陣を冷徹に分析し始めていた。心拍数は安定し、全身の神経が勝利という一点に向かって極限まで研ぎ澄まされていく。
「俺が一人で?」
アストラルのその予言めいた言葉は、今の遊馬の背中を、力強く押し出す最大の支えとなった。たとえ姿が見えずとも、彼の遺した智慧が自分の中に生きている限り、自分は決して一人ではないことを彼は知った。相棒との対話は今もなお、彼の精神の最深部で継続され、無限の勇気を供給し続けている。
「そうだ。知っての通り、私はいつ消えるかも分からない。だが、君には未来がある。無限の可能性が残されている。だから、私は私が居た証を残したいのだ」
遊馬の胸に、かつてない熱い想いが、決意となってこみ上げてくる。精霊が命を賭して遺そうとした「証」を、自分自身の手で最高の形で証明してみせると、彼は天に向けて無言の誓いを立てた。涙を堪えるために食いしばった奥歯から、覚悟という名の烈火が全身へと燃え広がっていく。
「君の、記憶の中に……」
(俺は、絶対に諦めねぇ!アイツのためにも!)
さらに、横たわる寿の温かな声が、遊馬の闘志にさらなる烈しい火を点けた。自分を庇って傷ついた親友の顔が脳裏に浮かび、その優しさに対する申し訳なさと感謝が、彼の力へと変換される。友の献身を無駄にしないために、彼は自らの限界を遥かに超越した領域へと足を踏み入れた。
「寿ー!デュエルしようぜ!」
幻影の中の寿は、いつものように忙しなくも、優しく誇り高い表情で笑っていた。寿司を握るその軽快な手つきや、夢を語る時の熱っぽい瞳が、遊馬に日常の尊さと守るべきものの重さを再確認させる。その笑顔は、どんなに過酷な戦いであっても、その先に待つ輝かしい日々を信じさせてくれた。
「お、遊馬……YESと言いたいところだが……生憎時間が無いんでな……すまない!」
遊馬は、その日常の何気ないやり取りがどれほど自分を支えていたかを、今さらながら痛感した。失って初めて気づく友情の深さが、今の彼にとっては鋼鉄の鎧よりも頼もしく、己の意志を支える支柱となっている。何気ない断りの言葉さえも、今は彼を正しい道へと導く道標のように感じられた。
「えぇ……また仕事かよー!?」
寿の言葉が、今の絶望的な膠着状態を打破する、勝利への黄金の鍵となった。現実世界の喧騒から離れたこの極限の戦場で、親友の魂が授けてくれたヒントが、遊馬の脳内で勝利の数式へと昇華されていく。絶望的な状況こそが最大のチャンスであるという逆説的な真理が、彼の精神を力強く鼓舞した。
「その通りなんだが……そうだ、代わりと言っちゃなんだが一ついいことを教えてやるよ」
遊馬は、親友が自らの行動を持って遺した智慧を、一滴残らず噛みしめる。かつて共に過ごした時間の一つ一つが、今この瞬間に戦うための力として再構築され、彼を最強のデュエリストへと変貌させていく。一見無意味に思えた雑談の中にこそ、運命を切り拓く真実が隠されていたことを彼は知った。
「なんだ?」
寿の魂の叫びが、遊馬の決意をダイヤモンドのように揺るぎないものに鍛え上げる。自分を見失うなという無言のメッセージが、紋章の呪縛に晒されていた彼の心を清浄な光で満たしていった。親友が命を賭けて守り抜いたこの誇りを、汚すことなど万に一つも許されないという激しい使命感が、彼を突き動かす。
「チャンスは突然。敵が誰であれ、どんな御託を並べようと、こっちのペースに持ち込めば相手は主導権を得ることができないってことだ。ってことで、じゃあな!遊馬!」
遊馬は冷たくなりかけた親友の手を、心の内でしっかりと握り締め、彼は再び戦士の顔で敵を睨み据えた。後悔は終わり、ここからは奪われた全てを取り戻すための、反撃の序曲が始まろうとしていた。
(寿……俺のために守ってくれた、あいつのためにも!Ⅲの狙いは、《マシュ=マック》と《カブレラの投石機》のコンボ。それが決まれば、俺の負けだ!)
