軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
あと十二獣絢嵐が強すぎてビックリしました。
熱帯特有のまとわりつくような湿気と、むせ返るような緑の匂いが立ち込めるジャングルフィールド。その息苦しい空間の中で、コースターを降りて地に足をつけて対峙するドロワの背筋には氷のような悪寒が走っていた。気配も足音すらもなく、自身のすぐ背後に現れた仮面の少年。
(トロン……前夜祭で初めて見たときから、恐怖が私を捕らえて放さなかった。だが、この男はきっといとも容易く大切なものを踏み壊す。カイトのために、命を懸け貴様を……!)
本能が警鐘を鳴らすほどの異質な気配。だが、彼女は震える手を強く握り込み、恐怖を無理やり心の奥底へと封じ込めた。ここで自分が退けば、次に狙われるのは愛する男なのだ。彼女はデュエルディスクを構え、仮面の奥で妖しく光るトロンの瞳を真っ向から睨み据える。
「トロン……私の極限まで高めたライフポイントでもって、貴様をここで倒す!」
「随分と血走っているじゃないか。けど、それはボクにとっても好都合。さぁ、始めようか」
トロンはまるでピクニックにでも来たかのような軽い口調で応じる。殺気を剥き出しにするドロワとは対照的に、彼の態度はどこまでも無邪気で、それが余計に底知れぬ不気味さを醸し出していた。ARシステムが起動し、二人の間に戦闘空間が構築される。
「「デュエル!!」」
トロン LP 4000 /ドロワ LP 8000
「ワォ、エゲツないライフポイント。ボクの倍じゃないか」
空中に浮かび上がったライフの数値を見て、トロンはわざとらしく両手を広げておどけてみせた。事前に回復カードを限界まで使い込んだドロワの初期ライフは、通常のルールの倍に達している。それは彼女の覚悟の重さそのものだった。
「貴様を確実にここで倒すための布石。ハルトを奪った真犯人……ただではおかない!今貴様をここで倒し、因縁を断ち切る!!」
「フフフ……冥途の土産として聞いておこうか。なぜ君は、それほどにカイトに執着するんだい?」
トロンは小首を傾げ、純粋な疑問を投げかける子供のような仕草を見せる。なぜ、他人のためにそこまで己を犠牲にできるのか。その問いに対する答えは、ドロワの魂の根幹に深く刻み込まれていた。
「執着……そうよ、私は彼を愛している!」
冷たい鋼鉄の壁に囲まれた無機質な部屋。そこには陽の光すら差し込まず、ただ暴力的なまでのデュエルの火花だけが散っていた。私は昔、エリートデュエリスト育成の名目によりMr.ハートランドに訓練生と称され奴隷のようにデュエルマシンとただひたすらに戦わされていた。それこそ、一息つく間もないほどだった。
感情を持たない機械は、私たちの疲労など考慮しない。今思い返せば地獄のようだったある日の訓練の最中、デュエルマシンが何かの違いにより暴走した。安全装置は焼き切れ、ホログラムの衝撃は現実の致死の痛みを伴う凶器へと変貌した。
元々凶悪と言わざるを得ないマシンの暴走に、次々と仲間たちが倒れていった……。無惨な悲鳴が密室に響き渡り、焦げた匂いが鼻をつく。逃げ場などどこにもなかった。当然、私にもマシンは襲いかかってきた。私は恐怖心から目を閉じた。死を覚悟し、ただ衝撃が訪れるのを待った。
だけど、痛みは訪れなかった。
目を開けたときに、彼がいた。カイト。閃光と共に現れた彼の背中が、圧倒的な力で死の運命をねじ伏せていた。彼は瞬く間に、暴走したマシンを倒してみせた。振り返りもせず、ただ淡々と、作業をこなすように。
私はカイトに助けられた。いえ、救われたと言うべきでしょう。思わず声をかけようとしたけれど、私は彼の制止する言葉に驚かされた。
「縋るな!縋った瞬間、己は己を無くす」
冷え切った、氷の刃のような声だった。私は、その迷い無い言葉に何も言えなかった。そしてその時、初めて知ったのだ。彼がどれほどの重いものを背負い、たった一人で戦い続けているのかを。
カイトは虚ろな目をし続けるハルトに話しかける時だけ、表情を初めて崩す。ガラス越しに弟を見つめる彼の瞳にだけは、人間らしい温度が宿っていた。その表情は、例え返答が無いとしても……いつも優しいものだった。ただ、声には出ずとも心には響いていると信じて、ただひたすら兄として、優しく寄り添って語りかけている。その横顔は、あまりにも痛々しく、そして美しかった。
