アンドロイド「人間とかいう戦場のお荷物」 作:らっきー(16代目)
人類に敵対的な外宇宙の存在が来訪してから数えきれないほどの年月が経った。
数え切れないほどの人命が失われた。国家という枠組みはもはや意味を成さないものとなった。かつて百億を超えていた人口も、今や十数万程度まで落ち込んでいる。
だが、その程度で諦めるような生命体であったのならとうの昔に人類など滅亡している。
地下で不自由なく暮らすために永久機関を含めた幾つもの技術を完成させた。化け物共と戦うための装備と、アンドロイドという新たな戦力を産み出した。黙って滅ぼされてなるものかという決意は、生き残った人類の総意であった。
実際それはある程度……いや、当初の想定よりも上手くいっていたと言っていいだろう。
無論、海や山といった極東の国土が味方をしたというのもある。当初大陸に降りて来たが故か、外宇宙からの来訪者──その冒涜的な見た目から神話生物と名付けられた──は海を越える能力を持たなかったからだ。
だからその時間は、人類に与えられた猶予であったのだろう。地上を追われ、這う這うの体で逃げ込んできた敗残兵達が戦士へとなるために必要であった時間。或いはアンドロイドやエネルギー兵装といった新たな力を使いこなすために必要となった時間。
深海から人類の最後の領域である極東を侵し始めた神話生物──ダゴンと名付けられた──に対して抵抗が出来たのも、その時間があってこそだ。人より頑丈なアンドロイド達。ダゴンに率いられる奉仕種族を切り裂けるエネルギーブレード。それらによって損耗を出しつつも辛うじて人類は踏みとどまることができていた。
しかし、逆説的な話として。これで人類が逆転できるというならそもそもここまで追い込まれてなどいないのだ。
何度目かも分からなくなるぐらいに繰り返された、いつも通りの防衛戦。海からやってくる魚と人が入り混じったようなおぞましい見た目をした化け物との戦闘は神経が磨り減るものではあったが、何事も繰り返せば慣れるもの。パルスガンによる砲撃で怯ませ、ブレードを用いた突撃で数を削る。もはやルーティーンと化した防衛戦は、異変に気付かせるのを遅れさせた。
最初に異変に気が付いたのは、とある一体のアンドロイドだった。
温度センサーが異常な値を示している。故障と判断した彼女はメンテナンスのために一時撤退の許可を取ろうとして、一言目を発する前に溶かされて消えた。
炎の塊が現れた。火を吐く竜が現れた。焼け焦げた悪魔が現れた。無数の炎の塊が現れた。
混乱した報告が幾つも届いたが、報告する余裕のあった彼ら彼女らは幸運であったと言っていいだろう。虚空から突如現れたとしか評せないソレは、ただ存在するだけで人類を殺すことができる存在だったのだから。
ソレが現れた直下に居たものは人、物問わずに高熱に溶かされて消滅した。自分が死んだことにすら気が付かなかったであろう彼らは、まだマシな方だった。
遠くでソレが現れる様を見せつけられた者たちが、一番幸運であった。理屈で説明できない現象など何度も見せられてきた。そもそも目の前で戦っている相手自体生物としての構造が既存のものから何も解明できないのだ。虚空から現れるのならそういう移動方法なのだろうと無理矢理納得する。それができないような奴はとうの昔に死んでいる。
目の前の化け物に背を向けるリスク。撤退することによる人類領域の減少。新たに現れた怪物の脅威度。前方に居る部隊との連携。幾つもの要素を天秤にかけて撤退を選んだ彼らを襲ったのは、小さな──現れた怪物と比較しての話だが──炎の塊だった。
幸いだったのは、物理的な炎ではなく生命体であったこと……つまりは斬るなり撃ち抜くなりすれば殺せるものであったこと。とはいえエネルギー兵装もなく耐火装甲もない部隊は抵抗手段が無いということでもあったが。
最も不運であったのは、その間に居た者たち。
元々海の怪物と戦うつもりで出て来たのだ。高熱に対しての備えなどしているはずもない。
ある程度の耐熱性をデフォルトで備えているアンドロイド達と違って、人間の身体は古来より耐久性能は変わっていない。
息を吸えば肺を焼かれ、何もしなくとも露出している部分からゆっくりと焦がされていく。前方に小さな山程の大きさにも感じられるような、巨大な炎の怪物。周囲には生き残っている海の怪物。後方にも小さな炎の怪物がいくらか。撤退の判断などまともに出来ようはずもなかった。
破れかぶれに正面から突撃する者。ただ目の前の敵を殺すことに専念する者。血路を開くべく少しでも手薄な方へと向かう者。様々居たが、戦場に取り残された遊兵であることに変わりはない。
戦略的には何をしようと無価値だった。仮に後方と連絡が繋がり増援を要請できたとして、そこで勇敢に死んでくれと遠回しに言われるのが関の山というような、まさしく詰みの状態。
