ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:11 ミーアと天帝の摂理

 

プラントへと帰還した私を待っていたのは、休む間もなく設定された国民向けの緊急放送だった。

 

放送局の控室で手渡された台本に目を落とした瞬間、私は鼻で笑ってしまった。そこには仰々しい言葉で「エターナルのラクス・クラインは、連合と通じる不届きな偽物である」とデカデカと書かれていたからだ。

 

(……議長、あんた本当に性格悪いわね)

 

この台本を読めば、私は完全に議長の飼い犬として、本物のラクス様を敵に回すことになる。そんな「破滅への特等席」に座ってやる義理はない。私はスタッフが止めるのも聞かず、台本をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放り捨てた。

 

「台本は結構です。自分の言葉で話しますわ。……いいから、早く回線を開きなさい!」

 

ラクス様さながらの凛とした威圧感に気圧されたのか、スタッフは震える手で本番の合図を出した。赤いランプが点灯し、カメラの向こう側にいる数億のコーディネイターたちの視線が私に集中する。

 

私は一度だけ深く呼吸し、自分の中にいる「ラクス・クライン」の魂を呼び覚ました。

 

「皆さん。私は、ラクス・クラインです」

 

その声は、かつてないほど澄み渡り、力強く響いた。

 

「まずは、先ほど月軌道にて発生した地球連合軍による核攻撃……その雷火が我が故郷を焼くという最悪の危機を脱したことを、ご報告させていただきます。……私たちは、守られました」

 

画面の向こうで、プラント全土が安堵の溜息を漏らすのが分かった。けれど、私は休ませない。

 

「ですが、皆さんの関心は今、別のところにあるでしょう。戦場にエターナルと共に現れた、もう一人のラクス・クライン。……彼女が何者であるのか、あるいは今ここで話している私が何者であるのか。その疑念は、もっともなものです」

 

スタジオ内の空気が凍りつく。スタッフたちが真っ青な顔で右往左往しているけれど、私は止めない。

 

「しかし……あえて問いましょう。それが本当に、今、最も必要なことでしょうか? 物事の真偽、どちらが『本物』であるかという証明。……今この場で、私が彼女を偽物だと断じ、私こそが唯一無二だと申し立てたところで、皆さんは心の底から私を信じきれるのでしょうか?」

 

私はカメラを、その奥にいる一人ひとりの瞳を射抜くように見つめた。

 

「大切なのは、私と彼女が同じものを見て、この混迷深まる世界とどう向き合うのか、ということではないでしょうか。……彼女は核の炎からプラントを救うために戦いました。そして、私もまた、皆さんの命を守るために戦いました。……その事実に、本物も偽物もありません」

 

私は、最後に慈愛を込めた微笑みを浮かべた。

 

「私は、どちらが本物だと語るつもりもなければ、どちらが偽物だと偽るつもりもありません。……ですが、私は、ラクス・クラインであることに嘘偽りはない。そのことだけを皆さんに申し上げ、本日の報告とさせていただきます」

 

放送終了の合図と共に、スタジオは静まり返った。

 

メディアは騒ぐだろう。議長は激怒するだろう。国民の間には、かつてないほどの混乱と、それ以上の「問い」が生まれるだろう。

 

(……これで、後戻りはできないわね)

 

私は椅子から立ち上がり、窓の外の人工的な空を見上げた。

 

台本通りに本物を否定すれば、私はただの「操り人形」として使い捨てられた。けれど、私はあえて「曖昧さ」を選んだ。どちらが本物かという議論を民衆に委ねることで、議長の手から「正解」という主導権を奪い取ったのだ。

 

「いいわよ。議論しなさい、疑いなさい。……でも、私はラクス・クラインであることをやめない。本物のラクス様が私の前に立つその日まで、私は私の意志で、この舞台を踊りきってやるんだから!」

 

家族の安全を盾に取られた、か細い少女の絶望は、いつの間にか、世界を相手に大博打を打つ「一人の女」の覚悟へと変わっていた。

 

