軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
「新しいナンバーズ……!?」
黄金に輝く巨大な巨像が、重々しい地鳴りとともにフィールドへ降臨した。その圧倒的な威圧感は、仮想空間の空気を一変させる。遊馬は息を呑み、天を突くほどに巨大な異形の神を見上げる。
「《アトランタル》の効果発動、エクシーズ召喚に成功したときに墓地にいるナンバーズを装備できる!」
Ⅲの声が響くと、墓地から《マシュ=マック》の幻影が浮上し、巨像の胸部へと吸い込まれていった。二体のナンバーズが一つに重なると同時に周囲の空間が震動し、凄まじいプレッシャーが遊馬に襲いかかった。巨像の腕が重々しく動き、装備されたナンバーズの力を自らの糧としていく。Ⅲの瞳には冷徹な決意が宿り、勝利への確信がその言葉に力を与えていた。フィールドに表示された攻撃力の数値が、瞬く間に跳ね上がっていく。
「僕は《マシュ=マック》を装備する!この時、《アトランタル》の攻撃力は装備したモンスターの攻撃力をプラスする!」
《No.6 先史遺産-アトランタル》ATK 2600 → 5000
跳ね上がった数値を見て、遊馬の顔から血の気が引いていく。観戦している小鳥たちも、そのあまりの力の差に言葉を失ってしまう。
「攻撃力……5000!?」
Ⅲは一切の容赦なく、右腕を真っ直ぐに遊馬へと突き出した。巨像の目が赤く発光し、天からの裁きを下すべくエネルギーが収束していく。回避不能の暴力が、希望皇ホープへと牙を剥いた。
「《アトランタル》!《No.39 希望皇ホープ》を攻撃!ディヴァイン・パニッシュメント!」
遊馬は叫び、必死の思いでデュエル盤のボタンを叩いた。ホープの周囲に展開されていたオーバーレイ・ユニットが弾け、光の障壁が形成されていく。黄金の光線が放たれる直前、守護者の盾がギリギリのところで間に合った。
「させるかよ!《ホープ》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、その攻撃を無効にする!ムーンバリア!」
爆煙が立ち込める中、遊馬は辛うじて一撃を凌いだことに安堵の息を漏らした。しかし、ホープの守りも決して万全ではなく、残された力は残り僅かとなっている。遊馬は額の汗を拭い、再びⅢを真っ直ぐに見据えた。
「よし!」
だが、Ⅲの表情に焦りは微塵もなかった。彼は静かに首を振り、さらなる絶望の幕開けを告げようとしていた。巨像の腹部にあるゲートが開き、禍々しい紫の炎が漏れ出す。
「まだだ!」
遊馬の背筋に冷たい戦慄が走った。攻撃を凌げばターンが終わるという甘い考えは、一瞬で打ち砕かれる。
「《アトランタル》の力は、こんなもんじゃあない!《アトランタル》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い相手のライフポイントを半分にする!オリハルコンゲート!」
Ⅲの宣言とともに、巨像が放つ重圧が数倍に膨れ上がる。それはただの攻撃ではなく、魂そのものを削り取るような異次元の力であった。遊馬のライフポイントを示すカウンターが、異常な速度で明滅を始める。
「なっ……!?」
遊馬 LP 400 → 200
遊馬の膝がガクガクと震え、衝撃に耐えきれず地面に手をついた。ライフはもはや風前の灯火であり、肉体的な疲労も限界に達しつつある。それでも、彼は折れそうな心を奮い立たせ、泥臭く立ち上がった。
「ぐっ……」
Ⅲの言葉は冷たく、そして重く遊馬の胸に突き刺さった。かつて共に笑い合った面影はなく、そこには使命に憑りつかれた一人の戦士がいるだけだった。彼は終わりを告げるべく、最後通牒を突きつける。
「今度こそとどめを刺してやる!往生するんだな、遊馬!」
視界が霞むほどのダメージを受けながらも、遊馬の瞳からは光が消えていなかった。彼は震える声で、それでもはっきりと拒絶の意思を示した。デュエルはまだ終わっていない、自分には背負っているものがあるのだと。
「さ……させるかよ」
遊馬は自分自身に言い聞かせるように、力強く叫んだ。その言葉は、消えかかっていたアストラルの存在を再び自身の心に呼び起こす。自分は一人ではない、その確信が彼に再び闘志を宿らせた。
「させるかよ!俺は絶対に諦めねぇ。それが……俺とアストラルのかっとビングだ!」
Ⅲはそんな遊馬の姿を見て、どこか悲しげに、あるいは憐れむように目を細めた。執念とも呼べるその諦めの悪さは、もはや滑稽にすら映っていた。彼は静かにカードをセットし、静寂の中にターン終了を告げた。
「異常に諦めが悪いのも考え物だね、僕はカードを二枚伏せてターンエンド!」
遊馬の指がデッキの最上段にかかる。アストラルが自分に託してくれたこの勝利への道を、決して無駄にはしない。全身全霊を込めたドローが、空気を切り裂くような鋭い音を立てた。
「言っただろ、俺は諦めねぇ!俺に希望を託したアストラルのためにも!俺のターン、ドロー!アストラル……お前が残してくれた、ナンバーズの力!無駄にはしねぇ!」
ホープの姿が眩い光に包まれていく。それは進化を超えた、魂の変容であった。かつての守護者は、混沌の中から生まれ変わる新たな姿へとその身を変える。
「かっとビングだ、俺!俺のライフが1000に満たないとき、《希望皇ホープ》をエクシーズ素材とすることができる!カオス・エクシーズ・チェンジ!」
暗黒の宇宙から光り輝く騎士が舞い降り、戦場に新たな風を吹き込んだ。その手に握られた大剣は、不可能な勝利を切り開くための牙となる。
「混沌を光に変える使者……《CNo.39 希望皇ホープレイ》!」
鉄男が拳を握りしめ、逆転の予感に声を張り上げた。絶望的な状況からのこの展開は、まさに遊馬にしかできない芸当であった。ホープレイの登場により、デュエルの流れが激しくうねり始める。
「来たぜ、遊馬の切り札!《ホープレイ》だ!」
「キャットビングよ、遊馬!」
Ⅲは現れたモンスターを見つめ、静かにその名を口にした。トロンから聞かされていた、アストラルと遊馬が持つ未知なる力。ついにその力が自分の前に現れたことを、彼はどこか冷めた目で見守っていた。
「ついに現れたね。カオス・ナンバーズ……!」
(《ホープレイ》……お前の力なら、きっとⅢの目を覚ましてくれる)
遊馬はホープレイの背中に、確かにアストラルの意志を感じ取っていた。この力を使えば、今のⅢを縛り付けている呪縛を解けるかもしれない。彼は心の中で、自分を信じてくれた相棒に語りかけた。遊馬は墓地にあるカードを力強く指し示した。それはかつてアストラルと共に手に入れた、戦略の一片であった。墓地から溢れ出したエネルギーが、アトランタルの足元を侵食し始める。
