ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:20 Vestige-ヴェスティージ-

 

プラント最高評議会議長室。

 

ギルバート・デュランダルは、漆黒の宇宙を背景にした巨大なモニターに流れる、ガルナハン攻略戦の完全記録を静かに見つめていた。

 

手元のグラスに注がれた深紅のワインが、モニターの光を受けて妖しく揺れる。

 

そこに映し出されているのは、彼が思い描いていた「予定調和の未来」を遥かに凌駕する、圧倒的な「現実」だった。

 

「……ふ。面白い。実に見事だよ、ミーア・キャンベル」

 

デュランダルは、独り言のように呟き、薄く笑みを浮かべた。

 

「アスラン・ザラを迷わせるためにオーブの情勢を伏せ、カガリ・ユラ・アスハの結婚という『毒』を用意したというのに……君は、彼を迷わせる暇さえ与えず、最短距離でミネルバへと導いた。オーブという舞台そのものを無視するとは、私の計算にもなかった一手だ」

 

デュランダルは、傍らに置かれたチェスの駒──「クイーン」を指先で弄んだ。

 

「さらに、ムウ・ラ・フラガ。……かつての英雄を、連合の『道具』からザフトの『翼』へと瞬時に塗り替えてみせるとは。ラクス・クラインという偶像の権威と、かつての三隻同盟の絆をこれほどまで有効に、そして強烈に利用する。……もはや、私でもこれ以上のシナリオは書けなかっただろうね」

 

モニターに、デスティニーインパルスとプロヴィデンスザクのスペック表が映し出される。

 

「デスティニー、そしてレジェンド。……私の頭の中にしかなかった『守護者』の雛形を、君は自らの意志で先取りし、シン・アスカとレイ・ザ・バレルに与えた。……運命を上書きする、か」

 

デュランダルは椅子から立ち上がり、窓の外に広がる人工の空を仰いだ。

 

「君はもう、ただの替え玉ではない。……私に与えられた役をこなしながら、その内側から世界そのものを再編しようとしている。……これほどまでに機能的で、これほどまでに強大な『バグ』を、私は他に知らない」

 

かつて、彼はミーアを「デスティニープランの補助輪」程度に考えていた。

 

だが、今や彼女は、デュランダルが何年もかけて構築しようとした盤面を、数週間で完璧に整えてしまった。

 

シン・アスカは迷いを捨て、最強の剣となった。

 

レイ・ザ・バレルは、自らの『業』を乗り越えようとしている。

 

アスラン・ザラは、一人の少女の守護者として完成されつつある。

 

すべては、ミーア・キャンベルという一人の少女の、文字通り命懸けの「解釈違い」が引き起こした奇跡。

 

「君がその手で、私の望む平和を……争いのない世界を、私よりも早く手に入れてしまうというのなら……それもまた、一つの『運命』なのかもしれないな」

 

デュランダルは、グラスの中のワインを一気に飲み干した。

 

その瞳には、かつて計画を阻んだラクス・クラインへの憎悪はなく、ただ純粋に、自らが創造した「偶像」が本物を超え、神の領域へと足を踏み入れようとしていることへの、狂おしいほどの歓喜が宿っていた。

 

「さあ、見せておくれ、ミーア。……君の歌が、君の剣が、この閉塞した世界にどのような『明日』を齎すのかを。……その最後の一音まで、私は特等席で見届けさせてもらうよ」

 

議長室の扉が閉まる。

 

デュランダルは、新たな命令書を端末に打ち込み始めた。

 

もはや彼女を縛るためではなく、彼女が解き放つ「新しい旋律」を、より劇的に演出するための、壮大な舞台装置を整えるために。

 

運命の脚本家は今、自らの書いた物語を破り捨て、予測不能な「主演女優」の即興劇(アドリブ)を心から愉しみ始めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

黒海の沿岸都市、ディオキア。

 

ザフトの駐屯基地があるこの街は、戦火に焼け落ちたガルナハンとは対照的に、穏やかな波音と美しい夕焼けに包まれていた。

 

ミネルバが入港し、束の間の休息が訪れる。

 

原作の歴史において、ミーア・キャンベルが「ラクス・クライン」として華々しく慰問コンサートを開いた場所。

 

