ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

2 / 47
STAGE:02 ミーアの言葉

 

鏡の中に立つ私は、もはや「地味な女の子」ではない。

 

薄紫の小袖に、白い羽織。

 

かつて第一次連合・プラント大戦の終盤、戦場を駆ける戦艦エターナルの指揮官席で、本物のラクス・クラインが纏っていた「決意」の衣装だ。

 

「……よし。やっぱりこっちの方がしっくりくるわ」

 

原作のミーアが着ていた、あの際どいポップな衣装も悪くないけど、今の私にはこっちの方が都合がいい。

 

「平和を希求する、凛とした聖女」

 

議長が望むプロパガンダとしての機能も果たしつつ、何より私自身の「格」を上げておかなければ、いざという時にアスランやアークエンジェル一行に信じてもらえない。

 

「ただ一点、ラクス様より勝っている部分があるとすれば……」

 

私は鏡の中で、帯の上に少し強調された「膨らみ」を眺める。

 

「……ふっ、勝った。こればかりは私の勝利ね!」

 

なんて、一人でバカなことを言って緊張を紛らわす。

 

でも、ふざけていられるのも今のうちだ。

 

私は、20年待って『SEED FREEDOM』まで見届けたオタクなんだ。

 

ラクスがどれほど孤独で、どれほど重いものを背負っていたか。キラを愛しながらも、どれほど「役割」という鎖に縛られていたか。

 

今の私には、当時のミーアが知り得なかった「ラクス・クラインの真実」が知識として備わっている。

 

だから、レッスンも徹底した。

 

媚を売るような派手なダンスは一切拒否。その代わり、歌には魂を込める。

 

『君は僕に似ている』や『去り際のロマンティクス』。

 

時空を超えた名曲を、このラクスと同じ声で歌い上げる快感。

 

「何その曲? 新曲?」とスタッフが不思議そうな顔をしていたけれど、いいのよ。心に響けば。

 

「……でも、歌ってるだけじゃ死にフラグは折れないのよね」

 

そう。私が手に入れたもう一つの武器。それが「MS(モビルスーツ)の操縦技術」だ。

 

「ラクス・クラインを演じるストレスが凄すぎて、何か没頭できるものが欲しいんです。……例えば、シミュレーターとか」

 

そう言って、議長に泣きついた。

 

あの男は、能力の有無を見極める目は天才的だけど、乙女心の裏側を読む力は意外と抜けている。

 

「それはいい。君が壊れてしまっては困るからね」なんて言って、あっさり許可が出た。

 

そこからの私は、まさに「ゲーム廃人」の如くシミュレーターに潜った。

 

だって、生き残るために必死だもの!

 

戦場は地獄だ。アスランと一緒に逃げるにしても、自分で自分の身を守れなきゃ、撃墜されておしまいだ。

 

「……よし、またスコア更新」

 

モニターに表示される「RANK: SSS」の文字。

 

軍の教官は、最初は「アイドルの遊び」だと馬鹿にしていたけれど、今じゃ私を見る目が完全に「エースパイロットを見る目」に変わっている。

 

『……素晴らしい。ラクス様、本当にザフトの赤服でもやっていけるんじゃないか? 反射神経もさることながら、機体制御の正確さが異常だ。誰かと競っているのかい?』

 

「あはは……まあ、抜かれたら抜き返さないと気が済まない質でして」

 

そう。シミュレーターのランキングには、たまに正体不明の凄まじいスコアを叩き出す奴がいるのだ。

 

多分、ルナマリアか、レイか……あるいは、シン・アスカか。

 

彼らのスコアを「未来知識」と「必死さ」で塗り替えるのが、今の私の唯一のストレス発散であり、生存率を上げるためのトレーニング。

 

「歌えて、踊れて(踊らないけど)、MSも動かせるラクス・クライン」

 

我ながら、盛りすぎなスペックになってきた気がする。

 

でも、これくらいやらないと、あのデュランダル議長の手の平からは逃げ出せない。

 

「……お父さん、お母さん。待ってて。必ず助け出すから」

 

私は羽織の裾を強く握りしめた。

 

家族の身の安全。そして、私自身の自由。

 

それらを手に入れるための「最初のステージ」が、もうすぐ始まる。

 

プラントの国民の前に。

 

そして、いずれ再会する「彼」の前に。

 

「さあ、始めましょうか。ミーア・キャンベルの……いえ、『ラクス・クライン』の物語を」

 

