ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:21 命の選択

 

コンサートが終わった後の、ディオキアの夜。

 

潮風が熱気を冷ます街角を、ムウは手持ち無沙汰に歩いていた。

 

「ネオ……?」

 

不意に背後から、折れそうなほど儚く、幼い少女の声が響いた。

 

ムウの足が、凍りついたように止まる。振り返った先にいたのは、大きな瞳を不安げに揺らした金髪の少女だった。

 

「ステラ……。お前、俺が分かるのか?」

 

ムウが仮面を脱ぎ、連合の制服を着崩しただけの姿を見て、ステラはパッと表情を輝かせた。

 

「うん! ネオ、生きてた。ネオ!!」

 

弾かれたように駆け寄り、ムウの胸に飛び込んでくるステラ。ムウは戸惑いながらも、その細い身体をしっかりと受け止め、かつてそうしていたように優しく頭を撫でた。

 

「おいステラ、勝手にいなくなるなよ。探すのが、めん、どう……。は?」

 

「なんだ、生きてたじゃんネオ。つーかあの変な仮面してないと、フツーにただのオッサンじゃん」

 

ステラを追って現れたアウルとスティングが、ムウの姿を見て呆然と立ち尽くした。

 

「アウル、スティングも……俺が分かるのか? 俺は仮面もしてないし、記憶も……」

 

「はぁ? 何寝ぼけてんのさ、当たり前じゃん。それとも、落ちた時に頭でもぶつけてバカんなったわけ?」

 

生意気な口を叩くアウルの瞳には、隠しきれない安堵の色が混じっている。

 

スティングは一歩前に出ると、周囲を警戒しながら冷静に現状を口にした。

 

「……ガルナハンのゴタゴタで、アンタの後任がまだ決まってなくてな。俺たちは予備兵力扱いでここに置かれてる。……まだ、『調整』は受けてない」

 

その言葉で、ムウはすべてを察した。

 

指揮官不在により、彼らを「リセット」する手続きが遅れている。つまり、彼らはまだ、ネオ・ロアノークを慕っていた時の感情を残したままの、剥き出しの子供たちのままだということだ。

 

「そうか……。そうだったのか」

 

ムウの胸が締め付けられる。自分を「ネオ」と呼んで縋るこの子たちを、再び地獄へ戻すわけにはいかない。

 

「フラガ少佐、ここにいましたか。ラクスが呼んで……って、誘拐ですか?」

 

そこへ、ミーアの使いでムウを探しに来たアスランが合流した。

 

彼は、泣きじゃくるステラを抱きしめているムウの姿を見て、一瞬だけ足を止め、それからあからさまなジト目を向けた。

 

「いや、違わねーけどちげぇよ!? 誤解を招く言い方すんな!」

 

「……まあ、いいです。それよりも彼女たちは……」

 

アスランの視線が、スティングたちへと向く。

 

ザフトの特務官と、連合のエクステンデッド。

 

本来なら、戦場で互いの機体を切り刻み合うはずの宿敵同士が、ディオキアの月明かりの下で、一人の「オッサン」を介して対峙していた。

 

「アスラン、こいつらは……俺の部下だった奴らだ。頼む、こいつらを……」

 

ムウの悲痛な願い。アスランはそれを最後まで聞くことなく、静かに頷いた。

 

「分かっています。彼女もそれを望んでいる。……役者は、揃い始めているようですね」

 

本来の物語では、シンとステラの出会いが悲劇の幕開けとなったこの場所で。

 

今、ミーアの介入によって、加害者も被害者も、死ぬはずだった者も生き残った者も、すべてが一つの巨大な「渦」へと巻き込まれようとしていた。

 

ステラはムウの服をギュッと握りしめたまま、離れようとしない。

 

その温もりを守るために、ムウ・ラ・フラガは再び、不可能を可能にするための戦いに身を投じる覚悟を固めた。

 

 

◇◇◇

 

 

ディオキアの基地の一室。アスランがデュランダル議長との会談やミネルバの指揮のために席を外したその部屋には、奇妙な顔ぶれが揃っていた。

 

プラントの歌姫、死を偽装された連合の英雄、そして、実験室で「消耗品」として育てられた三人の子供たち。

 

「……いいか、嬢ちゃん。いや、ラクス様。こいつらを助け出すってのは、単にこっちに連れてくればいいって話じゃねえんだ」

 

