軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
(キミの心、キミの記憶、キミの謎!それらすべてを、ボクが覗いてやるよ)
冷酷に歪んだ瞳が仮面の奥で妖しく光を放ち、トロンの禍々しい紋章から迸った精神波が、容赦なく寿の脳内へと言葉なき侵略を開始した。そのただならぬ異変にいち早く気づいたアンナは自身をも縛り上げる拘束を忘れ、必死にその身をよじらせる。
「ナニッ!?ヒヒョウニモクサリガッ」
光の膜によって口元を完全に塞がれたアンナが、くぐもった悲鳴を必死に漏らす。それと同時に、寿の全身にも新たな鎖が這い寄り、ギリギリと骨を軋ませるほどの強烈な圧迫感で締め上げていった。
「トロンッ!放せ、放しやがれッ」
(無理だよ。その鎖はバリアンの力で出来ている。どんなに君がナンバーズの呪縛から逃げることができようと、そもそも物理的に拘束すれば問題無い……肉体的にね)
冷徹な宣告とともに、拘束の締め付けが一段階跳ね上がる。ナンバーズの強固な精神的耐性を持つ寿であっても、異世界の未知なるエネルギーを用いた物理的圧迫の前には、身動きひとつままならなかった。
「不味いッ、デュガレス、おいデュガレス!」
自身の内なる深層に眠る力へ向けて、寿は必死の思いで相棒の名を呼び続ける。しかし、トロンの放つ障壁によって完全に遮断されてしまったのか、返ってくるのは虚しい沈黙だけであった。
(おやおや。抵抗は無駄と教えてあげるよ……)
「ぐ」
冷ややかな嘲笑とともにトロンが小さく指先を振るうと、脳髄の奥底に焼け火箸を直接突き立てられたかのような、容赦のない劇痛が寿の全身を貫いた。
「ぐっあぁぁぁぁああッ!!!」
あまりの激痛に視界が白濁し、寿は絶叫する。一方その頃、灼熱のマグマがうねるフィールドでは、凌牙もまた肉体と精神の限界点へと追い詰められていた。乗せられたストリングスカウンターが死の宣告を告げる中、その凄惨な姿を相対する形で見据えながら、Ⅳは狂気に満ちた笑みを膨らませる。
「さぁ立ち上がれ凌牙。サレンダーは認めない」
「ぐッ、ヌグッ」
焼け焦げた黒土の地面に両手を突き、凌牙はプライドだけを支えにして這うように身体を起こそうとする。その底知れない執念すらも、今のⅣにとっては至高の余興にほかならなかった。
「立て凌牙、立ち上がって向かって来いッ!最後の、そして最高のファンサービスをくれてやるよ!!」
熱風が吹き荒れる極限の空間で、凌牙の意識は次第に深い泥沼の底へと沈みかけていく。朦朧とする視界の遥か彼方、その精神の奥底から、暗い海底の底から這いずるような声が直接脳髄を揺さぶった。
(凌牙……!)
「ぐっ……はぁ、はグァァッ!!」
(凌牙……!!)
肉体的な痛みとは根本から異なる、魂そのものを内側から食い破られるような得体の知れない苦悶。
「さぁ立て、そしてドローしろ、テメェがカードをプレイしたその瞬間!それがお前の最後の記憶だ!!」
狂気に満ちたⅣの哄笑が空間を引き裂くが、限界を迎えた凌牙の耳にはもはやその声すら届いていなかった。
(凌牙……!!!)
「ここはッ」
突如として訪れた静寂の中で、気がつけば凌牙の足下には光も音もない完全な漆黒の空間が広がっていた。その眼前に、禍々しい深淵の竜が巨大な影を落として佇んでいる。
(凌牙、今こそ俺の力を受け入れろ)
「これは貴様がッ、シャーク・ドレイク!」
(そうだ。今がその時だ、俺と一つになるのだ……凌牙)
自分を飲み込み、我が物にしようとするナンバーズの悍ましい意志。甘美でありながら抗いがたい黒い誘惑が、凌牙の精神を少しずつ蝕んでいく。
(受け入れろ、俺を受け入れて心の闇を解き放て。勝つために俺を受け入れろ)
「断るッ、何故俺がナンバーズの貴様にッ!」
同じ刻。現実世界ではトロンが寿の精神の最奥へとその魔の手を伸ばし、同時に精神世界ではシャーク・ドレイクが凌牙の心の闇をこじ開けようとしていた。二つの異なる方向からの悪意が、二人の魂を同時に侵食していく。
(さぁ!見せてくれ、味わせてくれよ、キミの内なる獣を!!)
「「嫌だ、俺は……!」」
「「俺は……もう二度と……!!」」
交わるはずのない二人の男の悲痛な拒絶が、奇跡的に重なり合う。そしてその瞬間、彼らの内側で何かが限界を迎えて弾けた。
「誰にも操られねぇッッ!!!」
すべての呪縛を焼き払うような、凌牙の魂の咆哮。
「誰も……裏切らせるかよッッ!!!」
肉体を縛る鎖を引きちぎらんばかりの、寿の渾身の絶叫。
(なに、抵抗できるだと!?)
