軍貫使いはZEXALで寿司を握る   作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ

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寿のWDC最終戦です。
語気強めですが、どうか、どうか菩薩のような心でお読みください。





ラストバトル!(上)

ハートランドの中心にそびえる巨大スタジアム。熱狂の渦が今、そのすり鉢状の空間全体を激しく揺るがしていた。観客席から波のように押し寄せる歓声は、もはや物理的な圧力を伴って肌を叩く。ワールド・デュエル・カーニバル――その頂点を決定する闘いが、いよいよ目前に迫っていた。

 

『WDCも、遂に準決勝となりましたーっ!』

 

スタジアムに浮かぶようにして表示される、場内の巨大スクリーンからMr.ハートランドの派手な姿が映し出される。彼の底抜けに明るく、芝居がかった声がスピーカーを通して弾ける。彼に無数の熱視線が注がれる中、闘技場の中央でけたたましい駆動音が鳴り響いた。

 

『熱きデュエリストたちが集うフィールドは……ここだー!』

 

地鳴りにも似た重低音がスタジアムの底から響き渡り、美しく舗装されていたフィールドの床面が真っ二つに割れた。奈落の如き暗闇の中から、鈍い抹茶色の光沢を放つ無機質な金属の装甲がせり上がってくる。地面に格納されていた巨大なタワーが、剥き出しの威容を誇りながら、一直線に天へと伸びていく。

 

『天空を貫くようなデュエルフィールド……デュエルタワーで、思う存分デュエリストたちよ、闘うのです!!』

 

見上げるほどの高みに設置された舞台。それは選ばれた強者のみが立つことを許される、過酷にして神聖な戦場だ。太陽の光を反射してギラギラと輝くその塔は、頂点を決める闘いを彩るのに相応しい、圧倒的なフィールドであった。

 

『さぁいよいよ、準決勝第一試合の始まりだ!選手を紹介しましょう!!』

 

抜けるような夏の青空から降り注ぐ陽光が、西側のゲートを鮮烈に照らし出した。

 

『大会前はほとんど無名だったが、ここまで幾多の闘いを勝ち抜き、奇跡の決勝トーナメント進出を果たした……ミラクル・ボーイ!』

 

歓声が一段と大きくなる。期待と興奮が入り混じる中、大きく手を振りながら元気よく飛び出してきたのは、闘志を全身から漲らせる少年だった。

 

『九十九遊馬ァああーーーっ!!』

 

紹介を受け、軽々とした足取りでステージへと歩みを進める遊馬。その瞳は、これから相対する最大のライバルに向けた期待でキラキラと輝いていた。

 

『対するは、不祥事によりデュエル界追放というドン底から、見事また雄々しく蘇った……ザ・リベンジャー!』

 

今度は反対側の東ゲートに注目が集まる。そこから現れたのは、遊馬とは対照的に、静寂と冷たい影を纏った少年だった。

 

『神代凌牙ァああーーーっ!!』

 

大歓声に迎えられながらも、逆に遊馬とは対照的に、彼の歩みには熱がない。ステージに立った遊馬は凌牙に勢いよく駆け寄り、力強く指を突きつけた。

 

「シャーク!今日こそお前と決着を……って」

 

言いかけた言葉は、空中で唐突に不自然な形で途切れた。遊馬の顔から笑顔がスッと消え、代わりに深い戸惑いが浮かび上がる。

 

「シャーク?」

『さぁ二人の勇者を、決戦の舞台へッ!』

 

遊馬の疑問を置き去りにしたまま、無情にも闘いの舞台はセットされる。直後、二人の足元の床が急激に浮力を持ち、恐ろしいスピードで上空へと上昇を始めた。

 

「おわっ!?地面がっ!」

 

轟音と共にリフトが上昇する。先程まであれほど巨大に見えていたスタジアムの観客席が、色とりどりの粒のようにみるみる縮んでいく。吹き抜ける風は高度を増すごとに鋭さを増し、肌を刺すような冷気を帯びて唸りを上げる。

 

『これより上にいけるのは、準決勝まで勝ち抜いた者のみ!さぁ決勝戦で生き残るのは、遊馬か、それとも凌牙か!?』

 

頂上へ向かうリフトの上で、Mr.ハートランドの煽り文句だけが熱を帯びて響き渡る。

 

『今、戦いの火ぶたが切られようとしている!ハーーーット、バーニング!!』

 

風が吹き抜ける中、凌牙はただ黙って前を見据えていた。微動だにせず、瞬きすらしているか怪しい。

 

「……」

(何かいつものシャークじゃねぇ……!?目が虚ろっつうか、鋭さがねぇ)

 

かつての彼にあった、獲物を狙う孤高なる鮫のような鋭い眼光はそこにはない。群青に染まった高い空の下で、まるで魂が抜け落ち、何者かに操られているかのような、不気味な空虚さだけが漂っていた。遊馬はたまらず、強い口調で呼びかける。

 

「シャーク、おい、シャーク!」

「……」

 

全く反応がない。声が届いているのかすら定かではないその様子に、遊馬は焦燥感を募らせる。

 

「目がイっちまってる……あいつ……どうしちまったんだ?」

 

答えてくれる相棒はいない。味方は、自分自身だけ。思わずしてか不穏な空気に飲まれそうになる中、遊馬の脳裏にさらなる疑問が重くのしかかった。胸元に忍ばせた、スリーブに包まれた異質なカードの存在だ。

 

 

(おいバカ遊馬!これ、持ってけ、師匠からの贈り物だ!絶対無くすんじゃねぇぞ!!)

