軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
かなりいい加減なことを言わせていますが、推論の域を出ないのでお許しを。
鷹翔 LP 525 → 0
冷めやらぬ熱の中、システム音が無情にも終わりを告げる。
先ほどまで豪速で駆け抜けていたコースターが摩擦音を立てながら、興奮を鎮静化させるように減速していく。
「お粗末!」
「……フッ」
黒咲のライフがゼロになった瞬間、彼の全身にまとわりついていたどす黒いオーラが、風に溶けるようにふっと霧散していく。憑き物が落ちたような、どこか清々しく晴れやかな顔で黒咲は息を吐き出す。
その直後、彼のデュエルディスクから二筋の眩い光が突如として飛び出した。
「なっ……!?」
「おっ?」
予想外の現象に、黒咲と寿は同時に目を丸くする。光の正体である《No.89 電脳獣ディアブロシス》と《No.76 諧調光師グラディエール》が、まるで自らの意思を持っているかのように宙を舞うと、勝者である寿のディスクへと自動的に吸い込まれていったのだ。
「なるほど……敗者のナンバーズは勝者に渡るということか。これで、俺は呪縛から解放されたというわけだな」
そう言えば、アストラルやトロンがナンバーズを回収していた時はこんな感じで回収していたな。だがこいつらは自らの意思で俺のディスクに入り込んできた……寿はその点を疑問に思うと、黒咲は当然のようにその思考に対する遠回しの解答を言って見せる。
「ナンバーズなるものも力でねじ伏せれば容易いということだ」
まさか、この男は本当に精神力だけでナンバーズを征してのけたと言うのか。
「ねじ伏せるって。黒咲、こいつら反抗的とはいえお前の力なんだろ?返さなくていいのか?」
「デュエル以外の時も度々暴れるもので、はっきり言って好かん。そのたびに言い聞かせてはいるのだがな。全くどうして、力としては好ましいのだが鳴り止む気配すらない」
……《No.89 電脳獣ディアブロシス》と《No.76 諧調光師グラディエール》が入り込んできた理由が分かったような気がする。
「なるほどな。じゃあ俺が預かっておくぜ」
とどのつまり、逃げ込んできたという訳だ。
どれだけじゃじゃ馬なのだ、この男は。と寿は思わずにはいられなかった。いや、それ以上に人が自らの意思でナンバーズを操れること自体がおかしいのだが。
「頼んだぞ寿。そういえば、お前はどんな方法でナンバーズを調伏しているのだ?一切変化が無いように見えるが」
ごもっとも。黒咲がおかしいと言うならば、一番おかしいのは自分だ。
黒咲は見た感じだが、そのまま力で無理やり従わせていたように見える。だが寿は、今こうして二枚のナンバーズを受け取っても何の異変もない。認識せざるを得ない、赤司寿は変だ。
それも、その原因が分かっていないのが更に不可解さに拍車をかける。
「俺にも分からないんだよな……寧ろ俺が知りたいまである」
そこで、これまでの俺とナンバーズの接触経験を思い出してみる。
最初に接触したのは、《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》だった。カイトから一時的に奪い取った、あの場面。あの時、俺は間違いなく精神汚染の毒牙にかかっていた──が、気合で耐えることができた。自分のこととはいえ本当に信じがたいが、気合で耐えた。いや、その後すぐ気絶したから瘦せ我慢といったほうが正しいか。ともかく、ここで俺はナンバーズに対する耐性があることが分かった。
その後、WDC直前に《No.60 刻不知のデュガレス》に出会った。こいつの場合は少し違う気がする、というのも寿司を目当てに店に入り込み、俺を乗っ取ろうとしたものの……前述した通り耐性により失敗。代わりに契約し、寿司を対価に力を貸してくれることになったからだ。
