ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:10 舞い降りる剣とミーア

 

月軌道の暗闇が、無数のビームとミサイルの光で塗り潰されていく。

 

目の前に展開するのは、アルザッヘル基地から出撃した地球連合軍の圧倒的な物量。だが、私は知っている。この正面戦力はただの「陽動」に過ぎないことを。

 

(本命は……極軌道回りでプラントを直接狙う、核武装したウィンダム隊。わかっているのに、今の私にはそれを伝える手段も証拠もない……!)

 

ナスカ級に搭載された秘策「ニュートロン・スタンピーダー」があるとはいえ、それが確実に発動するか、あるいはすべての核を無力化できるかなんて保証はどこにもない。原作知識はあっても、ここは「現実」なのだ。

 

「集中しなさい、私……! 今は目の前の敵を叩く。それしかないんだから!」

 

私はドラグーンウィザードの機動砲を射出した。

 

私の機体、ドラグーンザクはウィザード側に独立した予備バッテリーを積んでいる。PS装甲を持たないザクなら、ドラグーンを飛ばしても継戦能力は高い。……けれど、無策にばら撒けばあっという間にガス欠だ。

 

『なんだよ、あのデカブツは!?』

 

通信にディアッカの驚愕の声が混じる。

 

戦場の中央に居座るのは、連合の巨大MA、ザムザザーとゲルズゲー。

 

陽電子リフレクターという「無敵の盾」を張り、こちらのビームをすべて無効化しながら、圧倒的な火力で味方のジンやゲイツRを紙屑のように蹴散らしていく。

 

「あんなものに、押されてたまるもんですか……!」

 

私はスロットルを踏み込み、ドラグーンをザムザザーの正面へと加速させた。

 

リフレクターはビーム射撃を完璧に防ぐ。けれど、ビームそのものを「刃」として固定した至近距離の突撃なら──!

 

「いけっ、ドラグーン!」

 

2基の機動砲からビームスパイクを形成し、光の杭となってザムザザーの盾を正面から突き破る。

 

リフレクターが一瞬激しい火花を散らして霧散し、そのままドラグーンが巨大な胴体を貫通した。

 

「一機撃破ですわ!」

 

『グゥレイト! ラクス様様だな!』

 

『なるほど……至近距離の質量攻撃、あるいは近接武装か。あんな図体、懐に入ればただの的なんだよ!』

 

私の動きを見て、イザークとディアッカが即座に戦術を切り替える。

 

ディアッカのガナーザクがオルトロスを放ってゲルズゲーの注意を引き、その隙にイザークのスラッシュザクファントムが影から肉薄。巨大なビームアックスを一閃し、ゲルズゲーの制御中枢であるストライクダガーをコクピットごと真っ二つに両断した。

 

「バケモノ」と呼ばれたMAが次々と爆散していく様を見て、崩れかけていたザフトの戦線が息を吹き返す。

 

「見なさい! 敵は無敵ではありませんわ! 私たちの故郷を守るために……一歩も引いてはなりません!」

 

私はラクス・クラインとして、全チャンネルに向けて声を張り上げた。

 

戦場を舞うピンクのザク。それは今、プラントの兵士たちにとって、絶望を切り裂く勝利の女神として映っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

戦場は、混迷を極めていた。

 

敵の主力であるダガーLに混じって現れた、最新鋭量産機ウィンダム。かつての「ストライク」に匹敵する性能を持つその機体群に、旧式のゲイツRやジン、シグーを抱えるザフト月軌道艦隊は、数の不利も相まって防戦を強いられていた。

 

その時、巨大空母ゴンドワナから悲鳴のような入電が響く。

 

『極軌道より核ミサイル搭載機接近! 目標、プラント各コロニー!』

 

『別働隊? 極軌道だと!?』

 

『じゃあ、コイツら全部囮かよ!?』

 

「くっ、邪魔ですわっ!」

 

私は機体を翻し、背後から迫るザムザザーの巨体をバレルロールで回避。すれ違いざまにビームトマホークを投擲し、リフレクターの発振器を粉砕する。トドメは味方に任せ、私は最大推力で極軌道方向へと急いだ。

 

けれど、絶望は目の前に迫っていた。

 

放たれた核ミサイルが、白く細い尾を引いてプラントへと伸びていく。

 

届かないと分かっていてもビームを撃ち続けるザフト兵たち。だが、その光は無情にも空間を切り裂くだけで、死の雷火には届かない。

 

(間に合わない……! ニュートロン・スタンピーダーは!?)

