軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
「奇跡があろうと、絶望の前には無力なんだよ……フフフ、ハハハハハ!!!」
トロンの高笑いが、反響する。ターンエンドを宣言した瞬間に襲い掛かる2000ポイントのダメージ。残りライフ13の彼らにとって、それは回避不可能な死の運命。しかし、深く俯いたゼアルの震える両拳には、なおも強く、力強く力が込められていた。
「それでも……それでも、俺は諦めねぇ」
口から細く漏れたのは、強がりでも虚勢でもない、魂の底から絞り出した純粋な意志だった。遊馬の決して折れない心は、詰みの状態においてもまだ屈することを知らない。
「諦めたくねぇ!!!」
その魂の叫びに呼応するように、ゼアルの精神世界でアストラルが、ふっと穏やかな微笑みを浮かべた。かつて冷徹な観察者であった彼はもういない。相棒の熱に当てられ、彼自身の魂もまた熱く燃え盛っているのだ。
「……よくぞ言った遊馬。数多の死闘を1人で勝ち抜いてきた君ならば、この状況。どうやってひっくり返す?」
「……それはッ」
遊馬の脳裏に、アストラルを失いながらも、絶望的な強敵たちを相手にたった一人で立ち向かった歴戦の記憶がフラッシュバックする。どんなに壁が高くとも、どんなに傷ついても、ただ前だけを向いて飛び込んできた。その答えは、彼自身の心が一番よく知っている。アストラルは透き通るような青い瞳に絶対的な信頼を宿し、遊馬の背中を力強く押した。
「フッ……どこまでも突き抜ける真っ直ぐさも相変わらずか。だが、諦める必要が無いことは分かっている」
そう言いながらもボロボロになりながらも再び闘気を立ち昇らせ始めたゼアルを、とろんはひどく冷めた、虫ケラを見るような目で見下ろした。バトルフェイズが終わり、彼らの手札は0。戦闘ダメージを与えられるフェイズは終了した上、効果ダメージを与えられるカードなど手札が無い彼らに存在する訳も無い。故、彼らに逆転の目は存在しない。絶対的な敗北を認めようとしないその姿は、トロンから見れば現実逃避する滑稽な道化でしかなかった。
「見苦しいよ、アストラル。叩き起こされてすぐのとこ申し訳無いけど、君たちのデュエルは終わったんだ」
トロンが死の宣告を促すように指を鳴らす。だが、ゆっくりと顔を上げたゼアルの双眸には、絶望の影など微塵も存在していなかった。二つの魂が完全に同調した黄金の瞳が、トロンを真っ向から射抜く。
「いいや、それは違うな。既に勝利の方程式は、構築できている!!」
その声の響きに、ただの強がりではない本物の自信を感じ取ったトロン。根拠が無いにも関わらず、いやその自信の根拠となりうる材料が分からないからこそ、彼の顔の左半分で渦巻く虚無の星雲が、正体不明のプレッシャーに直面して激しく痙攣した。
「何……?」
どん底から再び燃え上がったゼアルの黄金のオーラが、スフィアフィールドの淀んだ空気を震わせながら一気に臨界点へと達する。死の淵にあっても決して諦めない強靭な意志が、閉ざされた盤面に新たなる奇跡の光を呼び込んだ。
「勝つぞ、遊馬!!」
「負けられねぇ、アストラル!!」
二人の咆哮に呼応し、力を失いかけていたライオ・ホープレイが再び天に向かって勇壮な雄叫びを上げた。
「《ライオ・ホープレイ》の効果発動!」
トロンが慌ててコート・オブ・アームズの無効化能力を意識するより早く、ゼアルは揺るぎない声で絶対のルールを突きつけた。
「この効果の発動と効果は無効化されない!エクストラデッキから、《ZW-獣王獅子武装》を《ライオ・ホープレイ》に装備する!!」
ゼアルのエクストラデッキから、神々しい光を放つ巨大な黄金の獅子が飛び出した。それは空間を駆け抜けながら巨大な重装甲へと姿を変え、ライオ・ホープレイの全身を二重に、あるいは最初からそこにあったかのようにして覆うように合体する。