 

 

「それに、アンナから渡されたカード……中身は見てねぇけど、一体全体、どういうことなんだよ……?」

 

やがてリフトは定位置へと到達し、ガチャンという重たい金属音と共に固定された。逃げ場の無い正真正銘の決闘舞台で、凌牙が機械的な動作でDパッドを構え、低く、感情のない声で呟いた。

 

「始めるぞ」

 

底知れぬ闇を孕んだその声に背筋を凍らせながらも、遊馬は迷いを振り払うように自身のDパッドを展開し、Dゲイザーを装着する。

 

「……ああ!」

 

ここで引くわけにはいかない。俺には、やるべきことがある。アストラルを取り戻し、トロンやDr.フェイカーにガツンと言ってやる……その目的を果たすのに、目の前の相手を倒す。単純明快だが、逆にそれは迷う要素が無いないということだ。

 

二人はデュエルディスクを構え、威勢よく宣言する。

 

「「デュエル!!」」

 

遊馬 LP 4000 / 凌牙 LP 4000

 

ARビジョンが展開され、空中に巨大なライフポイントが浮かび上がる。熱狂する下のスタジアムとは裏腹に、上層の空気はどこまでも冷たかった。

 

 

 

####

 

 

 

一方、観客席の片隅。巨大なメインスクリーン越しに、上空で向かい合う二人の姿を見上げながら、俺、赤司寿はひっそりと深い溜息を吐き出し、思わず頭を抱えてしまう。

 

「……始まっちまったか……いやしかし、何というか……」

 

正直に言うと、遊馬とシャークのデュエルは心配だ。だが俺は、それよりかも俺にとっては遥かに重要度が高いことを先ほどまでやっていた。

 

「……ハァ」

 

思わず、溜息が漏れてしまう。疲労困憊、という言葉が今の俺を示す適切な言葉だ。満身創痍ではなく、疲労困憊。俺は今、精神的にどうしようもなく、途轍もなく疲れていたのだ。

 

そして、そこまでに至るまでに起きた先ほどまでの出来事が頭の中でまだ渦を巻き、疲れ果てた脳をまだ容赦なく揺さぶり続けている。例えるなら、洗濯機か。兎に角それほどに疲れている。

 

「師匠?親父さんならスミスが慰めてるぜ?」

 

アンナの無邪気な声に横目で視線をやると、少し離れた席で、派手な服を着た大男が親父の肩を豪快に叩いている光景が見えた。

 

「……なんでこうなっちまったんだろうな」

 

どうして俺の周囲はこうも規格外の連中ばかりなのか。思わず口からこぼれ出たのは、現状に対する純粋な疑問と、諦念が混じった独り言だった。

 

「こういう時こそケセラセラだぜ、師匠」

 

呟きに返事するようにして、隣からアンナが身を乗り出して俺のほうに小声で言う。ケセラセラねぇ……まぁ、お前らしいといえばお前らしいか。

 

「呑気か?」

「あ、そう言っても俺じゃねえし。困ってんのは師匠だろうが」

「それはそうなんだが……」

「いや、やっぱ、ごめん……無責任すぎた。忘れてくれ、特にさっきの」

「分かってるさ」

 

短くやり取りをした後、また再び二人は席に無言で座り、気晴らしのように俺らは遊馬とシャークのデュエルを見守り始めた。

 

……ああ、なるほど。こういう時先人たちはこう言うんだろうな。九死に一生を得たってな。いや、窮鼠猫を噛む、という表現の方が正しいのかもしれない。兎も角、思い返すのは、この試合が始まる前のこと。

 

つまりは運命が歪んだデュエルを前にして、俺たちは何故こんなにも疲れているのか、という回想だ。

 

 

 

####

 

 

 

熱狂に包まれた外のスタジアムとは打って変わり、選手控室へと続く通路は、ひんやりとした無機質な空気に満たされていた。壁一面を覆う冷たい金属パネルが、等間隔に配置された人工的な蛍光灯の青白い光を反射している。ハートランドの華やかさなど微塵も感じさせない、ただ闘いへと赴くためだけに設えられた殺風景な空間。

 

その薄暗い通路の先、出番を待つように壁に背を預けて立つ見慣れたシルエットを見つけ、俺は軽く手を挙げながら声をかけた。

 

「よぉ、昨日ぶりだなシャーク?」

 

呼びかけに対し、髪を揺らして彼がゆっくりと振り返る。だが、その動きはひどく緩慢で、まるで錆びついた機械のようだった。廊下の青白い光に照らし出された彼の顔を見て、俺は思わず息を呑んでしまった。

 

「……寿」

 

そこには、かつて俺が目の当たりにした凶暴な怒りも、孤高の鮫としての鋭いプライドも無かった。焦点の合っていない、泥水のように濁った瞳。ポツリとこぼれ落ちた俺の名前すら、どこか遠くの別の誰かが発したかのように感情が抜け落ちていた。

 

背筋を這い上がるような悪寒を覚えながら、俺は忌々しい予感を確かめるために一歩踏み出す。

 

「あー、マジか……シャーク。一応間違いが無いように聞こうか。あんたが今、デュエルするのに突き動かしているのは何だ?」

 

静まり返った通路に、俺の靴音がやけに大きく響く。凌牙は微動だにせず、ただぼんやりと虚空を見つめたまま、機械が音声を再生するかのように平坦な声で答えた。

 

「……妹の無念を晴らす。その一心」

 

