ガルナハンの荒野に、地鳴りのような駆動音が響き渡る。
作戦開始。ミネルバとレセップスが砂塵を巻き上げ、鉄壁のローエングリンゲートへと進軍を開始した。
「ムウ・ラ・フラガ、コアスプレンダー、出るぞ!」
先陣を切ってミネルバを飛び出したのは、ムウのコアスプレンダーだ。続いてチェストフライヤーとレッグフライヤーが射出される。彼はここから低空へ潜り、別働隊としてあの「坑道」へと向かう手はずだ。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」
「ルナマリア・ホーク、コアスプレンダー、行くわよ!」
続いて発進するミネルバの主力隊。ルナマリアの機体が空中で鮮やかに合体し、フォースシルエットを換装する。
「ハイネ・ヴェステンフルス、グフ、いくぜ!」
「アスラン・ザラ、セイバー、出る!」
そしてオレンジ色のグフと、真紅のセイバー。二人のエースが空を切り裂く。
「ラクス・クライン、プロヴィデンス、発進します!」
最後に、灰色の天帝がカタパルトを蹴った。
プロヴィデンスの背負ったドラグーン・プラットフォームが重力下で激しい光を放ち、巨体を宙へと押し上げる。
「タンホイザー起動! 前方ローエングリンゲート、照準!」
ブリッジでタリアが鋭く命じる。
「タンホイザー、てぇぇぇーーーっ!!」
アーサーの絶叫と共に、ミネルバの主砲から巨大な陽電子の奔流が放たれた。空を白く染める死の光。
それを作戦通り、敵の巨大MAゲルズゲーが立ち塞がって受け止める。
展開された陽電子リフレクターと、タンホイザーが正面衝突する。凄まじいエネルギーの反発が周囲の空気を焼き、大地を震わせる。眩い光の壁。
その瞬間、ゲルズゲーの周囲にいた護衛のウィンダムたちが、余波に巻き込まれるのを恐れて一斉に散開した。
「今ですわ!」
私は通信を開き、叫んだ。
「シン! ゲルズゲーを頼みます!」
「……っ、はいっ!!」
昨日までの迷いや苛立ちを振り払った、シンの力強い返事。
デスティニーインパルスがその背中の紅蓮の翼を大きく広げた。
「てえええぃっ!!」
デスティニーインパルスが加速する。
換装機能を廃し、剛性を高めたフレームが、ヴォワチュール・リュミエールの爆発的な推力を完璧に受け止める。
光の翼をたなびかせ、シンは流星のごとき速度で、孤立したゲルズゲーへと肉薄した。
リフレクターの光に目を焼かれながらも、シンは一切の躊躇なく、対艦刀『エクスカリバー』を引き抜く。
「アンタが盾なら……俺はそれをブチ抜く矛だ!!」
超高機動に翻弄され、巨大な砲身を回すことすらできないゲルズゲー。
その盾を、シンの放つ光の翼が包囲していく。
一方、私はプロヴィデンスを上昇させ、上空から戦場を俯瞰した。
「ハイネ、レイ! 散ったウィンダムを! アスラン、貴方はシンの援護を!」
「了解だ、ラクス!」
「お安い御用だ、お嬢ちゃん!」
「了解しました」
セイバーが、グフが、プロヴィデンスザクが、それぞれ牙を剥く。
陽電子砲という絶望の影で、ミネルバ隊はかつてないほど一糸乱れぬ連携を見せていた。
◇◇◇
「……速いっ!?」
セイバーのコックピットで、アスランが思わず声を上げた。
当初の作戦では、アスランのセイバーが陽動、シンのデスティニーインパルスがトドメという手はずだった。だが、目の前で起きている事象は、その「協力」という言葉さえ不要にするほどの圧倒的な蹂躙だった。
デスティニーインパルスの背部から溢れ出す、ヴォワチュール・リュミエールの光の翼。その高エネルギーの噴流にミラージュコロイドが混ざり合い、戦場に無数の「紅い残像」を生み出す。
『な、なんだ!? どこだ、どこにいる!?』
