ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:23 束ねられし意志

 

ディオキア基地のフロント。

 

そこは、プラントの象徴とオーブの英雄たちが集結し、居合わせた基地局員たちが呼吸を忘れるほどの、神話的な静寂に包まれていた。

 

ミーアは、アスランの隣に立ち、ロビーの自動ドアが開くのを待っていた。

 

心臓の鼓動が耳の奥で激しく鳴り響いている。偽物が本物と対峙する。本来なら逃げ出したくなるような絶望の瞬間。

 

けれど、今のミーアの胸にあったのは、それ以上に「彼女に見届けてほしい」という、不思議な切実さだった。

 

「やあ、アスラン。……ラクスも」

 

真っ先に声をかけてきたのは、キラ・ヤマトだった。

 

その瞳は優しく、けれどすべてを見透かしたような澄んだ光を湛えている。

 

「キラ……。それに、ラクスも。バルトフェルド隊長も……本当によく来てくれた」

 

アスランの声は、安堵で微かに震えていた。

 

「ごきげんよう、アスラン。……お元気そうで、何よりですわ」

 

その声が響いた瞬間、ミーアは身体が震えるのを感じた。

 

ラクス・クライン。

 

自分と同じ声。けれど、その響きには、どんなに練習しても届かなかった、魂の深みから溢れ出すような慈愛が満ちていた。

 

「よう。ようやく役者が揃ったな。……アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく頼む、プラントの歌姫様」

 

「よしなに、バルトフェルド隊長」

 

ミーアは、震える声を整えて、最高級の淑女の礼で応えました。

 

沈黙。

 

二人の「ラクス・クライン」が、数歩の距離を置いて見つめ合う。

 

薄紫の和服を纏い、戦火の中を駆け抜けてきた「偽物」。

 

白いドレスを纏い、平和を祈り続けてきた「本物」。

 

基地の担当官たちは、あまりの光景に腰を抜かさんばかりだった。

 

否定される。糾弾される。あるいは、消される。

 

そんなミーアの被害妄想を、本物のラクスが踏み出した一歩が、鮮やかに打ち砕いた。

 

「──ら、ラクス様……!?」

 

ミーアが息を呑む間もなく、ラクスはミーアの懐に飛び込み、その身体を優しく、力強く抱き締めた。

 

羽織越しに伝わってくる、本物のラクスの体温。

 

そして、かすかに漂う花の香。

 

「……ありがとうございます、ミーアさん」

 

ラクスの囁きが、ミーアの耳元で温かく響いた。

 

「え……?」

 

「貴女の歌が……貴女が、命を削って響かせたあの旋律が、バラバラになりかけていた私たちを繋ぐ、運命の糸となりましたわ。……貴女がフラガ少佐を救い、アスランを支えてくれた。そのすべてに、感謝いたします」

 

ミーアの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 

ずっと、怖かった。

 

誰かに、あんたなんて必要ないと言われるのが。

 

けれど、本物のラクス・クラインは、ミーアのすべてを──その「嘘」も、「罪」も、「足掻き」も、すべてをひっくるめて、一つの尊い「痕跡」として受け入れた。

 

「…………はい。…………はい……っ」

 

ミーアは、ラクスの背中に震える腕を回し、縋り付くように抱きしめ返した。

 

それは、代役が演じたどんなステージよりも美しく、どんな演説よりも真実に満ちた、二人の少女の邂逅だった。

 

アスランは、その光景を眩しそうに見つめ、キラは静かに微笑んで頷いた。

 

バルトフェルドは「ったく、お熱いねぇ」と呟いた。

 

「……もう、独りではありませんわ、ミーアさん」

 

ラクスが体を離し、ミーアの涙を指先で優しく拭う。

 

「ここからは、共に歩みましょう。貴女が守ろうとしたこの世界を、今度は私たちが、貴女と共に守り抜くために」

 

二人の歌姫の想いが、今、一つに重なった。

 

ミーア・キャンベルの「生存戦略」は、本物のラクス・クラインという最強の味方を得て、ついに世界そのものを変えるための「聖戦」へと昇華したのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「キラ! ラクスも……」

 

部屋にミーアたちが戻ると、最初に声を上げたのはカガリだった。その表情には、再会の喜び以上に、逃げ場のない現実に追い詰められた苦悩が色濃く滲んでいる。

 

