軍貫使いはZEXALで寿司を握る 作:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ
新話はもうしばらくお待ちください。
ハートランド学園、室内プール。
高い天井に反響するホイッスルの鋭い音が、鼓膜をチリチリと刺す。水面に反射した日光が網膜を焼き、塩素の混じった湿った空気が、肌にまとわりつく濡れたタオルのように重苦しく圧しかかってくる。
「……あー、無理。湿気がすごい。湿度は職人の敵だぞ。シャリがベタつくし、海苔が数秒でシナシナになる環境じゃないか、ここは」
俺――赤司寿は、プールの縁で力なく足を動かし、水面に小さな波紋を作りながら心底嫌そうに呟いた。
寿司屋の息子であり、若き見習い板前。本来なら水とは縁が深いはずだが、プールは別だ。
この人工的な消毒液の匂いは嗅覚を狂わせ、魚の鮮度を見極めるための繊細な感覚を、無残に麻痺させていく。俺にとってこの場所は、清潔な白衣を纏い、背筋を伸ばして立つ板場とは対極にある「地獄」に他ならない。
「おい寿、もっと真面目に泳げよ! かっとビングだぜ、かっとビング!」
隣のコースで、まるで魚雷のような勢いで水飛沫を上げているのは、九十九遊馬だ。あいつの底抜けの明るさとエネルギーは、このジメジメした空間でも一切減衰することなく健在らしい。だが、そんな遊馬の「かっとビング」も、入り口から響いた凍りつくような規律の声によって遮られた。
「九十九遊馬くん! プールに入る時にペンダントを着けるのは、禁止です!」
等々力委員長が、レンズの奥の目をカッと見開き、分規のような鋭い指先を突き出している。その先には、今まさに再びプールへ飛び込もうとしていた水着姿の遊馬がいた。その胸元には、異様な存在感を放つ黄金の装飾品――「皇の鍵」が、陽光を反射して怪しく揺れている。
「いいじゃねーかよ委員長! これがないと俺、どうにも落ち着かねーんだよ! 俺の大事な宝物なんだ!」 「ダメなものはダメです! 泳いでる途中に人に接触したらどうするんですか!? 凶器になり得ます、非常に危険です! さあ、今すぐ外して、脱衣所のロッカーにしまってきなさい!」
委員長という立場を盾にした、有無を言わさぬ絶対命令。遊馬は「チェッ、分かったよ……」と不満げに肩を落とし、アストラルに申し訳なさそうな視線を送りながら、トボトボと脱衣所へと消えていった。
俺はその様子を、水面から目だけ出して眺めていた。
(……あーあ。一話の授業じゃ普通に着けて泳いでた癖によ。脚本の都合か、それとも委員長の独断か。……ま、鍵付きでもない学園のロッカーに置いときゃ、泥棒に『どうぞ盗んでください』って言ってるようなもんだぞ、あれは……)
胸の奥にざらりとした嫌な予感が広がる。板前の直感とは違う、何か物語の歯車が不吉な音を立てて回り出したような、言いようのない気持ち悪さだ。
……あっ。その瞬間、俺の脳裏を閃光が走った。前世の記憶――この世界の筋書きが鮮明に蘇る。
「……そうだ、これ、盗まれる流れだわ。それも、ただの泥棒じゃない……」
俺は即座に右京先生の方へ、情けない声を出しながら手を挙げた。
「すみません先生、ちょっとお腹が痛いのでトイレ行ってきます」
「おや、赤司くん。大丈夫かい? 顔色が……まあ、いつも通り悪いね。どうぞ、ゆっくり行ってきなさい。無理は禁物だよ」
「……ありがとうございます……」
俺は腹痛という、古今東西あらゆる場面で通用する強靭・無敵・最強の免罪符を使い、右京先生の許可を得て、湿気地獄からの脱出を図った。
(……というか、さりげなく言われたけども『いつも通り悪い』ってなんだよ。俺の顔、そんなに不健康か? 確かに仕込みで寝不足だけどさ、これでも現役の板前見習いなんだぞ……)
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更衣室に戻り、ようやく乾いた制服に袖を通す。化繊のシャツが肌に触れる感触に、少しだけ人心地ついた。塩素の匂いから解放され、鼻が正常に機能し始めたのを感じて、俺は大きく一つ息を吐いた。
「……ふぅ。やっぱりプールはダメだな。水に浸かるのは魚の仕事、俺はそれを最高の状態で捌く側だ。あんな消毒液漬け、職人のプライドが許さねえ」
