ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:13 FAITHのミーア

 

最高評議会議長室。静寂が支配するその空間で、ギルバート・デュランダルの手によって、アスラン・ザラの赤服の襟元に新たな輝きが添えられた。

 

「己の信念に従い、この混迷する世界をより良き方向へ導くために戦う……その証だ。期待しているよ、アスラン・ザラ」

 

デュランダルの穏やかな声と共に授けられた、特務隊FAITHのバッジ。かつて父から授けられた時とは違い、今のアスランの瞳に迷いの色はなかった。

 

世界との向き合い方、その絶対的な正解はまだ見出せていない。しかし、今自分の隣で、喉元に刃を突きつけられたような危うい均衡の中で「ラクス・クライン」を演じ続ける一人の少女──ミーアを守り抜くことに、一切の疑念はなかった。それはイザークやディアッカと交わした無言の約束であり、何より、彼女の掌の震えを知る自分自身への誓いでもあった。

 

「アスラン、準備はよろしいかしら?」

 

議長室を後にしたアスランを待っていたのは、薄紫の和服に白い羽織を纏ったミーアだった。その襟元にも、アスランと同じFAITHの翼が光っている。

 

「地球へ降りて、ミネルバと合流しましょう。あの艦もきっと……かつてのアークエンジェルのように、多くの運命が交差する場所になるはずですわ」

 

未来を予見するような、あるいは確信に満ちた彼女の言葉に、アスランは短く頷いた。彼女の瞳には、ただの替え玉には持ち得ない、先を見据える者の鋭い光が宿っている。

 

数刻後、プラントの軍用ドック。

 

二機の新型MSが、漆黒の宇宙へとその巨躯を現した。

 

一機は、真紅の装甲を纏った可変MS、ZGMF-X23S セイバー。

そしてもう一機は、巨大なドラグーン・プラットフォームを背負い、かつての世界の終焉を想起させる「神意」の名を持つ機体──ZGMF-X13A プロヴィデンス。

 

「アスラン・ザラ、セイバー、出る!」

 

カタパルトから射出されたセイバーが、真紅の閃光となって加速する。その直後、後を追うように重厚なプロヴィデンスが宇宙へと滑り出した。

 

「ラクス・クライン、プロヴィデンス、発進します!」

 

通信回線から流れる彼女の声は、どこまでも澄み渡り、凛としていた。

 

かつてラウ・ル・クルーゼが絶望を撒き散らすために駆ったその機体で、彼女は「ラクス・クライン」として何を世界に齎そうというのか。

 

並走する二機の機体。

 

セイバーのコックピットの中で、アスランは隣を飛ぶプロヴィデンスの機影を見つめていた。

 

彼女が掲げる「摂理」がどのような結末を書き換えるのか、それを一番近くで見届け、守り抜くこと。それが、今の自分に課せられた、真実の戦いなのだと彼は確信していた。

 

宇宙の暗闇を切り裂き、二つの光は青い地球へと向かって降下を開始する。

 

交差する運命の先、待ち受ける戦火の渦中へと。

 

救世主と神意──相反する名を冠した二機が奏でる旋律は、もはやデュランダルが描いた台本を遥かに超え、新たな歴史のページをめくろうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

大気圏を突破し、摩擦熱の残光を背負いながら、私たちは青い空へと舞い降りた。

 

私の駆るプロヴィデンスは、その外見こそ重厚で鈍重に見えるが、背負った巨大なドラグーン・プラットフォームのメインスラスターは、重力の枷を嘲笑うかのような推力を叩き出す。フリーダムやジャスティスの兄弟機であるというその「血統」は伊達ではなかった。

 

(……飛べる。地上でも、問題なく!)