「どうしたのカガリ? なんだか、とても深刻そうな顔だけど」

 

キラが歩み寄り、心配そうにカガリの顔を覗き込む。

 

「深刻もなにも、私にはもう……どうすれば良いのか……!」

 

カガリは吐き捨てるように言うと、自身の頭をむしゃくしゃと掻き乱した。

 

オーブの首長としての責任、亡き父の遺志、そして現実の政治──その板挟みで、彼女の心は限界に達しようとしていた。

 

「一先ず落ち着きましょう、カガリさん。……ミーアさん、お話をお聞かせ願えますか?」

 

ラクスの穏やかな促しに、ミーアは一度居住まいを正した。

 

「はい、ラクス様。……あ」

 

言いかけて、ミーアは言葉を止めた。本物のラクスの前で、反射的に「様」をつけてしまった自分に、少しだけ恥じらいを感じる。

 

「そう畏まらなくてもよろしいのですよ? それに、キラやアスランは呼び捨てなのに、私だけ様呼びは少し寂しいですわ」

 

ラクスが茶目っ気たっぷりに首をかしげると、ミーアの顔がわずかに赤らんだ。

 

「えう……じゃあ、うん。わかったわ。今ここだけ、ミーアに戻るわね。……一先ず説明するわ、ラクス」

 

「はい。ミーアさん」

 

ラクス・クラインの完璧な仮面を脱いだミーアは、どこにでもいる等身大の女の子に戻ったようだった。その声は、ラクス特有のおっとりしたトーンよりもわずかに高く、ハキハキとしていて、どこか年上の姉のような響きさえ持っていた。

 

ミーアは、現在ミネルバとオーブ艦隊が直面している状況を、包み隠さず説明した。

 

オーブ軍が地球連合の駒としてスエズに向かっていること。

 

そして、カガリがオーブを取り戻すために、自らの口でセイラン家を「国賊」と断じ、武力介入を要請する覚悟があるのかという問い。

 

「……私は、彼女に決断を迫ったの。オーブの理念を守るために、今のオーブを否定する勇気があるのかって」

 

ミーアの言葉は重かった。それを聞いたキラは、静かにカガリの隣へ歩み寄った。

 

「キラ……!」

 

驚くカガリの肩を、キラは優しく叩くと、そのまま彼女の身体を力強く抱き締めた。

 

「き、キラ……!?」

 

「大丈夫。大変なことだと思うけど……カガリなら、ウズミ様の遺志をちゃんと自分の言葉に出来ると思う。僕は信じてるよ。……僕も、僕に出来ることでオーブを守るから」

 

「っ、キラぁ……!」

 

カガリはキラの胸に顔を埋め、縋り付くように彼を抱き締め返した。その瞳からは、張り詰めていた緊張が解けたように涙が溢れ出した。

 

その光景を、アスランは少し離れた場所から、複雑な、けれど穏やかな眼差しで見つめていた。

 

恋人として支えたい想いはある。だが、今この瞬間のカガリに必要なのは、血の繋がった唯一の肉親であるキラの温もりなのだ。その領域には、自分といえども立ち入ることはできない。

 

アスランはそれを、双子の兄妹だけが共有できる心の機微として、静かに受け入れていた。

 

「……さて」

 

ミーアは、抱き合う兄妹を優しく見守りながら、再びラクスへと向き直った。

 

「感動の再会中には悪いけど、ラクス。本番はこれからよ。……スエズで、オーブ軍を止める。それが、私たちが最初にやるべき『解釈違い』の修正なんだから」

 

ミーアの瞳には、再び「プラントのラクス・クライン」としての鋭い光が戻っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ひとしきり泣いて、涙を拭ったカガリは、キッと顔を上げてミーアを指差した。

 

「分かった。……腹は決めた。私は、オーブを取り戻す。セイランたちに好き勝手はさせない!」

 

「カガリ……!」

 

キラが嬉しそうに微笑む。

 

だが、カガリはすぐにバツが悪そうに視線を泳がせ、再びミーアに向き直った。

 

「だがな! 覚悟は決めたが、具体的な方法は全部お前に任せるぞ! 言い出しっぺなんだから、ちゃんと勝算があるんだろうな!?」

 

「……ぶっ」

 

横で聞いていたムウが吹き出した。

 

あまりにもカガリらしい、豪快な丸投げだ。

 

