ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:01 決意のミーア

 

「どうも〜みなさーん☆ ミーア・キャンベルで〜す♡」

 

……鏡に向かって、私は最高に愛くるしい笑顔でポーズを決める。

 

脳内再生されるのは、かつて画面越しに見ていたあの「ミーア」の弾けるようなパフォーマンスだ。

 

「………………はぁ」

 

一瞬で表情を消し、私はドサリと豪華なソファに身を投げ出した。

 

いや、何が「ミーア・キャンベルで〜す♡」だ。やってられない。

 

鏡に映るのは、まだラクス・クラインに似せるための整形手術を受ける前の、どこにでもいる地味な少女の顔。けれど、口を開けば漏れ出るのは、あの歌姫と寸分違わぬ「奇跡の声」だった。

 

「……最悪。本当に最悪。なんでよりによってミーアなのよ」

 

私は、いわゆる「転生者」というやつらしい。

 

前世の記憶がある。そしてこの世界が、あの救いようのない戦火に包まれた『機動戦士ガンダムSEED』の世界であることも知っている。

 

これから私の身に起こることは、全部わかっているのだ。

 

デュランダル議長に拾われ、ラクス・クラインの替え玉として、露出の激しい衣装を着せられて、戦場を鼓舞するアイドルとして踊らされる。

 

アスランに「君はラクスじゃない」と正論をぶつけられて傷つき、それでも居場所を求めてしがみついて。

 

最後は、本物のラクスを暗殺者の銃弾から庇って、息絶える。

 

「あんな特大の死亡フラグ、誰が踏みに行くっていうのよ……!」

 

だから、必死に抗ったのだ。

 

スカウトに来た「議長の使い」という男に、私は震える声で精一杯の拒絶を口にした。

 

『あ、あの……検討させてください。私、ただのファンですし、そんな大役、自信がなくて……』

 

控えめに、角が立たないように。

 

そうすれば、向こうも「じゃあ他の候補を」と諦めてくれるのではないか……そんな淡い期待は、男の冷徹な微笑みによって粉砕された。

 

『……ふむ。君の謙虚さは素晴らしいが、議長は君のその「声」を、平和のために必要としているんだ。断るというのは、コーディネイターの未来を否定するということだよ?』

 

男は、タブレット端末に一枚の画像を表示させた。

 

そこには、私の家族が、ザフトの警備兵に囲まれて「保護」されている様子が映し出されていた。

 

『君が協力してくれるなら、ご家族には最高級の居住区を約束しよう。……もし、君がその義務を放棄するというのなら、彼らの安全までは保証しかねるがね』

 

それは、丁寧な言葉で塗り固められた、剥き出しの脅迫だった。

 

ギルバート・デュランダル。

 

あの優男、自分の描いた「デスティニープラン」の駒にするためなら、名もなき少女の家族を人質に取るなんて朝飯前ってわけか。

 

「……選べるわけないじゃない。あんなの」

 

私は立ち上がり、再び鏡の前に立った。

 

もうすぐ、顔を弄る手術が始まる。

 

この地味だけど気に入っていた私の顔は消え、世界で一番有名な歌姫の偽物へと作り変えられる。

 

ピンクの髪を振り乱して歌い、そして最後に死ぬ。

 

そんな運命のレールが、ガチガチに固定されていく音が聞こえる。

 

「神様がいるなら呪ってやりたいわ」

 

私は震える手で、ラクス・クラインのトレードマークである「髪飾り」を、まだその形ですらない自分の髪に当てる仕草をした。

 

「……よろしくね、アスラン。……そしてさようなら、私の人生」

 

少女の絶望を飲み込むように、部屋の扉がノックされた。

 

ミーア・キャンベルとしての、地獄の幕が上がる音がした。

 

 

◇◇◇

 

 

「……嘘でしょ、これ」

 

鏡の中にいるのは、私ではない。

 