ムウが苦い顔で切り出した。その手は、不安げに彼の服の裾を掴んで離さないステラの頭を優しく撫でている。

 

「エクステンデッドの身体は、特殊な投薬と調整なしには維持できない。『ゆりかご』と呼ばれる調整装置に一定期間入らなきゃ、こいつらの身体は内側からボロボロに崩れていく。……生かしておくための術ごと奪わなきゃ、救い出したことにはならねえんだ」

 

ムウの言葉に、スティングとアウルが沈痛な面持ちで頷く。

 

彼らにとって、自分たちの母艦であるスペングラー級水上艦『J.P.ジョーンズ』は、家であると同時に、自分たちを縛り付ける鎖でもあった。

 

「その装置、今なら港に停泊している『J.P.ジョーンズ』に積まれていますわね?」

 

ミーアが淡々と、けれど確信を持って問いかけると、ムウが「ああ」と短く答えた。

 

ミーアは脳内で原作の知識をアップデートする。

 

「少佐。手持ちのMSはどうなっていますの?」

 

「……今は艦のハンガーだ。カオス、アビス、ガイア。俺たちの専用機は全部あそこにある」

 

スティングが答える。つまり、今の彼らは丸腰。戦う翼を奪われた小鳥と同じだ。

 

「ならば、簡単ですわ」

 

ミーアは薄紫の羽織を整え、まるで明日の献立でも決めるかのような平然とした口調で言い放った。

 

「一度、アウルさんとスティングさんには船に戻っていただきます」

 

「はぁ!? 何言ってんだよ、殺されるために戻れっての!?」

 

アウルが噛み付くが、ミーアはそれを冷徹なまでの「ラクス・クライン」の微笑みで制した。

 

「いいえ。貴方たちは『息抜きから帰ってきた』だけの、従順な操り人形を演じるのです。……その隙に、私がプロヴィデンスで、アスランがセイバーで、そしてフラガ少佐がインパルスで港を急襲します。混乱に乗じて貴方たちが機体を奪い、内側から制圧。同時にザフトの工作部隊を送り込んで艦ごと拿捕しますわ」

 

ミーアの過激な提案に、ムウが「……ヒュー。相変わらずパンチの効いたお嬢ちゃんだぜ」と口笛を吹く。

 

「ステラはどうする? こいつは……嘘が下手だ。連れて帰れば、一瞬でネオが生きてるってことがバレちまう」

 

ムウの懸念はもっともだった。ステラの精神状態では、連合の過酷な査問を乗り切ることはできない。

 

「ステラさんは戻しません。……彼女は、海に落ちて溺れていたところをザフトが保護した。……そう、公の記録にしますわ」

 

ミーアはステラの瞳を覗き込む。

 

「連合には、彼女の遺体は回収できなかったとでも報告させておけばよろしい。……いいですね、アウルさん、スティングさん。貴方たちが船に戻るのは、彼女という『家族』を、今度こそ安全な場所へ迎え入れるためですわ」

 

「……わかったよ」

 

スティングが拳を握りしめ、静かに答えた。アウルも毒気を抜かれたように黙り込む。

 

彼らにとって、ステラを守ることは、自分たちの人間性を守ることと同義だった。

 

「アスランが戻り次第、作戦を発動します。……少佐、インパルスの準備はよろしいかしら?」

 

「ああ。穴掘りから一転、今度は海賊家業か。……不可能を可能にする男の経歴に、また面白い一行が増えそうだぜ」

 

ムウは立ち上がり、スティングとアウルの肩を叩いた。

 

「いいか。合図があるまで、ネオ・ロアノークは死んだままだ。……お前らの『中』でだけ、俺を生かしておけ。分かったな?」

 

「……おうよ、オッサン」

 

「死ぬなよ、ネオ」

 

ミーアは窓の外、黒海に揺れる夜の灯りを見つめた。

 

原作では、シンとステラの出会いが悲劇の始まりだった。ステラは海に落ち、シンに助けられ、そして──破壊の巨神に乗って命を落とした。

 

(……でも、今回は違う)

 

ステラは、ムウ(ネオ)が生きていて、守ってくれる場所へと「保護」される。

 

連合から調整装置ごと強奪し、彼らの命の主導権をザフトが握る。

 

「……運命なんて。私の筆で、全部書き換えてあげますわ」

 

ミーアは小さく呟き、決戦の夜に向けて、完璧な「ラクス・クライン」の仮面を被り直した。

 

