軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
決着の時が過ぎた。スタジアムに座る数万人の観客から放たれる熱狂が、空気を激しく揺るがす。
『激闘に次ぐ激闘を乗り越え……勝ったのは……九十九遊馬選手だぁああああっッッ!!!』
Mr.ハートランドの甲高い声が、会場の四隅に設置された巨大なスピーカーからスタジアム全体へ轟く。空中に浮かぶ巨大なホログラムスクリーンが、戦いを制した勝者の姿を大々的に照らし出すと同時に、場の熱気は疑いようもなく最高潮に達した。
それは彼女も同様で、勝利が確定した瞬間、観客席に座るアンナは弾かれたように立ち上がった。
「よっしゃぁああァッ!やっぱスゲーぜ、遊馬は!!」
「……よし、第一関門突破だ」
興奮から叫ぶアンナが隣で飛び跳ねて喜ぶ中、寿はふと呟きながら立ち上がる。視線はスタジアムの中央から悠々と去っていく遊馬を捉えながらも、どこか深いところを見据えている。
「んおっ?師匠、どこ行くんだ?」
その唐突な行動に、興奮冷めやらぬアンナが動きを止め、怪訝な表情を向けた。
「野暮用さ、すぐ戻ってくるから待っとけ」
「えー、俺一人ぼっちかよ?」
「いいだろ少しなんだから……」
そうは言えど彼女が不満を示すことに変わりなはい。どうしようか、と若干悩みだした寿の耳に、スタジアムの喧騒には似つかわしくない、透き通った声が届いた。
「あら?どうしたんです、寿さん?そんな困った顔して?」
振り返った寿の目に映ったのは、周囲の熱気から隔離されたような涼やかでかつ、どこか甘い雰囲気を纏う、見知った少女の姿だった。
「ラクリ!」
「ラクリじゃねぇか!久しぶりだな!」
まさかこのタイミングで出会うとは思っていなかった人物──出門ラクリの登場に、アンナと寿は驚きの声を上げてしまった。父親である出門スミスがいるのだから、彼女がいない道理は無いのだが、それはそうとして余りにもいきなり現れたため、二人は驚くしかなかったのだ。
「ええ。一週間も経っていませんけど、ちゃんとお話しできるのは半年ぶりくらいですかね?」
「はぁ?」
「昨日は激闘でしたからね。寿さんとアンナさんの雄姿は見させてもらいましたよ。アンナさんもお久しぶりですね」
ニコニコと優雅な笑みを浮かべる彼女の口から飛び出したのは、意味が分かるような、分からないような不思議な言葉だった。
「あ、ああ……おい師匠、半年ぶりってなんだよ?」
「一日千秋って言うだろ、それだそれ……」
「ああ、なるほどな?」
「……意味分かってるか?」
アンナは意味が分からないので寿に小声で聞くが、寿の解釈にもあまり納得できず、最終的に特有の大雑把さで早々に深く考えることを放棄したようだった。
「っていうかラクリ、どうしたんだ?スミスさんは俺の親父と一緒に前方の座席に座ってるぜ?」
「いえ。寿さんはお仕事があるのでしょう?」
「……よく気づいたな」
「最初から見てましたから」
寿がそう言うと、まるで寿の心中を見透かしているかのようにラクリは言う。彼女はふふっと上品な笑みをこぼすと、ほんの少しの悪戯っぽさを交えて、一人残されることに不満げだったアンナの方へとゆっくり向き直った。
「アンナさん。恋しく愛しいお師匠が離れるのはお辛いでしょうが、その間だけでも私が傍にいては駄目ですか?」
「こ、ここ恋しくなべべべ、別に、そんな感じじゃねぇし!」
不意打ちのように落とされた、単なるからかいの言葉だった。
「どうしたアンナ、急に壊れたキーボードみたいになったが」
「だーっ、うるさい師匠ッ!いいぜ、ラクリ!座りなよ!」
慌てふためくアンナは考えるのをやめ、寿が先ほどまで座っていた座席を裏拳で叩き、ラクリに座るように促す。
「感謝します。流石は寿さんのお弟子さんですね?」
