軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
おい、デュエルなんてせずに寿司食べろよ。
ハートランド城、最上層。
外界の喧騒を物理的にも心理的にも拒絶するように、そのプライベートルームは沈黙に支配されていた。
天城カイト――ナンバーズハンターとして一部界隈に名を馳せる男の自室である。
壁一面に設置された無数のモニターは、冷徹な青白い光を放ち、絶え間なく複雑なエネルギー波形を刻み続けている。カイトは重厚な椅子に深く腰掛け、鋭い眼光を画面の一点に注いでいた。その眉間に刻まれた深い皺は、彼の内側に渦巻く拭い去れない苛立ちの証左であった。
「……やはり不可解だ。あの男、赤司寿の周囲には、ナンバーズ特有の空間の歪みが一切観測されない。だが、あの時放たれたエネルギーの質量は間違いなく……」
モニターには、今朝観測された高エネルギー反応のログが映し出されている。それはカイトが知るどのナンバーズとも異なり、それでいて異常なほど完成された波形を描いていた。
「カイト、根を詰めるのもそこまでにしておけ。顔色が最悪だぞ」
背後から響いた、地を這うような野太い声。 振り返らずともわかる。ゴーシュだ。その隣には、ドロワが懸念を湛えた、どこか悲しげな瞳でカイトを見守っている。
「ハルトの容態は安定している。今はお前自身が倒れるわけにはいかないだろう」 「……余計なお世話だ。オレの身体の管理はオレ自身で行う」
突き放すような言葉。だが、カイトの指先が微かに震えているのを、ドロワの鋭い観察眼は見逃さなかった。
「ふん、相変わらずノリの悪いやつだ。なら偵察だと思えばいい。ドロワが面白い店を見つけてきたんだ。最近、一部のデュエリストの間で密かに噂になっている寿司屋がある」
ドロワが静かに手元の端末を操作すると、部屋の中央に一軒の店のホログラム写真が浮かび上がった。 夕闇のなかに溶け込むような、古風で実直な佇まい。白地に力強い墨文字で『軍艦処・赤司』と書かれた暖簾。近代的なハートランドにあって、そこだけが時間の流れから切り離されたような、不思議な安心感を漂わせていた。
「……ここか。今朝、オレが接触した男の店だな」 「ほう、もう目をつけていたのか。なら話が早い。その男が何者か、食事ついでに見極めてこい。これはハートランド様からの『推奨』でもあるんだぜ?」
ゴーシュの強引な誘い――その不器用な裏側に隠された気遣いを察しながらも、カイトは一度だけモニターの中のハルトの数値を確認し、小さく舌打ちをして立ち上がった。
「……ちっ。オービタル、出るぞ」 「カ、カシコマリ! ただちにハングモードに移行シマッス!」
影から現れたオービタル7の電子音が、無機質な部屋にわずかな生活感を残していった。
####
一方その頃。 ハートランドの幾何学的な街並みが、燃えるような橙色の夕焼けに浸食され始めた時間。
俺、赤司寿は、昼過ぎから続いた壮絶な仕込みを終え、ようやく清潔な白衣に身を包んでカウンターの中に立っていた。
二度寝? そんな夢物語は夢と消えたよ。
魚の市場仕入れ、穴子のぬめり取り、小肌の塩振り、酢締め。そして米の浸水から炊き上げ、赤酢を合わせた後の温度管理。気がつけば時刻は登校時間直前だった。
授業中に一瞬だけ意識を飛ばしそうになった時、起こしてくれた小鳥ちゃんにはマジで感謝しかない。あなたがいなかったら、今頃俺は夢の中だった。
(客も来ないし、もう店閉めて寝ていいか……?)