ここで重要なのは、そこから流れるように《No.41 泥酔魔獣バグースカ》と《No.45 滅亡の預言者グランブル・ロゴス》の二枚のナンバーズを手に入れたことだ。
当時はデュガレスという存在がいて、こいつを耐えることができれば無事ならば別に拾ったところでも問題ないだろう、という一種の慢心による自殺行為みたいなことをやっていたが、それは黒咲の様子を見るに全くもって見当違いだったわけだ。彼らと俺は何の契りも結んでいない。本来ならば自我を飲まれても何もおかしくないのだ。だが、代償を求めるどころか何も自己主張しない。それどころか、今こうしてデュエルディスクに入り込んできた《No.89 電脳獣ディアブロシス》と《No.76 諧調光師グラディエール》も、不気味なまでに静かになっている。
遊馬は皇の鍵、ハートランド陣営はフォトン粒子、トロン一家は紋章により、ナンバーズの制御に成功している。
黒咲は強力な精神によるものと言えるか。だが、俺はそれ以前に何もしていない。
今まで深く考えたことも無かったが、明らかに変だ。
向き合わざるを得ないか、この問題について。
そういえば、アンナもナンバーズを手に入れていたな。あいつの場合は、どうなのだろうか……考えれば考えるほど、思考は深みへと落ちていく。
「フン、参考にならない回答だな。ならば受け取れ!」
そんなことはどうでもいい、自分が分からないのなら答えは導き出せる訳もない、とそう言うかのように黒咲は寿の意識を浮上させる。彼はおもむろに自身のEXデッキから一枚のカードを抜き出し、向かいのコースターのシートに座る寿に向けて勢いよく放り投げた。
「ん?こいつは……《迅雷の騎士ガイアドラグーン》?」
寿が反射的にキャッチしたカードの券面を見て再び驚きの声を上げる。ナンバーズではないそのカードが移動する道理はない。
「ナンバーズは勝手に飛んだが、こいつは俺の意志。ただの気まぐれだ。強者であるお前が持っていた方が、そのカードも喜ぶだろう」
黒咲はそう言って、かつて見せた狂気とは全く違う、一人の決闘者としての澄んだ笑みを浮かべた。
「……次は負けんぞ、赤司寿!」
「ああ、いつでも相手になってやるよ、ハラペコボーイ!」
なるほど。もう手合せは済んだだろう、今度は出し惜しみ無しで決闘しろ、という意味か。
当然そのつもりだ、と互いに笑みを交わしたその瞬間。
ガシュゥゥゥンッ!!
「うおおおおおっ!?」
突然、黒咲の座っていたコースターのシートが激しい噴射音と共にロケットのように真上に射出された。敗者を無慈悲に退場させる、デュエルコースター特有のギミックだ。
「ああっ、そういうシステムだったなこれ!」
むしろ、空気を読んでよく待ってくれたほうだろう。寿が呆気にとられて見上げる中、黒咲を乗せたシートは綺麗な放物線を描き、彼の叫び声と共に彼方の青空へと勢いよく吹き飛んでいった。その余りに効率的かつ派手かつ危険極まりない退場方法に改めて驚嘆しつつ見送る寿。
「ん?」
だが同時に見る見るうちに空に打ちあがり離れていく黒咲と対称的に、見る見るうちに空から急降下してこちらに接近してくる物体が見えた。
「おおおおおおおお」
目を疑って思わず瞬きするが、その事実は変わらない。
なんなら、以前より大きくなっているように見える。
「うおおおおおおっ!」
浮遊するバズーカ砲に跨っている、ピンク髪の爆走列車が、迫ってきていた。
「そこで待ってろ師匠ぅぅぅ!!」
いや、衝突してくると言ったほうが正しいか。
「受けとめてみろ、俺の愛をぉぉぉ!!!」
15m、10m、5m……。
「ちょ、おい、待て、アンナぁぁあぁあァァァ!!」