アストラルの冷徹で正確な分析が、遊馬の意識下で最強の戦略を導き出す。複雑に絡み合った戦況の糸が、相棒の導きによって一点の綻びへと集約され、打倒すべき標的を鮮明に浮き彫りにした。冷たい論理の裏側にある、相棒の揺るぎない信頼を感じて、遊馬の集中力は神業に近い域に達した。
「相手の狙いを見極め、それを阻止しろ」
(コンボを止めるには、あいつらを破壊するしかない)
遊馬の手に握られたカードが、持ち主の決意に応えるように微かに震え、重みを増した。まるでカード自体が意志を持って脈動し、この窮地を脱するための力を貸してくれているかのようだった。彼は自分の指先に集まる全てのエネルギーを信じ、勝利への確信を込めてカードを掲げた。
「これは!そうか、お前が残してくれたのか、アストラル!」
幻聴のように、別れの日の静かな、慈愛に満ちた言葉が脳裏で響いた。その声は悲しみに満ちていたのではなく、再会の約束と、未来への希望を託すための力強い響きを伴っていた。遊馬は自分の胸の鼓動が、かつての二人の共鳴と同じリズムを刻んでいることに気づき、不敵に微笑んだ。
「アストラル。お前が消えれば、俺は何をすりゃいいんだよ?」
アストラルは、最期の瞬間まで遊馬という人間の可能性を、誰よりも信じ切っていた。その眼差しは別れを惜しむ以上に、一人の少年が大人へと成長していく過程を見届ける慈しみに満ちていた。精霊が遺した最後の教えは、遊馬にとって何よりも重く、そして何よりも自由な翼となった。
「簡単だ、遊馬。あとは君らしく、かっとビングをすればいい」
遊馬は、相棒と共に歩んだ全ての記憶を、勝利へと突き抜ける咆哮に変えた。
「いくぜ、アストラル!お前とともに、戦ってきた記憶が俺の肉だ!俺の血だ!」
「俺は装備魔法、《ガガガリベンジ》を発動!このカードは墓地のガガガモンスターを復活させ、そのモンスターに装備される!甦れ、《ガガガマジシャン》!」
戦場に再び、闇を切り裂きし魔術師が凛然と降り立った。
「さらに俺は《フルエルフ》を召喚、手札のモンスターを墓地に送ることでそのモンスターのレベルを自分のレベルにプラスできる!俺はレベル2の《オーバーレイ・イーター》を墓地に送り、レベルを2から4に上げる!」
Ⅲは、遊馬がたった一人で、アストラルの導きなしに自分を打倒しようとしていることに驚愕していた。その指先が、恐怖で微かに震え始める。自分が構築した完璧な戦略の隙間を、遊馬の理屈を超えた情熱が力ずくでこじ開けていく様に、彼は自分の世界の崩壊を感じ取っていた。少年の背後に、今は亡きはずの精霊の影が重なって見えたのは、彼の錯覚ではなかった。
「ま…まさか!」
「ああ、そのまさかさ!俺はレベル4の《ガガガマジシャン》と《フルエルフ》をオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!」
眩い光の柱の中から、黄金の翼と不滅の闘志を持つ戦士が、闇を裂いて舞い降りる。その剣が空気を薙ぐたびに、周囲に漂っていた禍々しい霧が浄化され、希望の光が戦場に降り注いだ。戦士の重厚な鎧が月光を受けて黄金色に輝き、絶望を打ち破るための最強の盾として遊馬の前に屹立した。
「現れろ、《No.39 希望皇ホープ》!」
Ⅲはその光景を、信じがたい奇跡を見るかのように、目を見開いて凝視した。その額の紋章が、遊馬の放つ正のエネルギーに押され、不快な音を立てて軋む。自らの絶対的な勝利が指の間から零れ落ちていく感覚に、彼は全身の力が抜けるような虚脱感と、それを上回る激しい拒絶感を抱いた。目の前の光り輝く戦士は、彼が否定し続けてきた「希望」という名の刃を突きつけていた。
「バカな!」
