おかあさんに、おやつが入っていたかんのはこをもらった。クッキーが入っていて、おやつのじかんに、おかあさんとわたしとおとうとで、すぐにたべちゃったような、そんな大きさのはこだった。
はこをもって、わたしたちのへやでまっている、おとうとのもとへと足早にむかう。
「ともくん」
おとうとはテーブルにつっぷすように、じゆうちょうにむかって、えんぴつをうごかしていた。
「かけるようになった?」
「たぶん……」
そうしておとうとがかおを上げると、じゆうちょうの中が見える。かみの上には、くりかえしくりかえし、たくさんかかれたおとうとのなまえ。ひらがなで「くろきともき」と、いくつもかかれている。わたしがおしえたとおり。
「かけてるよ。はなまるだよ」
「ほんとう?」
「ほんとうほんとう。じゃあ、つぎはほんばんだね」
じゆうちょうから一まい白いかみをとると、わたしはそこに「けっこんのやくそく」とかいた。
たぶん、もっと、ただしいことばはあったはずだけど、今、なんだか、わすれてしまった。まえにテレビで見たはずなんだけど、まだ、ならってないかん字だったから。
そして、かみにせんをひく。まんなかに、みじかいタテせんを一本おいて、そのせんの上と下から、右と左に、ながいヨコせんを二本ずつ、のばす。そしてまたタテせんをひいて、せんとせんをとじる。そうすると、ほそながいしかくが、二つできる。このなかになまえをかくんだ。左のしかくの上には「おっと」、右のしかくの上には「つま」とかいておく。そしてその下には、「二人はおとなになったらけっこんします」とかいた。
「はいともくん。ここになまえをかくんだよ」
「……かいておけば、ぼくとおねえちゃん、けっこんできるんだよね?」
「そう。やくそくのかみだもん。ここに『おっと』ってかいてるでしょ。そこにともくんのなまえをかくの。れんしゅうしたからかけるでしょ」
「でも、ぼく、ほんとうは、いますぐけっこんしたいのに」
「言ったでしょ、けっこんはおとなにならないとできないって。おかあさんとおとうさんだっておとなだからけっこんしたんだよ。おねえちゃんとともくんはまだこどもだからできないって、ずっとおねえちゃん言ってるでしょ」
そうやって言いきかせると、おとうとはやっとかみをてにとった。さっきみたくテーブルにむかって、えんぴつをてに、ゆっくり、かいていく。一つ一つ、ちゃんと、せんのなかを、はみださずにかいていく。ひらがなでなまえをかく。わたしが言ったとおり。
「はい、おねえちゃん」
「はいはい」
おとうとがつかいおわったばかりのえんぴつで、わたしもなまえをかく。ひらがなでわたしのなまえをかいた。「木」や「子」ぐらいかけるけど、ぜんぶ、ひらがなでかいた。
かいて、かみをながめる。くろきともき、くろきともこ、となまえがならぶ。けっこんのやくそく。おとなになったら。
「これでぼくたちふうふだよね」
「ちがうよ。こどもなんだからね。ちがうんだから」
くろき、くろき、となまえがならぶ、ひらがなでかかれたやくそくのかみ。
おねえちゃんしってるよ、なんどもなんども、ともくんにおしえたから。おねえちゃんとおとうとはけっこんできないって、ようちえんのころからしってるよ。それに、テレビでみたけっこんのやくそくのかみは、たくさんかん字がかかれていたし、それに、ふうふのなまえだって、かん字でかいていたんだよ。
それをおとうとにはおしえずに、わたしはかみをあわせてとじた。はんぶんにはんぶんにおって、かんのはこにいれた。
「ともくん、けっこんゆびわもってきて」
「え?」
「わたしもわたしのもってくるから、ともくんもともくんのもってきて」
「え、でも……」
「このなかにいれるの。けっこんゆびわだからいれとくの。いまはこどもだからけっこんできないでしょ? だからいれとくの」
「……うん」
おかしうりばでおかあさんにかってもらった、キラキラのアクセサリー。そのゆびわをわたしたちはけっこんゆびわとよんだ。いくつかそろえたなかで、いちばんおきにいりのゆびわより、すきじゃなかったゆびわを、けっこんゆびわだと言っておとうとにわたした。おとうとがよろこぶだろうとわかってて、そう言っちゃった。しっぱい、しっぱい。
