ディオキア基地のフロント。
そこは、プラントの象徴とオーブの英雄たちが集結し、居合わせた基地局員たちが呼吸を忘れるほどの、神話的な静寂に包まれていた。
ミーアは、アスランの隣に立ち、ロビーの自動ドアが開くのを待っていた。
心臓の鼓動が耳の奥で激しく鳴り響いている。偽物が本物と対峙する。本来なら逃げ出したくなるような絶望の瞬間。
けれど、今のミーアの胸にあったのは、それ以上に「彼女に見届けてほしい」という、不思議な切実さだった。
「やあ、アスラン。……ラクスも」
真っ先に声をかけてきたのは、キラ・ヤマトだった。
その瞳は優しく、けれどすべてを見透かしたような澄んだ光を湛えている。
「キラ……。それに、ラクスも。バルトフェルド隊長も……本当によく来てくれた」
アスランの声は、安堵で微かに震えていた。
「ごきげんよう、アスラン。……お元気そうで、何よりですわ」
その声が響いた瞬間、ミーアは身体が震えるのを感じた。
ラクス・クライン。
自分と同じ声。けれど、その響きには、どんなに練習しても届かなかった、魂の深みから溢れ出すような慈愛が満ちていた。
「よう。ようやく役者が揃ったな。……アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく頼む、プラントの歌姫様」
「よしなに、バルトフェルド隊長」
ミーアは、震える声を整えて、最高級の淑女の礼で応えました。
沈黙。
二人の「ラクス・クライン」が、数歩の距離を置いて見つめ合う。
薄紫の和服を纏い、戦火の中を駆け抜けてきた「偽物」。
白いドレスを纏い、平和を祈り続けてきた「本物」。
基地の担当官たちは、あまりの光景に腰を抜かさんばかりだった。
否定される。糾弾される。あるいは、消される。
そんなミーアの被害妄想を、本物のラクスが踏み出した一歩が、鮮やかに打ち砕いた。
「──ら、ラクス様……!?」
ミーアが息を呑む間もなく、ラクスはミーアの懐に飛び込み、その身体を優しく、力強く抱き締めた。
羽織越しに伝わってくる、本物のラクスの体温。
そして、かすかに漂う花の香。
「……ありがとうございます、ミーアさん」
ラクスの囁きが、ミーアの耳元で温かく響いた。
「え……?」
「貴女の歌が……貴女が、命を削って響かせたあの旋律が、バラバラになりかけていた私たちを繋ぐ、運命の糸となりましたわ。……貴女がフラガ少佐を救い、アスランを支えてくれた。そのすべてに、感謝いたします」
ミーアの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
ずっと、怖かった。
誰かに、あんたなんて必要ないと言われるのが。
けれど、本物のラクス・クラインは、ミーアのすべてを──その「嘘」も、「罪」も、「足掻き」も、すべてをひっくるめて、一つの尊い「痕跡」として受け入れた。
「…………はい。…………はい……っ」
ミーアは、ラクスの背中に震える腕を回し、縋り付くように抱きしめ返した。
それは、代役が演じたどんなステージよりも美しく、どんな演説よりも真実に満ちた、二人の少女の邂逅だった。
アスランは、その光景を眩しそうに見つめ、キラは静かに微笑んで頷いた。
バルトフェルドは「ったく、お熱いねぇ」と呟いた。
「……もう、独りではありませんわ、ミーアさん」
ラクスが体を離し、ミーアの涙を指先で優しく拭う。
「ここからは、共に歩みましょう。貴女が守ろうとしたこの世界を、今度は私たちが、貴女と共に守り抜くために」
二人の歌姫の想いが、今、一つに重なった。
ミーア・キャンベルの「生存戦略」は、本物のラクス・クラインという最強の味方を得て、ついに世界そのものを変えるための「聖戦」へと昇華したのだ。
◇◇◇
「キラ! ラクスも……」
