ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:22 交わる運命

 

ディオキア基地の外門にある外交窓口は、未だかつてないほどのパニックに陥っていた。

 

目の前にいるのは、オーブ連合首長国の公式発表によれば「フリーダムに誘拐され、行方不明」となっているはずの、カガリ・ユラ・アスハ代表その人だったからだ。

 

「だーかーら! ラクス・クラインを呼べと言っている! 話はそれで済む!」

 

机を叩き、苛立ちを隠さずにがなり立てる金髪の少女。その隣には、「マリア・ベルネス」と名乗る、落ち着いた、けれどどこか軍人のような隙のない佇まいの女性が控えている。

 

窓口の担当官は、脂汗を流しながら受話器を握りしめていた。

 

「そ、そうはおっしゃいましても、アスハ代表……。ラクス様は現在、プラント特務隊FAITHの要人として、グラディス艦長やザラ特務官と……」

 

「わかっている! だからそのアスランを、いや、ザラ特務官でもいいから今すぐここに呼べと言っているんだ!」

 

その騒ぎは、瞬く間に基地司令部、そしてミネルバへと伝わった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……カガリが!?」

 

士官室でムウと話をしていたアスランが、弾かれたように立ち上がった。

 

隣にいたミーアも、一瞬だけ驚きに目を見開きましたが、すぐにすべてを察して不敵な微笑を浮かべた。

 

「来たわね……。思ったより早かったわ」

 

「ミーア、知っていたのか?」

 

「確信はありませんでしたわ。でも、私が放った『痕跡』の歌を聴けば、マリューさんたちが黙っていられないことは分かっていましたもの」

 

ミーアは薄紫の羽織を整え、アスランを促した。

 

「行きましょう、アスラン。あの方々をいつまでもあんな場所に放っておいては、外交問題どころか、議長に付け入る隙を与えるだけですわ。……フラガ少佐、貴方はまだここで待機していてください。……最高の『サプライズ』は、最後にとっておくものですから」

 

「へっ、了解だ。……マリューの奴、腰抜かさなきゃいいんだがな」

 

ムウは期待と不安が入り混じった顔で肩をすくめた。

 

 

◇◇◇

 

 

基地の応接室。

 

「マリア・ベルネス」ことマリュー・ラミアスは、落ち着かない様子で部屋を歩き回るカガリを宥めていた。

 

「カガリさん、少し落ち着いて。私たちはあくまで非公式に、個人的な面会を求めてここに来たのだから」

 

「分かっている、艦長。だが、あいつは……あのアスランは、あんな放送に映り込んで! フラガ少佐まで生きていたなんて! 何がどうなっているのか、この目で見ないことには収まらない!」

 

その時、重厚な扉が静かに開く。

 

「お待たせいたしましたわ、カガリさん。……そして、マリア・ベルネスさん」

 

入ってきたのは、完璧な「ラクス・クライン」の微笑みを纏ったミーア。そして、その後ろには、赤服の襟元にFAITHのバッジを光らせた、複雑な表情のアスランが立っていた。

 

「アスラン!!」

 

カガリが叫び、詰め寄ろうとした瞬間、アスランは短く制した。

 

「……カガリ。まずは、彼女の話を聞いてくれ。……ラクス」

 

カガリは、アスランの真剣な、けれど以前のような迷いのない瞳に気圧され、足を止めました。そして、視線を隣の「ラクス」へと向ける。

 

マリューもまた、息を呑んでミーアを見つめた。

 

(この子が、あんな歌を……。この子が、ムウを闇から救い出したの……?)

 

ミーアは優雅に一礼し、自らドアを閉め、ロックをかけた。

 

そして、部屋の中に盗聴妨害装置が作動していることを確認すると、ふぅ……と深く息を吐き、ラクスとしての糸を半分だけ緩めた。

 

「……ご無沙汰しておりますわ、カガリさん。……マリュー・ラミアス艦長も、お初にお目にかかりますわ」

 

「……っ、やっぱり貴女は!」

 

マリューが声を上げました。

 

「ええ。私はミーア・キャンベル。……ラクス様の代わりをしている、ただの女の子ですわ」

 

ミーアは、マリューの瞳を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。

 

「でも、少佐を助けたこと。それだけは、偽物である私だからこそできた、私の意志です。……マリューさん。貴方に、どうしても会わせたい人がいるのですわ」

 