 

◇◇◇

 

 

ディオキアの基地内、厳重な警備が敷かれた一室。

 

ミーアはFAITHの権限を最大限に利用し、スペングラー級『J.P.ジョーンズ』を制圧するための特殊工作部隊の編成を密かに完了させていた。

 

そこへ呼び出されたのは、アスラン・ザラ、そしてシン・アスカの二人だった。

 

「ラクス、シンを呼んだのは……?」

 

アスランが怪訝な表情で問う。今回の作戦は高度な政治的・軍事的なリスクを伴う。正規軍人であるアスランはともかく、激情に駆られやすいシンを立ち合わせる意図が掴めなかった。

 

「話を聞いてくださいな、二人とも」

 

ミーアはホログラムマップを展開し、港に停泊する地球軍の艦影を指し示した。

 

「現在、港に停泊しているスペングラー級J.P.ジョーンズ。そこには、先ほど保護したスティングさんたちの命を繋ぐために不可欠な調整装置『ゆりかご』が積まれています。……彼らを救い出すには、あの艦を無傷で拿捕し、装置ごと手に入れるしかありませんわ」

 

ミーアは淡々と、けれど淀みなく作戦を告げる。

 

先行して帰艦したスティングとアウルが「敵襲」を報告し、カオスとアビスで迎撃に出る形を取らせる。そこへミーアのプロヴィデンス、アスランのセイバー、ムウのインパルスが急襲を仕掛け、敵の注意を引きつける。

 

その隙に、内部にいるスティングたちがブリッジを制圧し、同時にザフトの工作部隊が突入、艦を丸ごと頂戴する。

 

「……実に無茶な、けれど合理的な作戦だ。分かった、俺とセイバーが露払いを受け持とう」

 

アスランが頷く。彼はミーアがこの「不可能に近い強奪」を本気で成し遂げようとしている覚悟を、その瞳から読み取っていた。

 

「……で、俺は何をすればいいんですか? 俺もデスティニーインパルスで出撃して、連合の連中を──」

 

シンが身を乗り出す。だが、ミーアは優しく首を横に振った。

 

「いいえ、シン。貴方にはもっと大切で、貴方にしかできない仕事をお願いしたいのですわ」

 

「え……?」

 

「ステラさんのことです」

 

ミーアは、隣の部屋で眠っている少女の名を口にした。

 

「彼女は精神的にとても不安定で、情緒が幼いままです。ムウ少佐や仲間たちが戦っている間、彼女は一人になってしまう……。極度の不安は、彼女の身体に毒ですわ。……シン、お願い。私たちが戻るまで、彼女の傍にいて、彼女を守ってあげてくれませんか?」

 

「……俺が、彼女の……?」

 

シンは戸惑った。戦場に出て敵を討つことこそが自分の役割だと思っていたからだ。

 

だが、ミーアに促されて隣の部屋を覗き込んだ瞬間、シンの心臓が大きく跳ねた。

 

ベッドの上で、毛布を握りしめて怯えたように眠る金髪の少女。

 

あの日、アーモリーワンの居住区で肩がぶつかった……あの、危ういほどに儚い女の子。

 

「あの子……」

 

シンの脳裏に、かつて自分が守れなかった妹、マユの面影が強烈にオーバーラップした。

 

泣き叫ぶ自分の声。握りしめたまま残された妹の腕。

 

今、目の前で震えている少女を守ることは、あの日何もできなかった自分への、やり場のない怒りを「救い」に変えるための唯一の路のように思えた。

 

「……分かった。分かりました、ラクス様」

 

シンは、今まで見せたことのないような、穏やかで決然とした表情でミーアを見つめた。

 

「彼女は、俺が守ります。指一本触れさせない。……だから、あいつの仲間を……あいつの帰る場所を、ちゃんと取り返してきてくださいよ!」

 

「ええ。約束しますわ、シン」

 

ミーアは微笑んだ。

 

原作では、ステラを救うために無断でインパルスを出したシン。

 

けれど今は、その情熱が「命令」として肯定されている。

 

(これでいい……シンに、守るための理由を与える。それが彼の暴走を止め、ステラを救うための楔になる)

 

「アスラン、行きましょう。命を繋ぐための戦いを始めますわよ」

 

「……ああ。行こう、ラクス」

 

アスランは、ミーアの横顔に「聖女」以上の強さを感じながら、自らのヘルメットを手に取った。

 