「シショウ!?」
絶対の支配と従属を確信していたトロンの仮面の下に、初めて明確な動揺の色が浮かび上がる。アンナもその異様な光景に目を疑うと同時に、寿の全身からトロンの力をも押し返すほどの強烈な闘気の波動が、爆発的に吹き荒れた。
(何だと!?キミは一体!)
寿は力を振り絞り、トロンにより自らを縛る鎖を断ち切ってみせる。
「俺の頭ん中を、勝手に土足で踏み荒そうとするんじゃねぇッ!」
(くっ……ボクの幻影にノイズが……!?)
寿の反撃によって放たれた強烈な精神波を受け、空間に浮かぶトロンのホログラムに激しいノイズが走り、その姿が不規則に明滅を始める。その致命的な隙を逃さず、寿は鋭い眼光で虚空を睨みつけた。
「トロンッ、傍観者だとかお気楽とか言うけどよ、俺は俺の信じる道を進みたいだけだ」
「ぷはっ!テープ取れた!!」
拘束の力が一瞬緩んだその隙を突いて、アンナの口元を塞いでいた光の膜が音を立てて弾け飛んだ。
(……あまつさえ、ボクの精神干渉を跳ね返して見せるとは!)
「お前が俺を無理やりにでも覗きたいのなら、デュエルで決着をつけてからにしろ!!」
荒い息を吐き出しながらも、寿はその意志を微塵も曲げず、堂々と条件を突きつける。
(デュエルで決着ねぇ……フフ、面白い。いいよ、分かった。とんだキミは秘密主義者だ。お楽しみは、凌牙がキミをデュエルで倒してからだ)
「代理戦争かよっ、はぁ、はぁ……」
(それがスマートなやり方ってものさ。フフフ、ハハハハハ……!)
不気味な嘲笑を残し、トロンの幻影はノイズにまみれながら完全に虚空の彼方へと溶けて消えていった。
「はぁ、はぁ……!畜生、どこがスマートってんだよッ……」
寿が崩れかけた膝を両手で支え、必死に荒い息を整えているその背後。マグマが煮えたぎるフィールドの中心で、先ほどまで絶望の淵に沈んでいたはずの凌牙が、ゆっくりと、しかし力強くその足で立ち上がっていた。その瞳にもはや迷いの色はなく、あるのは強い決意だけ。
「俺のターン、ドロー!」
過酷な熱風を鋭く切り裂く、気迫に満ちた叫び声。その力強いドローの一撃が、凍りついていたスタジアムの空気を一変させる。
「おい、大丈夫か師匠!?」
「はぁ、取り合えず大丈夫だアンナ、それよりもシャークだ」
「あぁ、うん。さっきからついてけねぇがそうだな!」
アンナもまた、戸惑いを必死に振り払いながら、再び盤面へと意識を集中させる。凌牙が構えたデュエルディスクが、反撃の狼煙を上げるように不気味かつ力強い駆動音を響かせた。
「手札から俺は永続魔法、《異次元海溝》発動!自分フィールドの水属性モンスター1体を除外……俺は《シャーク・ドレイク》を除外する。俺はこれで、ターンエンド」
冷徹な響きを伴って、その静かな宣言が灼熱に染まるフィールドへと投げかけられた。ナンバーズの呪縛から自らの意志で逃れ、あえてエースモンスター《シャーク・ドレイク》を自らの手で除外するという決断。
「……チッ。いや、褒めてやるよ凌牙。お前がまさか自らナンバーズを手放すとはな」
その予想外のプレイングに対して、Ⅳは、わずかに眉間にしわを寄せながらも嘲笑の色を深めていく。
「だが代償として切り札を失い、盤面のモンスターも無い……《ヘブンズ・ストリングス》で直接攻撃すれば、それでゲームオーバーだ」
圧倒的なモンスターを背にし、勝負は決したと確信した冷酷な死の宣告。しかし、その圧倒的なプレッシャーの前に立たされながらも、対峙する凌牙の瞳には、恐怖や絶望の色は微塵もなく、むしろ底知れぬ不敵な光が煌めいていた。
「本当にそうか?」
「アァ?」
余裕を一切崩そうとしないその態度に、Ⅳの神経を逆撫でされたかのように眉間が激しく引きつる。
「お前……いや、何も言わねぇよ。さぁ、この状況がテメェに有利だと思うなら、かかってこいよ!何も疑わず、俺に攻撃してこいッ!!」
両手を大きく広げて挑発する凌牙。その微塵の迷いも感じさせない冷徹な眼差しが、Ⅳの内にくすぶっていた苛立ちの炎を爆発的に煽り立てた。
「ほざくな凌牙ッ!もはやお前に勝ち目など無い!!」
怒りのあまり血走った目を剥き出しにし、今まさに容赦のない破滅の攻撃を命じようと叫んだその瞬間だった。狂乱するⅣの脳裏に、突如としてあの無邪気で残酷な悪意の響きが直接滑り込んできた。
(そうかなー?)
