月軌道の暗闇が、無数のビームとミサイルの光で塗り潰されていく。
目の前に展開するのは、アルザッヘル基地から出撃した地球連合軍の圧倒的な物量。だが、私は知っている。この正面戦力はただの「陽動」に過ぎないことを。
(本命は……極軌道回りでプラントを直接狙う、核武装したウィンダム隊。わかっているのに、今の私にはそれを伝える手段も証拠もない……!)
ナスカ級に搭載された秘策「ニュートロン・スタンピーダー」があるとはいえ、それが確実に発動するか、あるいはすべての核を無力化できるかなんて保証はどこにもない。原作知識はあっても、ここは「現実」なのだ。
「集中しなさい、私……! 今は目の前の敵を叩く。それしかないんだから!」
私はドラグーンウィザードの機動砲を射出した。
私の機体、ドラグーンザクはウィザード側に独立した予備バッテリーを積んでいる。PS装甲を持たないザクなら、ドラグーンを飛ばしても継戦能力は高い。……けれど、無策にばら撒けばあっという間にガス欠だ。
『なんだよ、あのデカブツは!?』
通信にディアッカの驚愕の声が混じる。
戦場の中央に居座るのは、連合の巨大MA、ザムザザーとゲルズゲー。
陽電子リフレクターという「無敵の盾」を張り、こちらのビームをすべて無効化しながら、圧倒的な火力で味方のジンやゲイツRを紙屑のように蹴散らしていく。
「あんなものに、押されてたまるもんですか……!」
私はスロットルを踏み込み、ドラグーンをザムザザーの正面へと加速させた。
リフレクターはビーム射撃を完璧に防ぐ。けれど、ビームそのものを「刃」として固定した至近距離の突撃なら──!
「いけっ、ドラグーン!」
2基の機動砲からビームスパイクを形成し、光の杭となってザムザザーの盾を正面から突き破る。
リフレクターが一瞬激しい火花を散らして霧散し、そのままドラグーンが巨大な胴体を貫通した。
「一機撃破ですわ!」
『グゥレイト! ラクス様様だな!』
『なるほど……至近距離の質量攻撃、あるいは近接武装か。あんな図体、懐に入ればただの的なんだよ!』
私の動きを見て、イザークとディアッカが即座に戦術を切り替える。
ディアッカのガナーザクがオルトロスを放ってゲルズゲーの注意を引き、その隙にイザークのスラッシュザクファントムが影から肉薄。巨大なビームアックスを一閃し、ゲルズゲーの制御中枢であるストライクダガーをコクピットごと真っ二つに両断した。
「バケモノ」と呼ばれたMAが次々と爆散していく様を見て、崩れかけていたザフトの戦線が息を吹き返す。
「見なさい! 敵は無敵ではありませんわ! 私たちの故郷を守るために……一歩も引いてはなりません!」
私はラクス・クラインとして、全チャンネルに向けて声を張り上げた。
戦場を舞うピンクのザク。それは今、プラントの兵士たちにとって、絶望を切り裂く勝利の女神として映っていた。
◇◇◇
戦場は、混迷を極めていた。
敵の主力であるダガーLに混じって現れた、最新鋭量産機ウィンダム。かつての「ストライク」に匹敵する性能を持つその機体群に、旧式のゲイツRやジン、シグーを抱えるザフト月軌道艦隊は、数の不利も相まって防戦を強いられていた。
その時、巨大空母ゴンドワナから悲鳴のような入電が響く。
『極軌道より核ミサイル搭載機接近! 目標、プラント各コロニー!』
『別働隊? 極軌道だと!?』
『じゃあ、コイツら全部囮かよ!?』
「くっ、邪魔ですわっ!」
私は機体を翻し、背後から迫るザムザザーの巨体をバレルロールで回避。すれ違いざまにビームトマホークを投擲し、リフレクターの発振器を粉砕する。トドメは味方に任せ、私は最大推力で極軌道方向へと急いだ。
けれど、絶望は目の前に迫っていた。
放たれた核ミサイルが、白く細い尾を引いてプラントへと伸びていく。
届かないと分かっていてもビームを撃ち続けるザフト兵たち。だが、その光は無情にも空間を切り裂くだけで、死の雷火には届かない。
(間に合わない……! ニュートロン・スタンピーダーは!?)