「えへへ、いやー、別にそんなんでも」
「?」
「あ、いや違くてだな?」
「どういうことだ?」
必死に弁解しようとするアンナの一人ドタバタ劇を眺めながら、最終的に寿はやれやれと小さく息をつくしかない。
「……まぁいいか。ラクリ、俺が戻ってくるまでアンナの話し相手任せたぞ」
「ええ。早めに済ませたほうがいいですよ、寿さん」
これ以上ここで時間をかけるわけにもいかない。ラクリの静かな励ましを背に受けながら、寿は踵を返し、先ほどとは反対方向の、また薄暗い通路へと向かっていった。
####
ひんやりとした空気が漂う薄暗い空間の先から、激闘を終えたばかりの勝者が姿を現す。その足取りは重そうだったが、対照的に死力を尽くした戦いを乗り越えた彼の顔は、どこまでも晴れやかだ。彼の無事を確認した寿は、これまでと一転、明るい表情を作って通路に声を響き渡らせ、大きく手を振った。
「おーい、遊馬ー!」
「寿ー!」
薄暗い通路の先に待つ寿の姿を見た遊馬は、疲れた身体に鞭打つようにパッと表情を輝かせ、小走りで駆け寄って一気に距離を詰める。
「やるじゃねぇか!シャークさんにカオスナンバーズに勝つなんてよ、やっぱお前は凄い奴だな!」
「いや、俺じゃねぇよ……お前が貸してくれたナンバーズのお陰だ!ありがとうな、寿!」
寿は遊馬を賛美すると、謙遜からか遠慮を口にする遊馬は真っ直ぐな瞳で深い感謝を告げた。彼は胸ポケットに手を伸ばすと、その中から激戦を共に戦い抜くことができたキーマンならぬ、キーカードであった一枚の黒いカードを取り出し、大切なものを扱うような手つきで寿へと真っ直ぐに差し出した。
「《No.60 刻不知のデュガレス》……お前のナンバーズだろ?返すよ、ありがとう……」
「……いや、まだ早い」
「うん?早いって?」
そのカードを受け取ろうと手を伸ばしかけた寿だったが、ふと動きをピタリと止めて、遊馬に問いかける。
「気が早いということだ。まさか遊馬、お前もしや……気づいてないのか?」
「何を?」
「あー、気づいてないんだな。この大会の真の目的に」
思いがけない突拍子もない言葉を投げかけられ、遊馬は差し出した手の中でカードを持ったまま、キョトンと目を丸くした。遊馬にとって、寿の言葉はすぐには理解できない不穏な響きを帯びていた。
「WDCの……真の目的?」
「この決勝トーナメント、ただの娯楽目的で開催された試合じゃねぇってことは、もうデュガレスからも教えてもらったか?」
寿の真剣な眼差しに、遊馬はただ事ではない空気を察知し、手に持ったカードをまた胸ポケットに戻して耳を傾ける。先ほどまでの勝利の余韻が少しずつ薄れ、代わりに張り詰めた緊張感が二人の間を満たしていった。
「ああ。トロンがシャークを操って俺を倒そうとしてたってことも聞いたぜ」
「……そうか。その理由とかって分かるか?」
寿の問いかけに、遊馬の表情がキュッと引き締まる。先ほどのデュエルの中で直面した事実。友を操り、非情な手段に打って出た悲しき復讐者の暗い因縁が、遊馬の脳裏に鮮明に蘇ってきた。
「知ってるぜ。寿、あいつはDr.フェイカーに嵌められたんだ」
「Dr.フェイカーに?」
核心を突く名前が出たことで、寿の目がわずかに細められる。遊馬は沈痛な面持ちで、Vが語ったトロンの凄惨な過去を自身でもリフレインするように、重い口調で語り始める。
「あいつは昔、大人だったらしいんだ。でも、Dr.フェイカーに嵌められて。異世界に俺の父ちゃんと一緒に落とされちまったらしい」
「……自力で異世界から戻ってきたってことか?」
「ああ。そのせいで、子供に戻っちまった。トロンは、Dr.フェイカーに復讐しようとしている。この大会を優勝して、願い事でその復讐を果たそうとしているんだ。あいつは、フェイカーに復讐を果たそうとしている!その刺客としてⅢやV、Ⅳを操って、そしてシャークも操り人形にしようとしてたんだ!」
