軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
屋上のフェンスに背を預け、俺はようやく一息ついた。 手元には、親父が「これでも食ってろ」と持たせた竹皮の包み。中を開けると、そこには鮮やかなバラちらしが詰まっていた。
「……やりすぎだろ、親父。たかだか中学生の弁当に、江戸前の仕事詰め込んでどうすんだよ」
愚痴をこぼしながらも、箸を動かす。酢飯の香りが、都会の排気混じりの風に乗って鼻を抜けた。 ふっくらと煮詰められた穴子の甘み、芝海老のそぼろの淡い口溶け、そして丁寧に酢で締められたコハダの酸味。一口運べば、計算され尽くした完璧な職人仕事が口内で解ける。 だが、その至福の時間を邪魔するように、また「例の感覚」が俺を襲った。
(……まただ。さっきから隣に、氷点下の冷蔵庫でも置かれたような、この妙なプレッシャー……)
視界の端に、うっすらと青白い何かが揺れている。 もちろん、周りに人はいない。屋上には俺一人だ。だが、板前修業で嫌というほど叩き込まれた客の視線を背中で読む感覚が、何かがそこに「いる」と警報を鳴らしていた。
(アストラル、なんだろな。……もしあいつが俺を観察してるんだとしたら、理由は一つだ。昨日のデュエルか、あるいは俺が『転生者』という名の『異物』だと気づいているのか?)
さすがに考えすぎだとは思うが、俺はあえて虚空を見ず、淡々とレンコンの飾り切りを咀嚼した。 見えていると悟られたら、即座にアストラルからも矢印を向けられるだろう。そうでもなれば、俺の望む平穏な日常は音を立てて崩壊する。ここは「なんか今日、風冷たいなー」くらいの顔で通すのが正解だろう。
「……あ、これ美味しいな」モグモグ
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午後の授業は、さらに胃の痛いものだった。 隣の席の遊馬は、相変わらず何もない空間に向かって身振り手振りで喧嘩を売っているし、前の席からは等々力委員長が「カタカタ」と猛烈な勢いでタブレット端末を叩く音が聞こえてくる。
(……あの委員長、絶対俺のデッキを解析しようとしてるな。まさかARビジョンのデュエルってアーカイブが残るのか? そのあたりの設定の描写してくれなかったせいで、何もかも分からん。せめてもの抵抗だ、今のうちにエクストラデッキの順番、入れ替えておくかぁ……)
さらに斜め後ろの席からは、キャッシーが猫のような鳴き声と共に、粘つくような視線を送ってくる気配。 ……視線が多すぎる。前世の、あの地獄のような満員電車に揺られていた頃の方が、まだプライバシーがあった気がするぞ。 そういえば、ハートランドにはモノレールがあったな……下校時に使ってみるか?
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「寿ーっ! 待てよ寿! デュエルしようぜーっ!!」
終礼のチャイムが鳴り終わるより早く、俺は最速で席を立った。だが、背後から嵐のような怒号が追いかけてくる。
「悪い遊馬! 出前の注文が入ってるんだ!」 「嘘つけ! お前、昼休みに電話なんて一回もかかってきてなかっただろ!」
(地味に鋭いなぁ……!)
まんまと嘘を見抜かれながらも、靴箱へ向かう廊下を全速力で駆け抜ける。 しかし、その先に待っていたのは、腕を組んで壁に寄りかかる、着崩した制服の男だった。
「フン。また逃げ足の速い魚だな。……だが、俺のナワバリでコソコソされるのは、シャクに障る」
(うわ出た。この時期のシャークさん、尖りすぎだろ……!)
前にはシャーク、後ろからは遊馬。 八方塞がりのこの状況。
サレンダーしていいすか?
「おい、寿! 逃げるなよ! シャークまで、何やってんだよ!」 「うるせえ遊馬。こいつがどれほどのモンか、俺が試してやる。……デュエルだ」
えっ、マジですか?
「俺が冗談を言うとでも思うか?」
あのシャークさん、俺の心の声が漏れてましたかね?
