軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
ちなみに使用した漫画版カイトは一時的に闇堕ちしてます。
ヒロイックは光・地属性の戦士族テーマ。しかし、唯一闇属性のモンスターがいるんですよね。《No.86 H-C ロンゴミアント》って言うんですけど。
じゃあ闇堕ちじゃねぇか!!!
「《No.86 H-C ロンゴミアント》!!」
赤く荒涼とした大地を照らす夕陽の下。禍々しく蠢く闇が、一人の戦士の姿を形作る。それは槍を携えた純白の英雄であった。ドスン、と地に突き立てられた巨大な槍が音を立て、荒野全体を威圧する。
「ナンバーズッ!ゴーシュ、お前!!」
遊馬は、息を呑むしかなかった。ゴーシュから立ち上る異常なまでの黒いオーラ。それはかつて自らが相棒とともに何度も対峙してきた、人間の心を喰らう恐るべきカードの力そのものだったからだ。
「コノナンバーズハ、オーバーレイ・ユニットノ数ダケ、強靭無敵ニ近ヅク!!」
ゴーシュの口から発せられたのは、もはや彼本来の熱血漢たる声ではなかった。禍々しく恐ろしい、ノイズの入り混じった響き。その異様な声に呼応するかのように、ロンゴミアントの周囲を旋回する光の球が、不気味な明滅を繰り返す。
旋回する一つ目の光球が激しく光った。
「オーバーレイ・ユニットガ一ツ以上アレバ、《ロンゴミアント》ハ戦闘デ破壊サレナイ!」
その瞬間、ロンゴミアントの装甲の表面の輝きが増した。さらに二つ目の光球がロンゴミアントの槍の周りを回ると、空間そのものが震動を始めた。
「二ツ以上アレバ、攻撃力ト守備力ガ1500上昇スル!!」
爆発的なエネルギーの奔流が騎士の巨体を包み込み、その闘気を際限なく膨張させていく。
《No.86 H-C ロンゴミアント》ATK 1500 → 3000 DEF 1500 → 3000
「なっ……攻撃力3000!?」
「バトルダ、遊馬ァ!!」
異形の影がゴーシュの腕を操り、突撃命令を下す。
「行ケ、《ロンゴミアント》!《ガガガガンマン》ヲ攻撃ッ!」
戦士の誇りなど無い、ただ蹂躙のみを楽しむ残虐な気配がフィールドを支配していた。命令を受けた英雄が、大地を砕くほどの踏み込みで跳躍した。振り上げられた巨大な槍が、逃げ場のない圧倒的な質量となって銃撃手の頭上へと迫り来る。
《No.86 H-C ロンゴミアント》ATK 3000 vs 《ガガガガンマン》DEF 2400
轟音と共に、ガガガガンマンの姿が爆炎の中に消え去った。
「くっ……ガンマンが!」
抗うことすら許されない一撃粉砕。その爆風は遊馬の身体をも激しく煽り、砂埃が容赦なく視界を奪う。戦闘の余波はそれだけでは終わらない。フィールド魔法に刻まれた効果が発動し、砂嵐となり遊馬の精神を直接打ち据えた。
「《夕日の決闘場》ノ効果発動!モンスターヲ戦闘破壊サレタ弱者ハ、300ダメージノペナルティヲ受ケロ!」
遊馬 LP 3800 → 3500
「ぐっ……」
「嬲リ殺シダ、遊馬……ククッ」
遊馬は痛みを堪えて立ち上がり、ゴーシュの顔を見る。そこに浮かんでいたのは、下劣な嘲笑だった。ゴーシュの形をいくら真似ていようと、その面影はもう欠片すら残っていないように見えた。どんなに荒々しくとも、決して相手を侮辱しなかった男への冒涜。
「さてはお前、本物のゴーシュじゃねぇな!?」
「アァ?漸ク気付イタカ?」
遊馬の直感が、眼前の男が偽物であると告げていた。すると、ゴーシュの姿をした何かは、隠す素振りすら見せずに首を歪に傾けた。
「おかしいと思ってたんだッ!ナンバーズを使うにしてもゴーシュはもっと熱い奴だ、お前みたいな奴じゃねぇ!!」
遊馬の怒声が荒野に響き渡る。ゴーシュの心臓の鼓動、デュエルにかける情熱、そのすべてを知っているからこそ、こんな言いぶりが許せなかった。
「ソウダ、俺ハ既ニ、ゴーシュジャナイ……」
影は愉悦に満ちた声で肯定する。ゴーシュの周りを囲む禍々しいオーラが、さらに増した感覚がする。遊馬はもはや確信していた。人間の欲望を増幅させ、精神を乗っ取る埒外のカード。眼前の怪物は、紛れもなくその一種だった。
「お前、ナンバーズだな?ゴーシュに憑りついた、ナンバーズだろ!」
「ゴ明察ダ……九十九遊馬。一心同体、上塗リ成功。オ前ノ魂モ、ゴーシュト共ニ食ライツクシテヤルヨ!!」
影は嘲笑うかのように言う。大切な仲間を傀儡にされた遊馬の怒りは瞬時に頂点に達した。
「テメェ!!ゴーシュをよくも!!」
強く握りしめた拳が震え、デュエルディスクを構える腕に力が込められる。しかし、怒りすらも影にとっては格好の餌に過ぎない。ゴーシュの強靭な肉体をさも便利な道具のように撫で回し、絶対的な優位を揺るぎないものとして突きつける。
「イクラ喚コウガ無意味ダ。既ニ、コノ身体ハ……俺ノモノニナッテイル!!」
「嘘だろ……!」
希望を打ち砕かれるような宣告に、遊馬の声が掠れた。ゴーシュの意識が深淵に沈み切っているという事実が、重くのしかかる。影は遊馬を精神的に追い詰めるべく、ゴーシュの脳裏から引きずり出した大切な言葉を、まるで汚物でも扱うかのようにねっとりと舌に乗せた。