ゲルズゲーのパイロットの悲鳴が通信から漏れる。
巨大MAのセンサーが、そしてパイロットの肉眼が、空中に実在しない「デスティニーインパルス」を追いかけ、無意味な対空砲火を虚空へとばら撒く。
「逃がさない……逃がしてたまるかッ!!」
シンの叫びと共に、背中から引き抜かれた二本の対艦刀『エクスカリバー』が、眩いピンクのビーム刃を形成する。
残像を纏った一筋の閃光が、ゲルズゲーの陽電子リフレクターを叩き斬る。
「……っ!!」
モニター越しに見ていた私は、思わず息を呑んだ。
一撃ではない。十文字に切り裂いたかと思えば、次の瞬間にはゲルズゲーの巨大な脚部を、そして制御中枢のストライクダガーの胴体を、目にも留まらぬ速さで「滅多切り」にしていく。
超高速機動による、全方位からの同時多発的な斬撃。
ハイパーデュートリオンエンジンの無尽蔵の出力に支えられたその暴力的なまでの機動性は、まさに「死神の鎌」そのものだった。
爆光。
鉄壁を誇ったゲルズゲーが、シンの単機攻撃によってなす術もなく火球へと変わった。
『……嘘でしょ。あのデカブツを、あんなにあっさり……』
ルナマリアの驚愕の声が響く。
『……フン。あのお嬢ちゃんの見立て通りか。あの機体、あいつの気性に合いすぎているな』
ハイネが感心したように口笛を吹く。
私は、プロヴィデンスのコクピットで震える自分の指先を見つめた。
(凄い……。昨日、私が彼の心を抱きしめたから? それとも、私が与えた『力』が、彼をここまで変えたの?)
原作ではアスランのセイバーが倒したゲルズゲー。
シンはそれを圧倒的な余裕を持って撃破して見せた。
私がもたらしたデスティニーインパルスという「バグ」が、歴史の強制力を力ずくでねじ伏せ、最強の戦士をここで完成させてしまったのだ。
「……シン、見事ですわ」
私は通信を繋ぎ、優しく声をかけた。
『……ラクス様。俺、やりました! これで、道は開いた……!』
興奮で息を弾ませるシンの声。そこには、復讐に燃える狂気ではなく、自分の力で「壁」を打ち破ったという確かな達成感があった。
正面の「盾」は砕かれた。残るは、丘の上の「矛」──ローエングリンのみ。
「全機、残存MSを掃討しつつ、第二段階へ移行します!」
空を舞う紅い翼。
運命を書き換えるための翼が、ガルナハンの夜明けを、勝利の光で塗り替えようとしていた。
◇◇◇
プロヴィデンスの全天周囲モニターには、もはや「暴力」と呼ぶほかない光景が映し出されていた。
背部から前方へとせり出したテレスコピックバレル延伸式ビーム砲が、ダガーL部隊を二条の閃光で薙ぎ払う。それと同時に両肘から放たれたフラッシュエッジ・ビームブーメランが、空間を切り裂く軌跡を描きながら複数のウィンダムを一瞬で両断していった。
紅い翼、ヴォワチュール・リュミエールから溢れ出す光が、戦場に無数の「シンの残像」を撒き散らす。
(……分かってはいたけれど、これほどまでとはね)
私はコクピットで、その神がかった機動を凝視していた。
私は知っている。迷いを捨て、絶好調の状態にあるシン・アスカという戦士が、どれほどの手に負えない怪物になるかを。
2年後の未来──『SEED FREEDOM』で、精神攻撃すら効かないほどの「無」と、圧倒的な反射速度で、性能で勝るはずのアコードたちのブラックナイトスコードを手玉に取った、あの強さ。
デュランダル議長が彼をデスティニープランの守護者として、あのキラやアスランに比肩する、あるいは凌駕する戦士として選んだ理由。テレビ放送当時ではなく、20年後の映画館でようやく「正解」を見せられたあの時の衝撃を、私は今、現実として目の当たりにしている。
(だからこそ、早期にこの『力』を渡したかった……!)