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俺は必死に「仕込みがある」「店が忙しい」と粘るも、シャークは一向に引く気配がない。 仕方なく、俺はカバンの中に隠し持っていたデュエルディスクを渋々腕にはめ、シャークに向き合った。
「……分かりました。その代わり、俺が勝ったらもう放課後に絡まないでくださいよ。マジで仕込みが間に合わなくなるんで」
「フン。勝てれば、の話だがな」
「「デュエル!!」」
シャーク LP4000 / 寿 LP4000
シャークの先攻で幕が開く。
「俺の先攻! ドロー! 手札から《スピア・シャーク》を召喚! 魔法カード《下降潮流》を発動。俺はスピア・シャークのレベルを3にする。さらに通常魔法を唱えたことで手札から《ビッグ・ジョーズ》を特殊召喚! レベル3のモンスター2体で、オーバーレイ・ネットワークを構築!」
シャークのプレイングに一切の淀みはない。
「現れろ、《ブラック・レイ・ランサー》!! さらにカードを1枚伏せ、ターン終了だ。……さあ板前、お前の『ネタ』を見せてみろ」
(……定石通りのブラック・レイ・ランサー。まずは様子見か。だが、こっちも手加減してたら一瞬で捌かれるな)
「俺のターン、ドロー! ……神代さん、生憎うちの店は『おまかせ』が基本なんだ。……まずは手札から《予想GUY》を発動! 効果でデッキから《しゃりの軍貫》を特殊召喚!」
そういえば《予想GUY》って、確かAV期に出たカードだったはずだが……まぁ、それを言ったら俺の「軍貫」も未来のテーマだしな。メタ的な矛盾は考えないことにしよう。
「何を出すかと思えば、『しゃり』……? しかも通常モンスターだと?」
シャークが呆気にとられたような声を出すが、俺は構わず進める。
「驚くのは早いですよ。手札の《いくらの軍貫》の効果発動! フィールドに《しゃり》が存在する場合、このカードを特殊召喚できる。……さらに効果発動! デッキトップからカードを3枚捲り、その中に《しゃり》があれば特殊召喚か手札に加える……が、ハズレ。ボトムに送ります。俺はレベル4の2体で、オーバーレイ・ネットワークを構築!」
宇宙の螺旋が、漆黒の海苔の渦に見えた。
「荒れ狂う海を渡り、至高の味を届けよ! エクシーズ召喚! 出航! 《弩級軍艦-いくら型一番艦》!!」
現れたのは、巨大な戦艦と化した軍艦巻き。砲身にはイクラが装填され、圧倒的な重圧を放つ。
「《いくら型》の効果。素材に《しゃり》があるので1枚ドロー。さらに、素材に《いくら》が含まれている場合、このカードは2回攻撃できる!」
「なにっ!?2回攻撃だと!?」
ブラック・レイ・ランサーの攻撃力は2100。ギリギリではあるが基礎攻撃力はこっちが上だ。
「バトルだ! 《いくら型一番艦》で《ブラック・レイ・ランサー》を攻撃!」
《弩級軍艦-いくら型一番艦》ATK2200 vs《ブラック・レイ・ランサー》ATK2100
戦艦から放たれた猛烈な弾丸(イクラ)が、紅蓮の槍を持つ騎士を粉砕する。
シャーク LP4000 → 3900
「さらに攻撃だ!」「これ以上させるか!罠カードオープン!《バブル・ブリンガー》!直接攻撃は無効だ!」
「(さすがにそこまで都合よくはいかないか...)俺はこれで、ターンエンド」
「……ハッ。面白い。寿司なんてフザけたモンで、俺の海を汚しにきたか……。だが、お前のその淀みのない動き、気に入ったぜ……! 俺のターン、ドロー!!」
気に入られちゃったよ。なして? シャークのドローは、空気そのものを切り裂くような鋭さがあった。
「俺は手札から《スカル・クラーケン》を召喚! そして魔法《浮上》の効果発動。墓地から再び《ビッグ・ジョーズ》を特殊召喚! レベル3が2体……現れろ、《潜航母艦エアロ・シャーク》!!」
エアロ・シャークか……。アニメで顔なじみといえば顔なじみだがそんなに印象的と言われるとそうでもない奴だ。
「オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、手札2枚分のダメージをお前に食らわせる! 『ビッグ・イーター』!!」
えっ? そんな効果だったか? 慌ててDパッドで詳細を確認する。
潜航母艦エアロ・シャーク
星3/水属性/魚族
攻撃力 1900/守備力 1000
レベル3モンスター×2
1ターンに1度、素材を1つ取り除き、自分の手札1枚につき400ダメージを相手に与える。
……あっ! そうだ! シャークさんって、OCGとアニメで効果が全然違うのが多いんだった!