果敢無きかな、重力と暴走はそんな咆哮では消えない。
昼下がりの青空に、煌めく星が見えた瞬間であった。
####
数秒ほど気絶していたらしい。
「いてててて……」
「……正気か」
鈍く痛む頭を押さえながら薄目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。俺が今座っているコースターの狭い座席の隣に、さも当然かのように彼女が乗り込んでいたのだ。上空数十メートルを猛スピードで走るアトラクションに対し、空飛ぶバズーカに乗って強引に合流するなど、常軌を逸する荒業である。
「アンナ」
俺はひきつる頬を片手で押さえながら、隣で平然と風に吹かれているピンク色の髪の少女の名を呼んだ。彼女の瞳はキラキラと輝き、自分がしでかした凶行への反省の色は微塵も窺えない。怒りよりも先に、激しい頭痛と呆れが押し寄せてきた。
「なんだ、師匠!?」
悪びれる様子の全くない、底抜けに明るい声が返ってくる。彼女の屈託のない笑顔を真っ直ぐに見据え、俺は静かに問いかける。
「どれほど温和で思慮深く、思いやりの精神を持つ者でも、今お前に拳骨をかます権利はあると思うか?」
「……えーっと」
彼女はあからさまに目を泳がせ、口元に手を当てて考え込む素振りを見せた。判断が遅い、遅すぎる。正解は間違いなく『ある』一択だ。どれほど慈悲深い聖人であったとしても、この状況下では怒りに任せて石を投げる権利がある。ならば、ただの一介の決闘者である俺が、物理的な制裁を加える権利は十二分にあるはずだ。
ゴチン!
容赦のない硬質な音が、真昼の青空に響き渡った。俺の渾身の拳骨が、アンナの脳天にクリーンヒットした音である。
「いてててて……」
アンナは涙目で頭をさすりながら、狭い座席の上で小さくうずくまった。少しはこれで反省してほしいものだ。コースターは依然としてレールの上を滑空し続けている。
「で、何をしに来た。アンナ、お前はデュエルで負けた……というか遊馬に託したんだろ?そのまま観客席に行くんじゃなかったのか?」
痛がる彼女を見下ろし、俺は呆れ交じりのため息を吐き出しながら本来の疑問を口にした。彼女の元々の予定では、激戦の末に敗退し、大人しく観客席へと向かっているはずだったのだ。こんな空の上で合流するなど、いくらなんでも想定外すぎる。
「よく知ってるな師匠。確かに、俺はデュエルで遊馬を助けたぜ?で、俺はそのまま親父さんのところに行こうとしていた」
アンナは痛みを堪えながらも、自慢げに胸を張って答えた。彼女の言葉からは、遊馬との共闘に対する確かな満足感が窺える。そこまでは俺の想像通りであり、本来の正しいルートだったはずなのだ。
「なら、何故」
当然の疑問が口をついて出る。観客席へ行くはずが、なぜバズーカに乗って上空数百メートルのコースターに突撃してくる。その間の過程がすっぽりと抜け落ちており、全くもって理解が追いつかない。
「……だけど、それじゃいけないって遊馬に言われたんだ」
彼女は少しだけ表情を曇らせ、もったいぶるように視線を落とした。遊馬の名前が出たことで、事態はさらにややこしい方向へと進んでいく。あいつが、一体彼女に何を吹き込んだというのか。
「遊馬に?」
思わず眉をひそめ、言葉を返す。遊馬とアンナ、この二人が関わってまともな結論に至った試しがない。嫌な予感だけが脳内を駆け巡っていく。
「ああ!あいつは俺にこう言ったんだ、『寿と俺、どっちが大事なんだ』ってな!」
「んん?」
アンナは顔をバッと上げ、なぜか顔を赤らめながら声高に宣言した。思わず素っ頓狂な声が出そうになる。あの九十九遊馬が、そんな少女漫画のライバルキャラクターのような台詞を吐くとは到底思えない。間違いなく、アンナの都合の良い脳内変換フィルターを通して出力された結果だろう。俺は喉の奥で変な音を鳴らしながら、完全に硬直した。思考回路が一瞬ショートし、彼女の言葉の意図を必死に解析しようと試みる。だが、どう好意的に解釈しても、遊馬がそんな恋愛めいた意図で発言したとは考えられなかった。