「トロンまで言いやがるかッ!」
目の前の敵である凌牙だけでなく、絶対の忠誠を捧げているはずの主であるトロンにまで己の選択を疑われた屈辱。Ⅳは怒りのままに天空を仰ぎ見ると、剥き出しの絶叫を叩きつけた。
(フフフ、忠告だよ。キミの《ヘブンズ・ストリングス》に装備されている《デステニー・ストリングス》の効果は強力だが、リスクもある)
(攻撃時、デッキからモンスターを引ければ連撃してⅣ、キミの勝ちだ。だけどもし、それがモンスターカードじゃなかったら?)
トロンの忠告に、Ⅳは思わず思考を逡巡させてしまう。
「それは……」
(攻撃はできず、バトルは終了となる。さっきは運よくモンスターを引き当てたようだけど、ね)
勝利の女神が自分に微笑むとは限らないという、確率という冷徹な壁を無慈悲に突きつけてくるトロンの言葉に、Ⅳの喉の奥から声が詰まる。
「俺が信用ならないと言いたいのか、トロン」
言葉の意味が理解できるからこそ、Ⅳはトロンの言っている意味が分からない。
(確率の問題を言っているんだよ、ボクは科学者だからね。キミは昔からそうだったね。冷静で慎重なVやⅢと違って、直情型だ)
「トロンッ!」
兄弟たちと比較され、己の未熟さを冷ややかに見下される耐えがたき屈辱。Ⅳの顔が、怒りと癒えない悲哀によってぐにゃりと歪み始める。
(ほら、そうやって。今こそ冷静になったほうがいいよ)
「ぐっ、くっ……」
(もっとも、キミにそれができるかは別の問題だけどね)
魂をまるで針で突くかのようにえぐる、トロンの容赦ない嘲笑の数々。これまで心の奥底に封じ込め、必死に抑え込んできたⅣの感情のダムが、ついに決壊の時を迎えようとしていた。
「ふざけるな。俺を……俺を、そんなに信用できないのか?VやⅢのように、忠実な僕に成れないから!?でも、でもなトロン!俺だって、あんたの……あなたのためにな……!!」
それは冷徹な復讐鬼としての脅しなどではなく、歪んだ愛情にすがる、親の愛を飢え求める一人の子供の痛々しいほどの悲痛な叫びだった。
「どうなんだよ、父さん!!」
マグマの唸るスタジアムの空気を切り裂いて、禁忌の言葉が鮮烈に響き渡る。その声に、凌牙と寿は一瞬身を震わせる。
「父さんはいつも俺たちに優しく、兄弟を温かく見守っていてくれた。だけど……異世界から戻ってきた父さんは全くの別人に変わってしまった!ボロボロだ、ぐちゃぐちゃだ、めちゃくちゃだ!!」
熱に浮かされたように涙声になりながら、Ⅳは胸の奥の深い闇に隠し続けてきた絶望のすべてを吐き出していく。その言葉と気迫に、アンナは思わず一歩引いてしまう。それは、曲がりなりにも王子のような風格であり散々自らを嘲笑した男と同じとは思えないほどに、悲痛で切実だったっからだ。
「トロンという名の、冷酷な復讐鬼に……それでも、だとしても俺たち兄弟はあなたが父親だって、信じたから、俺たちはあんたに従ったんだ!」
空に浮かぶトロンを睨みつけながら、Ⅳは今までの陰鬱とした感情を吐き出す。
「命じられるがまま凌牙を罠に嵌め、奴の妹までも手にかけ……!!」
肉親への情愛という名の呪縛に囚われ、取り返しのつかない罪に手を染めてきた日々。涙を流しながらの告白だったが、それを聞いた凌牙の瞳に宿る殺意の炎が和らぐことは微塵もなかった。
「被害者面をするな!テメェがたとえ命令だから、利用されたからしたとしても、俺は絶対にお前を許さないッ!!」
煮えたぎるマグマの熱気よりもなお冷徹に、凌牙が叩きつけるような怒声を浴びせる。その拒絶の意思を受けて、Ⅳもまた血走り爛れた目で激しく睨み返した。
「逃げるつもりは無い。お前との決着はここでつける、そして俺が勝つ!テメェはここで倒し、寿やフェイカーの刺客などにはしない!!」
再び虚空の彼方へ視線を走らせ、Ⅳは残されたすべての望みを込めて魂の底から咆哮する。
「Dr.フェイカーを倒せばきっとトロンも昔の父、バイロンに戻ってくれると信じて……俺は非道なことをしてきたんだ!それでも俺を信じられないのか、トロン!!」
一縷の望み、その細い蜘蛛の糸にすがるような哀願。だが、その切なる願いに対して返ってきたのは、彼を永遠の底なし沼へと突き落とす、あまりにも無慈悲な拒絶の言葉だった。
(信じないよ)
トロンの発した声には、微塵の温もりも、親としての情愛のかけらすらも存在していなかった。
(ボクはもう、誰も信じない。ボク以外、誰も信じない)
父親からの完全な拒絶。その冷酷すぎる言葉は、これまでの罪と忠誠のすべてを無価値な塵へと変える、あまりにも残酷な宣告だった。虚空を見つめたまま立ち尽くすⅣの瞳から、希望の光が完全に抜け落ちる。
「そうか……そうかよ!!」
震える片手で自身の傷跡が残る顔を覆い、Ⅳは煮えたぎるマグマの熱すら忘れ、天に向かって狂ったように吠える。