ピンク色の長い髪、どこか浮世離れした美しさ、そして見る者を惹きつけずにはいられない、慈愛に満ちた瞳。

 

どこからどう見ても、あの「ラクス・クライン」そのものだった。

 

包帯を解いた後の私の顔は、かつての地味な少女の面影を完全に失っていた。

 

「……はは、笑っちゃう。これでもう、後戻りはできないってわけね」

 

私は自嘲気味に笑い、ラクスの顔をしたままベッドに倒れ込んだ。

 

後戻りができないなら、せめて生き残る道を模索しなければならない。

 

このままだと、私はコペルニクスのホールで、ラクスの身代わりになって死ぬ。

 

あのアスランの絶叫をBGMに、冷たい床の上で息絶えるなんて、御免だ。

 

「アスラン……。彼と接触できるチャンスは、そう多くないのよね」

 

脳内の「SEED DESTINY」の記憶を必死に手繰り寄せる。

 

一度目は、プラントでの会食。でもあそこは監視の目だらけ。議長の息がかかった場所で『私、実は偽物なんです、助けてください!』なんて言った瞬間に、私の家族の命が消える。

 

二度目は、ディオキアのホテル。アスランの部屋に忍び込んで、彼のベッドで寝ていたあのアホな、もとい、あざといシーン。

 

あそこなら監視はない……はずだけど、あのアスランにいきなり深刻な相談をして、彼が信じてくれるだろうか?

 

三度目は、アスランが脱走する時。

 

「そうよ、あの時よ! あの時にメイリンと一緒に……というか、私とメイリンとアスランの3人で逃げればいいんじゃない!? 私、天才じゃない!?」

 

勢いよく起き上がったものの、すぐに思考が現実の壁にぶつかった。

 

メイリン・ホーク。

 

かつては「なんでメイリンまで一緒に逃げる羽目になったの?」と不思議だったけど、20年後の『SEED FREEDOM』で明かされた衝撃の事実。

 

あの娘、軍の機密情報に日常的にハッキングしてたせいで、レイに『危険分子』としてロックオンされてたのよね。

 

そんなの、放送当時じゃわかんないっての!

 

「……でも、3人で逃げたとしてよ?」

 

記憶の中の映像が再生される。

 

アスランとメイリンが乗ったグフ・イグナイテッド。

 

それを追撃する、シンのデスティニー。

 

容赦なく振り下ろされるアロンダイトの閃光。

 

墜落、爆発、そして生死の境を彷徨う重傷……。

 

「……死ぬわ。普通に死ぬわ、これ」

 

私は頭を抱えた。

 

あのグフの撃墜シーン、生存してたのは物語上の補正があったからで、私がその場に混ざった瞬間に「過積載で機動性が落ちて撃墜」なんていう間抜けなフラグが立ちかねない。

 

それに、私が逃げ出せば、人質になっている家族はどうなる?

 

デュランダル議長が「ああ、そうですか」なんて見逃してくれるはずがない。

 

私は彼のデスティニープランにおける「最高のプロパガンダ」なのだから。

 

「詰んでる……。どこをどう見ても、私の生存ルートが崖っぷちすぎる……!」

 

鏡の中の「ラクス」が、不安そうに私を見返している。

本物ならこんな時、凛とした態度で「覚悟はあるのですか?」とか言うんだろう。

 

「覚悟なんてあるわけないじゃない! 私はただ、この豪華な衣装を着てポップな曲を歌って、たまにハロと遊んで、美味しいもの食べて長生きしたいだけなのよ!」

 

私は誰もいない部屋で、ラクスの澄んだ声を使って叫んだ。

 

神様、もしいるなら教えて。

 

暗殺部隊の銃弾か、シン・アスカのアロンダイトか。

 

私の「死に場所」は、その二択しかないんですか?