 

空戦特化のセイバーのような軽やかさはない。けれど、灰色の巨体が雲を切り裂き、安定して高度を維持する姿には、独特の威圧感と頼もしさがあった。

 

本来の物語なら、アスランはオーブの情勢を確認するため、オーブへ立ち寄るはずだった。

 

そこで地球連合に加盟した母国から門前払いを食らい、混乱と共にミネルバに戻る……というのが原作の流れ。

 

けれど、今の彼の隣には「ラクス・クライン」である私がいる。

 

「アスラン、真っ直ぐに向かいましょう。カーペンタリア基地へ」

 

「……ああ、分かった。ミネルバと合流する」

 

迷いのないアスランの操縦で、私たちはオーブを飛び越え、ザフトの重要拠点であるカーペンタリア基地へと降り立った。

 

ミネルバの格納庫に着艦すると、またたく間に人だかりができた。

 

最新鋭の可変機セイバーの物珍しさ。そしてそれ以上に、前大戦の終焉で世界の敵となったラウ・ル・クルーゼの愛機──「プロヴィデンス」が、なぜ今のザフトに、しかもこのミネルバに現れたのか。クルーたちの視線には驚愕と、隠しきれない不気味さが混じっていた。

 

プシュー、という排熱音と共にハッチが開く。

 

昇降ワイヤーを降りてきたアスランは、かつての「ザフトの英雄」に相応しい、気高き紫のパイロットスーツに身を包んでいた。

 

私もまた、淡いピンクのパイロットスーツを纏い、ヘルメットを抱えて地上に降り立つ。

 

「ラクス様……!? それに、アスランさんも!」

 

真っ先に声を上げたのは、ルナマリアだった。驚きのあまり、敬礼も忘れて立ち尽くしている。

 

「特務隊FAITH所属、アスラン・ザラだ。グラディス艦長へ、乗艦許可を願いたい」

 

アスランの声は、低く、力強く響いた。

 

続いて、私も一歩前に出て微笑みを浮かべる。

 

「同じくラクス・クライン。私にも、乗艦許可を願えますでしょうか?」

 

格納庫の空気が一瞬で凍りついた。

 

プラントの歌姫と、姿を消していた英雄。この二人が揃ってFAITHのバッジを付けて現れたのだ。その「パンチ」の強さは、ミネルバのクルーたちを黙らせるには十分すぎた。

 

「な……なんでアンタが!? いったいどういうことだ、アスラン・ザラ!」

 

その沈黙を切り裂いたのは、シン・アスカの刺すような叫びだった。

 

アスランに詰め寄るシンの目は、混乱と不信に燃えている。

 

「見ての通りだ。……戦う理由ができた。だから俺は戻った。それだけだ」

 

「なっ……!」

 

突き放すような、けれど一切の迷いがないアスランの返答。

シンはそれ以上言葉を続けられず、苛立たしげに唇を噛んだ。

 

私はその光景を隣で見ながら、内心で首を傾げていた。

 

(……あれ? おかしいわね)

 

原作のこの時期のアスラン・ザラといえば、カガリのことで悩み、キラのことで悩み、デュランダル議長の言葉に翻弄されて、セイバーに乗っている間はずっと「迷走」していたはずだ。

 

その迷いがシンの反発を招き、二人の関係は最悪なものになっていく……。

 

けれど、今、私の目の前にいるアスランには、そんな煮え切らない影がこれっぽっちも感じられない。

 

背筋を伸ばし、やるべきことを確信している「戦士」の顔だ。

 

(……もしかして、私の正体を知って『守らなきゃいけないもの』が明確になったせいで、逆に吹っ切れちゃったのかしら?)

 

「ルナマリアさん。グラディス艦長はブリッジでしょうか?」

 

私の問いかけに、ルナマリアがハッと我に返る。

 

「あ、はい! 確認して、すぐにご案内します!」

 

「よしなに」

 

私はアスランと視線を交わし、一歩踏み出した。

 

このミネルバは、これから過酷な戦いへと身を投じることになる。

 

けれど、迷いのないアスランと、未来を知る私が揃っている今。

 

この艦の「運命」さえも、私たちが変えてみせる。

 

プロヴィデンスの巨体を見上げながら、私はピンクの髪を風になびかせ、ミネルバの通路へと歩みを進めた。

 

 