──そんな理屈を、彼女は笑い飛ばす。
極光が走り、その軌道に運悪く居た怪物が切り裂かれていく。炎の塊、海の怪物。どちらも知ったことではないと言わんばかりに切り捨てて。轟音と共に前線に上がって来たのは一機のアンドロイド。
「アマテラス、勝手に推参! 生きて帰りたければこっちに来てね!」
エネルギーブレードにオーバーロード寸前まで過剰な供給をし、抜刀する。結果出力されるのは身の丈の数倍ほどの光の剣。死んだことに気が付かずに蒸発するという死に様を、今度は怪物の側が体現することとなった。
「火の用心! おせん泣かすな、馬肥やせってね!」
反対の手で振るうのは何の仕掛けもない実体剣。斬る為でなく風を起こすために振るわれたそれは、容易く燃えた大地を吹き飛ばす。どのように力を込めたら味方に危害を及ぼさずにそんな現象が起こせるのか。そんな理屈は彼女の知ったことではない。
詰んだ盤面を独力でひっくり返す。生体物理学、計算機科学、人工知能学、遺伝子工学、果ては魔導力学までも応用して作り出した人類の最高傑作のうちの一機。
ワンオフアンドロイド、アマテラスが戦場に降り立った。
目の前に聳え立つのは巨大な炎の怪物。自分の後ろには愛すべき……もとい、守るべき人間達。アンドロイド達は最悪バックアップデータから復元すればいい……と言いたいところだが、今回のデータを持ち帰ってもらわなくてはならない。
「守るものが多いと大変だほんと。あ、これ借りるよ?」
ペンでも借りるかのような気軽さで、近くに居たアンドロイドの持っていたエネルギーブレードを奪う。そして再度、過剰なまでのエネルギーの供給。
他のアンドロイドとは一線を画す出力のジェネレーターによって行われたそれは、先程のような極光を発生させ……その途中で、全力で炎の怪物へと投げつけられた。
アンドロイドの腕力に加え、彼女の腕に取り付けられたブースターによる勢いも加わったそれは、しかし怪物を貫くことはなく、表皮──炎の塊の表面をそう呼んでいいのならだが──に突き刺さり止まった。それはまさしく、アリの一刺しのようなもの。現にその怪物は大した反応も見せずに恐らく腕にあたるであろう部位を振り下ろそうと──
「BOMB!」
過剰にエネルギーを注ぎこまれたブレードは、耐え切れるはずもなく爆散する。あと数秒時間があれば溶かされ切っていたかもしれないが、ともかく今回は上手い具合に爆散した破片が刀身が突き刺さっていた傷口へと命中した。
『■■■、■■■■■!?』
「ごめん、何言ってるか分かんないよ!」
二本、三本と同じ要領でブレードを使い捨てていく。どのみち普通のアンドロイドでは戦いようがないのだ。撤退していくアンドロイド達はむしろ進んで武装を渡していった。
しかし、同じ方法が何度も通用するはずもない。ブレードを投げて突き刺すところまではいける。だが爆発する前に高温に溶かし尽くされ、あえなくエネルギーが霧散していく。弾け飛ぶものが無ければ突き刺さった傷口も広がらない。
更に悪いことには、怪物が体温を上げるにつれ、アマテラスの周囲の気温も上昇していくこと。アンドロイドなどと呼ばれ美しい女性の姿をしていても、結局のところ精密機械。熱は天敵だ。
排熱機構が正常に動作するのはあとどのくらいか。彼女の視界には身体の各部の異常を示す警告が無数に表示されている。
許されるのは恐らくはあと一撃。しかしそれでも彼女は落ち着いてブレードを取り出す。
それは、彼女が最も信頼する武装。製造者をして、人類が地下で生活するために使っている全てのエネルギーを注ぎ込んでもまだ余力があると言わしめた至高の剣。
「月ッ光ォ──!」
初撃を外したらどうするのか、この後の戦闘はどうするのか。そんな賢しい考えを全て捨てた覚悟の一撃。
目の前の炎の怪物の身の丈に匹敵するような極光。腕が飛ぶ勢いで吹かしたブースターにより加速したそれは、確かに怪物を斬り裂いて──
「……まぁ、今更脳とか心臓があるなんて思ってなかったけどさ」
斬って落とした部位が人間に例えたらどの部位にあたるのかすら分からないのだ。一太刀で殺せたとしたらあまりにも都合が良すぎるというもの。
今の一撃でエネルギーは使い果たした。恐らく振り抜いた腕も使い物にならない。しかし仲間達が逃げる時間は充分に稼いだ。役目は果たしたと言っていいだろう。
ならば大人しく負けを受け入れて────
────いいや、まだだ。
まだ両の足は地面を踏み締めている。片方なら腕も存分に動かせる。否、ブレードを掴むのなら口でだって充分だ。
「第2ラウンド、いってみよーかぁ!」
全てのエネルギーを使い果たした筈の機械の身体を奮い立たせて、彼女は笑った。
全ては心一つなり