独り言をこぼしながら鏡の前で寝癖のような、あるいは海苔の湿気でくたびれたような髪を整えていた、その時だった。
カサリ、という硬質な音が、無人のはずの更衣室に低く響く。
俺は咄嗟に物陰に身を潜めた。音のした方――遊馬のロッカー付近を凝視すると、ゴミ箱の下、影の溜まり場からカサカサと這い出してきたのは、見覚えのある銀色の鉄の塊だった。
(……やっぱり出たな、オービタル7)
天城カイトの忠実な僕の機械人形。その細い腕が音もなく遊馬のロッカーの隙間に伸び、精密な指先が黄金の「皇の鍵」を音もなく掠め取る。そのまま光学迷彩でも使うつもりか、そそくさと逃走を図るブリキのロボット。だが、それを許さない影がもう一つあった。
「お前、そこで何をしている!」
鋭い声と共に、一人の男がオービタルの前に立ち塞がった。神代凌牙――シャークだ。 彼は迷いなくオービタルの手から鍵を奪い返すと、その氷のように冷たい眼光でロボットを射抜いた。その瞳には、かつての荒んでいた頃とは違う、どこか仲間を思うような静かな怒りが宿っているように見えた。
「え、えーっと、それは……あの……リサーチであります! お掃除であります! 私はただの清掃ロボットであります!」
「何ごちゃごちゃほざいてやがる! そのペンダント、遊馬のじゃねえか。泥棒猫が……いや、泥棒ブリキか」
シャークの容赦ない蹴りがオービタルの胴体を捉えた。バキン! と重苦しい金属音が響き、オービタルはロッカーへと叩きつけられる。その瞬間、ロボットの眼光が不気味な赤色へと変貌し、機械的な駆動音が不協和音を奏で始めた。
「よくもやったな…!……やるであります!!」
ギチギチと嫌な音を立てて、オービタルの体躯が内側から膨張していく。
瞬く間に、二メートルを超える巨大な戦闘形態へと姿を変えた。その腕には、床のコンクリートをバターのように削りそうな、鋭利な回転を上げるドリルが装備されていた。
(マジかよ。中学生相手に本気か? ロボット三原則はどうした……。いや、あいつの主人はそんな甘っちょろいプログラム、最初から一行も組み込んでねえか)
ボゴォッ! と壁を砕くドリルの轟音。火花が散り、コンクリートの粉塵が舞い上がる。シャークはそれを動物的な反射神経で回避すると、更衣室の出口へと駆け出した。
「逃がさないでありますよ! そのペンダントを返すであります!」
追うオービタル、さらにそれを見届け、俺も重いディスクを忍ばせた岡持ちを引きずってその後を追った。
シャークはそのまま、学園の入り組んだ廊下を抜け、非常階段を駆け上がり、屋上を目指した。
俺は迷わずその後を追う。シャークが強いのは、嫌というほど知っている。だが、その先に待っているのは、ただのデュエリストじゃない。魂を狩り、ナンバーズを奪う「ナンバーズ・ハンター」という名の死神だ。
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非常階段を抜け、錆びついた重い扉を力任せに開ける。 そこは、先ほどまでの蒸し暑いプールサイドとは打って変わった、別世界だった。分厚い灰色の雲が太陽を完全に覆い隠し、ビルの隙間を抜ける風が冷たく頬を撫でる。コンクリートの乾いた匂いと、嵐の前の静けさが鼻をつく。
屋上。そこには、奪い返した「皇の鍵」を強く握りしめるシャークと、彼を待ち構えていたかのように、青いオーラを纏って佇む男――天城カイトがいた。
「お前の持っているそのペンダントを渡してもらおうか。」
カイトの言葉の端々には、触れる者全てを絶望の淵へ叩き落とすような、圧倒的な死の気配が混じっていた。
「断る。これはお前の物じゃない。」
「知っているさ。九十九遊馬の物だ。持ち主が誰であろうと関係ない」
「……奴を知っているのか。やっぱり、あいつを狙ってるんだな」
会話が進むにつれ、カイトの周囲の空気が歪み、重圧を増していく。パチパチと青白いフォトン・エネルギーが空間を削り、火花を散らす。
「ああ。奴はナンバーズを持っているからな。……ならば貴様もナンバーズを……」
