ディオキア基地の外門にある外交窓口は、未だかつてないほどのパニックに陥っていた。
目の前にいるのは、オーブ連合首長国の公式発表によれば「フリーダムに誘拐され、行方不明」となっているはずの、カガリ・ユラ・アスハ代表その人だったからだ。
「だーかーら! ラクス・クラインを呼べと言っている! 話はそれで済む!」
机を叩き、苛立ちを隠さずにがなり立てる金髪の少女。その隣には、「マリア・ベルネス」と名乗る、落ち着いた、けれどどこか軍人のような隙のない佇まいの女性が控えている。
窓口の担当官は、脂汗を流しながら受話器を握りしめていた。
「そ、そうはおっしゃいましても、アスハ代表……。ラクス様は現在、プラント特務隊FAITHの要人として、グラディス艦長やザラ特務官と……」
「わかっている! だからそのアスランを、いや、ザラ特務官でもいいから今すぐここに呼べと言っているんだ!」
その騒ぎは、瞬く間に基地司令部、そしてミネルバへと伝わった。
◇◇◇
「……カガリが!?」
士官室でムウと話をしていたアスランが、弾かれたように立ち上がった。
隣にいたミーアも、一瞬だけ驚きに目を見開きましたが、すぐにすべてを察して不敵な微笑を浮かべた。
「来たわね……。思ったより早かったわ」
「ミーア、知っていたのか?」
「確信はありませんでしたわ。でも、私が放った『痕跡』の歌を聴けば、マリューさんたちが黙っていられないことは分かっていましたもの」
ミーアは薄紫の羽織を整え、アスランを促した。
「行きましょう、アスラン。あの方々をいつまでもあんな場所に放っておいては、外交問題どころか、議長に付け入る隙を与えるだけですわ。……フラガ少佐、貴方はまだここで待機していてください。……最高の『サプライズ』は、最後にとっておくものですから」
「へっ、了解だ。……マリューの奴、腰抜かさなきゃいいんだがな」
ムウは期待と不安が入り混じった顔で肩をすくめた。
◇◇◇
基地の応接室。
「マリア・ベルネス」ことマリュー・ラミアスは、落ち着かない様子で部屋を歩き回るカガリを宥めていた。
「カガリさん、少し落ち着いて。私たちはあくまで非公式に、個人的な面会を求めてここに来たのだから」
「分かっている、艦長。だが、あいつは……あのアスランは、あんな放送に映り込んで! フラガ少佐まで生きていたなんて! 何がどうなっているのか、この目で見ないことには収まらない!」
その時、重厚な扉が静かに開く。
「お待たせいたしましたわ、カガリさん。……そして、マリア・ベルネスさん」
入ってきたのは、完璧な「ラクス・クライン」の微笑みを纏ったミーア。そして、その後ろには、赤服の襟元にFAITHのバッジを光らせた、複雑な表情のアスランが立っていた。
「アスラン!!」
カガリが叫び、詰め寄ろうとした瞬間、アスランは短く制した。
「……カガリ。まずは、彼女の話を聞いてくれ。……ラクス」
カガリは、アスランの真剣な、けれど以前のような迷いのない瞳に気圧され、足を止めました。そして、視線を隣の「ラクス」へと向ける。
マリューもまた、息を呑んでミーアを見つめた。
(この子が、あんな歌を……。この子が、ムウを闇から救い出したの……?)