「……そんなことがあったのか」
「……ああ、けど、これが真実。こんなこともなきゃ、普通の人間はここまで酷いことを出来るわけもねぇ……変えられちまったんだよ、Dr.フェイカーにトロンは!」
遊馬の口から淡々と語られる、凄惨な因縁。寿はわずかに眉根を寄せ、何かを探るように遊馬の瞳の奥へと鋭い視線を向ける。あまりにも重い荷物を背負わされながらも、目の前の親友の瞳には淀みが一切ない。それがどうしても解せなかった寿は、張り詰めた空気の中で問いかけた。
「……なら、遊馬。お前はフェイカーに復讐したくねぇのか?」
思いもよらない角度からの問いかけだったのだろう。遊馬は虚を突かれたように目を瞬かせ、自分自身を指差しながら素っ頓狂な声を上げた。
「俺が?」
「お前の父ちゃん……一馬さんもトロンと一緒に、Dr.フェイカーに嵌められたんだろ?なら、何でお前はトロンみたいにフェイカーに復讐しようと考えないんだ?」
トロンと同じように大切な家族を理不尽に奪われた立場でありながら、なぜ遊馬の目には暗い復讐の炎が宿っていないのか。知って怒りや憎しみに囚われてもおかしくない境遇において、彼の精神はあまりにも清らかすぎるように寿は見えたのだ。しかし、遊馬は姿勢を正すと、一切の迷いがないきっぱりとした口調で言い切った。
「……寿、それは絶対に違うぜ」
「トロンは、フェイカーに嵌められた張本人。恨むのは当然さ、俺だって否定はできない……誰だって辛いことを経験したら、その犯人を恨むなんてこと、当たり前だ。しちゃいけねぇ理由がどこにある?」
遊馬の声には、トロンという哀しき復讐者に対する深い同情と理解が込められていた。決して相手の憎悪を頭ごなしに否定しているわけではなく、人間の持つ痛みを十分に受け入れた上での言葉だった。
「俺でさえ、我慢できるかどうかなんて分かんねぇ。Vが言ってたけど、昔のトロンは優しかったらしい……でも、あんなんになっちまった」
Vから聞いた話は、悲惨だった。かつては子供たちに愛情を注ぐ優しい父親だった男が、異世界を彷徨い、復讐という呪縛の鎖に繋がれた結果、どれほど無惨に歪んで壊れてしまったか。その結果として子供の姿のまま狂気に駆られるトロンの姿を目の当たりにした遊馬の顔には、やり場のない深い悲しみが色濃く滲んでいた。
「憎しみに支配されたら、俺は俺じゃなくなっちゃうかもしれない」
遊馬はそういうと、体を一瞬震わせる。それは、恐怖といっても間違いのない感情だった。
「しかし、それは支配されるのを拒む理由にはならないぞ。何故お前は憎まない?」
「そりゃ簡単だ寿。俺の父ちゃんはな、生きているんだ。どこにいるのかは分からねぇけど、遠くから声が聞こえた」
遊馬は、自身の胸元で静かに揺れる皇の鍵にそっと手を伸ばし、それを大切なお守りのように右手で強く包み込んだ。薄暗い通路の中で微かに光を反射するその鍵は、彼と父親を繋ぐ架け橋。右手から伝わってくる確かな温もりと絆が、遊馬の心をどこまでも晴らしていた。
「この皇の鍵を通じて、しっかり確信したんだ。父ちゃんは生きてる、死んでない……どこかで、俺を見守っててくれてる」
父親の生存に対する絶対的な信頼。それこそが、彼が暗い感情に飲み込まれないための強固な錨となっていた。
「だから、俺はフェイカーを憎まない……」
誇らしげに胸を張り、淀みない声で宣言した直後、遊馬はふと自らの言葉に引っ掛かりを覚えたように言葉を切り、少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。
「……いや、これは嘘だな」
「嘘?」
