軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
また、OCG初出のナンバーズにもナンバーズ特有の戦闘破壊耐性が与えられています。《デュガレス》を筆頭とした既に登場したOCG初出のナンバーズも所持しています。まだ登場していませんが《No.59》も例外ではありません。
何故それを今更書いたかといいますと、
それでは、どうぞ。
時間は遊馬と小鳥が、Vとカイトのデュエルを見届けたところまで遡る。カイトがオービタルを背負って飛び立ったのを確認した小鳥がふと遊馬の手元を見ると、彼の握り拳が震えていたことが分かった。
「に、してもすごいデュエルだったわね……」
誤魔化すようにして遊馬に話しかける小鳥。だが、いつもだったらすぐの返事は中々帰ってこなかった。
「俺は……」
「遊馬?」
彼の態度は、明らかにいつもの遊馬のそれでは無かった。心配して小鳥は遊馬の顔を覗き込もうとするが、そうする前に遂に遊馬は感情の高まりが限界を迎えてしまった。
「俺は!!」
遊馬は胸中の思いを爆発させるように、叫ぶ。
「自分勝手な大人を、許せねぇ!!」
Vの語ったこと。自らの境遇、トロンが修羅に化してしまった経緯、そして何故自分たちは戦うのか。
「……何で、父ちゃんはこんな奴のために!!」
疑う余地は無かった。それらの言葉を聞き、またカイトに願いを託していったVの姿を見届けた彼は、Vに深い同情を示しながらも、同時にDr.フェイカーへの怒りで胸が滾っていた。当然だった。遊馬は誰よりも友情に熱く、また汚すのを本能的に嫌がる性格の持ち主だからだ。
父、九十九一馬を行方不明にした犯人がDr.フェイカー。バイロン・アークライトがトロンに変貌してしまった犯人もまた、Dr.フェイカー。
その真実を知って、純粋な遊馬が動じない訳が無かった。
しかも、Vによれば父はDr.フェイカーを助けるために来たのに、Dr.フェイカーは彼の心を踏みにじるように自らの欲望に巻き込んで犠牲にしたと言うではないか。尊敬する父が、こんな自分勝手な奴のために、行方不明になった。
(今すぐにでもぶん殴りてぇ、父ちゃんを奪ったアイツなんて許せねぇッ……)
「遊馬?どうしたの?」
立ち尽くす遊馬を、下から見上げるようにして覗き込む小鳥。普通の人間であれば、こんな酷いことがあれば憎しみを抱くことだろう。復讐を果たそうとする意思を抱くだろう。
(でも、それじゃいけないんだよな……!!)
だが、彼は違った。
(俺は……父ちゃんの言葉を……聞いている)
遊馬は今にも滾って暴走しそうな思いを食い止め、父の言葉を思い出す。
──思い出せ、遊馬。俺が教えたのは……!
Ⅲとのデュエルで遊馬が一番大切なモノを奪われて、打ち砕かれそうになった時に皇の鍵から放たれた、奇跡の奔流。決して幻聴なんてものではなく、そこに居ずとも確かに一馬が、遊馬に放った大切な言葉。
(かっとビング。そうだ、父ちゃんから教わった一番大切なことを、忘れちゃいけねぇ)
遊馬は一馬の言葉の本質を見誤るまいと、何度も脳内でリフレインする。父は確かに行方不明になった。けど、確実に生きている。あの言葉は、絶対に嘘偽りなんかじゃ無い、本物から語りかけられた声だった。
それに、Vが言っていたではないか。
「復讐の先にあるのは、虚しさだけ……」
何も間違っちゃいない。
パチン!
気合付けに両頬を叩くと、遊馬は芯の通った声で言う。
「よし!小鳥、決まったぜ!!」
復讐は虚しいだけ。下を見るんじゃなくて前を見る。だからこそ、最も近くにいて、何やかんや言いながらも頼りがいのある、今はいない相棒の名前を言うのだ。
「俺は、アストラルを取り戻す!トロンもフェイカーも倒して問い詰めてやる!!父ちゃんを探させて、そして絶対、アストラルを復活させるんだ!!」
遊馬の目は一片の曇りが無かった。それを見て小鳥はやれやれ、といった感じだ。
小鳥にとってアストラルはまさに未知数の存在。姿はおろか、声さえも分からない。どういう人物なのすら、彼女に言わせればバカの遊馬から聞いてもあまり想像がつかないので、実感が湧きようもないのだ。とはいえ、彼の大切な相棒だ、ということは流石に小鳥も分かっている。
幽霊のような存在が相棒っていうのも斬新ね、と言葉には出さずとも常日頃から思っていた小鳥。だから彼女は悪戯っぽく、こう返すのだ。
「また遊馬の独り言の相手?休憩中なのに大変ね、そのアストラルって人も」
「独り言じゃねぇって!小鳥にもいつか紹介してやっからよ、頼むぜ~?」
「いつか、ね」
兎も角決意を新たにして、遊馬たちはコースターに乗り込んだ。そうだ、まだ自分たちは本命のデュエルをしていない。
コースター据え付けのパネルを操作すると、そこにはコースターの現在地が映し出された。
「さて!俺たちが次に向かうのは……」
既にトロン、カイトが決勝トーナメント進出を決めた。マップを進めると、今はⅣと凌牙がマグマフィールドでデュエルをしているのが分かった。寿は少し気がかりだが、どうやら彼もマグマフィールドにいるようだった。彼は彼なりの考えがあるのだろう。なら、邪魔はするまい。
マップをさらに進めると、ゴーシュの現在地が表示された。まるで立ちふさがるかのように、マップ上で静止するゴーシュ。そこに、フィールドが設置されているのが分かった。
「え、ええと……キャンヨン?」
で、あれば遊馬が向かうべきフィールドは自ずと定まった。
「キャニオンよ、バカ!」
英語表記の文字列をたどたどしく遊馬が読み上げたのを、小鳥が瞬時に訂正する。WDC予選最終戦。荒野での戦いが、遊馬を待ち構えていた。
####
荒涼としたキャニオンフィールドのレール上。ひび割れた大地を舐めるように吹き荒れる乾いた熱風の中、コースターのモニターを睨みつけるゴーシュの顔には、獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑みが浮かんでいた。