「俺は墓地の《オーバーレイ・イーター》の効果発動、墓地にあるこのカードを除外し、相手モンスターエクシーズのオーバーレイ・ユニット一つを自分のモンスターエクシーズへと吸収する!」
ホープレイの周囲を回る光の球が一つ増え、逆にアトランタルのそれは虚空へと消えていく。その貯め込まれたエネルギーが剣に集約され、その刃が眩い黄金の光を放ち始める。この一撃に、遊馬は自分の全てを懸けていた。
「よっしゃ、これで《アトランタル》の効果は使えねぇ!いくぜ、効果発動!《希望皇ホープレイ》はオーバーレイ・ユニット一つにつき、このターン攻撃力を500ポイントアップできる!」
遊馬は三つのオーバーレイ・ユニットを次々と解放していった。ユニットが砕けるたびに、ホープレイの闘志が爆発的に高まっていく。もはやその攻撃力は、神にすら届く領域へと達していた。
「俺は3つすべてを使う!オーバーレイ・チャージ!」
《CNo.39 希望皇ホープレイ》ATK 2500 → 4000
さらに、遊馬は追い打ちをかけるようにホープレイの真の能力を解放した。光の鎖がアトランタルの巨体に絡みつき、その圧倒的な力を奪い去っていく。5000を誇った攻撃力が、目に見えて減衰していった。
「さらにこの効果で、《アトランタル》の攻撃力を効果を使ったオーバーレイ・ユニット一つにつき1000下げる!」
《No.6 先史遺産-アトランタル》ATK 5000 → 2000
Ⅲは信じられないものを見るように、大きく後退した。アストラルがいないはずの状況で、これほどまでの連携と力を見せつけられるとは思っていなかったのである。彼の心に、初めて拭い去れない動揺が走った。
「くっ……アストラルがいないのに、どうして!?」
遊馬は自分の胸に手を当て、力強く答えた。形としては見えなくとも、アストラルの言葉、共に戦った記憶は消えてはいない。それらが今の自分の肉体となり、血となって、カードを動かしているのだと。
「いいやいるさ!俺の、心の中に!俺のかっとビングの中に!それが、それこそが俺を強くしてくれるんだ!」
遊馬は右腕を振り下ろし、ついに攻撃の合図を出した。ホープレイが大地を蹴り、光の軌跡を描きながらアトランタルへと肉薄する。この一撃が届けば、全てが終わるはずであった。
「行くぞ、Ⅲ!俺は《CNo.39 希望皇ホープレイ》で攻撃だ!」
しかし、Ⅲは薄く笑みを浮かべ、伏せられていた罠カードを発動させた。フィールドに不気味な雲が立ち込め、ホープレイの突進を霧が遮っていく。完璧だと思われた遊馬の攻撃が、虚空へと受け流された。
「これくらいの展開は読んでいたさ!罠発動、《雷雲の壷》!このカードは《先史遺産》モンスターへの攻撃を無効にし、バトルを強制終了させる!」
目前まで迫っていたホープレイの剣先が、不可視の壁に阻まれて止まる。遊馬は思わず声を上げ、あと一歩届かなかった悔しさに唇を噛んだ。決着を急ぐあまり、相手の守りを読み切れていなかった。
「あ……《ホープレイ》!」
「遊馬の攻撃が……」
一撃必殺のはずだったこの攻撃。万策尽きたかのような遊馬の状況に、周囲の応援も悲痛なものへと変わっていく。Ⅲの鉄壁の守りを崩すのは、それほどまでに困難だった。
「封じられちまった!」
Ⅲは静かに息を整え、再び遊馬を見据えた。彼の瞳には、どこか冷酷な光が戻りつつあった。どんなに足掻いても、運命を変えることはできないと、彼は無言で告げているようだった。
「君の全力の攻撃でも、僕には届かなかったようだね!」
遊馬はなおも諦めず、震える手で最後の一枚をセットした。ターンの終了とともに、一時的に高まっていた力が霧散していく。再び現れる絶望的な数値の差に、彼は必死に耐えていた。
「くっ……でも、まだ俺は諦めねぇ!俺はカードを一枚伏せてターンエンド!」
《CNo.39 希望皇ホープレイ》ATK 4000 → 2500
光輝いていたホープレイの輪郭が薄れ、元の姿へと戻っていく。同時に、力を奪われていたアトランタルの巨体が、再び不気味な黄金の輝きを取り戻した。戦局は、再びⅢの圧倒的優位へと巻き戻される。
《No.6 先史遺産-アトランタル》ATK 2000 → 5000
Ⅲは淡々と事実を告げ、遊馬の戦意を削ごうとした。5000という数値の前に、遊馬がセットした伏せカードがどれほどの意味を持つのか。彼はもはや、勝利を疑ってはいなかった。
「この瞬間、二体のモンスターの攻撃力は元に戻る。いい加減諦めたらどうだい、遊馬。これで互いのモンスターの攻撃力が元に戻った今、もう君に勝ち目はない」
Ⅲが次のカードに手をかけたその時、異変が起きた。彼の手が激しく震え、デッキからカードを引き抜くことができない。全身を駆け抜ける激痛に、彼は思わずその場に蹲った。
「僕のターン……ドロ……」
遊馬は何が起きたのか分からず、ただ呆然とⅢの姿を見つめていた。Ⅲの顔には苦悶の表情が浮かび、荒い呼吸が静かなフィールドに響き渡る。その様子は、明らかに普通の状態ではなかった。
「うぐっ!」
その瞬間、Ⅲの体に激痛が走る。彼の内側から溢れ出す紋章の力が、制御を失って暴走し始めていた。
(まさか、これがナンバーズの代償?僕ではこのナンバーズを操れないというのか?いいや……違う……)
Ⅲはトロンの言葉を思い出し、自分を奮い立たせた。家族を救うため、期待に応えるため、自分はこの痛みすらも糧にしなければならない。彼は叫び声を上げながら、強引に立ち上がった。
「僕は……僕は必ず、トロンの期待に応えて見せる!」
「Ⅲ!トロンのためじゃなくて、お前らしくデュエルしろよ!」
必死に遊馬はⅢの心を呼び止めようとするが、その声は今のⅢには届かない。激痛に耐えながら、彼は狂気にも似た執念でカードを引き抜いた。その一撃で全てを終わらせるという殺気が、フィールドを焦がしていく。
「うるさい、いくぞ遊馬!ドロー!」
ドローと同時に、デュエルフィールド自体が崩壊を始めた。地割れが走り、背景からどす黒い闇が溢れ出す。プログラムの制御を超えた事態に、周囲の空間が歪んでいった。その時、地面が揺れ、フィールドに映し出されている火山が噴火する。
「な……なんだ!?」
「噴火してる……!」
Ⅲは苦しげに胸を押さえ、アトランタルの最終能力を発動させた。それは敵だけでなく、自分自身の命すらも削り取る諸刃の剣であった。巨像から放たれた波動が、二人のプレイヤーを同時に襲う。