ミーアは優雅に一礼し、自らドアを閉め、ロックをかけた。
そして、部屋の中に盗聴妨害装置が作動していることを確認すると、ふぅ……と深く息を吐き、ラクスとしての糸を半分だけ緩めた。
「……ご無沙汰しておりますわ、カガリさん。……マリュー・ラミアス艦長も、お初にお目にかかりますわ」
「……っ、やっぱり貴女は!」
マリューが声を上げました。
「ええ。私はミーア・キャンベル。……ラクス様の代わりをしている、ただの女の子ですわ」
ミーアは、マリューの瞳を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。
「でも、少佐を助けたこと。それだけは、偽物である私だからこそできた、私の意志です。……マリューさん。貴方に、どうしても会わせたい人がいるのですわ」
ミーアが合図を送ると、応接室の奥にある控室の扉が開いた。
「よぉ、マリュー。……相変わらず、無茶なところに乗り込んでくるんだな、あんたは」
そこに立っていたのは、連合の黒い制服を着た、不敵に笑うムウ・ラ・フラガでした。
「ムウ……!」
マリューの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
カガリもまた、その「不可能を可能にした男」の健在ぶりに、言葉を失って立ち尽くした。
オーブの獅子の娘。
アークエンジェルの艦長。
エンデュミオンの鷹。
ザフトの英雄。
そして、運命を変えようとする偽物の歌姫。
ディオキアの一室で、本来なら決して相容れぬはずの運命たちが、ミーアという「バグ」を介して、ついに一つの円として繋がった。
「さあ、始めましょうか」
ミーアは、再会を喜ぶ仲間たちの姿を見つめながら、静かに、けれど力強く告げた。
「キラさんや、本物のラクス様が到着する前に。……私たちが、この世界の歪みをどう正すべきか。その『解釈違い』の結末を、ここで決めてしまいましょう」
歴史の奔流が、ついに議長の盤面を完全に踏み越え、未知の未来へと流れ出した瞬間だった。
◇◇◇
感動の再会──かと思われた、次の瞬間だった。
ムウの胸から身を離したマリューは、涙に濡れた瞳で彼を見上げ、そしてスッと半歩下がって距離を取った。
「……ムウ」
「ん? なんだ、感動のあまり言葉も出な……」
ゴッ!!!
鈍く、重い音が応接室に響き渡った。
平手打ちではない。
マリュー・ラミアスの右のグーが、正確無比なフックとなってムウの頬を撃ち抜いたのだ。
「ぶべっ!?」
不意打ちを食らったムウは、たたらを踏んでよろめき、壁に背中を打ち付けた。
「いってぇぇ……! オイ、マリュー!? 普通こういう時は涙の平手打ちとかだろ!? なんでよりによってグーなんだよ、グーはないだろ!」
ジンジンと痺れる頬を押さえて抗議するムウ。
だが、マリューは拳を震わせながら、叫んだ。
「当たり前でしょう……ッ! 2年よ!? 2年も……ッ!」
彼女の肩が激しく震える。
怒りではない。
その拳に込められていたのは、2年分の喪失感、絶望、そして二度と戻らないと思っていた時間が戻ってきたことへの、どうしようもない感情の爆発だった。
「貴方がいなくなって……私がどれだけ……ッ!!」
「マリュー……」
「この、バカぁぁぁぁぁッ!!」
マリューは再びムウに飛びついた。
今度は殴るためではない。
彼の首に腕を回し、子供のように声を上げて泣きじゃくるためだ。
「うああああああんッ! ううっ……ああっ!」
その泣き声を聞いて、ムウから抗議の色が消えた。
彼は苦笑しながら、痛む頬などどうでもいいとばかりに、彼女の背中を強く、優しく抱きしめ返した。
(……ま、そりゃそうか)
記憶を消されていたとか、連合に拾われたとか、事情はある。
不可抗力だったと言い訳することもできる。
だが、そんな理屈はこの温もりの前では無意味だ。
惚れた女を2年間も泣かせ続け、地獄のような悲しみを背負わせた。
その事実は変わらない。
ならば、殴られるのも、罵られるのも、男の甲斐性として甘んじて受けるべき「罰」だ。
「……悪かったな。マリュー」
ムウは愛おしそうに彼女の髪を撫でた。
「もうどこにも行かねぇよ。……約束する」