しかし、ミーアは困るどころか、「待っていました」とばかりにまるで扇子で口元を隠す様に手を翳した

 

「ええ、もちろんですわ。……策は既に練ってあります」

 

ミーアは流れるような動作で、室内の全員を見渡した。

 

「まず、このディオキア基地から全世界に向けて、正式な共同会見を開きます。……その席には、私とカガリ。そして、キラ。貴方の同席が必要です」

 

「えっ? 僕……?」

 

キラは自分を指差し、きょとんと首を傾げた。

 

ラクスやカガリなら分かる。彼女たちは政治的象徴だ。

 

だが、自分はただのMSパイロットであり、今は無職の民間人だと思っていたからだ。

 

「僕がそこにいて、何か意味があるの? カガリの弟として?」

 

「それもありますが、もっと実利的な理由ですわ」

 

ミーアは真剣な眼差しで、キラの価値を説いた。

 

「キラ。……貴方は、ご自身がオーブ軍の中でどれほどの『英雄』か、自覚がないようですね?」

 

「英雄……? 買い被りすぎだよ。僕はただ……」

 

「いいえ。貴方が開発したナチュラル用OS。……その基本特許とライセンス料が、戦後のオーブ復興の莫大な資金源になったことをご存知ですか?」

 

「あ……」

 

キラが言葉を失う。

 

ヘリオポリスで組み上げ、ストライクで完成させ、M1アストレイに実装したOS。

 

それが世界中に普及し、オーブの経済を、そして焼け野原からの驚異的な復興速度を支えていた。

 

「オーブの軍人たちは知っているのです。自分たちが乗るMSが誰のおかげで動いているのか。そして、2年前の戦いで、誰が国を守るために獅子奮迅の働きをしたのかを」

 

ミーアは断言した。

 

「軍部の一部で、貴方が『キラ様』と敬称で呼ばれるのは、カガリさんの弟だからというだけではありません。……貴方は、彼らにとって『技術的な父』であり、伝説の『救国の英雄』なのです」

 

「…………」

 

キラは茫然としていた。

 

自分が作ったものが、誰かを殺すためだけでなく、国を救い、人々を生かす糧になっていた。

 

その事実は、戦うことしかできないと思っていた彼の心に、小さくも確かな光を灯した。

 

「タケミカズチを……オーブ軍を止めるには、カガリさんの『政治的求心力』と、キラさんの『武威と恩義』。その両面から囲い込むことが最も効果的です」

 

「なるほどな……」

 

それまで黙ってコーヒーの香りを嗅いでいたアンドリュー・バルトフェルドが、感心したように口を開いた。

 

「政治と軍事、さらに経済的な背景まで利用して、敵の戦意を削ぐか。……お嬢ちゃん、あんた本当にただの民間人だったのかい? 何処かの国の参謀本部に居たって言われた方が納得出来るぞ」

 

「ふふ、ただのアイドルですわ。……少しだけ、勉強熱心な」

 

ミーアは悪戯っぽく微笑んだ。

 

その瞳の奥には、未来を見通す確かな知性が輝いていた。

 

「やりましょう。……言葉と歌、そして私たちの存在そのものを武器にして」

 

こうして、歴史を動かす前代未聞の会見の準備が始まった。

 

 

◇◇◇

 

 

作戦の骨子が固まり、次は誰が「死地」へ赴くかという編成の話になった。

 

まず、今回の作戦の要であるカガリとキラ。そして、言い出しっぺであり、ラクス・クラインとして世界に言葉を届けるミーアがアークエンジェルに乗ることは確定事項だ。

 

「わたくしは一度、宇宙へ戻ります」

 

ラクスが静かに告げた。

 

「エターナルには、まだ貴方たちに渡さなければならない『力』があります。……それを必ず、オーブへ届けますわ」

 

「ああ。俺が責任を持って送り届けるさ。……土産話、楽しみにしてるぞ」

 

随行するのはバルトフェルド。

 

二人は一度戦線を離脱し、宇宙に隠された「剣」を取りに向かう。

 

では、アークエンジェルに残る護衛戦力はどうするか。

 

「──なら、俺が行こう」

 

真っ先に手を挙げたのは、ハイネだった。

 

「ハイネ?」

 

それに反応したのはアスランだった。

 