私は優雅に、かつ不敵な笑みを浮かべて、部屋のドアを蹴破らんばかりの勢いで開けた。

 

 

◇◇◇

 

アプリリウス市街を見下ろす、最高評議会議長室。

 

柔らかな月光が差し込む部屋で、ギルバート・デュランダルは手元の端末に映し出される映像を、興味深げに眺めていた。

 

スピーカーから流れるのは、どこか物悲しく、けれど強い意志を感じさせる旋律。

 

『去り際のロマンティクス』。

 

彼の指示したポップな新曲を「解釈違いです」と一蹴し、彼女自身が「今の私が歌うべき歌」として持ち出してきた曲だ。

 

「……『人生には「それでも」がついてくる』、か」

 

デュランダルは、琥珀色の液体が揺れるグラスを傾け、小さく独り言を漏らした。

 

「『それでも』……。私が最も忌み嫌い、そして今度の世界(デスティニープラン)から排除しようとしている不確定要素。それを、あの子はわざわざ選んで歌うのだね」

 

当初の予定では、ミーア・キャンベルはもっと扱いやすい駒であるはずだった。

 

適度に虚栄心があり、憧れのラクス・クラインになれることを喜び、与えられた派手な衣装を喜んで着る。民衆を熱狂させるための、記号としての「ラクス」。

 

だが、現れた彼女はどうだ。

 

薄紫の和服を纏い、背筋を伸ばして歩くその姿。

 

瞳に宿る、全てを悟ったかのような深く静かな光。

 

それは、デュランダルですら把握しきれていない「ラクス・クライン」という少女の核心部分を見事に捉えていた。

 

「驚いたな。遺伝子上の適正だけで人を選別してきた私の目に、狂いがあったというのか。彼女の中に眠っていた『ラクス・クライン』という概念の再現性は、私の計算を遥かに超えている」

 

さらに、彼を驚かせたのはシミュレーターのログだった。

 

遺伝子データ上、彼女のパイロット適正は「下の中」。平凡な市民レベルだ。

 

だが、現在の彼女のスコアは、ザフトの現役赤服兵に比肩する。

 

「『誰かがスコアを更新するたびに、それを塗り替える』……か。その執念は、もはや生存本能に近い。遺伝子が定める限界を、自らの意志で上書きしていく。……フフ、皮肉なものだね」

 

デュランダルは、口角をわずかに上げた。

 

予定とは違う。だが、面白い。

 

当初の計画では、彼女はプロパガンダの象徴として使い潰し、本物が現れれば不要になるはずだった。

 

しかし、これほどまでに「本物」を、あるいは「本物を超える偶像」を演じきり、かつ自衛の力まで備えつつあるなら、使い道はいくらでもある。

 

「君は、私が考えていた以上の『ワガママな娘』だ、ミーア。……だが、嫌いじゃない。自らの役割を理解し、その上で私に条件を突きつけてくる。その知性は、実に美しい」

 

彼女が両親を人質に取られていることで、従順さを保っているのは分かっている。

 

だが、彼女の瞳の奥にある「何か」は、すでに恐怖に支配された者のそれではない。

 

「いいだろう。君が望むなら、その『ラクス・クライン』を演じ続けるがいい。たとえその歌が、私の描く未来への反逆を孕んでいたとしても……」

 

彼は端末を閉じ、暗闇の向こうを見つめた。

 

「君がどこまでその『それでも』を貫けるか、見せてもらおうか。……期待しているよ、私の『ラクス・クライン』」

 

デュランダルの笑みには、冷徹な計算の中に、自分を驚かせた「想定外のバグ」に対する、歪んだ愛情のようなものが混じっていた。

 

彼はまだ気づいていない。

 

そのバグが、すでに彼の盤面を根底から揺るがし始めていることに。

 

◇◇◇

 

 

「ラクス様、ザクの搬入が終わりました」

 

スタッフのその声に、私は現実に引き戻された。

 

見上げれば、そこには目に痛いほどのピンク色に塗装された、巨大な鋼鉄の塊。

 

ライブ仕様のザク・ウォーリア──通称「ピンクちゃん」だ。

 

「ありがとうございます。ピンクちゃんも喜んでおりますわ」

 

私は優雅に微笑み、その装甲にそっと触れる。

 

全身に施された派手なマーキング。

 