その言葉の字面だけを見れば、彼が背負う決意そのものだ。それは俺が昨日聞いたもので、全く間違っていない。だが、声には一切の熱が込められていない。怒りも、悲しみも、執念すらも綺麗に削ぎ落とされている。

 

「そうだな、復讐じゃない。無念を晴らす、俺は確かにそう聞いた。だがあんた……それにしては些か目が虚ろすぎじゃねぇか?」

 

俺の問いかけは、冷たい壁に反響して虚しく消えていった。頭上の遥か上層から、スタジアムの観客たちの地鳴りのような歓声がくぐもった振動となって伝わってくる。それがかえって、この通路の異様な静寂を際立たせていた。

 

「……」

 

反応はない。ただ薄暗い蛍光灯の下で、凌牙は呼吸をしているだけの彫像のように立ち尽くしている。

 

「ダンマリか」

 

苛立ちよりも、底知れぬ不気味さが勝る。俺は彼を縛り付けているであろう、ある人物の名前を口にした。

 

「……」

「トロンに会ったか?」

 

その名を出した瞬間、虚ろだった凌牙の瞳の奥で、ほんの僅かに何かが揺らいだように見えた。長い沈黙の後、ひび割れたようなかすれた声が漏れ出す。

 

「……ああ」

 

やはり、接触していたか……期待はある意味で裏切られ、また同時にある意味で守られたと言う訳だ。俺は確信と共に、さらに一歩距離を詰める。彼の心を覆っている見えない靄を払いのけるように、強い視線を向けた。

 

「そうか。奴はなんて言ってた?」

「……」

 

凌牙の口が微かに開く。しかし、言葉は紡がれない。まるで脳内に張り巡らされた回路がショートを起こし、答えを見失ってしまったかのような空白の時間が流れる。

 

「……考える必要は無い。ただ、あんたが覚えている、言われたことをそのまま言ってくれればいい」

 

少しだけ声のトーンを落とし、記憶を探るように促す。だが、どれだけ待っても、彼から返ってくるのは淀んだ沈黙だけだった。通路を流れる空調の微かな稼働音だけが、耳障りに響き続ける。

 

「……」

 

誰から見ても異常な状態だった。言葉を引き出せないのではなく、そもそも引き出すことすらできない状態ではないのか。俺はそう察して、小さく息を吐く。

 

「……それとも、覚えてないのか?」

「……」

 

完全に閉ざされた扉を前に、これ以上の対話は無意味だと悟る。出番の時間はすでに迫っている。もはや彼を引き止める権利も、正気を取り戻させる手段も、今の俺には持ち合わせていなかった。足元に落ちた暗い影から視線を外し、俺はゆっくりと背を向ける。

 

「そうかい。邪魔して悪かったな、シャーク。準決勝進出おめでとう。頑張れよ」

 

完全に感情を削ぎ落とされたシャークの背中を見送りながら、俺は足早に通路を後にした。冷たい金属の壁に囲まれた空間は、彼の心境を映し出したかのようにひどく息苦しい。先程の虚ろな瞳が脳裏に焼き付いて離れず、同時に俺の行き場のない苛立ちが胸の奥で渦を巻いていた。

 

「ったく、最悪だ。これもトロンの力量が為せる技なのか俺の力不足なのか、それともナンバーズの仕業なのかサッパリ分からねぇ」

 

歩調を早めながら焦燥だけが頭を支配し、重い溜息と共に独り言を吐き出す。人の心を底から弄ぶような真似をする黒幕の、底知れぬ悪意。それに気付きながらも、決定的な打開策を打てなかった己の不甲斐なさ。不確定要素が多すぎて、盤面は泥沼の様相を呈していた。

 

「それとも、全部なのかね……もしもし?」

 

スタジアムの喧騒が徐々に近づいてくる中、歩きながらDパッドの通信機能を開く。数回の無機質なコール音の後、鼓膜を直接殴りつけるような勢いで、耳をつんざく元気な声が飛び込んできた。

 

『師匠!聞こえてるぜ!!』

 

スピーカーから響く大音声に、俺は思わずしかめ面をしてDパッドを耳から遠ざける。相変わらずのやかましさに少しだけ毒気を抜かれながらも、表情を引き締めて本題に入った。シャークが完全にトロンの傀儡と化している以上、俺も手を打たないわけにはいかない。

 

「アンナ、プランBだ。頼んだぞ」

『えぇー!?マジかよ、いいのかよ?』

 

通信の向こう側で、アンナが素っ頓狂な声を上げる。無理もない。万が一の事態に備えて用意していたとはいえ、この土壇場で彼女に行動を起こさせるのは不安しか無い。しかし、俺に残された手段はこれしかなく、それ故に彼女を信じるしかない。彼女の弾んだ声色には戸惑いこそあれど、明確な拒絶の意志は全く感じられなかった。

 

「うん?意外と嫌じゃなさそうだな?」

『う、うるせぇ!そういうことじゃねぇって!とにかく、遊馬にこのスリーブに入ったカードを渡せばいいんだろ!?』

 

見事なまでに図星を突かれたのか、通話越しに顔を真っ赤にして慌てふためく様子がありありと目に浮かぶ。現在、彼女の手元には、俺があらかじめ託しておいた一枚のカードがあるはず。これから始まるであろうデュエルにおいて、あの少年の唯一の命綱になるかもしれない、極めて異質で重要な切り札が。

 

「ま、そういうことだ。変に揉め事起こすんじゃねぇぞ?」

『わーってるよ、しっかしどうして師匠はそこまでして遊馬に肩入れする訳さ?』

 