部屋にミーアたちが戻ると、最初に声を上げたのはカガリだった。その表情には、再会の喜び以上に、逃げ場のない現実に追い詰められた苦悩が色濃く滲んでいる。
「どうしたのカガリ? なんだか、とても深刻そうな顔だけど」
キラが歩み寄り、心配そうにカガリの顔を覗き込む。
「深刻もなにも、私にはもう……どうすれば良いのか……!」
カガリは吐き捨てるように言うと、自身の頭をむしゃくしゃと掻き乱した。
オーブの首長としての責任、亡き父の遺志、そして現実の政治──その板挟みで、彼女の心は限界に達しようとしていた。
「一先ず落ち着きましょう、カガリさん。……ミーアさん、お話をお聞かせ願えますか?」
ラクスの穏やかな促しに、ミーアは一度居住まいを正した。
「はい、ラクス様。……あ」
言いかけて、ミーアは言葉を止めた。本物のラクスの前で、反射的に「様」をつけてしまった自分に、少しだけ恥じらいを感じる。
「そう畏まらなくてもよろしいのですよ? それに、キラやアスランは呼び捨てなのに、私だけ様呼びは少し寂しいですわ」
ラクスが茶目っ気たっぷりに首をかしげると、ミーアの顔がわずかに赤らんだ。
「えう……じゃあ、うん。わかったわ。今ここだけ、ミーアに戻るわね。……一先ず説明するわ、ラクス」
「はい。ミーアさん」
ラクス・クラインの完璧な仮面を脱いだミーアは、どこにでもいる等身大の女の子に戻ったようだった。その声は、ラクス特有のおっとりしたトーンよりもわずかに高く、ハキハキとしていて、どこか年上の姉のような響きさえ持っていた。
ミーアは、現在ミネルバとオーブ艦隊が直面している状況を、包み隠さず説明した。
オーブ軍が地球連合の駒としてスエズに向かっていること。
そして、カガリがオーブを取り戻すために、自らの口でセイラン家を「国賊」と断じ、武力介入を要請する覚悟があるのかという問い。
「……私は、彼女に決断を迫ったの。オーブの理念を守るために、今のオーブを否定する勇気があるのかって」
ミーアの言葉は重かった。それを聞いたキラは、静かにカガリの隣へ歩み寄った。
「キラ……!」
驚くカガリの肩を、キラは優しく叩くと、そのまま彼女の身体を力強く抱き締めた。
「き、キラ……!?」
「大丈夫。大変なことだと思うけど……カガリなら、ウズミ様の遺志をちゃんと自分の言葉に出来ると思う。僕は信じてるよ。……僕も、僕に出来ることでオーブを守るから」
「っ、キラぁ……!」
カガリはキラの胸に顔を埋め、縋り付くように彼を抱き締め返した。その瞳からは、張り詰めていた緊張が解けたように涙が溢れ出した。
その光景を、アスランは少し離れた場所から、複雑な、けれど穏やかな眼差しで見つめていた。
恋人として支えたい想いはある。だが、今この瞬間のカガリに必要なのは、血の繋がった唯一の肉親であるキラの温もりなのだ。その領域には、自分といえども立ち入ることはできない。
アスランはそれを、双子の兄妹だけが共有できる心の機微として、静かに受け入れていた。
「……さて」
ミーアは、抱き合う兄妹を優しく見守りながら、再びラクスへと向き直った。
「感動の再会中には悪いけど、ラクス。本番はこれからよ。……スエズで、オーブ軍を止める。それが、私たちが最初にやるべき『解釈違い』の修正なんだから」
ミーアの瞳には、再び「プラントのラクス・クライン」としての鋭い光が戻っていた。
◇◇◇
ひとしきり泣いて、涙を拭ったカガリは、キッと顔を上げてミーアを指差した。
「分かった。……腹は決めた。私は、オーブを取り戻す。セイランたちに好き勝手はさせない!」
「カガリ……!」
キラが嬉しそうに微笑む。
だが、カガリはすぐにバツが悪そうに視線を泳がせ、再びミーアに向き直った。
「だがな! 覚悟は決めたが、具体的な方法は全部お前に任せるぞ! 言い出しっぺなんだから、ちゃんと勝算があるんだろうな!?」
「……ぶっ」
横で聞いていたムウが吹き出した。