本来のデスティニーガンダムが完成するのを待っていては、シンの心は崩壊してしまったかもしれない。だからこそのデスティニーインパルス。
そして、昨夜の出来事。私の胸の中で泣きじゃくり、その傷と怒りを「守るための力」として肯定されたことで、彼は今、真の意味でその牙を振るえるようになっている。
『うおおおおおぉぉッ!!』
シンの咆哮と共に、二本のエクスカリバーがゲルズゲーの残骸を飛び越え、さらに奥のMS部隊へと突き刺さる。
もはや、アスランのセイバーも、ハイネのグフも、出る幕がほとんどない。
『おいおい……あいつ、一人で戦争を終わらせる気か?』
ハイネの呆れたような、けれど称賛の混じった声が通信に入る。
『……ラクス、これでは我々は陽動の陽動だな』
アスランの苦笑まじりの声。
そう。あまりにもシンの戦いぶりが派手で、あまりにも強烈すぎて、地球軍の全戦力、全意識が、たった一機のデスティニーインパルスへと吸い寄せられていた。
(狙い通り……いいえ、狙い以上の陽動だわ)
これだけ空が騒がしければ、地を這う銀色の翼に気づく者は誰もいない。
私はレーダーの端に映る、坑道へと完全に消えたムウの信号を確認した。
「シン、そのまま敵を引き付けなさい。貴方の背中は、私たちが……この『
私はドラグーンを放ち、シンに背後から迫ろうとしたウィンダムを精密射撃で一掃する。
キラ・ヤマトが不殺の英雄なら、シン・アスカは理不尽を叩き潰す破壊の英雄。
そして私は、その物語を死なせないための演出家。
紅い光の翼が夜明け前の空を焼き、ガルナハンの要塞に「終わりの予感」を刻み込んでいく。
本当の「不可能を可能にする男」が、丘の裏側で牙を剥くその瞬間まで、私たちはこの圧倒的なステージを維持し続けるだけだ。
◇◇◇
脳裏に走る閃光。
レイ・ザ・バレルは、アラートが鳴るよりも早く、反射的に操縦桿を弾いていた。
プロヴィデンスザクが強引に身を捩った直後、その鼻先を極太の陽電子ビームが焼き焦がしていく。
「──ッ!」
レーダーに新たな熱源反応。
モニターに映し出されたのは、赤い複眼を持つ巨大な甲殻類のような機影。
「アレは……!」
オーブ沖でミネルバを苦しめた、陽電子リフレクター搭載型大型MA。
それがもう一機、戦場の側方から現れたのだ。
『ウソ、もう1機いた!?』
ルナマリアの悲鳴じみた声が通信回線に乗る。
「おそらく俺たちの攻略作戦を察知して送られた増援だろう。基地の守備隊ではないな」
レイは冷徹に戦場を俯瞰する。
シンとデスティニーインパルスは、既に敵陣の最深部で暴れ回っており、ここから呼び戻すには距離がある。
だが──。
「構わん。俺たちで落とすぞ、ルナマリア」
『えっ?』
「陽電子リフレクターを破る術は、シンだけのものではない」
レイの言葉に、ルナマリアの迷いが吹き飛んだ。
『……りょーかい! シンにばっかりカッコつけさせてあげるもんですかって! ミネルバ、ソードシルエットを!』
ミネルバから射出された無人機、シルエットフライヤーが巨大な対艦刀を懸架して飛来する。
「そこだ!」
レイはプロヴィデンスザクのドラグーンを展開。
オールレンジ攻撃でザムザザーの四方を囲み、ビームの雨を降らせる。
ザムザザーはたまらず、正面に強固な陽電子リフレクターを展開して防御態勢に入った。
「かかったな」
釘付けになった巨大MA。その頭上を取ったのは、真紅のシルエットを纏ったインパルス──いや、シルエットフライヤーから武装を直接引き抜いたルナマリアだ。
「ええええいッ!!」
彼女はドッキングの暇さえ惜しみ、フライヤーから引き抜いたビームブーメラン『フラッシュエッジ』を投擲。