「コイツノ記憶カラ見ルニ、オ前ハ確カ……『かっとビング』。ソレガオ前ノ魂ダッタナ?」
警戒を緩めず、遊馬は短く答える。
「……ああ」
影は容赦なくその信条へと刃を向ける。冷酷で論理的な惑乱の押し付けが、遊馬の心の最も柔らかい部分を無残に切り裂こうとしていた。
「ダガ、『かっとビング』ナドト言ウ言葉ハ……欺瞞ダ」
突然の全否定に、遊馬は理解が追いつかず間の抜けた声を漏らしてしまう。
「は?」
乾いた風が吹き抜ける。夕闇が濃さを増し、ゴーシュの背中から荒涼とした大地に這う影が不気味に伸びてゆく。影は、遊馬の心の根幹を嘲笑うかのように、歪んだ口元から言葉を紡ぎ出した。
「欺瞞ニ満チ溢レテイル。強大ナ存在ニ立チ向カイ、カットビツヅケルコト……ソレデ、何時カ強大ナ存在ヲ越エ、勝利ヲ手ニスル」
まるで純粋な少年の夢を泥足で踏みにじるような、容赦無い響き。影はあえてゆっくりと歩み寄り、遊馬の目を覗き込みながら、氷のように冷たい現実を突きつける。
「……ソレハ何時ダ?モシカシテ、オ前。チャンスハ何度デモアルトデモ勘違イシテイルンジャナイカ?」
反論を許さない重圧が場を支配する。何度も立ち上がるという行為そのものが、愚かで無価値なことであると断じようとする悪意の波動が、決闘場全体にどす黒く渦巻いていた。
「ダトシタラ、トンデモナイ見当違イダナ。チャンスハ一度切リダッタラドウスル?負ケタラ終ワリデオ前ハリトライヲ要求スルノカ?モシクハ何度デモ挑ンデ、ソノタビニヘシ折レル時間ハ無駄カ?無駄ナ時間ノタメニ立チ向カイ続ケルノカ?」
残酷な言葉の刃が、容赦なく遊馬の精神を切り刻む。それは諦観を強要する暴力であり、未熟な少年を深い暗黒へと引きずり込もうとする悪魔の囁きだった。
「ソレニ、コノ世ニハ、絶対的ニ超エラレナイモノガ幾ツモイクツモ、無数ニ無限ニ存在スル!オ前ハソノ存在ニ若イトイウタダノ経験不足デ運ヨク遭遇シテイナイダケノ、タダノ温室育チノエビダ!!」
ゴーシュの身体を操る影が、両腕を広げながら言う。世界には決して覆せない絶望があるのだと、自らが操る《ロンゴミアント》の無敵の姿と重ね合わせるように、影は声高らかに宣告した。
「オ前ノ安ッポイ信条、惑乱ノ絶対的ナ力ヲ以テシテ灰塵ニ変エテヤル。ソシテオ前ハ思イ知ル……コンナ言葉、無意味ダッタ、トナ」
冷たい風が吹き抜ける中、遊馬は俯いたまま肩を小刻みに震わせていた。
「……取り消せ」
それは、決して恐怖ではない。自らの魂とも言える言葉を、何よりも大切な絆を「安っぽい」と吐き捨てられたことに対する、沸点を超えるほどの怒りだった。
「感謝シロ。猛進シカデキナイ猪ニ右左ヲ教エルナゾ、並大抵ノ存在デハデキナイゾ?」
地を這うような悪意しかない声に、遊馬は限界だった。遊馬は顔を上げ、血走った眼で眼前の怪物を強く睨みつけた。握りしめた拳には爪が食い込み、血が滲むほどの力が込められている。
「……取り消せよ!!それは俺が父ちゃんに教わった、一番大事な言葉だ、お前が分かったつもりになって汚すんじゃねぇ!!」
遊馬の魂の叫びが大気を震わせる。「かっとビング」はただの言葉ではない。行方知れずの父と自分を繋ぎ、どんな困難な時も前を向かせてくれて、絆を描いた、彼にとってかけがえのない宝物なのだ。それを理解もせず踏み躙る存在を、絶対に許すわけにはいかなかった。
「イイヤ、汚シテ汚シテ汚シツクシテヤル!!」
怒りすらも糧とするように、影はさらに邪悪なオーラを膨張させる。遊馬の純粋さを泥で塗り固め、その奥底に潜むはずの弱さを引きずり出して屈服させることこそが、このナンバーズの至上の悦びであった。
「惑乱シ、嘘ヤ欺瞞ヲ書キ換エテ、虚勢ヲ張ッテ、上塗リシテ、覆イ隠スオ前ヲ暴ク……オ前ハ思イ知ルコトニナル、自分ノ内ナル獣ハ、コンナニモ臆病者ダッタノダトナ!!」
影の言葉と共に、ロンゴミアントの放つ重圧がさらに一段階増す。圧倒的な暴力と絶望の盤面を築き上げたことへの確信。それこそが、決して折れない少年の心をへし折るための最高の舞台装置だった。
「俺ハコレデターンエンド……サァ、見セテミロ。オ前ノ、本性ヲ!」
絶対的な優位を誇示するように、影は腕を組んで遊馬を見下ろした。沈黙が訪れ、決闘場の空気は張り詰める。だが、その言葉が決定的に目の前の存在はゴーシュなのではなく、化け物のナンバーズであると遊馬に確信づけた。
「クソッ!ゴーシュ、待ってろよ……すぐこんなナンバーズぶっ倒してやる!!」
遊馬はデュエルディスクを勢いよく構え直し、デッキのトップに指をかけた。このまま終わるわけにはいかない。絶望の壁がどれほど高くとも、それをぶち壊して進むのが自分のデュエルだ。
「俺のターン、ドローっ!容赦しねぇッ!!俺は手札から《ガガガカイザー》を召喚!さらに、フィールドにガガガと名の付くモンスターがいるため、《ガガガクラーク》を手札から特殊召喚……ここで、《ガガガカイザー》の効果発動!」
遊馬が男女の戦士を呼び出すと、男戦士の効果により墓地から土塊の巨人の幻影が浮かび上がる。