「つまり、遊馬は俺の越えるべき壁さ。で、師匠は俺の師匠。この二つのうち、俺にとって大切なのはどっちなんだ?ってあいつは言いたかったんだと思う……」
彼女は両手でジェスチャーを交えながら、自分なりの解釈を熱弁し始めた。どうやら『越えるべき壁』と『尊敬する師匠』という、決闘者としてのスタンスを問われたと認識したらしい。ああ、恋愛じゃなく決闘か。なるほど、壁と師匠の天秤というわけだ。果たして測りはどちらに傾いたのか。
「で、お前にとって重みがあるのはどっちになったんだ?」
俺は半ば投げやりな気持ちで、その結論を促した。どうせろくでもない答えが返ってくるのだろうが、ぜひお聞かせ願いたいものだな、愛の測量士さんよ。
「簡単、どっちも大事だ!」
アンナは満面の笑みを浮かべ、バシッと力強くサムズアップを決めた。迷いなど一切ない、清々しいほどの即答だった。二者択一を迫られているというのに、見事なまでにその前提を破壊してきている。
「まさかの第三の選択肢か」
俺は額を押さえ、深々とため息をついた。天秤はつり合ったらしい。愛に大小はないらしい。どこまでも真っ直ぐで豪快な思考回路だ。呆れを通り越して、もはや感心すら覚える。
「けどよ、それじゃいけないだろ。あいつはどっちが大事なんだ、って聞いてきた。白黒つけなきゃいけねぇんだ、めっちゃくちゃ決めがたいけどな」
「まぁそうだろうな」
彼女は腕を組み、うんうんと一人で頷いている。どうやら彼女なりに、遊馬の問いかけに真摯に向き合おうとはしたらしい。その過程の葛藤がどれほどのものだったかは、彼女の険しい表情からなんとなく察せられた。
「そこでだ。俺はただ単に感情だけじゃなくて、状況を分析したのさ」
アンナは得意げに鼻を鳴らし、知的なアピールをしてくる。普段は直感とパワーだけで生きているような彼女が分析などという言葉を使うこと自体が異常事態だ。嫌な予感のゲージがさらに急上昇していくのを感じる。
「その結果、どうなったんだ?」
もはや怖いもの見たさで先を促すしかない。暴風が吹き荒れるコースターの上で、俺は彼女の突拍子もない結論を待ち構えた。どのような斜め上の論理が飛び出してくるのか。
「俺は遊馬を助けた、それで満足しておいてやろうじゃねぇか!ってことは、次は師匠さ!」
彼女はビシッと俺に向かって指を突きつけた。遊馬への恩は既にデュエルで返したから、今度は俺の番だという謎の順番制である。論理が飛躍しすぎていて全くついていけないが、彼女の中では完璧な方程式が成り立っているらしい。
「んん??」
俺は再び首を傾げ、思考の迷宮へと足を踏み入れた。助けたから次、という発想がなぜこの上空への突撃に繋がるのか。因果関係が完全に崩壊している。
「師匠、これ。受け取ってくれねぇか?」
混乱する俺の前に、彼女は自身のデュエルディスクから引き抜いた二枚のカードをスッと差し出してきた。風圧で飛ばされないように、その指先にはしっかりと力が込められている。彼女の手にあるのは《No.27 弩級戦艦-ドレッドノイド》と《超弩級砲塔列車グスタフ・マックス》であった。
「……どういう心境の変化だ?」
俺は差し出されたカードと彼女の顔を交互に見比べた。決闘者にとって、自身の切り札を他人に託すというのは余程の覚悟がいる行為だ。ましてや、それが精神を蝕むナンバーズであればなおさらである。
「その通りさ。俺は、師匠にデュエルを教わって色々な戦術を身に着けれた。で、強くなれた。でもそれは正直、身を持っては体感していなかったからさ、Ⅳとデュエルした時もナンバーズに助けてもらって……言っちゃ悪いけど嬉しい反面、そういうもんか……って感じだったんだ」