「……カイトがVに勝ったか」
同時刻。自らのコースターを定位置に止め、太い腕を組みながらパネルを注視する男がいた。モニターには、WDCを戦い抜くデュエリストたちの現在地が、無機質な光点となって点滅している。
「ハルトの恨みは兄貴が取ったってことか……お熱いこった。寿はⅣとシャークって奴のフィールドにいるか……動く気配は無さそうだな」
次々と決着がつく状況を確認し、ゴーシュの体内で戦士としての血が激しく沸き立つ。そして、彼が最も待ち望んでいた光点がマップ上を移動し始めた。
「お?遊馬のコースターが動いたな……ノリが良くなってきやがった」
己のすべてをぶつけるに相応しい相手の接近。極限のデュエルへの渇望が頂点に達しようとした、その瞬間だった。
『本当ニソウカ?』
瞬時に、ゾッ、と背筋が凍ったのが分かった。灼熱の太陽が照りつけているはずの荒野で、極寒の氷塊を首筋に直接ねじ込まれたような。悪意を持って、這いずるような湿った冷気が彼の皮膚を激しく粟立たせた。
「お前は!」
弾かれたように振り向くが、視界に広がるのは吹きすさぶ赤茶けた砂埃と立ち枯れた岩肌だけで、生命の気配はどこにもない。
『ヨォ、久シブリダナ……オ前ノ欲望ニ釣ラレテ、ヤッテキタゼ』
いや、生命というにはあまりに異質で化け物の存在が、黒く染まった影の形を取って、ゴーシュの背中から語り掛けてきた。
「まさか……」
『ソノマサカダ』
彼は瞬時に恐怖に支配されることは無かった。それは、唐突に現れた異質な存在をゴーシュは妙に覚えがあり、またそれは以前知った相手だと本能で感じ取っていたからだ。耳の奥底、いや、直接脳髄のひだにまとわりついてくるような粘り気のあるノイズ。ゴーシュの額から、熱気とは違う不快な脂汗がじわりと滲み出した。
「お前は……何をしに来やがった!?」
ゴーシュは影から距離を取るべくバックステップする。既に彼は、このノイズの正体に感づいていた。
『気ヅイテネェノカ?自分ノエクストラデッキモ把握デキテネェナンテ、決闘者失格ダナ』
「何!?」
慌ててゴーシュは自分のデュエルディスクから、エクストラデッキを引き抜いた。彼の見知った三枚のエクシーズモンスターが、そこにはある。
《H-C エクスカリバー》、《H-C ガーンデーヴァ》、《H-C クサナギ》。
「……まさか」
だが、彼はそこで、エクストラデッキのカードが三枚だけでは無いことに気づいた。未知の四枚目のカードが、そこにある。思わず震える指先が触れた瞬間、そこだけが絶対零度に達しているかのような悍ましい波動が伝わってきた。
「ッ!」
即座に反射して手を放す。そこには確かに一枚、見覚えのある漆黒の縁取りを持つカードが、寄生虫のように混ざり込んでいたのだ。
「どういうことだ!?」
虚空に向かって吠えるゴーシュの周囲から、荒野の熱気を喰い破るように、重油のような黒い霧がどろどろと立ち込めていく。
「答えろ!」
それは、かつて地下通路の死闘で、自らの魂を削って叩き潰したはずの悪意の結晶、《No.75 惑乱のゴシップ・シャドー》。それが、ゴーシュのエクストラデッキに入っていたのだ。
「俺は確かに、お前と《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》を無力化し、回収した後Mr.ハートランドに渡したはず!何故、お前がここに現れやがる!?」
意味不明、理解不能、荒唐無稽、因果関係無視。だが、それらを平然とやってのけるのがナンバーズという存在である。
「答えろよ……ゴシップ・シャドー!!」
自分は今、ナンバーズの悪意に巻き込まれそうになっている。そう気づいたゴーシュは焦りを感じつつ叫ぶ。今、ナンバーズに決して魂を飲み込まれてはダメだ、その意思だけが彼を支配していた。彼にとって特に、このタイミングだけは決して譲ることのできない時だからだ。
『サァナ。少ナクトモ、奴ノ手カラ逃ゲルノハ簡単ダッタナァ?』
「……なら、デュエルだ!懲りねぇナンバーズが居るってんなら、もう一度デュエルで言うことを聞かせるまで!!」
闇は飄々とした態度で答える。即座にディスクを構え、闘志の炎を燃やし直すゴーシュを、何重にも重なった不協和音が嘲笑う。
『残念ダッタナ』
「はぁ?」
ゴーシュは苛立ちを隠しもせず、鋭い視線で闇を睨み据える。
『オレハナンバーズ、決闘者ニ非ズ。以前オレガデュエルシタノハ、肉体ヲ得テイタカラ。ソレガ無イ今、デュエルナンテデキル訳ガ無イ』
「だったら、大人しく俺のデッキで眠っていやがれ!俺が厳重に管理するよう突き出してやるよ!!」
怒声を叩きつけるゴーシュに対し、ゆらりと揺らめく影は冷ややかに言葉を返した。
『馬鹿ガ、オレガ何故姿ヲ現シタカ分カルカ?』
「知るか!ノリが悪い以前の問題だ、話さえ通じねぇのか?」
『欺瞞ヤ嘘ヲ貫クカ……ダガ、ソレデイイ。ソレデコソ、オレノ器ニ相応シイ。オレハ、オ前ノ内ナル欲望ヲ叶エニ来タノサ!!』
「何言ってやがる、いい加減ほざいてると今度こそ完膚無きにぶった斬るぞ!?」
ただでさえ意味が分からない存在なのに、言葉まで意味が分からないと来た。こいつなぞに気圧されるか、とエクスカリバーの幻影を背負うように強烈な気迫を放つゴーシュ。だが、周囲の空間を侵食する影の増殖は止まらない。光を飲み込む闇が、徐々に彼の退路を断っていく。
『オ前、本当ハ焦ッテイルンダロ?運営委員トイウ仕事ヲ放リダシテ、ココマデ来タハイイモノノ。ドウラヤ自分ハ
黒い霧がゴーシュの耳元にねっとりとまとわりつき、彼の心の奥底に封じ込めていた一抹の不安と恐怖を容赦なく抉り出してきた。
『分カッテイルハハズダ。スデニオ前ハ用済ミ。誰ニモ求メラレナイ、一人ボッチノ戦士。ソレガオ前、ゴーシュトイウ……チッポケナ人間ダ』