一方、シンは静かにステラの枕元に椅子を引き、彼女の細い手をそっと握った。

 

一つの悲劇を終わらせ、新しい「家族」の形を作るための、奪還作戦が幕を開ける。

 

 

◇◇◇

 

 

夜明け前の海。

 

スペングラー級特殊艦「J.P.ジョーンズ」の格納庫。

 

スティングとアウルが帰還した時の反応は、彼らが拍子抜けするほど淡白なものだった。

 

「遅いぞ、貴様ら! ……ん? ステラはどうした?」

 

整備主任の研究員が、クリップボード片手に苛立たしげに問う。

 

「はぐれた。あいつ、どっか行っちまったよ」

 

スティングは悪びれもせず、事前に打ち合わせた通りの嘘を吐いた。

 

通常なら捜索隊を出すなり、厳罰に処すなりする場面だ。

 

だが、彼らの「飼い主」であるネオ・ロアノーク大佐は不在。

 

ここにいるのは、彼らをただの「高価な備品」か「モルモット」としか見ていない研究員と軍人だけだった。

 

「チッ……。あの欠陥品が。情緒不安定で扱いづらいと思っていたが、脱走か? まあいい、予備のデータを取る手間が省けたと思えば」

 

研究員は舌打ち一つで、ステラの不在を切り捨てた。

 

心配など欠片もない。ただ、機材が一つ減ったことを事務的に処理するだけ。

 

その言葉を聞いたアウルの目が、一瞬だけ鋭く細められた。

 

(……へっ。言ってろよ、クソ野郎ども)

 

スティングもまた、無表情の下で冷ややかな笑みを浮かべていた。

 

自分たちが人間扱いされていないことは知っていた。

 

だが、ここまで露骨だと逆に清々しい。

 

おかげで、これからやることへの罪悪感など、微塵も残らなくなった。

 

「さっさと部屋に戻れ。明日は朝から調整だ」

 

「へいへい。……分かってるよ」

 

二人は従順な振りを装い、ロッカールームへと消える。

 

だが、その心臓は早鐘を打っていた。

 

恐怖ではない。これから始まる「逆襲」への高揚感で。

 

そして、その時は来た。

 

『総員、第一戦闘配備! 接近するMSあり!』

 

艦内にけたたましいアラートが鳴り響く。

 

『ザフトの新型機多数! プロヴィデンス、セイバー、インパルスです!』

 

「なんだと!? 奇襲か!」

 

ブリッジが蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 

相手はエース級ばかり。逃げる隙などない。

 

『スティング、アウル! 直ちに出撃しろ! カオスとアビスで迎撃だ!』

 

艦内放送で怒鳴り声が飛ぶ。

 

スティングとアウルは、パイロットスーツのヘルメット越しに視線を交わし、ニヤリと笑った。

 

「了解。……行くぜ、アウル!」

 

「OK! 待ちくたびれたぜ!」

 

二人はコクピットに滑り込む。

 

システム起動。エネルギー充填。

 

ハッチが開放され、カタパルトが機体を押し出す。

 

「カオス、スティング・オークレー! 出る!」

 

「アビス、アウル・ニーダ! 行くよ!」

 

二機は勢いよく甲板から飛び出し──空へ向かうはずの機体が、重々しい音を立てて、自艦の甲板上へと着地した。

 

「な、何をしている!? エンジントラブルか!?」

 

ブリッジの管制官が叫ぶ。

 

だが、次の瞬間、彼らは信じられない光景を目にして凍りついた。

 

カオスガンダムが、その高出力ビームライフルの銃口を、真っ直ぐにブリッジへ突きつけたのだ。

 

同時に、アビスガンダムが巨大なビームランスの穂先を、窓ガラスの寸前まで突き出す。

 

「な……ッ!?」

 

艦長が椅子から腰を浮かす。

 

目の前には、自分たちが「道具」として扱ってきたガンダムの、冷たい銃口。

 

『……よう。聞こえてるか、アンタら』

 

通信回線が開く。

 

スティングの声は、今まで聞いたことがないほど低く、ドスの効いたものだった。

 

『残念ながら、迎撃は中止だ。……俺たちの敵は、空にはいねぇからな』

 

『な、何を……貴様ら、狂ったか!?』

 

『狂ってんのはどっちだよ。……動くなよ? 指が滑ってビーム撃っちまいそうだ』

 