「効果で、攻撃力を3000ポイントアップさせる!」
《獣装合体 ライオ・ホープレイ》ATK 1700 → 4700
さらにゼアルが手札を大きく掲げると、四枚のカードが一斉に眩い閃光を放ち始めた。
「さらに、手札からもう一度《ZW-一角獣皇槍》、《ZW-不死鳥弩弓》、《ZW-雷神猛虎剣》、《ZW-風神雲龍剣》を《ライオ・ホープレイ》に装備させる!!」
手札から次々と実体化するゼアル・ウエポンたちが、黄金の獅子武装を纏ったライオ・ホープレイへと次々に再結合されていく。
「《ZW-一角獣皇槍》の効果で、攻撃力1900アップ!」
一角獣の聖槍が構えられる。
「《ZW-不死鳥弩弓》の効果で、攻撃力1100アップ!」
不死鳥の弩弓が真紅の炎を吹き上げる。
「さらに!《ZW-雷神猛虎剣》の効果で、攻撃力1200アップ!!締めに《ZW-風神雲龍剣》の効果で、攻撃力1300アップだぁぁぁ!!!」
猛虎の剣が天を衝く雷柱を落とし、雲龍の剣が嵐の結界を展開する。装備されるたびに爆発的に膨れ上がるエネルギーの波状が、スフィアフィールドを激しく揺るがす。
《獣装合体 ライオ・ホープレイ》ATK 4700 → 6600 → 7700 → 8900 → 10200
コート・オブ・アームズの目の前に、雄々しき希望の戦士が重武装を持って再び降臨しt。しかし、トロンは、恐怖を振り払うようにデュエルのルールという盾に縋りつく。
「くっ……だが、忘れたのか?お前のターンの攻撃は、もう既に終わっている!」
幾ら攻撃力が高かろうがバトルフェイズは終了している。信じて疑わないトロンが突きつけた絶対的なルールの壁すらも、二つの魂が束ねた希望の力の前では全く意味を成さない。
「それはどうかな?」
「何!?」
ゼアルの放つ黄金のオーラが、嵐のようにスフィアフィールドを吹き荒れ、強制終了させられたはずのバトルフェイズを力ずくでこじ開けていく。
「《ZW−獣王獅子武装》を装備しているモンスターは、メインフェイズ2にも攻撃できる!!」
そのルールを書き換える規格外の宣告に、トロンの恐怖に引きつった声が漏れた。
「何だって!?」
だが、狂気に染まりきった彼の思考は、迫り来る圧倒的な敗北を頑なに拒絶する。トロンは血走った両目をカッと見開き、喉が裂けんばかりの絶叫と共に、自身を守る巨大な神へと最後の命を下した。彼にはまだ、奪い取った力という防壁が残されている。
「だけど、忘れたようだね!《コート・オブ・アームズ》の効果!《アトランタル》から吸収した効果で、戦闘ダメージは0になる!!」
トロンの叫びに呼応し、コート・オブ・アームズの巨体へとスフィアフィールドに満ちるエネルギーが一気に逆流し始める。神の身体を覆っていた装甲が不気味な音を立てて砕け散り、その内側から無数の神々しい黄金と漆黒の体躯と、すべてを飲み込むような巨大な顎が姿を現した。
「見るがいい……これが、《コート・オブ・アームズ》の真の姿だ!!」
醜悪に膨れ上がった神の巨体が、迫り来る希望の戦士を正面から迎え撃つべく、大きくその顎を開いた。
「さらに、このバトルでは戦闘破壊されない!!《ライオ・ホープレイ》を噛み砕け!!ゴッド・シャーター!!!」
神の真の姿から解き放たれた、空間の理すらも噛み砕くおぞましい黄金の牙。だが、神殺しの領域に到達したライオ・ホープレイは、その程度の絶望の反撃などでは微塵も揺るがない。ゼアルが右腕を力強く振り下ろすと、武装から、太陽の如き眩い閃光が眩く。
「負けるかぁぁぁ!!!《ZW-獣王獅子武装》の効果発動!このカードは装備されている場合、相手フィールドのモンスターの効果を無効にして、その攻撃力を半分にすることができる!!」