先ほどまで一切の迷いなく前を見据えていた遊馬の真っ直ぐな瞳が、寿はほんのわずかに揺らいだように見えた。心の裏側に隠されていた、家族の温もりを求める等身大の素直な本音が、ぽつりと零れ落ちる。
「本当は、完全に憎んでないわけじゃない。俺だって父ちゃんと一緒にいたいし、母ちゃんもどっか行っちまった。俺だって、寿みたいに家に帰れば父ちゃんと母ちゃんがいてほしいさ」
過酷な運命に巻き込まれたとはいえ、遊馬はまだ一人の少年に過ぎない。あえて言ってしまえば遊馬は、なりゆきでそうなったに過ぎない、中学一年生だ。当たり前のように両親がいて、その背中を見て育つというごく普通の日常を奪われた喪失感は、確実に彼の心の奥底に存在していた。
「スゲェ大人がそばにいるってのは、憧れるもんだろ?なぁ寿?」
強がりの隙間から覗く、父親への切実な思慕。遊馬は照れ隠しのように小さく笑いながら、寿へと同意を求める。その問いかけを受けた寿の脳裏に、厳造の背中が鮮明に過った。
「……ああ。どうしようもなくデカくて遠くて、憧れるよ」
逡巡はしなかった。寿は深く頷き、ただ肯定した。
「だろ?けど、その憧れの景色を奪われたとしてもよ、俺が復讐するのは違うと思うんだ」
「だって、俺の父ちゃんはもう俺にかっとビングを教えてくれたからな!目指すべき、俺の魂の言葉を教えてくれたんだ!だから俺はかっとび続ける!」
遊馬は満面の笑顔を寿に見せる。そこから放たれる底抜けの明るさは、決して無理をして作られた虚勢などではなかった。両親が不在というぽっかりと空いた心の穴は、今彼を取り巻く温かい日常がしっかりと埋め尽くしてくれているのだ。家族や仲間たちから受ける無償の愛情がある限り、彼の心は決して孤独という闇に蝕まれることはない。
「俺は家に帰れば、父ちゃんと母ちゃんは居ねぇけど姉ちゃんと婆ちゃんがいる。学校に行けば小鳥とか鉄男とか、一緒にいて楽しい奴が一杯いる!俺は全然寂しくないんだ!」
「それに、父ちゃんは俺に復讐なんて望まねぇと思うし、そもそも俺がやられた訳じゃねぇ。仮に父ちゃんがトロンみたいに復讐心を持ってたとしたら、俺が勝手に復讐を清算したとしても、それで父ちゃんの心のわだかまりが消えるとは限らねぇだろ?」
誰かのための復讐という、一見すると聞こえの良い自己犠牲や大義名分が、実は当事者自身の魂の救済には直結しない場合があるというどうしようもない摂理を理解している遊馬。他者の抱える感情を勝手に推し量り、善意のつもりで代行者として凶行に走る独善。それこそが憎しみの連鎖を生むのだと、遊馬は本能で悟っているかのようだった。
「父ちゃんはDr.フェイカーに復讐したいのかどうかは知らねぇけどな。だから、今の俺がDr.フェイカーに復讐する理由はねぇってことだ!」
自分の歩むべき真っ直ぐな道を、他人の怨恨で歪めるような真似は絶対にしない。父親への深い敬愛と、自分自身の確固たるアイデンティティとを完全に切り離した上で、遊馬はどこまでも澄み切った揺るぎない瞳で、自らの導き出した一つの答えを寿へと真っ直ぐに提示した。一頻り自分の思いを言葉にして吐き出した後、遊馬は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「……とまぁ、色々言ったけどよ、何て言うかな」
言葉を区切り、彼はゆっくりと顔を上げる。その表情からは先ほどまでのあどけなさが完全に消え去っていた。これから自分が成し遂げるべき真の目的を再確認し、己の魂に誓いを立てるかのように、遊馬は決意を込めた真っ直ぐな瞳で、目の前に立つ親友を正面から堂々と見据えた。
「だからこそ、せめてでも、俺にできることは、自分勝手な大人たちにガツンと言ってやることだって、俺は思ってるぜ?」