可能性はあるに越したことはない。だから託す。大砲をぶっ放して空を飛ぶような、物理的に揉め事の種である弟子に念を押すと、彼女はふと不思議そうに問い返してきた。彼女の言う通り、本来であれば俺の立ち位置は既にただの傍観者であるべきだ。

 

「お前と同じ理由さ」

 

だが、遊馬という不器用で真っ直ぐな少年の背中を見ていると、どうしても不安が残ると同時に俺ができる全ては尽くしてやりたい。通話越しの、破天荒な弟子が彼に強く惹きつけられているように。

 

『はぁ!?俺と遊馬が同じぃ!?』

「そうさ。最もこれに関しては、お前のほうが強いかもしれねぇけどな」

 

呆れるほど素っ頓狂な反問に、俺は思わず自嘲気味な苦笑を漏らす。遊馬もアンナも、裏表無い、真っすぐな人間だ。もっともそれが良いとも悪いとも言えるのが問題なのだが。兎も角それに比べれば、俺の介入理由などただの些細なお節介に過ぎないのだろう。

 

『……意味が分かんねぇよ。まぁ師匠からの頼み事っつうなら仕方ないさ。あいつに渡してから直ぐ俺も合流するから、待ってろよ!』

「ああ。観客席で待ってるぜ」

『ああ!』

 

元気の良い返事と共に、通信がプツリと切れる。Dパッドを下ろし、俺は太陽の光が差し込むゲートを抜け、熱狂に包まれた観客席へと足を踏み出した。だが、この時の俺は予想だにもしていなかった。いや、忘れていたといったほうが正しいか。

 

こんなところで、俺は俺自身の最大級の危機が訪れてようとしていることなど、俺はまるで全く考えもしていなかったのだ。

 

 

 

####

 

 

 

装飾が施された華やかなスタジアムの観客席。その一角のシートだけが、周囲の熱狂から完全に切り離されたかのように、ひどく冷え切った空気に支配されていた。

 

通路から戻ってきた俺は、親父に指定されたシートの前に立ち尽くす。眼下では今や今やとデュエルの始まりを恋い焦がれる観客ばかりで、スタジアム全体が地鳴りのような歓声に揺れているというのに、この場所だけはまるで極寒の地のような静寂があった。

 

腕を組み、微動だにせず巨大なスクリーンを見ている厳格な背中。俺の気配に気づき、その背中が低い声を発した。

 

「……戻ったか」

 

視線をこちらに向けることすらない。その圧倒的な威圧感に、俺は喉を鳴らして短く応えた。

 

「親父」

「座れ」

「ああ」

 

促されるまま、隣のシートに腰を下ろす。その何て変哲もない座席は、何故か俺にとっては針の筵にしか感じられなかった。沈黙が降り下り、空調の冷たい風が嫌に肌を刺す。親父は目を閉じ、数秒思案の表情をする。

 

「……」

 

やがて、親父は目を開くと目下のスクリーンの映像から目を離さないまま、静かに口を開いた。

 

「寿。俺は何のため、この席に座っているのか分かるか?」

 

その声には怒りよりも深い、底知れぬ凄みがあった。俺は膝の上で拳を強く握り締めながら、正直な思いを口にする。

 

「……分からん」

「そうか。奇遇だな」

 

鼻で笑うような、自嘲めいた響き。親父はようやくこちらへ鋭い視線を向けた。

 

「俺も分からん。本来俺は今日、お前を応援するためこの席に昨日と同じく座っていたはずだったんだがな」

「……それは」

 

言い淀む俺の言葉を遮るように、親父の厳しい声が続く。

 

「……お前のデュエルに文句を言うつもりは毛頭無い。だが結果はどうだ?」

 

瞬時に脳裏に浮かんだ敗北という絶対的な事実が、重く俺にのしかかる。

 

「寿。俺はお前をWDCに出るよう命令した際、言った筈だ。少なくとも、九十九の倅よりかは勝てとな」

「俺は」

 

思わず、胸の奥から湧き上がる悔しさを噛み殺す。そうだ、その通りだ。俺は原作云々と言って理由をつけて負けて、自分の敗北を自分の胸の中では正当化していたが、それとそんなこと知ったことでは無い親父が納得するのは全くの別問題だ。親父は再び視線をモニターに映し出される光景を指した。

 

「……ハートランドのみならず、世界中が今、この決勝トーナメントに注目している」

 

スタジアムのすり鉢状の空間を埋め尽くす何万もの観衆。空を舞う中継ヘリ。その全てが、これから始まる4人のデュエリストの熱戦に向けられている。

 

「神代凌牙だったか。九十九の倅と一緒に前、ウチに来た奴だろう。それ故か、俺は何故かどうしてもお前が勝ちを譲らずに、奴とお前の勝敗の立場が逆転しているところを想像してしまうな」

 

親父の言葉に、俺の脳裏にも一つの幻影が過ぎ去った。もしも俺がシャークに容赦せず何も言わず、煽らずにデュエルして、勝ち上がっていたら。このスタジアムで、歓声を一身に浴びながら相対していたのは……。

 

「遊馬と、俺のデュエル……」

 

無意識に呟いた言葉は、しかし無情な現実の宣告によって叩き割られた。

 

「だがお前は終ぞ為せなかった。約束を守れない板前を、決して一人前などに認めるわけにはいかない」

「……ッ」

 