黄金の獅子の咆哮が、迫り来る黄金の牙を粉々に打ち砕き、そのままコート・オブ・アームズの巨体へと襲い掛かる。その光の波動は、これまで奪い取ってきた無数の力を容赦なく引き剥がし、本来の姿すら無い状態へと書き換えていく。絶対的な防御効果も、ダメージを0にする効果も、すべてが光の前に掻き消されていく。力を奪うことしかできなかったコート・オブ・アームズの威容が急激に萎縮し、その攻撃力は見る影もなく転落していった。
《No.69 紋章神コート・オブ・アームズ》 ATK 3100 → 1550
自分の手足をもがれるように次々と切り札を失い、絶対的だった神がただの無力な的へと成り下がった光景。自らの敷いた完璧な絶望が、一片の曇りもない希望の光によって跡形もなく消し飛ばされた現実を前に、トロンは目を見開いてひどく掠れた悲鳴を上げた。
「そんな……馬鹿な!」
ゼアルの追撃は、絶望にすがりつくトロンの僅かな抵抗すらも完全に粉砕する。黄金の獅子に結集した無数のゼアル・ウエポンたちが、まばゆい共鳴音を立てながら限界を超えた更なる力を解放した。
「さらに、《獣装合体 ライオ・ホープレイ》の効果発動!互いのターンに一度、ゼアル・ウエポンを装備している場合、モンスターの効果を無効にして半分にする!!」
獅子の咆哮に続き、三種の武器の切先から純白の稲妻が迸る。それは、コート・オブ・アームズの異形の巨体に残されていた最後の神威すらも容赦なく削り取っていく、無慈悲なまでの浄化の光であった。
「二度目だって……!?」
トロンの喉から、ついに完全に計算外の事態に対する悲鳴が漏れた。彼が信じ、自身のすべてを委ねた復讐の化身は、もはや見る影もなく萎縮し、ただの脆弱な抜け殻へと成り下がっていく。
《No.69 紋章神コート・オブ・アームズ》 ATK 1550 → 775
他者の力を奪うことでしか己を保てず、自らの力を持たなかった偽りの神の限界。それとは対照的に、ゼアルの全身から溢れ出す希望の光は、絶望を完全に駆逐し、次元を超えた圧倒的な輝きを放っていた。二つの魂が共鳴した声は、勝利への最後の一撃を高らかに宣言する。
「いっけぇぇぇ、《ライオ・ホープレイ》!!!」
重なり合ったゼアルの叫びと共に、ライオ・ホープレイが天高く飛翔する。装備された五つのゼアル・ウエポンが、黄金の光の尾を引きながら空中に巨大な陣を描き出し始めた。
「運命辿りし戦士の栄光が、五芒星の霹靂となりて今ここに吹き荒れる!!」
五つの絶対的な力が交わり、スフィアフィールドの天空に巨大な黄金の五芒星が具現化する。それは遊馬とアストラル、そして彼らを支えてきたすべての仲間たちの絆が形となった、集大成の一撃。トロンがどれほど深い闇を生み出そうとも、決して飲み込むことのできない光であった。
「神をも超えし、希望が世界を照らす!!!」
極限まで高められたエネルギーが、ライオ・ホープレイの構える武器へとすべて収束していく。五芒星の眩い陣を真っ直ぐに突き抜け、ただひたすらに前を向くデュエリストの熱い意志が、復讐鬼へと一直線に振り下ろされた。次元の壁すらも断ち斬る、究極の一撃が放たれる。
「ホープ剣・カオス・ペンタグラム・スラッシュ!!!」
《獣装合体 ライオ・ホープレイ》ATK 10200 vs 《No.69 紋章神コート・オブ・アームズ》ATK 775
黄金の五芒星から放たれた究極の斬撃が、無力化したコート・オブ・アームズの巨体を真っ向から両断する。神殺しの閃光は、トロンが縋り付いていた闇をも跡形もなく吹き飛ばし、次元の壁すらも融解させるほどの凄まじい衝撃波となってスフィアフィールド全体を飲み込んだ。
「うぐっ!」
圧倒的な光の奔流が、トロンの小さな身体を容赦なく打ち据える。
「う、うぐあぁぁぁああああーーーっ!!!」