「墓地の《ゴゴゴゴーレム》を除外し、それと同じレベルに《ガガガカイザー》と《ガガガクラーク》は変化する!《ゴゴゴゴーレム》のレベルは4!よって、《ガガガカイザー》と《ガガガクラーク》はレベルが4になる!!」
《ガガガカイザー》と《ガガガクラーク》のレベルが揃い、エクシーズ召喚の準備が整った。
「俺は、レベル4の《ガガガカイザー》と《ガガガクラーク》の二体でオーバーレイ!」
遊馬が力強く宙を指差すと、足元に巨大な銀河の渦が出現する。
「現れろ、《No.39 希望皇ホープ》!!」
幾度となく絶望を打ち砕いてきた希望の象徴が、純白の翼を広げて降臨する。純白の巨兵《ロンゴミアント》が背後から放つ瘴気に対し、ホープの放つ神聖な光が真っ向からぶつかり合い、バチバチと火花を散らした。
「バトルだ!!《No.39 希望皇ホープ》で、《ロンゴミアント》を攻撃!」
《No.39 希望皇ホープ》ATK 2500 vs 《No.86 H-C ロンゴミアント》ATK 3000
数値の上では負けている。それでも、遊馬の瞳に迷いは微塵もなかった。ホープは大剣を構え、自身よりも巨大で禍々しい騎士へと勇敢に突進していく。一見すれば無謀な自爆攻撃にしか見えないその特攻を前にして、ゴーシュの顔に浮かんだ影は一瞬片目を吊り上げた。
「攻撃力ガ劣ッテイルノニ、攻撃ダト」
だが、その行為の意味を瞬時に理解した影はむしろ、獲物の足掻きを鼻で笑うかのように、歪んだ口元を吊り上げる。
「……アア、《ダブル・アップ・チャンス》カ」
「なんでお前が!?」
必殺のコンボをあっさりと看破された遊馬は、驚きに目を見開いた。この奇襲は、自分の戦術を知っている者でなければ分かりようもないことだった。だが、目の前の相手は違う。
「言ッタハズダ、既ニ俺トゴーシュハイ心同体!特ニイレギュラーヲ引キ起コシ続ケルオ前ノ記憶ヲ、ゴーシュハ鮮烈ニ覚エテイルッ!!」
影の言葉は、ゴーシュという男がどれほど遊馬を意識し、その強さを鮮明に記憶に刻み込んでいたかを証明していた。友の自分への熱い思いすらも、この悪魔は盤面を支配するための冷酷な手札として利用しているのだ。その悪辣さに、遊馬は奥歯を強く噛み締める。
「なるほど……けど、だからと言って、攻撃が通らない訳じゃねぇ!俺は、《ホープ》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、《ホープ》の攻撃を無効にする!ムーン・バリア!!」
戦術がバレていようとも、ここで立ち止まるわけにはいかない。ホープの周囲を旋回していた光の球が一つ弾け、巨大な光の盾が展開される。振り下ろされたホープ自身の剣撃が盾に弾かれ、凄まじい衝撃波が荒野を駆け抜けた。
「ここで速攻魔法発動、《ダブル・アップ・チャンス》!!《ホープ》の攻撃力を倍にし、もう一度攻撃できる!」
《No.39 希望皇ホープ》ATK 2500 → 5000
ムーン・バリアの光を吸収し、ホープの全身から黄金のオーラが爆発的に噴き上がる。限界を超えた力が大気を震わせ、圧倒的なプレッシャーとなってロンゴミアントへと襲いかかった。
「ヤハリ都合ヨク持ッテイタカ」
しかし、攻撃力が5000に達したホープを見上げてもなお、影の態度は余裕に満ちていた。
「《ロンゴミアント》はナンバーズ同士でも戦闘破壊されない、だがダメージは通る!行け、《ホープ》!ホープ剣・スラ……」
遊馬は渾身の力を込めて叫ぶ。戦闘破壊耐性があろうとも、この一撃が通れば大ダメージを与えられる。必殺の剣閃が、騎士を両断すべく振り下ろされようとした、まさにその瞬間だった。
「ダガ無意味ダ。速攻魔法発動、《皆既日蝕の書》。スベテノ表側表示ノモンスターヲ裏側守備ニ変更スル!」
ゴーシュの指先から放たれた魔法カードが裏返ると、荒野を照らしていた夕陽が唐突に黒い影に覆い隠された。冷たい闇が急速にフィールドを包み込み、光り輝いていたホープのエネルギーが強制的に封じ込められていく。
「何ッ!?《ホープ》がっ!」
放たれるはずだった希望の一撃は幻と消え、ホープは巨大なカードの裏側へと強制的に反転させられた。
「希望ナドトイウ薄ッペライ言葉ニ縋ルナ、上ヲ見上ゲレバ足元ヲ掬ワレルノハ必定ダ」
皆既日蝕を横目にしながら、闇に溶け込むように立つ影が吐き捨てる。前を向き、上を目指して飛び続ける遊馬のかっとビングの精神を、根本から否定し、足元から崩し去る狡猾な罠。それは力押しだけではない、この影の底知れぬ悪意を物語っていた。
「ぐっ……俺は、カードを一枚伏せてターンエンド」
ギリッと音を立てて悔しさを噛み殺し、遊馬はカードを一枚セットしてターンを終えるしかなかった。希望を封じられ、英雄を前にして、重苦しい閉塞感が再び遊馬にのしかかる。
「エンドフェイズ、《No.39 希望皇ホープ》ハ表側守備表示ニナル……礼トシテ一枚ドローサセテヤル。サラニ、《No.86 H-C ロンゴミアント》ノ効果ニヨリオーバーレイ・ユニットハ一ツ減ル。希望ガ潰エル者ヘノ慈悲ダ」