「所詮俺はあんたの駒ってわけだ。Ⅲはあんたの捨て駒として使い捨てられた、Vもそうだ!だが俺はただの駒じゃねぇ。これでもデュエルチャンピョンだ、簡単に使い捨てにされてたまるかァッ!!」
怒り、悲哀、そして誰にもすがる事の出来ない圧倒的な絶望。砕け散った自尊心と親への執着を無理やり繋ぎ合わせるように、Ⅳは血の滲むような力でデッキに手をかけた。彼に残された己の価値を証明する手段は、もはや目の前の男を惨殺することだけだった。
「俺のターン、ドロー!凌牙、一瞬の隙も無く仕留めてやるよ……」
引き抜いたカードを一瞥し、Ⅳの顔に張り付いたような凶悪な笑みが戻る。標的となった凌牙は無防備な状態。Ⅳは迷うことなく、天を覆う巨大な絡繰人形へと処刑の号令を下す。
「……《ヘブンズ・ストリングス》で攻撃ッ!!この瞬間、《デステニー・ストリングス》の効果発動!」
片翼を持つ《ヘブンズ・ストリングス》が、不気味な駆動音を立てて凶悪な刃を振り上げる。天から降り注ぐ黒い糸が人形の身体に絡みつき、死のルーレットが静かに回り始めた。
「デッキトップから1枚、墓地に送る。それがモンスターカードだった場合、レベル分の回数だけ攻撃できる。凌牙、これが貴様の最後……なッ!」
勝利を確信し、高らかに宣言しながらデッキトップのカードを引き抜くⅣ。しかし、裏返して提示されたそのカードの券面を見た瞬間、狂気に歪んでいた彼の表情が信じられないものを見るように硬直した。
「これって……師匠!」
息を呑んで戦況を見つめていたアンナが、決着の糸が切れた光景に安堵の声を上げる。
「そのようだな……間一髪らしい。これでバトルは終了だ」
寿もまた、小さく息を吐き出して頷いた。Ⅳが引き当てたのはモンスターカードではない。非情な確率の壁が、首の皮一枚で凌牙の命を繋ぎ止めたのだ。
(どうやらハズレだったようだね……だから言っただろう?)
そして、その無様な結果を一番嘲笑っていたのは、他でもないトロンだった。虚空から響く脳内への直接の冷やかしが、Ⅳのプライドを再びズタズタに引き裂いていく。
「くっ、だがこれで終わらねぇ!メインフェイズ2、俺は手札から《ギミック・パペット-シザー・アーム》を召喚」
屈辱に顔を歪め、舌打ちをしたⅣは、攻撃の手を止めることなくメインフェイズ2への移行を宣言する。手札から叩きつけられたカードにより、両腕に巨大なハサミを持った不気味な人形がフィールドに姿を現した。
「効果でフィールドに存在する装備カードを破壊し、レベルを4から8に変更する!《デステニー・ストリングス》を破壊だ!」
シザー・アームのハサミが《ヘブンズ・ストリングス》に絡みついていた漆黒の糸を切り裂く。同時に、そのステータスが不気味に上昇し、新たな破滅への準備が整っていく。しかし、その淀みのない一連の動きを見て、アンナはふと強烈な違和感に襲われた。
「おい師匠、あいつモンスターを持ってたなら何でさっきのバトルフェイズで召喚して攻撃しなかったんだよ?そしたら絶対ライフをゼロにできただろ」
アンナの指摘は、極めて真っ当なデュエリストとしての疑問だった。もし手札にモンスターがあったのなら、不確実なギャンブルに頼らずとも、それを召喚して追撃すれば確実に凌牙のライフを削り切れていたはずなのだ。
「シャークに負けてほしいのか?」
寿がわざと意地悪く問い返す。
「いや、違うけどよ、なんていうかよ」
慌てて否定するアンナだが、腑に落ちない思いは消えない。
「いや……アンナ、これは……」
寿は目を細め、マグマの熱気越しに狂態を晒すⅣの姿を静かに観察する。デュエルチャンピオンとしての腕を持つ男が犯した、あり得ないプレイミス。それは確率を読み違えたからなのか、それともトロンへの執着で完全に冷静さを失っているのか。あるいは。
「これは?」
寿の言葉の続きを待ち、アンナが怪訝そうに聞き返す。
「いや、何でもねぇよ。俺たちにできるのは見守ることだけだ、そうだろ?」
しかし、寿はそれ以上推測を口にすることをやめ、静かに首を振った。彼はⅣの気持ちが表面をなぞるだけとはいえ理解できるからこそ、あえて真実を言葉にしない。それこそが、今のⅣに対する正しい姿勢だと思うからだ。
「そうだけど……何なんだよ、このさっきからの焦りはよ……!」
納得いかない表情で唇を噛むアンナ。理屈を超えたⅣのプレイングに、肌を焼くマグマとは別の、気味の悪い焦燥感が彼女の胸をざわつかせていた。
「俺はさらに、《ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス》をリリースして、《ギミック・パペット-ナイトメア》を特殊召喚!エクシーズモンスターをリリースすることで特殊召喚した《ギミック・パペット-ナイトメア》は、二体分のエクシーズ素材として扱える!!」
