中学生姉弟___
「姉ちゃんそれ残すの?」
姉の皿にある肉のカケラを見ながら俺は言った。
「あーならあげる」
「ならって言うならいい」
「何だよ、お姉ちゃんの優しさをムゲにするんか?」
「あら智貴お腹空いてるの? ご飯おかわりする?」
「うん。あ、いい。自分でするから」
「そう? そうだ、悪いけど残り物でいいなら食べ切ってくれないかしら」
「食べる」
席を立って冷蔵庫へと向かう。
「母さんこれ?」
「そうそう、お母さんお昼に食べようと思って忘れてたのよ」
「いいの?」
「いいのいいの、お母さん夕食食べたらそれ入らないから。お願いね」
最近やけに腹が減る。
たしかに姉よりは食べてきた自負があったが、それにしても毎日物足りなさを覚える。自分の小遣いでカップ麺などを買って部屋に備蓄していたら、そのぐらい買うわよと母に苦笑いをされた。
自分のお皿やお茶碗には、姉より多めに量が盛られるようになった。
「そんなに食うとデブるぞ」
姉はそうやって最近は俺に意地悪ばかり言う。イライラするし、そんな姉は嫌いだと思う。そう思ってしまう時、僅かばかり罪悪感が湧いて、落ち着かない。そういう時は勉強などをしてすぐ気持ちを切り替えるようにしている。
「服、新しく買おうね」
制服はあらかじめ大きめに買ってくれていたので大丈夫そうではあったが、Yシャツはそうも言ってられなかった。部活のユニフォームや普段着もだし、靴もだ。
「誕生日やクリスマスのプレゼント分前借りしていい?」
「あんたねえ。子供がそんなこと気にするものじゃありません」
両親の心配をしたことはない。ただ、またいつ姉が人目を盗んで親のクレジットカードを使用するものかわかったものではないとは思っている。
「お前ばかりズルいよな、色々買ってもらって」
そう言う姉はなんだかんだ買いたいものを買ってもらっているのだからいいだろう。俺からすればスペックの良いパソコンが部屋に置いてあるのは正直羨ましい。一応姉弟共用ということで購入したはずだが実質姉のパソコンだ。
憎まれ口を叩く姉に、お前も成長痛に苦しんでみろよと言いそうになり、やめた。
洗面所の扉を開けると、顎と体に急に衝撃が走った。どうやらタイミング悪く姉と鉢合わせてしまったらしい。咄嗟の衝撃にびっくりしたのもあり、目の前に突進してきたその体を思わず抱きとめる。
「……痛ったー! 頭ぶつけたんだが!? 謝れよ! このデカブツ!」
俺を見上げながら姉は怒り心頭の様子だ。姉はこうしたちょっとしたことにすぐ怒って叫ぶようになった。曲がりなりにも今年は受験生だし、受験ストレスなのだろうか。
驚きのまま何も言わないでいると、力なく絡まっていた俺の腕をすり抜け姉は舌打ちをしながら横を通りすぎて行った。
姉が立ち去った後も俺はその場に留まっていた。
たった今自分の腕の中にいた、その温もりの小ささが残る、自分の両腕を呆然と見つめる。姉の頭突きが当たった顎の痛みは少しも気にならなかった。
───終 240819
中三中二姉弟___
去年の、中学一年の時のクリスマスプレゼントは、どうも姉自身が用意したらしい。
昔から、サンタクロースにお願いするクリスマスプレゼントを俺からきき出すのは姉の役割だった。幼い俺がサンタ以外には教えないと駄々をこねた時に、姉にだけは打ち明けたのがことの始まりだ。
しかし年を重ねるごとに姉の聞き取りがおざなりになっていったことと、クラスの友人たちの雰囲気から、サンタクロースが存在しないことはとっくに知っていた。
親には必要なものを都度買ってもらっているし、中学生になってまでプレゼントをもらう気にはなれなかったので、去年は姉にきかれても、特に今欲しいものはないからいらないと答えたのだが。まさかそれで、姉にプレゼント選びが一任されてしまうとは。
両親にとってはあんな姉でもまだ「弟想いの優しいお姉ちゃん」なのかもしれない。そう思えば、クリスマスプレゼントが何だったか言えるはずもなく、メリケンサックは机の引き出しの奥底にしまった。
なので、今年はあらかじめ、あたりさわりないものを──本を母に頼んでおいた。読みたい本があったわけではなくわざわざ調べてひねり出した。注目していたサッカー選手が本を出してくれていたことに感謝したぐらいである。
ところが新書一冊だけでは味気ないと思われたのか、クリスマスの朝、枕元に置いてあったのは本だけではなかった。
漫画だ。
読んだこともない少年漫画の、おそらく既刊全巻が置かれていた。俺が頼んでいた本は添えられるように置かれており、まるでメインはその漫画セットだと言わんばかりだ。
──あの姉バカ。
試しにパラパラと中を確認してみる。ヤンキーを主題にした漫画のようで、派手な見た目の人物やバイクや車の精巧な筆致が印象的だ。まともに最初から読んでみる。バトル漫画の展開に、ところどころしょうもない下ネタが挟まれている。あからさまに女体にクローズアップしたコマもあり、部活の奴らが喜んで読みそうだ。