反論の余地は無かった。板前としての矜持と、勝負の世界の厳しさ。それを誰よりも重んじる親父の言葉は、刃のように俺の胸を抉った。ギリッと奥歯を噛み締め、俯くことしかできない。そんな、息も詰まるような重苦しい空気が極限まで張り詰めた、その直後だった。

 

「おっしゃ!仕事終わらせてきたぜ!」

 

スタジアムの喧騒にも負けない特大のボリュームと共に、俺が出てきたゲートを勢いよく蹴り開けて、アンナが飛び込んできた。達成感に満ちた満面の笑みでこちらへ駆け寄ろうとした彼女だったが。

 

「ししょ……」

 

俺と親父の間に流れる、触れれば凍りつきそうな絶対零度の空気を察知し、ピタリと動きを止めて間抜けな声を漏らした。空気が凍りつくような片隅。

 

「……えっ?」

 

戸惑い、一歩引いたアンナの存在など全く意に介さないまま、親父は続ける。

 

「WDCでお前は、どれだけの成果を出した?」

 

その眼光は、まるで不出来な魚を値踏みする包丁人のように鋭く、冷たい。スタジアムの喧騒は止めどなく、波打つように辺り一帯に響き渡っている。だが、親父の低く冷徹な声は裏腹に、周囲の喧騒を全て切り裂いて俺の鼓膜に直接突き刺さった。

 

「どれだけの経験を得た?どれだけ俺が見ても恥じないようなデュエルをこなしてみせた?」

 

一切の感情を排した、鋭い刃のような問いかけ。それは、俺が目を背け続けてきた現実を容赦なくえぐり出す。頭上の青空はひどく澄み切っているのに、俺の心の中だけは分厚い暗雲に覆われていた。喉の奥がカラカラに乾き、心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。

 

「……もう終わった話だろ」

 

絞り出すように発した抗議は、自分でも驚くほど弱々しく、頼りないものだった。視線を合わせることもできず、俺はただ膝の上に置いた拳をきつく握りしめる。

 

「そうだ、もう終わった。お前に運命は微笑まなかった。だが客を味で微笑まして見せるのが、板前の義務だ」

 

親父の言葉には、一欠片の同情も混じっていない。あるのは、己の人生を懸けてきた職人としての冷厳な矜持だけだ。

 

「寿司を握るという職人が見定めた目利きの上で成立する行動と、デュエルという構築の試行錯誤の上で成立し、時に運勢が勝敗を左右する行動。どうだ、俺が教えたことはデュエルに活かせたか?」

 

反論の隙を与えない、理路整然とした追及。スタジアムに渦巻く熱気から完全に断絶され、この座席だけが極寒の氷室に放り込まれたかのように冷え込んでいく。親父から発せられる重圧が、物理的な重さを持って俺の全身を押し潰そうとしていた。

 

「九十九の倅はWDC前、デュエルが下手だったらしいな。だが、今日こうして大舞台に立った」

 

親父が太い指でスクリーンを指さす。神代凌牙vs九十九遊馬。巨大なモニターには、親父の約束を忠実に守れば俺が立つはずだった、いや、立ちたかった舞台は俺の既知のモノになっていた。

 

「一方お前は板前修業の間にうつつを抜かし、デュエルに逃げた。俺はこの祭りで見定める意味でも、お前をWDCに出したんだ」

 

俺は知識として既知として、納得できるかもしれない。しかし当然、納得できない親父は深く息を吐き、吐き捨てるように言葉を続けた。

 

「結果はどうだ。来る客は微増程度。お前は依然から全く持って変わらない状態でデュエルし、結局決勝に出れず。一方九十九遊馬は地力をメキメキと付け決勝トーナメント進出だ」

 

親父は座りながら、指を俺の胸に突き当てるような核心的な言葉を放つ。

 

 

「たかが一勝、されど一勝」

 

 

俺に突きつけられた圧倒的な差。遊馬の目覚ましい成長と、俺の無様な停滞。板前修業からWDCに逃げた挙句、逃げ込んだ先でも親父の満足の行く結果を出せなかった。その事実の羅列が、どんな罵倒よりも深く、俺の何かを切り裂いていく。

 

「当然分かるだろう、この違いを。絶望的なまでのお前と九十九の倅の間にある、差。お前の決定的な甘さはここだ」

 

すぐ隣に座っているはずの親父が、果てしなく遠い高みにいるように錯覚する。

 

「……何が言いたいんだよ」

 

これ以上言葉を聞きたくなくて、俺は震える声で睨み返した。だが、親父は微動だにしない。

 

「それは言わずとも、お前が一番分かっているはずだ。当事者のお前が」

 

WDCに俺が出場する原因となった、大本の要因。それは、親父から強制的に提示された条件からだった。

 

──……いいか、これは命令だ。少なくとも、あの九十九の倅よりかは勝ってみせろ!万が一それができなければ、二度とこの店の敷居は跨がせんぞ!