フィールドに目を戻すと、あたかもⅣの先ほどの失態を忘れさせるように展開は続く。巨体を誇っていた《ヘブンズ・ストリングス》が闇に飲み込まれ、代わって醜悪で不気味な悪夢の人形がフィールドに這い出した。これで、盤面にはレベル8の素材が三体分揃う。
「俺はレベル8の《シザー・アーム》と《ナイトメア》二体分でオーバーレイ!エクシーズ召喚!!」
フィールドに三つの赤黒い光が灯り、それらが渦巻く銀河へと吸い込まれていく。マグマの熱波を吹き飛ばすほどの凄まじいプレッシャーがスタジアム全体を押し潰すように降り注ぐ。
「出でよ、《No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ》ッッ!!」
大地が揺れ、灼熱の空間に純白の玉座が降臨する。大剣を地面に突き立て神々しい異様で玉座に座るのは、巨大で獅子の人形だった。王の威厳と死の気配を纏った三体目の絶望が、遂にその姿を現した。
「Ⅳの三体目のナンバーズだと……!?」
底知れない戦力と執念を前に、アンナが戦慄の声を上げる。
「《ギミック・パペット-デステニー・レオ》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを全て無くした時、俺はこのデュエルに勝利する!一ターンに一度、オーバーレイ・ユニットを墓地に送ることでな!!」
Ⅳが指を鳴らすと、獅子の周囲を回っていた光の球体の一つが砕け散る。戦闘を介さずして勝利をもたらす、あまりにも理不尽で凶悪な特殊勝利の宣告だった。
「残りオーバーレイ・ユニットは一つ!さぁどうする凌牙!!」
玉座に座るデステニー・レオの周囲に、残された一つの光が不気味に明滅する。
「う、嘘だろ……ただオーバーレイ・ユニットを無くすだけで特殊勝利!?」
あまりのルールを逸脱した凶悪な効果に、アンナは絶望的な表情で目を見開く。
「こんなことが他にできるのは、あのエクゾディアとかそれぐらい……それを今目の前で!」
寿もまた、冷や汗を流しながら盤面の悪夢を見つめていた。ライフの多寡など関係ない、絶対的な死のカウントダウン。
「次のターン、《デステニー・レオ》が最後のオーバーレイ・ユニットを無くした瞬間、その時こそが凌牙……お前の負けだ!」
残された猶予は、わずか一ターンのみ。玉座の影から這い出るようなⅣの宣告が、マグマのフィールドに重く、冷酷に響き渡った。特殊勝利という理不尽な死の宣告を突きつけられ、凌牙の足がわずかに後ずさる。燃え盛るマグマの熱すら凌駕するほどの絶望感が、彼の心を真っ黒に塗りつぶそうとしていた。
「負けるだと……この俺が、妹を傷つけたⅣに、俺が……!?」
ギリッと唇から血が滲むほど歯を食いしばり、凌牙は玉座に座るデステニー・レオを睨みつける。その絶望の淵に、幻影であるはずのトロンの無邪気な声が再び滑り込んできた。
(諦めるのは早いよ)
「トロンッ!?」
自分の主が敵である凌牙に助言を放ったことに、凌牙が驚愕し、同時にⅣが血走った目をさらに見開いて苦悶の声を上げる。
(キミにはまだ勝つ道が残っている、キミはⅣと違い冷静に物事を考えることができるからね)
「何故凌牙に話す、トロンッ!あんたは俺に勝たせたくないのか!?」
裏切りとも取れるトロンの態度に、Ⅳの堪えきれない悲痛な叫びがスタジアムに木霊する。だが、トロンが彼に向けたのは、どこまでも冷たく、無関心な一言だった。
(別にいいよ、勝たなくても)
「!?」
脳天を唐竹割りされたかのように、Ⅳは完全に言葉を失った。
(言ったろう、キミはキミの役割がある。ここまでは見事に果たしてくれた、よく凌牙を追い詰めてくれた!)
「トロン……」
誇りも、忠誠も、すべてが根底から否定された瞬間だった。Ⅳの瞳から完全に生気が失われ、ただの抜け殻のようにその場に力なく立ち尽くす。
(あとはじっくり休んでくれていい、キミの出番はもう終わった!)
「ふざけんなトロン!ⅣはⅣだ、お前が押し付けて役割なんて言うのは傲慢だ、侮辱だ!」
自らの父親のために、誇りを懸けて戦う男を、あまりにも容易くゴミのように切り捨てるトロン。たとえ敵であっても、人間の尊厳を踏みにじるその悪意に、寿が激しい怒りを露わにして吠える。
(フフフ、まぁ勝手に言うがいいよ。妙な力を持つキミには近づきたくないからね。さぁ凌牙、答えは見つかったかい)
だが、トロンは寿の怒りすらもハエを払うように一蹴し、その邪悪な関心のすべてを凌牙一人へと注ぎ込んだ。
「貴様ぁッ!」
怒りと焦燥に身を焦がす凌牙が、虚空の幻影をキッと睨みつける。
(負けてもいいのかい?復讐を果たせなくなっても、それでいいのかい?)