その様子を、カガリは口をあんぐりと開けて見守り、アスランは「……やっぱりラミアス艦長は怒らせると怖いな」と内心で冷や汗をかき、ミーアは「ふふっ、熱烈ですわね」と微笑ましく見つめていた。
ひとしきり泣いて、マリューの感情が落ち着くのを待ってから。
ようやく、世界の運命を変えるための「会談」が幕を開けた。
◇◇◇
ディオキアの応接室。かつてのアークエンジェルの指揮官たち、そしてミネルバの主力パイロットたちが一同に介したその空間は、もはや一隻の戦艦の枠を超えた、世界の縮図のような様相を呈していた。
ドアが開き、シン、レイ、ルナマリア、そしてハイネが入室する。
「失礼します。レイ・ザ・バレル、以下3名。参りました」
「……何の集まりだ、これは。っ、オーブの……アスハ」
シンがカガリの姿を認め、一瞬、殺気立った視線を向ける。
だが、その直前に座るミーアの凛とした背中を見て、彼は言葉を飲み込んだ。
自分を抱きしめてくれた彼女の前で、無様な怒りはさらしたくない。
レイは無言で一礼し、ミーアの隣に控えるアスランの表情から、事態の深刻さを察していた。
ハイネだけが、「おやおや、えらく豪華な顔ぶれじゃないか」と、いつもの軽妙な調子で場を和ませようとしていた。
全員が揃ったのを確認し、ミーアはゆっくりと立ち上がった。薄紫の和服に、白の羽織。
その姿は、本物のラクス・クラインが持つ神秘性と、ミーア・キャンベルがこの短期間で培った「戦う者の覚悟」が混ざり合い、独自のカリスマを放っていた。
「集まってくださって、感謝しますわ。……まず、改めて皆さんに伝えなければならないことがあります」
ミーアは、シンやルナマリア、そしてハイネの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は、ラクス・クラインではありません。私の名はミーア・キャンベル。議長に仕立て上げられた、ただの代役です」
ルナマリアが息を呑み、シンが驚きに目を見開く。しかし、ミーアの言葉に「偽物」の卑屈さは微塵もなかった。
「ですが、私は今、自らの意志でここに立ち、ラクス・クラインとして皆さんに語りかけています。……救いたい人が、守りたい明日がある。その覚悟だけは、誰にも譲るつもりはありませんわ」
彼女の宣言は、室内の空気を一気に引き締めた。本物か偽物か。そんな議論すら無意味に思わせるほどの重みが、そこにはあった。
「……さて、ここからが本題です。カーペンタリアからの入電によれば、オーブのタケミカズチを中心とした大型空母機動艦隊が、ここスエズに向かっていますわ」
「なっ……! 何故だ! 何故オーブの軍が動くんだ!」
カガリが椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「カガリ……落ち着け」
アスランが沈痛な面持ちで口を開く。
「オーブは今、地球連合に加盟した。……条約に基づき、連合の軍隊として、このスエズ攻略戦に投入される。それが現実だ」
「そんな……っ!」
カガリは拳を握りしめ、ワナワナと震えた。自分が国を離れている間に、ユウナやウナトが下した決断。
平和を願うためと言いながら、他国を侵略する連合の片棒を担ぐ。
かつて父ウズミが命を懸けて守った「オーブの理念」が、泥を塗られようとしていた。
「……希望は、ありますわ。カガリさん」
ミーアの静かな、けれど刃のような鋭い声が響く。
「カガリさん。貴女から私たちに、正式に要請していただきたいのです。……『国を、国賊から取り戻してほしい』と」
カガリはハッと息を呑んだ。
「そ、そんなことをすれば……オーブは完全に連合と敵対することになる! それに、私と意見が違えど、セイラン家は国を思って……!」
「セイラン家が国を思っている? 理念を売り払い、他国の戦争に自国民を駆り出すことが、国を思うことだとおっしゃるの?」
ミーアの瞳が冷徹にカガリを射抜いた。その言葉は、優雅なラクス・クラインの皮を借りた、ミーア・キャンベルの激情だった。
「このままでは、オーブの将兵はスエズの砂漠で無意味に命を落としますわ。貴女が守るべき人々が、貴女の沈黙によって殺されていくのです。……それでも、貴女は『国賊』と呼ぶことをためらいますの?」
「……っ……」