私が原作の「切り札」を待った、その時だった。
ハリネズミのように放たれた無数のマルチロック・ビームが、プラントへ向かう核ミサイルを次々と叩き落としていく。
『な、なんだよいったい! 味方の援護か!?』
ディアッカが叫ぶ。
けれど、私は知っている。こんな展開、原作にはなかった。
姿を現したのは、巨大なブースターを纏った「自由」の翼。
『こちらはエターナル、ラクス・クラインです』
全回線に響き渡ったのは、凛とした、けれど慈愛に満ちた「本物」の声。
モニターに映し出された彼女は、私と同じ顔、同じ声をしながら、本物にしか出せない圧倒的な存在感を放っていた。
『プラントを攻撃する地球軍は直ちに戦闘を停止してください。その雷火は、罪なき人々を焼き払うための物ではありません。それでもなおその炎を向けるというのなら……その火の粉は、我々が払わせていただきます』
そんな、エターナルまで来てる。
なんで? 今ごろラクスは暗殺未遂が起きて、隠れる為にアークエンジェルで海に潜んでいるはずなのに。
「……感謝いたします、ラクス・クライン」
『いいえ。礼には及びませんわ、ラクス・クライン』
私は反射的に答えていた。
偽物である私を、彼女は否定しなかった。むしろ、今この場で共に戦う「ラクス・クライン」として認めてくれた。そのお陰で、現場のザフト兵たちが混乱に陥ることはなかった。
近づいてきたフリーダム・ミーティアが、機体を左右に振る。
(乗れ……ってこと?)
私は迷わずザクをミーティアの背へと着艦させた。接触回線が開くと、そこには優しく微笑むキラ・ヤマトの姿があった。
『やあ、助けに来たよ』
「キラ! あ、えっと……」
『話はアスランから聞いたよ。ごめんね、まだご両親を助け出せていないから、今回は君を迎えには行けないけど……』
「いいえ! ありがとうございます! ラクス様にも……あ、私からもお伝えください。…キラ。第一波は退けましたが、後方の母艦にはまだ予備の核があるはずです」
『うん。しっかり捕まってて!』
フリーダム・ミーティアが猛加速する。
背中で振り回される私のザクにかかるGは凄まじかったけれど、私は前だけを見据えた。
母艦を守ろうと立ちはだかるウィンダム隊を、キラは神業のような機動で回避し、最短距離で敵艦隊の懐へと飛び込む。
眼前に迫る、アガメムノン級母艦の艦影。
『行って、ラクス!』
「ミーアと呼んで!」
『……うん。気をつけて、ミーア!』
離脱! 私はミーティアの背から飛び出し、背中のドラグーン8基をすべてパージした。
「あたれぇぇぇぇぇッ!!」
烈帛の気合と共に放たれたドラグーンのビームが、宇宙を縦横無尽に駆け巡る。
アガメムノン級の対空砲火を嘲笑うように、光の針が次々と装甲を貫き、格納されていた予備の核ミサイルを誘爆させた。
漆黒の宇宙に、三つの小さな太陽が生まれる。
地球連合軍が誇る核攻撃艦隊の心臓部が、私の放ったドラグーンによって焼き尽くされたのだ。
「……ふぅ。やらせませんわ、そんなこと」
私はドラグーンを回収しながら、残存するウィンダムと交戦中のフリーダムの元へと機体を向けた。
もう、独りじゃない。
本物のラクス様が、キラが、アスランが、私の存在を肯定してくれた。
なら、私はもう「身代わりの人形」じゃない。
私は、私の意志で、この世界を守るための「もう一人のラクス」として、最後まで戦い抜いてみせる。
「キラ、援護しますわ!」
ピンクのドラグーンザクが、自由の翼と並んで、戦火の宇宙を鮮やかに駆け抜けていった。
◇◇◇
私は機体を翻し、キラの援護へと向かった。
視線の先では、パージされたミーティアから離脱したフリーダムガンダムが、まるで無重力のダンスを踊るように戦場を舞っていた。
その動きは、かつてシミュレーターで私を追い詰めた「剥き出しの殺意の塊」だったストライクとは決定的に違う。
向かってくるウィンダムの手足だけを、あるいはカメラアイだけを正確に撃ち抜き、戦闘能力だけを瞬時に奪っていく。
文字通りの「不殺」。
連合のパイロットたちは、何が起きたのかさえ理解できぬまま、次々と無力化されて宇宙に漂っていく。
(やっぱり、凄いわね……でも、その優しさは時に隙になる!)