ミーアが合図を送ると、応接室の奥にある控室の扉が開いた。

 

「よぉ、マリュー。……相変わらず、無茶なところに乗り込んでくるんだな、あんたは」

 

そこに立っていたのは、連合の黒い制服を着た、不敵に笑うムウ・ラ・フラガでした。

 

「ムウ……!」

 

マリューの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 

カガリもまた、その「不可能を可能にした男」の健在ぶりに、言葉を失って立ち尽くした。

 

オーブの獅子の娘。

 

アークエンジェルの艦長。

 

エンデュミオンの鷹。

 

ザフトの英雄。

 

そして、運命を変えようとする偽物の歌姫。

 

ディオキアの一室で、本来なら決して相容れぬはずの運命たちが、ミーアという「バグ」を介して、ついに一つの円として繋がった。

 

「さあ、始めましょうか」

 

ミーアは、再会を喜ぶ仲間たちの姿を見つめながら、静かに、けれど力強く告げた。

 

「キラさんや、本物のラクス様が到着する前に。……私たちが、この世界の歪みをどう正すべきか。その『解釈違い』の結末を、ここで決めてしまいましょう」

 

歴史の奔流が、ついに議長の盤面を完全に踏み越え、未知の未来へと流れ出した瞬間だった。

 

 

◇◇◇

 

 

感動の再会──かと思われた、次の瞬間だった。

 

ムウの胸から身を離したマリューは、涙に濡れた瞳で彼を見上げ、そしてスッと半歩下がって距離を取った。

 

「……ムウ」

 

「ん? なんだ、感動のあまり言葉も出な……」

 

ゴッ!!!

 

鈍く、重い音が応接室に響き渡った。

 

平手打ちではない。

 

マリュー・ラミアスの右のグーが、正確無比なフックとなってムウの頬を撃ち抜いたのだ。

 

「ぶべっ!?」

 

不意打ちを食らったムウは、たたらを踏んでよろめき、壁に背中を打ち付けた。

 

「いってぇぇ……! オイ、マリュー!? 普通こういう時は涙の平手打ちとかだろ!? なんでよりによってグーなんだよ、グーはないだろ!」

 

ジンジンと痺れる頬を押さえて抗議するムウ。

 

だが、マリューは拳を震わせながら、叫んだ。

 

「当たり前でしょう……ッ! 2年よ!? 2年も……ッ!」

 

彼女の肩が激しく震える。

 

怒りではない。

 

その拳に込められていたのは、2年分の喪失感、絶望、そして二度と戻らないと思っていた時間が戻ってきたことへの、どうしようもない感情の爆発だった。

 

「貴方がいなくなって……私がどれだけ……ッ!!」

 

「マリュー……」

 

「この、バカぁぁぁぁぁッ!!」

 

マリューは再びムウに飛びついた。

 

今度は殴るためではない。

 

彼の首に腕を回し、子供のように声を上げて泣きじゃくるためだ。

 

「うああああああんッ! ううっ……ああっ!」

 

その泣き声を聞いて、ムウから抗議の色が消えた。

 

彼は苦笑しながら、痛む頬などどうでもいいとばかりに、彼女の背中を強く、優しく抱きしめ返した。

 

(……ま、そりゃそうか)

 

記憶を消されていたとか、連合に拾われたとか、事情はある。

 

不可抗力だったと言い訳することもできる。

 

だが、そんな理屈はこの温もりの前では無意味だ。

 

惚れた女を2年間も泣かせ続け、地獄のような悲しみを背負わせた。

 

その事実は変わらない。

 

ならば、殴られるのも、罵られるのも、男の甲斐性として甘んじて受けるべき「罰」だ。

 

「……悪かったな。マリュー」

 

ムウは愛おしそうに彼女の髪を撫でた。

 

「もうどこにも行かねぇよ。……約束する」

 

その様子を、カガリは口をあんぐりと開けて見守り、アスランは「……やっぱりラミアス艦長は怒らせると怖いな」と内心で冷や汗をかき、ミーアは「ふふっ、熱烈ですわね」と微笑ましく見つめていた。

 

ひとしきり泣いて、マリューの感情が落ち着くのを待ってから。

 

ようやく、世界の運命を変えるための「会談」が幕を開けた。

 

 

◇◇◇

 

 