「ぐおっ……」
「くっ……オーバーレイ・ユニットがゼロのとき、《アトランタル》はターンのはじめに互いのプレイヤーのライフポイントが半分になる!ぐわーっ!」
遊馬 LP 200 → 100
Ⅲ LP 1800 → 900
削られたライフとともに、遊馬の体力も限界に達していた。自らのライフを半分にしてまで攻め立てるⅢの執念に、遊馬は恐怖よりも先に悲しみを感じた。これでは、どちらが勝っても救いがない。
「なんて奴だ、自分のライフを削ってまで……」
「遊馬……!」
小鳥の声が震え、遊馬の名を呼ぶのが精一杯だった。彼女の目には、二人がただ傷つけ合っているようにしか見えていなかった。この戦いの果てに何が残るのか、誰も予測できなかった。遊馬は口の中に広がる鉄の味を飲み込み、不敵に笑ってみせた。ライフが100になろうとも、自分の心はまだ折れていない。彼はⅢを見つめ、真っ向からその覚悟を受け止める姿勢を示した。
「っ……クソ……まだだ……まだ、俺のライフは残っているぜ、Ⅲ!」
だが、Ⅲの返答は絶え絶えな呼吸音だけだった。彼の肉体はもはや限界を超えており、立っていることさえ奇跡に近い状態だった。汗が滝のように流れ、視界は真っ赤に染まっている。
「ぐっ……ぐっ……ハア……ハア……ハア……!」
その時、Ⅲは紋章の力が自分の体自身を侵食し始めたことに気づいた。もはや、彼の顔じゅうに紋章が光り輝きながら焼きついている。遊馬はⅢの顔に刻まれた橙色に輝く不気味な光を見て、戦慄を感じた。それはもはやデュエルの演出などではなく、本物の呪いが彼の肉体を蝕んでいる証拠だった。彼は思わずⅢに駆け寄ろうとした。
「Ⅲ……お前……それは……!」
Ⅲは顔を覆い、激しい拒絶反応に悶え苦しんだ。皮膚を焼くような熱さと、神経を逆なでするような痛みが彼を襲う。それでも、彼はトロンから与えられた力を手放そうとはしなかった。
「うっ……ぐぅ……」
遊馬は何度もⅢの名を呼び続けた。今の彼に必要なのは勝利ではなく、救いであると直感したからだ。しかし、彼らの間を隔てるデュエルの壁は、無情にもその接触を拒んでいる。
「Ⅲ……Ⅲ!」
Ⅲは顔を上げ、遊馬を睨みつけた。その瞳は苦痛に歪みながらも、退けない決意を宿している。自分に構うな、その言葉は彼自身の弱さを振り切るための絶叫のようでもあった。
「く……来るな!僕に……構うな遊馬……」
「でも、お前がそんな……」
Ⅲの叫びは、悲鳴に近いものへと変わっていった。これは自分が選んだ道であり、この代償を支払うことでしか自分の望みは叶えられない。彼は孤独な戦士として、その苦痛を一身に背負い込もうとする。
「構うなと言ったはずだ……これは、僕が望んで得た力の代償だ……」
Ⅲは空を仰ぎ、自分の胸の内を吐き出した。バラバラになってしまった家族をもう一度繋ぎ止めたい、その純粋な願いが彼をここまで動かしていたのだ。彼は自分自身を犠牲にしてでも、未来を掴み取ろうとする。
「でも、もしこの身が引き裂かれようとも!僕は……僕は家族を絶対に守る!!」
その真っ直ぐな想いに、遊馬は言葉を失った。
「お前……!」
Ⅲは最後の力を振り絞り、攻撃の宣言を下した。巨像がその巨大な拳を振り上げ、ホープレイを粉砕すべく振り下ろされる。これが最後の一撃になる、そう誰もが確信した瞬間だった。
「この攻撃で、僕は君に勝つ!いけ、《アトランタル》!《ホープレイ》に攻撃!ディバイン・パニッシュメント!!」
《No.6 先史遺産-アトランタル》ATK 5000 vs《CNo.39 希望皇ホープレイ》ATK 2500
遊馬はセットしていた罠カードを、渾身の力で発動させた。フィールドに衝撃波が走り、アトランタルの攻撃を真っ向から受け止める。閃光が二人の間を裂き、爆音があたり一面を支配した。
「そう簡単に通してたまるか!罠発動、《バトル・ブレイク》!このカードは相手モンスターが攻撃してきたとき、バトルを強制終了させてそのモンスターを破壊する!」
Ⅲは目を見開き、予期せぬ反撃に声を上げた。自分の全力の一撃が、たった一枚の罠によって無効化されようとしている。
「なんだと!?くっ……!僕は何としてでも君に勝たなければならない!僕は永続罠、《アンゴルモア》発動!このカードは、自分フィールドの装備カードを破壊し、さらに相手の罠カードを無効にして破壊できる!」
Ⅲは覚悟の表情を浮かべ、あらかじめセットしていた永続罠を発動させた。そのカードが光を放つとアトランタルの装備していたマシュ=マックが粒子となって消えていく。力を犠牲にしてでも、相手の守りを突破する覚悟だった。
《No.6 先史遺産-アトランタル》ATK 5000 → 2600
攻撃力は下がった。しかし、その代償を支払ってもなお、アトランタルの攻撃力はホープレイを上回っている。
「《アトランタル》の攻撃力を下げてまで、俺の罠カードを……」
Ⅲは冷徹に、そして確信を持って勝利を宣言した。ライフ100の遊馬にとって、わずか100の攻撃力差であっても致命傷になり得る。巨像の拳が、再びホープレイへと向かって動き出した。
「十分だよ、この一撃で。君のライフポイントはたった100!攻撃は続行だ!」
《No.6 先史遺産-アトランタル》ATK 2600 vs《CNo.39 希望皇ホープレイ》ATK 2500
黄金の巨躯がホープレイを押し潰そうと迫る。
「モンスターごと遊馬を吹き飛ばせ、《アトランタル》!」
「罠発動、《ハーフ・アンブレイク》!このカードは《ホープレイ》を破壊から守り、プレイヤーへのダメージを半分にする!」
遊馬はその圧力に負けじと、最後の伏せカードを開放する。泡の膜がホープレイを優しく包み込み、致命的なダメージを最小限に抑え込む。爆風が遊馬を襲い、彼は数メートル後ろへと吹き飛ばされた。全身を叩きつけるような衝撃が走り、意識が遠のきそうになる。
「うわーっ!」
遊馬 LP 100 → 50
遊馬は荒い息を吐きながら、倒れている寿の姿を横目で見た。寿はいまだ深い眠りの中にあり、彼を救い出すためには、この絶体絶命のデュエルに勝つしかない。遊馬は血の混じった唾を吐き、再び前を向いた。
「残りライフは50。もうあとがねぇ!おい、おい寿!まだ目ぇ覚まさねぇか……!」
委員長は顔を真っ青にして、震える手で拳を握りしめていた。今の遊馬の状態は、誰が見ても絶望的であり、一瞬のミスも許されない。もしここで敗北すれば、全てが失われるという恐怖に彼は支配されていた。