ガンダムの長い歴史の中でも、モビルスーツをそのまま「アイドルステージ」にするなんて発想、ミーア・キャンベル以前には存在しなかった。

 

(……『専用ザク』か。甘美な響きよね)

 

内心、オタクとしての血が騒ぐ。

 

かつてジオンの猛者たちだけが許された「パーソナルカラーの専用機」という称号を、まさかこんな形で手に入れることになるとは。

 

ライブ中はマニュピレーター(手のひら)の上で歌うだけだから、基本は無人機。でも、今の私にはシミュレーターで鍛えた腕がある。

 

いざとなれば、この派手なだけの機体を「戦うための剣」に変えて見せる。そんな密かな自負が、私の胸を少しだけ熱くした。

 

けれど、場所が問題だ。

 

ここはアーモリーワン。プラントの最新工廠。

 

視線を巡らせれば、すぐ側には進水式を控えた最新鋭艦「ミネルバ」が、巨大な翼を休めている。

 

「おかしいわね……。予定より、出番が早すぎるわ」

 

本来なら、ミーアの初登場はもっと後。

 

「ユニウスセブン落下」の混乱で開戦した地球連合の核攻撃で不安に陥った市民を、ラクスとして勇気づけるのが最初の役目だったはずだ。

 

なのに、私は今、物語の「始まりの地」に立っている。

 

しかも、デュランダル議長からは信じられない言葉を投げかけられた。

 

『オーブから非公式に訪れるカガリ・ユラ・アスハ代表。彼女を迎える場に、君も立ち会ってほしい』

 

オーブ。

 

そこには「本物のラクス」が、キラ・ヤマトと一緒に静かに暮らしている。

 

そしてカガリの護衛として隣に立つ「アレックス・ディノ」ことアスラン・ザラは、今この瞬間も、本物のラクスを思い浮かべているはずなのだ。

 

(議長、あなたの狙いは何?……アスランへの揺さぶり?)

 

「名前を変えてもラクスとして責務を果たす私」と、「名前を変えて役目から逃げているアスラン」を対比させ、彼を再びザフトへと引き戻すための残酷なデモンストレーションか。

 

それとも、私の「ラクスとしての精度」を、本物を知る彼らにぶつけてテストしようというのか。

 

どちらにせよ、最悪だ。

 

だって、もうすぐここには「ファントムペイン」が襲撃してくる。

 

カオス、アビス、ガイア。三機の新型ガンダムが強奪され、この基地は地獄の戦場と化す。

 

原作にはなかった「ラクス・クラインとしての立ち会い」のせいで、私はその真っ只中に放り込まれようとしていた。

 

(別の死亡フラグがバッキバキに立ってる気がするんですけど!?)

 

でも、絶望してばかりはいられない。

 

これはピンチだけど、チャンスでもある。

 

アスランとこれだけ早く接触できるなら、ディオキアまで待つ必要はない。彼がミネルバに乗り込み、戦いに巻き込まれる前に、私の存在を「ただの偽物」以上の何かとして印象づけることができるかもしれない。

 

「ラクス様、議長がお呼びです。カガリ代表が到着されました」

 

「……わかりましたわ」

 

私は一度だけ、ピンクのザクを見上げた。

 

ライブ用機材? 笑わせないで。

 

もし混乱が起きたら、私はこの子と一緒に生き残ってやるんだから。

 

私は薄紫の和服の裾を捌き、凛とした足取りで歩き出した。

 

カガリ・ユラ・アスハ。そして、アスラン・ザラ。

 

彼らが知っている「ラクス・クライン」とは少し違う、でも、誰よりも「ラクス」を知り尽くした「私」を見せてやるために。

 

「……行きましょうか、ハロ」

 

『ハロ! ラクス! Going My Lord!』

 

スカーレット色のハロを引き連れて、私は運命の会談場所へと向かった。

 

開戦の砲声が鳴り響くまでの、残り少ない静寂の中を。

 

 

◇◇◇

 

 

「お待たせいたしましたわ、議長」

 

私は一歩、踏み出した。

 

凛とした所作、静かな微笑み。薄紫の和服が擦れる音さえも、計算し尽くされた「ラクス・クライン」のそれだ。

 

その瞬間、ハンガーの道路を歩いていたその場の空気が凍りついたのを肌で感じた。

 

「ラクス…………?」

 

絶句したのは、カガリ・ユラ・アスハだ。

 