アンナは風に髪をなびかせながら、どこか照れくさそうに笑い、視線を少しだけ逸らした。自身の成長に対する実感のなさ。偶然とはいえ他力に頼ってしまったことへの、決闘者としての微かな葛藤がそこには滲んでいた。
「でもさ、遊馬とコートを着た厳つい兄ちゃんと一緒にデュエルして気づいたんだ。師匠の言ってたこと、教わったことは間違っちゃいかなったってな!」
彼女はパッと表情を明るくし、力強い声で言い切った。共闘という激戦の中で、俺がかつて教えた戦術が確かに活きた瞬間があったのだろう。その実感が、彼女の迷いを完全に吹き飛ばしたのだ。
「ほぅ?」
「だってさあいつ、俺にこう言ってくれたんだぜ?『アンナ、お前強くなったな』ってな!」
彼女はまるで宝物を見せびらかす子供のように、誇らしげな笑顔を浮かべた。その言葉は、何よりも彼女の心を揺さぶったに違いない。ライバルであり、越えるべき壁である男からの、最高の賞賛なのだから。
「遊馬が?あいつがそんなことを言うなんて珍しいな」
俺は少し驚きながらも、素直な感想を漏らした。遊馬が、相手の実力を的確に評価し、それを言葉にして伝えるような真似ができるとは思っていなかった。言い方は悪いが感情的な彼が、そんな賛美を送るなど考えてみれば少ないような気がする。
「ああ!だから、これが最大限俺にできる恩返しさ!どうだ師匠、受け取ってくれるか!?」
彼女の瞳には、一切の迷いがない。純粋な信頼と感謝だけがそこにあった。自身を強くしてくれた師匠への、最大級のリスペクト。彼女なりの、不器用で真っ直ぐな愛情表現だった。
「……どこまでも真っ直ぐな奴だな、お前も。ならありがたく受け取ってやるとするか。いつ返せばいいんだ?」
俺は小さく笑みをこぼし、彼女の手から二枚のカードをそっと受け取った。強風に煽られるコースターの上で、このカードたちの重みが手のひらから確かに伝わってくる。託された想いごと、デッキケースへと大切に収めた。
「ま、師匠が遊馬とデュエルした後にでも返してもらうさ。あ、流石にWDCが終わったらそん時に返してもらうぜ?」
「はっ、言うじゃねぇか。とんでもないロマンチストだな」
軽口を叩きながら、俺は改めて彼女の顔を見つめた。自身の切り札を想い人と師匠の対決のために託すなど、まるで英雄譚のような話だ。呆れるほど真っ直ぐで、そしてどうしようもなく熱い。だが、そこが彼女の最大の魅力なのだ。
「よく分かってるじゃん!」
アンナは嬉しそうに歯を見せて笑った。風切り音が激しさを増す中、彼女の明るい声だけが不思議とクリアに耳に届く。その屈託のない笑顔が、険しい戦いの中にあって一服の清涼剤のように感じられた。
「師匠だからな」
俺は短く答え、シートに深く背中を預けた。猛スピードで進むコースターの揺れに身を任せながら、ふと先ほどからの最大の疑問が頭をもたげた。うやむやになってしまっていた、WDCの前の晩餐会直前からずっと引っかかっていた、あの謎だ。
「で、アンナよ。そう言えば聞き忘れていたんだが、お前はこのナンバーズを手に入れたな。お前はあの場面で、どうやってこのナンバーズの力を抑えつけたんだ?」
「抑えつけた?俺が?」
俺が問うた疑問に対し、アンナはきょとんとした顔で首を傾げた。俺の質問の意図が全く理解できていない様子だ。彼女にとって、ナンバーズによる精神支配などという概念自体が存在していないかのような、あまりにも無防備な反応だった。
「そうだが。何か変なことでも言ったか?」
俺は訝しげに眉をひそめ、言葉を重ねた。ナンバーズを手にした者は、ほとんどの者がその強大な力と欲望に飲み込まれ、人格を変貌させてしまう。それがこの世界における、少なくとも現時点での絶対の法則のはずなのだ。