気がつくとどんどんページをめくっていて、面白い漫画だとは思う。しかし姉から見て、俺がこういうものを好みそうに見えているのかと思えば素直に楽しめなかった。
頼んでいた本を手に取って確かめる気にもなれず、ひとまず身支度を終えてしまおうと、クリスマスプレゼントをそのままに部屋を後にした。
終─── 25/11/21
姉弟ほぼ会話文
もしもの夢のドラマの話___
「聞いてくれ弟よ」
「……あ?」
「悪夢を見たのでお前にもぜひこの気持ちを味わってほしい」
「何時だよ今……」
「姉ちゃん、これでピアスあけてくれる?」
「あ、え、う、うん。わ、わかった」
「ここ、耳たぶの真ん中に頼む」
「と、智くん、でも私、私失敗するかも。お母さんに相談してさ、ちゃんとしたところでやってもらいなよ」
「いいよそんなの。失敗してもその時はその時だろ。文句言わないから。ほら」
弟は姉の手にその器具を握らせる。小さくて姉の手のひらでもおさまるそれは、見た目だけでいえば何かの文房具みたいで、でも姉はその針の鋭さに震え上がるのだった。
「……っていうドラマを夢の中で観たんだ」
「夢見るかドラマ観るかどっちかにしろ」
「お前は髪を派手に染めててな。何あれ。カッコイイって思ってんの? 色むらヤバかったし、まず色を統一しろよ。赤髪混じりの金髪とかインコの羽かよ。髪染め下手くそすぎてビビったわ」
「知るかよ」
「そして私はチャンネルを変えたんだが……」
「消しとけそこは」
「いい加減にしろよ……」
「ともく、智くんやめて、謝るから。ごめん、ごめんなさい、だから許して」
「いくら言ってもきかなかったのはお前だろ」
「やめてよやめて、やめてよぉ」
少年は掴んでいた少女の首から手を離す。腰が抜けてその場にしゃがみ込む少女を、少年は上から見下ろして舌打ちをする。
「出てけって言ったら出てけよ。出ていかないからこんな目に遭うんだろ」
「次からはちゃんとする。ちゃんとするから」
「何度言えばわかんだよ。もう一生俺の部屋に入ってくんな」
「わかったよ。わかったから。今出てくから」
「私と身長同じぐらいだったし髪も短かったからあれ中学時代のお前だと思うんだけど、お前のくせにイキってて笑えたわ。私も悲劇のヒロインっぽくて面白かったし」
「じゃあいいだろ」
「よくはねえわ。お前もし同じことしたら即勘当だからな。金輪際黒木家の敷居をまたげると思うなよ」
「親かお前は」
「それで、また私はチャンネルを変えたんだが」
「消せって」
「……でね、……それで、……だからね、……でも、……」
「うん……、そっか……、なるほどね、……うんうん、……そういうことか、うん……」
勉強机に向かう男の背後の床に座り、女は自分の話をひたすら聞かせる。
男は黙々と手を動かし、計算式を解いていた。相槌を打っているが、女の話を聞いているのかいないのか。
女の話が一通り終わったのを見計らって、男はようやっと、女の方へと椅子を回転させ向き直った。
「お姉ちゃんも大変だね」
「そう、そうなの」
「そうやって何事にも一生懸命なところ、尊敬する。みんなはなんで、お姉ちゃんの良さがわからないかな……俺は、そのままのお姉ちゃんが好きだけどな」
そう言って男は柔和な笑みを浮かべた。
「何あの笑顔。見てて薄ら寒かったわ。お前今ちょっと笑ってみろよ。それであの気色悪さを上書きするから」
「笑えるかよ。誰だそいつ」
「お前の顔してたからお前だろ」
「言いがかりだ」
「で、ドン引きするほど気色悪かったから悪夢から目覚めることができたってわけ」
「そうかよ。寝ろ」
「そうする。一番気になってたこともわかったし」
「ああ?」
「夢でな、ドラマをお前と一緒に観てたんだ。でも隣にいるはずのお前の顔が、夢だからか、全然わからなくてさ。今見れたしもういいわ。じゃあな」
そう言って、姉は満足気に俺の部屋を出て行くのだった。
───終 24/10/13
大学生姉弟とモブ___
親戚に不幸があり、今回は一家全員が参列することになった。
葬儀の間、姉の隣で、自分が葬式に臨む上で予習していたことを一つ一つ教えていく。特にお焼香は、姉はきっと慌ててしまうだろうから、繰り返し言い聞かせた。姉は俺の言葉を時折復唱し、覚えることに努めてくれていた。
無事葬式が終わり一息ついていると、親族なのか、故人の関係者なのか、はたまた周辺住民なのか、見当のつかない、見知らぬ中年の女性から声をかけられた。
繰り広げられる世間話に適当に相槌を打っていると、その人は離れている場所にいる姉をチラと見て言った。
「あなたがお兄さん?」
「弟です」
俺は間髪入れずに言っていた。
「え?」
「弟です」
強く、はっきりとそう言った。
「そう。そうだったのね、てっきり」
ああ、この人は、葬儀中の俺たちのやりとりを見ていたのだな。
そう察する。
よっぽどみっともなく見えて、それを指摘するためにこの人はやってきたのだろうか。そう思うと、自分が惨めで仕方なく、姉を恨まずにはいられなかった。
───終 240918