 

……いいえ、まだよ。

 

まだ、物語は始まったばかり。

 

整形が終わったばかりの今なら、何かを仕込めるはず。

 

「やるしかないわ。……ミーア・キャンベルの、全力の生存戦略を!」

 

私は拳を握りしめ、鏡の中の偽りの歌姫を睨みつけた。

 

まずは……あのアスラン・ザラを、どうにかして味方に引き入れる方法を考えなきゃ。

 

あの「女難の相」が出まくっている彼を。

 

 

◇◇◇

 

 

「……よし、落ち着け私。深呼吸、スー、ハー……」

 

鏡の中の「ラクス・クライン」が、私と同じ動きで深呼吸をする。

 

整形の腫れも引き、完璧に作り上げられたその美貌をじっと見つめながら、私は脳内の「生存ルート」を必死に指でなぞった。

 

まず、最初の関門はアスラン・ザラとの会食。

 

あそこで隠したって無駄だ。彼は地球で本物のラクスと暮らしていたんだから、私を見た瞬間に「偽物だ」と確信する。原作のミーアはそこであえてミーアらしく振る舞ってアスランを困惑させたけれど、私はそれを一歩進める。

 

「チャンスは二回目……ディオキアのホテル。あそこしかないわ」

 

監視の目が唯一届かない、あのアスランの私室での密会。

あそこで彼にすべてを打ち明ける。

 

『私は脅されてこの役をやっている』と。

 

そして、彼が後にキラや本物のラクス様と接触することを見越して、手紙を託すのだ。

 

「クライン派……ターミナルの情報網と機動力なら、議長に軟禁されているお父さんとお母さんを救い出せるかもしれない。ううん、それしか道はないのよ」

 

もし両親さえ救い出せれば、私はもうこの場所に縛られる必要はない。

 

アスランが脱走する時、私も一緒にグフに乗り込めばいい。

 

……いや、待てよ。

 

あのグフ、シン・アスカにボコボコにされて海に落ちるのよね。メイリンとアスランだけでも死にかけてたのに、私が加わって「三人は重すぎですー!」なんて重量オーバーで墜落……なんて笑えない冗談だ。

 

「……あ、そうだ。私には『ライブ用』のピンクのザクウォーリアが与えられるじゃない」

 

機材扱いだけど、あれは立派なモビルスーツだ。

 

パイロットの兄さんに色目を使うなりして、こっそり操縦を教わっておこう。

 

それからもう一つ。

 

あの時、ジブラルタル基地にはオーブのキサカさんが潜入していたはずだ。

 

アスランたちの脱走に紛れて、私は私でキサカさんと合流できれば、もっと確実に、かつ安全にオーブへ亡命できる。

 

「……いける。蜘蛛の糸より細いけど、道は繋がってるわ!」

 

一度方針が決まれば、あとは迷わない。

 

私はクローゼットを開け、用意されていた「ミーア・キャンベル用」の衣装を眺めた。

 

「……悪いけど、これはボツね」

 

私は用意されていた衣装を放り投げ、控えていたスタッフを呼びつけた。

 

「あの……。議長からはこれを着てほしいと言われているのですが……」

 

「ダメよ。こんなのラクス様じゃないわ」

 

私は、鏡の中の自分を冷徹なまでに見つめた。

 

清楚で、凛としていて、それでいてどこか近寄りがたい聖母のようなラクス・クライン。

 

「今日から私が、プラントの『ラクス・クライン』になるのよ。だったら、民衆が求めている彼女を完璧に再現しなくてどうするの? 議長には私から言っておくわ。──もっと、ラクス様らしいドレスを用意して、ってね」

 

単なる替え玉じゃない。

 

私は、私自身の命を守るために、世界を騙し抜く最高のアクターになってやる。

 

たとえ偽物の舞台でも、死ぬまで踊らされるのは御免だ。

 

「待ってなさいよ、デュランダル議長。……そして、アスラン・ザラ。……私の全力の『ラクス・クライン』、見せてあげるんだから!」

 

地味な女の子だった私の、本当の意味での「戦い」が、今始まった。

 

 

 

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