今のミーアもまた、この場所で歌うことを選んだ。

 

ただし、それは軍の士気を高めるための派手なポップスではない。

 

戦場を駆け抜け、人の死と生を見つめてきた今の彼女だからこそ歌える、命への讃歌だった。

 

特設された野外ステージ。

 

夕陽が海を黄金色に染める中、ミーアは静かにマイクを握った。

 

『握った拳の 強さで砕けた 願いに血を流す掌』

 

アカペラに近い導入から、徐々に壮大な旋律が重なっていく。

 

『Vestige-ヴェスティージ-』。

 

その歌声は、潮風に乗って基地全体へ、そして集まった兵士たちの心臓へと染み渡っていく。

 

ステージの最前列で、シン・アスカはその歌詞に自らの手を重ねていた。

 

かつて怒りに任せて握りしめ、爪が食い込むほどに血を流した掌。

 

だが今は、その手で何を守るべきかを知っている。

 

ミーアを見つめるシンの瞳には、ただの憧れを超えた、揺るぎない信頼が宿っていた。

 

『果てない翼と鎖は よく似て 重さで何処にも行けずに』

 

少し離れた場所で、レイ・ザ・バレルは目を閉じていた。

 

「翼」と「鎖」。

 

デスティニープランという鎖に繋がれ、運命の重さに押し潰されそうになっていた自分。

 

だが、彼女は言った。「明日を願ってもいい」と。

 

鎖を引きちぎり、翼を広げようとしている今の自分の心境を、まるで言い当てられたかのように感じて胸が熱くなる。

 

『掲げたそれぞれの灯を 命と咲かせて』

 

『運んで往くことが運命』

 

サビに入り、ミーアの声量が上がる。

 

それは、運命という言葉を、呪いではなく「命を運ぶ」という希望の意味へと昇華させる祈りだった。

 

「……いい歌だ」

 

ステージ袖で腕を組んでいたハイネ・ヴェステンフルスが、深く頷きながら呟いた。

 

彼にとっても、この曲は魂の奥底に響くものがあるらしい。

 

いつもは陽気なハイネが、珍しく真剣な眼差しで、歌うミーアを見つめている。

 

『輝き刻む 誰もが優しい刻の痕跡』

 

「刻の痕跡、か……」

 

アスラン・ザラは、隣に立つムウ・ラ・フラガと共に、静かに聴き入っていた。

 

戦場に残してきた無数の傷跡。失った仲間たち。

 

それら全てを「優しい痕跡」として肯定する強さが、今の彼女にはある。

 

「へっ。……とんでもない『女神』を御輿に担いじまったもんだな、俺たちは」

 

ムウが口元を緩める。

 

ただのプロパガンダではない。彼女の歌は、兵士たちのトラウマを癒やし、明日へ進むための活力を注入している。

 

強制された熱狂ではなく、心の底からの共鳴が広場を包んでいた。

 

『夢中で傷つく事を 「イキル」と云うなら』

 

『消えない 君だけが真実』

 

『残して 此処に 眩しく儚い僕らの痕跡を』

 

ルナマリア・ホークは、涙ぐみながらペンライト代わりの発光信号筒を振っていた。

 

彼女の隣では、メイリンたち女性クルーたちも寄り添い合って聴いている。

 

歌が終わる。

 

夕闇が完全に空を覆った瞬間、基地を揺るがすような拍手と歓声が巻き起こった。

 

「ラクス様ーッ!!」「ありがとうございまーすッ!!」

 

ミーアは満面の笑みで手を振った。

 

それは、作られたアイドルの営業スマイルではない。

 

共に戦い、共に生きる仲間たちへ向けた、心からの笑顔だった。

 

その光景を見ながら、デュランダル議長から与えられた「脚本」は、もはや完全に彼女自身の「物語」へと書き換わったことを、誰もが確信していた。

 

 

◇◇◇

 

 

ディオキアのホテルのバルコニー、あるいは喧騒から離れた特等席。ギルバート・デュランダルは、海風に吹かれながら、眼下で繰り広げられた「ラクス・クライン」のステージを見届けていた。

 

最後の旋律が消え、人々が静かな余韻に浸る中、デュランダルは手元のグラスを軽く傾け、満足げに目を細めた。

 