彼女の隣でサングラスをかけ、「アレックス・ディノ」として控えているアスラン・ザラに至っては、その視線だけで私を射殺さんばかりの衝撃を受けている。

 

当然だ。彼はつい先日まで、オーブのほとりでキラと一緒に隠遁生活を送る「本物のラクス」の隣にいたのだから。

 

「カガリさん、お久しぶりですわ。オーブよりの遠路、ご苦労様です」

 

私は努めて穏やかに、本物そっくりの声で告げた。

 

アスランの拳が微かに震えているのが見える。

 

『偽物だ。お前は誰だ』。彼の心の叫びが聞こえてくるようだったけれど、私はあえてそれを無視し、デュランダル議長の隣に立った。

 

会談の内容は、平行線だった。

 

カガリの主張は、オーブから流出した技術や人材の軍事利用の即時停止。

 

「強すぎる力は、再び争いを呼ぶ……!」と、彼女は悲痛な面持ちで訴える。

 

けれど、私は知っている。

 

彼女が今、オーブでどれほど孤立しているかを。

 

セイラン家が大西洋連邦との癒着を強め、ウズミ様が命をかけて守った「オーブの理念」が、内部から食い荒らされていることを。

 

「カガリさん。あなたのおっしゃることは、一つの真実ですわ」

 

私は静かに、しかし遮るように口を開いた。

 

デュランダル議長が面白そうにこちらを見る。

 

「ですが……想いだけでも、力だけでも、成し遂げられないことがあります。想いを貫くには力が、力を正しく導くには想いが必要ですの」

 

それは、かつて本物のラクスが辿り着いた答え。

 

そして、この『SEED』という物語が繰り返してきたテーマだ。

 

「今の世界には、まだ前大戦の火種が燻っています。もしプラントが自らを護る牙を捨ててしまえば……かつての血のバレンタインの悲劇を、誰が止められるというのでしょう? 弱すぎる力もまた、悲劇を招く火種になり得るのです」

 

カガリが息を呑む。

 

彼女は今、力なき理想がセイラン家という「現実」に踏みにじられる痛みを、誰よりも知っているはずだ。

 

「オーブの理念は尊いものです。……ですが、その理念を守るための『力』さえ否定してしまえば、残るのは支配される未来だけではありませんか?」

 

私の言葉は、カガリへの助言であると同時に、アスランへの痛烈な皮肉としても響いたはずだ。

 

『お前は力を捨てて、名前を変えて、何を守れているんだ?』と。

 

アスランの視線が、サングラス越しに突き刺さる。

 

彼は混乱しているだろう。目の前の女は明らかに偽物なのに、語っている言葉は、あまりにも「ラクス・クラインの本質」を突きすぎている。

 

(ごめんね、アスラン。でも、これが今の私の戦いなの)

 

私は内心で謝りながらも、完璧な聖女の微笑みを崩さなかった。

 

デュランダル議長が満足げに頷く。

 

「彼女の言う通りだ、アスハ代表。我々には護るべき民がいる。そのためには、残念ながら……備えが必要なのだよ」

 

議長の言葉に、カガリは悔しそうに唇を噛んだ。

 

彼女を論破したいわけじゃない。でも、ここで私が「お花畑な理想」だけを語る偽物でいれば、議長に利用されるだけの駒として終わってしまう。

 

私は、議長にとっても、アスランにとっても「無視できない存在」にならなきゃいけないんだ。

 

その時だった。

 

──ズズンッ……!!

 

地響きのような衝撃が、アーモリーワン全体を揺らした。

 

「な、何!? 爆発!?」

 

カガリが立ち上がる。

 

始まった。ファントムペインによる新型機強奪作戦だ。

 

「議長! 避難を!」

 

護衛の兵士たちが駆け込んでくる中、私は混乱するフリをしながら、辺りを見た。

 

工廠のあちこちから火の手が上がっている。

 

(来たわね……。私の「初陣」が)

 

私はスカートの裾を握りしめ、混乱に紛れてアスランの近くに寄る。

 

そして、一瞬だけ、ラクス・クラインの仮面を脱ぎ、地声に近いトーンで彼に耳打ちした。

 

「……死なないでね、アスラン」

 

アスランが目を見開く。

 

私が何者か問い詰めようとした彼を置き去りにして、私は駆け出した。

 

目指すは、ライブ機材の格納庫。

 

平和の歌を歌っている場合じゃない。

 

この混乱の中、私は私の意志で、この「死の運命」に介入してやる。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。