アウルの無邪気で、それゆえに恐ろしい声が続く。

 

『俺たち、もうモルモットは御免なんだよね。だからさ……この船ごと、俺たちが貰うことにした!』

 

「ば、馬鹿な……! 生体CPUが人間に歯向かうなど……!」

 

研究員が顔面蒼白で叫ぶが、突きつけられたビームライフルのエネルギー充填音が、その声を遮った。

 

沖合からは、ミーアたちのMS部隊が悠々と接近してくるのが見える。

 

空にはセイバーとプロヴィデンス。海面スレスレにはインパルス。

 

そして甲板上には、裏切りのカオスとアビス。

 

完全なるチェックメイト。

 

「……あばよ、連合軍」

 

スティングの宣言と共に、J.P.ジョーンズの支配権は、たった数分で彼らの手に落ちたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

『J.P.ジョーンズ』の制圧は、皮肉なほど鮮やかだった。

 

かつてその艦を熟知していたネオ(ムウ)、そして自分の「牢獄」の間取りを身体で覚えていたスティングとアウルの先導により、ザフト工作部隊は迷うことなく急所に踏み込んだ。

 

艦は即座に拿捕され、ディオキア基地へと回航。

 

そこからがミーアの本当の「政治」の時間だった。

 

「……少佐の言う通り、ただ彼らを保護するだけでは足りませんわ。彼らを縛り付けてきた鎖そのものを、私たちが管理下に置かなければ」

 

ミーアはFAITHの権限を盾に、強引な物資移動を命じた。

 

捕獲した三台の『ゆりかご』。

 

そのうち「研究用」の一台は、解析と今後の人道的処置の研究という名目でプラント本国へ。

 

「補修用」は、いざという時のパーツ取りとして分解され、ミネルバの予備機材庫へ。

 

そして、最も重要な「実働用」の調整設備一式は、ミネルバの格納庫の奥深く──MSデッキに隣接する形で増設・設置された。

 

「……いいのかしら、本当に。連合の捕虜を、それも機体ごと受け入れるなんて」

 

艦長室で溜息をつくタリア・グラディスに対し、ミーアは優雅に微笑んでみせた。

 

「人道支援ですわ、艦長。あの子たちは、連合の非道な実験の犠牲者……。彼らを救い、その生命を維持することは、プラントの正義を示すこれ以上ないプロパガンダになります。……それに」

 

ミーアは窓の外、ミネルバの格納庫に並び立つ「かつての敵機」を見据えた。

 

「奪われたカオス、アビス、ガイア。これらがザフトに戻ってきたのです。ミネルバの戦力はこれで倍増以上……。スエズを越え、ジブラルタルに至るまでの最大の『盾』となるはずですわ」

 

タリアとしても、拒否する理由はなかった。

 

戦力として見れば、これ以上ない補強だ。スティング、アウル、ステラの三人は、ザフトの赤服にも引けを取らない、あるいは凌駕する操縦技術を持っている。

 

「……分かりました。彼らの居住区と、調整設備の維持を許可します。ただし、ラクス様。彼らの管理は、貴方とアスラン、そしてフラガ少佐に一任しますわよ」

 

「ええ。よしなに、艦長」

 

ミーアが部屋を後にすると、格納庫では新たな住人たちの歓迎……というよりは、奇妙な顔合わせが始まっていた。

 

「……まさか、コイツらと一緒に飛ぶことになるとはな」

 

シンが、ガイアを見上げて呟く。その隣には、シンにすっかり懐いて「シン! シーン!」と笑うステラの姿があった。

 

スティングとアウルも、自分たちの『ゆりかご』がミネルバに運び込まれたのを見て、ようやく肩の力を抜いたようだった。

 

彼らにとって、ミネルバは新たな「家」であり、ミーアやアスランは、自分たちをモノではなく人間として扱う、奇妙な「家族」になりつつあった。

 

「……これで、全員揃ったわね」

 

ミーアは、士官室へ戻る通路で、満足げに独り言を漏らした。

 

シン、レイ、ルナマリア。

 

アスラン、ムウ、ハイネ。

 

そして、スティング、アウル、ステラ。

 

本来なら、この中の数人は、もうすぐ命を落とすはずだった。

 

けれど、今、彼らは全員ミネルバという一隻の船に乗っている。

 

「……運命なんて、蹴飛ばしてやりますわ」

 