「テメェ!俺がそんなノリの悪ぃことを考えるなどと思うな!俺は俺だ、誰がお前に俺を全く見当違いな代弁をしろと頼んだ!この、虚栄に塗れた化け物が!!」
ゴーシュ自身は気づいていなかったが、いつの間にか彼の額には汗が止めどなく溢れていた。荒い息を吐くゴーシュを、闇は嘲弄するように言葉で追い詰める。
『何トデモ言エバイイ。ダガ、既ニオ前ハ、過去ノオ前ガ望ンダオ前デ無イ』
「何だと?」
気づいた時には遅かった。瞬間、ゴーシュの体に異変が起こった。
『ソロソロダナ』
「あ?な、何!?」
足元を見ると、泥のように歪な暗闇が、彼の靴底から這い上がるように迫ってきていた。あの地下通路での勝利の余韻に浸った一瞬の隙を突き、彼の影の奥底に潜伏していた悪意の残滓が、十分な力を蓄えてついに牙を剥いたのだ。
「俺の足に、影が!!」
『オ前ハ臆病者ノウエ、強情ダ。幾ラオレガ甘美ナ話ヲ振ッテモ、自ラ堕チルコトハ無イダロウ……』
這い上がる黒い泥が、ゴーシュの強靭な両足を拘束し、腰から胸へと急速に浸食していく。まるでタールの中に沈められていくような、抗いがたい重圧と冷たさ。
『油断シタナ、ゴーシュ』
全身の筋肉を激しく軋ませ、ありったけの力で引き剥がそうと抵抗する。だが、実体のない闇は物理的な力をあざ笑うかのように、彼の肉体と精神の境界線を容易く踏み越え、内側へと侵入してくる。
「離せ、ゴシップ・シャドー!俺はこれから、遊馬とデュエルするんだよ!!ノリが高まってきたところに、テメェなんて邪魔者は要らねぇ!!だから……離しやがれ!!!」
身をよじらせ必死に抵抗するが、悪意は止まらない。
『サァ!魂ノ強制差シ押サエダ、ゴーシュ!!』
複数の口が歪に癒着した影の怪物が、ゴーシュの背後からその巨体を丸呑みにすべく、真っ暗な顎を大きく開いた。
『今コソ……一ツニ!!!』
「ぐっ……」
抗う暇もなく、どす黒い悪意の濁流がゴーシュの五感すべてを完全に制圧し、彼の自我を深淵の底へと乱暴に引きずり込んだ。
「ぐ、グぁあぁああああああーーーーッ!!!」
荒野の風音すらも掻き消すほどの強烈な闇の奔流が、ゴーシュを完全に飲み込んだ。
####
荒涼としたキャニオンフィールド。山肌と山肌の間のレーン上を走るコースターの上から、遊馬は前方で止まったコースターの台上に直立不動で立っている一つの人影を見つけた。
「お?あの立ってる奴、ゴーシュじゃねぇか?」
目を細める遊馬の隣で、小鳥も視線を凝らして見る。
「……遠くてよく見えないけど……前、遊馬がデュエルしていたコートを着た男の人のことよね?」
「それ以外いねぇよ!」
前方のコースターに近づいて自身のコースターを停止させると、遊馬は身を乗り出し、大きく手を振って元気よく叫んだ。
「おーい!ゴーシュ!何してんだよー!?」
その声が風に乗って届いたのか、ゴーシュの背中がビクンと不自然に跳ねた。
「何ッテ……」
遊馬の方に身体を向けながら放たれた、ノイズの混じった、複数の声が重なり合ったような異質な呟き。
「ん?」
遊馬が聞きなれない声にいぶかしげに首を傾げたその時、ゴーシュは違和感があるのか喉仏を触り、声の調子を整える。
「ァ、ァ嗚呼ぁ、ああぁあ……」
それと同時に一瞬、ゴーシュが遊馬の方に視線を向けた。
(──食イゴタエノアリソウナ魂ダ)
明らかな悪意が宿った視線だった。遊馬はそれに気づかず、不思議そうにして首を傾げる。
「どうしたんだ?喉が痛いのか?」
「いや、随分一人で黙ってたからな」
口の中が乾いて仕方なかったんだ、と弁明するゴーシュ。スッと皮膚の下へと吸い込まれるように悪意は消え去った。遊馬を見下ろしたゴーシュの顔には、いつもの獰猛な笑みが張り付いていた。しかし、その瞳の奥には以前には無かった底知れない昏い光が宿っていることに、今の遊馬が気づく術はなかった。
「待ってたぜ、遊馬。待ちくたびれて俺のノリがしわしわだ」
腕を組み、ゴーシュは獲物を値打ちするような視線で遊馬を捉える。
「どうやらドロワとカイトのデュエルを見届けたらしいな、遊馬?」
「ああ」
遊馬は力強く頷き、コースターの座席から立つ。
「俺は見てねぇから知らねぇが、ドロワのデュエルでお前はトロンのことをどう見た?」
試すようなゴーシュの問いかけに、遊馬は唇を強く噛み締める。彼の脳裏には、信念の元戦ったドロワの最期、そしてVの語った凄惨な過去と、全てを背負って戦うカイトの姿が焼き付いていた。
「……何も言いたくねぇよ」
ゴーシュにとってみれば軽い質問なのだろうが、だからこそ彼は答えることができなかった。その重みを目撃してしまったから、こんな場所で話すことなんてできない。そう遊馬は判断し、ゴーシュの問いかけにあえて答えなかった。
「あぁ?どういうことだ?」
怪訝そうに眉をひそめるゴーシュに対し、代わりと言わんばかりに遊馬は胸の奥で渦巻く複雑な感情を、真っ直ぐな決意の言葉にして吐き出した。
「俺はトロンのことが許せねぇ!Dr.フェイカーも許せねぇ!でも、トロンはフェイカーの犠牲で、父ちゃんも犠牲で……でも復讐は違う、だからアストラルを取り戻す!」
遊馬はビシッとゴーシュに向けて指を突きつける。その目には、一切の迷いがない。
「そのために、俺はお前を倒す!」
遊馬の堂々たる宣言を受け、ゴーシュは面白そうに喉の奥で低く笑った。
「ほぉ?待たせてその言いなり、不遜だな」
「フソン?」
遊馬は突き出した指をそのままに、きょとんとして聞き返す。すかさず背後から、小鳥が呆れたようなため息交じりに解説を入れた。
「思い上がって、相手を見下すことよ」
「なるほど、待たせて悪かったな!でも俺もやんなきゃいけねぇことがあるんだ!だから、デュエルだ、ゴーシュ!!」
言葉の意味を正確に理解したのかどうかは怪しいが、遊馬は気合十分にデュエルディスクを構えた。対するゴーシュもまた、禍々しい気配を深層に隠したまま、力強く自身のディスクを展開した。