やくそくのかみと、ゆびわ二つを、はこに入れてふたをとじる。セロハンテープをはってふたがあかないようにする。
「おかあさーん! にわであそんでくるー!」
おかあさんがはーいとへんじするのをきいて、おとうとといっしょにげんかんへあるく。おとうとのくつをとって、そろえて、はきやすいようにおいて、じぶんのくつをはく。おとうともちゃんとくつをはいたのを見ると、はこをもって、そとにでる。
にわにおきっぱなしになっていた、こうえんであそぶとき、すなばであそぶのによくつかう、スコップを二つ、おとうとにとってきてもらった。すると、からからからり、まどのとをあけるおとがきこえて、ふりかえる。わたしはさっとせなかにはこをかくす。おかあさんだ。
おかあさんはわたしたちを見てにっこりほほえむと、またいえのなかにもどっていった。
おとうとをつれて、のきしたにしゃがみこむ。えんがわのしたの土は、むしをさがすときにいつもほりかえすのだ。ここなら、いくらほっても、あそんでも、おこられないから。
「ともくん、ここをほってくよ」
「うん」
どこでもいいけど、ばしょをきめて、いっしょにほりすすめる。ふかくふかくほっていくんだ。ぜったいにみつからないぐらい。だれにもみつからないようにうめるんだから。がんばってほる。むしが、ミミズが、かおをだしてもしらんぷり。ときどきおとうとのよこがおを見ながら。まじめなかおをして、力いっぱい、ほっているかおを見ながら。
おかあさんは言っていた。
わたしが小学校にいくようになってから、ときどきともきがないているって。おねえちゃんがだいすきだから、いっしょにいられなくなって、きっとさびしいのねって、わらっていた。
ともくんはいいよね。さびしかったらなけるから。
おねえちゃんだって、ともくんとおしゃべりしていたい。ともくんとあそんでいたいよ。学校のおともだちは、みんな、おはなしにならない。たのしくない。みんな、こども。わたしとおないどしで、ともくんよりとしうえで、なのに、こどもなの。ガッカリだよね。
おもしろくないから、やすみじかん、としょしつにいく。としょしつですごす。それで、本をよんで、タイムカプセルってしったんだ。
そして、ひらめいたんだ。こうすればいいんだって。
だから、がんばってほる。スコップをにぎる。てがつかれても、がんばってほる。
ともくんはずるいもんね。しってて言うんだから。しってるくせに言うんだから。ともくんはおねえちゃんとけっこんできないって、なんども言いきかせてるからしってるでしょ。だから、言わなくなったくせに、なのに言うんだ。おねえちゃんが学校にいくからって、言うんだ。そんなのずるい。わたしはできないって言ったよ。おしえたよ。でも、ともくん、しらんぷりしちゃってさ。おねえちゃん、つかれちゃった。
「……おねえちゃん、もういーい?」
がんばってほったから、いつのまにかふかい穴ができていた。ハッとして、おとうとに、にっこりうなずく。
土だらけのてで、二人で、はこを穴にいれる。はこをうめる。土をかけて、かけて、かけて、見えなくする。
「ともくん、もう言っちゃダメだよ」
はこをうめながらわたしは言った。
「え?」
「もうね、やくそくしたんだから。だから言っちゃダメだよ。もうおねえちゃんとけっこんするって、言っちゃダメなんだから」
「ダメなの? どうして?」
「おとなになるまでダメだよ」
「おとなならいいの?」
「おとなならね。だから、言っちゃダメだよ。ともくんはこどもなんだから」
「……うん、わかったよ。もういわないよ」
ホッとした。はこはもうない。
はこが見えなくなって、穴はふさがって、土だけで、土をたいらに、きれいにもどしていく。
「でも、おとなになったらいいんだよね?」
わたしはぺたぺたと、スコップのうらをつかって、土をたいらに、たいらにしていく。
「おとなになったら、はこ、いっしょにあけようね。ね、おねえちゃん。やくそくだからね。やくそくのかみに、なまえ、かいたんだからね」
わたしはくちをひらかずに、スコップでひたすら、じめんをたたいていた。
25/04/09校了