「復讐を果たす!どんな手を使ってでもッ!!」
心の最も柔らかく、痛々しい傷跡を的確に抉ってくるトロンの甘言。凌牙の口から、どす黒い憎悪が反射的にこぼれ落ちる。
(いいねぇ、話が合うじゃないか……流石ボクが見込んだ最強の刺客だ)
「復讐は果たす、だが貴様の言う刺客になどそんなものにはならない……ぐっ、はぐッアッ……」
トロンの思惑通りに動くことだけは拒絶しようとした凌牙だったが、突如として心臓を鷲掴みにされたような激痛が彼の全身を襲う。すると突然、凌牙の胸元で鈍く輝いていたペンダントが、不気味な赤黒い光を激しく明滅させ始めた。
「シャーク!!」
「これはッ」
尋常ではない禍々しい波動の奔流に、アンナと寿が息を呑む。
(ナンバーズだよ。凌牙が勝利を求めるように、シャーク・ドレイクもキミを求めているんだ……呼び戻すんだ、シャーク・ドレイクを。キミにはその権利がある)
異次元の海溝へ葬り去ったはずの深淵の王が、主の心の闇に呼応してその魂を激しく侵食し始める。
「嫌だ……俺は……」
かつてナンバーズに操られた忌まわしい記憶がフラッシュバックし、凌牙は頭を抱え込んで必死に抗う。
(シャーク・ドレイクと力を合わせ、Ⅳを打倒するんだ)
「嫌だ……もう二度と……」
(呼ぶんだ凌牙!キミが勝利するには、シャーク・ドレイクを呼び戻し、ナンバーズと一つになるしかない!!)
トロンの容赦ない囁きが、凌牙の理性の防壁を次々と破壊していく。胸元のペンダントから溢れ出した漆黒のオーラが、彼の身体を完全に包み込んだ。
「あ、あ、ああ……ぐぁ、あ、ああ……」
「シャーク!しっかりしろ、シャーク!!」
「チンチクリンに負けんな、シャーク!!」
苦悶の叫びを上げる凌牙へ向けて、寿とアンナが悲痛な声を張り上げる。だが、その声すらも、分厚い闇の壁に阻まれて彼には届かない。
「はぁっ……ぐぅ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で大きく息をする凌牙の眼差しから、光が消え失せていく。
(ナンバーズと一つになれ、凌牙。そうすれば全ては叶えられる!)
「叶う……俺が望む、全て……!」
「やめろ、シャーク!」
寿の制止を振り切るように、凌牙はゆっくりと顔を上げた。その瞳は完全に赤く染まり、底なしの暗黒だけが広がっている。
「Ⅳを倒し、トロンを倒し……復讐を、成し遂げる……!!」
「駄目だシャーク、戻れ、しっかりしろ、シャーク!!」
寿の願い虚しく、凌牙はシャーク・ドレイクを受け入れてしまった。マグマが赤々と煮え滾る荒涼としたスタジアムに、歪んだ空間から這い出た漆黒のオーラが渦を巻き、足元の地面を黒く焦がしていく。その圧倒的な闇の奔流に呑み込まれながら、凌牙は瞳を大きく見開き、決意を叫んだ。
「妹を傷つけられたあの日から、俺の心は常に復讐の狂気に囚われ続けてきた……だが、それが今、この力で叶えられるのなら……!」
足元のマグマが激しく跳ね上がり、凌牙の髪を激しくたためかせる。デステニー・レオの冷厳な光が不気味に明滅し、世界そのものが敵に回ったかのような重圧が周囲の空気を押し潰していた。
「例えこの身を悪魔に売り渡し、修羅の道を歩むことになろうとも構わない、それが今この手で叶うのならば……!そうだ、俺はすべての復讐を完遂するために、絶対に勝つ……ここで負ける訳にはいかないんだ!!」
視界の果て、崩れ落ちたⅣの姿と虚空に消えゆくトロンの冷笑が重なり合う。全てを焼き尽くすような業火のただ中で、凌牙は拳を力強く握り締めた。
「言葉なんかじゃない、捻じ伏せる、そのため力を……!!」漆黒の闇に精神を染め上げ、復讐のために悪魔の力をも完膚なきまでに飲み込んだ凌牙。赤く光る瞳に凄まじい闘志を宿し、彼は怒号と共に運命のカードを引き抜いた。
「俺のターン、ドローッ!!」
狂気と決意が入り交じる絶叫が、灼熱のフィールドを激しく震わせる。
「俺は裏守備モンスターを反転召喚、《ディープ・スィーパー》を攻撃表示に変更する!そして、効果発動!」
伏せられていた小さな三葉虫のようなモンスターが反転し、盤面へと姿を現す。
「自身をリリースして、永続魔法《異次元海溝》を破壊!この瞬間、《異次元海溝》の破壊された時の効果発動!自身の効果で除外した《シャーク・ドレイク》がフィールドに戻る!!」
ディープ・スィーパーの身体が粉々に砕け散ると同時に、空間の亀裂から青白い水飛沫が噴き上がり、その中から深淵の王たる《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》が咆哮と共に舞い戻った。
「嘘だろ、それじゃナンバーズの力に……!!」
アンナが息を呑み、身を固くする。しかし、当の凌牙はもはや迷いを完全に捨て去っていた。
「俺は勝利するため、復讐を遂げるために、全てを受け入れる!さぁ、シャーク・ドレイクよ、俺の望みを受け入れ、進化せよ!!」