「まずいです、遊馬君がここで負けたら、赤司君は目を覚まさないかもしれません……!」
Ⅲは遊馬の不屈の精神に、驚きと敬意、そして底知れぬ恐怖を感じていた。何故、これほどの状況で彼はまだ立ち上がれるのか。彼は覚悟を決め、自分の奥底に眠る本当の力を解放しようとする。
「遊馬、まだ君は……!分かったよ、遊馬!本当の……僕の本当の力を見せてやる!」
遊馬は必死の形相で、Ⅲに思いをぶつけた。かつて二人でおにぎりを食べたあの時間は、偽物だったのか。彼はⅢの魂に刻まれたはずの、純粋な友情を信じて叫ぶ。
「もうやめろ、Ⅲ!俺たちは、友達になれたんじゃねぇのかよ!お前のあの、幸せそうにおにぎりを食ってた顔はどこに行っちまったんだよ!?」
「遊馬。僕に友達なんて、必要ないんだ」
Ⅲの一方的な拒否。しかし遊馬は諦めずに、さらに言葉を重ねる。デュエルが終わったら話したいことが山ほどある。家族のこと、未来のこと、たわいもない日常のこと。彼はそんな明日を、Ⅲと一緒に迎えたいと願っていた。
「俺は話したいんだよ。お前と一緒に、お前の家族のことや俺の父ちゃんのことを。まだ俺の部屋には古いモンがいっぱいあるんだ。それに、俺がお前に話したいことも、お前と笑いあいたいことも!まだまだ俺にはいっぱいあるんだよ!」
Ⅲの心に、遊馬の言葉が温かな光となって差し込んだ。自分を必要としてくれる人間が、ここにいた。張り詰めていた緊張の糸が切れ、彼の目からは抑えきれない雫が零れ落ちる。
「遊馬。ありがとう。でも、もう遅い……」
遊馬はⅢの涙を見て、ただならぬ気配を感じ取った。感謝の言葉が、別れの言葉のように聞こえたからだ。フィールドを包む不気味な魔力が、さらにその密度を増していく。Ⅲの目から、涙が流れ出る。
「どういうことだよ?」
Ⅲは静かに、自分が発動した永続罠《アンゴルモア》の真の恐怖を語り始めた。それは勝利のためのカードではなく、全てを無に帰すための破滅の装置であった。取り返しのつかない事態が、既に始まっている。
「僕が今発動した罠カード、《アンゴルモア》は破滅のカード。次の僕のターン、破壊した《マシュ=マック》の攻撃力分、君と僕にダメージを与える」
夕闇に染まっていた空が、瞬く間に漆黒の闇へと塗り潰されていった。天頂には巨大なトロンの紋章が浮かび上がり、この世のものとは思えない禍々しい波動を放ち始める。世界が、終わりの始まりを告げていた。罠カードから一筋の赤い光が天空へと打ち上げられ、夕焼け風景は暗黒へと染め上げられる。それと共にトロンの紋章が空に浮かび上がる。
「もはや遅いんだよ……次の僕のターンに、僕たちは2400ダメージを受けて吹き飛ばされるんだ」
遊馬は絶句し、天に浮かぶ不気味な紋章を見上げた。2400ものダメージを受ければ、残された二人のライフは一瞬でゼロになる。それは勝敗を決めるデュエルではなく、共倒れを狙った心中であった。
「でもそれは、ただの相討ちでは済まないだろう。なぜなら、ナンバーズでここまでの戦いを繰り広げたんだから!」
Ⅲは震える声で、その結末を受け入れていた。自分が犠牲になることで、父の悲願が達成されるのであれば、それでいい。彼は悲しい微笑みを浮かべ、運命の歯車に身を任せようとする。
「けれど、それでも僕は構わない。僕が犠牲になることで、トロンの期待に応えられるならね」
彼の脳裏には、かつての幸せだった家族の風景が浮かんでいた。その笑顔を取り戻すためなら、自分の命など安いものだ。Ⅲは最後の救いを求め、消え入りそうな声で呟いた。
「……僕の家族が元に戻れるのなら」
遊馬はⅢの悲痛な願いを聞き、強く拳を握りしめた。そんな悲しい結末を、アストラルも自分も望んでいるはずがない。彼は暗闇の中で、唯一の突破口を必死に探していた。
「Ⅲ……!」
鉄男は迫りくる闇の壁に、恐怖を通り越して驚愕していた。物理的な重圧を伴うその闇は、デュエルの演出を完全に逸脱している。彼は仲間たちを守るように、身構えた。
「お、おいあの闇、どんどん迫ってくるぜ?」
徳之助もうずくまり、泣きそうな声で叫んだ。この世の終わりを感じさせるような光景に、息すら呑み込めない。闇は確実に、彼らを飲み込もうとしていた。
「なんか……やばい感じがするウラ……」
キャッシーもまた、小鳥に抱きついて震えていた。猫のような鋭い直感を持つ彼女には、この闇の先にある虚無の深さが理解できていた。絶望が、波のように押し寄せてくる。
「キャット……!」
委員長は必死に現実を否定しようと、自らのDゲイザーを外した。しかし、目の前に広がる漆黒の風景は何ら変わることなく、現実のものとしてそこに存在していた。ARを超えた現象が、世界を侵食している。
「て、鉄男君も、皆してどうしたんですか?これはARですよ……現実ではこんなこと……えっ!」
そういいながらDゲイザーを外すも、委員長の目前にある暗黒が晴れることはなかった。
「こ、これって……まさか……現実……」
闇の中から聞こえる不気味な咆哮に、委員長の心は折れそうになった。科学的な説明のつかない事態に、彼はただ立ち尽くすことしかできなかった。彼らの周囲は、完全に異界へと変貌を遂げている。
「ま、まずいですよ!このままじゃ僕たちは……あの闇に巻き込まれます!」
「そんな……!」
「どうすればいいウラ!」
逃げ場のない漆黒の海の中で、彼は自分の無力さを呪った。彼らの叫びは、虚空へと吸い込まれていく。遊馬はⅢに向かって叫び、この状況を止める方法を問うた。友達を、そして仲間たちをこんなことに巻き込ませるわけにはいかない。彼は強い眼差しで、絶望に沈むⅢを鼓舞しようとした。
「おいⅢ!」
「お、おかしい。これはまさか、次元の扉が!?……くっ!」
Ⅲは必死に手を伸ばし、空間の歪みを閉じようと試みた。しかし、放出されたエネルギーの反動が彼を襲い、小さな体が木の葉のように舞い上がる。それは自然の摂理に逆らう、残酷なまでの衝撃だった。
「うわーっ!」
遊馬は吹き飛ばされたⅢの名前を呼び、反射的に手を伸ばした。重力そのものが狂い始めた空間で、彼は必死に足を踏ん張る。友人の身に何かが起きている、その焦りが彼を突き動かした。
「Ⅲ!」
Ⅲは薄れゆく意識の中で、トロンの言葉を呪った。自分に与えられたカードは、家族を守るための力ではなく、全てを滅ぼすための道具だったのだ。彼は自分の無力さに涙を流し、絶望に身を委ねかけた。
(トロンが言っていたこと……《アンゴルモア》は、すべてを破滅に導くカード……!僕の紋章の力では、抑えられない……!)