 

私が原作の「切り札」を待った、その時だった。

 

宇宙(そら)の彼方から、降り注ぐような火線が走った。

ハリネズミのように放たれた無数のマルチロック・ビームが、プラントへ向かう核ミサイルを次々と叩き落としていく。

 

『な、なんだよいったい! 味方の援護か!?』

 

ディアッカが叫ぶ。

 

けれど、私は知っている。こんな展開、原作にはなかった。

 

姿を現したのは、巨大なブースターを纏った「自由」の翼。

 

『こちらはエターナル、ラクス・クラインです』

 

全回線に響き渡ったのは、凛とした、けれど慈愛に満ちた「本物」の声。

 

モニターに映し出された彼女は、私と同じ顔、同じ声をしながら、本物にしか出せない圧倒的な存在感を放っていた。

 

『プラントを攻撃する地球軍は直ちに戦闘を停止してください。その雷火は、罪なき人々を焼き払うための物ではありません。それでもなおその炎を向けるというのなら……その火の粉は、我々が払わせていただきます』

 

そんな、エターナルまで来てる。

 

なんで? 今ごろラクスは暗殺未遂が起きて、隠れる為にアークエンジェルで海に潜んでいるはずなのに。

 

「……感謝いたします、ラクス・クライン」

 

『いいえ。礼には及びませんわ、ラクス・クライン』

 

私は反射的に答えていた。

 

偽物である私を、彼女は否定しなかった。むしろ、今この場で共に戦う「ラクス・クライン」として認めてくれた。そのお陰で、現場のザフト兵たちが混乱に陥ることはなかった。

 

近づいてきたフリーダム・ミーティアが、機体を左右に振る。

 

(乗れ……ってこと?)

 

私は迷わずザクをミーティアの背へと着艦させた。接触回線が開くと、そこには優しく微笑むキラ・ヤマトの姿があった。

 

『やあ、助けに来たよ』

 

「キラ! あ、えっと……」

 

『話はアスランから聞いたよ。ごめんね、まだご両親を助け出せていないから、今回は君を迎えには行けないけど……』

 

「いいえ! ありがとうございます! ラクス様にも……あ、私からもお伝えください。…キラ。第一波は退けましたが、後方の母艦にはまだ予備の核があるはずです」

 

『うん。しっかり捕まってて!』

 

フリーダム・ミーティアが猛加速する。

 

背中で振り回される私のザクにかかるGは凄まじかったけれど、私は前だけを見据えた。

 

母艦を守ろうと立ちはだかるウィンダム隊を、キラは神業のような機動で回避し、最短距離で敵艦隊の懐へと飛び込む。

 

眼前に迫る、アガメムノン級母艦の艦影。

 

『行って、ラクス!』

 

「ミーアと呼んで!」

 

『……うん。気をつけて、ミーア!』

 

離脱! 私はミーティアの背から飛び出し、背中のドラグーン8基をすべてパージした。

 

「あたれぇぇぇぇぇッ!!」

 

烈帛の気合と共に放たれたドラグーンのビームが、宇宙を縦横無尽に駆け巡る。

 

アガメムノン級の対空砲火を嘲笑うように、光の針が次々と装甲を貫き、格納されていた予備の核ミサイルを誘爆させた。

 

漆黒の宇宙に、三つの小さな太陽が生まれる。

 

地球連合軍が誇る核攻撃艦隊の心臓部が、私の放ったドラグーンによって焼き尽くされたのだ。

 

「……ふぅ。やらせませんわ、そんなこと」

 

私はドラグーンを回収しながら、残存するウィンダムと交戦中のフリーダムの元へと機体を向けた。

 

もう、独りじゃない。

 

本物のラクス様が、キラが、アスランが、私の存在を肯定してくれた。

 

なら、私はもう「身代わりの人形」じゃない。

 

私は、私の意志で、この世界を守るための「もう一人のラクス」として、最後まで戦い抜いてみせる。

 

「キラ、援護しますわ!」

 

ピンクのドラグーンザクが、自由の翼と並んで、戦火の宇宙を鮮やかに駆け抜けていった。

 

 

◇◇◇

 

 

私は機体を翻し、キラの援護へと向かった。

 

視線の先では、パージされたミーティアから離脱したフリーダムガンダムが、まるで無重力のダンスを踊るように戦場を舞っていた。

 

その動きは、かつてシミュレーターで私を追い詰めた「剥き出しの殺意の塊」だったストライクとは決定的に違う。

 

向かってくるウィンダムの手足だけを、あるいはカメラアイだけを正確に撃ち抜き、戦闘能力だけを瞬時に奪っていく。

文字通りの「不殺」。

 

連合のパイロットたちは、何が起きたのかさえ理解できぬまま、次々と無力化されて宇宙に漂っていく。

 

(やっぱり、凄いわね……でも、その優しさは時に隙になる!)