ミーアは、薄紫の羽織を整え、意気揚々と歩き出した。

 

ミネルバは、史上最強のMS部隊を抱えた「特務艦」として、いよいよ地上の命運を分ける決戦の地、スエズへと舵を切る。

 

 

◇◇◇

 

 

プラント最高評議会議長室。

 

深夜、ただ一点の端末の明かりだけが、ギルバート・デュランダルの端正な顔立ちを青白く照らしていた。

 

手元のモニターには、ミネルバから届いた最新の作戦報告書──否、もはや「事後承諾を求める脅迫状」に近い、ミーア・キャンベル名義の特務報告が映し出されている。

 

「……ふ。ふふふ……。ははははは!」

 

静寂を切り裂き、デュランダルは声を上げて笑った。その笑いは、理知的な彼には珍しく、どこか子供のような純粋な驚きと、完敗を認めた者の清々しさが混じっていた。

 

「……やってくれる。実に、やってくれるよ、ミーア・キャンベル」

 

彼は椅子に深く沈み込み、ため息混じりに呟いた。

 

「特務隊FAITHを4人も配した最新鋭艦。そこに、死んだはずの英雄を据え、奪われた最新鋭機3機と、そのパイロットである強化人間たちを『ゆりかご』ごと丸ごと強奪して私物化するとは。……これほどの『ワガママ』、私の想像力でも追いつかなかった」

 

デュランダルは、ミネルバの現在の搭乗員リストをスクロールした。

 

アスラン・ザラ。

 

ハイネ・ヴェステンフルス。

 

ムウ・ラ・フラガ。

 

シン・アスカ。

 

レイ・ザ・バレル。

 

ルナマリア・ホーク。

 

そして、スティング、アウル、ステラの3人。

 

ラクス・クライン──。

 

「……一隻の戦闘艦が保有して良い戦力ではないな。これでは、ロゴスがどれほどの物量を用意したところで、象が蟻を蹂躙するようなものだ。……いや、問題はそこではない」

 

デュランダルは、眼鏡を外し、目元を指で押さえた。

 

「ミネルバは今や、かつてのあの『アークエンジェル』に、あまりにも似てきている。……いや、それ以上に強固で、それ以上に予測不能な『意志』の器だ」

 

本来、シンやレイは、自分の言葉を指針として戦うはずだった。

 

だが、今の彼らは違う。

 

彼らは今、議長ではなく、その傍らに立ち、彼らを一人の人間として抱きしめた「偽物の歌姫」の意志のために動いている。

 

彼女の「ワガママ」を叶えることが、彼らにとっての世界を守る理由にすり替わっているのだ。

 

「自分のアイデンティティを肯定されたレイ、怒りを優しさに変えたシン、そして……死の淵から救い出された連合の子供たち。……ミーア、君は遺伝子による『適材適所』などという私の理屈を飛び越えて、人の『感情』という不確かな力だけで、これほどまでに完璧な調和(ハーモニー)を作り出してしまった」

 

デュランダルは、窓の外に広がるアプリリウスの夜景を見つめた。

 

「君が起こしているのは、デスティニープランの前倒しではない。……プランそのものを不要にするほどの、『愛』という名の独裁だよ」

 

彼は、手元の端末で「J.P.ジョーンズ」の拿捕とエクステンデッドの保護、およびミネルバへの配属を正式に追認する署名を行った。

 

もはや、彼にそれを止める術はない。止める理由さえない。

彼女が提示した「連合の非道に対する人道支援」というプロパガンダの果実は、あまりにも甘く、プラントの世論を熱狂させるには十分すぎる。

 

「いいだろう、ミーア。君のワガママが、この世界の閉塞感を打ち破るというのなら、私は喜んでその共犯者になろう」

 

デュランダルは、再びモニターに映る彼女の肖像──ラクス・クラインとして微笑む、けれど瞳の奥に不敵な光を宿した少女を見つめた。

 

「君がミネルバをどのような結末へ運ぶのか。……かつての白い木馬のように、神の領域へ至るのか。それとも、すべてを焼き尽くす烈火となるのか。……実に、楽しみだ」

 

彼は端末を閉じ、暗闇の中に独り、不敵な笑みを残した。

 

ミーア・キャンベル。

 

デュランダルが用意した「代役」は、今や彼自身の運命さえも、その歌声とワガママで塗り替え、世界を一隻の船の上に収束させようとしていた。

 

 

 

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