《No.86 H-C ロンゴミアント》ATK 3000 → 1500 DEF 3000 → 1500
皆既日蝕が終わり、空が元の夕暮れ時に戻ると、カードが反転し、防御姿勢をとるホープの姿が現れた。同時にロンゴミアントの周囲を回っていた光球が一つ消滅し、その威圧感が僅かに和らぐ。だが、影の声色には遊馬への施しを楽しむような、圧倒的強者ゆえの傲慢さが滲み出ていた。
「何が慈悲だっ!ドローッ……早く目を覚ませよ、ゴーシュ!!」
デッキトップから勢いよくカードを引き抜きながら、遊馬は魂の底から叫んだ。目の前で歪んだ笑みを浮かべる怪物は、絶対に自分の知る熱いデュエリストではない。友の誇りを取り戻すため、遊馬の瞳は決して闘志を失ってはいなかった。遊馬の必死の呼びかけは、分厚い瘴気の壁に阻まれて届かない。友の肉体を玩弄する悪魔は、狂気じみた甲高い声で叫び返す。
「覚マセナイ、覚マサセナイッ!オレノターン、ドローッ!《No.86 H-C ロンゴミアント》ヲ攻撃表示ニ変更シ、《H・C 夜襲のカンテラ》ヲ召喚。魔法発動、《エクシーズ・ギフト》……エクシーズモンスターガ二体以上存在スルタメ、二ドロー!!」
ロンゴミアントが地響きを立てて立ち上がり、再び無慈悲な殺意を放ち始める。同時に、不気味な青白い光を灯した戦士がフィールドへ這い出た。魔法カードの輝きが、影の手札を不吉に補充していく。息もつかせぬ連続展開は、なおも続く。
「サラニ魔法発動、《エクシーズ・レセプション》!効果デオレハ《H・C 夜襲のカンテラ》ヲ対象ニシ、手札カラソノモンスタート同ジレベルノモンスターヲ攻守ヲ0ニシ、効果ヲ無効ニスルコトデ特殊召喚デキル!オレハ、《H・C ダブル・ランス》ヲ特殊召喚!」
《H・C ダブル・ランス》ATK 1700 → 0 DEF 900 → 0
魔法陣から引きずり出されるように、二槍を持つ戦士が現れる。だがその姿は半透明に透け、力なくうなだれていた。影は自らのモンスターすらも単なる素材として、一切の慈悲なく酷使する。
「更ニコノ瞬間、速攻魔法《地獄の暴走召喚》発動!デッキカラ、《H・C ダブル・ランス》ヲ二体特殊召喚スル!!」
大地の底から地獄の釜の蓋が開いたかのような、おぞましい轟音が轟いた。無数の怨嗟の声と共に、さらに二体の戦士がフィールドへ這い上がってくる。あっという間に埋め尽くされた盤面を見て、遊馬は息を呑むしかない。
「《能力調整》発動!オレノ全テノモンスターノレベルヲエンドフェイズ時マデ1ツ下ゲル!!」
すると、奇妙なノイズが響き渡り、四体のモンスターが持つレベルの星が、一つずつ砕け散る。レベルが4から3へと均一化され、最悪の儀式の準備が整った。
「俺ハ、レベル3トナッタ《H・C ダブル・ランス》三体ト《H・C 夜襲のカンテラ》ノ合計四体デオーバーレイ!!」
巨大な漆黒の渦が出現し、四体のモンスターが悲鳴を上げながら次々と飲み込まれていく。凄まじい瘴気が渦巻き、決闘場を包んでいた夕陽の光すらもどす黒く、書き換えるようにして変色させていった。
「現レロ、白ノ嘘ニ塗レシ虚栄、黒ニ塗レル人デナシ!《No.75 惑乱ノゴシップ・シャドー》!!」
混沌の中心から、異形の怪人が姿を現す。それは道化師のような不気味な笑いを顔に映しながらも、全身の影から底知れぬ悪意を覗かせていた。周囲には文字化けしたような黒いノイズが絶えず飛び交っている。
「ゴーシュに憑りついたナンバーズの正体は……お前か!」
遊馬は眼前の怪人を指差した。これこそが、誇り高き戦士であるゴーシュの精神を狂わせ、この異常な空間を作り出した元凶。真の敵の顕現に、遊馬の瞳に鋭い闘志が宿る。だが、怪人はその闘志すらも嘲笑うように、ゴーシュの顔を不気味に歪ませた。
「ソノ通リ。《ゴシップ・シャドー》ノ効果発動!今ノオ前ハ、オ前自身ノ成リ損ナイダ!」
影の指先から、黒い波動が放たれる。それは物理的な衝撃ではなく、遊馬の脳髄へと直接突き刺さる精神的な毒だった。視界がグニャリと歪み、耳鳴りが激しく鳴り響く。
「『かっとビング』ナドトイウ甘美ナ妄言ヲ、スベテ否定シテヤル!オ前ニ見セテヤル……絶対王者、ソノ威容ヲ。ナンバーズトイウ虎ノ威ヲ借リッパナシノ偽リデシカナイオ前ハ、ココデ真実ノ臆病者ヘト成リ下ガルンダヨ!!」
影の言葉が、遊馬が心の奥底に封じ込めていた無意識の劣等感を抉り出す。「自分はアストラルやナンバーズの力に頼りきりなのではないか」という、目を背けたくなるような自己否定の感情。その隙間へ、ゴシップ・シャドーの放った幻影が容赦なく流れ込んでいく。
『キミを一度でも相棒などと思ったこと、強く恥じているよ。遊馬』
頭の中に直接響き渡ったのは、最も信頼する相棒、アストラルの冷酷な声だった。氷のように冷たいその響きに、遊馬の心臓が激しく跳ねる。
『一人で何もできない癖に、一人で突っ走って周りに迷惑をかけて、反省もしないなんて最低ね』
続いて聞こえてきたのは、いつも一番近くで応援してくれていた小鳥の、軽蔑に満ちた声。周りを見ると、鉄男や等々力委員長、徳之助とキャッシーの姿が見えた。その親しいはずの仲間の幻影が、ゴミを見るような目で遊馬を睨みつけている。