「うーんとよ……師匠、あんた多分盛大な勘違いをしているぜ」
「どういうことだ?ナンバーズは人間に憑りついたらそのまま自我を飲み込むのが普通なのだが」
彼女は腕を組み、少しだけ困ったような表情で反論してきた。俺の前提そのものが間違っているとでも言いたげな口ぶりだ。全く自覚のない彼女の様子に、俺の混乱はさらに深まっていく。
「俺は確かに《No.27 弩級戦艦-ドレッドノイド》を手に入れたけどさ。多分あの時、俺は負けたくない一心でいっぱいだったのさ。で、そん時にこいつが来た」
彼女は空を見上げ、カードを手にした当時の感覚を思い出すように語る。Ⅳという強敵を前にして、絶対に負けられないという強烈な自我。その激しい感情の昂りがピークに達した瞬間に、そのカードは彼女の元へと現れたらしい。
「だから、手に入れたんじゃなくて……何ていえばいいのかな、迎えに来たみたいな感じだったんだよ」
彼女は言葉を探しながら、不思議な表現を用いた。力ずくで奪ったわけでも、偶然拾ったわけでもなく、カードの方から彼女を選んでやってきた。まるで意思を持つ相棒のように、彼女の危機に駆けつけたというのだ。
「……向こうから来たってことか」
予想外の回答に、俺は思わず唖然とした。カードが自らの意思で持ち主を選ぶ。まさしく、俺とデュガレスの邂逅と同じだったからだ。
「ああ。師匠がナンバーズに取りつかれている奴を倒すのを見て分かった。ナンバーズっていうのは、人間に憑りついて、欲望をデカくさせるんだろ?」
アンナはこれまでの戦いを思い返すように、真面目な顔で頷いた。彼女なりに、俺のデュエルを観察してナンバーズの法則を分析していたらしい。脳筋に見えて、意外と本質を突く鋭い観察眼を持っている。
「精神汚染だな。その欲望が《ドレッドノイド》の場合、何だっていうんだ?」
ナンバーズが宿す欲望。それが持ち主の心とリンクした時、恐ろしい精神汚染が引き起こされる。そう仮定するならば、このカードが彼女に与えようとした欲望とは、一体何だったのか。
「それは、助けたいって思いだったんじゃねぇかな」
彼女は迷うことなく、はっきりとそう断言した。破壊や支配といったネガティブな感情ではなく、他者を救いたいという純粋な願い。それが《ドレッドノイド》の本質だというのか。
「助けたい?」
あまりにも予想外の平和的な回答に、俺は思わずオウム返しにしてしまった。
「沈まない戦艦が、今にも沈みそうな女の子を助ける……どうだよ、ちょっと素敵じゃねぇか?」
得意げに笑うアンナの顔は、ロマンチックな夢を見る乙女のそれだった。激しい風の中で、彼女のピンク色の髪がキラキラと舞う。
「まぁ、ロマンはあるな。だが、それでナンバーズの毒牙を逃れる理由にはならないと思うのだが」
彼女のロマンチシズムには一定の理解を示すものの、やはり論理的な説明にはなっていない。ポジティブな欲望であれネガティブな欲望であれ、精神を支配されるという結果に変わりはないはずなのだ。
「甘いな~師匠は。そこなんだよ、《ドレッドノイド》の重要なポイントは!」
アンナは呆れたように首を振り、ビシッと俺の鼻先に指を突きつけてきた。まるで謎解きの決定的なヒントを提示する探偵のような得意げなポーズだ。彼女の中では、すでに完璧な証明が完了しているらしい。
「師匠が手に入れたナンバーズは、どれも欲望に関するもんばっかだ!食欲に睡眠欲、おまけに預言欲とまできた」
彼女は俺の所持するナンバーズの性質を次々と列挙していく。さらに先ほど黒咲から引き継いだものを付け足すなら、侵食欲と演奏欲とでもいえばいいのだろうか。確かにどいつもこいつも、アクが強すぎる利己的な欲求の塊ばかりだ。
