桐谷遥に外堀を埋められたい 作:ハルカチャンカワイイ!
『ピンクのスカート お花の髪飾り』
『さして 出かけるの』
遥が身振り手振りをあわせながら歌っている様子を、コーヒーを片手に眺める。
『今日の 私は』
『かわいいのよ!』
そして、自信満々といった様子の決めポーズをしながら、俺を含めて二人しかいない観客に、遥が笑顔を向ける。お前やっぱ可愛いよ。(脳死)
それにしても、普段推してるのは雫様だけど、こういう場があると遥がプロのアイドルだということを改めて実感させられる。
『メルト 溶けてしまいそう』
『好きだなんて 絶対に言えない⋯』
いつもの、落ち着いた雰囲気はどこへいったのだろうか。
少し頬を染めながら目を潤ませて、普段とはまるで別人のような表情をしている遥に驚きつつも歌声に耳を傾ける。
『だけど』
『メルト 目も合わせられない』
そこまで歌ったところで、遥が一度俯いた。
『恋に恋なんてしないわ わたし』
一拍置いて、再び前を向いた遥の顔からは先程までの『ザ・恋する乙女』みたいな表情は消えていた。その代わりに、穏やかな笑みを浮かべた遥は、マイクを持っていた左手とは逆の手を差し出すように伸ばしてきた。
『だって 君のことが』
微笑んだままの遥は、続く一言を静かに…だけど、こちらにも確かに聞こえるように告げた。
『…好きなの』
◆
『…なんてね』
「「……おおー」」
スピーカーから流れてくるアウトロが停止したのを確認してから、俺との間に席を一つだけ空けて座っていた杏と揃えて拍手をする。
「はは、は…もう隠す気ゼロじゃん」
「うん?いまなんか言った?」
「い、いや。なんも言ってないけど?………こっちはこっちでなんで気付かないかなぁ」
なぜか引きつったような顔をしている杏に声をかけていたら、ライブスペースから遥が戻ってきた。
「遥、また上手くなったんじゃない?」
「そうかな?それよりも次、杏の番だよ」
杏の家は『WEEKEND GARAGE』というライブカフェ&バーを経営している。現在は、定休日にそこのライブスペースを借りて、不定期に開催される三人だけのカラオケ大会の真っ最中。
実に数年ぶりのカラオケ大会だけど、勝者には『第6回 WEEKEND GARAGE (非公式)カラオケ王』の称号が与えられる。……歌の上手さ競ってるときの杏と遥以外で誰が欲しいんだよ、そんな称号。ちなみに、称号とセットでついてくる優勝賞品はこの店のランチ一回無料券。こっちは普通に欲しい。
「私は準備してくるから。遥は椛とのんびりしてて」
「うん。…そういえば、杏の歌聞くのなんていつぶりだろう」
ここに初めて来たのは、まだ小学生の頃。遥に付き合わされる形で歌の練習をしてたら、『友達の家行きたいからついてきて』なんて言われてここまで連れてこられて、なりゆきで杏にも歌を教えられて……。
まあ、俺は音楽の他にやりたいことがあったから音楽の道には進まなかったし、ここらへんのことはどうでもいいか。
「さっきの私の歌、どうだった?」
「表現の仕方が…前よりもだいぶ上手くなってたと思う。特に一番のサビとか」
さっきも言ったけど、俺は音楽経験なんてほとんどない。皆無って言った方がいいくらい。だから、こんな聞いてれば誰でも分かるようなことしか言えない。
「そう。ありがと」
そんな月並みな言葉だけど、どうやら遥はお気に召してくれたらしい。
妙にニコニコとしている遥のことを視界に入れながら、コーヒーカップに手を伸ばす。
「…喉乾いちゃったな。椛、一口もらってもいい?」
なんかとんでもないことを言い始めた。
そういえば、遥はこのカラオケ大会のトップバッター。入れてもらったコーヒーが、歌っている間に冷めることを遠慮したのか飲み物も頼んでなかった。
「杏は準備中だから。いま声かけるのも悪いし、勝手に厨房に入るわけにもいかないでしょ?」
遥の歌を聞いていてボルテージが上がっているのか、少しでも早く歌いたがっている杏に声をかけるのをためらうのは分かる。人の店の厨房に勝手に入らないのも分かる。……だからって男が口を付けたものを飲もうとするのはぶっ飛び過ぎでは?
「これ、飲みかけだけど」
「? 別に私は気にしてないよ。椛が気にするならあとで杏に頼むけど」
子供のワガママを聞いているときの母親みたいな顔で、そんなことを言われた。……………あれ?これ俺がおかしいのか?
「…まあ、遥がそう言うならいいけど」
「ありがとう。…いただきます」
なんだか、遥の雰囲気に流された気がする。
落ち着かない気分を静めるために、遥から返されたコーヒーを飲もうとして……ついさっきまで俺が口をつけて飲んでいた場所に、うっすらとピンク色がついていることに気付いた。
「……」
「椛、どうかした?」
気にしない気にしない。
遥も照れてないんだし俺が照れる道理も───────いや、やっぱりこんなの気にするなっていうほうが無理だろ。反対側から飲も。
そんなやり取りをしていたら、ライブスペースの方から音が鳴り始めた。
「あっ、始まったな」
「ラップ強めの曲……杏らしい選曲だね」
◆
時は少し遡る。
まだ朝の少し早い時間帯。青い髪の端正な顔立ちの少女────桐谷遥は、幼馴染の父親が店主を務める『WEEKEND GARAGE』に、もう一人の幼馴染と向かうべく玄関を開けた。
家から出てすぐに、遥の視界には、向かいにある家の門柱に背中を預けながらスマホを構っている人影が映った。その人影は、遥に気付くや、スマホをしまって小さく手を振ってきた。
「おはよう、遥」
「おはよう、椛。待たせちゃった?」
「いや、こっちもついさっき家出たところ」
「…あれ?ねえ…椛、それって」
遥は目の前にいる幼馴染の首から、銀色のチェーンが下げられていたことに気付いた。チェーンの先に付けられたものは、重ね着をしたロングTシャツとTシャツの間にしまっているせいで見えないが、遥にとっては見間違えるはずもない。
────なぜなら、チェーンも、その先に繋がるであろう物も、自身の目で選んだのから。
(あれって、誕生日のときに渡した…)
「これ?この前、遥からもらったやつだよ。ほら」
そう言って、椛が服の中から持ち上げたチェーンの先には、遥の推測が当たっていたことを示すかのように、白金の土台に紺青色の
「長距離移動するときとか人の多いところにつけていくのは、さすがに気が引けるけど…」
椛が、遥が誕生日プレゼントとしてあげたネックレスを着けている姿は、遥自身も初めて見る。
…空にかざすように持ち上げられた青玉が、太陽光を反射して青く輝いた。
(────あ)
自分のメンバーカラーと同じ色の宝石を渡した遥だが、その宝石を自己の象徴として『見る度に私を思ってくれれば』という考えがあったことは誰にも言っていない。
だからこそ、青玉をとても大切なものを見るように優しい顔で眺める幼馴染の横顔を見て……桐谷遥という少女は、自身の想いを再確認した。
「『WEEKEND GARAGE』までなら歩きでも行けるし。それに、今日は杏と遥しかいないから別にいいかなって思ったんだけ、ど……遥?」
指輪を服の中にしまった椛が、黙り込んでしまった遥の方を心配するような視線を向ける。
「…なんでもないよ。行こっか。杏のこと待たせるわけにもいかないし」
一旦ここまでです。このあとの展開あんなのにしたけど正直自分でも納得いってなかったので。続くかは未定