断末魔の叫びと共に、トロンの身体はスフィアフィールドの透明な床に激しく叩きつけられ、そのまま力なく転がった。
トロン LP 500 → 0
今ここに復讐鬼の執念は、決して諦めない魂が導き出した奇跡を前に、完全に打ち砕かれたのだ。
####
スフィアフィールドを包み込んでいた凄まじい光の奔流が収束し、モニターにトロンのライフポイントが0が表示された瞬間。
「九十九遊馬が……勝った……!?」
誰かの震えるような呟きが落ちるほど、歓声無きスタジアムは、一瞬時が止まったかのような静寂に包まれた。神の如き力を見せつけていたトロンが倒れ、黄金に輝く傷だらけの少年が堂々と立っている。その現実を、観客たちの脳が必死に処理しようとしていた。
「……遊馬が、勝った……」
直後、堰を切ったように空間が、激しく揺れた。地鳴りのような歓声と拍手がスタジアム全体に爆発し、熱狂の渦が巻き起こる。
『WDC優勝者はぁぁぁ!!!』
Mr.ハートランドの張り裂けんばかりの絶叫が、無数のスピーカーからスタジアムの空を震わせた。
『九十九、遊馬ぁぁぁあああ!!!』
「師匠!!!遊馬が、勝ったぜ!!!やったぁぁぁぁあ!!!」
観客席の最前列で、アンナが弾かれたように立ち上がり、隣に座る寿の肩をバンバンと乱暴に叩きながら歓喜の声を上げた。彼女の顔は興奮で紅潮し、満面の笑みが浮かんでいる。しかし、いくら叩いても隣の青年からの反応が薄いことに気づき、彼女はふと手を止めた。
「って、師匠?」
「……流石だな……遊馬」
スフィアフィールドの奥で光に包まれる友の姿を真っ直ぐに見つめたまま、寿は静かに呟いた。その頬には、彼自身も気づかないうちに一筋の涙が伝い落ちている。
「おい、師匠、泣いて……」
「泣いてねぇよ」
アンナの指摘に、寿は誤魔化すように乱暴に目元を拭った。鼻をすすり、少しだけ照れくさそうに口角を上げる。
「ただ、俺は安心しているだけさ。あいつが、シャークにも、トロンにも打ち勝ってくれたってのが、この世界でも同じだったってことがな」
彼にしか分かりようのない、深く重い安堵の言葉。寿は、遊馬が勝利したのを見て、憑き物が落ちたような顔つきになっていた。
「……ああ、すげぇ奴だぜ。どれだけ仲良くなれても、届きそうに無いな。主人公ってのは」
眩しすぎる太陽を見るような目で、寿はそっと息を吐き出す。その時、隣に座るラクリから声がかけられた。
「寿さん。ご友人の優勝、おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
ラクリからの労いの言葉に、寿は頷き返した。全てが終わった。最も過酷な試練を、遊馬は自らの力で乗り越えたのだ。
「……もう、俺にできることは全く無い。この調子で負けるなんてことはありえねぇ……」
肩の荷を下ろし、寿は背もたれに深く寄りかかった。運命は収束した。そう疑わず、安堵した
瞬間——彼に、次の未来が脳裏に浮かぶ。
「師匠?」
不思議そうに顔を覗き込むアンナに向かって、寿は表情を変えずに言う。
「アンナ。興奮しきったところで悪いが、座ったほうがいいぞ」
「え?何でだよ──」
爆発するからな。寿がそう告げようと口を開きかけた、まさにその直後。スタジアムの熱狂をかき消すような轟音が地下から響き渡り、観客席全体が激しい縦揺れに襲われた。スフィアフィールドを支えていた巨大な土台のあちこちが突如として爆破され、無惨に崩壊し始めたのである。
####
突如として、決着の余韻に浸る間もなく、スフィアフィールド全体がけたたましい轟音を鳴らし始めた。まるで空間そのものが悲鳴を上げているかのように軋み、スパークが嵐のように乱れ飛ぶ。
「な、何だ!?」
「遊馬、これは一体……」