その言葉は大人のエゴや狂気に振り回され、傷つく人々をこれ以上出さないための、彼なりの研ぎ澄まされた形だった。一切のブレがない強靭な精神性に、寿は心底感服したように短く息を吐き出す。
「……なるほどな。流石はかっとビングの権化。お前の軸はブレないな」
復讐という泥沼の連鎖に陥ることなく、どこまでも己の信じる正道を行く遊馬の姿勢。そのあまりにも眩しすぎる輝きに目を細めながら、寿は静かに、しかし深く頷いた。
「よし分かったぜ、遊馬。俺は親父を尊敬しているし、お前は一馬さんを尊敬している。それは何があっても揺るがない、誇れる親父だからだな?」
父親への憧憬と、超えるべき巨大な背中としての絶対的な信頼。互いの根底にある共通の確固たる想いを確認し合う寿の言葉に、遊馬は力強く肯定の意を示す。
「ああ。だからこそ、俺はちゃんとしてねぇ父ちゃんたちにガツンと言ってやるんだ!カイトの父ちゃんのDr.フェイカーとⅢやV、そしてⅣの父ちゃんのトロンにな!!」
拳を握り締め、力強く宣言する遊馬の言葉に迷いは微塵もなかった。友であるカイトを苦しめるDr.フェイカー、そしてかつて心を通わせたⅢたちを復讐の道具として扱ったトロン。本来子供を守り導くべき立場の大人たちが道を外れているのなら、自分がその目を覚まさせてやるという途方もない覚悟がそこにはあった。
「……俺の親父も、もしかしたら……」
「?お前の親父さんがどうかしたのかよ?」
一瞬表情が曇るが、遊馬からの純粋な問いかけにハッと我に返り、寿は慌てて表情を取り繕う。顔に落ちていた暗い影を瞬時に消し去ると、いつもの冷静な声色を作り出して首を振った。
「いや、何でもねぇ。じゃあ話を戻すぞ……WDCの真の目的だ」
「ッ!」
強引に話題を切り替えた寿の言葉により、先ほどまでの感傷的な空気が一掃され、薄暗い通路の空気が再び氷のように冷たく張り詰める。これから寿の口から語られるであろう、この華やかな祭典の裏に隠されたどす黒い陰謀の全貌を、遊馬は覚悟を決めて待ち構えた。
「あくまで俺の推測に過ぎないが、聞いてくれ」
普段の頼もしい姿からは想像もつかないほど緊張を孕んだその声音に、遊馬は思わず唾を飲み込んだ。只事ではない事態が水面下で進行していることを肌で感じ取り、親友の言葉を聞き逃すまいと真剣な眼差しで頷く。
「ああ、聞かせてくれよ」
遊馬の覚悟を確認した寿は、一呼吸置いてから、この華やかな祭典の根幹を真っ向から否定するような衝撃的な結論を突きつけた。
「結論から言うぞ。このWDC……ナンバーズを集結させるため機能を持っている」
「えっ!!?」
困惑する遊馬を前に、寿は冷静さを保ったまま、これまで起きた出来事のピースを一つ一つ繋ぎ合わせるように順を追って説明を始める。
「考えてもみろ。カイトはナンバーズハンター。トロンは紋章の力でナンバーズを従えていて、同時にナンバーズを回収している。あとはお前も、ナンバーズを使えるんだろ?」
寿の言葉に促されるように、遊馬の脳裏にこれまで壮絶なデュエルを繰り広げてきたライバルたちの顔が次々と浮かび上がる。常人離れした力を振るうデュエリストたちが、吸い寄せられるようにこの決勝トーナメントの舞台に揃っているという恐ろしい偶然の正体に気づき、遊馬の背筋に冷たいものが走った。
「ここまで勝ち残った奴ら……全員、ナンバーズを使えるってことか!?」
遊馬の言葉を力強く肯定するように、寿は深く頷いた。さらに彼の分析は、大会の運営組織の歪みな構造へと深く切り込んでいく。
「ああ。且つ、ナンバーズハンターの裏側には、Mr.ハートランドが居る……大会運営委員にゴーシュとドロワがいることから、これは確定だろう。で、さらにハートランドの更に上にボスがいる」
表舞台で大会の象徴として賑わいを演出する男と、その陰で暗躍するナンバーズハンター。点と点とが線で繋がり、巨大な陰謀の輪郭がはっきりと浮かび上がっていく中で、遊馬の脳裏にある一人の男の名前が閃光のように閃いた。