「理念を曲げるのを恐れて、国そのものを滅ぼしては本末転倒ですわ。……カガリさん、貴女はオーブをどうしたいのですか? 地球連合の傀儡として、魂を抜かれた抜け殻のまま生かしておくのですか? それとも……再び自立した、誇りある独立国に戻すのですか?」
ミーアは一歩、カガリに詰め寄った。
「武力行使は最終段階。まず必要なのは、貴女の『声』です。セイラン家による今のオーブを否定し、正統な後継者として立ち上がる。……そのために、貴女は自らの手で、腐った枝を切り落とす覚悟がおありですか?」
カガリは唇から血が滲むほど噛み締めた。
ミーアの突きつけた言葉は、あまりにも残酷で、けれどこれ以上ないほど正しい「現実」だった。
シンは、そんなカガリの様子を、どこか冷めた、けれど少しだけ複雑な視線で見つめていた。かつての自分なら「そうだ、お前たちのせいだ」となじっただろう。だが、昨夜ミーアに抱きしめられたシンは、今、カガリが背負っている苦しみさえも、一つの「傷」として見えていた。
「……カガリ」
ムウが、マリューの手を握りしめたまま、静かに声をかけた。
「不可能を可能にするのは、最後はいつだって『想い』だ。……あんたが何をしたいのか、それを決めなきゃ、俺たちもインパルスも動きようがねぇんだぜ」
部屋の中を、重い沈黙が満たしていく。
偽物の歌姫が、本物の指導者に突きつけた、究極の選択。
スエズの戦火が上がる前に、オーブの、そして世界の運命を左右する決断が、カガリ・ユラ・アスハの双肩に重くのしかかっていた。
◇◇◇
ディオキア基地、外交・民間窓口。
担当官の青年は、冷めきったコーヒーを一口啜り、大きく深呼吸をした。
さきほど、「行方不明のはずのオーブ代表カガリ・ユラ・アスハ」という特大の爆弾が通過していったばかりだ。
心臓がまだバクバクといっている。
「ふぅ……。まあ、これ以上の驚きなんて、もう一生分ないだろうな」
彼は自分に言い聞かせ、震える手で業務日誌に「カガリ代表、入港」の記録を付けていた。
今日はもう店じまいにして、宿舎で泥のように眠りたい。
その時だった。
自動ドアが開き、新たな来訪者が現れたのは。
「すみません。面会をお願いしたいのですが」
現れたのは三人組。
茶髪の優しげな少年と、サングラスの怪しい男、そしてフードを目深に被った小柄な女性。
(また訳ありそうなのが来たなぁ……)
担当官は職業的笑顔を貼り付けて対応した。
「はい、IDの提示をお願いします」
まず、少年が端末をかざす。
『キラ・ヤマト オーブ連合首長国市民』
(オーブ市民……さっきのカガリ様の連れか? まあ、これはいい)
次は、サングラスの男だ。
男は悪びれもせず、古いIDカードを放り投げた。
「悪いな、期限切れだがね。データは残ってるはずだろ?」
端末に通す。
『ERROR』の文字と共に、過去のデータベースから該当者が弾き出される。
『アンドリュー・バルトフェルド』
『所属:ザフト(除隊扱い)』
『通称:砂漠の虎』
「ぶっ……!?」
担当官はコーヒーを吹き出しそうになった。
砂漠の虎。
前大戦の英雄にして、現在は行方不明(一説には裏切り者)とされる男が、なぜ正面玄関から堂々とやってくるのか。
「あ、あの……バルトフェルド隊長……ですか?」
「元、な。今はただのコーヒー愛好家さ」
男はニヤリと笑った。
担当官の胃がキリキリと痛み始める。
カガリ代表に続いて、砂漠の虎。
今日のディオキア基地はどうなっているんだ。厄日の特異点か何かなのか。
だが、本当の「悪夢」はここからだった。
「……それで、そちらの女性は?」
担当官が、最後の一人に問いかける。
彼女は、ゆっくりとフードを外した。
広がるピンクの髪。
陶磁器のような肌。
そして、見る者すべてを魅了する、静謐な瞳。
「……ごきげんよう」
その声。その顔。
担当官は、思わず後ろの壁にあるポスターを見た。
そこには、先日慰問コンサートを成功させた歌姫、「ラクス・クライン」の笑顔が印刷されている。
そして、目の前の女性を見た。
同じだ。
いや、ポスターよりもさらに高貴で、圧倒的なオーラを放っている。
「ラ、ラクス……クライン様……?」
担当官の声が震える。
だが、待て。
ラクス・クライン様は、今まさに基地の奥の応接室で、カガリ代表やアスラン・ザラと会談中のはずだ。
それがなぜ、
瞬間移動? 分身? それとも双子?