ディオキアの応接室。かつてのアークエンジェルの指揮官たち、そしてミネルバの主力パイロットたちが一同に介したその空間は、もはや一隻の戦艦の枠を超えた、世界の縮図のような様相を呈していた。

 

ドアが開き、シン、レイ、ルナマリア、そしてハイネが入室する。

 

「失礼します。レイ・ザ・バレル、以下3名。参りました」

 

「……何の集まりだ、これは。っ、オーブの……アスハ」

 

シンがカガリの姿を認め、一瞬、殺気立った視線を向ける。

 

だが、その直前に座るミーアの凛とした背中を見て、彼は言葉を飲み込んだ。

 

自分を抱きしめてくれた彼女の前で、無様な怒りはさらしたくない。

 

レイは無言で一礼し、ミーアの隣に控えるアスランの表情から、事態の深刻さを察していた。

 

ハイネだけが、「おやおや、えらく豪華な顔ぶれじゃないか」と、いつもの軽妙な調子で場を和ませようとしていた。

 

全員が揃ったのを確認し、ミーアはゆっくりと立ち上がった。薄紫の和服に、白の羽織。

 

その姿は、本物のラクス・クラインが持つ神秘性と、ミーア・キャンベルがこの短期間で培った「戦う者の覚悟」が混ざり合い、独自のカリスマを放っていた。

 

「集まってくださって、感謝しますわ。……まず、改めて皆さんに伝えなければならないことがあります」

 

ミーアは、シンやルナマリア、そしてハイネの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「私は、ラクス・クラインではありません。私の名はミーア・キャンベル。議長に仕立て上げられた、ただの代役です」

 

ルナマリアが息を呑み、シンが驚きに目を見開く。しかし、ミーアの言葉に「偽物」の卑屈さは微塵もなかった。

 

「ですが、私は今、自らの意志でここに立ち、ラクス・クラインとして皆さんに語りかけています。……救いたい人が、守りたい明日がある。その覚悟だけは、誰にも譲るつもりはありませんわ」

 

彼女の宣言は、室内の空気を一気に引き締めた。本物か偽物か。そんな議論すら無意味に思わせるほどの重みが、そこにはあった。

 

「……さて、ここからが本題です。カーペンタリアからの入電によれば、オーブのタケミカズチを中心とした大型空母機動艦隊が、ここスエズに向かっていますわ」

 

「なっ……! 何故だ! 何故オーブの軍が動くんだ!」

 

カガリが椅子を蹴るようにして立ち上がった。

 

「カガリ……落ち着け」

 

アスランが沈痛な面持ちで口を開く。

 

「オーブは今、地球連合に加盟した。……条約に基づき、連合の軍隊として、このスエズ攻略戦に投入される。それが現実だ」

 

「そんな……っ!」

 

カガリは拳を握りしめ、ワナワナと震えた。自分が国を離れている間に、ユウナやウナトが下した決断。

 

平和を願うためと言いながら、他国を侵略する連合の片棒を担ぐ。

 

かつて父ウズミが命を懸けて守った「オーブの理念」が、泥を塗られようとしていた。

 

「……希望は、ありますわ。カガリさん」

 

ミーアの静かな、けれど刃のような鋭い声が響く。

 

「カガリさん。貴女から私たちに、正式に要請していただきたいのです。……『国を、国賊から取り戻してほしい』と」

 

カガリはハッと息を呑んだ。

 

「そ、そんなことをすれば……オーブは完全に連合と敵対することになる! それに、私と意見が違えど、セイラン家は国を思って……!」

 

「セイラン家が国を思っている? 理念を売り払い、他国の戦争に自国民を駆り出すことが、国を思うことだとおっしゃるの?」

 

ミーアの瞳が冷徹にカガリを射抜いた。その言葉は、優雅なラクス・クラインの皮を借りた、ミーア・キャンベルの激情だった。

 

「このままでは、オーブの将兵はスエズの砂漠で無意味に命を落としますわ。貴女が守るべき人々が、貴女の沈黙によって殺されていくのです。……それでも、貴女は『国賊』と呼ぶことをためらいますの?」

 

「……っ……」

 

「理念を曲げるのを恐れて、国そのものを滅ぼしては本末転倒ですわ。……カガリさん、貴女はオーブをどうしたいのですか? 地球連合の傀儡として、魂を抜かれた抜け殻のまま生かしておくのですか? それとも……再び自立した、誇りある独立国に戻すのですか?」