ゼアルの二重の声が驚愕に染まる。先ほどまでのデュエルの余波とは明らかに違う、外部からの強引で暴力的な干渉。急激な気圧の変化が起き、空間の中央に、すべてを飲み込もうとする超高密度のエネルギーに満ちた光球が突如として出現した。
「これは……」
その光球から発せられた圧倒的な引力が、スフィアフィールドの内部を荒れ狂う竜巻のように掻き回し、中にいる者から容赦なく力を搾り取り始める。
「うッ!!」
「ウグッ!」
ゼアルとトロンの身体から、所持しているナンバーズのカードたちが悲鳴を上げるように激しく脈動し始めた。魂そのものを吸い出されるような強烈な負荷に、二つの魂が融合した身体でさえも膝を突く。
「な、ナンバーズがッ!」
ゼアルとトロンの身体から、無数のナンバーズたちが、悲鳴を上げながら光球の元へと吸い込まれるようにして、強引に引き剥がされようとしていた。
「させんぞフェイカーッ……」
トロンは残された紋章の力で抗おうとするが、光球はそれを受け付けず、逆にトロンの心臓にダイレクトに突き刺さるような猛烈な衝撃が帰ってきた。
「ぐ、ウグッッ!!」
「あグッ!」
容赦のない暴力的な引力がトロンの小さな身体を紙切れのように宙へと跳ね上げ、スフィアフィールドの強固な壁に激しく叩きつけたかと思うと、そのまま中央の巨大な光球へと彼が吸い込まれ始めた。
「危ねぇ、トロンッ!!」
次の瞬間、ゼアルは自身の危険も顧みず、猛烈な暴風に向かって決死の跳躍を見せた。虚空へと吸い込まれかけていたトロンの細い腕を右手でガッチリと掴み取り、空いた左手に具現化させたゼアル・ウエポンの剣を、スフィアフィールドの壁へと深く突き刺して強引に身体を固定する。剣と壁が激しく擦れ合い、火花が散った。
「遊馬……」
「グッ!かっとビングだ、俺ぇぇ!!」
その姿を見て、トロンの脳裏にフェイカーが自らを破滅へと追いやった時の光景が浮かぶ。崖から異世界の狭間に落ちる際、自分を救うのを諦めずに腕を掴み、叫ぶ一馬の姿が、今のゼアルもとい遊馬に重なって見えたのだ。トロンは呆然とゼアルの黄金の瞳を見つめ返した。その瞳には、先ほどまでの闘志に代わって、純粋な仲間を救おうとする必死の色だけが浮かんでいる。
「君は、やはり一馬の……」
「くっそぉ、寿の言った通りだったってことかよッ!」
ゼアルの口から、ギリギリと歯を食いしばる音と共に決勝戦が始まる前に、この状況を予測していた人物の名前が飛び出した。トロンが冷静な、しかし緊迫した声で事態の核心を突く。
「遊馬、アストラル。スフィアフィールドは、ナンバーズを全て回収するためのフィールド。WDCで集まったナンバーズは、強者の元に集まり、結果的に決勝戦に集結する。この絶好の機会を、フェイカーが逃す訳がない……!」
「……分かってんだよ、そんなこと!!」
凄まじい暴風が吹き荒れる中、遊馬の叫びにトロンが目を丸くする。
「何だって?」
「あいつから聞いた通りだったぜ、フェイカーがナンバーズを回収するだろうとは思ってたけど、こんな方法だなんてな……」
「あいつって……?」
「寿さ、あいつが俺にナンバーズを俺に渡す時に教えてくれたんだ!」
剣を握る左手に渾身の力を込め、腕の筋肉を悲鳴を上げさせながら遊馬は叫んだ。友からの心からの忠告。最悪の事態を想定していたはずなのに、このような形で全てを飲み込もうとするDr.フェイカーの非道さに、遊馬の怒りが爆発する。
「彼が……自力で、気づいたというのか……?」
「多分そうなんだろうよ、ウグッ!」
全身の筋肉が千切れんばかりの負荷に、ゼアルの顔が苦痛に歪む。トロンは自身を助けようとして共に引きずり込まれそうになっているゼアルを見て、声を荒らげた。
「手を離せ!スフィアフィールドの役割が分かるなら、分かるはず。このフィールドでは、ボクは異物。このままでは、君たちも……!」
スフィアフィールドの引力はさらに異常な暴走を始めている。しかし、ゼアルの右腕は少しも緩むことはなかった。それどころか、トロンの腕をさらに強く握り直す。