「……いいノリだ。お前のその威勢、どこまで張れるのか見ものだな?」
「行くぞ」
荒野の熱風が二人の間を吹き抜け、張り詰めた空気が頂点に達する。ゴーシュの裏に隠された陰謀に、遊馬は全く気付くことがなく、デュエルは幕を開いた。
「「デュエル!!」」
ゴーシュ LP 4000 / 遊馬 LP 100
####
一方、その頃。スタジアムでは、長らく途絶えていた巨大なメインモニターのノイズが晴れ、突如として鮮明な映像が映し出されていた。不満を漏らしていた観客席から、一斉などよめきと歓声が沸き起こる。
『ようやくです、ようやく映像が復旧しましたーッ!』
スピーカーから響き渡るMr.ハートランドのハイテンションな熱を帯びた声が、スタジアムの空気を一気に煽り立てた。
『スタジアムの皆さん、大変申し訳ございませんでした!神代凌牙選手とⅣ選手のデュエルをご期待されていた方、大変申し訳ございません!マグマフィールドの機材の故障が判明したため、別試合を中継させていただきます!!』
事実上のもみ消しとも言える苦しい言い訳だったが、巨大モニターに新たな対戦カードが大写しになると、観客たちの不満は瞬く間に新たな熱狂へと塗り替えられていった。
『さぁっ、画面に映っているのは元運営委員のゴーシュ!相対するはWDCのダークホース、九十九遊馬だあっ!!全くの未知数を相手に、ゴーシュはドロワの無念を晴らせるかー!?』
カメラが上空からキャニオン・フィールドを捉え、荒野で対峙する二人のデュエリストの姿をズームアップする。
『おっと、会場の皆さんに伝え忘れていましたね。彼ら二人が戦うフィールド、それはキャニオンフィールドです!』
画面が切り替わり、吹きすさぶ砂埃と切り立った岩肌の映像と共に、フィールドの特殊ルールがテロップとして表示されていく。
『このフィールドの特殊効果は至って簡単!このフィールドはモンスターを攻撃表示で召喚・特殊召喚した時、そしてモンスターで攻撃する時』
Mr.ハートランドがことさら声を張り上げ、マイクを握りしめる。
『プレイヤーはなんと200ダメージを受けてもらいます!キャニオンは吹き荒れる風に立ち向かうフィールド!彼らはその中で戦うのです!!』
攻めること自体に痛みを伴い、肉体と精神を削り合う過酷な絶対条件。奇しくもそれは、退くことを知らず真っ向からぶつかり合う遊馬とゴーシュのプレイスタイルを、極限まで試すような過酷な舞台設定だった。
####
だった……はずなのだが。Mr.ハートランドのアナウンスがデュエルディスク越しに伝わってきて、遊馬は重大なことに気が付いた。
「ちょっと待てよ、小鳥」
遊馬はデュエルディスクのパネルに表示された、自身のライフポイントを二度見する。そして、眼前に広がるのは、間違い無くキャニオンフィールド。思わず、額から冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら、隣に座る小鳥へと震える声で呼びかける。
「どうしたの?」
遊馬のただならぬ様子に、小鳥は怪訝そうに眉をひそめて首を傾げた。遊馬は必死に記憶を呼び起こす。先ほど宣言された、この特殊なフィールドにおける無慈悲なルールの数々を。
「モンスターを攻撃表示で召喚・特殊召喚した時に200ダメージって確かに言ってたよな?」
「うん」
小鳥が当然のことのように頷く。さらに絶望の淵を覗き込むような面持ちで、遊馬は言葉を紡いだ。
「で、攻撃する時も200ダメージって言ってたよな?」
「うん」
彼女のあっけらかんとした肯定の返事に、遊馬の肩と膝からカクンと力が抜けた。絶望的な表情を浮かべた彼は、もはや反論する気力すら失い、ただ力なくARビジョンで浮かんで表示されるライフポイントを指差す。
「俺のライフポイント、残り100なんだけど……」
そこには、風前の灯火となった100という数字が表示されていた。
「……うん」
ヒューッと吹き抜ける荒野の乾いた風の音だけが、二人の間に落ちた重苦しい沈黙を際立たせる。どう計算しても、モンスターを召喚した瞬間に自身のライフはゼロになる。そして自分のデッキはモンスターを召喚して攻撃して、勝利するのを狙うデッキ。
はっきり言って、詰みだった。
絶対的な死地を前に固まる遊馬に対し、小鳥は呆れ果てたように目を半開きにした。そして、励ましとも同情ともつかない手つきで、ぽんっと彼の肩を軽く叩く。
「……かっとビングよ、遊馬」
あまりにも投げやりな言葉に、遊馬は目を剥いて叫んだ。
「えぇ!?何もかも無責任じゃねぇか!?」
しかし、小鳥も負けじと声を荒らげる。
「無責任って!遊馬が罠カードに次々に引っかかるからでしょ!!?」
道中のコースターで後先考えずに無計画な行動を繰り返し、次々と罠カードを踏み抜いて自滅を重ねてきたのは、他ならぬ遊馬自身なのだ。
「うぐッ!?」
痛いところを突かれた遊馬は、喉の奥で情けない音を鳴らして言葉に詰まった。アストラルを取り戻すという重大な使命を感じながらも、己の不注意が招いた大失態。そのツケが、ここに来て最悪の形でデュエルの進行を妨げていた。
「うぐも何も無いでしょ!?アストラルを取り戻すなら、どうにかしてみせなさいよ!」
「だから、ライフがねぇんだって!」
敵前であることも忘れ、ギャーギャーと見苦しく騒ぎ立てる二人。その滑稽な様子を静観していたゴーシュは、呆れるどころか、ひどく愉快そうに喉の奥でくくっと笑い声を立てた。戦いの場に似つかわしくない緊張感の欠如も、彼にとっては余興の一つに過ぎない。
「……仲がいいこった。だがそうだな、俺の期待するノリについてくるには、いささかお前のライフポイントは低すぎるか」
ゴーシュは自身のデュエルディスクへと鋭い視線を戻すと、闘志を滾らせて勢いよくカードを引き抜いた。
「もういいよな?俺のターンだ!ドロー、俺は《H・C ダブル・ランス》を召喚!」