空間から重力が消え、瓦礫や砂埃とともに全員の体が宙へと浮かび上がった。異次元の穴が口を開け、そこから発生する凄まじい吸引力が、全てを飲み込もうとしている。瞬間、無重力状態に変容した空間によりみんなの体が空中に浮かび上がる。
「うわわわあーっ!」
徳之助は空中でもがきながら、近くにいた鉄男に助けを求めた。混乱の中で、彼は気絶している寿を落とさないよう必死に叫ぶ。パニックが連鎖し、現場は混沌を極めていた。
「寿が危ないウラ!鉄男、パスウラ!!」
「うわわ……うしっ、掴んだ……アブねぇ……!」
鉄男は空中で器用に身を捻り、寿の体を受け止める。しかし、次の瞬間には凄まじい重力が襲いかかり、全員が地面へと叩きつけられそうになる。浮遊と落下の繰り返しは、彼らの三半規管を麻痺させ、精神を限界まで追い詰めていった。逆に重力がかかり、瞬間的に落下していく。
「浮き上がると思ったら、今度は落下かよ!?うわああああ!」
委員長は落下の衝撃に備え、目を強く閉じた。このまま地面に叩きつけられれば無事では済まない。極限の恐怖の中で、彼は仲間たちの安全だけを祈り続けた。
「鉄男君、赤司君を離さないで!」
「キャット!」
遊馬は空中に浮かびあがりつつ、迫りくる運命に抗おうとした。歯を食いしばり、全身の筋肉を硬直させて衝撃に備える。まだだ、まだ終わらせるわけにはいかないという執念が、彼を支えていた。
「くっ……」
####
トロンは遠く離れた場所から、暗雲立ち込めるハートランドを見下ろしていた。Ⅲが禁断のカードを使ったことを知り、彼は満足げに口角を吊り上げる。
「どうやら、Ⅲはあのカードを使ったようだね」
そばに控えていたⅤは、トロンの冷酷な采配に戦慄を禁じ得なかった。
「まさか……あのカードをⅢに渡したのですか?」
その問いにトロンは冷たい笑みを浮かべる。
「フフッ。《アンゴルモア》はバリアンへの扉を生み出すカード。発動すれば、誰にも止めることはできない」
####
戦場では稲妻が走り、不気味な赤光が周囲を焼き尽くしていた。遊馬はⅢに向かって怒声を上げ、この理不尽な事態の真実を問いただした。彼はまだ、救いがあると信じたかった。
「おいⅢ!これは一体どういうことなんだよ!」
Ⅲは絶望に満ちた瞳で遊馬を見つめ、自分たちの敗北を告げた。このままではデュエルどころか、世界そのものが闇に吸い込まれてしまう。彼は自分の選択が招いた最悪の結果を、静かに受け入れていた。
「このデュエル、このままでは君も僕も。いや、すべてのものが吸い込まれてしまうだろう」
遊馬は信じられないというように、目を見開いた。そんな自分勝手な結末が許されるはずがない。彼は必死に活路を見出そうと周囲を見渡した。
「何だって!?」
小鳥もまた、絶望の淵に立たされていた。彼女の瞳からは涙が溢れ、震える唇で遊馬の名を呼ぶことしかできない。浮かび上がった瓦礫たちは、既に異次元へと吸い込まれていった。
「そんな……!?」
彼らの叫びは闇の中に吸い込まれ、誰にも届くことはない。完全な絶望が、彼の小さな心を支配していた。
「助けてウラ!そんなの嫌ウラ!」
Ⅲは遊馬に向かって、悲痛な謝罪の言葉を述べた。自分はただ家族を守りたかっただけなのに、結果として全てを壊してしまった。彼は自分の無力さを恥じ、静かに目を閉じた。
「僕は、僕は世界が滅びることなんて望んでいなかった。非力な僕を許してくれ、遊馬」
「Ⅲ、勝手に諦めてんじゃねぇ!かっとビングだ!」
遊馬はⅢの弱音を、全力で一喝した。諦めることは簡単だが、それは自分たちの道ではない。彼は限界を超えた力を振り絞り、Ⅲの魂に火を灯そうとした。Ⅲは驚いて顔を上げた。この絶望的な状況で、まだ戦おうとする遊馬の強さは一体どこから来るのか。彼は信じられないという表情で、遊馬を見つめ返した。
「えっ?」
「さっきお前、このままじゃ異次元の扉が開くって言ってたよな?だったら、俺がお前にデュエルで勝ってそいつを止めてやるよ!」
馬は力強く断言した。デュエルで勝ち、この異常な状況を力ずくで止めてみせると。その瞳には、かつてないほどの激しい闘志が宿っていた。しかしそれに反してⅢは首を振り、遊馬の提案を否定する。
「無理だ!《アトランタル》は僕のライフが1000以下になったとき、バトルでは破壊されず更に僕はバトルダメージを受けない!」
アトランタルが持つ絶対的な防御能力の前に、遊馬の攻撃は届かない。勝利などという夢物語は、今の現実の前では無力であると告げた。どれほど足掻こうとも、結末は変わらない。彼は静かに、その時が来るのを待とうとした。
「もう……僕たちは終わりなんだよ」
だが遊馬は拳を突き出し、真っ向からその言葉を否定する。
「冗談じゃねぇ!まだデュエルは終わってねえんだ。諦めてたまっかよ!」
デュエルが終わっていない以上、勝利の可能性はゼロではない。彼は自分を鼓舞するように、さらに声を張り上げた。遊馬は、隣にいるはずの相棒の存在を強く意識した。アストラルなら、こんな時でも冷静に勝機を見つけていただろう。彼は心の中で、消えた相棒の名前を何度も呼んだ。
「そうだよ、アストラルだったらまだ勝つ気で……」
その時、遊馬の胸に微かな光が灯った。手元にあるナンバーズのカードが、かすかに振動を始めたのだ。それはまるで、アストラルの魂がまだここに留まっているかのような感覚だった。
「あっ」
Ⅲは遊馬の変化に気づき、困惑を露わにした。この状況で何ができるというのか。彼は遊馬の言葉を、ただの現実逃避だと思い込んでいた。
「遊馬?諦め……」
「違う、ナンバーズだ」
Ⅲは困惑した表情で、遊馬の手元を見つめた。ナンバーズは確かに強大な力を持つが、それがこの次元の暴走を止められるとは思えなかった。彼は今更何を、と冷たく突き放した。
「ナンバーズ?今更何を……」
遊馬はナンバーズのカードに込められた、アストラルの記憶と絆を感じ取っていた。これを使えば、彼を呼び戻し、この絶望を打ち破る力が得られるかもしれない。彼は確信に満ちた声で答えた。
「ナンバーズはアストラルが俺と戦った、証だ。これを使えば……」
しかし、遊馬の心には一瞬の迷いが生じた。消えてしまったアストラルを、本当にこの方法で呼び戻せるのか。不安が胸をよぎる中、彼は必死にその光にすがろうとした。
「でも……でもアイツは……」
「遊馬……もしかしたら、アストラルを呼び戻せるかもしれない」
Ⅲは遊馬の迷いを感じ取り、自分の中に残る紋章の力を利用することを提案した。それは遊馬にとっても非常に危険な賭けであったが、唯一の希望でもあった。彼は覚悟を決めて語りかけた。
「えっ?」
遊馬の瞳に、希望の光が戻った。Ⅲは自分の手のひらに浮かぶ紋章の不気味な輝きを見つめた。この力は人を蝕む呪いだが、同時に魂を繋ぎ止める力でもある。彼は最悪の事態を想定しつつも、遊馬にその力を託そうとした。