『かっとビング?ハッ、なんだそれ。造語でイキるなんて小学生でもしないぞ』
『失せろ。ナンバーズを自身の力と勘違いした者を仲間と認めるつもりは無い』
『考え無しのノータリン、それが遊馬、お前という人間だ!しゃりを抜いた奴が寿司を食える訳がねぇ!!』
シャークやカイト、そして寿。かつて共に戦い、絆を深めたはずのライバルたちの嘲笑が次々と重なり合い、不協和音となって遊馬の精神を削り潰していく。幻聴だと分かっていても、一番言われたくない言葉たちが無数の刃となって心を切り刻む。
「ぐっ……惑わされる……な、俺……!ナンバーズになんて……負けるかよ……!」
遊馬は両手で頭を抱え込み、激痛に耐えるように膝をついた。
『遊馬』
『遊馬』
『遊馬』
耳を塞いでも内側から響く悪意の暴風雨の中で、必死に自分自身を保とうと歯を食いしばる。虚像の絶望に呑み込まれまいと、その瞳だけはギリギリの光を放ち続けていた。
「ぐ、ぐっ……はぁ、はぁ、はぁっ……!!」
精神攻撃の幻聴に苛まれ、額から脂汗を流してうずくまる遊馬。その無防備な姿を、ゴーシュの皮を被った影は至上の悦びをもって見下ろしていた。
「ドウシタ、サッキマデノ威勢ハ嘘偽リカ!?膝ガ笑ッテイルゾ!!効果デ《ゴシップ・シャドー》ヲ《ロンゴミアント》ノオーバーレイ・ユニットニ変換!!」
決闘場に響き渡る悍ましい笑い声と共に、ゴシップ・シャドーの輪郭がドロドロと溶け落ち、ロンゴミアントの足元へと染み込んでいく。
「はぁ、はぁ、はあっ……!一気に、オーバーレイ・ユニットが増えやがった!?」
「コレデ《No.86 H-C ロンゴミアント》ノオーバーレイ・ユニットノ数ハ一ツカラ六ツニマデ増加シタ!!」
荒い息を吐きながら顔を上げた遊馬の視線の先で、ロンゴミアントの周りを浮遊する六つの禍々しい光が互いに共鳴し合い、空間そのものを歪めるほどの重圧がフィールド全体にのしかかる。
「オーバーレイ・ユニットが二つ以上になったから、また攻撃力と守備力が1500アップしちまう……!」
《No.86 H-C ロンゴミアント》ATK 1500 → 3000 DEF 1500 → 3000
黒紫のオーラが巨兵の全身から再び噴き上がる。夕陽の光すら届かない圧倒的な闇の力の前に、遊馬は肌が粟立つような悪寒を覚えるしかなかった。
「イイヤ、《No.86 H-C ロンゴミアント》ノ能力ハソレダケジャナイ!!《ロンゴミアント》、《No.39 希望皇ホープ》ヲ攻撃!」
大地を砕くほどの踏み込みと共に、巨大な槍を構えたロンゴミアントが凄まじい速度で突進してくる。殺意の塊のような一撃が迫る中、遊馬は死に物狂いで叫んだ。
《No.86 H-C ロンゴミアント》ATK 3000 vs 《No.39 希望皇ホープ》DEF 2000
「やられっ放しで居られるか!《No.39 希望皇ホープ》の効果発動!オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、《ロンゴミアント》の攻撃を無効にする!」
守備表示で伏せていたホープが光球を割ると黄金の翼を広げ、両腕を交差させて絶対の防御を誇る光の盾を展開する。
「守れ、《ホープ》!!ムーン・バリア!!」
「関係ネェ!穿テ、《ロンゴミアント》!!アブソリュート・パニッシュ!!!」
だが、希望の光によって編み出されたその強固な障壁すらも、眼前の英雄の前ではあまりにも無力。甲高い破壊音が響き、分厚いバリアがまるで薄いガラス細工のようにあっけなく粉砕された。そのまま勢いを緩めることなく、巨兵の放った絶死の槍がホープの胸を無残に貫く。
「ホープッ!!」
爆散する相棒の姿に、遊馬の悲痛な叫びがこだまする。さらに、飛び散った黄金の破片がフィールド魔法の呪いと化して遊馬の身体へと襲いかかった。
「《夕日の決闘場》ノ効果発動!300ダメージノペナルティヲ受ケロ!!」
遊馬 LP 3500 → 3200
「ぐっ……ぐあぁぁああっ!!」
容赦のない熱風と物理的な衝撃が身体を強く打ち据え、遊馬は乾いた大地を無様に転がった。
「な、なんで、《ホープ》のムーン・バリアが破られた!?」
巻き上がった土煙の中で激しく咳き込みながら、遊馬は信じられない思いで顔を上げる。相手の攻撃を完全に無効化するはずの能力が、なぜすり抜けられたのか。
「言ッタハズダ。コノナンバーズハ、オーバーレイ・ユニットノ数ダケ、強靭無敵ニ近ヅク!!」
這いつくばる遊馬を見下ろす影の声が、夕闇の荒野に不気味に響き渡った。
「オーバーレイ・ユニットガ一ツ以上アレバ、《ロンゴミアント》ハ戦闘破壊サレナイ。二ツ以上アレバ、攻撃力ト守備力ガ1500上昇スル……三ツ以上アレバ、コイツハ他ノカードノ効果ヲ受ケナイ!!」
「他のカードの効果を……受けないだって!?」
遊馬の顔から一気に血の気が引いていく。それはすなわち、魔法も罠も、モンスターの効果も、全てが一切通用しない、絶対的な耐性を意味していた。