「嫌だ……俺は、諦めねぇ!」
「何故だ?何故、ボクを助ける?」
トロンには理解できなかった。あれほどの絶望を突きつけ、彼の仲間たちを次々と傷つけ、弄んだ自分を、なぜ彼は己の命を懸けてまで救おうとするのか。
「当たり前だろ!デュエルをやったら、仲間なんだよ!」
轟音を切り裂いて、遊馬の曇りのない真っ直ぐな言葉が響き渡る。
「難しいことはわかんねぇけどよ、デュエルが仲間を、絆を作ってくれる。だから、お前も俺の仲間だ!そこに、復讐とかは関係ねぇ!」
「だから、色々言いたいことはあるけど……今は、今だけはお前の手を離したりなんかしねぇ!!諦めんじゃねぇ、目の前の仲間を見殺しなんてできねぇよ!!」
「遊馬……」
その言葉は、ゼアルの右手から伝わる確かな体温と共に、長年トロンの心を縛り付けていた冷たい氷を根本から溶かしていくようだった。復讐という暗い穴の底で凍りついていた彼の時間が、遊馬の熱によって溶かされ、再び動き出す。
「……フッ」
トロンの顔から、今まで張り付いていた狂気の笑みや虚無の表情が完全に消え去り、憑き物が落ちたような、どこか懐かしく穏やかな微笑みが浮かんだ。それはトロンではなく、かつて家族を愛した男の顔だった。
「今やっと分かったよ。君が何故諦めないのか、その理由が!」
トロンの顔が、優しいモノに変わった。
「遊馬。君が諦めなかったから、アストラルを取り戻せた。奇跡を、生み出して絶望を打ち砕いた」
「君の心は、ボクの復讐の先にあったんだね」
一切の損得なく、ただ目の前の人間を救うために必死に手を伸ばす少年。復讐という閉じた世界の中でしか生きられなかった自分と違い、彼はどこまでも広く、無限の可能性に向かって進んでいく。それは眩しすぎるほどに尊い輝きだった。
「遊馬、ボクは君や一馬のように生きられなかった」
「トロン!?」
トロンの声が、不意に永遠の別れを告げるような静寂な響きを帯びる。
「でも、だからこそ全てをフェイカーの奴にことごとく邪魔される訳にはいかない。奴の思い通りなどにはさせない。一馬がフェイカーの被害者であるならば、君はフェイカーの被害者であり、そして無垢であるからこそ最も彼の野望を打ち砕く権利がある!」
トロンが残された最後の力を振り絞ると、紋章からいくつもの眩い光の球体が飛び出した。それは彼が復讐のために奪い、冷酷に閉じ込めていたカイトやハルト、ドロワ、そして彼自身の愛する息子たちから奪った魂の光だった。
「ボクが捕らえた魂を、全て解放する!」
無数の光がスフィアフィールドの暴風をすり抜け、流星のように輝きながら本来の持ち主たちの元へと飛んでいく。すべてを手放したトロンの身体は、急速にその実体を失い、半透明の淡い光へと還元され始めていた。
「お別れだ、遊馬。そして、アストラル」
「アストラル。奇跡を起こした君なら、遊馬を導けるさ……」
「遊馬。諦めない心が、奇跡を生むのなら、この先も諦めないでくれよ……」
そう言い残して、ゼアルの右腕から、ふっと確かな重みが消える。
「あッ……」
強引に引き剥がされたのではない。繋ぎ止めていたはずのトロンの手が、彼自身の意志で、優しく遊馬の手をほどいて力なく抜け落ちていったのだ。
「……トロン!!」
抗いようのない強烈な引力に呑まれ、光の渦の深淵へと吸い込まれていく中、トロンは最後にゆっくりと目を閉じ、心の底からの謝罪と祈りを捧げた。
(許してくれ、皆……今度は忘れない。あの頃のことを……!)
憎しみではなく、かつて家族と共に笑い合った温かい記憶だけを胸に抱きながら、トロンの姿は圧倒的な光の中へと完全に融解し、消え去った。
「トロォォォン!!!」
伸ばされた虚しい右腕。遊馬の悲痛な叫び声だけが、いつまでも悲しく響き渡っていた。