「この紋章の力で、アストラルは消えた。ならば、この力を君に流し込めば……!」
遊馬は躊躇いなく、Ⅲの手を握りしめようとした。自分はどうなっても構わない、ただ相棒を取り戻したいという純粋な願いが、彼を突き動かしていた。
「じゃ……じゃあアイツは戻ってくるのか?!」
Ⅲは慎重に言葉を選び、その代償の大きさを強調した。紋章の力は強大であり、並の人間が触れれば精神を崩壊させかねない。彼は遊馬の命を案じ、最後にもう一度問いかけた。
「確実ではない。あくまで可能性に過ぎない……さらに、この紋章の力を君が制御できるとは限らない。最悪、君自身がこの力に取り込まれてしまうかもしれない」
遊馬の答えは、最初から決まっていた。アストラルが隣にいてくれるなら、どんな苦しみにも耐えられる。彼は力強く頷き、運命を共にすることを誓った。
「構わねぇ!アストラルが戻ってくるなら!」
Ⅲは遊馬の決意を受け止め、自らの紋章から溢れ出す光を彼へと注ぎ込もうとした。二人の手が重なり、異質なエネルギーが交差する。空間が激しく震動し、眩い光が周囲を包み込んだ。
「さぁ、お前の力を俺に!」
Ⅲは自分の肉体が急速に変容していくのを感じながら、それでも遊馬に力を託そうとした。
(遊馬に紋章の力を与えることができたとしても……僕は恐らく……)
自分の役割はここで終わりかもしれないが、遊馬なら未来を救えると信じていた。彼は静かに祈りを捧げる。
Ⅲは覚悟を決め、遊馬の手のひらに手を合わせる。瞬間、凄まじい衝撃が二人の体を貫き、遊馬は絶叫しながらもその手を離さなかった。光の柱が天を突き、闇を裂いていく。
「うわぁああーっ!アストラル……!」
小鳥はあまりの光の激しさに目を伏せ、遊馬の身を案じた。彼の体から発せられる凄まじいエネルギーは、一人の人間が耐えられる限界を遥かに超えている。彼女はただ、彼の無事を祈るしかなかった。
「遊馬……!」
遊馬は自分の中に流れ込む紋章の禍々しい力を、根性だけでねじ伏せた。自分にはかっとビングがある、その信念が彼の魂を侵食から守り抜く。彼は叫び声を上げながら、自分を鼓舞した。
「紋章の力なんかに、負けてたまっかよ!かっとビングだ、俺!!」
その時、皇の鍵が呼応するように激しく発光した。鍵の中から飛び出した数々のカードが、嵐のように遊馬の周囲を舞い踊る。
「あっ!?ナンバーズ!?」
鉄男は驚愕して空を舞うカードを見上げた。まるで意志を持っているかのように動くナンバーズたちは、遊馬の周囲で渦を作っている。神々しいまでのその光景に、彼は言葉を失った。
「これは……!」
ナンバーズのカードたちは、一つずつ吸い込まれるように遊馬のカードケースへと戻っていった。失われていたアストラルとの絆が、物理的な形となって再び遊馬の元へ集結していく。飛び出たナンバーズはまるで主の元へと戻るように、遊馬のカードケースへと吸い込まれていった。
「アストラルは来ない……か」
遊馬は空を見上げたが、期待していた相棒の姿はそこになかった。カードは戻ってきたが、アストラル本人は現れない。彼は一瞬の落胆の後、何かに気づいたようにカードを見つめた。
「戻ってこない……だと!?」
Ⅲもまた、困惑した表情で遊馬を見た。自分の計画は失敗したのか。しかし、遊馬の瞳には、先ほどまでとは違う、静かで力強い決意が宿っていた。
「いや、違ぇ!分かったぞ……アストラルは……俺に力を託して、ナンバーズを!」
遊馬は自分の胸に手を当て、アストラルの存在を確かに感じた。彼はここにいる、ナンバーズという形を借りて自分と共に戦っているのだと。彼は見えない相棒に向かって、力強く宣言した。
「アストラル、見てろ!俺一人でも、勝てるってことを証明してみせる!」
Ⅲは苦痛の叫びを上げ、再び地面に伏した。紋章の力を使い果たした肉体は、もはや自重を支えることすら困難だった。遊馬はすぐにでも駆け寄りたかったが、今はデュエルを終わらせることが先決だと理解していた。
「うっ……ぐあああああーっ!」
遊馬はⅢに向かって、最後の戦いを挑む決意を伝えた。自分が勝つことで、アトランタルを倒し、Ⅲをこの苦しみから解き放つ。彼は再びデュエル盤に指をかけた。
「Ⅲ!」
Ⅲは震える手で遊馬を指し、その覚悟を受け止めた。自分を倒すことこそが唯一の救いであると、彼は死力を振り絞って叫んだ。二人の友情は、今、極限の戦いへと昇華していく。
「遊馬!僕に構わず、《アトランタル》を倒せ!そして、僕に勝て!」
遊馬はデッキの最上段を指で弾き、渾身のドローを放った。それは運命を切り拓く、最高のかっとビング。引き抜いたカードには、勝利への道筋がはっきりと描かれていた。
「ああ、行くぜ!Ⅲ!超かっとビングだ、俺!!」
ドローしたカードを見つめ、遊馬は一瞬躊躇した。今の戦力ではまだ足りない。しかし、彼はすぐに自分を奮い立たせ、仲間の力を信じることを選んだ。
「ドロー!……来たぜ!」
遊馬はすぐさま魔法カードを発動させ、ホープレイへと力を与えた。装備魔法のオーラがホープレイを包み込むが、その効果が限定的であることを理解した上での行動だった。
「俺は魔法、《エクシーズ・トレジャー》を発動!フィールドにエクシーズモンスターは2体いるため、2ドローだ!」
運命をかけたドロー。遊馬は2枚のカードを翻すとともに勝利を確信する。
「俺は手札から《死者蘇生》を発動、甦れ!《ガガガマジシャン》!」
遊馬は魔法カードを即座に発動し、墓地から魔術師を呼び戻す。フィールドに怪しげな光が走り、ガガガマジシャンが再臨する。さらにもう一体のガガガマジシャンを召喚し、そのレベルを調整する。二人の魔術師が共鳴し、空間に新たなエクシーズ召喚の渦を巻き起こす。それはホープとは異なる、新たなる仲間の力だった。
「俺はさらにもう一体の《ガガガマジシャン》を召喚!二体のレベルを4から7に変更し、オーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!」
渦巻く光の中から、不気味に輝く巨大な瞳を持つモンスターが現れた。その瞳に見つめられた者は、己の意志を失い、傀儡へと変貌する。逆三角錐で浮かぶ物体が、戦場に降り立った。
「現れろ、《No.11 ビッグ・アイ》!」
Ⅲは初めて見るそのナンバーズに、驚愕した。
「《希望皇ホープ》以外のナンバーズ……!?」
遊馬はビッグ・アイの隣に並び、力強く答えた。これらのカードは、ただの道具ではない。共に笑い、共に傷つき、共に戦ってきたかけがえのない仲間たちなのだと。
「ああ、これが俺とアストラルが戦って得た仲間たちだ!」
Ⅲは遊馬の言葉に、皮肉げながらもどこか晴れやかな笑みを浮かべた。カードを仲間と呼ぶその青臭さが、今はたまらなく愛おしく感じられた。彼は全力でかかってくるよう促した。
「フフフ……カードまで仲間にしてしまうとはね……本当に君は、面白いね!そのモンスターを召喚したってことは、何か狙いがあるんだろう?」