「ソウダ、《No.39 希望皇ホープ》ハ相手モンスターノ攻撃ヲ無効ニスル……ダガ、《ロンゴミアント》ハ不動ニシテ孤高ノ戦士!故ニ、攻撃ハ無効ニナラナイ!!」
他のカードの効果を受けないから、《ホープ》の攻撃無効効果も受けずに《ロンゴミアント》は攻撃ができた。当然のようだが、しかしそれが遊馬にとって見れば驚異的なモンスターと認識するのは必然だった。
「……攻撃力3000で、戦闘破壊も効果破壊もダメ……ってことか。まるでデカい文鎮だ!」
絶望的な耐性の開示を前に、遊馬は額の汗を拭うことも忘れて乾いた声で呟くしかなかった。倒す手段はおろか、攻撃を凌ぐ手段すら見当たらない、文字通りの化物。だが、影が用意した悪夢の底はまだ先であった。
「ソレダケジャネェ!!孤高ダケジャナイ、虚飾無キ至高ニマデ至ル英雄ダ!《ロンゴミアント》ノ効果発動!!」
「えっ!?まだ効果があんのか!?」
ロンゴミアントがゆっくりと頭上に掲げた大槍の先端に、周囲の空間ごと捻じ曲げるような極大のエネルギーが急速に収束していく。
「オーバーレイ・ユニットガ五ツ以上アレバ、ターンニ一度、相手フィールドノカードヲ全テ破壊デキル!!」
バリバリと大気が悲鳴を上げる中、影が残酷な死刑宣告を下した。
「なっ……えっ!!?全て!?」
「薙ギ払エ!アブソリュート・ゼロ・ランス!!」
巨兵が力任せに大槍を横へ振り抜く。
「う、嘘だろ……俺の……フィールドが!!」
放たれた黒の斬撃は、大地を叩き割りながら衝撃波となって放射状に広がった。荒野を飲み込む猛烈なエネルギーの奔流が、遊馬のフィールドに伏せられていたカードを、抵抗する暇も与えずに文字通り灰燼に帰していく。
「う、うわあぁぁあぁああっ!!!」
容赦なく吹き荒れる破壊の嵐が、遊馬の身体を紙切れのように吹き飛ばす。爆発の土煙が晴れた後に残されたのは、ただ焦げた匂いが漂うだけの更地だった。
「うぐっ!!」
荒野の硬い地面に叩きつけられ、全身の骨が軋むような激痛が走った。土煙が晴れた後には、ペンペン草一本残らない焦土だけが広がっている。その絶対的な蹂躙劇に満足したのか、ゴーシュの姿をした影は歪な笑みを浮かべた。
「オレハコレデ、ターンエンド!サァ、絶望ヲ直視シロ、遊馬!!」
「絶望なんてするかぁっ!俺のターン、ドロー!!」
遊馬は血のにじむ唇を噛み締め、よろめきながらも立ち上がる。このまま終わらせるわけにはいかない。まだライフは残っている。逆転の札を信じて、遊馬は勢いよくデッキからカードをドローした。
「魔法発動、《ガガガドロー》!墓地にある《ガガガガンマン》、《ガガガカイザー》、《ガガガクラーク》の三体のガガガを除外し、ニドローだ!よし!俺は《ブルブレ……えっ?」
引いたカードを見て、すぐさま遊馬は反撃の要となるカードをデュエルディスクに叩きつけようとした。だが、その腕が不自然に空を切り、遊馬は間抜けな声を漏らした。
「あ、あれ!?なんでデュエルディスクが反応しねぇ!?」
勢いよく振り下ろした右手が虚しく止まる。何度カードをスロットの奥まで強く押し込んでも、ARビジョンが起動する電子音は鳴らなかった。光の粒子が立ち上る気配すら全くなく、ただ無機質なプラスチックの衝突音だけが乾いた空気に響く。
「……クク」
沈みかけた夕陽が落とす不気味な沈黙の中、決闘場にくぐもった笑い声が響いた。
「《ブルブレーダー》を召喚!召喚!!」
焦燥感に駆られた遊馬は、接触不良を起こした古い機械を無理やり直そうとするかのように、何度も何度もカードを叩きつける。しかし、結果は同じだった。遊馬のデュエルディスクはまるで電源が落ちたかのように沈黙を保ち、戦士の姿をフィールドに呼び出そうとはしない。
「全ッ然……反応しねぇ!?なんでだよ、なんで反応しないんだ!」
全くシステムが起動しない異常事態。デュエル中にデュエルディスクが機能停止するなど、今まで経験したことがない。未知のトラブルを前に、遊馬の額からジワリと冷や汗が吹き出し、震える指先がディスクの表面を空しく滑った。
「……ククク」
混乱のあまり声を荒らげる遊馬を、這い蹲る無力な虫でも見下ろすかのように、影は肩を揺らして嘲笑を強めていく。その余裕ぶった態度が、遊馬の苛立ちに火をつけた。
「もしやお前の仕業か、ゴシップ・シャドー!!」
遊馬は作動しないデュエルディスクから顔を上げ、眼前の怪人をきつく睨みつけた。正々堂々としたゴーシュの肉体を奪い、卑劣な精神攻撃まで仕掛けてくる悪魔だ。まともなデュエルを嫌い、機械に何らかの物理的な妨害をしてきてもおかしくはない。そう判断した故の叫び、だったのだが。
「イイヤ、オレハ何モシテネェヨ」
影は両手を軽く広げ、まるで謂れのない罪を着せられた被害者であるかのように、大袈裟な身振りでゆっくりと首を振った。
「だったらおかしいだろうが!お前、俺のデュエルディスクにイカサマしかけやがったな!!」
デュエルのシステムが、こんなタイミングで都合よく故障などするはずがない。見え透いた嘘と理不尽な状況に対する怒りが爆発し、遊馬は喉が裂けんばかりの声を荒らげた。
「イカサマダト?馬鹿ガ、馬鹿ガ、馬鹿ガァアァアア!!!」