閃光がリフレクターに弾かれるが、それは囮。
本命は、その手の中に握られた対艦刀『エクスカリバー』。
「はぁぁぁぁッ!!」
フォースインパルスの推力を乗せた決死の一撃が、リフレクターの光幕に突き立てられる。
バチバチと火花が散り、強引にフィールドがこじ開けられ──エクスカリバーの実体刃が、ザムザザーの装甲を深々と切り裂いた。
「さがれルナマリア!」
「ッ!」
ルナマリアが離脱した刹那、レイのドラグーンが切っ先を変える。
先端からビームの刃を形成した『ビームスパイク』突撃。
装甲の裂け目、防御の失われた一点に、ドラグーンの槍が次々と突き刺さり、内部で炸裂した。
巨大MAが内側から崩壊し、爆炎の中に沈んでいく。
「やるなルナマリア。大したものだ」
「ふふん! 忘れてた? 私だって『赤』なのよ?」
通信越しに、少し自慢げなルナマリアの声。
増援として現れ、本来なら脅威となるはずだったザムザザーは、若きザフト・レッドの連携の前に、何もできずに沈黙した。
「ヒューッ! 若いのが元気だと、楽でいいぜ!」
その周囲では、護衛についていたウィンダムたちが、ハイネのグフによって次々と火だるまに変えられていた。
エースたちの圧倒的な技量。
ミネルバ隊の猛攻は、もはや誰にも止められなかった。
◇◇◇
暗く、狭い廃坑道の出口。
そこから太陽の下へと真っ先に飛び出したのは、小さな戦闘機──コアスプレンダーだった。
続いて、チェストフライヤー、レッグフライヤーが、まるで編隊飛行のショーのように正確な軌道で飛び出す。
「へっ、お待たせだ! 真打ちは遅れて来るってな!」
ムウ・ラ・フラガの軽快な声と共に、空中で三つのパーツが交差した。
敵の背後、誰も予想していなかった死角での高速ドッキング。
レッグフライヤーがコアスプレンダーの下部に接続され、チェストフライヤーが上部から覆い被さる。
ガシャンッ! という硬質なロック音と共に、インパルスガンダムがその姿を現した。
「な、なんだ!? 背後からMSだと!?」
ローエングリン砲台の管制室がパニックに陥る。
彼らの意識は、前方で暴れまわるデスティニーインパルスや、壊滅したMS部隊の方へ向いていた。
背後の山側、それもMSが通れるはずのない廃坑道から敵が現れるなど、悪夢以外の何物でもない。
「チェックメイトだ。……あばよ!」
ムウはインパルスの着地と同時に、ビームライフルを構えていた。
照準は、巨大な陽電子砲ローエングリンの心臓部。
一閃。
放たれたビームが、無防備な砲身の基部を貫いた。
誘爆を起こしたローエングリンが、真っ赤な火柱を上げて吹き飛んだ。
衝撃波が谷を揺らし、ガルナハン基地の「希望」が粉砕される。
「あ、ああ……」
司令室でモニターを見ていた基地司令は、膝から崩れ落ちた。
鉄壁の盾であったゲルズゲーは失われた。
最強の増援だったザムザザーも、若き赤服たちに瞬殺された。
堅牢な鎧であったMS部隊は、デスティニーインパルスとグフに蹂躙された。
そして今、唯一の矛であったローエングリンまでもが、背後からの一撃で折られた。
もはや、戦う手足は残っていない。
「……降伏だ。全軍に通達! 武装を解除し、降伏信号を出せ!」
火柱が上がる中、打ち上げられた信号弾。
それは、ザフト軍の完全勝利を告げる白旗だった。
「ふぅ……。やれやれ、大仕事だったぜ」
ムウはインパルスのコックピットで大きく息を吐き、額の汗を拭った。
モニターの向こうでは、勝利に沸くミネルバの仲間たちが映し出されている。
不可能を可能にした男と、運命を切り開いた少年たち。
ガルナハンの空に、新たな伝説が刻まれた瞬間だった。