「……『輝き刻む、誰もが優しい刻の痕跡』。実に見事な解釈だ、ミーア」

 

彼の声には、政治家としての冷徹な計算よりも、稀代の劇作家が最高の主演女優を眺める時のような、陶酔に近い響きがあった。

 

「私が彼女に求めたのは、戦火に疲れた兵士たちの心を麻痺させる『安らぎ』だった。だが……今の君が与えたのは、痛みを肯定し、その傷を誇りとして抱いて生きるための『覚悟』だ」

 

デュランダルは、広場に立ち尽くす兵士たちの表情を観察していた。

 

昨日まで復讐に目を血走らせていたシン。迷いの中で拳を握りしめていたアスラン。そして、運命の不条理を背負わされたレイ。

 

彼らが今、自分の内側にある「傷」を直視し、それを「生きている証」として受け入れようとしている。

 

「人は、傷つくことを恐れる。だからこそ、私はその痛みの原因となる『選択』を排除し、調和という名の安息を与えようとしているのだが……」

 

デュランダルは、かつて自分が愛し、そして「役割」のために手放さなければならなかったタリア・グラディスの面影を、一瞬だけ脳裏に過らせた。

 

彼自身の胸にも、消えない「運命の痕跡」が刻まれている。

 

「君は、その傷さえも咲かせて往くことが運命(さだめ)だと歌う。……私が『運命』を管理しようとする一方で、君は『運命』を愛そうと説く。皮肉なものだね」

 

彼は、ゴミ箱に捨てられた当初の「明るく振る舞うだけの偽物」の台本を思い出した。もしミーアがその通りに動いていれば、兵士たちはただ一時的な快楽に酔い、次の戦場でまた虚無に呑まれていただろう。

 

だが、今のミーアの歌は、彼らを「個」として目覚めさせてしまった。

 

それは、デスティニープランという巨大な歯車の一部になるはずの彼らに、自分だけの「痕跡」を持たせてしまうという、計画上のバグに他ならない。

 

「だが、それでいい。……人は、自らの意志で歩んでいると信じている時こそ、最も強く輝くものだ」

 

デュランダルは、立ち上がり、月明かりに照らされた海を見つめた。

 

「君が説く『それぞれの灯』が、どれほど眩しく燃え上がろうとも……その灯が照らす先の路は、結局のところ私の用意した『真実の自分』へと繋がっているのだから。君が彼らの心を癒やせば癒やすほど、彼らは君を信じ、君を信じることは、私の描く未来を信じることに直結する」

 

彼はバルコニーを離れ、室内へと戻った。その足取りは、確信に満ちている。

 

「よくやったよ、ミーア。君は、私ですら想像し得なかった最高の『ラクス・クライン』だ。……さあ、その傷跡を抱いたまま、どこまでも走り続けるがいい。その果てに待つ絶望さえも、君ならきっと、美しい旋律に変えてくれるのだろう?」

 

デュランダルの笑みには、狂気にも似た期待が宿っていた。

 

ミーアが運命を肯定し、人々を癒やせば癒やすほど、デュランダルの盤面はより強固なものになっていく。

 

「偽物の歌姫」が奏でる、傷跡を愛する物語。

 

それは、デスティニープランという名の巨大な鎮魂歌における、最も美しく、最も残酷な序曲(プロローグ)として、彼の手の中に収束していた。

 

 

◇◇◇

 

 

◇◇◇

 

 

宇宙の闇に潜む、クライン派の秘密拠点。

 

新たに建造されつつある自由の翼と正義の剣の調整が続く中、モニターに映し出されたディオキアの慰問コンサートの映像は、そこにいる者たちの時間を止めた。

 

『夢中で傷つく事を「イキル」と云うなら……消えない 君だけが真実……』

 

静かに、けれど魂を震わせるように歌い上げるミーア。

 

その声を聴きながら、キラ・ヤマトは自分の傷だらけの手を見つめていた。

 

失ったもの。守れなかったもの。そして、再び剣を取ることを決めた、取り返しのつかない自分。

 

その「痕跡(ヴェスティージ)」を肯定する歌声は、孤独な戦いに身を投じようとするキラの心に、静かな波紋を広げていた。

 

