桐谷遥に外堀を埋められたい 作:ハルカチャンカワイイ!
「おい!ななみんいるぞ!向こうにはASRUNだった真依ちゃんも」
「うわ、ほんとだ。テレビで見たことある人も結構いる。やっぱり関係者席って慣れないな〜…」
遥にチケットを貰った『MORE MORE JUMP!』のライブ当日。俺はもう一人の幼馴染と共に関係者席で小声で話していた。
暗転、続けて正面モニターにカウントダウンと共に各メンバーが映し出される。モニターに表示された数字が0になると同時に4人が飛び出してくる。
『今日は楽しんでもらうために精一杯頑張るわ』
推しだ!推しが近くにいる!!
『♪──────────』
イメージカラーでもある水色のサイリウムを振っているとステージ上で踊っている遥と目が合った。
何かを視界に捉えるや否や、ほんの一瞬だけ、不機嫌そうな顔を見せたが流石はアイドルと言うべきか。観客に気付かれることなく元の表情へと戻り、こちらにウインクをして顔を別の方向に向けた。
「今の遥見た?こっちにウインクしてたよ」
「見たけど…その前のあの顔なんだったんだ」
「えっ…本当に気付いてな『♪──────────』
隣に座る杏と話していた真っ最中に聞こえてきたその歌声に意識を引っ張られた。横目で隣に座る杏を見ると、杏も同様…いや、杏自身が音楽をやっている分俺以上に呆気にとられていた。
「遥ちゃん、みのりちゃんに引っ張られて元からパフォーマンス良かったけど、今は…」
「うん、ギアが上がったね。しかも今までの遥ちゃん…『希望を届けるアイドル』とは何かが決定的に違う」
「やるね、遥。私も負けられないな…」
前の席にいる真依ちゃんとななみんの会話を聴きながら杏が好戦的な笑みを浮かべてそう呟いた。なんかここだけバトルマンガの世界に入ってない?
◆
同じステージに立つ仲間につられて上がり続けるパフォーマンスに満足することなく、桐谷遥という少女は歌い続ける。
(分かってた)
自分がアイドルとして雫の横に立った時、丈槍椛がどちらを応援するかなんてことは。
(それでも…)
ASRUNのライブに誘った時、椛の手の中にあるペンライトは海のような青色に輝いていた。
今はどうだ?彼が握るペンライトは空色に輝いている。
今まで、彼が雫を応援しているという話は何度も聞いてきた。今日の自分に気を使って『当日は青と空色の二刀流ペンライトで行くぞ!』と言われた時に『気にしないで雫の応援してあげて』と言ったことを今更後悔する。
想像はしていても彼があの色のペンライトを振る姿を直接は見ていなかった。だからこそ気付けなかった感情の盲点。
(椛が私がステージに立ってるのに私以外を応援することが、こんなにも─────嫌な気分になるなんて)
『私以外を見ないで』
『私だけを見て』
(今はこの気持ちも全部乗せて歌おう。きっとそれが私たちをよりアイドルとして際立たせてくれるはずだから)
◆
あのあとライブが終わって帰ろうとしたはずなのに…
「紹介するね。みんな、こっちは丈槍椛。私の幼馴染だよ」
どうしてこうなった。
白と青を基調にまとめられ、360°どこを見ても必ず一つはペンギンのグッズが置いてある軽い南極と化した部屋の中心で正座をして三つの視線に貫かれる。
「遥の幼馴染…杏ちゃんからもいるとは聞いてたけど…」
本当にどうしてこうなった。
昨日からの行動を振り返ってみよう。
ライブが終わって帰って……それで杏は歌の練習するって言ったから途中で別れて……余韻に浸りながら寝て…そのあとはいつものように起きて学校に行って部活を終わらせて…
そうだ。帰ろうと思ったら遥から緊急招集がかかったんだ。
我ながら『家に来て』の一文だけで遥の家に行ってしまうのはどうかと思う。しかし、これだけは言っておきたい。
決して下心があった訳では無いんだ。
ではなぜ幼馴染で年下とはいえ女子高生の家に向かったのか、ということになる。それは…………まあ……小さい頃に力の差を分からされたというかなんというか…とにかく、そのせいでいまだに遥が言ったことには『問題が起きたら後で何とかすればオーケー』の精神で承諾してしまう。
その結果がこれなのだが。
「遥ちゃんの幼馴染…」
「椛、どうかした?いつもならもっと元気なのに」
いや、この状況でまともに話すのとか無理でしょ。
場所は幼馴染の部屋とはいえ男女比は脅威の4:1。
遥と1:1なら普通に話せた。杏がいて2:1でも普通に話せる。
ただ、今回は相手は四人。そのうち一人は軽く話したことはあるとはいえサイン会とか握手会の場だし、こっちからは認識してても向こうからしたら初対面とほぼ変わらないだろう。残り二人は完全に初対面。流石にハードルが高すぎる。しかもその三人のうちの一人は推し。なんだこれ。八方塞がりだろ。
「……あ!」
「きゃっ!びっくりした…雫、急にどうしたの?」
「思い出したわ!よくシアターに来てくれてたわよね!」
うわっ、顔が良すぎる!推しに認知されてた!死ねる!!サイン欲しい!!でも推しは舞台上にいるからこそ推しであって舞台から降りている今…つまりプライベート中にアイドルとしてのサインとかそういうのを持ち込むのはファンとしてあがががが
「あっ、ショートした」
「えぇ…」
「大丈夫、こういう時はねこだましの要領で…っと」
改めて目の前を見渡せば、つい先日ライブを行っていた四人がいる。
「それじゃあ椛はもう知ってると思うけど一応皆の方からも自己紹介を」
「桃井愛莉よ。よろしくね」
ツッコむのに少し疲れたような表情でこちらに挨拶をする桃色の髪のアイドル。
「日野森雫です。いつも応援ありがとう」
穏やかな笑みを携えてこちらに向けて声をかける空色の髪のアイドル。
「花里みのりです!まだまだ未熟者ですがこれからも頑張ります!」
なんだか同類を見つけたようなキラキラした目でこちらを見つめる橙色の髪のアイドル。
「私は…みんな知ってるから別にいいよね。それじゃあ次は椛」
「丈槍椛です…神高二年生で……一応そこにいる桐谷遥の幼馴染やってます」