◇◇◇

 

 

ミネルバの艦長室。そこには、卓上に広げられた命令書を囲んで、タリア・グラディス、アーサー・トライン、そして新たに合流したアスラン・ザラと「ラクス・クライン」の姿があった。

 

タリアは、端末に表示された幾つもの「FAITH」の紋章を苦々しげに見つめ、こめかみを指で押さえた。

 

「……貴方を軍に戻し、ラクス様と共にFAITHに任命し、その上で私まで。いったい何を考えているのかしらね、議長は」

 

独り言のような呟き。かつて恋仲にあったギルバート・デュランダルという男の思考は、その知己であるタリアをしても、今や深淵のように計り知れないものとなっていた。

 

彼女から命令書を受け取ったアーサーが、内容を確認するなり素っ頓狂な声を上げる。

 

「ええっ!? 我々がこれからスエズの支援に向かうんですか!?」

 

「そうよ。ユーラシア西側で、連合の圧政から独立しようとするレジスタンスの紛争もあって、今地上で一番ゴタゴタしている場所ね。議長が何を狙っているかはともかく、発進準備が整い次第、我々はここを出航することになるわ」

 

「はぁ……。ミネルバはもともと大気圏内用というより、最新鋭の宇宙艦なんですけどねぇ……」

 

自信なさげに肩を落とすアーサーのぼやきは、プラント生まれの人間としては無理もない反応だった。彼らにとって地上の地政学や兵站の重要性は、どこか遠い世界の出来事のように感じられるのだろう。

 

その時、薄紫の和服の袖を静かに整えながら、ミーアが口を開いた。

 

「議長の狙いは明確ですわ、アーサー副長」

 

その凛とした声に、室内全員の視線が集中した。

 

「積極的自衛権の行使の名のもとに、今、地上のザフト軍の補給路を繋げようとしているのです。具体的にはスエズ運河を連合の制圧から解放し、このカーペンタリアと、ヨーロッパのジブラルタルを結ぶ巨大な兵站線を構築すること……」

 

淀みなく語られる戦略的分析。ミーアはアスランを見やり、穏やかに言葉を続ける。

 

「私やアスラン、そしてグラディス艦長をFAITHに任命し、議長の名代として現地へと遣わせる。それはプラントがこの『解放』に本気であるという政治的デモンストレーションでもありますわ。兵士たちの士気を高め、同時に連合の支配下にある人々に希望を与える……少々複雑な、政治の絡んだ命令ですわね」

 

「え、ええっ!? そんな、軍師みたいなことまで我々がやらなきゃいけないんですか?」

 

目を白黒させるアーサーに対し、ミーアはくすりと慈愛に満ちた笑みを漏らした。

 

「いいえ。戦争はただの陣取り合戦ではありませんが、実戦を担う方々が難しいことを考える必要はありませんわ。我々は、現地の圧政に苦しむ人々をその手で解放すれば、それで良いのです。あとの政治の話は、議長が引き受けてくれますわ」

 

その言葉には、かつてのミーアが持っていた卑屈さも、表面的なラクスの模倣もなかった。未来の知識を持ち、現実の戦場をその目で見てきた彼女だからこそ言える、極めて実利的で、かつ力強い「答え」だった。

 

(……この少女は)

 

タリアは、目の前の「ラクス・クライン」を凝視した。

 

ただの歌姫、ただの象徴だと思っていた。だが、今ここで戦略の核心を突いてみせた彼女の眼差しは、プラントのどの最高評議会議員よりも冷静に、この世界の「形」を捉えているように見えた。

 

「……分かりましたわ、ラクス様。ミネルバ、これよりスエズへと向かいます」

 

タリアの返答に、迷いはなかった。

 

歌姫が戦う理由を示し、英雄が剣を握り、艦長が舵を取る。

 

デュランダルが仕掛けた複雑な盤面の上で、ミーア・キャンベルという「バグ」が、ミネルバという駒をかつてないほど強固な意志で繋ぎ止めていた。

 

 

 

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