彼はハルト以外の他人と会話するとき、鉄のような表情を少しでも崩したりしない。ただ、冷徹。心を凍らせることでしか、己を保てないかのように。
愛する弟を守るための力を得るためならば、手段を選ばない。自分の甘さこそが弱さに繋がるから、誰にも心を許さない。ただ自分は、弟を守るためだけに。魂を削って悪魔にでも身を堕とす覚悟が、彼にはあった。
気づいたのだ。
カイトの強さは、誰にも縋らずにただ弟を守る為にだけにあるのだと。その危ういほどの孤高の強さに、私は強く惹かれてしまった。
そのことを気づいた時、私は決意した。
守るべき者がいる。
カイトがただ一人で、愛するハルトを守っている。誰にも侵させない、絶対的な領域。
なら……ならば。私はそのカイトを私が守る。
一人戦う彼を助けるのではなく、陰ながらでもいい、気づかれなくていい。
ただ、支える。彼が崩れ落ちそうになったとき、見えない場所から背中を支える柱になればいい。
好きになってもらわなくて構わない、一方的で自己中心的でも構わない。それで、私がカイトのことを守れるのなら、命だって捧げてみせる。
その燃え上がるような想いのすべてを乗せて、ドロワはジャングルの空気を震わせて叫んだ。
「故に、私はカイトを愛するのだ!!!」
「いいね……人が人を思う愛の気持ち。なら、ボクがそれを根こそぎ齧り尽くしてあげる……!」
トロンの仮面の下から、おぞましい歓喜の声が漏れる。美しいものを自らの手で汚し、破壊することに無上の喜びを感じる怪物の哄笑だった。だが、ドロワの猛攻は苛烈を極めた。幻蝶の刺客たちがジャングルを飛び交い、トロンのフィールドを容赦なく切り刻んでいく。緻密に計算されたコンボが次々と決まり、怒涛の連続攻撃がトロンのライフを削り取っていった。
「不可能よ。既に私のコンボにより、貴様のライフポイントは残り100……」
トロン LP 100
土煙が晴れた後、モニターに表示されたのは虫の息となったトロンのライフポイントだった。ドロワのフィールドには鉄壁の布陣が敷かれており、いかなるカードを引こうとも、この状況を覆すことは数学的に不可能であると証明されていた。
「ここから逆転の一手など出せるはずが無い……!」
「フフ、そんなのは君の勝手な思いに過ぎないよ。ボクが言ったのなら、それはその通りになるのさ」
圧倒的な窮地に立たされているはずのトロンだったが、その声には一切の焦りがなかった。むしろ、ここから始まる真の余興を待ちわびていたかのように、彼はゆっくりと右手を天へと掲げた。
「何を……!?」
ジャングルの空気が一変した。木々がざわめき、大地が不気味に脈動を始める。ドロワの研ぎ澄まされたデュエリストとしての直感が、致命的な何かが産声を上げようとしていることを察知し、激しく警鐘を鳴らす。
「素晴らしい愛を見せてくれたお返しにボクもお返しとして特別に見せてあげるよ」
トロンの足元に、禍々しい漆黒の渦が出現した。それはデュエルの常識を、いや、世界の理そのものを歪めるかのようなおぞましいネットワークの入り口だった。
「ボクはレベル4のモンスター二体でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!」
二つの光が暗黒の渦へと飲み込まれ、爆発的なエネルギーがジャングルフィールドを吹き飛ばさんばかりの勢いで膨張する。
「現れろ!《No.8 紋章王ゲノム・ヘリター》!!」
空間を引き裂いて現れたのは、巨大なDNAの螺旋を模したような、異形の怪物だった。神聖さと冒涜的な気配を同時に併せ持つその怪物は、ドロワのコンボも、彼女の強固なライフも、すべてを無に帰すような絶対的な絶望の化身だった。
「ナンバーズ……!」
暴風に煽られながら、ドロワは必死に大地に足を踏ん張り、目の前に顕現した規格外の力に戦慄の声を上げた。圧倒的なプレッシャーがジャングルの空気を重く沈み込ませる。
「カードを一枚伏せる。僕はこれで、ターンエンド」