「あっ!それが、Dr.フェイカー……!!!」
すべての糸を引いていた真の黒幕の存在に辿り着き、遊馬は息を呑んだ。寿は確信に満ちた鋭い眼差しで遊馬を真っ直ぐに見つめ、このトーナメントが辿る残酷な運命の先を淡々と告げた。
「ああ。次はカイト対トロンのデュエル、どちらが勝ってもナンバーズを総取りだ。その先が、遊馬。お前だ」
点と点が線となり、巨大な陰謀の最終的な終着点がはっきりと形作られていく。トーナメントという仕組みそのものがフェイカーの、罠。寿はその罠の巧妙さと、仕掛けた人間の底知れぬ悪意を強調するように、さらに言葉を重ねた。
「お前がアストラルと一緒に集めたナンバーズと、カイトもしくはトロンが勝って集まったナンバーズが、Dr.フェイカーの元に作られた舞台に集う……何か怪しくねぇか?」
まるで誘導されるかのように、すべてを持つ者たちがフェイカーの膝元であるこのスタジアムの頂点へと集められている。そのあまりにも出来すぎた舞台立ての裏にある悪意に気づき、遊馬の顔から血の気が引いた。
「……まさか!」
「そうだ。フェイカーは科学力の化け物、できないことの方が少ない。恐らく決勝戦で何かしらの仕掛けをして、お前と次のデュエルで勝ったナンバーズを奪い取ろうと考えているだろうな」
デュエルの勝敗すらも関係なく、ただ最後に生き残った器からナンバーズを根こそぎ奪い取る。純粋に頂点を目指して戦ってきた者たちの熱意を根底から踏みにじるような、あまりにも外道なやり口に、遊馬は激しい怒りと驚きを隠せなかった。
「……そんなことが!」
怒りで拳を震わせる遊馬に対し、寿は少しだけ声のトーンを落とし、まるで自戒を含めるような響きで付け加えた。
「推測に過ぎねぇし、杞憂であってほしいが……お前の言う、自分勝手な大人っていうのはそういうことをしちまう大人のことじゃないか?」
なりふり構わず目的を達成しようとする大人のエゴ。それをどうしても感じてしまった遊馬は、奥歯を強く噛み締めた。寿の推測はあまりにも理にかなっており、到底ただの杞憂だと笑い飛ばすことはできない。緊迫した空気の中で、遊馬は今まさに戦おうとしているもう一人の人物の顔を思い浮かべた。
「……寿、お前……そこまで言われて、信じねぇわけにはいかねぇだろ……カイトにこれ、言っておいたほうがいいかな?」
これからトロンとのデュエルに臨むカイトに、この恐るべき陰謀を伝えるべきではないか。彼もまた、Dr.フェイカーに踊らされている被害者の一人なのだから。しかし、焦りを見せる遊馬の提案を、寿は静かに、だが確固たる意志を持って制止した。
「止めとけ。カイトはハルトのために全力で戦う男。父親絡みだが、だからこそ無駄に混乱させてしまえば台無しだ。邪魔しちゃいけねぇよ」
カイトが何のためにナンバーズを狩り続けてきたのか。その悲壮な覚悟と、唯一の希望である弟への想いを知っているからこそ、今、彼の心に迷いを生じさせることは最大の侮辱であり、命取りにもなりかねない。寿の真摯な言葉に、遊馬もハッとして小さく頷いた。
「……そうだな。じゃあ、シャークの《シャーク・ドレイク》とお前の《デュガレス》だけでもDr.フェイカーから守らねぇと……」
カイトの戦いを見守るしかないのなら、せめて今自分が知っていて、守れるナンバーズだけは、絶対にフェイカーの魔の手から死守しなければならない。遊馬が固い決意と共にデッキケースを強く握りしめたその時、寿から思いもよらない言葉が発せられた。
「……いや、その必要は無い。お前にはかっとビングしてもらう必要があるからな」
カードを隠して守るという遊馬の防衛策を真っ向から否定し、あえて危険地帯へ飛び込めという言葉だった。
「え?」