突如、それまで静かに嗤っていた影が、腹を抱えて狂ったように叫び出した。ノイズ混じりのその声は人間の鼓膜を直接劈くような大音量となり、夕闇の迫る荒野全体に悍ましくビリビリと響き渡る。
「ッ!?」
遊馬はその常軌を逸した異様な迫力と、肌を刺すような狂気に完全に圧倒され、思わず一歩後ずさって身構えた。
「何故オ前ガモンスターヲ召喚デキネェノカ、教エテヤルヨ!!《No.86 H-C ロンゴミアント》ノオーバーレイ・ユニットガ四ツ以上アル場合ノ効果!!」
ピタリと笑い声を止めた影が、弾かれたように遊馬をビシッと指差す。その指の先。フィールドの中央には、巨大な槍を構え、周囲に無数の光球を従えた《ロンゴミアント》が、山のようにそびえ立っていた。
「相手ハ、モンスターヲ召喚・特殊召喚デキナイ……!!!」
勝ち誇った声で突きつけられたその言葉の意味を、遊馬の脳はすぐには処理できなかった。
「……えっ?」
引き攣った喉の奥から、間抜けでかすれた音が漏れる。
「足リナイ頭デ理解デキナイヨウナラ教エテヤル!オ前ハ一切ノモンスターヲ召喚ハオロカ、特殊召喚スラデキネェンダヨ!!」
影は吐き捨てるように、残酷な真実を一つ一つ噛み砕いて突きつける。機械の故障でも、盤外からのイカサマでもない。デュエルディスクが沈黙しているのは、目の前に立つモンスター自身が放つ、絶対的なルール上の能力によるものなのだと。
「はぁ!?インチキじゃねぇか!!」
ようやく事態を正確に飲み込んだ遊馬は、あまりの理不尽さに絶叫した。モンスターを出して戦うという、カードゲームの根本的な前提そのものを根こそぎ破壊する、最悪のロック効果。
「《No.86 H-C ロンゴミアント》ハオーバーレイ・ユニットノ数ニヨリ強靭無敵ニナル……五ツニ満チタ今、《ロンゴミアント》ハ完成シタ!!!」
ドス黒く禍々しいオーラを放つロンゴミアントを見上げ、影は自身の作り上げた最高傑作を世界に誇示するかのように、両腕を高々と天へ向けて掲げた。
「……つまり」
遊馬は改めて、目の前のフィールドに君臨する化物の異常性を、震える頭の中で整理していく。戦う術を奪う絶望のパズルのピースが、一つ、また一つと隙間なく嵌まっていく。
「つまり、そいつはナンバーズ同士でも戦闘で破壊できなくて、攻撃力と守備力が3000で」
「他のカードの効果が全く効かなくて、俺はモンスターの召喚と特殊召喚ができなくて」
「一方お前は毎ターン一度、俺のフィールドのカードを全て破壊できる……」
「……インチキモンスターじゃねぇか!ふざけんじゃねぇ!こんなのでまともにデュエルできるわけねぇだろうが!!」
完全に詰み切った、息の詰まるような盤面。デュエルという名の対話すら鼻で笑って拒絶する、絶対的な暴力の塊を前に、遊馬は怒りと絶望が入り混じった悲痛な声を荒野に響かせた。理不尽なロック効果を前に行き場を失い、深く首を垂れる遊馬。その打ちひしがれた姿を、ゴーシュの身体を蝕む悪魔は逃さず捉え、勝ち誇った笑みを深めた。
「ホォ?諦メルノカ」
(諦める?)
悪魔の言葉が、遊馬の思考の奥底に波紋のように広がる。戦う手立てを奪われ、絶望の淵に立たされた心に、甘い毒のように「諦め」という選択肢が影を落としそうになる。
「ダッタラ、負ケヲ認メロ。サレンダーシロ!」
影は歪んだ指先で遊馬を指差し、さらなる屈辱を要求した。ただ勝利するだけでは飽き足らず、相手のプライドと魂を完膚なきまでに踏みにじることこそが、このナンバーズの狙いだった。
(こいつに、俺が!?)
「俺ガ間違ッテマシタ、ゴメンナサイッテ頭ヲ地面ニ擦リ付ケテ泣イテ許シヲ乞エ!!」
嘲笑を孕んだ声が荒野に響き渡る。だが、その言葉を聞いた瞬間、遊馬の脳裏に恐ろしい未来の光景が次々と浮かび上がった。
(そうしたら、ゴーシュは……こいつに乗っ取られたまま。俺は、どうなるか分からねぇ……)
もし自分がここで膝を折り、カードを置いて降伏してしまったらどうなるか。ゴーシュの肉体も魂も完全にこの悪魔のものとなり、二度と元の熱いデュエリストに戻ることはできない。
(諦めたら、デュエルが終わっちまう。そうしたら、ゴーシュは、ずっとゴーシュじゃなくなる!?)
それだけではない。記憶を波紋のように巡らせた遊馬の頭に、もう一人の人物の悲痛な顔が思い浮かぶ。
(そしたらそれに、ドロワは、ドロワはどうなっちまうんだよ!?トロンに記憶を奪われた、ドロワは誰が見てくれんだよ!?)
トロンとの死闘によって大切な記憶を失い、伏してしまったドロワ。彼女を不器用ながらも助け合い、傍で支え続けていたのは他ならぬゴーシュだった。
(カイトに無視され、ゴーシュが消えて!誰もそんな辛いことに耐えられるわけねぇ!!)
カイトすらも自らの目的のために孤高を貫き、ドロワの思いを一蹴した。そんな中でゴーシュまで消えてしまえば、残されたドロワの絶望は計り知れない。大切な仲間たちをこれ以上傷つけさせまいと、遊馬の胸の奥で、小さく消えかかっていた燃え殻に激しい火が点く。
──今度は決勝トーナメントで会おう!負けんなよ!