私は、もう「替え玉」ではない。

 

この世界を救うために現れた、もう一人の「ラクス・クライン」として、私はこの足で明日を掴みに行く。

 

 

◇◇◇

 

 

最高評議会議長室。

 

放送が終わった直後の静寂の中で、ギルバート・デュランダルはしばらくの間、微動だにせず暗転したモニターを見つめていた。

 

手元には、彼が用意し、そして無残に無視された「台本」のデータが空しく光っている。

 

本来なら、本物のラクスを「偽物」と糾弾し、民衆の憎悪を一点に集め、プラントの団結を強固にするための一手だった。

 

だが、今、画面の向こう側で起きたことは、彼の精緻な計算を遥かに超える「事象」だった。

 

「……ふっ、ふふふ……。ははははは!」

 

不意に、デュランダルの口から乾いた笑いが漏れた。

 

それは怒りではなく、ましてや落胆でもない。チェス盤の上で、歩兵(ポーン)だと思っていた駒が突如として(キング)をチェックメイトしにきたような、知的な驚愕に近い笑いだった。

 

「驚いたな。……いや、感服したと言うべきか。ミーア・キャンベル」

 

彼は椅子に深く背を預け、天井を仰いだ。

 

「偽物か本物かという低俗な議論を、『世界への向き合い方』という高次な哲学へと昇華させてしまうとは。……今の彼女は、本物のラクス・クライン以上に『ラクス・クライン』そのものだったよ」

 

デュランダルは、民衆の反応を示すリアルタイムの解析データを開いた。

 

混乱はある。だが、否定はない。

 

「どちらが本物か」を論じる熱狂は、彼女の言葉によって「私たちはどう生きるべきか」という静かな連帯感へと上書きされつつあった。

 

彼女が本物を否定しなかったことで、かえって彼女自身の「ラクスとしての正統性」が、皮肉にもプラント市民の心に深く根を張ってしまったのだ。

 

「自分の用意した台本を『解釈違い』だと一蹴し、自分自身の旋律で世界を黙らせる。……君は、私が考えていた以上に、御しがたい『バグ』だ」

 

デュランダルは、傍らに置かれたチェスの駒──白のクイーンを指先で弄んだ。

 

「だが、ミーア。君がその強すぎる光で民衆を照らせば照らすほど、世界はますます混乱を深め、答えを求めるようになる。……君がどれだけ『意志』を説こうとも、人々は結局、誰かに『運命』を決めてほしいと願うものだ」

 

彼は目を細め、漆黒の宇宙の先、アルザッヘルから引き返してきたジュール隊の影を追う。

 

「君は、本物と戦う道ではなく、共存する道を選んだ。ならば、その二人の『ラクス』という歪な偶像を、私はどう利用すべきか……」

 

デュランダルは、立ち上がり、窓の外に広がるアプリリウスの灯火を見つめた。

 

彼の瞳の奥には、予定通りの未来が崩れ去ったことへの苛立ちはなかった。

 

むしろ、自分ですら予測不可能な「最高の代役」が、これからどのような悲劇を、あるいは喜劇を演じるのかという、残酷なまでの期待が渦巻いていた。

 

「いいだろう、ミーア。君がその仮面を脱がず、ラクス・クラインとして生き抜くと言うのなら、私はその『舞台』をどこまでも広げてあげよう。……ただし」

 

彼の低い囁きが、無人の部屋に冷たく響く。

 

「その舞台の幕を引くのが私であることを、忘れないでほしいものだね」

 

デュランダルは、ゴミ箱に捨てられた台本のデータを抹消し、新しい「運命」の構築を開始した。

 

ミーア・キャンベルという「バグ」を組み込んだ、より強固で、より美しいデスティニープランの完成のために。

 

 

◇◇◇

 

 

放送を終え、私はスタジオの裏口で待ち構えていた。

 

(……アスラン、来ているはずよね)

 