遊馬は、相棒が遺した、そして自分たちで共に磨き上げた最強の盾を、真正面から突きつけた。ホープの双眸に宿る理知的な光が、Ⅲの狂気を射抜き、その冷酷な振る舞いの裏にある弱さを露わにしていく。遊馬の背中には、目には見えずとも確かに、相棒の温かな手が添えられていることを誰もが確信した。
「こいつはアストラルが俺に残してくれた最後の希望だ!」
Ⅲは必死に、その眼前の希望を言葉で呪い、否定しようと醜く言葉を吐き出した。しかし、その声はもはや遊馬の耳には届かない。彼の叫びは虚空へと吸い込まれ、黄金の戦士が放つ神聖なオーラによって無効化されていく。支配者としての余裕は完全に消失し、そこにはただ運命に翻弄される一人の少年の悲鳴だけが残っていた。
「希望?そんなものがまだあると思っているのか?!」
遊馬は、己の胸にそっと手を当て、そこに宿る不滅の魂の炎を誇らしげに掲げた。その鼓動はかつてないほど力強く、周囲の絶望的な状況など瑣末なことだと言わんばかりに、確かな生を謳歌していた。彼は自らの内に眠るアストラルの意志と、仲間たちの想いを一振りの剣へと変え、反撃の意思を鮮明にする。
「あぁ、あるさ!俺の心の中に、決して消えない希望の炎がな!それがアストラルが残してくれたかっとビングだ!」
Ⅲは、自らの紋章による支配が完全に破られたことに激昂し、顔を歪ませた。
「くっ……遊馬ァ!」
遊馬は装備魔法の真の力を引き出し、ホープの攻撃力を勝利の域まで極限に高めた。《ガガガリベンジ》から放たれた赤い光がホープの心臓部へと収束し、戦士の闘志をさらなる高みへと昇華させていく。鎧の隙間から溢れ出す輝きは、もはやAR空間の制限を超え、現実の闇を白く塗りつぶすほどの密度を持っていた。
「俺は装備魔法《ガガガリベンジ》の効果発動!これを装備したモンスターがエクシーズ素材になったとき、そのモンスターエクシーズの攻撃力を300アップだ!」
《No.39 希望皇ホープ》ATK 2500 → 2800
委員長は、閉ざされていた勝利への筋道が、今この瞬間に開かれたことに声を弾ませた。眼鏡を光らせ、データを超えた勝利の可能性に震える。彼の理論値を遥かに凌駕する遊馬の成長速度に、彼は驚愕しながらも、その奇跡的な逆転劇に立ち会えている喜びを爆発させた。計算機では弾き出せない「心」という変数が、今、戦況を根底から覆そうとしている。
「よし!これで《マシュ=マック》の攻撃力を大きく上回りましたね!」
「いけー!遊馬!」
遊馬は、渾身の力を込めて、闇を払う一撃をホープに命じた。その叫びには、アストラルを失った悲しみも、寿への謝罪も、そして未来への渇望も、全てが混じり合い、最強の意志となって宿っていた。ホープが剣を引き抜く音は、古い世界の終わりと、新たな希望の始まりを告げる号鐘のように響き渡った。
「ああ、行くぞ!《No.39 希望皇ホープ》!《マシュ=マック》に攻撃だ!ホープ剣ツイン・ブレード・シュート!」
遊馬の魂そのものの叫びが、人々の運命を震わせる。空気を切り裂き突き進むホープの姿は、一筋の流れ星となって、絶望という名の巨神へと肉薄していった。
「かっとビングだ!」
《No.39 希望皇ホープ》ATK 2800 vs 《No.33 先史遺産-超兵器マシュ=マック》ATK 2400
黄金の剣閃が超兵器を無慈悲に両断し、巨大な爆炎が海上を真紅に染め上げた。Ⅲのライフが削られ、これまで盤石だった均衡が、音を立てて崩れ始める。爆圧によって発生した強風が遊馬の頬を叩くが、彼は一歩も退くことなく、その破壊の光景を真っ直ぐに見据え続けていた。超兵器の装甲が砕け散る金属音は、Ⅲが築き上げた嘘の平穏が崩壊していく音でもあった。
Ⅲ LP 2200 → 1800