 

親父は誰よりも約束を破る人間を嫌う人間だ。それがいくら理不尽で不条理であっても、親父の前ではそんな道理は通用しない。

 

あの時の約束は果たせず、二度と『軍艦処-赤司』の敷居は跨げない。つまりは、勘当。

 

「……おかしいだろ」

 

宣告されていないだけのその決定的な事実が、じわじわと現実味を帯びて鉛のようにのしかかってくる。耐えきれなくなった俺は、椅子から半ば腰を浮かせて声を荒らげた。

 

「おかしいだろうが!俺は元々こんな大会なんて出るつもりが無かった、親父が出ろっつうんだから出たんだろうが!!それで俺が遊馬より先に負けたからって、親父は俺を勘当するっつうのか!?」

 

周囲の観客たちが、何事かとこちらへ不審な視線を向ける。だが、そんなものを気にする余裕は今の俺にはなかった。胸の奥で燻っていた理不尽への怒りと恐怖が、火山のように爆発する。言い訳だ、分かっている。けれど、言わなければ気が済まないのも自分の理性で分かっている。しかし、親父はその怒号を、底冷えのするような冷たい一瞥だけで一蹴した。

 

「常に看板を背負う重みを感じていて、とお前は断言できるのか?」

「ッ!」

 

頭から冷水を浴びせられたかのように、俺は息を呑んだ。ずっと微動だにせず座っているのに、あたかも真正面から胸ぐらを掴まれたかのように、言葉が喉の奥で詰まる。

 

「であれば努力したはずだ。なにくそ、と励んだはずだ。だがまるで現実は違うだろう」

 

見透かされている。

 

「言い訳をする男は嫌いだ。女々しい」

 

俺の心の中にあったわずかな甘えや妥協。大会の裏で起きている陰謀を言い訳にどこか仕方なかった、と思おうとしている浅ましい精神の逃げ道を、この男は全て見抜いているのだ。

 

「……ッ!」

 

いつの間にか息が荒くなっていた。一呼吸一呼吸が、とてつもなく重く感じる。

 

「師匠……?」

 

張り詰めた空気に耐えきれなくなったのか、背後からアンナがおずおずと声をかけてくる。先程までの明るさは消え失せ、痛々しいほど不安げな表情を浮かべていた。しかし、今の俺には、彼女を思いやる余白など一ミリたりとも残されていなかった。

 

「アンナ、今はどっか行ってろ!」

「!?」

 

反射的に怒鳴りつけると、アンナはビクッと肩を震わせ、悲しげに顔を歪めた。八つ当たりでしかない。最低なことをしたという自己嫌悪が瞬時に込み上げたが、謝罪の言葉を口にする前に、俺は再び親父へと向き直り、必死に言葉を紡いだ。

 

「……親父、俺も言い訳は嫌いだ。けど、これは言い訳じゃねぇ。弁明だ、釈明だ」

「言葉遊びか?」

「違ぇよ。親父、俺がこのWDCでどれだけ頑張ったか分かってるのか?」

 

俺のしでかしたこと、原作通りに行われるトロンの暗躍、結果として予想される最悪のシナリオ。それをなんとか事態を好転させようと、WDCを奔走した。自然体を装いながらも、必死に無理の無い範囲で足掻いた。それを少しでも分かってもらいたい。

 

「俺は初日」

 

すがるような思いで、俺は早口にまくしたてる。

 

「──お前は寿司が、職人が握る動作を見て味わうモノだと、そう言いたいのか」

 

だが、俺の決死の弁明は、氷のように冷たい親父の言葉によって無惨にも両断された。

 

「……ッ、違う、俺は」

「何も違くない。俺が求めていたのは結果だ、過程では無い。それともまだ俺を残念な気分にさせるのか、お前は?」

 

完璧すぎる論理。俺が裏で何を企み、どれだけ血反吐を吐こうが、客に出された皿の上、すなわち結果が全て。それが親父の絶対的な価値観だった。過程を評価してほしいという甘えを、親父は一切許さない。敗北は敗北。評価されるのはいつの時代も結果。10年100年かけて作り上げた傑作だろうと、一週間で作られた最高傑作の前にはまるで及ばない。無様を曝そうと、なりゆきであろうと、その結果は不変。だから、許さない。

 

「……」

 

膝から崩れ落ちそうなほどの無力感が全身を支配する。全てを否定され、何も言えなくなった俺を見下ろし、親父はトドメを刺すように言い放った。

 

「返す言葉も無いか。残念だ」

 

その瞳に浮かぶのは、怒りでも呆れでもない。ただの、底知れぬ失望。そして親父は、俺たち家族にとって最大のタブーであり、最も触れられたくない傷口を容赦なくえぐりにかかった。

 

「母さんに申し分も立たないな、お前のせいで」

「……ッ!!」

 

張り詰めた冷気が氷点下まで下がったかのような席。いや、俺も、もはや血相が青いという領域を遥かに通り越しているのだろう。見なくても、断言できる。重苦しい沈黙を、激しい摩擦音を立てて弾き飛ばすように、ガタッと鋭い音が響いた。

 

「おい……さっきから黙って聞いてりゃ、そりゃ無いだろ親父さん!」

 

勢いよく立ち上がったのは、アンナだった。その体からは、とても信じられないほどのすさまじい剣幕が発せられている。彼女は一歩も引かず、怯えの色すら消え去った真っ直ぐな瞳で、親父へと鋭い視線を突きつけた。

 

「……アンナ」

 

俺の憔悴した声など意に介さず、アンナの怒りはさらに燃え上がっていく。

 

「俺は師匠のデュエルをずっと間近で見てたけどよ!全部凄かったんだぜ!?」

「……いいんだ」

「何がいいんだよ、まるでよくねぇよ!」

 

アンナの頬は怒気と興奮で真っ赤に染まり、握りしめた拳は小刻みに震えていた。その瞳には、侮辱された恩人に対する純粋な怒りと、大人の勝手な理屈で全てを断じようとする現実への強い反発が渦巻いていた。

 