いや、そもそも今基地にいるのは……?
脳味噌がショート寸前の担当官に、目の前の「ラクス・クライン」は、鈴を転がすような声で、とんでもないことを言った。
「プラントのラクス・クライン様にお会いしに参りましたの」
「…………は?」
「私、ラクス・クラインと申します。……中にいらっしゃる『ラクス・クライン』様に、面会をお願いできますでしょうか?」
担当官は、ペンを取り落とした。
『ラクス・クラインが、ラクス・クラインに会いに来た』
その言葉の意味を理解するのに、彼の脳は数秒のフリーズを要した。
そして、再起動した脳が出した結論は一つ。
(……ああ、これは夢だ。きっと俺は、激務のあまりデスクで寝落ちしているんだ)
そうでなければ、こんな不条理なコントのような状況が起きるはずがない。
オーブの代表が怒鳴り込んできて、砂漠の虎が蘇り、ラクス・クラインが二人になった。
「あ、あの……少々お待ちください……」
担当官は、もはや自分が何を喋っているのかも分からないまま、震える指で内線通話のボタンを押した。
かける先は、もちろん「ラクス・クライン」がいる応接室だ。
「も、もしもし……? 警備課外交窓口ですが……その、信じていただけないと思うのですが……」
彼は泣きそうな声で、受話器に向かって告げた。
「あ、新たなラクス・クライン様が……『ラクス・クライン』様に会いたいと、窓口にお見えになっておりまして……!!」
「……おい、お兄さん。そう驚くなよ」
バルトフェルドが、苦笑混じりに担当官を覗き込んだ。
「見ての通り、世界は今ちょっとした『解釈違い』で大忙しなんだ。……早く通してくれ。砂漠の虎も、喉が渇いてるんでね」
「あ、あ、……は、はいっ! ただいま確認いたします!」
その報告を受けた基地司令部は、もはや混乱という言葉を通り越し、静止した。
◇◇◇
応接室。
カガリに「覚悟」を説いていたミーアの動きが、通信機の呼び出し音で止まった。
「……はい、こちらラクスです。……えっ?」
ミーアの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
隣にいたアスランが、彼女の異変に気づき、身を乗り出した。
「どうした、何があった!」
「……来ちゃったわ」
ミーアは、掠れた声で呟いた。
その瞳には、恐怖ではなく、どこか「ついにこの時が来た」という、不思議な高揚感と、逃れられない運命を受け入れるような静かな熱が宿っていた。
「キラと……本物のラクス様が、窓口に来ているそうですわ」
その場にいた全員が、凍りついたように沈黙した。
カガリは息を呑み、ムウは「マジか」と低く呟いた。
シン、レイ、ルナマリア、そしてハイネまでもが、自分たちの世界が根底から覆される瞬間の予感に、息を止める。
ミーアは、震える手で薄紫の羽織の襟を正した。
「……アスラン。迎えに行きましょう」
「ミーア……」
「大丈夫ですわ。……偽物と本物。二人の歌姫が揃って初めて、この世界の『本当の歌』が完成するのだと、私は信じていますから」
ミーアは完璧な、誰よりも美しいラクス・クラインの微笑みを浮かべた。
それは、代役として最期を迎える者の顔ではない。
本物さえも驚かせるような、最高の「舞台」を完遂しようとする、一人の表現者の顔だった。
ディオキアの風が、再び激しく吹き荒れる。
二人のラクス・クラインが、ついに一つの空間で対峙する──歴史の特異点が、今、この瞬間に刻まれようとしていた。