荒れた大地を力強く蹴り立て、重厚な装甲に身を包んだ戦士が現れる。その瞬間、召喚のペナルティとして突風が目に見えない鋭い刃へと変貌し、ゴーシュの屈強な肉体を容赦なく切り裂いた。
ゴーシュ LP 4000 → 3800
「このフィールドの効果により、200ダメージを俺は受ける」
物理的な衝撃を伴うチクッとした痛みが走るはずだが、ゴーシュは顔をしかめるどころか、戦いの昂揚感に酔いしれるように獰猛な笑みを深めてみせた。痛覚すらも闘志の燃料に変え、彼は淀みなく次の展開へと突き進む。
「《H・C ダブル・ランス》は、一体で二体分のエクシーズ素材とすることができる!俺は、《H・C ダブル・ランス》でオーバーレイ!現れろ、《H-C ガーンデーヴァ》!!」
足元に構築されたオーバーレイ・ネットワークから眩い光の渦が巻き起こり、巨大な強弓を構えた屈強な英雄が戦場へと降臨する。
ゴーシュ LP 3800 → 3600
「カードを二枚伏せて、ターンエンド!さぁ、遊馬!お前のノリを見せてみろ!」
魂をぶつけ合うようなゴーシュの気迫のこもった咆哮が、荒野の果てまで響き渡る。しかし、それに対する遊馬は完全に腰が引けていた。震える指先でデッキの一番上に手を伸ばす。
「俺のターン、ドロー……けどノるも何も、ライフがねぇから……」
重い手つきで手札を引き抜いたものの、解決策など微塵も見当たらない。このフィールドではモンスターを召喚した瞬間に200ポイントのダメージを受ける。残り100しかない自身のライフは即座に尽き、敗北が確定してしまう。完全に八方塞がりとなった状況に、遊馬の顔にはどうしようもないと言わんばかりの諦めの表情が色濃く滲んでいた。
「……ライフライフうるせぇな、だったら俺がノらせてやるよ!罠カードオープン!《ヒロイック・ギフト》発動!!」
すると、一向に戦おうとしないそのウジウジとした態度に、ゴーシュが痺れを切らしたように、声を荒らげて叫んだ。ゴーシュの足元に伏せられていたリバースカードが勢いよく開く。強烈な光を放つそのカードから、眩いばかりの恩恵の光が濁流となって遊馬に向かって一直線に降り注いだ。
「効果で俺は2ドロー、さらに効果でお前のライフポイントを4000にする!」
「え?」
その宣言と同時に、光に包まれた遊馬のデュエルディスクから軽快な電子音がけたたましく鳴り響き始めた。先ほどまで消え入りそうだった数字が、瞬く間に上昇を始め、一気に跳ね上がる。
遊馬 LP 100 → 4000
自身が2枚ドローする代償として相手のライフを全回復させるという、常軌を逸した罠カードであった。
「え?」
敵を叩き潰す絶好の好機を自ら捨て去り、全力でぶつかり合うためだけに用意された、気前が良すぎる想定外の贈り物。呆気に取られた遊馬と小鳥は、揃って間の抜けた声を上げながら、ただパチパチと瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「「えええぇぇ!?」」
事態を正確に飲み込むまでに、数秒の時間を要した。最大値まで回復したライフポイントを凝視していた遊馬と小鳥の口から、今度こそ完全に裏返った驚愕の声が荒野にこだまする。
「ライフを4000に、遊馬、今すぐお礼しなさい!?」
慌てて小鳥が隣の遊馬を揺さぶり、ゴーシュに感謝するよう促す。だが、呆然としていた遊馬はすぐにハッと我に返ると、敵から施しを受けたという事実に顔を真っ赤にして猛抗議を始めた。
「ゴーシュ!?お前、俺のデュエルスフィンクスを舐めやがって!お前の助けなんてアストラルを助けるのにいらねぇよっ!」
ギリッと歯を食いしばり、デュエルディスクを突きつけて吠える。しかし、その威勢の良い啖呵は、隣に立つ小鳥の冷ややかなツッコミによってあっさりと腰を折られた。
「なんで逆ギレするのよ!?それに、それを言うならタクティクスよ、遊馬!」
「小鳥ぃ!?」
緊迫したデュエルの最中だというのに、味方からのあまりにも容赦ない訂正に、遊馬は裏切られたような顔で小鳥を振り返る。そんな二人のコントのようなやり取りを見て、ゴーシュは鼻で笑いながら肩をすくめた。
「フッ、あまり調子に乗るな。勘違いすんじゃねぇ、俺はカードをドローしたかっただけ……」
言い訳するように口の端を歪めるが、その瞳の奥には隠しきれない闘志の炎がゆらめいている。
「……それに、余りに弱った獲物を食らいつくすのは俺の趣味じゃねぇ」
目の前の獲物を威嚇するように、ゴーシュは遊馬を睨みつける。己のライフを削るペナルティを背負ってでも、強敵と全力でぶつかり合いたい。そんな純粋で凶暴な戦士としての本音が、ポツリとこぼれ落ちたのだ。
「だーっ!もういいっ!俺は《モグモール》を守備表示で召喚、さらにカードを1枚伏せてターンエンド!!」
すっかりペースを乱された遊馬は、やけくそ気味に手札からモンスターと伏せカードをセットした。盤面に現れたのは、ヘルメットを被ったモグラ。攻撃表示ではないため、フィールドのペナルティは発生しない。
「俺のターン、ドロー!……チッ、守備表示だぁ?舐めたノリだ、お前らしくねぇな!」
力強くカードをドローしたゴーシュは、丸まって防御姿勢をとるモグラを睨み据える。彼が求めているのは、命を削り合うようなギリギリの攻防だ。遊馬の消極的な態度への苛立ちを込めて、容赦のない攻撃命令を下した。
「《H-C ガーンデーヴァ》で《モグモール》を攻撃!」
ゴーシュ LP 3600 → 3400
攻撃宣言のトリガーを満たした瞬間、再び荒野の風が刃となってゴーシュの身体を深く切り裂く。だが、彼はその痛みすらも楽しむかのように一切顔色を変えず、矢をつがえる英雄へと指示を飛ばした。ガーンデーヴァが巨大な弓を引き絞るのを見た遊馬は、待ち構えていたように足元のリバースカードを開く。
「罠発動!《バトル・ブレイク》!攻撃してきたモンスターを破壊し、バトルフェイズを終了させる!」