あまりにもカガリらしい、豪快な丸投げだ。
しかし、ミーアは困るどころか、「待っていました」とばかりにまるで扇子で口元を隠す様に手を翳した
「ええ、もちろんですわ。……策は既に練ってあります」
ミーアは流れるような動作で、室内の全員を見渡した。
「まず、このディオキア基地から全世界に向けて、正式な共同会見を開きます。……その席には、私とカガリ。そして、キラ。貴方の同席が必要です」
「えっ? 僕……?」
キラは自分を指差し、きょとんと首を傾げた。
ラクスやカガリなら分かる。彼女たちは政治的象徴だ。
だが、自分はただのMSパイロットであり、今は無職の民間人だと思っていたからだ。
「僕がそこにいて、何か意味があるの? カガリの弟として?」
「それもありますが、もっと実利的な理由ですわ」
ミーアは真剣な眼差しで、キラの価値を説いた。
「キラ。……貴方は、ご自身がオーブ軍の中でどれほどの『英雄』か、自覚がないようですね?」
「英雄……? 買い被りすぎだよ。僕はただ……」
「いいえ。貴方が開発したナチュラル用OS。……その基本特許とライセンス料が、戦後のオーブ復興の莫大な資金源になったことをご存知ですか?」
「あ……」
キラが言葉を失う。
ヘリオポリスで組み上げ、ストライクで完成させ、M1アストレイに実装したOS。
それが世界中に普及し、オーブの経済を、そして焼け野原からの驚異的な復興速度を支えていた。
「オーブの軍人たちは知っているのです。自分たちが乗るMSが誰のおかげで動いているのか。そして、2年前の戦いで、誰が国を守るために獅子奮迅の働きをしたのかを」
ミーアは断言した。
「軍部の一部で、貴方が『キラ様』と敬称で呼ばれるのは、カガリさんの弟だからというだけではありません。……貴方は、彼らにとって『技術的な父』であり、伝説の『救国の英雄』なのです」
「…………」
キラは茫然としていた。
自分が作ったものが、誰かを殺すためだけでなく、国を救い、人々を生かす糧になっていた。
その事実は、戦うことしかできないと思っていた彼の心に、小さくも確かな光を灯した。
「タケミカズチを……オーブ軍を止めるには、カガリさんの『政治的求心力』と、キラさんの『武威と恩義』。その両面から囲い込むことが最も効果的です」
「なるほどな……」
それまで黙ってコーヒーの香りを嗅いでいたアンドリュー・バルトフェルドが、感心したように口を開いた。
「政治と軍事、さらに経済的な背景まで利用して、敵の戦意を削ぐか。……お嬢ちゃん、あんた本当にただの民間人だったのかい? 何処かの国の参謀本部に居たって言われた方が納得出来るぞ」
「ふふ、ただのアイドルですわ。……少しだけ、勉強熱心な」
ミーアは悪戯っぽく微笑んだ。
その瞳の奥には、未来を見通す確かな知性が輝いていた。
「やりましょう。……言葉と歌、そして私たちの存在そのものを武器にして」
こうして、歴史を動かす前代未聞の会見の準備が始まった。
◇◇◇
作戦の骨子が固まり、次は誰が「死地」へ赴くかという編成の話になった。
まず、今回の作戦の要であるカガリとキラ。そして、言い出しっぺであり、ラクス・クラインとして世界に言葉を届けるミーアがアークエンジェルに乗ることは確定事項だ。
「わたくしは一度、宇宙へ戻ります」
ラクスが静かに告げた。
「エターナルには、まだ貴方たちに渡さなければならない『力』があります。……それを必ず、オーブへ届けますわ」
「ああ。俺が責任を持って送り届けるさ。……土産話、楽しみにしてるぞ」
随行するのはバルトフェルド。
二人は一度戦線を離脱し、宇宙に隠された「剣」を取りに向かう。
では、アークエンジェルに残る護衛戦力はどうするか。
「──なら、俺が行こう」
真っ先に手を挙げたのは、ハイネだった。
「ハイネ?」
それに反応したのはアスランだった。