──絶対に勝って迎えに来るんだぞッ!
──熱いノリ、熱いモンスター同士の戦い、熱い信念のぶつかり合い!それでこそ、デュエルってもんだろうが!!
脳裏に鮮烈に蘇るのは、洞窟の道中で遭遇した寿からの応援、自らの信念を貫くため道中で降りてもらった小鳥からの叱咤激励、そして、本物のゴーシュの熱い咆哮。真っ直ぐに自分を見つめ、弱腰を叩き直してくれたあの男の魂が、今も遊馬の中で脈動していた。
「断るっ!!だからと言って、俺は、サレンダーなんてしねぇ……!!」
遊馬は地面を強く踏みしめ、勢いよく顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの迷いや狼狽は一切ない。仲間を守り、友を取り戻すという揺るぎない覚悟の炎が燃え盛っていた。
「ナラ、立チ向カエ。目ヲ背ケルナ、絶望ヲ目ニ焼キ付ケロ。コノ状況デモ失明セズニ、マダ希望ヲ抱ケルノナラナ」
屈服を拒絶された影は怒りを露わにするどころか、不気味な愉悦の笑みを浮かべた。自らが作り上げた絶対的な城塞の前に、無力な虫ケラが足掻く様を観賞するかのように、腕を広げて迎え撃つ体勢をとる。
「絶対王者ハ孤高ニシテ至高……サァ、来イ遊馬!!」
暗黒のプレッシャーが容赦なく遊馬を圧迫する。だが、遊馬は一歩も引かない。召喚も特殊召喚も封じられ、効果が通じず、戦闘破壊もできない怪物。その壁の厚さに打ちのめされそうになる頭を、必死で回転させ始めた。
「……考えろ、考えろ、考えろ……!!!」
眼前の圧倒的絶望を打ち破るたった一つの筋道を掴み取るため、遊馬の極限の思考が始まった。
(《No.86 H-C ロンゴミアント》は無敵。まずもって今の状況では倒せねぇ……俺に課せられている条件は、まず負けないこと。俺のライフポイントはまだ3200だ、これが0になるまでに何とか突破しなきゃいけねぇ)
遊馬の瞳が、盤面を高速で走査する。圧倒的な絶望の中でも、少年の頭脳は冷静さを取り戻しつつあった。
(ラッキーなことに、ここのフィールド魔法《夕日の決闘場》の効果でモンスターは直接攻撃はできない。少なくとも、《ロンゴミアント》は俺が何もしなければ、攻撃力3000のモンスターってだけ。俺のフィールドにトークンを出して殴るとしても、まだライフは残る。最低でも次のターンまではまだ生き残れる)
一瞬の油断すら許されない計算。命脈を繋ぐための道筋が、暗闇の中でかすかに光り始める。
(《No.86 H-C ロンゴミアント》はデメリット効果で、俺のエンドフェイズ時にオーバーレイ・ユニットが一つ減る。今は六つだから、次は五つ。全破壊も凶悪だけど、特に一番ヤバいのは四つ目の召喚・特殊召喚封じ。だから、一番最善なのは俺が三ターンパスして、インチキ効果が無くなってから動くこと……よく見れば、あいつの手札はもう0枚。こっからまだ酷い状況になるとは考えづらい)
合理的な選択肢。勝利だけを追い求めるなら、それこそが正解に思えた。だが、遊馬の胸の奥で熱い魂がそれを拒絶する。
(けど、よりにもよってゴーシュが相手……ナンバーズに憑りつかれているとはいえ、ゴーシュに俺は言われたんだ)
──お前はお前らしく、守りに徹するんじゃなくて殴って勝ちに来い!!
異変が起こる前のゴーシュと、キャニオンフィールドで交わした言葉が、熱い波動となって胸を打ち抜く。
(ゴーシュに言われた通り、確かに俺はそうすると胸に誓ったんだ、過去の自分の決心に嘘はつけねぇ……畜生、パスじゃいけねぇってことだ!!守るんじゃなくて、あくまで殴って勝つ!!でも、どう勝てって言うんだ!?《ホープ》も《ガガガガンマン》も墓地に行っちまったから、特殊召喚もできねぇし、できたとしても攻撃力3000に勝てるやつはいねぇ!)
八方塞がりの盤面。しかし、遊馬は思考を止めることを拒んだ。敵の誇る『無敵』の構造を、一つずつ解きほぐしていく。
(いや、ゴシップ・シャドーは《ロンゴミアント》を絶対無敵だと考えている。けど、それはオーバーレイ・ユニットの数があってこその話。無ければ、何とかなりはする……オーバーレイ・ユニットさえ、無ければ……ん?オーバーレイ・ユニット?)
手元にあるカードへ、吸い寄せられるように視線を落とす。
(このモンスターで……あっ!)
思考の糸が一枚のカードと結びついた瞬間、遊馬の全身に電流が走った。
(ひょっとして……いや、どちらにせよ八方塞がりなんだ、試す価値はある!)
迷いは完全に消え去っていた。遊馬は眼前の影を強く睨みつけ、決意を込めてデュエルディスクにカードを滑り込ませる。
「俺は、モンスターを裏守備表示でセットし、さらにカードを一枚伏せる!ターンエンドだっ!」
裏側表示のカードがフィールドに光を放ちながらセットされる。《ロンゴミアント》は召喚と特殊召喚は封じれても、モンスターのセットはすり抜けて発動できる。その、唯一の隙をついた命がけの手。
(これはもしかしてだけど、もしかするかもしれねぇっ!!)
まだ、確信には至らずとも。絶望の果てに掴みかけた反撃の糸口。夕陽が沈みゆく荒野で、遊馬の瞳には、確かに希望の火が再び燃え上がろうとしていた。