トロンは足元に一枚のカードをセットすると、余裕たっぷりにターンを終了した。その無防備にも見える態度は、絶対的な力の差を見せつけるような傲慢さに満ちている。
「何!?」
絶望的な状況下での不可解なプレイングに、ドロワが怪訝に眉をひそめたその時だった。木々を掻き分ける足音と共に、ジャングルの奥から遊馬が駆け込んできた。
「ドロワ……」
突然現れたその少年は、息を呑んで目の前の光景を見つめる。ドロワと相対する形で、不気味に宙に佇む異形のモンスター。
「遊馬ー!丁度いいところに来たねぇー!」
トロンは乱入者である遊馬の姿を認めるなり、まるで遊び仲間を見つけた子供のように無邪気に手を振った。そのあまりに場違いな明るさが、狂気をより一層引き立てる。
「トロン!?」
「見てよー!僕、恐ろしい罠に嵌まっちゃったんだよー!」
トロンはわざとらしく涙声を出し、ドロワの陣地を遊馬に指差して見せた。
「何を言って……あっ、ドロワのフィールドに魔法カードが三枚も……」
遊馬が目を凝らすと、確かにドロワのフィールドには彼女の戦術の要である永続魔法カードが展開されていた。
「そうそう、それで僕だけ何もできずに一方的に蹂躙されてるんだよねぇー!?」
被害者を装うトロンの悍ましい演技。確かに、ライフポイントという数値上ではドロワのほうが優位に立っていると言えるだろう。だが、その言葉とは裏腹に、場の空気の支配権がトロンにあることは誰の目にも明らかだった。遊馬の乱入というイレギュラーを意に介さず、ドロワは己の命を削る覚悟を固める。
「私のターン、ドロー!私は《死蝶の誘い》の効果で2000ダメージを受ける……くっ」
ドロワがカードを引き抜いた瞬間、フィールドに展開された魔法カードから呪いのような黒い蝶の群れが放たれ、彼女の身体に容赦なく群がった。自らの肉体を蝕む劇毒の代償。
ドロワ LP 4000 → 2000
「さぁ、来なよ。ボクを倒してみるんだろう?」
トロンは痛みに顔を歪めるドロワを嘲笑うように、両手を広げて手招きをした。
「カイトには指一本、触れさせない!私は《フォトン・バタフライ・アサシン》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、フィールド上の守備表示モンスター1体を攻撃表示にし、その攻撃力を600ポイントダウンさせる!」
苦痛を気力でねじ伏せ、ドロワは自身の切り札に命じた。光の蝶が舞い、守りを固めていたゲノム・ヘリターの姿勢を強制的に崩す。
《No.8 紋章王ゲノム・ヘリター》 ATK 2400 → 1800
「《フォトン・バタフライ・アサシン》で、《No.8 紋章王ゲノム・ヘリター》を攻撃!」
勝機を見出したドロワが、鋭い声で攻撃を宣言する。
「これで終わる……バタフライ・デス・ダンス!」
光の暗殺者が優雅に空を舞い、致命の一撃を放つべくゲノム・ヘリターへと急降下していく。
「これが決まれば……!」
遊馬が息を呑んで戦況を見守る。だが、トロンの顔には依然として歪んだ笑みが張り付いたままだった。
「ボクは《ゲノム・ヘリター》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、三つの効果の中から一つを使う……」
降下してくる刃を前にして、トロンは静かに宣言した。異形の怪物がその身に宿す光の球体を吸収し、禍々しい波動を放つ。
「っ!?」
直感的な悪寒に、ドロワの顔が強張る。
「ボクは、君のモンスターから名前を奪う」
ゲノム・ヘリターから放たれた触手が、アサシンの光の翅を貫いた。物理的な破壊ではない。存在そのものの概念を書き換える、神をも恐れぬ冒涜的な浸食。
「この効果により、僕の《ゲノム・ヘリター》は《フォトン・バタフライ・アサシン》となった……」
トロンの怪物は、奪い取った名を自身のものとして上書きした。ドロワが完璧に構築したコンボの歯車が、この一瞬で決定的に狂わされる。
「さぁ、君の《アサシン・ゲート》の効果を発動してあげるよ!「アサシン」と名のついたモンスター以外のモンスターの攻撃を無効にし、破壊する!」
トロンが指を鳴らすと、ドロワ自身が発動していた魔法カードが、彼女のモンスターへと牙を剥いた。名を失った光の蝶は、無慈悲なゲートの力によって自壊していく。