 

ミーアは一歩、カガリに詰め寄った。

 

「武力行使は最終段階。まず必要なのは、貴女の『声』です。セイラン家による今のオーブを否定し、正統な後継者として立ち上がる。……そのために、貴女は自らの手で、腐った枝を切り落とす覚悟がおありですか?」

 

カガリは唇から血が滲むほど噛み締めた。

 

ミーアの突きつけた言葉は、あまりにも残酷で、けれどこれ以上ないほど正しい「現実」だった。

 

シンは、そんなカガリの様子を、どこか冷めた、けれど少しだけ複雑な視線で見つめていた。かつての自分なら「そうだ、お前たちのせいだ」となじっただろう。だが、昨夜ミーアに抱きしめられたシンは、今、カガリが背負っている苦しみさえも、一つの「傷」として見えていた。

 

「……カガリ」

 

ムウが、マリューの手を握りしめたまま、静かに声をかけた。

 

「不可能を可能にするのは、最後はいつだって『想い』だ。……あんたが何をしたいのか、それを決めなきゃ、俺たちもインパルスも動きようがねぇんだぜ」

 

部屋の中を、重い沈黙が満たしていく。

 

偽物の歌姫が、本物の指導者に突きつけた、究極の選択。

 

スエズの戦火が上がる前に、オーブの、そして世界の運命を左右する決断が、カガリ・ユラ・アスハの双肩に重くのしかかっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ディオキア基地、外交・民間窓口。

 

担当官の青年は、冷めきったコーヒーを一口啜り、大きく深呼吸をした。

 

さきほど、「行方不明のはずのオーブ代表カガリ・ユラ・アスハ」という特大の爆弾が通過していったばかりだ。

 

心臓がまだバクバクといっている。

 

「ふぅ……。まあ、これ以上の驚きなんて、もう一生分ないだろうな」

 

彼は自分に言い聞かせ、震える手で業務日誌に「カガリ代表、入港」の記録を付けていた。

 

今日はもう店じまいにして、宿舎で泥のように眠りたい。

 

その時だった。

 

自動ドアが開き、新たな来訪者が現れたのは。

 

「すみません。面会をお願いしたいのですが」

 

現れたのは三人組。

 

茶髪の優しげな少年と、サングラスの怪しい男、そしてフードを目深に被った小柄な女性。

 

(また訳ありそうなのが来たなぁ……)

 

担当官は職業的笑顔を貼り付けて対応した。

 

「はい、IDの提示をお願いします」

 

まず、少年が端末をかざす。

 

『キラ・ヤマト オーブ連合首長国市民』

 

(オーブ市民……さっきのカガリ様の連れか? まあ、これはいい)

 

次は、サングラスの男だ。

 

男は悪びれもせず、古いIDカードを放り投げた。

 

「悪いな、期限切れだがね。データは残ってるはずだろ?」

 

端末に通す。

 

『ERROR』の文字と共に、過去のデータベースから該当者が弾き出される。

 

『アンドリュー・バルトフェルド』

『所属:ザフト(除隊扱い)』

『通称:砂漠の虎』

 

「ぶっ……!?」

 

担当官はコーヒーを吹き出しそうになった。

 

砂漠の虎。

 

前大戦の英雄にして、現在は行方不明(一説には裏切り者)とされる男が、なぜ正面玄関から堂々とやってくるのか。

 

「あ、あの……バルトフェルド隊長……ですか?」

 

「元、な。今はただのコーヒー愛好家さ」

 

男はニヤリと笑った。

 

担当官の胃がキリキリと痛み始める。

 

カガリ代表に続いて、砂漠の虎。

 

今日のディオキア基地はどうなっているんだ。厄日の特異点か何かなのか。

 

だが、本当の「悪夢」はここからだった。

 

「……それで、そちらの女性は?」

 

担当官が、最後の一人に問いかける。

 

彼女は、ゆっくりとフードを外した。

 

広がるピンクの髪。

 

陶磁器のような肌。

 

そして、見る者すべてを魅了する、静謐な瞳。

 

「……ごきげんよう」

 

その声。その顔。

 

担当官は、思わず後ろの壁にあるポスターを見た。

 

そこには、先日慰問コンサートを成功させた歌姫、「ラクス・クライン」の笑顔が印刷されている。

 

そして、目の前の女性を見た。

 

同じだ。

 

いや、ポスターよりもさらに高貴で、圧倒的なオーラを放っている。

 

「ラ、ラクス……クライン様……?」

 

担当官の声が震える。

 

だが、待て。

 

ラクス・クライン様は、今まさに基地の奥の応接室で、カガリ代表やアスラン・ザラと会談中のはずだ。

 

それがなぜ、外交窓口(ここ)にいる?