事も無げに言い放つ寿。寿はおもむろに自身の腰にあるデッキケースに手を伸ばすと、慣れた手つきでその中から黒いフレームを持つカードの束を引き抜いた。薄暗い通路のわずかな光を鈍く反射するその妖しいカード群を、寿は躊躇いなく遊馬の目の前に突き出した。
「遊馬。俺が持っている全てのナンバーズを、お前に託す」
あまりにも予想外すぎる親友の行動と、突きつけられた黒いカードから発せられる微かな圧力に、遊馬の思考は一瞬完全に停止した。
「は?」
間抜けな声が漏れるのと同時に、遊馬の視線は突き出されたカードの束に釘付けになる。それは、どう見ても一枚や二枚といった数ではなかった。
「俺がWDC中に集めたナンバーズと、アンナがゲットしたナンバーズだ。持ってけ」
淡々と語る寿の言葉を脳内で処理した瞬間、遊馬の顔色が真っ白に染まった。自分が知らないうちに、大会の裏側で、彼らがどれだけの激戦と危険を潜り抜けてきたのか。思いがけない言葉と目の前に突きつけられた現実に、遊馬は完全にパニックに陥ったように声を裏返した。
「ごっ、五枚もあんのかよ、寿お前どうなってんだよ!?」
遊馬の叫びが通路に反響するが、寿は顔色一つ変えずに冷静さを保っていた。寿は驚愕する遊馬を制するように片手を軽く上げ、自らが所有する規格外の力を持つカードたちの名前を一つ一つ読み上げていく。
「それは今重要じゃねぇ。《No.27 弩級戦艦-ドレッドノイド》、《No.41 泥酔魔獣バグースカ》、《No.45 滅亡の予言者 グランブル・ロゴス》、《No.76 諧調光師グラディエール》、《No.89 電脳獣ディアブロシス》……そして、お前に予め渡しておいた《No.60 刻不知のデュガレス》」
寿の口から次々と紡がれる、ナンバーズの数々。そのあまりの多さに遊馬は息を呑む。
「この6枚が俺がこれまで集めたナンバーズだ、受け取ってくれ」
遊馬の目の前に広げられるように寿の手に握られた強大な力を持つカードたちは、それぞれが独立した意思を持っているかのように禍々しい黒いオーラを放っている。通常であれば一枚でも精神を喰われかねない危険な代物を、寿は微塵の未練も迷う様子もなく、すべて遊馬へと押し付ける。
「な、なんでだよ!?お前はDr.フェイカーに奪われるのが嬉しくて、俺に渡すのか!?」
先ほどの寿自身の推測を引いた遊馬の真っ当な反論。フェイカーがナンバーズを狙っていると警告しておきながら、その危険地帯である決勝戦の舞台へわざわざ膨大な数のナンバーズを持ち込ませようとする寿の真意が全く読めず、遊馬は混乱の極致から声を荒らげた。しかし、寿は揺るがない。
「……聞け。運命は大きく揺れ動いている。お前の一つの行動が、未来を大きく変える」
すべてを見通しているかのような寿の言葉。その真っ直ぐで真剣な眼差しに射抜かれ、遊馬は反論を飲み込んで息を呑んだ。
「!?」
寿の視線は、目の前に立つ遊馬だけでなく、本来であればその傍らに浮遊しているはずの、青白く発光する宇宙人のような相棒が居たであろう虚空へと向けられていた。
「遊馬。お前の隣には今、アストラルが居ないんだったな?」
痛いところを突かれた遊馬は、ギュッと唇を噛み締めた。どんな時でも隣にいて、冷静な分析と的確な助言で自分を導いてくれた無二の親友。彼の不在は、今の遊馬にとって何よりも大きな心の穴となっていた。その喪失感を隠しきれないまま、彼は弱々しく頷く。
「……ああ、そうだ」
「確かお前はデュエルコースターのデュエルが始まる時、俺に言っていたな」
寿の言葉が引き金となり、遊馬の脳裏に昨日の記憶が鮮明にフラッシュバックした。WDCの決勝トーナメントが始まる直前、意気揚々と語り合ったあの時の光景。
──そうだな……俺は、居なくなっちまったアストラルを取り戻してもらおうかな!