遊馬のトラップが発動し、ガーンデーヴァを粉砕すべく無数の閃光が飛び交う。しかし、百戦錬磨のゴーシュが、そんな単調な防御策を読んでいないはずがなかった。
「それで守ったつもりかぁ!カウンター罠発動、《戦士の誇り》!バトルを終了させるカードを無効にし、さらに破壊だ!!」
ゴーシュのフィールドから強烈な闘気が爆発し、遊馬の罠を粉々に打ち砕く。防御手段を完全に失い、無防備になったモグラのモンスターへと、ガーンデーヴァの放った必殺の矢が真っ直ぐに突き刺さった。
《H-C ガーンデーヴァ》ATK 2100 vs《モグモール》DEF 800
「バトルは継続、《モグモール》を破壊だ!」
轟音と共にモグラが爆発四散し、ARビジョンの破片が風に舞う。だが、遊馬もただ黙ってやられているわけではない。
「《モグモール》の効果発動!破壊され墓地へ送られた時、墓地から守備表示で特殊召喚できる!」
「そんなノリを通すか!《ガーンデーヴァ》の効果発動、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、そのモンスターを破壊する!」
ガーンデーヴァの周囲を回っていた光の玉が一つ弾け飛び、二本目の矢が光速で放たれる。蘇生しようとした《モグモール》は実体化する間もなく、その矢によって跡形もなく消し飛ばされた。完全にフィールドを更地にされた遊馬へ向け、ゴーシュは両手を広げて挑発するように吼える。
「さぁ遊馬、陰鬱な感情なんて捨ててかかってこい!!カードを二枚伏せて、俺はこれでターンエンド!」
苛烈な猛攻を終え、ゴーシュは不敵な笑みを浮かべてターンを渡した。突きつけられた圧倒的な力と、熱を帯びた言葉。それに呼応するように、ついに遊馬の瞳にも強烈な闘志が宿る。迷いを振り切った彼は、デュエルディスクから勢いよくカードを引き抜いた。
「俺のターン、ドロー!俺は《ゴゴゴゴーレム》を召喚し、さらにレベル4の召喚に成功したから手札から《カゲトカゲ》を特殊召喚!」
遊馬 LP 4000 → 3800
巨岩の魔人と、漆黒の影を纏ったトカゲが同時に盤面へ躍り出る。
「俺は、《ゴゴゴゴーレム》と《カゲトカゲ》のレベル4の二体でオーバーレイ!」
行きつく間もなく遊馬が宣言するとコースターのレール上に巨大な銀河の渦が出現し、二体のモンスターが光となってその深淵へと吸い込まれていく。その見慣れた召喚の軌跡を見た瞬間、ゴーシュの表情がパァッと明るくなり、子供のように目を輝かせて身を乗り出した。
「お?《ホープ》か!?《ホープ》なんだろ、遊馬!?」
空高く巻き上がる銀河の渦から、遊馬のエースモンスターが降臨する。ゴーシュがそう確信した瞬間、光の中から現れたのは、巨大な剣士ではなく、テンガロンハットを深く被ったガンマンの姿だった。
「エクシーズ召喚!現れろ、《ガガガガンマン》!!守備表示で召喚だ!」
腕をクロスさせ、防御姿勢で盤面に降り立つガンマン。待ち望んでいた熱い展開を完全にへし折られたゴーシュは、あんぐりと口を開けたまま数秒間硬直した。そして、沸点を超えた怒りと失望を顔中に行き渡らせて絶叫する。
「な、なにぃ!?《ホープ》じゃねぇし、守備表示だとぉぉぉ!!?」
「いいだろ別にッ!効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、守備表示なので、800ダメージを相手に与える!」
ゴーシュの凄まじい剣幕に押され気味になりながらも、遊馬は言い訳がましく言い放った。ガンマンが、腰のホルスターから二丁拳銃を素早く引き抜き、前方の敵へと向けてトリガーを引く。放たれた弾丸が、一直線にゴーシュの肉体を打ち据えた。
ゴーシュ LP 3400 → 2600
「ターンエンドだ!」
「グッ!……ふざけんじゃねぇ、遊馬!!」
着弾の衝撃に顔をしかめたゴーシュだったが、その痛みよりも、期待を裏切られた苛立ちの方が遥かに勝っていた。デュエルディスクを構えた腕を乱暴に振り下ろし、大地を揺るがすような怒号を響かせる。
「テメェ、さっきから守備ばっかで出しやがって!そんなにライフポイントが削れるのが嫌か!?」
獲物を前にして尻込みするような遊馬の戦い方に、ゴーシュの怒りは頂点に達していた。
「ッ!?」
命を削り合うようなギリギリの攻防を求めている彼にとって、ダメージを恐れて縮こまるようなデュエルなど耐え難い屈辱でしかない。
「い、いや俺はコースターでめちゃくちゃダメージを受けたから、せめてこのデュエルでは……」
遊馬はたじろぎながら弁明する。ここに至るまでの道中で散々罠を踏み抜き、身をボロボロにされてきた記憶が、どうしても彼のプレイングを消極的にさせていた。しかし、そんな弱音をゴーシュが聞き入れるはずもない。
「今は今、それはそれだ!お前、何で俺が遊馬のライフポイントを回復してやったのか分かってんのか!?」
「え、ええ!?知るかよ!?」
突然の恩赦の真意を問われ、遊馬は目を白黒させる。そんな彼に対し、ゴーシュは自身の胸をドンと叩き、魂の底から湧き上がる熱い思いを言葉に乗せて叩きつけた。
「だったら教えてやる!熱いノリ、熱いモンスター同士の戦い、熱い信念のぶつかり合い!それでこそ、デュエルってもんだろうが!!」
荒野に響き渡る真っ直ぐな言葉が、迷いの中にいた遊馬の胸を強く打った。安全圏から様子を窺うような今の自分は、本当に自分の目指すデュエルをしていると言えるのか。
「……熱い、ぶつかり合い……!?」
ゴーシュの言葉は、遊馬が心の奥底に置き忘れていた大切なものを揺さぶり起こそうとしていた。
「そうだ!お前が見せた、《No.39 希望皇ホープ》のあの熱い斬撃は今のテメェは忘れちまったのか!?」
「《ホープ》の、熱い斬撃……」
かつて幾度となく窮地を救い、共に勝利を掴んできた黄金の戦士の姿が、遊馬の脳裏に鮮明に蘇る。