原作の知識が囁く。彼はプラントに戻り、デュランダル議長と会談する。そこで私は彼と再会し、ラクスとしての自分を演じ、あるいは助けを求めたあの掌の約束を反芻するはずだった。

 

けれど、迎えに来た黒服の男たちが私を案内したのは、議長室ではなく、地下深くにある最高機密のMSハンガーだった。

 

「……議長。ここは?」

 

静まり返ったハンガーの奥。私が問いかけると、暗闇の中でギルバート・デュランダルが静かに振り返った。

 

「素晴らしい演説だったよ、ラクス嬢。……いや、ミーア」

 

彼は私の本名を口にした。怒りはない。むしろ、未知の標本を見つめる学者のような、深い知的好奇心に満ちた声だった。

 

「君が台本を捨て、自分自身の意志で世界に語りかけた。……ならば、私も君に相応しい『答え』を用意しなければならないと思ってね」

 

議長が合図を送ると、ハンガーの巨大な照明が一斉に点灯した。

 

重々しい機械音と共に、暗闇の中からその「異形」が姿を現す。

 

「──っ!?」

 

私は息を呑み、足がすくんだ。

 

そこに鎮座していたのは、かつてヤキン・ドゥーエの決戦で、ラウ・ル・クルーゼと共に世界の終焉を謳った「天帝」。

 

「ZGMF-X13A……プロヴィデンス……」

 

神意、あるいは摂理。

 

背負った巨大なドラグーン・プラットフォームは、まるで死神の輪光のようだ。

 

「……なぜ、この機体が。あの大戦で失われたはずでは」

 

「新型機開発のためのテストベッドとして、秘密裏に再建させていたのだよ」

 

デュランダルは淡々と語る。私は震える声で、必死に言葉を絞り出した。

 

「ですが、これは……核動力機です。ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載したMSは、ユニウス条約で禁止されているはず」

 

「条約、か。……核の矛で我々を焼き払おうとした彼らが、すでに踏みにじった紙切れのことかね?」

 

議長の瞳が、冷たく、けれど鋭く光る。

 

「形骸化したルールに縛られ、守るべき民を死なせるのは、私の信条ではない。……そして今の君なら、この『力』に振り回されることはないと確信している」

 

議長は私に歩み寄り、一歩手前で立ち止まった。

 

そして、彼の手から手渡されたのは、プラント最高評議会議長直属の特務官の証――『FAITH』のバッジだった。

 

「私に……何をさせるつもりですか? この悪魔のような機体に乗せて、何を討てと?」

 

私の問いに、デュランダルは静かに首を横に振った。

 

「指示は出さない。……ミーア、君は先ほどの放送で、大切なのは『世界との向き合い方』だと言ったね。ならば、君がその『力』を手にし、どのような旋律を世界に響かせるのか……この私に見せてほしい」

 

手のひらに置かれた、冷たく重いバッジ。

 

目の前で沈黙する、殺戮の象徴であるプロヴィデンス。

 

(……皮肉ね。運命(デスティニー)を否定しようとしている私に、議長は『神意(プロヴィデンス)』を与えたというわけ?)

 

私はバッジを強く握りしめた。

 

議長は、私を「駒」として使うのをやめたのだ。

 

その代わり、私を「舞台そのものを揺るがす不確定要素」として解き放った。

 

私が正義を貫けばデスティニープランの正当性が証明され、私が暴走すればそれを鎮圧することで秩序が保たれる。どちらに転んでも、彼はそれを利用するつもりなのだ。

 

「……いいでしょう。この摂理、私が書き換えてみせますわ」

 

私は見上げた。

 

かつてクルーゼが嘲笑った絶望の機体。

 

けれど、今の私には、このドラグーンを「守るための盾」に変える術がある。

 

「アスラン……。貴方が迎えに来てくれるまで、私はこの『神意』と共に、戦い抜いてみせます」

 

私は白の羽織の襟にFAITHのバッジを留め、力強い足取りでプロヴィデンスを見上げた。

 

 

 

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