その言葉に呼応するように、シャーク・ドレイクの巨体がドロドロとした黒いオーラに包まれ、狂おしくうねり始める。
「俺は、手札の魔法カード1枚を捨て、《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》をカオス・エクシーズ・チェンジ!!」
魂を削るような凄まじいプレッシャーがマグマの熱気を一瞬で押し潰し、漆黒の宇宙空間を思わせる異界の門が開かれる。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉおおお!!!」
凌牙の絶叫と竜の咆哮が完全に重なり合い、世界を切り裂くような稲妻が迸った。
「現れろ、《CNo.32 海咬龍シャーク・ドレイク・バイス》!!」
銀河の渦を纏い、より凶悪に、より禍々しく変貌を遂げた深淵の王が、純白の巨躯を現して降臨する。
「《シャーク・ドレイク・バイス》のモンスター効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、墓地にある「シャーク」と名の付くモンスターを除外する……除外するのは、攻撃力1900の《エアロ・シャーク》!!」
バイスの胸部が怪しく輝き、墓地からエネルギーが吸い上げられていく。
「そして、その攻撃力分の数値だけ、相手モンスター1体の攻撃力が下がる……つまり、《デステニー・レオ》の攻撃力が1900下がる!!」
《No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ》ATK 3200 → 1300
「何ッ!?」
特殊勝利のカウントダウンを誇っていた鉄の獅子が、急激に弱体化していく光景に、Ⅳが目を見開いて驚愕の声を漏らす。
「行け、《シャーク・ドレイク・バイス》!《デステニー・レオ》を攻撃!!」
凌牙が血走った目で振り下ろした腕の先に、シャーク・ドレイク・バイスが殺意に満ちた巨体を弾けさせた。
「デプス・カオス・バイトォォォ!!!」
《CNo.32 海咬龍シャーク・ドレイク・バイス》ATK 2800 vs 《No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ》ATK 1300
圧倒的な牙がデステニー・レオの装甲を噛み砕き、すべてを消し飛ばす漆黒の衝撃波が吹き荒れる。
「ぐっ……ああああーっッ!!!」
爆風の中に呑み込まれ、Ⅳの肉体が激しく吹き飛ばされて地面へと叩きつけられた。
Ⅳ LP 1500 → 0
激しい衝撃と熱風が静まり返り、荒い息を吐き出す凌牙の背後で、バイスの巨体が静かに光の粒子へと溶けていく。
「……シャークが、勝った……!」
敗北の余韻とマグマの熱気が混ざり合う荒涼としたフィールドに、冷徹な勝利の代償として重苦しい沈黙が落ちていく。その虚空の彼方から、すべてを弄ぶかのようなトロンの最後の声が冷ややかに響いた。
(見事だったよ凌牙。これでキミもボクの仲間入りだ)
「違う、これは俺がお前を倒すために新たな力を手に入れたんだ!俺とデュエルだ、トロンッ!!」
怒りに満ちた凌牙の叫びも空しく、トロンの幻影はどこか楽しげな嘲笑を残して霧散していく。すると、同時に先ほどまでのマグマに包まれていたデュエルフィールドが元々の機械に包まれたスタジアムへと変貌と遂げ、熱気が霧散していく。
(おやおや、キミはデザートをサービスドリンクを飲み干したら真っ先に食べちゃうタイプかい?違うだろう、お楽しみは最後まで、入念に取っておいてから味わなくちゃ)
「チッ、大言ほざいて用が済んだらサッサとおさらばか」
忌々しそうに舌打ちをしながら、凌牙は膝をついて動けなくなっているⅣへと冷たい視線を向けた。その背後で、激しいデュエルの末にボロボロになったⅣが、這うようにして上半身を起こす。
「……凌牙」
掠れた、だがどこか芯のある声に、凌牙はわずかに足を止めた。
「あぁ?……Ⅳ」
振り返った凌牙の目に映ったのは、かつての狂気に満ちた貴公子の面影はなく、ただ深い後悔と諦めに満ちた敗北者の姿だった。
「……今までのこと、すまなかった」
「ふざけるな!何を今さら!!」
向けられたあまりに意外な言葉に、凌牙は鋭く声を荒らげる。だが、Ⅳはその怒りを受け止めるように、自嘲気味に唇を歪めた。
「俺にはトロンを止めることができなかった。だからあの時も、俺はトロンに命じられるままお前の妹とデュエルをし、渡されたカードを使ってしまった……」
「そこまで傷つけるつもりは無かった。精々骨折、それぐらいだと思っていた」
言い訳めいた言葉ではなく、それは歪んだ復讐劇に加担してしまった者としての偽らざる真実だった。
「だが、そんな考えは甘かった……後は知っての通りだ」
「何れにせよ、俺はお前の妹を傷つけてしまった。これは俺のせいだ、俺の責任だ」