「そうだ!あんときはナンバーズを使わざるを得なかったのかもしれねぇが、俺の前にそんなまどっころしいことは関係ねぇ!お前はお前らしく、守りに徹するんじゃなくて殴って勝ちに来い!!」
地位も立場もかなぐり捨て、ただ一人のデュエリストとして目の前の相手と魂を交えたい。ゴーシュの偽りない本気の眼差しが、遊馬を真っ直ぐに射抜いていた。その真っ直ぐな熱量にあてられ、遊馬の表情から徐々に怯えの色が消え去っていく。
「遊馬?」
隣で心配そうに見つめる小鳥の声にも、今の遊馬はただ静かに目を伏せるだけだった。ギュッと拳を握り締め、自分の中の迷いを完全に断ち切るように、ゆっくりと顔を上げる。
「……ゴーシュの言ってることは、間違ってねぇ」
その瞳には、先ほどまでの弱々しい光は微塵も残っていなかった。かつての強敵であり、今は誰よりも自分を理解し、本気でぶつかってこいと発破をかけてくれる目の前の男に応えるために。
「……降りてくれ、小鳥」
突然の申し出に、小鳥は目を丸くして遊馬の横顔を見つめた。
「えっ?」
「ここからは、俺一人でデュエルする」
ここから先は、小手先の守りなど通用しない。自身の身を削り、傷つくことを恐れずに前へ出る覚悟を決めた遊馬の声は、低く、しかし確かな熱を帯びていた。その決意に満ちた顔つきを見た瞬間、ゴーシュの険しかった表情がパァッと晴れ、獰猛な笑みへと変わる。
「お?ようやくその気になったようだな?」
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コースターを止めると、遊馬は申し訳なさそうに眉尻を下げ、隣で立つ小鳥へと座りながら視線を向けた。これからの死闘に、彼女を巻き込むわけにはいかない。
「小鳥、すまねぇな」
その不器用な気遣いが込められた声に、小鳥は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、彼が本来の熱さを取り戻したのだと悟ると、パッと表情を輝かせた。
「いいってことよ!でも、その代わり……」
小鳥は躊躇うことなく身を翻す。コースターからレーンの道中にあった休憩ポイントへと軽やかに飛び降りると、くるりと振り返って遊馬の顔をビシッと指差す。その口元には、いつもの勝気で明るい笑みが浮かんでいた。
「その代わり?」
「その代わり、絶対に勝って迎えに来るんだぞッ!」
凛とした声が、真っ直ぐに遊馬の胸へと届く。それはただの応援ではなく彼への絶対的な信頼と、決して負けることを許さない彼女なりの強いエールだった。
「ああ!絶対勝つ!!」
その真っ直ぐな言葉に、遊馬の顔から僅かに残っていた陰りが完全に吹き飛んだ。迷いを振り切った瞳に熱い闘志の炎を燃え上がらせ、空に向けて力強く拳を突き上げる。
「なら行って良し!!」
満面の笑みで背中を押す快活な声に見送られ、遊馬はゆっくりと正面を見据えた。彼の視線の先では、己の期待に応えてついに牙を剥いた好敵手を、ゴーシュが獰猛な笑みを深めながら待ち構えていた。
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猛スピードで走行するコースターの上で、ゴーシュは踏ん張るように脚に力を込め、勢いよくデッキからカードを引き抜く。
「さて、俺のターンだ!!俺のターン、ドローッ!!」
カードを切る甲高い音が響いた直後、不意に足元から伝わる激しい振動と金属音が不穏な異音へと変わる。
「なんだ……って!レーンがねぇ!?」
不審に思った遊馬が視線を前方へ向けると、目の前のレーンが断崖絶壁の途中で唐突に絶たれていたのが分かった。
「ゴーシュ!!」
「あぁ?って、レールが途切れてッ!?」
スピードの出たコースターはブレーキが間に合うはずもなく、そのまま空切る闇の中へと躍り出た。一瞬の浮遊感の後、猛烈な重力が二人を谷底へと引きずり落としていく。
「「どわぁぁあああっ!!」」
視界が上下左右へ激しく回転し、迫る岩肌と風切り音の中でコースターは気づかぬうちに消えた。地面へ叩きつけられた二人は、幾度も転がりながら砂埃の中に投げ出される。
「いつつつつ……」
遊馬は痛む全身を庇いながら、立ち込める砂煙の中でゆっくりと体を起こした。周囲を見渡すと、先ほどまで走っていた岩壁は影を潜め、空間そのものが書き換わるかのように怪しい輝きを放ち始めていた。
「ここは……」
ゴーシュもその異変に気付いたのか、辺りを見渡す。すると、先ほどまで青空だった空が一転、地平線のかなたから赤々しい太陽が現れ、空を赤く染めようとしていた。
「夕日が、出てきた!?」
気が付くと、いつの間にかそこにはどこまでも広がる朱色の大地と、地平線へ沈みゆく巨大な太陽が広がっていた。禍々しくも美しい橙色の光が世界全体を染め上げ、静寂の中で二人の影を深く、長く引き延ばす。無機質な壁は消え去り、代わりに視界の果てまで続く荒野と、血のように赤く染まった黄昏の空が広がる。
土を払いながら立ち上がったゴーシュは、デュエルディスクに視線を落とし、画面に点滅する新しいシステムデータを睨みつけた。
「……なるほど、そういうことか。フィールドは一種類だけじゃない、真の姿があるということだ!」
コースターの転落によって隠されたエリアへと足を踏み入れたことで、フィールドのシステムが新たなプログラムを起動させたのだ。キャニオンフィールドの奥深くに隠されていた真の闘技場――フィールド魔法《夕日の決闘場》が、その全貌を現した。
《夕日の決闘場》
フィールド魔法
このカードが存在する限り、お互いのモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できない。自分フィールド上にモンスターが2体以上存在する場合、バトルフェイズ開始前に発動する。自分はその中からモンスター1体を選び、選んだモンスター以外のモンスターを全て破壊する。フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時、そのモンスターのコントローラーは300ポイントのダメージを受ける。
