モテイラ   作:文_

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死ネタ。リクエスト。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


ウザいし葬式をあげる

 姉が死んだ。

 四十九歳だった。生きたと言えば生きたと言えるし、人生まだ先があったと言われればその通りだろう。なんとも言えない年齢だ。

 死因は突然死だった。連絡が取れないことを不審に思った姉の友人が発見してくれたのだ。こういった死は発見時には酷い有様になっていることもあるようだが、発見は死亡して一日が過ぎた程度で、春の陽気を感じつつもまだ肌寒さの続く時分だったからか、飲みかけのコーヒーもそのままにただ机に突っ伏して寝ているような、そんな姿だったらしい。

 

 姉とはついこの間、ラ●ンを通して誕生日祝いの言葉をねだられ、俺はそれに一言おめでとうとだけ送った。まさかそのやりとりが姉との最期となろうとは。最期に姉に向けた言葉がそういったものであっただけよかったと思うべきか。

 

 両親が健在なため、姉死亡の一報はまず父が受け、俺自身は父から知らされた。

 お迎えを待つばかりだと思っていた自分よりも先に迎えが来てしまうとは、と父はぼやきはしたものの、年も年だからか動じている様子はなく気落ちもないようだった。母は軽度の認知症を患っており、父が伝えた時は泣いていたものの今は落ち着いているとのこと。折り合いをつけたのか忘れてしまったのかは定かではないらしい。

 手帳を開きスケジュールを見ながら、葬儀やこれからの話に一段落つけたところで父との通話を終えた。

 

 ラ●ンを通して見慣れぬアイコンから電話がかかってきた。用件を察して電話に出る。予想通り姉の友人のようだ。恐らく学生時代にたまたま連絡先を交換していたのだろう。

「……はい、申し訳ありませんが、この度は家族のみとなりますので」

「そうですか……最期にお別れをしたかったのですが」

「お気持ちありがたいです。もし姉と共通のお知り合いがおられるようでしたら、周知をお願いしても?」

「そう……そうですよね。わかりました。私ができる範囲であれば」

「助かります」

 

 姉は大学進学と共に家を出た。なのでそれからすっかり疎遠になっていた。あれだけ俺の日常を侵食してきた存在が呆気ないものである。

 とはいえ、時々下らないことでラ●ンにメッセージが入ることはあったし、俺自身は実家通いだったため、姉が帰省したときには母が張り切って一家揃って食事に出たり、俺が車の免許を取った頃には姉に足代わりにされもしていた。

 そうして久しぶりに会う姉と接する時、おかしな話かもしれないが、やっと本当の姉弟になれたような心地がした。以前まで姉に感じていたウザさやイラつきが沸くこともない。

 俺にはもう、姉をつっぱねる理由がないのだ。

 社会人となり俺も実家を出たあとは、お互い自分のことに忙しくしていて、お互いがお互いの人生に関わることもなかった。

 引越しをするから来い、と呼び出され荷運びや荷解きに働かされることはあったが、社会人になって姉と会ったのはたったその一度切りだろう。

 時々ビデオ通話で話すことはあっても、本当に顔を合わせる機会はめっきりなかった。

 久々の顔合わせが棺の中で眠る姉となろうとは。

 

 葬儀に臨むにあたり一番心配だった母は落ち着いて過ごしてくれ、葬儀は滞りなく終わった。

 家族葬を周知し親族に諸々の辞退を申し出た折に、従姉妹が参列すると強く願い出た時はどうなることかと思ったが、よく気が回り母の面倒を見てくれ大変ありがたかった。お陰で俺は父の面倒に集中できた。

 葬儀で父は喪主を務めてくれる気ではあったが、高齢を理由に俺が務めた。

 