絞り出すようなⅣの声には、かつての傲慢さは微塵もなく、ただ重い罪の意識だけが漂っていた。
「凌牙、お前を罠に嵌め、そして妹を傷つけたこと。すべて俺の責任だ……恨むなら俺を……俺だけを恨め」
すべての憎悪を一身に引き受けようとするかのように、Ⅳは力なくうなだれる。そして、その瞳にわずかな光を宿しながら、かつての敵へ最後の願いを託した。
「トロンを……救ってほしい。頼んだぞ、凌牙、寿……」
Ⅳがそう言い残すと、Vの時と同様に不意に不気味な空間の歪みが生じ、その歪みに身体を預け、Ⅳは消えてしまった。
「Ⅳ……チッ」
吐き捨てるようにそう呟くと、凌牙は背を向け、再び歩き出す。復讐の炎の矛先を失った空虚さが、その背中を重く包み込んでいた。
荒涼としたスタジアムの喧騒が遠ざかり、冷え切ったコンクリートの通路に重い静寂が落ちていく。先ほどまでⅣがいた場所から目を離し、静かに歩き出そうとした凌牙の背中に、背後から確かな足音とともに声が投げかけられた。
「シャーク、おい待てよシャーク!」
「……寿」
足がピタリと止まる。振り返ることはせず、凌牙はただ冷ややかに前方を見据えたままで低く呟く。
「単刀直入に聞くぞ。今のⅣから聞いたこと、真実だと思うか?」
寿の問いかけには、敵対心というよりも、目の前で感情を爆発させていた男の精神状態を冷静に見極めようとする深い洞察が滲み出ていた。凌牙はわずかに肩越しに視線を向け、吐き捨てるように返す。
「知ったことか。例え真実であろうと嘘であろうと、俺の次の目的は決まった」
冷徹な響きを含んだその声に、寿は眉をひそめて追撃する。
「だが、分かっただろ?VもⅣもⅢも、トロンの傀儡だったんだ」
「VもⅢも、俺は会ったことが無いし、第一興味も無い。ただⅣの語ったことが、真実ならば俺が為すべきことはただ一つ。この手でトロンを叩き潰す、それだけだ」
一切の迷いを感じさせない言葉に、寿は深く息を吐き出すと、わずかに唇の端を持ち上げた。
「なるほどな、それは筋が通っている」
その肯定を受け止め、凌牙はわずかに身体を向き直らせる。その瞳の奥には、先ほどまでの荒々しい殺意とは異なる、危険なほどの静けさが宿っていた。
「寿、 お前には俺は恩がある。それに見ただろう、圧倒的なまでの俺の新たな力を」
「……教えてくれシャーク、 本当にそれでトロンに勝てると思うのか?」
「……何が言いたい」
寿の真剣な眼差しに気圧されるように、凌牙の声音が一段と冷ややかさを増す。周囲の空気が急速に凍りついていくのを感じながらも、寿は一歩も引かずに真っ直ぐにその双眸を見据え返した。
「正直に言うぞ。俺はトロンがシャークに何かしらの仕掛けをしたと考えている」
「……だから?」
「そんな状態でトロンに勝てるのは不可能だ」
「……お前、 今、 何と言ったのか分かっているのか?」
怒気を含んだ凌牙の低い問いに、寿は臆することなく、むしろ呆れたような、しかし強い意志の光を帯びた表情で応じる。
「ああ、 分かっているさ。今、 俺はあんたにとてつもなく偉そうなことを言っている。だが、 怒りのまま奴に感情をぶつけても、 だ。そんな人間、 例えシャークだろうとトロンは容易く弄んで見せるだろうよ」
「立ちふさがる気か?寿」
「その通りだ」
「チッ」
鋭い舌打ちとともに、凌牙は懐からデュエルディスクを勢いよく引き抜き、迷うことなく起動スイッチを叩いた。赤黒い光のブレードが暗い通路に展開され、殺気立ったスパークが散る。その一触即発の気配に、少し離れた場所で固唾を飲んでいたアンナが慌てて身構えた。
「丁度いい、 そろそろお前に恩を売ったキリっつうのもシャクに触るころだったんだ……」
「今のあんたは危うい。これだけ言えば、 分かるだろ?あんたを今形作っているのは、 激情だけだ」
「例え恩があろうと、 邪魔をするならば容赦はしないぞ」
「当然、 そのつもりさ。俺がまた盤面を握って、 また尖り切っちまったあんたに振舞ってやるよ!」
互いのプライドが激しくぶつかり合い、火花を散らす。そのピリついた緊張感を肌で感じ取りながら、凌牙の口元にはかつての誇り高きデュエリストとしての不敵な笑みが鮮やかに浮かび上がった。
「はっ。お前がここまで大言壮語かますとはな。リベンジタイムがこんな時にやってくるとは、 思いもしなかったぜ!」
闘志に満ちたその言葉に背中を押されるように、アンナは大きく息を吸い込み、固唾を呑んでいた喉の緊張を振り払うと、二人の中央へと躍り出た。
「アンナ、 デュエル開始の宣言をしろ!」
「えっ!?あっ、 デ、 デュエル開始ィィィィ!!」
反響する少女の叫びに合わせ、二人の男が同時に両手を突き出す。
「「デュエル!!」」
凌牙 LP 4000 / 寿 LP 4000
フュージョンカップもレジェンドアンソロジーも周回し終わったので投稿再開です。疲れた……