「……彼女は、知っているのですね。傷ついた人々の、本当の痛みを」

 

隣で画面を見つめるラクス・クラインが、慈愛と悲しみが混ざり合った瞳で呟く。

 

本物のラクスにはわかる。今のミーアが歌っているのは、議長が用意したプロパガンダではない。

 

自分が「偽物」であるという罪を、そして戦場で命を奪った痛みを背負った、一人の女の子としての「叫び」であることを。

 

だが、その感動を打ち砕くような、理不尽なまでの「衝撃」が画面の端に映り込んだ。

 

「……えっ?」

 

キラが声を上げた。モニターを凝視し、瞳孔が激しく収縮する。

カメラが、歌い終えたミーアの後ろに控えるミネルバのパイロットたちを捉えた、一瞬のカット。

 

アスラン・ザラ。

 

ハイネ・ヴェステンフルス。

 

シン・アスカ。

 

レイ・ザ・バレル。

 

ルナマリア・ホーク。

 

その「赤」の制服が並ぶ中に、一人、場違いな「黒」がいた。

 

連合の士官服。その襟を立て、アスランのすぐ隣で、どこか満足げな笑みを浮かべて立つ男。

 

「……うそだ」

 

キラの指先が、震えながら画面を指し示す。

 

あの飄々とした佇まい。

 

忘れられるはずがない。

 

二年前、ヤキン・ドゥーエの最終決戦。

 

ドミニオンが放った死の光──ローエングリンからアークエンジェルを庇い、ストライクごと宇宙の塵となった、自分たちの兄貴分。

 

「ムウ……さん……?」

 

キラの喉が鳴る。

 

死んだはずだ。

 

「不可能を可能にする男」が、文字通り不可能を可能にして、最後に見せた奇跡を、戦いから戻った自分はその散り様を聞かされた。

 

なのに──。

 

「そんな……まさか……」

 

ラクスもまた、手で口を覆い、言葉を失っていた。

 

そこに映っているのは、死神の幻影ではない。

 

アスランと何か言葉を交わし、肩をすくめて笑う、紛れもない「ムウ・ラ・フラガ」その人だった。

 

「キラ……あの方は、フラガ少佐……なのですか?」

 

「……わからない。わからないけど……でも……!」

 

キラの脳裏に、いくつもの推測が駆け巡る。

 

なぜ彼は生きているのか。なぜ連合の制服を着ているのか。

 

そしてなぜ、ザフトの最新鋭艦ミネルバで、アスランたちと一緒に、ミーアの歌を聴いているのか。

 

「……ミーア」

 

キラは、画面の中で微笑む偽りの歌姫を凝視した。

 

彼女はアスランに助けを求めた。

 

彼女は核攻撃を止めるためにドラグーンを振るった。

 

そして今、彼女の背後には、死んだはずの「不可能を可能にする男」が立っている。

 

「彼女は……一体、何をしているんだ……?」

 

驚愕は、やがて得体の知れない「期待」へと変わっていった。

 

自分たちが与り知らないところで、物語は、もはや神の目でも予測不可能な領域へと書き換えられている。

 

「ラクス。……僕たちは、急がないといけない。アークエンジェルを……マリューさんを、一刻も早く、あそこへ」

 

「ええ……。フラガ少佐が生きておられるなら、なおのこと……!」

 

ラクスの瞳に、かつてないほど強い光が宿った。

 

その映像が映し出された艦内の別の部屋では、バルトフェルドが持っていたコーヒーカップを落とし、呆然と画面を観たまま固まっていた。

 

ディオキアの月明かりの下で放たれた「痕跡」の歌。

 

それは、偽物の少女が仕掛けた、最大にして最高の「サプライズ」となり、世界を分かつ者たちの運命を、一つの点へと強烈に引き寄せ始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

潜航を続けるアークエンジェルのブリッジ。

 

薄暗い艦内で、メインモニターだけが明るく光っていた。

 

カガリ・ユラ・アスハの結婚式への武力介入という強硬手段に出て、オーブを出奔したアークエンジェル。

 

その重苦しい空気を払拭するかのように、モニターからはディオキアの夕陽と、ミーア・キャンベルの歌声が流れていた。

『夢中で傷つく事を 「イキル」と云うなら──』

 