空中に刻み込まれたルール。群れることは許されず、プレイヤーへの直接攻撃という逃げ道すらも一切封じられている。己の身代わりとなる小手先の盾は失われ、頼れるのは魂を託したたった一体の相棒のみ。自らが操る最強のエースモンスター同士を正面から激突させ、生き残った者だけが勝利者となる、過酷にして純粋な決闘空間。
「僥倖だ」
「ギョウコウ?」
またも聞きなれないゴーシュの単語に遊馬が頭をかしげるが、今彼のそばには誰もいない。新たなフィールドの効果を確認したゴーシュは、燃え盛る夕日を横目にし、凶暴な笑みを口元に刻んだ。
「決着はここでつける。いいだろ、遊馬!?」
逃げ場のない死闘の舞台を前に、遊馬は痛みを忘れてデュエルディスクを構え直し、力強い眼差しで相手を見据え返した。
「ああ!」
遊馬が強く頷く。
その直後だった。
「ああ、それでいい……」
先ほどまで吹き荒れていた荒野の乾いた風が、まるで息の根を止められたかのように唐突に鳴りを潜めた。肌を刺すような静寂が落ちる。痛いほどに眩しかった夕日の赤は、いつの間にかどす黒く濁り始め、まるで凝固した血のように不気味な薄暗さでフィールドを侵食していった。
「……邪魔者は消エタ」
「えっ?」
淀んだ空気の中に、不意にゴーシュの声が落ちる。口元に手を当てて呟くその声は、ひどく冷たく、錆びた金属が擦り合わさるような無機質な響きを帯びていた。
「邪魔者って……小鳥のことか?おいゴーシュ、急にどうしたんだ?お前、さっきと雰囲気が……」
遊馬の足元から、じわじわと体温が奪われていくような錯覚に陥る。地平線を背に立つゴーシュの足元では、赤黒い大地に落ちた彼の影だけが光源の角度を完全に無視し、泥のようにぐちゃぐちゃと蠢きながら異常な肥大化を始めていた。
「ククク……ソウダ、これデ水入らずダ。テメェのくだらねぇ迷イモ、余計なギャラリーモ要らねェ……」
遊馬の問いかけを完全に無視し、ゴーシュの瞳から人間らしい感情の光が急速に失われていく。その表情は笑っているようでいて、どこか精巧な人形のように凍りついていた。熱狂の闘技場だったはずの空間は、今や冷たい死の気配が立ち込める底知れぬ異界へと変貌している。
「おい! 返事しろよゴーシュ! なんなんだよその声は!?」
急激に目の前の人間に対して、遊馬の本能が違和感を全力で告げていた。
「オレハ、手札カラ《H・C ソード・シールド》ヲ召喚。さらニ罠発動、《ヒロイック・チェンジ》!」
ゴーシュは遊馬の制止する言葉を完全に無視し、素早い手つきでデュエルディスクを操作した。盤面に重装歩兵が現れると同時に、足元の伏せカードが勢いよく跳ね上がる。
「コノカードは、ヒロイックと名のついたモンスターをフィールドと墓地カラ入れ替エル。 俺は、《H-C ガーンデーヴァ》をリリースし、墓地ノ《H・C ダブル・ランス》を特殊召喚!」
フィールドに展開された戦士たちを虚ろな目で見下ろすゴーシュ。その足元から、黒い泥のような影が這い上がり、彼の屈強な肉体を徐々に飲み込んでいく。発せられる声には不快な倍音と電子ノイズが混じり始め、もはや人間のそれではなくなりつつあった。
「……ゴーシュ!!」
「サァ、受け取れ遊馬!俺が望み、ソシテオ前ガ望ンダ熱イブツカリ合いノ始まりだ……! 俺は、《H・C ダブル・ランス》と《H・C ダブル・ランス》の戦士族モンスター2体で、オーバーレイ・ネットワークを構築……!」
戦士たちが、渦巻く銀河の中へと吸い込まれる。ゴーシュの身体を包む影が狂暴に蠢き、空間そのものが耐えきれずにミリミリと悲鳴を上げて軋んだ。
「現れロ、《No.86──!!」
一瞬、耳を疑った。
「えっ……?」
激しい耳鳴りのようなノイズにかき消されたような、あるいは現実の事象そのものが強引に書き換えられたような――致命的な空間の歪み。瞬きをした次の瞬間には、それが幻聴などではなく、逃れようのない確かな真実へと変わっていた。
「お前今、なんて言った……?」
ナンバーズ、ゴーシュはそう言った。ナンバーズハンターである彼が間違いなく、そう言ったのだ。遊馬が息を呑んで後ずさった直後、ゴーシュの胸元に禍々しい赤紫色の数字――『86』の紋章が、皮膚を焼き切るようにして鮮血のごとく浮かび上がる。
「ナンバーズ!?ゴーシュ、お前!?ゴーシュ!?」
「蓄積されし戦士の軌跡が、欺瞞や嘘を穿つ撃槍と成る!」
それはゴーシュ自身の肉声と、底知れぬ深淵から響く悪意の泥のような声が二重にピタリと重なり合った、悍ましくも冒涜的な口上だった。
「H-C!!」
オーバーレイ・ネットワークから、凝縮された怨念のような黒い霧が爆発的に吹き荒れ、夕日の決闘場を包み込む。
「やめろおぉぉ、ゴーシュ!!」
遊馬の悲痛な叫びは吹き荒れる嵐にかき消され、もはや彼には届かない。
「──ロンゴミアント》!!!」
やがて霧が晴れた後に姿を現したのは、ゴーシュが愛用する重装備を纏ったヒロイックの戦士だった。だが、放たれる異様なプレッシャーと黒く染まったオーラが、目の前のモンスターが決定的に別物であることを告げている。
「ナンバーズ……ゴーシュ、なんでお前が、ナンバーズを使ってるんだよ!?!」
巨大な魔槍を携えた純白の英雄が、逃げ場のない荒野に絶望の影を落としながら、血塗られた夕日の空へと降臨した。
まさかのオチ要員二連打。18000文字なのでお許しを。
ところで私は現在原作アニメが見れない環境なので、当時の原作アニメ(59話)の実況版からやり取りを推測して書いたのですが、ふと書き込み日時を見たら弟の誕生日でした。一気見で特にお気に入りの回だっただけにマジでビックリ。お前はだから熱くてノリがいいんだね……生意気だけど!