遊馬はビッグ・アイの能力を解放すべく、指示を出した。巨大な瞳が怪しく発光し、アトランタルの黄金の体を捉える。支配の波動がフィールドを駆け巡り、神の制御を奪い去ろうとする。
「ああ、いくぜⅢ!」
Ⅲは覚悟を決め、遊馬を真っ向から迎え撃つ姿勢を取った。たとえ敗北が待っていようとも、遊馬の全力を受け止めることこそが、今の自分にできる唯一の誠意だった。
「さぁ、かかってこい遊馬!」
遊馬はオーバーレイ・ユニットを解放し、ビッグ・アイの絶対的な支配権を発動させた。黄金の巨像が苦悶の声とともに、主を裏切って遊馬の側へと移動し始める。
「俺は《No.11 ビッグ・アイ》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、相手フィールド上に存在するモンスター一体のコントロールを得る!俺が得るのは、《No.6 先史遺産-アトランタル》だ!」
Ⅲの悲鳴が上がり、彼の体を支配していた紋章が激しく火花を散らした。ナンバーズの主権を奪われることは、彼の魂の一部を引き裂かれるに等しい苦痛だった。それでも、遊馬はその手を緩めなかった。
「なっ!?」
遊馬は苦しむⅢに向かって、心の叫びをぶつけた。一人で背負い込むことの辛さを知っているからこそ、彼はⅢの孤独を否定した。ぶつかり合う魂が、フィールドを熱く焦がしていく。
「うっ……うあああああーっ!!」
Ⅲの瞳に戸惑いの色が浮かんだ。勝敗を超えた遊馬の言葉に、彼の凍り付いていた心が次第に溶かされていく。自分を否定せず、共に苦しもうとするその温かさが、彼には眩しすぎた。
「何をバカな、遊馬!」
遊馬は叫び続け、アトランタルの制御を完全なものにした。巨像の目が遊馬の色に染まり、最強の矛としてⅢへと向けられる。それは敵を倒すための牙ではなく、友を救い出すための救いの手でもあった。
「俺は……俺は、Ⅲの苦しみを一人に押し付けたくねぇんだ!何で一人で抱え込むんだ!?何で誰にも言わねぇんだ!?」
Ⅲは言葉を失い、ただ遊馬を見つめ続けた。自分のような人間を、どうしてここまで想ってくれるのか。彼の心の中で、トロンへの忠誠心とは別の感情が、大きく膨れ上がっていった。
「それは……!」
遊馬は涙を堪えながら、最後の一撃を放つ準備を整えた。この一撃で、全ての闇を払い、Ⅲを元の世界に連れ戻す。その強い意志が、アトランタルの拳に集約されていく。
「俺たちはもう、友達だろ!?Ⅲ!!」
Ⅲは静かに頷き、敗北を悟った。遊馬という太陽のような光に照らされ、自分の使命という名の闇が晴れていくのを感じていた。彼は穏やかな表情で、その最後の一撃を待った。
「そうか……君に不思議と仲間が寄っていく、その理由が今分かったよ……!」
遊馬はアトランタルの巨大な腕を高く掲げた。かつて自分を苦しめた力は、今や友を救うための慈悲の力へと変わっていた。彼は魂を込めて、攻撃を宣言した。
「俺は、Ⅲ!お前の苦しみを、知らんぷりなんて絶対にできねぇ!だから……だから俺は!」
Ⅲの瞳からは、もう悲しみの涙は流れていなかった。感謝と平穏に満ちたその眼差しは、デュエルを超えた絆を確かに感じ取っていた。彼は静かに微笑み、遊馬に答えた。
「遊馬……ありがとう」
「くっ……いくぜ、Ⅲ!!」
Ⅲもまた、全力でその一撃を受け止めるべく身構えた。自分たちの戦いの結末がここにある。彼は恐怖を捨て去り、最高のライバルへ向けて微笑んだ。
「来い、遊馬!」
眩い光があたり一面を覆い尽くし、アトランタルの攻撃がⅢのフィールドに炸裂した。爆音とともに、彼らの周囲を覆っていた暗黒の闇が、一気に霧散していく。
「俺は《No.6 先史遺産-アトランタル》で、Ⅲを攻撃!ディバイン……パニッシュメント!!」
アストラルの幻影が、一瞬だけ遊馬の背後に重なって見えた。二人の力が一つになり、絶望を希望へと塗り替える。Ⅲのライフカウンターがゼロになり、全ての決着がついた。
「力を託し、それを受け止めて勝利に導く……これが、君とアストラルの絆なんだね……!」
Ⅲ LP 900 → 0
衝撃に吹き飛ばされながらも、Ⅲの心はかつてないほど軽やかだった。自らを縛っていた呪縛が解け、彼は安らかな眠りへと誘われるように、意識を手放していった。
「ぐあああーっ!」
####
トロンはその瞬間、自身の小さな体を震わせた。
「バカな!Ⅲが!」
側に控えるⅤもまた、末弟の敗北を信じられないといった面持ちだった。自分たちが完璧だと信じていた計画が、一人の少年の情熱によって崩された事実に、彼は戦慄した。
「トロン……」
####
光が収まり、遊馬たちが目を覚ますと、そこは戦いの前の静かな海上道路に戻っていた。潮風が頬を撫で、先ほどまでの地獄のような光景が嘘のように、平穏な時間が流れている。遊馬たちが目を覚ました時、そこは元通りの海上道路だった。
「えっと……ここは?」
徳之助は周囲を見渡し、自分がまだ生きていることを確認して安堵の息を漏らした。足元のコンクリートの感触が、ここが紛れもない現実であることを教えてくれる。
「元の場所ウラ!」
委員長もメガネを拭き直し、ようやく自分たちの無事を確信したようだった。極限状態から生還した高揚感と、終わったことへの安心感が、彼の声を弾ませた。
「トドのつまり、僕たちは助かったんですね!」
鉄男はいまだ目覚めない寿を背負い、その重みを確かめるように少し担ぎ直した。戦いは終わったが、寿の異変がまだ続いていることに、彼は一抹の不安を抱いていた。
「寿はまだ寝てるけど……本当に起きるのか?」
キャッシーも寿の顔を覗き込み、いつもの鋭い直感で彼の状態を察知しようとした。眠っている彼の表情は穏やかで、先ほどまでの苦痛は消え去っているように見えた。
「キャット起きる……多分」
遊馬は自分の手を見つめ、勝利の余韻に浸っていた。確かに勝ったはずなのに、どこか虚無感が残っている。それは、隣にいるはずの相棒がいないことへの寂しさだった。
「俺……勝ったのか?」
その時、遊馬の耳に聞き慣れた、透き通るような声が響いた。
──遊馬。勝つぞと言ったはずだ。
それは幻聴などではなく、確かに自分を支えてきた唯一無二の相棒の声だった。遊馬は弾かれたように周囲を見渡した。
「え!?アストラル!?どこにいるんだよ、アストラル!?」
遊馬は何度も何度もアストラルの名前を呼び、空を切るように手を動かした。しかし、どれほど探しても、かつてのように青白く輝く姿を見つけることはできなかった。
「アストラル……お前は……」
遊馬は寂しさを振り切るように、倒れているⅢの元へ駆け寄った。デュエルは終わったが、彼を救うための戦いはまだ続いている。彼は必死に、Ⅲの肩を揺さぶった。
「……そ、そうだ!Ⅲ!おい、大丈夫か!?」
道路にうつぶせになるⅢのもとに駆け寄り、体を起こす。Ⅲはゆっくりと目を開け、遊馬の顔を認めて力なく微笑んだ。彼を覆っていた紋章の光は消え、そこにはただの少年としてのⅢがいた。彼は震える手で遊馬の腕を掴んだ。