寿 LP4000 → 3200
「さらに俺は《アクア・ジェット》を発動。エアロ・シャークの攻撃力を1000ポイントアップさせる! この攻撃でお前のライフを削り取るぜ! 《いくら型一番艦》を攻撃!」
《弩級軍艦-いくら型一番艦》ATK2200 vs《潜航母艦エアロ・シャーク》ATK2900
寿 LP3200 → 2500
「カードを1枚伏せ、ターン終了だ。……さあ、次はどんなネタが出てくるんだ?」
シャークの顔からは余裕が消え、代わりに飢えた獣のような愉悦が浮かんでいる。 その時、俺の視界の端で、遊馬が何もない空間に向かって「アストラル、今の見たか!?」と興奮気味に話しかけているのが見えた。
(……見えない、聞こえない。俺は目の前の仕事に集中するんだ……!)
「……ドロー。……神代さん、そろそろ『締め』の時間だ」
俺はデッキから引き抜いたカードを、静かに掲げた。
「手札の《うにの軍貫》の効果発動! 《しゃりの軍貫》を相手に見せることで、自身と『しゃり』を特殊召喚し、レベルを5に変更する! オーバーレイ・ネットワークを構築!」
俺の背後に、黄金に輝く「うに」の軍艦が浮上する。
「エクシーズ召喚! 《超弩級軍艦-うに型二番艦》!!」
「……また軍艦か。だが攻撃力2900では、俺のエアロ・シャークと相打ちだ。意味がねぇぞ」
「……いいえ。素材となった《うにの軍貫》の効果。このカードは直接攻撃が可能になる! さらに魔法カード《鬼神の連撃》を発動! オーバーレイ・ユニットをすべて取り除き、二回攻撃を可能とする! つまるところ、合計攻撃力は……5800!!」
「直接攻撃だと……!? 5800……!? バカな!」
おそらく自分のモンスターを守るタイプの罠を伏せていたのだろう、シャークは驚愕に目を見開いた。
「『雲丹・ダイレクト・キャノン』!! ……お粗末!」
黄金の弾丸が、シャークの懐に直撃した。
シャーク LP3900 → 0
「……はぁ、はぁ……」
デュエルが終了し、ARビジョンが霧散する。静まり返る中庭。
「……ま、マジかよ……。あのシャークが、負けた……?」
遊馬が口をあんぐりと開けて固まっている。俺は黙ってデュエルディスクを畳み、鞄を肩にかけ直した。
「……悪いな、神代さん。勝負は時の運だ。……あと、あんまりカリカリすんな。今度店に来いよ。美味い穴子、サービスしてやるからさ」
俺はそれだけ言い残すと、今度こそ全速力で校門へと向かった。 背後で「おい、待て寿ーーーっ!」という遊馬の絶叫が追いかけてきたが、俺は全力で耳を塞ぎ、店へと急ぐために地面を強く踏み込み、走った。
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「……とんでもねえな、あいつ」
俺、九十九遊馬は、中庭の真ん中で口をあんぐり開けたまま固まってた。 目の前で、あのシャークが地面に膝をついている。それも、昨日俺とデュエルした時と同じ、あの寿司の軍艦たちに圧倒されて。
「アストラル、見たか!? やっぱり寿、マジですげーよ!」
俺が隣の空中に声をかけると、いつの間にか現れていたアストラルが、空中で腕を組み、じっと寿の去っていった背中を見つめていた。
『ああ、九十九遊馬。……見事なデュエルだった。赤司寿……昨日の君とのデュエルの時も感じたが、彼は一手の「重み」が他のデュエリストとは根本的に違う』
アストラルの目は、観察対象を鋭く分析する時の、あの静かな光を宿している。