「アークエンジェルにはザフトとのパイプ役が必要だろ? それにFAITHの権限があれば、現地での不測の事態にも対応しやすい。……なにより」
ハイネはニッと歯を見せて笑った。
「自由を奪われた祖国の解放……なんてな。そんな極上の
その頼もしい言葉に、カガリも思わず表情を緩めた。
一方、ムウは腕を組み、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「俺は……パスだ。ここに残る」
「ムウさん?」
その声に反応したのはキラだった。
「俺が行っちまったら、ステラたちはどうなる? あいつらの心の安定剤は今のところ俺しかいない。……それに、ミネルバに残る『3機分』の手綱、誰かが握ってねぇと暴走しかねねぇからな」
ムウの判断は合理的だった。
エクステンデッドのケアは彼にしかできない。後方の憂いを断つためにも、彼はディオキアに残るべきだ。
「……ならば、フラガ少佐の代わりに、俺が行きます」
一歩前に出たのは、レイだった。
「レイ、お前が?」
シンが驚いて声をかける。
「ああ。プロヴィデンスザクなら単独での稼働時間も長い。……それに」
レイは少しだけ声を潜めた。
「ギルの……議長の動きを感じ取るには、俺が近くにいた方がいい」
育ての親であり、因縁の相手。
その思考を読み、対策を打つには、自分がミーアの傍にいるべきだと判断したのだ。
「私は……インパルスの整備環境の問題があるから、お留守番ね」
ルナマリアが残念そうに肩を落とす。
シルエットシステムの換装や補給は、専用設備を持つミネルバでなければ十全に行えない。アークエンジェルでの運用は困難だ。
そして、アスランもまた、苦渋の決断を下していた。
「俺も残る。……ここディオキアは最前線だ。本国やタケミカズチの動向を見張る人間が必要だ」
アスランはカガリを見つめ、頷いてみせた。
「それに、万が一の時は……俺とフラガ少佐でグラディス艦長を説得し、ミネルバを動かす。俺と艦長、FAITH2人の権限があれば、強引にでも援軍に駆けつけられるからな」
「アスラン……。分かった、頼む」
後方の守りは鉄壁だ。
これで編成は決まりかと思われた、その時。
「──俺も、行きます」
凛とした声が響いた。
全員の視線が集まる中、シンが真っ直ぐな瞳で手を挙げていた。
「シン……?」
それに反応したのはカガリだった。
「俺も、オーブへ行かせてください」
シンは拳を握りしめ、言葉を紡ぐ。
「正直……あの国には、まだ思うところはあります。あのアスハの理念が、俺の家族を殺したんじゃないかって、ずっと憎んでました」
カガリが痛ましげに顔を伏せる。
だが、シンは続けた。
「でも……カガリ代表の覚悟は、伝わりました。それに、父さんと母さん、マユが眠っている場所を……連合の連中にめちゃくちゃにされるのは、我慢なりません」
シンは顔を上げ、カガリを、そしてミーアを見据えた。
「だから……今度こそ。俺の力で、オーブを守りたいんです!」
かつて、何も守れずに泣いていた少年。
その彼が今、過去の痛みを乗り越え、自分の意志で「守るための剣」になろうとしている。
「……許可しますわ、シン」
ミーアが力強く頷いた。
「貴方のデスティニー……その翼で、今度こそ守り抜きなさい!」
「はいッ!!」
こうして、布陣は整った。
アークエンジェルに向かうのは、カガリ、キラ、ミーア、ハイネ、レイ、そしてシン。
後方を守るのは、ムウ、ルナマリア、アスラン、そしてステラたち。
宇宙へ飛ぶのは、ラクスとバルトフェルド。
それぞれの想いを乗せて、運命の歯車が大きく回り始めた。
あ、あかん、種割れしてるのか文章があとからあとから湧いて出てくる。
それは良い!!
単純に頭がかち割れそうに痛いんですがそれは!?
書きたい文章多すぎて頭の中がオーバーロードしてる気分ですん。