「お前……!」
Ⅲは静かに語り始めた。遊馬が自分に与えてくれた救いへの感謝と、自分がしてしまったことへの深い謝罪。彼の言葉は、穏やかな海風に乗って遊馬の心へと届いた。
「分かっているよ。遊馬。君は、ありのままの僕を認めてくれた……あんなに、酷いことを君にしたのに……」
「アストラルのこと、ごめんなさい。僕の力では、呼び戻すことができなかった……」
Ⅲは自分の無力さを恥じ、アストラルを呼び戻せなかったことを深く詫びた。自分が奪ったものの大きさを理解しているからこそ、その罪悪感は彼の胸を締め付けていた。だが、遊馬はⅢの言葉を遮るように、力強く首を振った。
「いいや、違うぜ。Ⅲ」
アストラルは死んでなどいない、ただ形を変えて自分と共にいるだけだという確信が、彼の中にはあった。根拠はないが、彼には分かる。かっとビングの精神が、彼にそう信じさせていた。
「えっ?」
遊馬は空を見上げ、どこかで自分を見守っているであろう相棒のことを想った。アストラルなら、きっと今の自分の姿を見て観察しているはずだ。彼は不敵に笑って答えた。
「俺が使うナンバーズは、アストラルの力を借りているんだ。俺も本来、皇の鍵が無ければナンバーズに憑りつかれる……順調、そうじゃなかった。つまり……アストラルは生きてる。俺はそう信じる」
アストラルは死んでなどいない、ただ形を変えて自分と共にいるだけだという確信が、彼の中にはあった。Ⅲは遊馬の迷いのない瞳を見て、疑問を口にした。
「そうか……ではどうしてアストラルは?」
アストラルの不在に対する遊馬の確信はどこから来るのか、そして、アストラルが何故姿を見せないのか、彼には理解できなかった。遊馬はアストラルの理屈っぽい性格を思い出し、彼なら言いそうな台詞を冗談混じりに言ってみせた。そのやり取りが、沈んでいた空気を少しだけ和ませていく。
「さぁ?アイツのことだし、『遊馬、お前は一人でデュエルしろ。そしたらもっと強くなれる』とかどっかで言ってんじゃねぇのか?」
Ⅲは遊馬のその底抜けの前向きさに、ついにお腹を抱えて笑い出した。こんな状況で冗談を言える彼の心の強さに、彼は救われたのだ。暗い感情が、笑い声と共に消えていく。
「フフフ……アハハハハ!」
遊馬は少し照れくさそうに頭を掻き、笑うⅢを嬉しそうに見守った。友達として笑い合える明日が、ようやく手に入った。彼はⅢのこれからのことを想い、真剣な表情に戻った。
「そ、そんなに面白いかよ……」
Ⅲは笑い終えると、遊馬に最後の願いを託した。家族を、父を、そしてバラバラになった自分の心を。遊馬なら、それら全てを救えると信じて。
「ハハ……いや、ごめんね。そんな君なら、信じられる。遊馬、お願いがある。僕の家族を、救ってくれないか?」
遊馬は驚いてⅢを見つめた。自分に何ができるかは分からないが、Ⅲのその悲痛な願いを、無碍にすることなどできるはずがなかった。彼は力強く頷こうとした。
「えっ?」
Ⅲの背後に、不気味な空間の歪みが生じた。お迎えが来たのだと、彼は悟った。これでお別れになるが、遊馬ならやってくれるという確信だけが、彼の胸に灯っていた。
「君の、君のかっとビングならば、きっとできるさ……」
そう言った瞬間、Ⅲの背後にホールが現れる。それはⅢを転送する、異空間の穴だろう。遊馬は消えゆくⅢに向かって、最後にもう一度問うた。自分たちが歩んだこの時間は、確かに友情と呼べるものだったのか。彼は必死に、去りゆく友の背中に声をかけた。
「Ⅲ!俺はさっきの質問、答えを聞いてねえ!俺たちはもう、友達だろ!?」
Ⅲは満足げに微笑み、遊馬の問いに答えた。
「もちろん……君は僕の最初で最後の友達だよ……!いつか、また……」
それは彼にとって、一生の宝物となる言葉だった。そう言い残すとともに、彼の姿は消えた。遊馬はⅢが消えた跡を、いつまでも眺めていた。友情を確かめ合えた喜びと、再び離れ離れになった寂しさが、彼の胸で複雑に混ざり合う。彼は風の中に、消えた友の温もりを探していた。
「Ⅲ…」
「遊馬ー!」
遊馬は地面に落ちていた《No.6 先史遺産-アトランタル》と《No.33 先史遺産-超兵器マシュ=マック》。そして、ハートピースを拾い上げた。これまでの戦いの記憶が、掌から伝わってくる。彼はそれらを大切に胸に抱いた。
「遊馬!」
遊馬は震える手で最後のピースをはめ込む。恐る恐るハートピースを当てはめると、カチッと音が鳴る。
「これで、5つのハートピースが揃ったな」
鉄男は遊馬の肩を叩き、その健闘を称えた。紆余曲折あったが、ようやくスタートラインに立てたのだ。彼の瞳には、遊馬を誇らしく思う気持ちが溢れていた。
「決勝進出ね!」
遊馬は天を仰ぎ、消えた仲間たちの名前を呼んだ。このハートピースには、彼らの想いが全て詰まっている。彼は自分に言い聞かせるように、力強く誓った。
「Ⅲ……アストラル……お前たちの思い、無駄にはしない!」
遊馬は再びいつもの表情に戻り、元気よく叫んだ。かっとビングの精神で、決勝大会を勝ち抜く。それが、彼らに報いる唯一の方法だと信じて疑わなかった。
「やるぜ、デュエルカーニバル!かっとビングだ、俺……って……あれ?寿は?」
鉄男は背中で相変わらず目を閉じている寿を指差した。これほどの大騒動の中でも眠り続けている彼の豪胆さに、呆れ半分、感心半分といったところだった。
「寿ならここだぞ、俺が担いでるの」
「鉄男が持っててくれたのか!」
遊馬は寿の顔を覗き込み、ぺしぺしと頬を叩いた。もう事態は収束したというのに、いつまでも寝ている寿を何とかして起こそうと試みる。
「おーい、起きろー?寿?」
その声に答えるように寿はようやくゆっくりと、目を開けた。
「ん……ん……ああ……」
「お、起きた!死んでなかった!」
「……誰……え?えええ!?」
寿は遊馬の顔を間近で見て、まるで幽霊でも見たかのように仰け反った。遊馬は寿のあまりの驚きように、首を傾げた。さっきまでの態度はどこへやら。彼は応援しに自ら来たはずなのだが、当の本人の反応はまるで見当違いな場所から現れたかのようだった。
「え?どうしたんだ、寿?」
「え!?なんで本物の九十九遊馬が、俺のベッドに!?」
夢を見ていたのか、それとも今の状況が夢なのか。彼は自分の頬をつねりながら、混乱の極致にいた。
「ベッド?」
「寿、お前はさっきまで俺の背中で寝てたじゃ……」
目の前の彼が何を言っているのか分からない鉄男は呆れた顔で、寿を地面に降ろす。するとさらに寿は、新しく気づいた自分の周りにいる小鳥や鉄男、さらには委員長たちを指差して叫び声を上げた。
「ええぇぇ!?鉄男に小鳥、委員長にウラ、キャッシーまでいるだと?!というか、ここ家じゃなくて、道路!?一体全体どうなってるんだよ、これ!?」
Q.アストラルは?
A.いい奴だったよ……