Ⅲは、アストラルの物理的な手助けなしに、己の意志だけでここまで戦う遊馬の姿に、真の脅威を覚えた。その瞳には、もはや余裕など欠片も残されていなかった。彼の計算外の事態が連続し、トロンの計画が綻びを見せている事実に、彼は内側から込み上げる恐怖を抑え込むことができなかった。少年の瞳に宿る不滅の輝きが、彼の冷え切った心を容赦なく焼き焦がしていく。
「何だと……アストラルなしで、一体、どうして!?」
「理屈なんてねぇ。これが俺とアストラルの力だ!俺はこれで、ターンエンド!」
Ⅲの瞳に宿る狂気が、限界を超えて膨れ上がり、彼の貌を別の生き物のように変貌させた。自らの存在意義を賭け、彼はトロンから授かった最期の禁忌に手を伸ばす。全身の神経が焼き切れるような激痛が彼を襲うが、復讐への執念がそれを凌駕し、彼を暗黒の深淵へと駆り立てていた。その叫びは、もはやこの世の者のものではなく、地獄の底から響く呪詛の響きを伴っていた。
「許さない……許さないよ、遊馬!」
遊馬もまた、友を傷つけ、絆を汚したⅢの怒りを、真っ向から受けて立った。その瞳には冷徹な敵意ではなく、道を踏み外した友を連れ戻そうとする、烈しくも温かな真実が宿っていた。彼は自分の信念を剣に変え、迫りくる巨大な闇の波を真っ向から受け止める覚悟を固めた。
「俺もお前を許さねぇ!かかってこい、Ⅲ! 」
Ⅲは自らの命を、その魂そのものを削り、トロンから授かった禁断の力を呼び覚ました。周囲のAR空間がバグを引き起こしたかのように激しく点滅し、現実と幻想の境界が不気味に溶け合っていく。彼が引き抜いたその一枚は、世界を終焉へと導くための、絶望の種火であった。
「僕の力は、《マシュ=マック》だけじゃあない!僕のターン……ドロー!」
Ⅲは神速の手つきで盤面を再構築し、新たなるナンバーズへの、地獄の階梯を駆け上った。その指先が触れるたびに、周囲の空間が悲鳴を上げ、亀裂が走る。彼の動作には迷いも慈悲もなく、ただ相手を確実に死へと追いやるための冷酷な意思だけが宿っていた。地面から噴き出す紫の噴煙が、新たなる災厄の到来を告げる不気味な幕開けとなった。
「僕は《カブレラの投石機》をリリースし、《先史遺産ソル・モノリス》をアドバンス召喚。このモンスターは召喚に成功したとき、フィールド上にいる他のモンスターのレベルを6に変更できる!《マッド・ゴーレム・シャコウキ》のレベルを6にアップだ!」
「僕はレベル6の《ソル・モノリス》と《マッド・ゴーレム・シャコウキ》をオーバーレイ!エクシーズ召喚!」
Ⅲが叫ぶと同時に空間が弾け、深淵からかつてない質量を持つ何かが、今まさに生まれ落ちようとしている。彼の手の甲にある紋章は、その限界を超えた出力に耐えきれず、血のような赤い光を放ちながら崩壊へのカウントダウンを始めた。世界そのものが彼の怒りに怯えるように、微かな震動を絶え間なく繰り返していた。
「見せてあげるよ……これが僕がトロンから受け継いだ新しい力だ!現れろ、ナンバーズ6!」
海面を巨大な震動が襲い、島一つを飲み込まんばかりの超巨大な遺構が姿を現した。天を突き、雲を無造作に割るその圧倒的な質量は、もはや一つの生物の域を遥かに逸脱している。
「《先史遺産-アトランタル》!」
不気味な赤銅色の光が、全ての希望を呑み込むように、空をも死の色に染めていく。周囲の重力さえも歪めてしまうほどの威圧感。その巨大な体躯は、遊馬たちの希望を嘲笑うかのように天高く聳え立っているように感じられた。
MDでシンクロンデッキを組もうか悩んでいるこのころ。そうです、私が《PSYフレームロード・Ω》のカッコよさに気づいた人間です。というか《TG ハイパー・ライブラリアン》はもう入らないんですね、意外でした。