「アークエンジェルにはザフトとのパイプ役が必要だろ? それにFAITHの権限があれば、現地での不測の事態にも対応しやすい。……なにより」

 

ハイネはニッと歯を見せて笑った。

 

「自由を奪われた祖国の解放……なんてな。そんな極上の英雄譚(ヒーロー・サーガ)、俺の腕を振るうにゃあ持ってこいだろ?」

 

その頼もしい言葉に、カガリも思わず表情を緩めた。

 

一方、ムウは腕を組み、申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「俺は……パスだ。ここに残る」

 

「ムウさん?」

 

その声に反応したのはキラだった。

 

「俺が行っちまったら、ステラたちはどうなる? あいつらの心の安定剤は今のところ俺しかいない。……それに、ミネルバに残る『3機分』の手綱、誰かが握ってねぇと暴走しかねねぇからな」

 

ムウの判断は合理的だった。

 

エクステンデッドのケアは彼にしかできない。後方の憂いを断つためにも、彼はディオキアに残るべきだ。

 

「……ならば、フラガ少佐の代わりに、俺が行きます」

 

一歩前に出たのは、レイだった。

 

「レイ、お前が?」

 

シンが驚いて声をかける。

 

「ああ。プロヴィデンスザクなら単独での稼働時間も長い。……それに」

 

レイは少しだけ声を潜めた。

 

「ギルの……議長の動きを感じ取るには、俺が近くにいた方がいい」

 

育ての親であり、因縁の相手。

 

その思考を読み、対策を打つには、自分がミーアの傍にいるべきだと判断したのだ。

 

「私は……インパルスの整備環境の問題があるから、お留守番ね」

 

ルナマリアが残念そうに肩を落とす。

 

シルエットシステムの換装や補給は、専用設備を持つミネルバでなければ十全に行えない。アークエンジェルでの運用は困難だ。

 

そして、アスランもまた、苦渋の決断を下していた。

 

「俺も残る。……ここディオキアは最前線だ。本国やタケミカズチの動向を見張る人間が必要だ」

 

アスランはカガリを見つめ、頷いてみせた。

 

「それに、万が一の時は……俺とフラガ少佐でグラディス艦長を説得し、ミネルバを動かす。俺と艦長、FAITH2人の権限があれば、強引にでも援軍に駆けつけられるからな」

 

「アスラン……。分かった、頼む」

 

後方の守りは鉄壁だ。

 

これで編成は決まりかと思われた、その時。

 

「──俺も、行きます」

 

凛とした声が響いた。

 

全員の視線が集まる中、シンが真っ直ぐな瞳で手を挙げていた。

 

「シン……?」

 

それに反応したのはカガリだった。

 

「俺も、オーブへ行かせてください」

 

シンは拳を握りしめ、言葉を紡ぐ。

 

「正直……あの国には、まだ思うところはあります。あのアスハの理念が、俺の家族を殺したんじゃないかって、ずっと憎んでました」

 

カガリが痛ましげに顔を伏せる。

 

だが、シンは続けた。

 

「でも……カガリ代表の覚悟は、伝わりました。それに、父さんと母さん、マユが眠っている場所を……連合の連中にめちゃくちゃにされるのは、我慢なりません」

 

シンは顔を上げ、カガリを、そしてミーアを見据えた。

 

「だから……今度こそ。俺の力で、オーブを守りたいんです!」

 

かつて、何も守れずに泣いていた少年。

 

その彼が今、過去の痛みを乗り越え、自分の意志で「守るための剣」になろうとしている。

 

「……許可しますわ、シン」

 

ミーアが力強く頷いた。

 

「貴方のデスティニー……その翼で、今度こそ守り抜きなさい!」

 

「はいッ!!」

 

こうして、布陣は整った。

 

アークエンジェルに向かうのは、カガリ、キラ、ミーア、ハイネ、レイ、そしてシン。

 

後方を守るのは、ムウ、ルナマリア、アスラン、そしてステラたち。

 

宇宙へ飛ぶのは、ラクスとバルトフェルド。

 

それぞれの想いを乗せて、運命の歯車が大きく回り始めた。

 

 

 




あ、あかん、種割れしてるのか文章があとからあとから湧いて出てくる。

それは良い!!

単純に頭がかち割れそうに痛いんですがそれは!?

書きたい文章多すぎて頭の中がオーバーロードしてる気分ですん。
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