「だから、その傾向に《ドレッドノイド》を当てはめてみれば、もう分かっちまうのさ」
アンナは自信満々に胸を張り、勝利宣言を行うかのようにニヤリと笑った。彼女の導き出した結論が、目前まで迫っている。風の音が少しだけ遠のき、彼女の次の言葉に意識が集中した。
「……まさか」
彼女の思考の意図を察し、俺は思わず目を見開いた。もし彼女の仮説が正しいとするならば、この戦艦のナンバーズは極めて特殊な、あるいは異端な存在ということになる。
「そう、守護欲さ!」
曇りなき青空に向かって、アンナが高らかに正解を叫んだ。誰かを守りたいという、極めて防衛的で利他的な欲望。己の野望を叶えるためではなく、持ち主の危機に呼応して顕現する盾。だから、守る時以外は鳴りを潜めるというのか。
「何もこれは何も根拠の無い話じゃないのが恐ろしいんだぜ、師匠?」
彼女は声のトーンを一段落とし、ミステリアスな雰囲気を醸し出しながら顔を近づけてくる。
「聞かせてもらおうか」
「遊馬とのデュエル……短い時だったけど、その時だけこいつはめちゃくちゃうるさかったんだよ」
彼女は手元のデッキケースを軽く叩きながら、不満げに口を尖らせた。普段は大人しいはずの戦艦が、あの共闘の最中だけは激しく自己主張を繰り返していたという。
「マジか」
思わず驚きの声が漏れる。カードが持ち主の脳内に直接語りかけてくる現象は、俺も知識としては知っている。だが、それが特定の状況下でのみ発動するという話は初耳だった。
「何なら、俺がWDCに乱入したのもこいつがうるさかったからなのさ。お前の標的に、危機が迫ってるぜってな」
アンナは事もなげに、自身の乱入の真相を明かした。彼女自身の意思だけでなく、ナンバーズからの警告が彼女をこの戦場へと駆り立てていたのだ。お前の標的、つまり遊馬の危機に反応したということか。
「……本気で言っているのか」
俺は彼女の瞳の奥をじっと見つめ、嘘や冗談ではないことを確認した。ここまでのオカルトじみた話を、この真っ直ぐな少女がでっち上げるとは思えない。
「本気さ。だからさ、師匠」
アンナは真剣な表情に戻り、俺の目を真っ直ぐに見据えた。吹き荒れる強風の中でも、彼女の眼差しは少しも揺らいではいない。これから語られる言葉が、彼女なりの最終結論なのだろう。
「あんたが何でナンバーズを抑えれているのかは知らねぇけど、俺に関しては一応の答えを出しておくぞ?俺の場合は、憑りついたナンバーズが欲をあんまり出さない変な奴だったって訳だ」
彼女は肩をすくめ、実にシンプルで彼女らしい結論を提示した。圧倒的な精神力でねじ伏せたわけでもなく、特別な耐性があったわけでもない。ただ単に、カードの方が大人しくて扱いやすい個体だっただけ。それが彼女の導き出した真実だった。
「戦艦だけどな……なるほどな。そういうケースもあるのか」
アンナが何故自我を失うに至らなかったのかというと、それは実は最も温厚で平和的なナンバーズだったからということになる。まさに、十人十色ならぬ百枚百色ということか。ナンバーズという存在の奥深さと、その性質の多様性に俺は小さく感嘆の息を漏らした。
だがしかし、残念ながら俺が求めていた解答とは何も関係性がなかった。俺が抱えているナンバーズたちは、どう考えても欲求不満の塊のような連中ばかりだからだ。
「……何の解決にもなっていないな、こりゃ」
呆れ半分に呟きながら、ため息をつく。結局、デュガレスに直接聞くしかないか。俺は一体全体どうして、バグースカやグランブル・ロゴス、そしてディアボロシスやグラディエールの欲望に一切飲まれずこうして無事でいられるのか、ということを。
う あ あ あ あ
デュエルしていないのに一万文字を超えてる……
しかも意外と話が進んでない……