 

無力化された機体が射線上に残り、それが新たな敵の盾になる。キラが撃てない「影」から、一機のウィンダムが不意を突こうと加速した。

 

「させませんっ!」

 

私はスロットルをふかし、キラの死角へ割り込む。ドラグーンを先行させ、ウィンダムの進路をビームの網で遮ると、本体のビーム突撃銃を叩き込んだ。

 

キラが「綺麗事」を貫くなら、私はその綺麗事を守るための「現実の剣」になる。

 

彼が撃てない敵は、私が、ミーア・キャンベルが撃つ!

 

『──! ありがとう、ミーア!』

 

通信越しにキラの驚きと感謝が混じった声が届く。

 

「いいえ! ……でも、貴方相変わらず甘い戦い方ですわね、キラ」

 

『あはは……よく言われるよ』

 

苦笑するキラ。だが、その手は止まらない。

 

最強の盾──不殺のフリーダムと、容赦のない矛──全方位攻撃のドラグーンザク。

 

この奇妙で、けれど不思議と噛み合ったコンビネーションに、地球軍の戦線は完全に崩壊した。

 

『ちっ、なんだあいつらは! 化け物か!』

 

『核攻撃隊全滅!? 退け、退却だ! 全艦、アルザッヘルへ回頭!』

 

旗艦アガメムノン級数隻を失い、核という切り札を焼かれた連合艦隊は、蜘蛛の子を散らすように敗走を始めた。

 

その様子を、呆然と見守る者たちがいた。

 

『おいおい……マジかよ。冗談きついぜ……』

 

ディアッカが、開いた口が塞がらないといった呆れ顔で呟く。

 

その隣で、イザークのスラッシュザクファントムが、ビームアックスを下ろしてフリーダムを見つめていた。

 

『あの機体……フリーダムか。乗っているのは……』

 

イザークには分かったはずだ。あの神がかった動きをするパイロットが、かつての仇敵でもあり、今は顔見知りの友である誰なのかを。

 

そして、全回線で響き渡った「二人のラクス・クライン」の声。

 

どちらが本物で、どちらが偽物か。そんな次元を超えて、本物のラクスが「礼には及びませんわ、ラクス・クライン」と私を肯定した事実。

 

その一言が、戦場のすべての疑念を、ザフト兵たちの困惑を、力強く繋ぎ止めたのだ。

 

イザークは、小さく鼻を鳴らした。

 

『……フン。英雄が二人もいては、俺たちの出る幕がないな。行くぞディアッカ! 残敵を掃討しつつ帰還する!』

 

それは彼なりの、最大限の賛辞と、少しばかりの苦い嫉妬だった。

 

戦闘空域に、深い静寂が戻る。

 

私はフリーダムの隣に並び、機体を停止させた。

 

宇宙の彼方には翼を休めるエターナルの優美な姿が見える。

 

『ミーア』

 

キラが、モニター越しに私を見て微笑んだ。

 

『助かったよ。君のおかげで、守れた。……本当に、ありがとう』

 

「……私の方こそ。貴方たちが来てくれなかったら、どうなっていたか」

 

私はヘルメットの中で、溢れそうになる涙をこらえた。

 

ずっと孤独だった。

 

正体がバレたら終わりだと、殺されるのだと、毎日怯えていた。

 

でも、彼らは私を受け入れてくれた。

 

私を「ラクス」ではなく、「ミーア」と呼んでくれた。

 

ただの替え玉じゃない、「私」という存在がそこにいることを認めてくれた。

 

『僕たちは行くよ。……アスランによろしくね。彼もきっと、君のことを心配しているはずだから』

 

「ええ。……必ず伝えますわ」

 

フリーダムが、スッと右手を上げて敬礼を送る。

 

私もぎこちなく、ザクのマニピュレーターでそれに応えた。

 

フリーダムは鮮やかに反転し、エターナルへと帰投していく。

 

その背中を見送りながら、私は深く、深く息を吐いた。

 

肺に溜まっていた恐怖が、安堵と共に吐き出される。

 

「……生き残ったんだわ、私」

 

震える指先で操縦桿を握り直し、私はゴンドワナへと機体を向けた。

 

まだ戦いは終わっていない。けれど、今の私には、背中を預けられる仲間と、私の名を呼んでくれる人たちがいる。

 

私は、自分の中に灯った小さな、けれど消えない光を抱きしめながら、暗い宇宙の先にあるプラントへと想いを馳せた。

 

 

 

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