「今の親父さんはまるでおかしくねぇか?!負けた負けたっつうけど、師匠を昨日会場から見守っていたあんたの目はただ勝利だけしか求めてない目だったのかよ!?」

「職人の目利きとは言っても寿司だ、ネタはそれこそ膨大で取り扱う魚も多いだろうよ、シャリとかワカメとか、醤油のレシピとかもめっちゃ数が多いだろ!?」

「それを見定める、それが職人。けど、デュエルはそれよかもっともっと、もーっと多いんだ!!」

 

彼女の切実な叫びが、広大なスタジアムの風にかき消されまいと真っ直ぐに空間を突き抜ける。その気迫に気圧されたのか、親父はわずかに眉をひそめつつも、静かに、しかし冷徹に続きを促した。

 

「……続けろ」

「っ……!ああ、デュエルは一元にデュエルっつってもデッキにはめちゃくちゃ戦術に幅がある!それこそ寿司職人の目利きと似たところもあるだろうな、デッキのカードの取捨選択っつうのは自分の戦術にマッチするか、そして相手にどれだけ効果があるかを考えて考えて、ようやく出来るものなんだ!結局手札の運もあるけど、それって予定調和じゃない、毎試合ごとに有利不利は常に変化するモノってことだろ!?それを含めて、俺たちはデュエルしている!」

 

一気にまくし立てたアンナの言葉が、冷え切った空間に熱を帯びた波紋のようにこだまする。しかし、親父は微動だにせず、ただ低い声で冷酷な事実を突きつけた。

 

「聞こえていたはずだ。俺が求めていたのは、結果。過程ではない」

「第一、それがおかしいんだよ!!」

 

アンナの怒声が、さらに一段階高くなり、関係者席全体の空気をビリビリと震わせる。

 

「過程がいらねぇ子のように言ってよ、おかしくねぇか?!何もねぇとこから結果だけ見て望んだって、それは高望みでしかないだろ!努力して実力を積み上げて積み上げて、ようやく結果ってのは真実のモノになって、掴めるんだ!その道のりのことを過程って言う、違うのか!?」

 

熱を帯びた言葉の次には、ふっと声を和らげ、しかし誰よりも強い信念を込めたセリフが続いた。

 

「俺は師匠から教わったぜ?『わさび抜き』のデュエルは刺激が無くて駄目だ、予想外の痛みが刺さってようやく、勝利ってのは掴めるモノ!」

「考えてみりゃ師匠はいつもそうだった、予想外のカードを駆使して相手とデュエルして、そして最後は何時もの軍貫で勝利していた!」

「考えて考えて、考えた末に得た勝ちとまぐれの勝ちじゃ重みが全く違うだろ……敗北も同じ、頑張って踏ん張って食いしばっても、負けた。何も分からず成すすべなく、負けた。勝ち負け、同じ文字面だ。けど、それは天と地ほどの差がある……経験って言う名のな!」

「あんたはその意味しかない過程を完全に無視して、結果として勝利っていう額面の文字だけを得るために生きてきたのか!?」

 

全身全霊を込めたアンナの弾劾。痛烈な批判を真正面から浴びせられ、親父の厳めしい目がわずかに細められる。

 

「……そこまで言うのなら。お前の目が捉えた、寿が得た経験ってモノを言ってみろ」

 

沈黙を破るように、親父が重い口を開いた。その声には、先ほどまでの冷徹さとは違う、底知れぬ試練の色が混じっている。アンナは息を大きく吸い込み、一歩も引かずに言い放った。

 

「ああ、言ってやるよ!」

 

勢い込んで啖呵を切ったものの、アンナの勢いはほんの一瞬で急ブレーキを踏んだように失速した。ビシッと親父を指さしていたはずの腕が力なく下がり、彼女の表情にみるみるうちに焦りと戸惑いが広がっていく。

 

「あーっと…………」

 

そのあまりにも締まらない第一声に、俺は思わず心の中で頭を抱えた。嘘だろ、と嫌な汗が背中を伝う。

 

「えーっと…………」

 

勢い任せで話していたということ、か。おい、少しは考えてから喋れよ、嘘だろ。頭をフル回転させて必死に言葉を探しているのが丸わかりのアンナの姿に、冷え切った空気がさらに重苦しいものへと変わっていく。親父は呆れ返ったように深く息を吐き出すと、これ以上付き合いきれないとばかりに冷たく言い放った。

 

「話にならないな。寿、そういう訳だ。九十九の倅が負けたらとっととお前は──」

 

冷酷な宣告の刃が再び振り下ろされようとしたその瞬間、崖っぷちに追い詰められたアンナの中で、何かの回路が強引に繋がったらしい。

 

「……待ったぁああっ!!」

 

彼女の絶叫に近い叫び声が、スタジアムの風を切り裂いて響き渡った。

 

「なんだ?」

 

あまりの勢いに、さすがの親父もわずかに眉をひそめて動きを止める。アンナは真っ赤になった顔をさらに歪め、怒りと焦りが入り混じった切実な目を親父に向けた。

 

「結果だけじゃ、あんたは愚か、寿司職人は全員要らないことになっちまうけどそれでもいいのかよ!?」

「「はぁ?」」

 

予想外すぎる言葉の飛躍に、親父だけでなく俺まで思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。しかしアンナは止まらない。勢いに任せて、堰を切ったように言葉を吐き出し続ける。

 

「だってよほら、このハートランド以外でもあらゆる飲食店は自動化が進んでる!それでも、頑なに人が人へと食べ物を提供するのは人からでしか得られない温かみのためだろ!?」