「更に、君の《死蝶の誘い》の効果によりモンスターが破壊され墓地へ送られたから、1500ポイントダメージを受けてもらおうか!」
アサシンが破壊された瞬間、死を呼ぶ黒い蝶の群れが再び発生し、ドロワの全身を容赦なく打ち据えた。自らが敷いた罠に嵌められるという最悪の屈辱。
ドロワ LP 2000 → 500
「ぐっ……あああ!」
凄まじい衝撃に大地が激しく揺れ、ドロワは地面に片膝を突いて悲痛な叫び声を上げた。
「はぁ、はぁ……だが、私のライフポイントはまだ……」
「残っているとは言わせない!罠カード、《爆風紋章》発動!相手の魔法&罠カードゾーンのカードを全て相手の手札に戻し、バトルフェイズを終了させる!!」
荒い息を吐きながらも、彼女は決してカイトへの想いを折ろうとはしなかった。血のにじむ唇を噛み締め再び顔を上げるが、トロンは伏せられていた罠を容赦なく発動させた。激しい突風がジャングルフィールドを吹き荒れ、ドロワが身を削って展開していた三枚の魔法カードが、無惨にも手札へと吹き飛ばされる。
「なんだと……ぐっ、はぁ、はぁ……」
戦術の要をすべて剥ぎ取られ、ドロワは絶望的な状況に追い込まれた。
「頃合いだね、さぁ、食らいなよ!」
トロンはそういうと、紫色の紋章の力を実体化させ、ドロワへと当てる。物理的な衝撃を伴うその邪悪なエネルギーが、彼女の華奢な体を容赦なく打ち据える。
「な……あっ」
抵抗する術もなく、ドロワの体が宙を舞い、ジャングルの湿った地面に激しく叩きつけられた。
「ドロワ!?大丈夫かよ、ドロワ!?」
遊馬が駆け寄ろうと叫ぶ。その声には明らかな焦燥と恐怖が混じっていた。
「案ずるな、九十九遊馬……はぁっ、はぁっ……」
ドロワは震える手で地面を掴み、執念だけで身を起こそうとする。彼女の瞳の光は、まだ死んではいない。
「ボクはこれで、ターンエンド」
トロンは満足げな笑みを浮かべ、再びターンを終了した。
「私のターン、ド」
ドロワが最後の力を振り絞り、デッキに手を伸ばしたその瞬間。
「いいや、君のターンは来ない!ボクのエンドフェイズ時、《爆風紋章》の効果発動!ボクがさっき手札に戻した魔法カードの数×500ダメージを、相手に与える!」
トロンの無慈悲な宣告が、ジャングルの湿った空気を切り裂いた。彼が仕掛けていた真の罠は、エンドフェイズに発動する遅効性の猛毒だったのだ。
「三枚、よって1500ダメージ……」
吹き飛ばされた三枚のカードが、今度は致命的な刃となってドロワへと襲い掛かる。
ドロワ LP 500 → 0
「ぐ」
光の奔流がドロワの身体を貫く。
「ぐあああああーっ!!」
断末魔の悲鳴と共に、彼女の身体は糸の切れた人形のように崩れ落ち、ジャングルの冷たい地面に力なく伏した。彼女の愛と執念は、圧倒的な悪意の前に無惨に散った。トロンはその敗北者に向かい手を翳し、禍々しいオーラとともに彼女の記憶を奪い始める。
「あ、あ、ああ……カ、イト……」
その精神汚染に耐え切れず、ドロワは倒れる。
「ふっ、なーんだ。愛って記憶、ちっとも美味しくない」
地に倒れ伏したドロワを冷酷に見下ろしながら、トロンは不満げに唇を尖らせた。他人の最も尊い感情を踏みにじっておきながら、彼はただの「味の薄いお菓子」に対するような感想しか抱いていない。
「トロンッッ!!」
思わず、怒号が響く。遊馬がこんな光景、目の当たりにして怒りを抱くはずがない。
「次は君の記憶を食べさせてくれよ。遊馬……」
トロンはそう言い残すと、空間に溶け込むようにふっとその姿を掻き消した。
「……ドロワ!」
遊馬は残された彼女の元へ駆け寄る。
「カイト……」
倒れたドロワが最期に遺した掠れた声が、暗闇にこだまする。その声に込められていたのは、ただ一人への無償の祈りだった。
「あの人に、伝えておいて……私、を、覚えていて、と……」
「ドロワ、ドロワ!!」
遊馬は何度叫んでも目覚めない現実に、拳を強く握り締める。
「そんな……」
誰もいなくなった空間でトロンの行ったあまりにも残酷な仕打ちに小鳥は唖然としかできず、同時に遊馬の全身が怒りで震え上がる。涙を滲ませた遊馬の瞳が、猛烈な闘志と怒りの炎を燃やして、トロンの消えた虚空を睨みつけた。
「絶対に、絶対に許さねぇ、トロンッッ!!」