「今日は本当にありがとう」

 改めて従姉妹に礼を言う。

 従姉妹は気丈に臨んでいるように見えたが、こうして顔を合わせてみると目元が赤らんでいるのに気づく。

「いえ。こちらこそ無理をきいてくれてありがとうございました。お姉ちゃんとお別れができてよかったです」

「よければ住所を教えてもらっていいだろうか。お礼の品を贈りたい」

「いいです。今回家族として立ち合わせてもらえましたし。十分です」

 従姉妹には父と共に感謝の言葉を重ねた。何かあれば今度はこちらが力になろうと思う。

 

 葬式を終えやっと一息ついた頃、ふと思い出したことがある。

「私のIDパスワード教えとくわ」

 何の脈絡もなく、ある日そんなメッセージが来たことである。自分が就職して間もない時期の話だから、もう二十数年前だろうか。

「SNSで遺族が故人のアカウント使って死んだこと伝えるやつあるじゃん? もしもの時はお前やれよ」

 相変わらずな、姉の思いつきの戯れだった。当時は既読無視をしたが、そのIDやパスワードはとりあえずスマホのメモに控え、その後手帳にも書き留めてはいた。手帳を買い換えても引き継いだ。家族の連絡先欄の隅に。

 アカウントを教えられたとて一度も姉のSNSを覗いたことはない。姉もフォローしろとは言わなかった。

 姉自身とっくに忘れた頼み事だろうが、これを遺言と呼んでもいいだろう。

 

 姉の遺言について、そういった類いのものをニュースで見かけた覚えはあるので見当はついていたが、念のためネットで調べる。参考になりそうなものがいくつも出てきた。なるほど、当時の姉は著名人の真似事をしてみたかったんだろう。そんな予定もなかっただろうに。

 姉の知り合いには一通り連絡して回ったつもりだが、SNS上に一報を出しておけばより確実となるだろう。

 検索で出てきた文章を参考にしながら、簡素な文面を作成し、姉から言い渡されていたSNSにログインしていく。そのうちの一つはパスワードを変えてしまったのか入れなかったが、その程度の不履行はいいだろう。

 人のアカウントを覗くのはあまり気分のいいことではないので、目に入る情報は意識して見ないようにした。投稿ボタンを探し出し作業に専念する。

 投稿すると意外にもすぐ通知がついた。しかし通知欄を開く気にはならず、ログアウトしていく。

 もう二度とログインすることはないだろう。

 

 先程投稿したばかりの、自分が作成した文章を、ぼんやり眺める。

 

──当アカウント所有者はX月X日に死去いたしました。享年四十九歳でした。

──葬儀は家族のみにて執り行いました。ご弔問・ご香典・ご供物・ご献花その他はご辞退申し上げます。

──生前のご厚誼に感謝し、謹んでお知らせいたします。

 

 四十九歳。

 早いな、と思う。

 親より先に死ぬと、そういう地獄に行くのではなかったか。

 神様は気に入った人間から自分の元へ召し上げるという話もあった。あの姉の何を気に入ったんだろう。

 幼い頃、姉が誕生日を迎えると、一時であれ歳が二歳差になるのが不甲斐なく悔しかった。お前はいずれ姉よりも年上になる日が来る。そんな未来を当時の俺に伝えたら喜ぶだろうか。バカだったから喜ぶかもしれない。

 バカだったから、そんな未来は想像したこともなかった。

 もうずっと、姉がいない日常を過ごしてきたはずだった。とっくに姉の力を借りずに生きられる自分であったし、姉と疎遠になって、煩いのない、快適で自分らしくいられる日々を送れていたはずだった。

 なのにどうして今、こんなに不安で、心許無いのだろう。本当にバカみたいだ。姉と共にあった日々はとうの昔に過ぎ去り失われているというのに。

 姉弟の思い出は今や全て自分だけのもので、姉は何もかもを俺に押しつけ、死化粧をした美しい顔のまま、花と共に焼かれ、砂となり骨となった。

 

 今度手帳を買い換える時、家族の連絡先欄に、姉の項目を書き記す日はもう来ない。

 




24/10/16校了
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