歌が終わる。万雷の拍手。

 

そして、カメラが観客席の最前列を映し出した瞬間、ブリッジの空気が凍りついた。

 

「嘘……」

 

ミリアリア・ハウの声が裏返る。

 

操舵席のノイマンが、思わず振り返る。

 

そして、艦長席のマリュー・ラミアスは、呼吸をするのも忘れて画面を凝視していた。

 

そこに映っていたのは、ザフトの赤い制服を着たアスラン・ザラ。

 

そしてその隣で、何やら談笑している金髪の男。

 

黒い地球連合の制服。

 

人を食ったような、けれど温かみのあるあの笑顔。

 

「ムウ……?」

 

マリューの唇から、震える声が零れ落ちた。

 

間違いようがない。

 

2年前、ヤキン・ドゥーエの宙域で、アークエンジェルを庇って散ったはずの愛しい人。

 

ストライクが爆散したその光景は、今も悪夢としてマリューを苛み続けていた。

 

けれど、彼はそこにいた。

 

五体満足で、あろうことかミネルバのクルーたちに囲まれ、アスランと肩を並べて。

 

「生きて……生きていたの……?」

 

マリューの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 

どうして連合の服を着ているのか。

 

なぜザフトと一緒にいるのか。

 

生きていたなら、なぜ一度でも連絡をくれなかったのか。

 

言いたいことは山ほどある。文句の一つも言って、頬を叩いてやりたい。

 

けれど、それら全ての感情を押し流すほどの「安堵」が、彼女の胸を満たした。

 

彼がこの世界にまだ存在してくれている。

 

その事実だけで、凍りついていた2年間の時が、雪解けのように溶け出していくのを感じた。

 

「あのバカ……! 本当に、あの男は……ッ!」

 

マリューは顔を覆い、艦長としての威厳も忘れ、その場で泣き崩れた。

 

それは悲しみの涙ではなく、再生の涙だった。

 

その光景を、カガリ・ユラ・アスハは呆然と見つめていた。

 

「……あいつが、生きていたのか」

 

カガリにとっても、ムウは兄貴分であり、大切な戦友だった。

 

その生存は驚きであり、喜びだ。

 

だが、カガリの視線は、その隣にいるアスランにも向けられていた。

 

彼は今、死んだはずのムウと共に、あの歌姫の歌を聴いている。

 

敵も味方も、過去の因縁も超えた場所で、何か新しい未来を見つめているように見える。

 

(あいつらは……進んでいるのか。私たちが立ち止まっている間に)

 

指輪を外し、ウズミの遺言に縛られ、迷い続けていた自分。

 

だが、画面の中の彼らは、ミーアの歌う『運命』を受け入れ、力強く立っている。

 

「……ラミアス艦長」

 

カガリは涙を拭い、決然とした表情で顔を上げた。

 

「……はい、カガリさん」

 

マリューが涙に濡れた顔を上げる。

 

カガリの瞳には、かつて「明けの砂漠」を駆け抜けた時のような、強い意志の光が宿っていた。

 

「アークエンジェルを出してくれ。ディオキアへ向かう」

 

「えっ……?」

 

「もう一度、会わなければならない。……ラクスに」

 

カガリは画面の中、歓声に応えるミーアを見つめた。

 

彼女が本物か偽物か、今はどうでもいい。

 

ただ、この奇妙で、けれど希望に満ちた状況を作り出している「中心」にいる彼女に、会って問わねばならない。

 

「あいつらが何を見ているのか。そして、私たちが何をするべきなのか。……ここで隠れていては、何も分からない!」

 

その言葉は、マリューの背中をも押した。

 

ムウに会いたい。

 

その一心だけでも、船を動かす理由は十分だった。

 

「……分かりました」

 

マリューは涙を拭い、艦長席へと座り直した。

 

その声には、かつての凛とした響きが戻っていた。

 

「アークエンジェル、発進準備! 進路、黒海ディオキア! ……全速よ!」

 

「了解! 機関始動、アークエンジェル浮上します!」

 

クルーたちの力強い返事が響く。

 

止まっていた時が動き出す。

 

愛する人と、かつての同志たちとの再会を求めて、不沈艦アークエンジェルが深海から浮上を開始した。

 

 

 

 

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