 

瞬間移動? 分身? それとも双子?

 

いや、そもそも今基地にいるのは……?

 

脳味噌がショート寸前の担当官に、目の前の「ラクス・クライン」は、鈴を転がすような声で、とんでもないことを言った。

 

「プラントのラクス・クライン様にお会いしに参りましたの」

 

「…………は?」

 

「私、ラクス・クラインと申します。……中にいらっしゃる『ラクス・クライン』様に、面会をお願いできますでしょうか?」

 

担当官は、ペンを取り落とした。

 

『ラクス・クラインが、ラクス・クラインに会いに来た』

その言葉の意味を理解するのに、彼の脳は数秒のフリーズを要した。

 

そして、再起動した脳が出した結論は一つ。

 

(……ああ、これは夢だ。きっと俺は、激務のあまりデスクで寝落ちしているんだ)

 

そうでなければ、こんな不条理なコントのような状況が起きるはずがない。

 

オーブの代表が怒鳴り込んできて、砂漠の虎が蘇り、ラクス・クラインが二人になった。

 

「あ、あの……少々お待ちください……」

 

担当官は、もはや自分が何を喋っているのかも分からないまま、震える指で内線通話のボタンを押した。

 

かける先は、もちろん「ラクス・クライン」がいる応接室だ。

 

「も、もしもし……? 警備課外交窓口ですが……その、信じていただけないと思うのですが……」

 

彼は泣きそうな声で、受話器に向かって告げた。

 

「あ、新たなラクス・クライン様が……『ラクス・クライン』様に会いたいと、窓口にお見えになっておりまして……!!」

 

「……おい、お兄さん。そう驚くなよ」

 

バルトフェルドが、苦笑混じりに担当官を覗き込んだ。

 

「見ての通り、世界は今ちょっとした『解釈違い』で大忙しなんだ。……早く通してくれ。砂漠の虎も、喉が渇いてるんでね」

 

「あ、あ、……は、はいっ! ただいま確認いたします!」

 

その報告を受けた基地司令部は、もはや混乱という言葉を通り越し、静止した。

 

 

◇◇◇

 

 

応接室。

 

カガリに「覚悟」を説いていたミーアの動きが、通信機の呼び出し音で止まった。

 

「……はい、こちらラクスです。……えっ?」

 

ミーアの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

 

隣にいたアスランが、彼女の異変に気づき、身を乗り出した。

 

「どうした、何があった!」

 

「……来ちゃったわ」

 

ミーアは、掠れた声で呟いた。

 

その瞳には、恐怖ではなく、どこか「ついにこの時が来た」という、不思議な高揚感と、逃れられない運命を受け入れるような静かな熱が宿っていた。

 

「キラと……本物のラクス様が、窓口に来ているそうですわ」

 

その場にいた全員が、凍りついたように沈黙した。

 

カガリは息を呑み、ムウは「マジか」と低く呟いた。

 

シン、レイ、ルナマリア、そしてハイネまでもが、自分たちの世界が根底から覆される瞬間の予感に、息を止める。

 

ミーアは、震える手で薄紫の羽織の襟を正した。

 

「……アスラン。迎えに行きましょう」

 

「ミーア……」

 

「大丈夫ですわ。……偽物と本物。二人の歌姫が揃って初めて、この世界の『本当の歌』が完成するのだと、私は信じていますから」

 

ミーアは完璧な、誰よりも美しいラクス・クラインの微笑みを浮かべた。

 

それは、代役として最期を迎える者の顔ではない。

 

本物さえも驚かせるような、最高の「舞台」を完遂しようとする、一人の表現者の顔だった。

 

ディオキアの風が、再び激しく吹き荒れる。

 

二人のラクス・クラインが、ついに一つの空間で対峙する──歴史の特異点が、今、この瞬間に刻まれようとしていた。

 

 

 

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