半ば本気でそんな逃避行を考えていた、その時だった。 ガラガラッ、と店の引き戸が、乾いた、それでいて重厚な音を立てて開く。
「いらっしゃいま……せ…………」
職人の習慣で無意識に出した威勢のいい声が、途中で凍りついた。 夕闇の残光を背負って入ってきたのは、夜の街には不釣り合いなほど白く、そして全てを射抜くような鋭い眼光を放つ少年。
「……また会ったな、赤司寿」
その声を聞いた瞬間、俺の脳内に警報が鳴り響いた。
「……は……ははっ。いらっしゃいませ、強引な人。……マジかよ。」
「オレは『強引な人』なんて名前じゃない。オレの名前は天城カイト。覚えておけ」
(……知ってますよ、とっくにね。こっちは前世からあんたの限界っぷりを画面越しに見てたんだから)
俺は思わず、手にしていた真っ白な布巾を落としそうになった。そこには、昨日の今日で目をつけられたはずの銀河の狩人が、当然のような顔をしてカウンターの端、最も出口に近い席に腰を下ろしていた。 ふと暖簾の隙間に視線をやると、店の外にゴーシュとドロワが、まるでSPかお目付け役のような威圧感で控えているのが見える。
(……やれやれ。偵察に来るにしても、メンバーが豪華すぎて胃に穴が開きそうだぞ。)
「……注文を聞こうか。まさか、魂を握れなんて言わないよな?」
俺が少しの皮肉を込めて尋ねると、カイトは微動だにせず、俺の背後にある手書きの品書きを凝視した。
「……貴様が今朝、オービタルが見たネタとやらを見せてもらおう。この店で最も効率的にエネルギーを摂取できるものを出せ」
「出せであります! ワタクシの高性能センサーが、既に酢飯の芳香からただならぬ糖分とアミノ酸を感知してイマス!」
カイトの影からひょっこり現れたオービタル7が、生意気に追従する。
「効率、ねぇ……。寿司をサプリメントか何かだと思ってないか? ……まぁいい。いいのが入ってるんだ。あんたのその顔色を見てると放っておけねえからな」
俺は深く息を吐き、指先に全神経を集中させて板前のスイッチを入れた。 相手が死神だろうが狩人だろうが、暖簾をくぐり、カウンターに座ればそれは客だ。それに、気合で隠してはいるが、これほどまでに隈が濃く、神経を削り取られたような顔色の人間を見逃せるほど、俺の職人気質は腐っちゃいない。
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「……まずはコハダからだ。あんたに邪魔されながらも死守した、自慢の逸品だよ。……食え。あんたのその限界ギリギリな頭も、少しは冷えるだろ」
銀色の鱗が鈍く、それでいて気高く光る一貫。 江戸前寿司の華とも言えるコハダだ。塩の入り具合、酢での締め時間、すべてがその日の気温と湿度に合わせて微調整されている。俺はそれを、カイトの目の前へ、スッと流れるような動作で差し出した。
外からのぞき込むゴーシュとドロワが、まるで生死を分かつ決闘を見守るかのように固唾を呑む。
(……頼むから、マズいとか言ってデュエルディスクを起動しないでくれよ……?)
静まり返った店内に、カイトがコハダを咀嚼する微かな音だけが響く。 数秒の沈黙。カイトはゆっくりと箸を置き、自分の指先を――今朝、デュエルディスクを構えていたはずのその手を、不思議そうに見つめた。
「……計算外だ」 「あん?」
「酢の酸味が脳の疲労物質を中和し、青魚特有の脂が、フォトン・モードで酷使した神経系を緩和させていく。……栄養学的な合理性を超えた、奇妙な調和だ。貴様、シャリに何を混ぜた。何らかのフォトン粒子か?」
「……ただの赤酢だよ。理屈っぽいやつだな、おい。素直に『旨い』の一言でいいだろ」
俺が呆れ顔で答えると、オービタル7が我慢できなくなったのか、シュゴォォ! と蒸気を吐き出しながらカウンターへ飛び出してきた。
「カイト様! 分析によると、このコハダは細胞レベルで『エモい』成分が検出されてイマス! 脳内伝達物質、ドーパミン、セロトニンが高揚感を示してイマスー! オイラも一口……いや一スキャンしたいデアリマス!」
「エモいって……語彙力が死んでるぞ、そのロボット」 「黙れオービタル。偵察中に浮かれるな。……だが、認めよう。貴様の仕事には、ある種の論理的な正しさがある」
カイトの瞳から、わずかに険が取れたのを見逃さなかった。俺はそれを脇目に、流れるような手つきで、次は本命のネタへと手を伸ばす。
「……ほら、次だ。ウニの軍艦巻き。さっきのより少し重いぞ。あんたみたいな限界ギリギリな奴には、これくらいの濃密なエネルギーが必要だろ」
差し出されたのは、あふれんばかりの黄金色のウニが載った軍艦。 それは俺のエースモンスター、《超弩級軍貫-うに型二番艦》のモチーフそのもの。皿の上に鎮座するそれは、小粒ながらも圧倒的な存在感を放っていた。
「……軍艦、か」
カイトがその一貫を口に運ぶ。 その瞬間、彼の瞳が、宇宙の深淵を覗き込んだかのように大きく見開かれた。
「…………!!」
「カイト様!? 脈拍が急上昇! フォトン・エネルギーの出力が、戦闘中でもないのに最大値付近を記録シマシタ! コ、コレは……コレはまさに、銀河を呑み込むような濃厚な磯の香り……! 宇宙を感じマスー!!」
オービタル7が頭部のランプをチカチカさせながら、興奮のあまり狂ったように回転し始める。 当のカイトはといえば、口元を片手で覆い、込み上げてくる言葉にならない感動を抑えるように、じっと俯いていた。
「カイト、大丈夫か!?」