無力化された機体が射線上に残り、それが新たな敵の盾になる。キラが撃てない「影」から、一機のウィンダムが不意を突こうと加速した。
「させませんっ!」
私はスロットルをふかし、キラの死角へ割り込む。ドラグーンを先行させ、ウィンダムの進路をビームの網で遮ると、本体のビーム突撃銃を叩き込んだ。
キラが「綺麗事」を貫くなら、私はその綺麗事を守るための「現実の剣」になる。
彼が撃てない敵は、私が、ミーア・キャンベルが撃つ!
『──! ありがとう、ミーア!』
通信越しにキラの驚きと感謝が混じった声が届く。
「いいえ! ……でも、貴方相変わらず甘い戦い方ですわね、キラ」
『あはは……よく言われるよ』
苦笑するキラ。だが、その手は止まらない。
最強の盾──不殺のフリーダムと、容赦のない矛──全方位攻撃のドラグーンザク。
この奇妙で、けれど不思議と噛み合ったコンビネーションに、地球軍の戦線は完全に崩壊した。
『ちっ、なんだあいつらは! 化け物か!』
『核攻撃隊全滅!? 退け、退却だ! 全艦、アルザッヘルへ回頭!』
旗艦アガメムノン級数隻を失い、核という切り札を焼かれた連合艦隊は、蜘蛛の子を散らすように敗走を始めた。
その様子を、呆然と見守る者たちがいた。
『おいおい……マジかよ。冗談きついぜ……』
ディアッカが、開いた口が塞がらないといった呆れ顔で呟く。
その隣で、イザークのスラッシュザクファントムが、ビームアックスを下ろしてフリーダムを見つめていた。
『あの機体……フリーダムか。乗っているのは……』
イザークには分かったはずだ。あの神がかった動きをするパイロットが、かつての仇敵でもあり、今は顔見知りの友である誰なのかを。
そして、全回線で響き渡った「二人のラクス・クライン」の声。
どちらが本物で、どちらが偽物か。そんな次元を超えて、本物のラクスが「礼には及びませんわ、ラクス・クライン」と私を肯定した事実。
その一言が、戦場のすべての疑念を、ザフト兵たちの困惑を、力強く繋ぎ止めたのだ。
イザークは、小さく鼻を鳴らした。
『……フン。英雄が二人もいては、俺たちの出る幕がないな。行くぞディアッカ! 残敵を掃討しつつ帰還する!』
それは彼なりの、最大限の賛辞と、少しばかりの苦い嫉妬だった。
戦闘空域に、深い静寂が戻る。
私はフリーダムの隣に並び、機体を停止させた。
宇宙の彼方には翼を休めるエターナルの優美な姿が見える。
『ミーア』
キラが、モニター越しに私を見て微笑んだ。
『助かったよ。君のおかげで、守れた。……本当に、ありがとう』
「……私の方こそ。貴方たちが来てくれなかったら、どうなっていたか」
私はヘルメットの中で、溢れそうになる涙をこらえた。
ずっと孤独だった。
正体がバレたら終わりだと、殺されるのだと、毎日怯えていた。
でも、彼らは私を受け入れてくれた。
私を「ラクス」ではなく、「ミーア」と呼んでくれた。
ただの替え玉じゃない、「私」という存在がそこにいることを認めてくれた。
『僕たちは行くよ。……アスランによろしくね。彼もきっと、君のことを心配しているはずだから』
「ええ。……必ず伝えますわ」
フリーダムが、スッと右手を上げて敬礼を送る。
私もぎこちなく、ザクのマニピュレーターでそれに応えた。
フリーダムは鮮やかに反転し、エターナルへと帰投していく。
その背中を見送りながら、私は深く、深く息を吐いた。
肺に溜まっていた恐怖が、安堵と共に吐き出される。
「……生き残ったんだわ、私」
震える指先で操縦桿を握り直し、私はゴンドワナへと機体を向けた。
まだ戦いは終わっていない。けれど、今の私には、背中を預けられる仲間と、私の名を呼んでくれる人たちがいる。
私は、自分の中に灯った小さな、けれど消えない光を抱きしめながら、暗い宇宙の先にあるプラントへと想いを馳せた。