「料理が届いて、味わう。これだけで満足するならコックはいらねぇよ!」

「ロボットでいいなら誰だってそうするさ、給料いらねぇし!でも親父さんはそんなん嫌だろ!?無機質な奴相手に注文して、無機質な奴が作った料理を食って、無機質な奴に金を払う!何が寂しくてこんなことをしなきゃいけねぇんだ!?」

 

論理の矛先が親父の誇りそのままの職人の根本へと向けられ、親父の目がわずかに険しさを増す。だが、アンナの熱弁はここからさらに加速していく。

 

「考えたくもねぇけど、寿司だって同じさ!業者が仕入れた刺身に、機械がセットしたシャリを合わせて皿に乗せて、客が頼んだのが来る!あんたがさっきから言ってるのは、こういうことだ!」

「美味しいって結果だけ見たら寿司マシーンでポンポン作って出せばいいさ!でもそれじゃいけねぇ、味は同じかもしれねぇけど、絶対的にそれじゃ埋まらない差ってのがあるだろ!」

「親父さんや師匠が注文を聞いて、予め仕込んでおいたのとシャリを合わせて力強く握って、カウンターの向こうから確かな一貫が皿に乗せられる!機械じゃ生み出せない全ての過程が集まって、寿司が更に美味しくなるんだ!!」

 

彼女の手が空中で力強く握られ、ぶるぶるとはためく。その言葉の端々には、普段は破天荒な彼女が、カウンターの向こう側で懸命に包丁を振るう俺たちの背中を、どれほど真剣に見つめていたかが痛いほどに滲み出ていた。

 

「お客さんはただ寿司を食いに来たんじゃねぇ、『軍艦処-赤司』っつう風流ある店で食う。それを目当てに来てる奴も絶対にいる!親父さんと師匠でしか為せない過程ってのを求めて、常連のお客さんたちは信頼を持って来てる!」

「そして奴らは金を払って、馴染みの顔にごちそうさまって言って、満足して帰るんだ!こんなの美味いっていう結果だけじゃ絶対得られない感情だろ!?」

「デュエルだって同じだ!そこまでの過程があるのに、あんたはただ最後の、師匠の敗北という結果だけを鵜呑みにして他を全部無視して、あまつさえ勘当するってのか!?」

 

一気にまくし立てたアンナの胸が激しく上下している。彼女の瞳には、打算のない純粋な怒りと、俺を庇いたいという一途な熱が炎のように燃え盛っていた。隔絶されたように静まり返った空間に、彼女の荒い息遣いだけがこだまする。親父はしばらくの間、じっとアンナを見据えていたが、やがて冷ややかな声を落とした。

 

「最初からそう言っている」

「……ッ!!ふざけんじゃねぇよ、そんなのありかっ!これでも許せねぇんだったら……」

 

言葉の先を失い、アンナがぎりっと悔しそうに歯噛みする。

 

「だったら?」

 

冷徹に続きを促す親父。だが直後勢い余ったアンナの口から、想定の斜め上をどころか、地球の裏側まで突き抜けるような爆弾発言が飛び出した。

 

 

 

「俺が師匠を貰っていってやるよ!!」

 

 

 

スタジアムの喧騒が遠ざかり、まるでその一言だけが空間のすべての音を吸い込んだかのように、辺りは更なる底知れぬ静寂へと包み込まれた。あまりの衝撃的な響きに、当の本人であるアンナ自身も、口走った直後に脳内で自分の発言を反芻したのだろう。

 

「あ……うっ……ぁっ」

 

みるみるうちにそのあどけない顔の耳の先までが真っ赤に染め上がり、気まずさと恥ずかしさのあまり自分の足元を穴が空くほど見つめながら、小動物のように体を縮こまらせていく。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

誰もが次の言葉を見つけられず、ただただ重苦しい沈黙の時間が、まるで溶けた鉛のようにねっとりと流れていく。ピクリとも動かない親父の厳めしい横顔と、冷え切った金属製の座席。気まずさを紛らわす方法すら思いつかないまま、数秒が永遠のようにおよそ長く感じられる。

 

「……」

「……」

「「「……」」」

 

幾重にも重なった沈黙の層は、もはやこの場にいる者たちの呼吸の音すらもかき消し、ただ冷たい空調の風の音だけが生々しく耳を打つ。このまま親父の次の言葉が出なければ、一生俺は愚か、アンナも直立不動のまま。だが、親父はまるで一切続きの言葉を発しようともしていない。

 

「……おうおう、ここだけお通夜か?」

 

そんな、絶望的な膠着状態を、何の配慮もなく、まるで自分だけが別の世界線に生きているかのような軽快な足音が鮮やかに打ち破った。

 

「客席がやけに開いてると思って来たら、随分面白いことになってるじゃねぇか」

 

場違いなほどに飄々とした、どこか人を食ったような声が、響き渡る。ピクリと親父の眉が不機嫌そうに動き、俺とアンナも微動だにせずとも思わず、声の主へと視線を這わせた。

 

「何故か教えてもらってもいいかな……厳造ォ?」

 

娘が申し訳なさげに隣に立っている。そこに力強く立っていたのは、この緊迫した空気などまるで気にする様子もなく、不敵な笑みを深く刻んだ大男の姿だった。







隠すのもいけないと思ったので、書き残しておきます。

30分だけ様子を見たら久々に即オレンジバーになったため一度消しました。普通に凹んでます。やっぱこういう回は不評なんですね……ライゼオルの時の前例もあるのに、反省できない私って。読んでくれた方並びに感想を下さった方、すみませんでした。

無理がなければ、既に投稿してある後編もどうぞ。
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