いよいよ心配になったのか、暖簾をくぐってドロワが店内に駆け寄る。だが、カイトはそれを静かに、だが力強く手で制した。
「……不要な心配だ、ドロワ。……ただ、少しだけ、ハルトにも食べさせてやりたいと思っただけだ」
その声は、今朝聞いた「魂を狩る死神」の冷徹さではなく、一人の兄としての、ひどく脆く、温かい響きを含んでいた。
(……やれやれ。やっぱりブラコンかよ。……最高だな、おい。)
俺は聞こえないように小さく溜息をつき、口直しに少しだけ多めにガリを添えた。
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その後も、カイトの勢いは止まらなかった。 彼は俺の背後に並ぶ木札のお品書きを、まるでデッキリストを確認するように一つ一つ読み上げ、淡々と注文を続けた。
「マグロの赤身を」 「あいよ。本マグロだ、色が違うだろ」 「それと…真鯛を」 「はいよ。」
モグモグ
意外にも行儀よく、それでいて驚くほどのスピードで平らげていく。よほど身体がエネルギーを求めていたのだろうか。
「……イカをもらおうか」
「すまないが、それは今日仕入れてねぇんだ。……また明日、最高のやつを仕入れてくるよ。……ハルト君だったか? そいつが食えるようになったら、いつでも連れてこい。そん時は、最高のおまかせを握ってやるからさ」
「……貴様に言われるまでもない。もういい、腹は満たされた。オービタル、記録は済んだか」
「ハイッ! 完璧であります! オイっ! 赤司寿、キサマは『ハルト様用お土産モード』を急ぎ実装するでありますよ! 拒否権はナシでありますよ!」
カイトは立ち上がり、漆黒のコートを鮮やかに翻した。結局、偵察らしいことは何一つ語らず、ただ高級寿司を存分に堪能して帰るらしい。だが、去り際に彼は立ち止まり、背中越しに冷徹な声を投げかけてきた。
「赤司寿……。今朝の分は、この『情報』で貸し借りなしにしておこう。
九十九遊馬が、近々『
えっ、もうそんな時期なんですか?
「……え、出なきゃダメ? 俺、店が忙しいんだけど……」
「……フン。精々、シャリを切らさないことだな」
カイトは最後にわずかな、本当にわずかな不敵な笑みを残し、すっかり陽の落ちた夜の街へと消えていった。
「あ、代金を……」 「問題ない、赤司寿。それに関しては私が一括で払うことになっている」
「あっ、そうですか。……お二人も、何か食べてはいかがです? カイトさんがあんだけ食ったんだ、不味くはないはずですよ」
俺が暖簾の横で立ち尽くしていたゴーシュとドロワに声をかけると、二人は顔を見合わせた。
「ドロワ、構わねぇだろ? ここの大将、腕は確かだ」 「そうだな……。カイトがあれほど食べる姿を見るのは、いつ以来だろうか」
二人がカウンターに座る。
「大将、俺にはカイトのお目付けっていう任務もあるんでな、さくっと食べたいんだ。おススメのセットとかないのか?」
「当然ありますよ。おすすめ握りセットでよろしいですか?」 「では、私もそれをもらおうか」
俺は再び、心を込めて握った。
ゴーシュは「おおっ、これは力が湧いてくるぜ!」と豪快に笑い、ドロワは一つ一つを慈しむように味わっていた。
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やがて食事が終わり、ゴーシュがトイレに行っている間に俺が伝票を渡す。
ドロワがそこにある会計の金額を見た瞬間、彼女の目が見開かれた。
「……赤司寿。と言ったか。すまないがこれ、数字は合っているのか?」
「ええ、時価のネタも入ってますから。……ここ、回転寿司じゃないんで」
「…そうか、分かった。」
ドロワは少しだけ躊躇うそぶりを見せつつも、無言でカードを差し出した。
高級寿司に来た経験がないようだったが、幼少期からハートランドに拾われて育った環境ならばそれも仕方ないのだろう。本当の江戸前寿司の値段は、彼女の想定を少しだけ超えていたらしい。そんなことを思っていたら、ゴーシュがトイレから出てきてドロワの方へ歩み寄る。
「ドロワ、会計は済んだか?」「ああ、問題なく。」
ゴーシュがドロワが持っていた伝票を取って見ると、短く「ゲッ」とだけ声が出てきた。
「なにをボーっとしている、ゴーシュ?大将、ごちそうさま。今度は一人で来る。」
「あ、ああ。大将、ごちそうさま。美味かったぞ。」
「まいどー。ドロワさん、お昼だったらお安いランチセットあるのでまたどうぞ」
「なるほど、覚えておく。」
ドロワさんって意外にもグルメなんだなぁ…と思いつつも二人を見送ることにした。
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嵐が去ったような静寂が戻った店内。 ゴーシュたちが去った後、俺はカウンターに残された代金のレシートの控えを見つめ、今日一番の深いため息をついた。
「……あー、疲れた。結局、今日一日中心臓がバクバクしっぱなしだぞ。寝不足にこの緊張感は毒だ……」
俺は暖簾を片付け、表の看板を取り込んだ。 夜空を見上げると、そこにはハートランドの人工的な輝きと、それらを冷ややかに見下ろす月があった。
WDC。 その響きが、平和な寿司屋の日常を確実に、そして無慈悲に侵食し始めていた。
(カイトに目をつけられ、遊馬も関わってきて……おまけにWDCか。俺のモブ人生、崩壊寸前じゃねえか?)
…今更?
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