その無邪気で真っ直ぐな願いを思い出した瞬間、遊馬はハッとして目を見開いた。
「……あっ」
大会の優勝者に与えられる特権。どんな願いでも一つだけ叶えられるという、夢のような権利。遊馬は当然のように、それをアストラルの復活のために使うつもりだった。だが、寿から明かされた大会の裏の顔を思い出し、その希望が砂の城のように崩れ去っていくのを肌で感じた。
「でも……願い事を叶えるのは、Mr.ハートランドで……その裏に、Dr.フェイカーがいて……」
優勝者に与えられる願いの成就という甘い言葉すらも、ナンバーズを持つ者たちを最後まで戦わせるための餌に過ぎない。しかもその主催者こそが、すべての悲劇の元凶であり、ナンバーズを奪い取ろうとしている黒幕なのだ。遊馬が自らその残酷な矛盾に気づいたのを見計らい、寿は容赦なく決定的な現実を突きつけた。
「はっきり言うぞ遊馬。このままだと、アストラルを取り戻すのは厳しい」
「……そんな!」
残酷すぎる宣告に、遊馬の表情が絶望の色に染まりかける。
「だが、諦めんな。ナンバーズはアストラルの記憶のピース。一つ一つが集まるほど、アストラルは記憶喪失状態から段々戻っていくんだろ?」
しかし、沈みかけた遊馬の心に、寿の言葉が蜘蛛の糸のように垂らされる。
「……ああ、そうだ。あいつはナンバーズを集めて、それが完成したらようやく完全復活できるらしい」
アストラルから聞かされていた自身の本来の目的を、遊馬は縋るように反芻する。寿はその事実を土台にして、自身が導き出したあまりにも大胆で、しかし一縷の望みを懸けるに足る仮説を堂々と提示した。
「なら、逆に考えるんだ。ナンバーズがあれば、アストラルの力が増す。皇の鍵がアストラルの本来眠る場所であり、そしてナンバーズの力が集まる場所……お前が持つナンバーズが集まるほど、アストラルは復活しやすくなる……そんな気はしないか?」
遊馬の胸元で揺れる皇の鍵。そこがアストラルとナンバーズを繋ぐ特異点であるならば、より多くのナンバーズをその鍵の内部に集結させることこそが、彼を強引にでも呼び覚ます起爆剤になりうるのではないか。妙に説得力のある寿の言葉に、遊馬の目に宿っていた暗い絶望が払拭され、再び光が力強く点灯した。
「……気はするな……でも、信じていいのか?」
確証のない仮説。もし失敗すれば、寿から託されたナンバーズごとフェイカーに奪われる最悪の結末すらあり得る。期待と不安が入り混じる遊馬の問いに対し、寿は迷いなく、全幅の信頼を込めて断言した。
「他に道は無いだろ?可能性が高いことに越したことは無い、だから、俺はナンバーズをお前に託すんだ」
寿の揺るぎない覚悟と、未来を自分に託そうとする親友の熱い想い。それを真正面から受け止めた遊馬は、もう迷うことはなかった。
「……分かったぜ。そこまで考えてんだったら、断る理由は無いよ。借りるぜ、お前のナンバーズたち!」
遊馬は力強く頷くと、寿の手から禍々しいオーラを放つカードの束をしっかりと受け取った。強大な力と、親友の想いが詰まった重み。遊馬はぐっと力強く頷き、預かった大切なカードの一枚一枚を慈しむように確認すると、自身のデッキケースへと丁寧にしまい込んだ。
「ああ、頼んだぜ……あ、最後に俺から言っとくぞ」
別れを告げるように踵を返し、その場を歩き出そうとした寿だったが、ふと何かを思い出したように足を止め、もう一度だけ振り返る。その真剣な眼差しは、これから過酷な運命の矢面に立とうとしている友の魂の底をしっかりと見据えていた。
「アストラルの復活……別に、今の遊馬は弱いわけじゃねぇ。ここまで勝ち抜いたのは、お前が諦めなかったからに違いない」
「……アストラルを、取り戻すのを俺は諦めたくない」
「ああ。信念を変えるな。だからこそ、お前ならできると俺は思っている。最後まで諦めるなよ、絶対だ。そのためなら、奇跡でも起こして見せろ。じゃねぇと……」
「トロンにもカイトにも、そしてDr.フェイカーにも勝てない、だろ?」
寿の言葉を先回りして完璧に言い当てた遊馬の顔には、もはや不安の色など微塵もなく、ただ眩いほどの闘志が宿っていた。その瞳を見て、寿は満足げにふっと口角を上げる。自身の想いが完璧に伝わったことを確信した彼は、これ以上の言葉は不要だと言わんばかりに、背中を向けた。
「分かってるな、流石だ。そろそろアンナが暴走する頃合いだろう……じゃあな、遊馬!!また観客席で応援してるぜ!!」
「ああ!託されたからな、寿!!」
鮮やかな決意を胸に、遠ざかっていく寿の頼もしい背中へ向けて、遊馬はありったけの力を込めて大きく手を振り返した。
「託したぜ!後で《デュガレス》と《ドレッドノイド》……あと、良かったら《バグースカ》も返してくれよな!?」
「分かったぜー、寿ー!」
その明るい声の響きに、寿は振り返りはしなかったが、小さく片手を挙げてそれに応える。遊馬もそれを見届けたのち、彼は彼の向かう場所へと向かう。互いの背中を預け、それぞれの目的地へと向かう二人の足取りには、もう迷いなどなかった。