「……なるほど、貴様がナンバーズハンターか。噂には聞いていたが、これほど鼻につく野郎だとは思わなかったぜ。……そうだな、持っていると言ったら?」
「簡単だ。ナンバーズカードと、そのペンダント、どちらもいただく……! デュエルだ!」
カイトが不敵に口角を上げたその瞬間、シャークを包むプレッシャーが臨界点に達した。
このままではシャークが魂ごと持っていかれる。そう直感した俺は、給水塔の陰から一歩踏み出し、扉を乱暴に叩いて息を大きく吸い込み、叫ぶ。
「ちょっと待ったぁぁぁぁあああ!」
瞬間、二人(とロボット一体)が俺の方向に向く。
「そこまでだ、カイトさん!神代さんを見放す訳にはいかねぇ!俺ともデュエルだ!」
俺は屋上の反対側から、震える声を抑えて叫んだ。
「赤司……!? 逃げろ、こいつは貴様の手に負える相手じゃねえ! 命が惜しくないのか!」
「神代さん、悪いが俺は、一度でも手合わせして店にまで来てくれた『客』を見放せるほど、お人好しじゃねえんだよ。俺は客の喧嘩を仲裁するのも仕事のうちなんでな。」
そう俺は言うと、シャークは不意を一瞬突かれたような表情を見せつつも瞬時に俺に向かっていつも通りの顔で返す。
「ふん、ならいい。板前、足を引っ張るなよ。」
「無論だ、神代さん。」
「あと…その神代さんという呼び方を止めろ。せめてシャークと呼べ。他人行儀みてぇでムズムズすんだよ。」
ムッ、そういうものか。
「分かった、シャークさん。これでいいのか?」「ああ」
「……カイトさん、悪いがここは引きませんよ。あんたのやり方は、どうにも行儀が悪すぎる」
そして俺はカイトへそう呼びかけると、彼は冷徹で、そしてわずかに不快そうな視線を俺に向けた。その瞳はまるで俺の魂までスキャンしようとしているかのような、底知れない深淵を持っていた。
「……また貴様か。ナンバーズも持たぬ者が、この魂の決闘の中に自ら飛び込むというのか? 愚かだな、死を早めるだけだぞ」
「ああ。けっこう早い再会になってしまいましたね。ですが、客同士のケンカを止めるのも、板前の大切な役割。カウンター越しに黙って見てるなんて、俺の流儀に反するんでね。……俺も混ぜてもらう。当然、シャークさんに加勢する形でな!」
「ふん、その威勢、どこまでもつだろうな。…デュエルだ!」
カイトが右手を静かにかざす。空間が青く染まり、彼の白いコートが光の粒子を帯びて変貌していく。それはまるで、冷たい星の光をそのまま身に纏ったかのようだった。
「デュエルモード、フォトンチェンジ!」
空間全体がデータの網目に覆われ、現実が侵食されていく。
「「Dディスク、セット!」」 「「Dゲイザー、セット!」」
仮想のゴーグルが視界を覆い、ARビジョンが灰色の世界を戦場へと塗り替えていく。
三人の左腕に、デュエルディスクが、ガシャン! と重厚な音を立てて展開された。
「少々予想外なことも起こったが……問題ない。二人まとめて狩らせてもらうぞ、貴様らの魂ごとな! 逃げ場はないと思え」
「ARビジョン、リンク完了。バトル・ロイヤル・モード……スタート!」
屋上のコンクリートに、三人の決闘者たちの影が伸びる。
曇天に包まれる、いかにも不穏な気配を感じさせる空。
本来、この荒ぶる空模様はシャークの敗北を象徴するものだろう。だが、俺という、カイトの言葉を借りればイレギュラーな存在がこの場に乱入したことで、その脚本は白紙と化した。
この空は、シャークと俺の敗北の到来を映しているのか。それとも、俺が乱入することで生まれた未知の嵐を予感させているのか。……その答えを知る者は、誰もいない。
俺はデッキトップ、その一枚にそっと指をかけた。
指先から伝わるカードの無機質な冷たさが、沸騰しそうだった俺の脳を静かに凪がせていく。
(……銀河眼、ナンバーズハンター。相手にとって不足はねえ。むしろ十分すぎるくらいだ。)
負けるつもりは毛頭ない。それはカイトだって、シャークだって同じだろう。
三人の視線が交差すると、空気は爆発寸前の緊張感に包まれた。
「「「デュエル!!!」」」
カイト LP 4000 / シャーク LP 4000 & 寿 LP 4000
参考までに、この話はアニメ22話に相当します。
当時のアニメ感想が載ってるブログがありがたいことこの上ない。