『無駄な動きが一切ない。まるで鋭利な刃物で獲物を解体するように、最小限の力で最大の効果を生んでいる。……シャークの攻めを冷静にいなし、自分の土俵へ引きずり込むあの感覚。あれは単なる才能ではない……もっと、長い年月をかけて研ぎ澄まされた、いうなれば「職人」の領域だ』
「昨日の俺とのデュエルでもさ、あいつ、俺が次に何をするか全部見透かしてるみたいだったもんな。……今日もそうだ。シャークがどんなに追い上げても、最後はきっちり自分のリズムで捲っちまうんだからな」
興奮気味に語る俺に、アストラルはふっと視線を向けて、淡々とした口調で付け加えた。
『……やれやれ。このデュエルを見てしまうと、昨日君が勝ったのがたまたま偶然のように思えてしまうな』
「なんだって!? 昨日のがまぐれっていうのかよっ!?」
『事実を述べたまでだ』
「このやろー……!」
俺が何もない空間に向かってムキになっていると、横から小鳥が呆れたように声をかけてきた。
「遊馬、そんなに感心してる場合?」
小鳥は寿が消えていった校門の方を不安そうに見つめている。
「あのシャークを倒しちゃうなんて、赤司くん、本当にただ者じゃないわね。でも、なんだか……勝ったのに凄く困った顔をしてたわよ?」
「そうか? まぁ、あいつ『静かに暮らしたい』とか言ってたけど、あんなに強けりゃ無理だよな!」
俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。 昨日初めて戦って、今日から同じクラス。こんなの、とんでもないことが始まる予感しかしないぜ。 シャークとか鉄男とは違う、なんていうか……隣で一緒に握り飯を食いたくなるような、不思議な安心感がある強さ。
「よし! 決めたぜ! 穴子を食べに行くついでに、もう一度デュエルを申し込もう!」
『遊馬。彼は確かに穴子をサービスするとは言っていたが、それは君に対してではないだろう。それに、「仕込みがある」と言っていたぞ。……それに、彼は君の勢いに、少し引き気味だったように見えたが……』
「やってみなきゃ分からねえだろ! 今日から同じクラスなんだ。かっとビングだ、俺!」
「あ、ちょっと遊馬! 待ちなさいよ!」
俺は小鳥の制止を振り切って、寿が走っていった方向へ全力で駆け出した。 あいつの握る寿司と、あいつのデュエル。 俺、もっとあいつとぶつかり合いてぇよ!
だが、勢いよく走り出そうとした俺の背中に、鋭い声が突き刺さった。
「……待て」
後ろを振り向くと、そこには立ち上がって服の埃を払うシャークがいた。鋭い眼光は相変わらずだが、どこかバツが悪そうな顔をしている。
「奴の店に行くんだろ。……俺も連れていけ」
「シャーク! やっぱり負けたのが悔しくて、リベンジしに行くのかー?」
茶化すように言うと、シャークはフイと顔を背けた。
「違う! だが……」
「「だが……?」」
俺と小鳥の声が重なる。 シャークは一瞬の沈黙の後、絞り出すようにこう言った。
「……道を、俺は知らん!」
「「ズコッ!!」」
俺と小鳥は、その場で見事な二重奏のコケを見せた。 あんなにかっこよく宣言しておいて、迷子確定かよ!
「……ハハッ! 了解だシャーク! よーし、みんなであいつの家に突撃だ!」
夕日に照らされたハートランドの街を、俺たちは走り出した。 まさかあいつが、店で「マジで頼むから客以外誰も来るな」と神様に祈りながら寿司を握っているなんて、これっぽっちも思わずに。
タイトル思いつかなすぎる件について。
適当に決めたので後で変えるかもしれないし面倒なのでそのままかもしれません。